彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

21 / 46
新宿ガールの初期衝動

 今日は撮影当日皆で目的地の「新宿駅」に電車で向かってる。そんな中で墨字さんがある話をし出した。内容はスターズに顔出しに行ったというなかなか凄い内容だった。巌さんの件について、あの星アリサさんに会えに行ける繋がりがあるのは普通に凄いが、後半からおかしな様になった。百城千世子ちゃんに会ってから、けいちゃんの話になったそうだが、この辺りから明らかに誇張が入っていた。お互いの実力をけん制し合っていた会話からこんなふざけた会話になった。

 

「そこで俺はこう言ったわけだ、だって夜凪が言ってたよ『私が千世子なんかに負けるわけないやん、うける~」そしたら千世子が鬼みたいな顔してさ『チヨコヨナギサンクウ!!』ってさ」明らかにお互いを馬鹿にしてる、このヒゲ。

 

「千世子ちゃんがそんなこと言うわけないでしょ! 訴えるわよ!」と本気で怒っているけいちゃんがいた。

 

「えぇ~でも言ってたよ」とふざけ通しのバカヒゲがそんな事を言うので「車中ではいい子にしなさい! ルイとレイを見習って!」とこの二人を注意した。本当にこの人たちは小学生でも守れるマナーを守れない。まあ、今日に限っては私もその一人に加わるのだが……

 

 そうこうしていると「クロちゃん、これからお姉ちゃんの仕事って本当? 全然そんな風に見えないんだけれど……」とレイちゃんがそういうので「本当だよほら、カメラ」と私が答えると「クロちゃんが仕事か……夢みたいなこともあるもんだなあ」と純粋無垢な答えを言ってきた。いやはや、そりゃ子供から見ればそう見えるよね……私もちょっとそう思うもん。ただ流石に注意くらいはしておこう。

 

 私は「本番前に女優怒らせて、どうするんですか……」と至極当たり前な事を言うと「士気を上げただけだよ」と墨字さんが屁理屈を言うので「士気ってそういうもんじゃないでしょ!」と返すと「それはどうかな?」とニヤリと笑った。

 

 そうして墨字さんは「なあ、夜凪」と話しかけた。先ほどの事をまだ怒っているのか「何よ、ヒゲ」と返答すると「お前と千世子、どっちの芝居が上だ?」とド直球の質問をしてみせた。

 

「な、何その質問、千世子ちゃんは私よりずっと先輩でとってもすごいし……」と言葉を探しながら、答えようとしているが、少し間が出来た。

 

「けいちゃん?」と私が聞くと「私と千世子ちゃん、役者としてどっちが上かそんなの……そんなの私が決めることじゃないと思う」と神妙な面持ちで答えた。ああ、本当に士気が上がってるなぁと感じる。

 

 そんな中で突然「ところでヒゲ、どうして突然私を撮りたいなんて思ったの?」とけいちゃんが聞いた。そう言えばまだちゃんと言葉にしていない。

 

 墨字さんは素っ気なく「あ? そりゃお前がいい役者になったからだろう?」とカメラを触りながら当たり前のように答えた。

 

 けいちゃんはその言葉に納得が言ったかのように「ふーん」と言っている。もの凄く喜んでいるのが表情と声質から伝わってくる、とてもかわいい。

 

 電車のアナウンスが聞こえる「お次は新宿、新宿」とそうすると今まで少しだらけていた二人がピリっと緊張した「本番の合図ね」とけいちゃんが言うと「ああ」と言いながらハンディカメラのセッティングを済ませ、二人は立ち上がった。

 

 墨字さんは「準備はいいな、夜凪」と確認を取るとけいちゃんは頷く。

 

「くだらねえメディア戦略に遅れを取っちまったが、お前の芝居を世界に届けるのはこの俺だ」と墨字さんが言うと「うん、よろしく」とイヤホンを付けながらけいちゃんが真剣そうにそう言った。

 

 電車内は騒めきの声が広がっている。

 

「あれ撮影? え、ここで? てかあの子見たことある。 夜凪景? あれ本物?」と何人もの声が広がっている。

 

 思わずレイちゃんが「ゆ、雪ちゃん撮影ってもっと大勢でやるんじゃないの?」と不安げに聞くので「うん、でも今回は墨字さんの居酒屋コネクションで知り合ったバンドのMVでね、音楽は後から付け足すから二人だけでいいんだって」と答えた。

 

「でもカメラマンもクロちゃんがやるの?」とレイちゃんは本当に心配そうに言うので「めっちゃ不安げだね、大丈夫だよ、元々墨字さんはカメラ一つで、世界を駆け回ってきた世界有数のドキュメンタリー映画監督だから、人を撮る力は本物だよ」とあの人の数少ない本当に尊敬できる所を私は少し自慢気に喋った。

 

「で……でもこういうのって許可とか……」とレイちゃんが言うが、すっと私は立ち上がり、カチンコを持って、レイちゃんが止めるのも無視して、お出口は左側と聞こえた瞬間。

 

「よーい、スタート!!」とカチンコを鳴らした。そして勢いよく二人は列車から飛び出た。人混みを全速力で、駆け抜けていく。その光景はとてもアップテンポで、彼女は踊っているというよりもクリスマスの朝、プレゼントを目の前に、はしゃいでいる子供のよう。

 

 ただその姿は全力で喜びを表現している最高のパフォーマーで、それをこの新宿駅という大勢の人の前で、音楽から流れる初期衝動に任せて、ただただ身体を自由に開放している。

 

 その姿を墨字さんの抜群のカメラワークで抑えていく。誰もがその光景がとても信じられない様子で眺めている。映画のスタントマンがやる様なあり得ない動きをぶっつけ本番で、しかも一曲分のMVになるようにアドリブでこなしている。ああ、この二人はやはり化け物なのだと実感する。

 

 言葉で、この凄さを表現するのはとても困難だが、この呆れかえる様な動きの数々はただただ、音楽の楽しさを体いっぱいで表現しようとしている、誰もが持っている原初的欲求。

 

 それが此処まで美しく綺麗に表現できるなんて信じられない。本当に喜びのあまり身体を動かさずにはいられないというその表現は圧倒的だった。

 

 子供たちは「クロちゃん凄く楽しそう! でもクロちゃんどうして、誰にもぶつからないの?」と言っているがそんな事は実は大したことじゃない。本当に凄いのは墨字さんの降ったフレーム内に必ず「夜凪景」が飛び込んでいくように映し出している事、墨字さんが「夜凪景」の動きの先を読み始めて、役者と感情を共有し始めているということ。

 

 新宿駅それは一日平均乗車数350万人、世界で最も人間が行き交う駅で撮られたその映像は女優「夜凪景」の知名度を決定的なものにすることになる。

 

 ああ、一つの舞踊のように可憐で、幼い子供のように無邪気で、重なる音楽が見事に動きにマッチしている。

 

 

 ちなみに撮影は完全にゲリラ的に行い、撮影許可なんか取れないだろうから一切取っていない。だから十五分以内にこの撮影はサッサと終わらせた。予め、新宿駅から即座に出られるように、出入口付近に車も用意して駆け込むように、逃げるように急いで、脱出した。ちなみに子供達に真似しちゃダメだからねと言うと「大人もね! 人混みでは走らない!」ときちんと叱られる羽目になった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。