別に何もなかった!
なんやかんや押し切られて一緒のベッドで寝たけど、何もなかった!
朝チュンみたいな雰囲気になったけど、何もなかった!
別 に 何 も な か っ た !
本当だよ!
「……で、そろそろ本題なんだが。モスティマさんよ、あんまりくっついたままだと俺が話しにくいんだが」
「……? 何か不都合でもあるのかい?」
「いや……。ありません……」
負けた。弱いな俺。
「それで、これからの予定は?」
「……。引っかかる点はいくつかある。それに関しての調査がしたい。この辺りの内部事情に詳しい奴がいると助かるんだが……当てがねえな」
「シルバーアッシュがいるじゃないか。報告がてら、いろいろ聞いてみればいいんじゃないのかい?」
「まあ、そうだな……」
プルルル。ぴっ。
『私だ。どうした、葬儀屋』
「ほうれんそうは大事だからな。いくつかの質問と報告だ」
『ほぅ……? 私の時間を取らせるに値する、有益な報告を期待する。確かにほうれんそうは大事だ』
「ああ、ほうれんそうは大事だからな。いきなりだが──イェラグ内部に外部からマフィアを手引きした連中がいる。心当たりはあるか?」
『ふむ。そう考える根拠を聞こう』
「シラクーザのマフィアが混ざっていた。昨日下っ端から絞り上げたんだが、どうも匂う。イェラグはもともとマフィア連中の手の出せるエリアじゃなかったはずだ。間違いないな?」
『そうだ。確かに、イェラグはもともとカランド信仰の強い地域で、閉鎖的な国であったことは事実だ。カランドの宗教体制がマフィアなどの侵入を許さず、また国民も排他的な性質を持っていた。故に、これまでは貴様の言うとおりだった』
「外側からイェラグに通じるルートは限られてる。確かに、そこでの検問は結構厳しかったからな。マフィアが通ろうもんなら即追い返されるに決まってる。だが実際内側にマフィアがいる。なら、誰かが内側から手引きしたんだ。シルバーアッシュさんよ、最初から分かってたんじゃねえのか?」
『念には念を、だ。しかし、ふむ……。目的が気がかりだ。葬儀屋、貴様の考えを聞こう』
「マフィアはイェラグで勢力を伸ばしたいだけのはずだ。そいつは大幅には間違ってないはず。問題は連中をイェラグん中に引き入れた、イェラグにいる何者かの目的だろ?」
視界の端でモスティマは優雅にコーヒーを啜っている。さっきからくっついてきて離れない。昨日から物理的な距離感も壊れ始めたらしい。
「はっきり言うぜシルバーアッシュ。こいつはお前の責任だ」
『ふむ。どういうことか説明してもらおうか』
「マフィアがイェラグに進出して得をする人間がイェラグの内側にいる。そいつは誰だ?」
『ほぅ、なかなか面白い視点だ』
「だがこの視点だと見当が付きにくい。だからこう考えんだ、この一件で損をする人間は誰か?」
『では、その人間とは誰だ?』
シルバーアッシュは興味深そうに尋ねた。俺は、シルバーアッシュは実は全てを知っているのではないかと錯覚した。それは事実かもしれない。
「……大まかに言えば、相当イェラグでの地位が高い人間だ。得するのも、損するのも。だがぶっちゃけネタ切れだ。はっきり言ってその辺りに関しちゃ俺は情報を持ってない。判断材料がねえからな」
『では、なぜ私の責任だ、などと発言したのか。そこを聞かせてもらいたいものだな』
「……この一件の鍵は、シルバーアッシュ、お前が握ってるはずだ。少なくとも、イェラグがここ数年で急速に変化しつつある原因。そこから繋がっているはず。だとすれば、イェラグを変えているのはお前しかいない。ひいてはカランド貿易、その辺りも関わってくるか?」
ここでモスティマが口を挟んだ。
「マフィアが入って来て、国家にとって有益になることは何一つとして存在しないよ。彼らは一定の必要悪を担っている側面はあるけれど、その必要悪は何もマフィアが行う必要はないんだ。それこそ自給してしまえる。今までのイェラグがそうさ」
「どういうことだ?」
