雪山事変──1
トランスポーターとしての仕事を終え、その足でそこそこいい宿に泊まっていたのだが、くつろいでいるとドアが蹴破られて怖い顔つきのお兄さんたちが大量に雪崩れ込んで来た。
両手でマシンガンなんかを抱え、その銃口をこっちに向けてきたのでやむなく窓を突き破って地上3階から逃亡。
いやいや、何が起きてんだこれ、と思いつつ、窓に飛び込む際ギリギリ掴んでおいた外套を羽織り着地。トランスポーターとしての身体能力を存分に活かした着地であった。衝撃がめちゃくちゃ痛い。別にトランスポーター何も関係なかったわ。痛え。
ガラス片と共に落ちてきた俺に歩いていた人々がぎょっとした顔で振り向き、トラブルの気配を感じて足早になった。誰だって巻き込まれたくはない。
外はやっぱり寒かった。暖かい部屋から飛び出してきたギャップもあって凍えそうだ。外套を掴んでなければ気温に殺されていたかもしれない。
しかし急いで来たため部屋の中に武器を置いてきてしまった。これはまずい。大勢に対して素手なんかで立ち向かえるほど素手に自信はない。
そこで俺はそっとリモコンを取り出し、ボタンを押した。
すると不思議なことに、俺の居た宿の一室が爆発した。衝撃音と共に、建物の破片がパラパラと降り落ちてくる。よくわからん襲撃者の悲鳴も一緒に。
視界の端で誰かしらが通報するのが見えた。
俺はそれを確認してぎょっとした。そしてすぐに逃げ出した。逮捕は勘弁だ。
*
「待ちやがれ、テメェおい! 止まれ!」
「待てと言われて待つバカがどこにいるかってんだ! バーカバーカこのアルク様襲おうなんざ十年早いんだよ!」
そして俺は大量の黒服の男どもに追われていた。トランスポーターの足は速い、そう簡単に追いつかれはしないが……いかんせん数が多すぎる。俺の武力じゃ勝てない。だから逃げているのだが……。
追われる心当たりがない。俺は真っ当に仕事をこなしていただけなんだが……なんでだ?
背後から銃を構える音が聞こえ、何発が打たれるが、走りながら打たれたところで当たりはしない。しないけど……流石にびびる。当たったら死ぬぞ俺。なんだ? なんで俺は命を狙われているんだ? トランスポーターだぞ?
「クソ、おい”アレ”使え! ヤツを殺せ!」
「穏やかじゃねえなあ。じゃ、俺逃げるんで」
俺のアーツは単純明快、なんかいい感じの力場を発生させ、脚力を強化するのである。トランスポーターとしては100点なのかもしれない。バイクの走行にも応用できて便利。
俺は靴に仕込んだアーツ媒体を介し、踏み込んで逃走しようとして──派手に頭からすっ転んだ。めっちゃ痛い。ついでにちょっとお星様が見えた。
「あ"──ッ! いってぇ──!?」
アーツ発動に失敗したと気づいたのは、追いかけてきた黒服がゲスな笑い声を上げてこちらに歩み寄ってきた時だった。
イェラグの冷たい地面に伏し、頭部をぶつけたせいで少しふらつく視界で立ち上がろうとするが、黒服はその隙を逃さず俺の足に銃弾を数発。一発が命中した。
「ッ! おいおい……一人だぜ? たった一人のかよわトランスポーターによってたかって、一体なんの理由でこんなひどいことをするつもりなんだよ?」
激痛を抑えつつ、冗談めかして俺は笑った。もしかしたら痛みを堪えきれず引きつった笑いに見えるかもしれない。黒服は立ち上がれない俺の額に銃口を突きつけた。
「念には念を、だ。呆気ねえな、”葬儀屋”アルクっつっても所詮人間だってことらしいな」
「なんなんだてめえ。何しやがった……」
俺がそこまで言うと、黒服は声を殺して嘲笑った。
「くく……。アーツの妨害装置さ」
黒服はハンドガンに似た装置を取り出して、こちらに向けた。
「こいつは射線上のアーツ力場をぐちゃぐちゃにしちまう装置だ。だがこいつには一つだけ欠点がある……。対象のアーツが強力すぎると効果がねえんだ。だが……くく、”葬儀屋”、てめえ、噂ほど強くねえんだな」
アーツ妨害装置……。初めて見るそれに、俺は内心冷や汗が止まらなかった。アーツがうまいこと発動しなかったのはそれが原因……。
やべえな、どうする……?
