ゆるして
「モスティマー、居るー?」
エクシアがモスティマの部屋に入ってきた時点で、そもそも終わりが近づいていた。なんならその時点で終わっていたと言ってもいい。
俺の本能は一秒前に悪寒を察知して、毛布をかぶって隠れてくれた。きっとエクシアなら気づかないでいてくれるはず。俺の本能は優秀だったが俺の思考回路はゴミと化していた。
「んー……。エクシア?」
「あ、いたいた」
俺にとっては幸運なことだった。ベッドに縛り付けられた俺ではあったが、モスティマが仮眠から覚めて、デスクで日記を書いていてくれたおかげで、俺の存在がエクシアにバレていなかった。
正直心臓の動きがうるさい。冷や汗が止まらない。息を潜めた。
「どうしたの?」
「アルクどこに居るか知らない? 連絡つかなくてさー」
……。
「アルクかい? ……んー、そうだなぁ。ちょっと私は見てないかな?」
助かった。モスティマが
「そっかー。んー、どこいっちゃったんだろ……。あれ、ところでさ、そっちの毛布……なんかやけに膨らんでない?」
終わった。そこに気がつくとは……やはり天才か。
「……そうかい?」
「……。いや、気のせいかなぁー。モスティマに限って、そんなことはしないか。居ないんなら仕方ないし──じゃあね」
「うん、それじゃあ」
エクシアが部屋を出て行った。
「……。うん、もう顔を出していいよ」
「死ぬか生きるか……。こんな怖いもんだったか」
「いや、驚いたなぁ。未来予知でも出来るのかい?」
「出来なきゃ死ぬんなら……出来るんだろ。多分、もう一度同じことはできねえよ」
揃って安堵の息を吐いた。珍しくモスティマが焦っていたらしい。
「あー……。怖え」
「でもまあ、危機は乗り越えたのかな。あはは、偶にはスリルを味わってみるのも──」
ドアがまた開いた。
──エクシアが銃を構えていた。
「……悪くはないって? やっぱりここに居たね」
「終わった。終わったわ……。なんだお前、外に張り付いてたの……?」
「うん。ずっと聞き耳立ててた。案の定だったね」
俺は手錠をじゃらじゃらやりながら両手を上げた。
「……いや、なんで手錠?」
「なんでだろうな。俺はここから動けねえ。だからまあ、殺すのはちょっと、いったん考えてくれねえ?」
「これはまいったなぁ。エクシアが一芝居打つとは思わなかった。ちょっと成長したかい?」
「いやー、一回こういうのやってみたかったんだよね〜。でも──まさか本当にいるなんて」
穏やかな雰囲気が流れた。あれこれ、生存ルート入ったか?
「ところでさ、アルクの手錠を外してよ。これからデートの約束があるんだけど」
「……そうなのかい?」
「どうやらそうらしいな。覚えちゃいねえが、そういうことになってたらしい」
「ふうん……。どこへ行くの?」
「決めてない! あ、モスティマも一緒に行く?」
「悪くないけど……。せっかくのデートを邪魔したら悪いなあぁ。二人で行ってきなよ」
俺はその言葉を額面通りに信じることなどできるハズがなかった。モスティマを観察するが、表面は穏やかそのものにしか見えない。
「えー、一緒に行こうよ。あ、ほらあのお店行ってみない? あのピザが美味しいヴィクトリア風のお店! えっと、名前なんだったかな──」
「モスティマ……お前、今何を考えてる? それは本心か?」
「やだなあ、疑り深いよ?」
むりくり理由をつけるのなら──モスティマはエクシアのことが苦手だから……とかか? しっかし……。
「えー、ほら行こう? 準備してよモスティマ」
「そうだぜモスティマ。──この手錠どうにかしてくれ」
「うーん……。まあ足枷は外してあげるけど……手錠はそのままでいいよね」
「うん、そうだね。その方がいいだろうし、決定―!」
「なんで……?」
足枷は無事破壊された。
「……え? なんで壊したの? 鍵は? なんで鍵で開けようとしないんですか?」
「うん? ああ──逃すつもりなんてもともとなかったから、鍵も捨てちゃったんだ」
本日何度目かもわからない震えが俺を襲った。
エクシアが来なかったら──俺は、ずっとそこで暮らすことになってたのか?
