後にけいちゃんから聞いた話では「劇団天球」その現場では今までの現場と全く違っていたそうだ。そこでは役者同士がお互いの役者論について喧嘩し合っていて「表現」というものを本気で探求しているようで、さらにその中で「阿良也」くんは的確な指示をこなしているのが特に印象的で、存在感もかなりあったという。
そこで、けいちゃんは巌さんに初めて会った。値踏みされるように見つめられ「黒山さんから話が聞いてるか?」と言われたのが「とりあえず行って来いとだけ……」と言われた通り正直に答えたそうだ。というか、挨拶も連絡もしてなかったのか、あの暇人……
そういうと「あの野郎……」と返し、阿良也くんが「あぁ、新入りが来るっていうから、誰かと思えば、巌さん、鼻詰まってんの? あんたの最後の芝居、この子に潰されるよ?」と悪びれもせずに言って、それに対抗するように「俺の配役に口出すのか、偉くなったなクソガキ」とこっちも言い争いになったそうだ。ただ、阿良也くんと共演できるという思いからけいちゃんは「私、一生懸命頑張りますから!」と素直に思いを伝えたらしい。
それに巌さんは「……公演は三ヶ月後だ、台本を渡す。演目は『銀河鉄道の夜』俺たちと一緒に、死への旅へ行こうか『夜凪景』……」と言われた。さらにその場で、いきなり主演の抜擢を受けた。あの「銀河鉄道の夜」における「カムパネルラ」だ。殆ど、台詞も一二を争うレベルだ。正直、信じられなかったというのも頷ける。
そしてけいちゃんをなぜ選んだのか? を「劇団天球」のメンバーは納得できないようだった。ただその場は結局、阿良也くんが言った「役者を名乗る覚悟があるかどうかだ。言葉って重くて強い物だから、俺は言葉を軽く扱う奴が嫌いなんだ。もう一度聞く、夜凪、お前は役者か?」という問いかけによって、試される事になったとのことだ。
結局その場で急に、エチュードを始めることになった。お題は「汽車」パイプ椅子二つ並べただけのセットの上で、けいちゃんは想像した。ただ今、汽車に揺られている。ただそう思って、演じた。そうしてごくごく自然に「役」に没入した。ごく普通に汽車に揺られていると話しかけられ、すこし吃驚したらしい。だって、周囲には「まだ、空席があったから」と、答えたらしい。ああこの辺の独特の感性は、やっぱり凄い物があると感じさせられる。
ただ、それではどうやら、上手くいったか、どうかは分らなかったらしい。エチュードの共演者だった女の子はけいちゃんの芝居を評価してくれたけれど、その時の芝居は理解できるかどうなのかという話になったとのことだ。おそらくけいちゃんのメソッド演技は評価できるけれど、それが、本番で通用するか、お客さんに伝わるのかどうかという話だったみたいだ。
巌さんが「できる、できないじゃねーよ、あいつ夜凪を使うのか? 使わないのか? どっちが面白い?」というとその共演者の女の子は「使う方です」と言ってくれたらしい。これでなんとか、とりあえずは参加が決まったとのことだ。
初日は見学だったが、そこで「表現」というものは何か? ということを見せ付けられた「喜怒哀楽」それをけいちゃんはうまく演じ分けられないとのことだった。
そこでけいちゃんは「表現」という物が、どういう物なのかよくわからなかったと言って、自分の演技には「深さ」はあるらしいが「伝わりやすさ」が全くないらしい、ただ芝居はソコじゃないこと「表現」であることを理解してくれ、そう言う内容の話だった。
場所を移って、スタジオ「大黒天」で、けいちゃんは事のあらましを述べた後に「頭では分かってるの、阿良也くんの芝居は大げさなのに、リアルな動作から感情が伝わってくる感じ」というから私は「分かってんじゃん、それだよそれ!」と軽く答えてしまったが、その答えでは納得できないようで「そう思って、体を動かそうとすると何て言うか……」と言葉に詰まった所で墨字さんが「感情がついてこないんだろう」と言うとけいちゃんが「そう、そんな感じがするの」と答えた。
少し墨字さんが考えて「スターズのオーディションの時は? どうやって涙を流した」と聞いた。けいちゃんは思い出すように「あれは初めてはお母さんのお葬式を思い出して、演じたいていたの……でもなぜかお葬式の時は涙が流れなくて、黒山さんにバカでも分るように演じろって言われたから、お葬式から家に帰った後、初めて涙が流れた時の感情を思い出して、涙を流したの」と答えた。成る程、自分の中にある感情のストックから、引き出したっていうことか……