軽口で時間を稼ぐことにした。何もしないよりマシだと思ったから。
「あのな、別に俺は葬儀屋なんて自分で名乗った覚えはない。そもそも俺はただのトランスポーターだ、それ以上でもそれ以下でもない。なんだって俺はてめえらみたいな可愛げのない連中に追われなきゃいけないんだ?」
「てめえが現れる場所で尽くデカい事件やら事故が起こってなけりゃ、俺たちだっててめえに用なんてねえ。てめえが仕事する時、最低でも数人、酷けりゃ数十人の人死が出るんだってなあ。それがただのトランスポーターかよ」
「偶然だ。むしろ俺は巻き込まれてるだけだ。つかそんな量の死人は出てねえよ。いいか、俺はただのトランスポーターだ。それ以上でもそれ以下でもない。分かったらその物騒なモンをこっちに向けないで欲しいね」
足から流れ出す血がイェラグの雪を赤く染めていく。
状況を確認する──この絶体絶命の訳わからん状況から生き延びるために、現状を確認しなければ。死の淵にあって、頭はうまく回転してくれた。
場所──イェラグ市街地。状況──周囲に黒服以外の人影なし。黒服の数──多分二十以上。こちらの状況──武器なし、アーツも封じられた、足に負傷、戦闘、および移動は困難……。
詰んだ……。
「ケッ、抜け抜けと……。まあいい。"今"てめえがこのイェラグにいる時点で、てめえを警戒して先んじて殺すくらい、そうおかしな選択じゃねえのさ。まあずいぶんあっけないが。無駄話もこれくらいでいいだろう──じゃあな、”葬儀屋”」
黒服はハンドガンの引き金に人差し指をかけて、撃鉄を落とす──。
走馬灯ってわけでもないが、俺は一人の人物を思い出していた。
そうだ、この状況もよくよく考えればそいつのせいだ。
戦闘能力なんてゴミみたいな、ただのトランスポーターの噂が広がるのには理由がある。”そいつ”が陰謀やら計略やら、毎度毎度背後にいるマフィアやら黒い組織やらをぶっ潰すから。俺がなぜか依頼で行く先々で”そいつ”と会い、なぜか行動を共にするから。
そのせいで”そいつ”の戦闘能力と俺のトラブルに巻き込まれる不運が重なり、一つの名前となって流れ出したんだ。それが”葬儀屋”アルク。
だとすれば”葬儀屋”には相方がいる。だが少なくとも、相方の存在は噂には含まれていない。一人は俺、アルク。フリーのトランスポーター。もう一人は──
「いい天気だね」
天気そのものが変わったのかと思うほどの、強い風が吹き荒んで、黒服が全員吹き飛んだ。
雪が空へ舞い散り、太陽の光を受けてキラキラと輝いて溶けていく。
同時に、俺は被害を受けていない。精密なアーツコントロール……。
「──モスティマ」
堕天使が青く鮮やかな髪を揺らして微笑んだ。
「やあアルク。また会ったね」
「それで? 今度はどんなことに巻き込まれているんだい?」
「知るか」
呑気な様子のモスティマが少し苛立たしくて、俺は顔を顰めた。もしも無傷で済んでいたのなら文句の一つ程度で済ますのだが、生憎銃弾は洒落にならない。挙句殺されかけた。
「あれ、怒ってる? 私何か怒らせるようなこと言ったかな?」
「……今日ほど葬儀屋って名前を恨んだ日はない。まさかネームバリューだけであんな目に合うとは思ってなかったからな」
「君の実力が世間に認められたんじゃないのかい?」
「俺はフリーのトランスポーターだ。それ以上でもそれ以下でもない。そしてフリーのトランスポーターは仕事に対して誠実であっても、別に戦闘能力にそこまで秀でちゃいない」
そんなんだから俺は結構な銃器なり兵器を持ち歩いているのだが、さっきは状況が悪かった。そしてそれは言い訳にはならない。死んじまえばおしまいだ。
