彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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人魚姫の原石

 映画監督が、女優を殺した。もっと詳しくいうと「監督」黒山墨字が「女優」夜凪景を殺した。私はその一部始終を「撮影」していた。

 

 この「撮影」は黒山墨字作品の映画撮影のクライマックスシーンのためであって、この映画のラストには殺人という行為がどうしても必要だった。だから、私は殺人という重い犯罪行為に協力してしまった。映画を完璧なものにするためには絶対に「女優」夜凪景の死は必要条件だと理解してしまったのだから。

 

 夜凪景という「女優」の物語はこの「撮影」で終わってしまった。彼女のこれから約束されているだろう成功や地位や未来は黒山墨字の傲慢な決断で、全て水の泡になって消える。けれど、私はその泡になって消える人魚姫のラストのような「儚さ」を撮らなければならない。彼女のラストアクトを無駄になど出来ない。してはいけない。

 

 

 

 この物語は5年前以上前の阿佐ヶ谷芸術高校で、あのど下手くそなドキュメンタリー映像とも言えない「映画」を撮った時から始まっているけれど、分かりやすく説明するためにこの部分はカットさせてもらう。ともかく私は高校時代に黒山墨字の下で、映画というものに真剣に向き合っていた。

 

 先生は一年で、非常勤講師を辞めてしまったけれど、私には個人用の名刺と連絡先を教えてくれて、何かあった時にはかけてきても良いと言ってくれた。二年生からの先生のいない学園生活はある意味平凡だった。ごく普通の映像の勉強をするだけの日々だった。今思えば、程々に楽しくて、程々に暇で、程々に幸せだった。

 

 ただ、それが急変したのは私が三年生になって直ぐの時だった。急にお母さんが病気で倒れ、あっという間に日常が音を立てて終わってしまった。闘病期間は三ヶ月なかった。悪性の癌で、検査した時にはフェーズⅣになっていたらしい。初めから助かる見込みがなかった。簡単にいうと、運がなかった。この時、私にはあるアイデアが脳裏に浮かび、先生の連絡先に電話をかけた。内容はこうだ。

 

 

「母さんが病気でもうすぐ死んでしまう。だからその瞬間『までを』カメラに収めたいんです。

力を貸してください」

 

 

 人は一生で一度しか死なない、そんな希少な、絶好のタイミングの被写体が、目の前にいるのに、それを機材がないなんていう馬鹿げた理由で「撮影」出来ないなんて嫌だった。先生は協力してくれた。この時、黒山墨字の実力が本物だと実感させられた。世界で評価されている映画人から演出・構成・脚本の作り方を真摯に指南してくれて、高価な機材の貸し出しもしてくれた。先生は私がどう見せたいか? 私がどう感じて、どう表現したいか? という私の考えを真剣に受け取り、一緒に悩んで苦しんで足掻いて、答えを探してくれた。共同制作者としてはこれ以上の人はいないと思うのは当然だった。

 

 

 ただ、先生は「柊、お前が撮影するんだ。俺みたいな他人が撮ったんじゃ観客は納得しない。病気で死にかけてる母親を娘の視点から撮るからこそ、そこに価値が生まれるんだ」そう強く断言した。

 

 

 私の拙い撮影でも、それはノンフィクションである事の証明でもある様に映ったし、倫理的に取り扱い事が難しい「死」というものをその当事者だから表現が許された。結局、映画撮影の機材貸し出しと映画の作り方は先生が色々示してくれたけど、監督・脚本・演出・主演等々は自力でなんとか行った、映像科だからこそクラスメイトのみんなが真剣に手伝ってくれたのも大きかった。

 

 あの、高校入学して直ぐに撮ったドキュメンタリー未満の対話映像も素材として、効果的に使えたのは大きかった。素人が本当に嗚咽を漏らして、本音で語り合って泣きあっている場面は貴重だ。 母の葬式の後、私は寝る間も惜しんで一心不乱に撮りまくった録画素材を編集して、なんとか作品が出来上がった。正直自分では、出来が良いのか悪いのかよく分からないが、やり切ったという実感のみが強く感じられた。

 

 

 

 その日、先生にこの作品を見て貰うため、連絡先に記載してあったクラウドサービスに録画データを送り、念のために住所にも録画データの入ったSDカードとお礼の手紙を送ったら、住所に物理的に届く前に電話がかかって来た。荒々しい口ぶりから手紙を読んでいない事は明白だった。

 

 内容は先生らしい無茶だった。俺はこの作品にクレジットされるような事はしていない。というクレジットの削除依頼と本題の、もし誰かにこの作品の思いを理解して、共感して欲しいと思うなら、日本映像協会主催の「学生」向け映像フェスティバルに、この映像を送り付けろ、どうせ「学生」向けだ。当然最終選考ぐらいまでなら残るから。