「冗談さ。そんなことしたら、任務にも出れなくなっちゃうじゃないか」
「……鍵は、本当にあったのか──?」
モスティマは笑った。笑っただけだった。
「まあ財布だけでいいかな?」
「いいんじゃない? あ、車の鍵持ってこないと」
「……自由か。遠いな。近くて遠い。大切なものって、失ってから分かるのか。いっつもそうだ……。そういうものに限って、失わねえとわかんねえんだ──」
「ほら行こうよ。そんなに落ち込んでないでさ! 楽しもうとしないと、人生って楽しめないよ!」
「お前いいこと言うなぁ。とりあえずマシンガン仕舞えよ」
「え? なんで?」
「え?」
「え?」
……。
「行くか……」
「行こうか。でもちょっと夜ご飯までには時間があるかな?」
「あ、じゃあちょっと行きたい場所あるんだよね! 寄って行っていい?」
「龍門だろ? まあいいぜ、──どうせ、俺に拒否権はねえんだろ」
「うん」
俺はさながら連行される罪人の如く、エクシアとモスティマに挟まれながら連れられていった。それを見て一般ロドス職員がドナドナを歌っていた。
「ドナドナド〜ナ〜、ど〜な〜、連られてゆ〜く〜よ〜……」
「エクシア、真似るな。歌うな……。やめてくれ……」
「なんで? いい歌じゃん」
「頭おかしいのか? 出荷の歌だぞ、いい訳あるか。お前には子豚たちのあの顔が見えないのか?」
「見えないよ……。アルクの方がおかしくなっちゃってどうするの……」
「ほら、しっかりしなよ? 幻覚でも見始めたら、いよいよ理性回復剤を打たなきゃいけないからね」
「アレやめた方がいい。依存性あるから、マジで、一時期ヤバかったよ。主にお前らのせいで」
「どうして?」
「理性削ってくるからだよ。作戦行動にまで支障が出始めたからな、ドクターにもらったんだよ……」
ドクターは優しかった。やけに優しかった。優しさが傷口に染みて痛いほど優しかった。アメ玉とかもらった。嬉しかったもん俺、アメ玉もらって……。
ロドスの駐車場に到着する。俺は当然のように運転席に着こうとしたが、あっさりと後ろの席にぶち込まれた。
「運転ぐらいやらせろよ、せっかくのデートなんだ。俺が運転するって」
「そう言って、どこかに逃げるつもりなんでしょ?」
「……いや? え? 違うます。違うますよ?」
「私が運転しよう。エクシア、見張っておいて」
「え? なんで見張る必要があるんですか? 俺が逃げ出すように見えるですか?」
「理性足りてる? さっきから言葉酷いよ?」
「やめろっ、手錠を掴むな、大人しくしてるから離せっ」
「モスティマー、ついでに首輪もつけておこうよ。鉄でできてるやつ」
「エクシアさん……?」
平常としているのが怖かった。冗談とかそういうのじゃなくて、ごく普通の──洗剤無くなったから買ってこようよ、みたいな口調だった。
また龍門に行くのぉ……? 嫌だなあ、龍門でロクな目にあったことないんだよなぁ……。またかあ……。
「それで……どこに行こうか。エクシア、どこに行きたいって?」
「ガンショップ!」
「はいはい、分かったよ。また買うのかい? 物好きだね」
「んー、今回はちょっと違うよ。弾薬を買っておかないといけないんだ」
「ロドスで買えよ……。購買部で買えるだろ?」
「んーっとね、ロドスじゃ売ってなかったんだ」
「何買うんだよ……。特殊な弾薬か」
「麻酔弾」
「……」
聞かなかったことにしたかった。
何に使うんだ? なんて……分かり切った答えを聞く勇気がなかった。俺は怖かった。もしそれで──俺に撃つ、なんて答えが返ってきてみろ。一体どうすればいい?
そもそもの前提として、俺はエクシアと戦えない。だってお前……ノエルの形見だぞ。なんだって恩人の妹を相手にしなきゃいけない。
俺にとって最も賢明な選択肢は”戦わない”か”逃げる”だ。いやこれ同じか……。
「やっぱりあたしも実弾打つのは忍びないっていうか、申し訳ないからさ〜」
「撃つこと自体は問題ないの? ねえ……ないの?」
「え?」
「え……?」
……。
「あ、そうだアルク。昨日の話なんだけど」
「え?」
「いや、え? で誤魔化せないからね?」
「え……?」
「だから、昨日の話なんだけど、その……。えーっとさ……」
エクシアが微妙に視線を逸らして、ちょっと誤魔化し気味に言う。気まずそうに。気まずそうに……?