「そしてあたかも”葬儀屋”アルクと俺、アルク・ブルズが同一視されている。おかげで足ん中にゃあまだ弾丸が残ったまんまだ。勘弁しろってんだよ」
「”葬儀屋”はアルク、君なんじゃないのかい?」
「あのなあ……。問題なのは、お前のそのデタラメでめちゃくちゃなアーツが、まるで俺の力みたいに誤解されることだ。そのせいで俺が狙われてんだからな」
「ふふ、君がお望みとあれば私の力は、いつでも君のために振るおうじゃないか。遠慮することはないよ、私と君の仲さ」
俺は頭を抱えた。話が通じない。
足に残ったままの弾丸を歯を食いしばって引っこ抜いた。すぐに消毒して処置する。
「……。さっき、助けてくれたことは、一応、いちおう礼を言っておく。助かった」
「いいよ、お礼なんて。私と君の仲だろう?」
「そして質問が二つある。答えてくれるな?」
「もちろんさ。私と君の仲だからね。なんだって答えよう、それこそ今日の朝ごはんから君との将来設計に至るまで、なんだってね」
モスティマはいつも通りの飄々とした口調でサラッと言った。こいつ距離感バグってる。俺は意図的にそれを無視した。
「まず一つだ。前提として確認するが、俺はフリーのトランスポーターで、モスティマ、お前はペンギン急便所属のトランスポーターだ。そして俺とお前は別に業務提携してるわけでも、相方として仕事を共にしているわけでもなんでもないということ」
「つれない事を言ってくれるなよ、寂しいじゃないか」
「同じトランスポーターだが、俺とお前の間には何一つ関係は構築されていないはずだ。それは現在でも変わっていない。そうだな?」
「そうだね、私にも都合があってね。君と一緒に仕事をしたいのは山々なんだが、どうしても難しいし、君に迷惑をかけてしまうかもしれないからね」
「ああ。その言葉が聞けて良かったよ。だが現実には俺は仕事で行く先々でなぜだかお前とばったり出会す確率が非常に高い。五回仕事に行くと大体三回は会うよな。毎回俺の行く先は変わるんだが。お前の仕事の行く先も毎回変わるんだよな。なんでこんな遭遇するんだ?」
「さあ、どうしてだろう。あえて理由を付けるなら、運命の紐が結ばれているんだろうね。私と君の指には」
モスティマは左手の薬指を立てて冗談めかした。だからなんでこいつはこんな距離感バグってんだ。お前の対人感覚壊れてね?
「一つ目の質問だ。なぜその度に俺はトラブルやらに巻き込まれるんだ?」
「ふふ、理由ばかり求めるのはナンセンスさ。そういう運命があって、その運命の上を君と私が歩いている。一緒にね。それじゃダメなのかい?」
「今回俺は意図してイェラグへの配達依頼を受けた。お前は以前、寒いのはあまり好きではないと言っていたのを思い出してな」
「おや、覚えていてくれだんだね。そう、私は好き嫌いという感情は必要ではないと思っている。そういう感情は嫌いではないけれど……。だけど現実として、私はどちらかと言えば寒い場所より暖かい場所を好む傾向があるんだ。そういう意味で言うなら、確かに私は寒いのは嫌いと言えるだろうね」
「そうか。二つめの質問だ──だったらどうしてイェラグにいる? なんでこうも示し合わせたかのように会うんだ? 俺はお前が現れる場所で毎度毎度ロクな目にあってないからな、正直に言うとお前を避けている。なんなら会いたくなかった」
「私は君に会えて嬉しいけれど、君はそうでないのか。まあ仕方がないんじゃないかい? ──生きるというのはそういうことさ」
「お前それ言いたいだけだろ」
ばれた? とモスティマはいたずらげに微笑む。
なるほど堕天使と呼ぶにふさわしい。モスティマは人を惑わすのに十分な容姿と、雰囲気──ある種の神々しさを感じさせる。
