キリト達はエギルの店に帰ると何とか許してもらって、二階の寝室へと戻る。完全には許してもらってはないようで、オメガモンは一人、屋根の上で寝ることになった。寝てるときに落ちたらダメージを受けそうだが、まあ、何とかなるだろう。デジモンだから。
そんな訳で次の日。キリトとアルファモンは他の攻略組とデジモンとの連携や友好を深めるために街に残る。一方、アスナはオメガモンと一緒にリリスモン討伐の要望を受けて、血盟騎士団副団長として動いていた。
「んじゃアスナ、俺はアルファモンや攻略組と街で勉強してからフィールド探索に行くから」
「分かった。リリスモンと出会ったら、ひとまず連絡するね」
持ち帰ったインフェルモンのデータと血盟騎士団のステータスを見比べて、一対一ならアスナたちプレイヤー側が有利だと結論が出た。今回の目的はインフェルモン達によるSAOの破壊を阻止することと、配下のインフェルモンの数を減らすこと。そして、可能であればリリスモンの撃破である。作戦としては、オメガモンとリリスモンをぶつけ、その間にアスナ達血盟騎士団がインフェルモンを倒すというもの。
オメガモンはワクチン種に対し、リリスモンはウイルス種。タイプ相性的にはオメガモンの方が有利。よって、相手は七大魔王だが、油断しなければ負けることはないだろうと判断した。
血盟騎士団はキリトを街に残し、リリスモンがいるという情報の入った洞窟にやってきた。
「俺たちがここに来たときは、この辺にリザードマンの群れがいたんだが」
この洞窟、76層のボス部屋に続くダンジョンにもなっている。かつてはリザードマン達が闊歩し、苦戦を強いられていたが、今はただ岩ばかりが転がるだけだ。
「インフェルモンに食われちまったのか?」
この洞窟を支配していたリザードマン達はインフェルモンとの縄張り争いに負けたのだろう。データごと食いつくされたのか、≪カーディナル≫の異常かは分からない。だが、リザードマン達はリポップ、再び出現することは無さそうだ。インフェルモンと戦闘中にリザードマンの群と挟み撃ちになることはないだろう。
背後に若干の安心感を覚え、洞窟の奥へと進んでいくと大きな広間に出た。面積は75層のボス部屋の半分もあり、中ボスクラスのモンスターが配置されていそうな場所だ。もちろん、中ボスクラスのモンスターなどいない。代わりにいたのは。
「インフェルモン!」
完全体のアイツ、リリスモンの配下のデジモンだ。インフェルモンは血盟騎士団に攻められたと認識したようで、警戒しながらも近づいてくる。手足で天井や壁を這い回る姿、洞窟の奥からワラワラと湧き出てくる光景は巨大な昆虫のよう。
「キモっ」
アスナはインフェルモンの動きを見て生理的に嫌悪するが、仲間たちと協力して倒していく。
オメガモンの活躍もあり、インフェルモンの数をある程度減らした頃だった。何体目になるインフェルモンをアスナが倒し、次の相手を見つけると、ほんの一瞬だけピンク色波紋を浴びた。リング状の光線はアスナの身体に当たるが、ダメージはない。バッドステータスが付いたと思って、ステータスウインドウを開いてもすべて正常を示している。
アスナが首を傾げると、洞窟の奥から火球が飛んできた。火球だけではない。レーザービームのような水流や、風の刃、電気の塊など様々だ。今までの敵とは違う、属性攻撃のオンパレード。それはまるで。
「魔法、攻撃」
アルファモンが言っていた、九つの属性攻撃のことだろう。故に、この攻撃を操る相手は必然とデジモンになる。魔法攻撃を得意とするデジモンはオメガモンが言っていた、アイツしかいない。
「リリスモン」
デジタルモンスター、七大魔王の一人リリスモン。SAOのデータを基にしているとはいえ強敵だ。本来、一人で戦いを挑むべき相手ではない。作戦に従うなら、キリトに連絡を入れるべきだろう。
