妙な人の流れを感じて、俺はモスティマの手をとって人混みを脱出しようとしたが、遅かった。
背中にマシンガン突きつけられれば、誰だってぎょっとするだろう。
「黙ってこのまま歩け。そこの路地を抜けてな。叫んだりするなよ」
しかしなんだって俺にだけマシンガンを突きつけてんだよ。モスティマはスルーか?
「モスティマ、手出しするなよ。大人しくしててくれ……」
「物わかりがいいな。そのまままっすぐだ。……
「アルク、いいのかい?」
「構わねえよ。それより黒服のてめえ、人によって態度露骨に変えんじゃねえよ、嫌われるぞ」
「黙れサルカズ。今すぐ殺されたいか」
路地のドアを男の仲間が開けて、俺は中に突き飛ばされた。ドアが乱暴に閉じられる。
薄暗い中にいたのは──メガネをかけた青年、エリエルだ。
「お前……エリエル? おいおいおい……まさかお前……? おいマジかよ……。俺はお前のこと、友達だって思ってたのによ」
「……アルク。そのハチマキをとって、君の種族を確認させてくれ」
「おいおい。なあエリエル。俺はお前のことが嫌いじゃない。知らないで済まそうぜ。お前との友人関係を冗談にはしたくねえよ。本当だ」
「僕だって同じ気持ちだ。頼む、勘違いで済ましたい……」
「なら済まそうぜ。別にお前の仲間がマシンガン突きつけてきたことも、勘違いで済ましてやるし、お前がその男どものリーダーっぽいことにだって目をつぶってやる。それで今夜いつものとこに呑みに行こう。いいだろ?」
エリエルは俯いて、薄暗い部屋のガラクタに腰掛けていた。
6名程度の男たちが、エリエルの隣にならんでこちらにマシンガンを突きつけている。全員がサンクタ族で、堕天はしてない。全員、そこらへんにいそうな一般人にしか見えない。
「君のことを調べさせてもらったよ。すぐに分かった……。なぜ今まで気がつかなかったのか、不思議なくらいだった……」
「エリエル。お前、原理主義者か」
「そうだよ……。世間的な言葉を借りるなら、過激派と呼ばれている……ね」
「学者はどこいったんだよ?」
「あれは本当のことさ。そして、こっちも本当のことだ。今の……今の聖堂は腐りきってるって、気がついたから、こうしただけだ……。僕の正義に従ったんだ……」
「なんだと……?」
「権力が腐敗していくのは、ごく当たり前の事実さ……。ウルサス帝国がいい例だ……。そのせいでエイミーは……! だから、誰かがそれを正さないといけないのも、当たり前の事実なんだ……。彼女は、彼女が新しい神となって、ラテラーノを正すんだッ!」
「彼女だと? お前、まさかモスティマのことをそんな風に」
「黙れッ! お前みたいな悪魔が、彼女のことを軽々しく口にするんじゃないッ! 僕を騙していたな、そうなんだろう!?」
「そうだな。騙してた。それは事実だ。でも、お前のことを友達だと思ってるのも事実だ。なあ頼むよ。俺はいいサルカズなんだ、見逃してくれって」
「彼女は今日の夜、正式に枢機卿となるんだ! それは僕たちが望んだことでもある!」
「おい……。エリエル、まさかそれを手回ししたのか?」
「君が彼女を紹介してくれたおかげさ。”鍵”と”錠”のことをちらつかせば、権力者たちは簡単に動くんだからね……。彼女は新しい指導者だ、僕たちを導く光だッ!」
エリエルはすでに正気を失っていた。興奮状態にあって、こちらの話を聞こうとしない。……だが聞いたところで、結論は変わらないのかもしれない。
状況を確認する──ああ、まるでこれから戦闘態勢に入る時みたいな、そんな動作じゃないか。嫌になるな。
モスティマは、外に締め出されているらしい。密室。狭い、敵は合計七人、武装している。こちらの武器は護身用のハンドガン一つがポケットの中。体を隠せる場所は少ない。
「君だって彼女の友人だというのならそれを望むべきだろッ!」
「……なんだって?」
「そうだろう!? 彼女にはその能力がある、きっと彼女は素晴らしい指導者となる素質がある! 一目見ればわかるだろうッ! 彼女の視点は常に三人称的だ、私情や狭窄に惑わされず、事実を常に客観視できる存在だ! 神の視点により近いッ!」
「そうだな、あいつはそういうところあるよな」
「彼女はそうなるべき存在なんだッ! 神がそういう能力を与えたのは、神が彼女こそ自らの代理にふさわしいと判断したからなんだ! それこそ彼女のいるべき場所で! いるべき場所にいることが僕たち天使にとっての幸福だからこそッ!」