「カランド信仰は、必ずしも綺麗な面ばかりではない、という訳さ。きっと今までは、カランド信仰の国家団体がその必要悪を担っていたんだろう。違うかい?」
『概ねその言葉通りだ。……ふむ、なかなかやるものだな、葬儀屋。実のところ、そこまでの推理が可能だとは思っていなかったぞ』
「ふん、そりゃどうも。ってことは一つ疑問が生まれる……。イェラグ内部にゃあテロリストでもいんのか? それともマフィアがよっぽど好きな人間がいんのか?」
『ふむ……。依頼の訂正を加えよう。マフィアの調査、壊滅はすでに十分だ。葬儀屋、貴様らには私の指示通りに動いてもらう』
「依頼内容が不明確だ。受けさせる気があんのなら、多少は誠実な態度とったほうがいいぜ。トランスポーターからの忠告だ」
『そうか。だが詳しい説明をするのは、依頼を受けてからだ。この情報は機密性が求められるのでな』
「危険度に関しての質問だ。戦闘が予想される依頼か?」
『そうだ』
「はぁ……。俺はトランスポーターであって、傭兵じゃねえんだがな……。まあいい、追加報酬を寄越せ。それで受けよう」
「いいのかい?」
「ここまでやっといてサヨナラじゃ後味悪いぜ。乗り掛かった船だ。このイェラグがどこへ向かうか──立ち会ってやろうじゃねえの」
「ああ。そういうことなら、悪くないね。つまるところ、私たちは今歴史の上を歩こうとしている、と。興味深いね。それに──ロマンチックだ」
「その感覚はちょっとわかんねえけど……。どうだ?」
『いいだろう。だがこちらからも一つ条件がある──件のマフィアのアジトだが、どうやって発見した? 私でさえ足取りを掴めなかったのだ。その手腕、興味がある』
「大それたもんじゃねえよ。情報提供者が居たんだ」
やべこれ言ってもいいやつかな、と迷いつつ。俺はいう事にした。クリフハートに義理だてしてもいいが、俺を雇っているのはシルバーアッシュだ。
『情報提供者だと?』
「あー……。クリフハートっつってたな。妹なんだってな」
『──なんだと?』
シルバーアッシュの外面が剥がれた感触がした。
分厚い貴族の雰囲気が、ほんの少し崩れた。
『エンシアが……。なぜ……?』
「さてな。おたくの妹はお前さんからの依頼内容を知りたがっていてな。しかも、知ろうとしていることを知られたくなったらしいぜ」
『なんだと……? どういうことだ──』
「ま、せいぜい悩みなんせ。情報は以上、依頼内容を説明してもらおうか?」
『まあいい……。依頼内容はさっきも伝えた通り、私の指示通りに行動することだけだ。それがどれほど困難でもな』
「……お前、何をするつもりだ?」
『さて。イェラグは確かに急速に変わりつつある。それは主に、カランド貿易が原因だ。閉鎖的だったイェラグに横穴が開き、貿易が始まった。やがては外側から人の流れが発生し、いずれ十分な交流が生まれるだろう』
そしてそれをやろうとしているのが、カランド貿易のトップ。シルバーアッシュだ。それは公然の事実。
今まで手付かずだった貿易からは、莫大な利益を生む。そしてその金はそのままシルバーアッシュへと流れる。イェラグ国内ではなく、カランド貿易に。
そしてその金が何に変わっているのか、誰も知らない。
「そのおかげでマフィアがイェラグに入り込んでる訳だが。これはお前が仕組んだことか?」
『いいや。彼らは今のイェラグには必要がない。彼らが担う必要悪は、今後カランド貿易が全て代行する』
「だとすりゃ──マフィアを引き入れた連中は、どうやらお前さんのことが嫌いらしいな。いやもしかしたら、好きな子にちょっかい出しちゃうタイプの男の子かも──」
話が長くなって来たのでモスティマは寝た。
マジかよこいつ、その辺のバックグラウンド把握全部俺に投げる気かよ。
『やはりか。背後に居るのは、イェラグ三族議会と見て間違い無いだろう。おそらくな』
「だがなんだってそんなことをする? お前さん率いる改革派と残りの保守派の仲が悪いのは有名な話だ。敵対してんのは、まあ分かる。お前がやろうとしている改革を邪魔しようとするのは当然だ……が」