しかし、アスナは何かに操られるように、フラフラと一人でリリスモンのいる洞窟へと歩いていった。
「待て、アスナ!」
インフェルモンの群を相手しながらオメガモンが叫ぶ。洞窟の狭さと味方メンバーの多さが仇となって、自慢のグレイソードとガルルキャノンを使えずにいた。しかし、オメガモンにとって、血盟騎士団の仲間を守りつつ、インフェルモンと戦うことは容易だ。また一体、インフェルモンがポリゴンへと変わる。
「大丈夫だよ、オメガモン。私はリリスモンのタゲをとるだけだから……戦う訳じゃない。戦う……訳じゃ」
自分に言い聞かせながら真っ暗な洞窟へと進んでいくアスナ。
オメガモンが抜けると、戦況が覆る恐れもある。オメガモンはリリスモンのいる場所に、一人向かうアスナを見送ることしかできなかった。
アスナはキリトと同じ黒い洞窟を進んでいく。どれだけ進んでも、どれだけ追いかけても黒い闇へとたどり着くことはなく、それがキリトとアスナの距離だと錯覚してしまう。ヒースクリフ、茅場晶彦を倒したキリト。あの瞬間、SAOの英雄となった彼。対照的に、マヒ毒に侵されて動けなくなった自分。キリトと知り合い程度の人間と同じ視点から見つめることしかできなかった。
アスナは自分がキリトの隣に立つのにふさわしい人物なのか。ひたすらそんなことを考えていた。そして、一つの答えにたどり着く。
「私がリリスモンを倒して、この状況を打破すれば、キリト君の隣に胸を張って立てる。……私が倒さなきゃ」
洞窟の先がいっそう暗くなる。キリトを思うがあまり、アスナは彼の背中を追いかけるのではなく、いつの間にか闇へと落ちていった。
アスナが歩いていくと真っ暗だった闇が終わり、開けた場所に出た。そこにはお洒落なランタンが天井に吊るされており、LEDライトのように煌々と辺りを照らしている。明かりを目指して進んでいくと、足元の感触が洞窟の冷たい土から柔らかい毛足の長いカーペットへと変わっていた。洞窟の壁は真っ白く染め上げられていて、そこには時計がかかっている。ゲームの世界に掛けられた時計は、アナログ式にチクタクと時間を刻んでいる。
広間の中心には大きな金属製のテーブルと、二つのイスが向かい合わせになるように置かれていた。その一つには一人の人物が座っていて、ワイングラスを傾けている。ソイツはアスナという客に気が付いたのか、艶やかな唇を開いた。
「待っておった」
「……リリスモン」
アスナがレイピアを抜く。アスナと一緒に強敵を倒してきた細剣≪ランベントライト≫はランタンの明かりを受けてキラリとヒカリを放つ。臨戦態勢をとったアスナに対し、リリスモンはワイングラスを傾けている。
「何を考えているのか分からないけど、あなたの野望はここで終わりです」
殺気を放つアスナを見て、リリスモンはふぅとため息をついた。
「のう、アスナ。キリトとは一緒ではないのかえ?」
「……それが何だっていうの」
「座れ」
「どうして!」
「座れと言っておるじゃろう!」
静かだが、びんと張った声が響く。アスナは謎の既視感と抗えないような感覚を覚え、リリスモンの正面のイスを引く。
「こんな洞窟に暮らしていると退屈でしようがない。戦いは別の者に任せて、少し話をせんか?」
NOと答えられないリリスモンの提案。アスナは黙って聞き役に徹することにした。
「のう、キリトとうぬは恋仲か?」
「……そんな話をしたいんですか?」
「まあのう、わらわも女じゃ。多少なりとも色恋沙汰には興味があるんじゃよ」
どこぞの黒いデジモンとは大違いである。とはいえ、リリスモンの狙いが分からないし、既視感は強くなる一方だ。この空間をアスナは確かに知っていた。