「あのさ、その……。そういうこと、で……いいんだよね?」
サーッ、と。
血の気が引いていくのが分かった。
モスティマは何も言わずにエンジンをかけた。後ろ髪が揺れていた。それが怖かった。
震え声で聞き返す。
「そ……そういうことって……?」
「え、だから……。その、あたしを選んでくれたってことで……いいんだよね……?」
車は驚くほど穏やかに発進した。俺にはそれが、モスティマの感情の反比例に思えて仕方なかった。
「──。昨日……。俺、ちょっとその辺の記憶……曖昧、なんだけどさ。確認しても……いいか?」
「え、覚えてないの……? あんなことして……?」
「いや覚えてるよ? 覚えてるけどさ、俺酒入ってたし、ほら、な……?」
俺は嘘をついた。これで覚えてない、なんて言ったら死ぬだろ。
「あれ? アルク、──何も覚えてないって言ってなかった?」
モスティマが極めて冷静な声で口を挟んだ。死角から飛んできたナイフだった。躱せるはずがなかった。
「え?」
「え?」
「なんでそういうこというの?」
「嘘はよくないよ、アルク。トランスポーターは誠実じゃないといけないんじゃなかったのかい?」
「アルク……? 覚えてないって……本当なの?」
高速で荒野を走る車から俺は脱出した。
荒野にゴロゴロとぶつかった。痛いが──死ぬよりいい。
体を起こすと、さっきまで俺が乗っていた車がこっちに突進してきていた。ギリギリで横っ飛びして躱す──当たってたら死んでた。
運転席のモスティマの表情には……一切の感情はなかった。
そのまま車は切り返すとまた俺を轢き殺そうとして向かってくる。今度は後ろの窓からエクシアがマシンガンを構えている──。
終わった?
いや──まだ、ギリギリまで足掻こう。
死ぬわけにはいかない、まだ──。っていうか身内に殺されて死にたくない。
脚力強化のアーツを発動、急激な加速で第一弾を振り切る……。
手錠が厄介だ、何しても邪魔──ポケットから通信端末を取り出して広域緊急救援要請を送る。
『ロドスアイランド所属のアルクだ! 今頭のおかしい女二人組に襲われてる、今すぐ助けてくれッ! 報酬はいくらでも出す! 頼む、誰か来てくれッ!』
誰かがこの通信に気がついて、助けてくれることを──。
それまで耐える、誰かが、誰かが来てくれるまで──生き残らなければ。
絶対に生き残ってみせる。ここから近いのはロドスか龍門──どちらかから、誰かが。誰かが来てくれる。大丈夫だ、それまで耐えろッ!
状況を確認する。
こちらの武装は──服に仕込んだ特殊手榴弾と爆薬系の火器。あと
向こうは──車両が一つ。エクシアのヤツ……いや、ペンギン急便の車両か。ならぶっ壊してもいいな。出来るんなら、の話だが……。エクシアは結構武装してる。モスティマは……怖いから考えたくない。
状況……最悪。
Q……あいつらに攻撃できますか?
A……
それこそ、どっちかが死ぬまで戦うことになる。理由はさておきとして、あいつらは俺の命を狙っている。そして俺はそれに対して抵抗し、反撃する。
戦いが止む理由がなければ、もう──殺し合うしかない……。
だから反撃してはならない。逃げ続けて、第三者による介入で一旦大人しくなってもらう他ない。
フラッシュグレネードを使用──同時に岩場に逃げ込み身を隠す。障害物が多ければ逃げやすいし、姿を見失うかもしれない。
「くっ──、見失った!」
「隠れたね。でも──炙り出してみようか」
そんな会話があったかもしれない。
岩場に身を潜めて隠れるということは、こちらからも相手が見えなくなるということ。
俺の近く、デカい岩にアーツが衝突して粉々に砕けた。
──アタリを引くまで打ち続けるつもりか……? 死ぬよ? 死ぬよ俺……? 死体の原型が残るか怪しいよ?