『私を攻撃するための口実作り、と言ったところか。詳しい目的までは私も分からないが、マフィアを使って何かをするつもりなのだろう。いや、もしくは引き入れることこそが目的なのかもしれないがな』
「どうするつもりだ? 俺は何をやりゃいい?」
『──敵を知り己を知れば、百戦危うからず。情報が必要だ。もう一度マフィアの調査をしてもらおう。どこから来た種族なのか、何を持ち込んでいるのか。全てだ。徹底的に調べ上げろ』
「了解。──ほらモスティマ、オーダーが下ったぜ。起きろって」
「ん、んん……。ふあぁ……、話は終わったのかい?」
「ああ。──そうだ、聞き忘れてたが。期限はいつぐらいまでがお望みで?」
『出来るだけ早く──そうだな。今日中だ』
「せっかちなこって。ま、首を長くして待っててくれよ。それじゃ」
支度をするために立ち上がった。支えを失ったモスティマが力なくソファーに倒れる。こいつさっきから気抜きすぎでは? 俺は訝しんだ。
「でもさ──興味深い話だね」
「何がだ?」
「今更になって、ようやくシルバーアッシュに対抗しようなんてさ」
「……あん? なんの話だ?」
「さっきの話の続きさ。もともとイェラグ南部に限ればすでに交易が開かれているじゃないか。仮に今回の件がシルバーアッシュに対してのアクションだとするなら、イェラグ三族議会の動きはあまりに遅すぎる。何か別の意図があるのかもしれないよ?」
「……うーん。知らね! それを考えんのは俺の仕事じゃねえし! あんま難しいこと考えたくねえしな」
「まあ、そう言うのならそれまでさ。でもねアルク、何が起こるか分からないのがこの世界の面白いところさ。気をつけなよ?」
「不吉なことを言うんじゃねえよ。特に、お前が言うと説得力が違うからな……」
堕天使はやはり微笑むばかりだ。
*
やることは同じだ。
下っ端をさらって、絞り上げる。数人も行えば情報は大体出揃う。
「報告だシルバーアッシュ。マフィアの構成だが、ラクシーザが四割、ウルサスが四割。あとの二割はごちゃ混ぜだ」
『ふむ。どういった印象を受けた?』
「まるっきり烏合の衆だ。寄せ集めて人数ばっかり多いが、誰がトップに立つのかで揉めてるらしい。おかげで下っ端どんだけさらっても気付かれもしねえ。ひでえもんだ」
『その者たちがやろうとしていることは具体的に何だ?』
「そのことなんだが……大量の武器と原石が持ち込まれているらしい。現物はまだ確認してないが……」
『原石だと……? ふむ。他に何かあるか?』
「特大のやつが一つ。こいつらの目的は、シルバーアッシュ。お前さんの殺害だとよ」
『ふむ……。なるほどな。つまりは外部組織を用いて私に差し向けた訳か』
「ああ。お前が死んだあと、ぽっかり開いた勢力の穴に入り込んで、一山当てようってことらしい。内部の協力を得てな」
マフィアが吐いた情報はその辺りだった。侵入経路はイェラグ南部から。内側の連中から声をかけられてここに来たのだという。様々な人間に声をかけていたらしく、おかげで組織はバラバラ。数は多いが、それ以外はあまり脅威ではない……かもしれない。
なんか妙な兵器持っていたし。あのアーツ妨害装置とか。
それに原石を持ち込んでいるというのがことさら妙だ。意図がわからない……。
『ふむ……。では彼らを利用しよう。おそらく、カランド貿易の武力を図る試金石が彼らだ』
「というと?」
『イェラグ三族議会の、残りの二族はカランド貿易の武力を警戒しているが、どれほどの力を得ているのか把握できていない。私が情報を全て遮断しているからだ。そこでマフィアを使ったのだろう。軍を動かすには口実が足りない。都合のいい兵力として使っているのだろう』
「はは、カランド貿易はただの企業じゃねえのかよ?」
『さて、そこまで教える理由はないな』
そう答えることは、ほぼ答えを教えているようなものだ。
もしかしたら、カランド貿易はシルバーアッシュの私兵なのかもしれない。そこまでは正直、推測が追い付かないが……。