その答えを聞いて「ま、そんなとこだよな、中には涙腺コントロールする奴もいるが」と墨字さんが、明らかに「誰か」の悪口を言うので、私が「パコン」という音が良く出るように叩いておいた。
そんなやり取りから、とりあえず説明するようにホワイトボードを引っ張って来て「役者やいろんなタイプがいるんだよ例えば」といって墨字さんが、解説を始める。
「表現と感情」に付いてだ。上方向が表現の軸で、下方向が感情の軸。横が演じられる、役の幅だとのこと。
墨字さんが言うには「大体の役者ってのは下方向にはまあ10くらい、この程度しか感情を掘り下げられてね、その代わり最低限の10を表現しようと役を掴んで戻ってくる。夜凪、お前はがっつり表現を掘り下げる、つまり100まで行くが、それを表現するために戻ってこない。普通の役者は海中10メートルを潜って演じるのに、夜凪お前は100メートルを潜っちゃってる。潜っちゃって、それそれを海上まで引っ張り上げないと演技じゃ通用しないんだよ」
その答えに、けいちゃんは「ほ、褒めてる?」と言うが「褒めてねーよ、デスアイランドの話だってそうだ! 台本も読んだけど、ずっと死から逃げてるだけじゃねーか。あの手の衝動的で大胆な芝居以外はお前は下手くそなんだよ、ほぼ当て書きだったしよ」と墨字さんはバッサリ批判した。
それに付け加えるように「例えば千世子はお前とは真逆、あいつは敢えて感情を掘り下げないで、演じる上っ面の芝居だ。ただし、誰よりも自分の魅せ方を知っている。要するに千世子はこの精度が高すぎて、誰が見ても綺麗なんだよ。俺から言わせりゃクソだが、売れる理由はよく分る」そう墨字さんが言うと、けいちゃんが「千世子ちゃんを綺麗とかクソとかそんな目で見ないで」と理不尽に怒りだした。
墨字さんは「貶しても、褒めても嫌なのかよ、めんどくせえなあ」と至極真っ当な事を言い、その返答に私はこのホワイトボードに対して「うーん、そう考えると阿良也くんはけいちゃん寄りだよね、深く役を掴んで、それを丁寧に伝えてくれる芝居。しかも憑依型カメレオン俳優って言われるだけあって、役作りの幅が広い、それでいて感情をきっちり掘り下げ、それをちゃんと表現する技術を持ってる」と言いながらホワイトボードに書き込んでいく。それを見ながら「表現するための技術……」とけいちゃんが呟き、「ま、お前より一歩先をいってるってことだな」と墨字さんが付け加えた。
私は、ちょっとそのホワイトボードをお前に愕然とした。話の流れ関係抜きに、墨字さんが描いたデフォルメのけいちゃんと自分の描いた阿良也くんの差が此処までだとは……子供たちが「体、大丈夫震えてない?」と言ってくれるが、「うん、大丈夫『絵心』がないだけだから……と何とか返した。
けいちゃんが「私に足りないもの、堀り下げた感情を表現するための技術....」と呟いた時に「技術なんて大げさなもんじゃねえよ、表現力なんて自然に皆で来てるもんだ」と墨字さんが言うから「え、みんな……私できてないけど……役者なのに」と自信なさげに返した。
「できてるよ、人間誰しも本能的にできてる、忘れてるだけさ」と墨字さんが堂々と言い切った。「それどういう」とけいちゃんが言おうとしたときに、そこで突然、ルイくんが
「あー!!!!」と叫び出し、話を割り込んだ。
そうして「ちょっとみんな静かに!」と言うが、墨字さんが「お前が、一番うるせーよ!」と突っ込んでいる。
ルイ君の視線の先にはテレビが映っていて「星アキラ熱愛か? 明神阿良也の舞台挨拶と現れたアキラさんですが、謎の美少女と」といって熱愛発覚のゴシップ放送が繰り広げられていた。そこには何故か、けいちゃんの姿があった。
私は「何、してんの? けいちゃん」と言うと「あれ? お前千世子と行ったんじゃなかったの」とからかうオッサンと「テレビ出演……お洒落して行って良かった」とトンチンカンな事を言う世間知らずと「そういう問題じゃないんだから……」と真面な感覚を持つ子と「ウルトラ仮面……」と憧れの存在の事実を目撃してしまった子がその場に揃っていた。
ああ、どうなるんだコレ……