「……キリト君とはシステムで≪結婚≫をしました」
「システムという単語に引っかかるが。うむ、たしかにこの世界で生きておるのう」
初めてリリスモンと出会った時に、SAOの世界は偽物か本物かという問答をやった。リリスモンは全てが自分と異なるデータで出来ているから偽物と答え、アスナの身体は偽物でも感じたことは本物だと思っている。だからアスナはリリスモンに対して自分はこの世界で生きていると言ったのだ。
「……私を否定したいのですか?」
「心外じゃ、ただ純粋な興味じゃよ。わらわと異なる者の意見を聞きたくてのう。続けてくれぬか? 酒のつまみにはちょうどいいしの。ああ、うぬも飲むか?」
結構ですと、静かに睨むアスナに対して、リリスモンは気にすることなくグラスを煽った。
「ふぅ、それで。キリトとこの世界で何をした」
「……一緒にパーティを組んで、冒険して、ボスを倒しました。これで十分ですか?」
「……彼との冒険は楽しかったかの?」
「え、ええ。まあ」
質問の意図が全く分からない。第一リリスモンの目的である、SAOの破壊を成し遂げるのにアスナは最大の邪魔者だし、アスナにとってもリリスモンはSAOを破壊する悪者だ。こうして二人で話をしていること自体が理解できない。
「なら……わらわと一緒にこの世界を支配せぬか?」
何を言っているの? アスナの口から出かかった言葉は、リリスモンによって潰された。
「のう、この世界はゲーム。詳しくは知らんが、ゲームゆえに終わりがある。100層のボスを倒し、うぬらの冒険は終わる。その後は何が待っておる?」
「現実世界でキリト君と会います」
「ほう、次元を超えた恋、か。素敵じゃのう」
仮想世界と現実世界を超えた恋にリリスモンはひとまず賞賛を送る。そして、アスナがこの世界の恋という感情は本物である。と言いたいことも理解した。それらを理解したうえで口を開く。
「その恋が実れば、の話じゃが」
魔王が笑った。
「聞くところによれば、うぬらが住む地球には70億もの人が住んでおる。その中からキリトという個人を、ゲームという偽りに隠された本物を見つけることができるのかえ?」
「できます!」
70億分の1。確立しては低いそれをアスナは堂々と、躊躇いもなく宣言した。現実世界に戻った時、どうやってキリトを探すかは考えたことはない。だが、確実に会える、絶対に会ってみせるとアスナは誓う。
真剣なアスナを見てリリスモンの口角が上がった。
「ほう、そこまで言い切るとは。大したものじゃ。して、うぬらの恋を誰が祝福するというのじゃ?」
アスナは言葉に詰まってしまった。彼女の脳裏には昨日、ホテルで考えていたことが思い出される。
オンラインゲームで出会っただけの関係。現実では会ったことの無い彼氏。そして、そのゲームはデスゲームと名をはせたソードアート・オンライン。現実世界にいる、アスナの知人に理解者などいるはずもない。
アスナの瞳が揺れる。しかし、ここで言い返さないと取り返しのつかないことになりそうだ。アスナの中で、危機感が叫び、何とか口を開いた。
「それは……」
だが、無慈悲にも、アスナの反論はリリスモンによって潰された。
「見たところ、うぬは若い。子には親がおる。
親の気持ちを考えてみよ、娘を閉じ込め、家族で過ごすはずだった時を奪い去ったこのゲームは憎かろう。その象徴ともいえる、キリトという少年を親は許すと思うてか? 現実世界にいるうぬの友人は喜ぶと思うてか?」
リリスモンはアスナの両親など知らないし、家族構成すら分からない。ただ、今まで集めてきたデータを基に言っているだけだ。
だからアスナがここで、貴方に何が分かるの? と問いただせばリリスモンは答えられないだろう。しかし、アスナはそれをしなかった。いや、できなかった。