『イェラグ三族議会の、我がシルバーアッシュ家を除く二族に、マフィアを差し向ける』
「恐ろしいこと考えるんだな。マフィア連中をごっそり取り込んじまうつもりか?」
『ああ。カランド貿易は常に人手不足だ。無論、誰でも雇うわけではないが……どんな人間にも、使いようはあるということだ』
「なるほどね。今回の雇い主があんたで良かったと心底思うぜ。敵じゃなくて本当に助かった」
『マフィアが内部の協力者と、接触する機会はあるか?』
「ああ。今日の深夜、武器の取引があるらしい。場所まで調査済みだ」
『ならば、それを利用しよう。取引に襲撃をかけてもらおうか……。詳しい手順を説明する』
そして計画が進んでいく。
俺たちは昼間の間に仮眠をきちっと取って夜を待った。それまで町を観光したりなんなりして──。
夜が来た。
イェラグの夜は寒い。
あかりと言えば街中に備えられている街灯だけ。それだけが雪の積もった道を寂しく照らしていた。
雪が音を吸収するため、市街地にもかかわらずあまりに静かだ。
……吹雪いていなくて助かった。
「夜になると、ずいぶん印象が変わるものだね」
「まあ、確かにな。昼間とは大違いだ。ちと不気味だぜ」
「そうかい? 私は、これはこれで風情があっていいと思うけれどね」
「お前には恐怖心やら、警戒心がねえんじゃねえかって時々思う」
「ない訳ないじゃないか。私も人だからね。ただ、必要以上に感じない。それに、今はアルクがいるじゃないか」
「俺は別に戦闘要員じゃねえんだが。ただのトランスポーターだぜ? お前みたいに化け物じみたアーツは撃てねえよ」
「そういう意味じゃないんだけど……。まあいいか。準備はいい?」
「ばっちりだ。じゃあ──待ちますかね」
取引のある倉庫の、出入り口の前。人が入ろうとするのなら、まずここだ。
身を潜めて待つ。
入り口までの道に、足跡は残さない。俺たちの存在がバレてはいけない。
──来た。
防寒着を着込んだ男だ。ごつい見た目をしている。あいつが内側の協力者ってやつか?
男は歩いてくる。俺はそっと銃を構えた。
安心しろ、ゴム弾だ。ただしスタン付きだが……。
引き金を引く。サイレンサーと雪が音を消してくれたおかげで、男は力なく雪に倒れ伏した。
俺は男を引きずって物陰に隠した。なんとなく懐を漁ると一つのカギを見つけた。よくわからんが拝借しておこう。
モスティマに視線で合図を送る。俺は歩き出して倉庫の入り口のドアに手を掛けて開いた。鍵は空いていた。俺はフードをかぶって顔を隠した。
ギィ、と扉を開く。
倉庫の内側には数人の男がいた。見た目からマフィアだと分かる。そいつらは険しい目付きで俺に目をやる。
「取引に来た。例のものは用意してあるな?」
俺はそれっぽいことを言った。
「待て、その前に合言葉を言え。お前が偽物かどうかの確認だ」
「ああ、あったなそんなの……。えーっと、なんだっけ?」
「てめえ、あんまりふざけてんじゃねえぞ」
「まあまあ、そう怒らずに……。ほら、お前らが欲しいのはこれだろ?」
俺は適当に懐からさっき拝借した鍵を取り出してチラつかせた。
「……ふん、はっきり言わせてもらうがな。俺たちはてめえらに都合よく使われるだけの組織じゃねえ。シチリア人を舐めてんじゃねえぞ」
「葬儀屋にはしてやられていたみたいだがな」
「てめえ!」
「いやいや怒んなって。こっちとしては、そっちがちゃんとやってくれさえすれば文句はないんだからよ。で、例のものは?」
「そこに積んであるのが見えねえのか?」
確かに男たちの背後には、大量の段ボールが積まれている。
「中身を確認してないからな。ま、ここで裏切ることはないと思っているけど」
男が妙な表情を浮かべた。
「ところでてめえの声、どっかで聞いたことがあんだよな……。誰だったか」
「声? 俺の声か? まあまあ、気のせいだろうよ。取引は成立ってことでいいか?」
「……誰だったか。おい、フードを取れ」
「なんでそんなことをしなきゃいけない?」