「ああそう──もういいか。あのな、エリエル。お前に一つ……とても重要で、とても大切で、とても価値のある情報を一つだけやる。本当に高いぞ?これは俺が昔、ある少女に言われた言葉なんだが──」
雰囲気がピリピリと緊迫していく。
「お前の娘は蘇らねえよ。何しようが、死んだ人間は生き返らねえ。どうだ、役に立つだろ?」
「殺せぇ──ッ!」
合図となって、俺に集中砲火が放たれた。その一瞬前に俺は距離を詰め、一人の男に腹パンを入れて背後に回り、盾にする。仲間を盾にすれば、誰だって躊躇する。
そうしてじりじり距離を詰めて、ある程度縮まったら男を捨てて強襲。マシンガンを蹴り飛ばして顔に数発拳を入れる。常に射程圏内に俺と、相手を入れることで打つことを躊躇させる。
苛立った相手が銃ではなくナイフで襲いかかってきた。俺は護身用のハンドガンを構え、足に数発打ってから顎に裏拳を喰らわせた。男は倒れた。
次──自棄になった男が転がっていたガラクタ、おそらく壊れた椅子かなんかを武器にして向かってくるのと、背後からエリエルが殴りかかってくる。
俺はエリエルの拳を掬って引き寄せ、そのまま椅子への盾にする。エリエルが呻いた。俺は肘で一発入れてエリエルを落とす。そのまま椅子を掴んでいた男に踏み込んで頭突き。
残り二人──。
一人は呆けている。もう一人はこちらにマシンガンを向けてきた──打つ前に、ハンドガンでマシンガンを弾き飛ばす。日頃の訓練の成果だ。
そのまま足に数発入れて、次の男に標準を向ける。
男は惨状を理解して怯えた顔をした。
「両手を上げて膝を着け。こいつらみたいになりたくないんならな」
「ひっ! わ、分かった!」
男が膝をついたのを確認した。
「モスティマ! もう入ってきていいぞ!」
「あれ、終わったのかい?」
モスティマがサラッと入ってきた。え? 鍵開いてたの? じゃあ俺逃げればよかったじゃん。言っといてなんだけどマジで入ってくるとは思わなかったわ。援軍頼めばよかったわ。
「とりあえず通報してくんね?」
「通報したらくるのは法王親衛隊だけど」
「……俺らじゃん。まあそれでいいや」
通報した……っていうか、隊長に直接連絡した。
到着を待つ間、俺は呻くエリエルを起こして話をすることにした。
「なあエリエル。お前は引き金を引いたが、俺たちは何も戦う必要なんてなかったんじゃないか?」
「……認められない。僕はまだ、エイミーのことを覚えている……。もう殺してくれよ、アルク……。お願いだ……」
「俺は殺さねえ。そういう風に決めてる」
「どうして……」
エリエルの輪っかと羽根が少し黒ずんでいった。俺はそれを目を丸くしながら眺めていた。
「おいエリエル? お前、堕天したみたいだぞ?」
「ははは……。そうか……。あのねえアルク、最後に一つだけ、教えておいてあげるよ……。僕たちが堕天する条件っていうのは、天使のための法律を破った時だって言ったけどね……それは、厳密には誤りだ。本当は、その天使が強い背徳感や、罪悪感に類似したストレスを感じることが条件なんだよ……。天使のための法律を破ることが、その強い罪悪感を生み出すことから、一般にはそう誤解されているけどね……」
俺はそれ以上何もいうことはなかった。なんだよ、罪悪感なんて感じるなよ。やりづらいだろうが。
「法王親衛隊だ。アルク、これから夕方にかけてまた波が来る。焼そば屋の忙しさを知っていてなお私たちを呼ぼうというのなら、それなりの理由を聞かせてもらおうか」
「おう隊長殿。こいつら過激派の原理主義者だ。襲われて返り討ちにした。どーする?」
「アルク、貴様は本当に……。全員連行する。はぁ、焼きそば屋が心配だ、全く」
「俺が入ろうか?」
「いい。……そちらの
「助かるぜ隊長殿。……おいエリエル。最後に何か言いたいことはあるか?」
「……二度と僕の前に姿を現さないでくれ。君の友人だった者からの、最後のお願いだ」
「そうか。じゃあなエリエル。経験者のアドバイスだが、復讐はスカッとする以外何もいいことねえぞ。やめとけよ」
その言葉が聞こえたのか、聞こえなかったかはついぞ分からなかった。
倒れていた男たちは全員連行され、取り調べののち裁判にかけられる。過激派はいろいろやっていたらしい。少なくとも、あんまりロクな判決は迎えられないだろう。
「よかったのかい?」
「……いいわけねえよ。俺はまだ、エリエルの友達気分だ。だけど仕方ねえよな。……選んだのはあいつだ。友情なんて、片側が崩壊しちまえば成立しねえ」