「……いや、うそ」
アスナの違和感が現れる。リリスモンとじっくり話したことは今日が初めてだ。なのに、どうして既視感を覚えたのか。この部屋を見て、以前来たことがあると思ったのか。
アスナの既視感、それは現実世界のアスナの家。リリスモンの創り出したこの空間は偶然にもアスナの家のリビングと似ていいた。テーブルの材質、時計の音、カーペットの色。その全てはアスナが生活していた、あの部屋と同じもの。
「うぬとキリトはロミオとジュリエット。どれだけ互いを欲しても、どれほど愛を語っても、親や周りの人間によって引きはがされる。子という弱い立場におるうぬらでは抵抗などできやしない。」
「……」
リリスモンは言葉を並べていく。いや、アスナにとってリリスモンはデジモンですらなくなった。抗うことのできない母親の化身。ワイングラスを傾け、淡々と説教をする。自分の価値観を押し付けた、あの親だ。母さんが、SAOのラスボスを倒せなかった娘を連れ戻しに来たのだと。
握っていた≪ランベントライト≫が音を立てて落ちていった。両手は血盟騎士団の赤いスカートの裾を握りしめて、手の甲には冷たい雫が落ちる。
自覚してから、アスナの心から戦うという選択肢は消え去った。どれだけ言葉を並べても、どれほど気持ちを伝えても、結局は親のいいなりになる。現実世界で過ごした15年が言っている。
「頑張って、頑張って、頑張った先の未来が悲劇で終わるなら、この世界という夢を永遠に見続けるのがよいとは思わんか? この世界なら何もかもが手に入る。富、名声、友人、愛……そして、強さ。現実世界で得られないその全てが手に入る」
「……止めて」
リリスモンはアスナが飲み込んだ不安を疑問に変えて、突き付けてくる。
アスナが信じていたものが崩れ去る。SAOをクリアし、現実世界でキリトと会うことを約束した。現実でもキリトを好きになると誓い、頑張ってきた。しかし、その果てにある答えは別れ。
「この世界で生きておると言うのなら、それでよくないか? 愛する者と共に暮らし、冒険する。SAOという城で王と妃になり君臨する。皆から祝福され、年をとらず、朽ちることも、否定されることも無い。全てが思い通りにゆくセカイで、永遠のアイを二人で誓う。素晴らしいではないか。わらわの配下となればそれが叶う」
「止めて!」
母親とリリスモン、リアルとゲーム、再会と別れ。混濁する意識の中、アスナは本能でリリスモンが敵だと認識する。次の瞬間、地面に落ちた≪ランベントライト≫を拾い上げ、テーブルを蹴とばし、リリスモンに切りかかる。
―――ガキン―――
しかし、アスナの剣がリリスモンの身体を捕らえることはなかった。大魔王は座ったまま、アスナの剣を金色の爪で握りしめている。抵抗など無意味だと言わんばかりに、アスナの苦し紛れの一撃も防がれてしまった。
「よく頑張った。わらわが保証しよう。アスナよ、少し休め。目を閉じよ。SAOという永遠のユメの中で、ゆっくりと休め。誰よりも望んだステキナセカイが待っておる」
リリスモンはアスナを抱きしめると、優しく頭を撫で、頬にキスをする。そして、耳元でささやいた。
「おやすみ、アスナ。安らかに眠れ」
「……キリト君」
アスナの瞳から光が消え、一つの雫が頬を伝い、魔王の腕の中で目を閉じる。勝敗は決した。ユメという幻の世界にアスナを閉じ込めたのだ。
いつの間にかランタンの明かりは消え去り、当たりは真っ暗になる。眠るアスナを起こさないための配慮なのか、それともリリスモンが暗闇を好むのかは分からない。ただ、暗黒は何も言わずにアスナを包み込むだけだ。
リリスモン編は終わりまで書けました。
続きを読みたいかどうかを教えていただけると嬉しいです。