もう少し時間を稼ぐ必要がある。モスティマの行動準備が終わるまで、なんとか時間を稼がないと。
俺は冷や汗を流しながら答えた。
「俺は顔を見られたくないんだよ。例えば今後、お前らとすれ違ったとき気まずくなっちまうだろ? それが嫌なんだよ」
「もう一度だけ言う。フードを取れ」
男は銃を構えた。
「おいおい、そんなもん出すんじゃねえよ。取引ってのは信用が大事だろ? それ出しちまったらおしまいだろうが」
「信用がないのはてめえも一緒だ。ああそういや、合言葉もまだ聞いてねえしな」
「合言葉、合言葉ね? 分かった言うよ。アレだ、シチリア人万歳だ。そうだろ?」
耳元の通信機から連絡が入る。
『アルク、いつでも構わないよ。好きなタイミングではじめて』
男はこちらを睨みつけて、笑った。そして徐に銃を掴む。
「合言葉なんざ、最初から決まっちゃいねえよ。バカが」
銃口がこちらを向く。俺も笑った。掌に銃の重みを感じた。そしてフードを取って──。
「そりゃこっちのセリフだ。いいか? この取引はてめえらを釣り出すための罠だ。なんせ、イェラグにてめえらみてえなクズ共はいらねえからな!」
俺は言うが早いか、銃を構えて乱射した。当てないように、しかし当てようとしているように見えるように。
男たちはすぐに物陰に隠れて応戦した。
「てめえ──葬儀屋!? なんでてめえがここにいやがる!」
「お前らの飼い主に雇われたのさ! ちょっと都合が悪くなったから消しといてくれってなぁ!」
「クソが、裏切りだと!? そんな訳がねえ、俺たちを切る理由なんざねえはずだ!」
そう。裏切るはずがない。それは事実。事実、別に裏切ってはいない。
ただ、俺がその事実を錯覚させる。シナリオはこうだ──。
「最初っから目当てはてめえらじゃなくて、欲しいのはてめえらの運んできた荷物だけだよ! てめえらは表に存在がバレれば厄介になる──つまり、都合よく消せて、なおかつ後ろ暗いもんを運んできてくれるだけの存在だ! もう用済みなんだよ!」
そういうことにする。そういう理由で裏切ったのだと錯覚させる。
「──クソが、クソがぁ! 裏切りやがって! 俺たちを舐めやがって!」
「はは、裏切っちゃいねえさ──裏切るってのは、もともと味方だった奴に使う言葉だからなぁ!」
シルバーアッシュのご要望はこうだ。
マフィアに対して、協力者が裏切ったと認識させること。
取引に来た男に扮して、マフィアに攻撃すること。できるならば裏切りだと錯覚させること。できなければ取引を邪魔するだけでいい。
情報が漏れた、という事実を与える。それで十分。
倉庫の物陰に隠れての銃撃戦が始まる。
積まれたコンテナを盾にして何発も撃ち続ける。銃声が深夜の倉庫に響き渡って反響した。
男の呻き声と共に撃たれる銃弾の数が減っていく。
「がッ──」
「──!? おい、クソ、いったいどこから攻撃してやがる!」
作戦はシンプル。倉庫には高台があって、そこからモスティマがアーツで狙撃している。それだけ。単純な挟み撃ち。
それだけで、男たちは十分にカタがつく。1分もあれば、やがて銃声の数はゼロになった。
モスティマが降りてくる。
「殺してねえよな? 結構えぐそうだが」
「殺しはしないさ。そういうオーダーだからね」
「……一応聞くが、殺せって命令なら殺してたか?」
「さあ、どうだろう。私の本職はトランスポーターさ。傭兵じゃない」
「ま……いいか。こいつらふんじばって連れてくか」
数人の男たちは呻き声を上げて寝っ転がっていた。
「ぐ、クソ……。てめえ、どこの回し者だ……!」
「さあな。ま、お前が気にするべきは俺の正体じゃなくて、これからの未来についてだと思うけどな」
動けない程度には痛めつけてあるはず。モスティマは手加減が下手なので、正直不安だ。
背後で呻く男が、最後の力を振り絞ったのを、俺はギリギリ察知することが出来た。
「くたばれ、イェラグのクソ野郎……」
その目標が俺だったなら、別に良かったのだが、残念なことにそれはモスティマを捉えていた。