「仕方ないって顔じゃないね」
「……クソ! 分かってるよ! だが……復讐なんかどうにも出来ねえよ……。どうしようもねえことなんだ……」
「復讐の経験があるって?」
「ああ。あんまりいいもんじゃない……。ただ、どうしようもなく気分が良くなるだけだ。それ以外、全部失う。俺はそうだったし……とある知り合いがいるんだが、そいつも全部無くしていた。エリエルもそうなる可能性が高い」
エリエルは友達だった。
少なくとも、俺はそのつもりだった。
騙していたのは、俺の方だってのにな。都合のいいこと言ってるのは分かってる。あいつがサルカズを憎んでるって分かってからも都合よく友達面した報いだと。
「だが仕方ねえよな……。だって生きるってそういうことだもんな。分かってるよ。分かってた……」
「そういうこと?」
「ああ……。俺はラテラーノに来て、この世の不平等さを知った。話したことはなかったか、俺は半年くらい前までウルサスのスラムで暮らしてた。汚え場所だった。人も道も、まるでクソだった。だがここはどうだ、道も綺麗だし、治安もはっきりしてて、ガキ共はちゃんと学校に通うのが当たり前ってツラじゃねえか……。正直、むかついてたぜ」
「そっか」
「だがな、俺はそんなこともう恨んじゃいねえよ。世話になった連中も多いしな。どんだけ酷い目にあっても、ちゃんと助けてくれるヤツはいるんだって分かったからいいんだ……。生きるってこういうことかって分かったからこそ──こういうことも、仕方ねえんだって、割り切れてる……はずだ、俺は」
全部本心だ。
神様には感謝してる。本心だって。
「だからこんなことになっても、どんな酷え目やら、理不尽やら不平等に直面しても、俺が感染者でもう長くねえって分かってても、別にいいと思える……。生きるってのはそういうことのはずだ。痛くて辛いことも生きるってことだから、これも仕方ないってことのはずだ……」
「そっか。生きるとはそういうこと、か。彼らと分かり合えたかもしれないとは思わないの?」
「仕方ねえよ。あったかもしれないけどな……確かに、俺がもっと早く正体を打ち明けてれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって、思いはするが……仕方ねえよ。だってそれを選んだのは俺だろ……。あいつにどれだけ恨まれようが、生きてりゃ恨み辛みの一つや二つ、仕方ねえよ」
「……ねえアルク、私はこのまま生きていくんだと思うかい?」
「選ぶのはお前だ、モスティマ。……お前自身が、自分の幸せになれる道を選ぶべきだ。そのためにどれだけの人を傷つけようが殺そうが……それが生きるってことのはず……だ。お前がそのために今までの人生を捨てるっつー選択をするなら、俺は……お前のために、誰かを殺したって構わないと、そう思っている」
「感傷的だね。でもそれは私も同じさ。あのね、アルク。君は私がどんな選択をしたとしても、そのままでいられるのかい?」
「このままでいられるかもしれないし、いられないかもしれない。誰が未来を知ることが出来る……? 俺たちは神じゃない。変わらないなんてことは出来ねえよ、それを望むなら……覚悟して選択するべきだと思う。他の何を捨ててでも、変わらないでいるっつー決意と覚悟を。……お前がその結果何をしようとも、どう変わろうとも。なあモスティマ……」
俺はそう願った。そうあるべきだと思ったから、俺はお前に伝えなきゃいけない。
「お前は神様じゃないよ」
お前はただのモスティマだ。神様なんかじゃない。
「君は、私にそうあって欲しいと願うのかい?」
「ああ、願う。お前はそれじゃ幸せになれないと思うから。神様なんてつまらねえよ、なあモスティマ。俺と来いよ。きっとその方が楽しいと、俺は思うから」
「……そっか。私も、ついに選択する時が来たってことかな。回答には時間をくれるかい」
「ああ、構わねえ。期限は俺がラテラーノを離れるまでだ。そうだ、ついでにバイクの免許でも取ってみたらどうだ? 悪くねえぞ、バイクってのも」
「考えてみるよ。そうだね──確かに、悪くないのかも」
「ああ、悪くない……」
祭りの喧騒は遠い。
夕方は永遠に続かない。
すぐに、夜が来るだろう。
一旦俺たちの家──物置部屋に帰ることにした。狭い部屋だが、すでに慣れてしまった。物置部屋とは名ばかりで、ベッドや机が所狭しと置かれている。もうすでに、俺たちの部屋になっていた。
フロストリーフがぐったりしていた。