 

 

 私は先生というプロの手を借りて作ったのだから、私の名前で参加するのは少々ズルい気がしたが、まあ規約上、制作の中核メンバーが「学生」であれば良いからという事と多くの人に自分の撮った物を見て欲しいという欲望が最終的には勝って、応募することにした。

 

 ただエントリー欄で知ったが、あくまで「学生」のコンテストで、専門学生や大学生も応募可能だった。というか、そっちがメインだった。流石、随分とハードルの高い事に挑戦させるなぁとは思ったが、ダメで元々だと思いエントリーした。

 

 

 意外にも順調に一次審査、二次審査、最終選考に勝ち残り、学生映画としては割と長い90分以上の内容だったが、題材の反則的内容が受けた様で、そのフェスティバルで高校生特別優秀賞、審査員特別賞、そして高校生で初の最優秀賞の三冠を成し遂げた。ちなみに審査員席にある黒山墨字の文字を見たときは笑ってしまった。後で聞いたら、忖度はしていないし、俺の名前がクレジットで出たら面倒だから消せと言っただけだと語ってくれた。あの人の性格上、忖度もクレジットの件も本当だろうけれど、事実上の推薦だった事はありがたく思っている。

 

 

 ただ、母のこの闘病によって母子家庭だった私は金銭的面で、苦しくなって、大学には進学しないことに決めた。そもそも大学に進学しても先生の言うように、映画が作れるわけではない。独自に映画を作りたいなら別の方法がいくらでもある。そう思って就職の道を選んだ。

 

 

 それから二年が過ぎて、今はとある映像関係の制作会社で勤務している。この会社に入った経緯はあの時取った賞のおかげで入社する事になった…… そう黒山墨字直々に、ウチで働けという強引な誘いを受けてスタジオ「大黒天」で働いている。正直、この経緯は流石、先生というか本当に強気で、ちょっと断れる雰囲気ではなかった。今の仕事は映像関係の業務が基本で、制作の名の下に本当に多くの雑務が回ってくる。というか、この零細スタジオは私が仕事を取ってこないと、まともに機能していない。黒山墨字にお金を儲ける社会性を期待する方が間違いだと気づいたのは入社して、一週間掛からなかった。

 

 まあ夢の映画監督と呼ぶにはまだまだ遠いが、やりたい事をやっている実感はある。ただ正直にいえばこの二年で、まともな休日があった気がしないので、割とオーバーワークな気がする。黒山墨字の下だから働けているが、他の人の下だったら絶対に辞めている自信がある。

 

 ただ、辞めない理由は簡単だ、先生とはもう呼ばなくなった相手、墨字さんの事を尊敬しているからだ。それにもう一つ、自身の映画論について語ったり、作り手が作品について語ることを無粋だと思っている墨字さんが、私には明確にある野望を打ち明けてくれたからだ。

 

 

 「俺にはどうしても撮りたい映画がある。そのためには『芝居をしないで、自然体で役に成れる役者』を探しているんだ。まあ全人類探しても、いないのかもしれないがな」その時の墨字さんの声のトーンはどこか不可思議だった。

 一度そんな人物に出会った事のあるような核心めいた口調で、語った後にあえて否定したようだった。まるで、今ではその出会った人物では撮影できないような口ぶりだった。

 

 この不可思議な核心を耳にしたら、私はどうしても黒山墨字が撮りたいという映画を観たいと、いやもっというなら、その映画を撮るのを手伝いたいと思ってしまった。そうこの人は基本的に、夢を語るのが上手い人なんだ。

 

 

 後にして考えれば、この時言っていた役者は、墨字さんの15年前の監督作「たんぽぽ」の主演女優「環連」の事を言っていたのかもしれない。もしくは、日本を追いやられた「王賀美陸」だったのかもしれない。

 

 

 けれど、墨字さんが見つけ出した人物はその人たちとも引けを取らない天性の怪物だった。役者という生き物を人間の形にするとこういう風になるという原石の塊だった。

 

 その人の名を「夜凪景」若干16歳にして、黒山墨字を本気にさせた少女。

 

 

 ただ、この出会いは結果だけ考えれば、不運だったのかもしれない。なぜならこの出会いがなければ、そうすれば、「女優」夜凪景は死ななかった筈だ。

 

 しかし、この出会いのおかげで、黒山墨字の偉大なる快作は誕生することになる。私は、その「撮影」を協力することになり、ある視点から見れば共同制作者で、共犯者になった。

 

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