俺は仕方なく……本当に仕方なく、斜線上に躍り出た。
「え──アルク!?」
「……つ、痛えな……」
痛みを堪えて俺は片手で拳銃の狙いを定め、二発目を打とうとする男の太腿に一発。男はそれで気絶した。
「かばったのかい……!? 私を……!」
「勘違いすんじゃねえ……。お前に今倒れられたら、後の依頼に響くからな……」
「ッ! すぐにシルバーアッシュに連絡を取ろう。治療を受けないと」
「その前に……モスティマ、一応残りのやつら、気絶させといてくれよ……。同じこと、二回もやんのはしんどい……」
モスティマは乱暴に杖を振るった。それで残りは全て意識を手放した。
迎えはすぐに来た。
もともと、男たちの輸送をする予定だったためだ。
「葬儀屋ですね。傷の治療をします。乗ってください」
「連中は……」
「あとは僕がやっておきますから。マッターホルン、あとは任せましたよ」
イトラのカランド貿易の社員がそう言って倉庫へ入っていく。俺は筋肉ムキムキマッチョマンの肩を借りて車に乗り込んだ。
すぐに発進する。
「少数での強襲、お疲れ様でした。これからカランド貿易の施設で治療を受けてもらいます」
「ああ、助かる……。悪いな、手間をかけさせる」
「いえ、そんなことはありません。……本来ならば、そのような任務は我々の仕事なのですが……」
「気にすんなよ……。高い金もらってんだ、負傷しても、文句なんかつけねえよ……。そもそも、俺がヘマしただけの話だ……」
マッチョマンは夜のイェラグに車を走らせながら、軽くない口調で話した。
「シルバーアッシュ様が改革を進めておられるのは周知の事実です。ですが……変わることは難しいものです。イェラグがこれまで平和だったのは、閉鎖的だったからという人が何人もいますから」
「……どうしてシルバーアッシュはそこまでして改革を進めているんだ?」
「我が主の心中までは推し量れません。私どもはただついていくのみです。我が主は常に遠くを見ておられる。……ご兄妹の関係が、それによって引き裂かれようとも、我が主は止まらないでしょう」
「兄妹ね……。クリフハートのことか?」
「エンシア様をご存知なのですね。ですが、違います。関係が悪化したのは我が主の一つ下の妹……カランドの神子、エンヤ様……いえ、プラマニクス様です」
「へえ……。いろいろあんだな」
「ええ。いろいろあるのです。……私が口出しできるような、軽い問題ではありませんが。それでも時々思うものです。プラマニクス様と我が主は、もはや互いに理解し合うことはできないのかと」
家庭環境はいろいろだ。人それぞれ抱えているものは異なる。
シルバーアッシュにも、それは当然あって然るべきだ。
俺はもはや、家族の縁はなくしてしまったからなんとも言えないが……。
マッチョマンはなかなかいいやつだった。気がかりと言えば、モスティマがずっと黙っていたのが、気になったと言えば気になった。
*
イトラのカランド社員──クーリエは気絶した男たちを輸送者へ運んでいく。
そして、一人だけ何もせず、そのまま放置して、クーリエは輸送車を走らせた。主のオーダー通りに。
気絶したまま残された男はやがて目を覚まし、周囲の状況を確認して顔を歪めた。
「クソ、クソがッ! 見逃されたのか……!? 俺だけ……! クソ、早く状況を残りの奴らに伝えねえと……」
負傷したまま、男は倉庫を去ってどこかへ去っていった。
全て、シルバーアッシュの想定通りに。
・カランド貿易
イェラグの国営企業。シルバーアッシュがCEOを務める。軍事設備を購入したとの噂があったり、ただの企業ではなさそうだ。
・マッターホルン
筋肉ムキムキマッチョマンのママ。料理が得意。
・クーリエ
入手のしやすさと硬さから弊ロドスの先鋒を務めてくれている。いやまじ使いやすくて硬い。
・マフィア
全体的に散々な目に合っている。誘拐されたりボコられたりしている。シルバーアッシュ被害者の一人。
・モスティマさん
かわいい。