「おう。帰ってたのか」
「ああ……。流石に、少し疲れたな……」
「そうか、楽しんできたのなら何よりだな。くく……」
「全く、私を放っておいて何をしていたんだ。大変だったんだ。これでアルクが楽しんでいたのなら、納得がいかない」
「ああ、実は友達を一人無くしてな」
「……。そうか。アルク、もうちょっと祭りに戻ろう。今日はたくさん飲まないか?」
「ああ、悪くねえ。今日ぐらいは酔い潰れても構わねえか。祭りだもんな」
「ああ、祭りだからな。行こう」
「そうだな、行くか」
夜になっても賑わいはやまない。
「乾杯、アルク」
「ああ、乾杯。なあフロストリーフ。俺は間違ってたのか?」
「さあな……。間違ってたか、間違ってなかったか、なんて……一体誰が分かる? 仕方がなかったのなら、仕方がないだろう」
「ああ、仕方ねえよな。ちょっとツイてなかっただけだ、仕方ない」
「アルク、私はお前の相棒だ」
「なんだよ急に」
「いいから、私はお前の相棒なんだ。お前はちゃんとそれを理解してない。私はアルクにとってガキかもしれないけど、私にとってお前は相棒なんだ」
「……分かってるさ。俺たちは相棒だ。変わらないなんてことは出来ないかもしれないけど、少なくとも……今後しばらくは、俺たちは相棒か」
「ああ、そうだ。ほら、焼きそば食うか?」
「くく……お前、気遣いが下手クソだなぁ」
「悪かったな。全く、アルクは私の扱いが雑だ。もっと私を大切にするべきだ」
「くく、ああそうだな。全くだ……相棒は大事にするべきだな」
わしゃわしゃと頭を撫でる。フロストリーフは、いつもなら嫌がるのだが、今日だけはされるがままだ。
「パレードでも見にいくか。モスティマが主役らしいぜ」
「まあいいだろう。ほら、もっと飲め」
「分かった分かった……。あー旨え、ビールが旨えな。それに空も綺麗だしな。案外こんな日でも悪くねえもんだ」
「そうだな……たまには、悪くないな」
パレードは始まらなかった。
アナウンスで、トラブルのため中止すると客に知らされた。そして端末が鳴った。
「はいよ、アルクだ。どうした?」
『アルクか!? 貴様今どこにいる!』
「隊長殿? 何をそんな慌てて……」
『急いでいる!』
「まあどこにいるって……パレード会場だけど」
『
「モスティマがいないって……? 俺は知らねえぞ。どういうことだ?」
『貴様でも分からんのか!? くそ、このままでは──切るぞ! 何かわかったら知らせろ!』
そう言って隊長は通話を切った。
「モスティマがいないらしい。どうしたんだろうな」
「ふむ、案外逃げ出していたりするんじゃないか?」
「モスティマがか? そんなことあり得ねえ──いや、まさかあいつ、本当に……?」
そりゃ、お前は神様じゃないつったのは俺だけどよ。まさか、本当に……。
「くく、くくく……。はは、ははははは! おいおいマジか、マジなのか!?」
「どうした突然」
「これが笑わずにいられるか! はは、ははははは、あっはははははははは! そうか! モスティマ! お前は選んだんだな、そうなんだな! はは、はははは!」
「まあ……楽しそうだから、いいか」
「そうか! 選んだんだな! そうか、お前は選択したんだな! はは、ははは! お前は変わることを選んだのか! そうか、そうか! ははは! おめでとうモスティマ! お前は神様じゃない、お前はただのモスティマになることを選んだんだ! そうか、そうか! ははははは!」
「……選んだ、か。ところでアルク、さっきから周りの視線が痛い。そろそろ落ち着け」
「はは、悪い悪い、つい嬉しくなっちまってさ。そうか……。なら、よかった」
「詳しいことは分からないけど……まあ、何はともあれ乾杯するか」
「ああ、今日はお祭りだ。祝いの日だ。フロストリーフ、今日はぶっつぶれるまで飲むぞ」
「ああ、付き合おう。乾杯」
「ああ、乾杯」
よかったと思った。
所詮宗教が人の心を救うというのなら、俺は救いなんていらない。
俺は勝手に救われるだけだ。モスティマがそれを選んだってのなら、俺は──。
それは、俺にとっての救いだ。
・エリエル
過激派のリーダーをしていた。細かいところはカットされてしまった。決して書くのが面倒だったわけではない。なんなら考えていない
堕天した。
・生きること
そういうことさ。
・モスティマさん
かわいい。
・フロストリーフ
かわいい。
・アルク
主人公。お前いっつも救われてんな。反省したら?