「なあモスティマ? なんだってイェラグなんだ。ここの情勢が安定しないの、お前がわかってないわけがないだろ。さっきの黒服たち、多分裏で妙な事やろうとしてるぞ。嘘かほんとか分かんねえけど、カランド貿易に利益かっさらわれていった密輸組織の動きが怪しいとか、なんか武器の妙な動きとか、何が起こるか微妙な地域だ。悪いことは言わねえから、そろそろ龍門に帰ってみてもいいんじゃねえか? な?」
説得してるみたいになってしまった。
「私が依頼を選ぶ基準はいくつかあるけど、最近は直感に従うことが多いんだ。そうして選ぶと、なぜだかよく君に会えるから」
「ホーミングじゃねえか。なんだ、お前は俺めがけて飛んでくる爆弾か何かか? 俺を殺したいのか?」
「同じ墓に入りたいな。ああ、そういうことなら葬儀屋というのはちょうどいい二つ名じゃないかな? なんせ、葬儀屋が自分の墓を作るなんてずいぶん皮肉が効いてると思わないかい?」
「知らねえけど。あのな、大体な──」
俺は大体の不満やら愚痴やらをモスティマにぶつけたが、モスティマはずっとにこにこしているだけだった。なんだこいつ無敵か?
「──てなわけだよ。そもそもお前、お前のアーツの力を俺の仕業だっていう風に噂に工作か何かしてないか? まるで俺一人で全部やってるみたいじゃねえか」
「私はあまり目立つ訳にはいかないのさ。ラテラーノ本国との契約もあるし、色々面倒だからさ」
「……まさか、それで俺にネームバリューを押し付けてんのか。おかげさまでこっちは散々なんだがな」
これみよがしに負傷した足の処置をする。トランスポーターたるものある程度の処置は可能だ。いや、先々でトラブルに見舞われ続ければ自然とできるようになったというか、できるようにならなければならなかったというか。
モスティマは顔色一つ変えずに微笑むだけだ。
「いざとなれば、私が君の事を守り切るよ。それでいいだろう?」
「……あのなぁ。そりゃ守ってくれるってんならありがてえが、四六時中一緒にいる訳じゃねえだろ? 俺としてはとっととお前が有名になって欲しいんだが」
そうすりゃ俺が狙われることも減るだろうしな──と付け加える。モスティマが有名になりたがらないせいでこんなことになってる。
「なら、いつも一緒にいればいいじゃないか。私は構わないよ。朝のおはようから夜のおやすみまで、それこそ人生のおやすみまでだって私は歓迎さ。どうかな?」
「冗談も休み休み言え。大体お前の依頼はどうする。俺は依頼が終わったから早いとこ帰りたい。つか帰る」
「いいじゃないか、付き合ってくれよ。私と君の仲だろう?」
「……報酬次第だ。俺がお前と一緒にいると、毎度ロクなことにならねえ。それなりのメリットを要求するぞ」
モスティマは少し考え込んだ後、やはり躊躇なく言い放った。
「じゃあそうだね……今後一生側で君を守るよ。ああ、ちょっと今後半年程度は準備期間をもらうけど、それ以降はずっとさ」
なんだ、頭のネジ飛んでんのか?
「でもその代わり、君の人生を少しだけ私に分けて欲しい。ほんの少しで構わないんだけど……どうかな?」
「オーライオーライ、とりあえずお前の思考回路か言語機能がバグってることが分かった。俺が悪かったよ。分かった分かった……。分かったよ、お前の依頼に付いて行ってやるよ……。それでいいだろ」
「話がわかるね、じゃあ早速行こうか?」
「お前な、俺は一応怪我人だぞ。労われ」
「肩でも貸せばいいのかい?」
「…………いや、やっぱりなんでもない。行くぞ」
・アルク・ブルズ
主人公。感染者。サルカズのトランスポーター。
苦手なものは子供。
・イェラグ
雪圏の小さな宗教国家。内情が不安定。
・マフィア
爆発した。
・モスティマさん
かわいい。