彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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創られた美しさの価値

 正直、このけいちゃんの話は他人だったら、信用できないレベルだった。あくまで、事実に大きく誇張した自慢話だと思ったと思う。けれど、この子が、そんな高度な嘘を私たちにわざわざ言う理由がない。しかも、後に映像として公開されている内容の裏話として喋って入るわけだから、裏付け出来てしまう。だからこそ、その語りは確かな質感を持って聞くことが出来てしまった。

 

 話の続きとして「千世子」ちゃんと共演するシーン、監督から「今回は何も考えず、思いっきり演じてね、周囲に迷惑をかけるぐらいの迫力のある演技が出来ないなら、あの子に簡単に食われて終わるよ」と言われ、自分に出来る全力を出そうとしたらしい。だから「千世子」ちゃんと友達になれないのなら、他の友達を思い浮かべて、代用して「千世子」ちゃんを友達だと仮定して、想像しよう。そんなことを思いながら演じると「千世子」ちゃんが、ごく自然と友達として、接しられるように感じたらしい。

 

 そう芝居は、ごく普通に演じられるようになって、台本通りの台詞を問題なく言えるようになって、普通の演技が出来るようになってきた……ただ、途中から自然に涙が出てくる。涙が出た理由は、役にのめり込んだ、演技のためじゃない。 あの「千世子」ちゃんの被っている「仮面」が、崩れていって、そこにあったのは、いつものあの可憐な「天使の仮面」を無理して、つけ続けている「千世子」ちゃんで、それがあまりに可哀想で、泣いてしまったんだそうだ。

 

 でもその納得の入っていないテイクで、撮った内容は結局OKが出てしまった。そのシーンと涙が上手く場面とマッチして、OKが出てしまった。監督のOKは絶対だ。逆らえる筈がない。

 

 けいちゃんはそれには感情的に納得がいかなかったけれど、どうしようもないと割り切れたけれど、 監督のあの発言「仮面」を壊すのは君だと言われていて、自分はブルドーザーで、あの「仮面」を破壊しないとならない。けれどそう簡単には上手くはいかない、そもそも「千世子」ちゃんと仲良くなりたくても、簡単にあしらわれてしまう。

 

 そうこうしていると、どうもスターズ俳優陣の関係で、ギリギリだった撮影スケジュールが、台風という天候のせいで、乱れ始めたようだった。本来あった尺が、大幅に削られる。映画撮影には時間的制約があるから、ある意味仕方ない。そうして、削られるのはラストのけいちゃんと「千世子」ちゃんのシーンだ。元々、オリジナルキャラクター、場面を削っても、原作的には問題ない。そう分ってるけど、まだ何もできていない。

 

 そうした時に「天使」は舞い降りた。「千世子」ちゃんが、台風だろうと何だろうとこのシーンは取らなきゃいけない。どんなに駄目でも「三幕構成」くらいは守らないとお客さんは納得しない。そう味方してくれた。この時の「千世子」ちゃんはやはりプロフェッショナルだった。自分が売れる作品を作るためだったら、なんだってする覚悟がある。この場の誰よりも、作品にプライドを持って挑んでいた。そう言って、けいちゃんに嫌でも、最後まで付き合ってもらうと本当に美しく、可憐に言ってみせた。

 

 その後の「千世子」ちゃんは役者として素晴らしかった。本来であれば大幅に遅れを取ることになるような撮影時間をその全力の演技で、とんでもないスピードで撮って行く。本来、8カットだったシーンを5分以上の長回しの長台詞で、1シーンに納めるような荒業を披露して見せた。とにかく時間短縮のために、役者の仕事の範疇を超えて、絵コンテまで読み込んで、理解し、演出家顔負けの実力で、一気に遅れを取り戻そうとしている。

 

 そのおかげで、明日の最後のシーン「千世子」ちゃんのおかげで演じられる。これは、必ず成功させる。

 

 けれど、天候というのは本当にどうしようもなくて、コレはラストシーンを撮らないで、編集でなんとか辻褄を合わせるという選択肢もあったが、結局、台風の中で撮る…… という蛮行と言われても仕方ない行為に出た。ある意味、いや本当にギャンブルだ。

 

 しかも、ワンカット長回しの一発録りで、物理的にも危険な撮影だが、やるしかない。この時「千世子」ちゃんは顔だけは怪我したらだめだよ、女優なんだからって冗談を言った。そんな冗談をいうようなイメージはなかったけれど、その後、続けて彼女は「大丈夫、全部私に任せて」といつものように「綺麗」に笑っている。

 

 けいちゃんはその時やっと「天使の仮面」の真の意味を知った。その「仮面」はあなたの映画への執着、そのものなんだと、自分は貴女を何も知らなかった、きっとその「仮面」はいっぱい努力と愛情を持って創られた「仮面」なんだと……何も知らなかった、その勇ましさを、その優しさを、その美しさを、その気高さを、何も何も……

 

 

 最後の場面は大雨の中、台風の中、走り抜ける。私には途中から、また役と自分の間が分らなくなってきた。最後にこの映画のクライマックス、私は「ケイコ」に、貴女は「カレン」になっていた。だから貴女という大切な友達は必ず守ると誓って行動できた。

 

 途中、あらかじめ指定された火薬が点火したのだけれど、「ケイコ」にはそれがもうミサイルのようにしか見えていなかった。だからは必死になって「カレン」を守った。もう、これ以上だれも失いたくない。そう思えた。

 

 だからこそ「カレン」が傷つくことが怖かった。だから、逃げている最中にへたり込んでしまって、歩けなくなった。けれど「カレン」は「ケイコ」に向かって「大丈夫だ、行こう」と完璧な表情で、勇気づけて、導いてくれた。

 

 そう、最後の最後の瞬間まで、私たちは逃げた。あの時の私たちはあの世界に没入して、楽しんでさえいた。そんな時、あの台風だったから、川が増水したのだろう「カレン」が足元をすくわれ、斜面に流される。だから私「ケイコ」は咄嗟に、体が動いて、身を呈した。「カレン」に手を伸ばして、救い出しながら落ちていく、自分なんか見捨てていいから「行って」と大声で叫んだそうだ。

 

 響くのは「ケイコ」という大きな声、それを聞いて、ああ、ちゃんと救えたと思ったという。

 

 その後、なんとか監督が、何かあった時のために前もって、張り巡らされていた安全対策用のネットによって、けいちゃんはかすり傷程度で事なきを得たけれど、その日から高熱に襲われて撮影最終日まで、別で過ごすことになったらしい。

 

 最終日にようやく体調が戻って、クランクアップを迎えたら、そうしたら花束が贈呈された。クランクアップした人に花束を贈呈するのが習わしらしく、寝込んでいたから、私のクランクアップが結局遅れたのが原因なのだけれど、最終日にもらった花束は本当に世界一美しかった。それと手塚監督から「ブルドーザー、お疲れ様なかなか面白い『天使』の画が撮れたよ」とお礼を貰ったとけいちゃんは語り終わった。

 

 どこまで、規格値外の事をやってのけたのだろうか? 本当に此処まで凄まじい事を……いや、この子なら演りかねないのが怖い。きっとこの話はある意味本当なんだろう。だから、墨字さんがニタニタ笑いながら、楽しそうに聞いているのだ。

 

 そういえば、この間、墨字さんが「夜凪にデカイ仕事持って、来れそうだ」と私に言ってきた事がある。何なのか、この時の私は知らなかったけれど、あの仕事・演技は「女優」夜凪景を大きく成長させるものになった。

 

 

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