次々と隠れられる岩場が砕けていく。このまま行けば、俺の隠れている場所にも──。
行動を起こすしかない。見つかると厄介だが……。
やるしかない、か。
*
広がる岩場が次々と砕けていく。どこかにアルクが隠れていることは確実だった。
「ほーらアルクー! 早く出てこないとヤバイよー!」
詰みだった。すでにアルクにできることはない──と、判断していた。さっきのような閃光手榴弾を持っているなら話は別で、エクシアは一応それに警戒をしていた。
一つの岩場から手榴弾が放たれた。
さっきのことがあって、二人は反射的に目を守るが──違った。
手榴弾ではなかった。それは唯の岩で、緊迫した状況の中で見間違えた。
「悪りぃなッ」
アルクが飛び出してきて、生まれた微かな隙を逃さず駆ける。方向は──車両のある方。つまり車から出て岩場に相対していた二人の方だ。
──速い。驚くほどのスピードで駆け寄るアルクは、そのままエクシアを連れ去って車両を背にした。
手錠をされたまま器用にエクシアの背を取り、首元に掛けた手には手榴弾。
要は、人質に取られたのだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
「動かないでくれよ。悪いが……死なせたくない」
手榴弾のピンには指が掛かっていた。両手が一つの手錠で繋がれている以上、エクシアを抱きしめる形になっていた。
「……流石だね、と言っておこうか」
「生きるためだ。……エクシア、くっついてくんな。お前今人質だよ? 分かってる?」
「んー……。もうちょい力入れてよ。そしたら丁度いいんだけど」
「あれ? 俺たち今戦ってるよな……? なんで……?」
「アルクがあたしを傷つけるはずがないでしょ?」
「どうかな。生きるためならわかんねえぞ」
「えー、そうかな? ……モスティマ、ごめんねー。捕まっちゃった」
「いいよ、私が対応できなかったのもよくなかった」
「悪いがそのまま大人しくしててくれよ」
「へえ、このまま何もしなければいいのかい?」
「ああ。時間を稼がせてもらう」
「うん……?」
モスティマの反応で、アルクは自分の送った救命信号が気づかれてないと分かった。好都合だった。速攻でごまかしにかかる。
「悪いな、ちょっと落ち着いて話したかったんだ。──ちょっと落ち着いて……落ち着いて話さねえか?」
「それなら座ろうよ、立ち話もなんだし……ほら」
エクシアが荒れた砂の大地に腰を下ろした。そうなると必然的にアルクも座らざるを得ない。エクシアは車両に背を預けたアルクに持たれてはにかんだ。
モスティマの笑顔が強くなった。
「……それで、何を話すのかな? その状態で」
「俺さ……悪いのかな。俺って悪いのかな」
「アルクは悪くないよ? でも──忘れちゃったのはダメだと思う。しかもあたしに誤魔化そうとしたよね」
「身から出た錆──とまでは言わないけどね……。とりあえず私を選んでくれれば後はなんとかしてあげるよ」
「え、ずるいよモスティマ。あたしにもちょうだい」
「うーん……。私って、エクシアの頼み事には弱いんだよね……」
過去──ノエルを巡る騒動において、モスティマはエクシアに負い目があった。そのためか、モスティマはエクシアに弱い。
「取引しないか? どうしたら俺を助けてくれる?」
「助けるの定義を決めようよ。アルク、君の希望を聞こうじゃないか」
「誰もいないところで暮らしたい」
「あれ、死にたくないんじゃないの? 今更そんなことができると思ってることに驚きだよ」
「……生命の危機を脱したい。どうすればいい」
「まあ……諦めちゃえば、生きることはできると思うよ。あたしたちに任せてくれれば、そう悪いようにはしないって」
「どうする気だ……?」
アルクはこの絶望の淵にあって、一つの希望を捉えていた。
誰かが救難信号に気がついて、助けに来てくれる未来。あわよくばそのままシエスタ辺りに逃亡する未来。
だから、時間を稼いでいた。
「いやいや……。まあ、一ヶ月くらい経てば収まると思うし、そこの間を凌げばどうにでもなるんじゃないかな。私もまあ、そのくらい経てば……いいかな。そのくらいの妥協はしよう」
「何の話か、聞きたくない……ッ!」
程なくして、希望が到来した。
バイクの音が微かに聞こえて、すぐに大きくなる。
「あれ、誰か来るのかな」
「いいや? 通りすがりだろ、気にしなくていいんじゃないか?」
露骨に誤魔化したのが悪かった。モスティマはすぐさまアルクの目論見に気がついた。立ち上ってアーツユニットを構える。
「やってくれたねアルク。気が付かなかったよ」
「気づくのが早すぎる……ッ! クソが、おーいッ! 俺はここだ、助けろォ──ッ!」
一つのバイクが凄まじい早さで走る。
モスティマのアーツを爽快な走りで躱しながら、距離を縮めて──。
……。
希望が見えてきたアルクの顔に、一筋の冷や汗が流れた。
あれ? あのバイクに乗ってる奴……見たことあるよ? あれ──なんか……笑ってる?
「アハハハハッ! アルク、助けに来たよぉ──!?」
「ああああああああああああああッ!! なんでだああああああああッ! クソ──いやだが、クソ、あいつしか居ないのか、あいつしかッ」
迷いの中で、アルクは突っ込んでくるラップランドの手を取ってバイクに乗り、そのまま逃亡した。
背後から響き渡る銃声から、少しでも遠くに行けることを願って。
「アッハハハハハハ! ボクを選んだねえ、嬉しいなあ! アハハハハッ! アハハハハハハハ!」
「ボスラッシュか……」
呟いた一言が風の音にかき消されて消えていった。アルクの消え去った希望の如く。
今日が終わるまで、後七時間。
・エクシア
天使。
ヤンデレかどうかまでは確定してない。救いかもしれない
・モスティマ
ヤンデレだがエクシアに弱い
・ラップランド
ボスラッシュのラスボス
ラスボスが一番強いんだよなぁ……
次回、後日談最終話予定。