彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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変身の代価

「ああ、腹が立つ、腹が立つ、あの夫は毎年、毎年、妾のところへ」そう言いながら迫真の演技を「桃城千世子」は危機迫ったような口調で演じている。

 

 単純に凄い、今までの天使のイメージなんてまるでない。流石、スターズの看板女優だと言える。ただ、あくまでそれは「普通」の女優としての評価だけれど……

 

「ああ、この怒り……」と千世子ちゃんが言った瞬間、そこでふと急に芝居を止めてしまった。

 

 ちょっと間をおいて和歌月さんが「千世子さん?」と呼びかけると、はっと彼女は意識を取り戻して「ごめんなさい、もう一度初めからお願いします」と謝って再度始めた。

 

 墨字さんは「……ああ」とだけ言って、練習は再開した。だけれど、明らかに雰囲気は可笑しかった。

 

 しばらくして、スターズの役者陣が今日の稽古は切り止めにして、帰っていく時に、墨字さんに少し呼び止められた。

 

 呼び止められた理由はある意味簡単な質問だった。

 

「柊、お前の目から見て、夜凪と百城、どっちの芝居が『羅刹女』らしい?」

 

 それは、いままでけいちゃんを見続けてきた、私にだから聞きたいこと、そして同じことを墨字さんも思っている。もしこれが、ただ演技が上手いだとか、可愛いだとか、魅力だとかという基準ならどうにでも言えただろう。

 

 実際に、千世子ちゃんは元々と演出家いらずと周りから言われるほど、自分自身の見せ方を熟知してる女優だ。ここ最近では、メソッド演技の修得で、表現力を演劇でも充分通用するレベルまで調整している。機械的な可愛らしい天使の仮面ではない、とても感情的な芝居も出来るようにしてみせた。

 

 単純な演技力なら、まだまだ技術的な面で、柔軟な対応の出来るプロフェッショナルな千世子ちゃんの方が上だろう。だけれど、あの空港での芝居を視てしまうと「羅刹女」という異質な存在を演じる力は、やはり異質な存在である「夜凪景」に軍配が上がってしまう。

 

 けいちゃんは一度、役にのめりこめ「さえ」すれば後はただただ、周りを圧倒する存在に変わっていく、変身とでもいう様な最強の実在感を手に入れる。だから私は、その答えを簡単には言えなかった。言えなかったという「こと」が答えであるかのように、墨字さんはこう言った。

 

「百城の芝居は確かに化けた。だがあの手法を、メソッド演技を選ぶということは今まで奴が培った物を捨てるということ、天使であることで得た、地位を人気を名誉を全て捨てるということ、向こうには王賀美もいる、今の芝居ままじゃ勝てる見込みはない、奴の選択正しい、だがだとしても……」と自分で、今の現状を再確認するかのように私に言ってきた。

 

 答えはすでに墨字さんの中にある様だ。ただそうこうして、時間が過ぎていくと、墨字さんのスマートフォンに千世子ちゃんから連絡が来た。 可愛らしいスタンプと「黒山さん、今夜空いてる?」という誘い文句だ。この誘いに乗らない男はいないだろうが、流石にそういう意味ではないのは分る……が、一応、相手は未成年である事を念押しして置いた。

 

 翌日、手を出していないかどうかを確かめる為に全力で、墨字さんに何の話をしたか聞き出した。墨字さんは唐突と語りだした。

 

「まず、凄いとこに住んでたなぁ……俺の生涯年収以上稼いでないと入居できないような高層マンションだった、まあ星アリサが手配したものだったらしいけど、あと、明らかに一室ヤバイ音というか、足元を這いずり回る音が響く部屋が有ったな、何かを飼育しているだろう、あそこに入る勇気は流石になかったなぁ」と千世子ちゃんの意外な一面が見て取れたが、ここからが本題だ。

 

 次に百城は今の状況を良く分かっていた「今、自分がやってることは、まさに背水の陣で、勝っても、負けても、今の立場は失うことになる、そしてここまでしても勝てる保証はない、黒山さんも悩んでくれてるんだよね」とゆったりとしたトーンで、事実を確認するがごとく喋ったとのことだ。

 

「俺はここで、コイツは夜凪とは違う頭のいい『ガキ』だと、全部わかって、わかった上で、それでも全て捨てて戦う気でいる。此処で俺は本当に、気が変わった。あんまり乗り気じゃなかったが、本当に勝たせてやりてぇと『夜凪』じゃなくて『桃城千代子』を……」と墨字さんは思ってしまったらしい。

 

 そうして百城は「私ね、ずっと見てきたの『夜凪』さんのことずっと」そう言ってテレビ画面に「夜凪景」の生み出してきた今までの映像の全てといってもいいようなものを表示して喋り始めた。ゆっくりとそして徐々に力強く、そして怒りに任して、彼女のいつもの状態から切り離されて、感情の赴くままに独白した。

 

「十年、私が築いてきたものを『夜凪』さんはたった半年で追い抜こうとしている。最初の出会いはモニター越しで、何て自分勝手な芝居かって思った。でも彼女は成長した。わかってる彼女を成長させたのは私だってこと、わかってる彼女は天才だけど、私はそうじゃないってこと、私はただ人より少し器用なだけの普通の女の子だってこと、女優だって憧れた人に煽てられて始めただけ……この世界に選ばれた『主人公』じゃないわかってる、でも、やっぱり負けるのは悔しいんだよ、悔しい……!」この時の表情は後から聞いたら、羅刹女の演出で最もイメージした時の顔だったという。

 

 山野上の書いた羅刹女は怒りの物語だ。炎のように自分の内側を燃やすととも嫉妬とも自己嫌悪ともつかぬ怒りの物語。だから墨字さんはこう思ってたんだ。自分の内側と向かい続けた夜凪に有利で、その逆をし続けてきた百城には不利なそういう舞台だと。

 

 ただこの言葉で、この感情の表れで、墨字さんは決意したらしい「天使を捨てる覚悟はいいな『桃城千世子』もっと夜凪を妬め、愛せ、憎め内側の炎で身を焦がせ百城、俺が倒させてやる『夜凪景』を」そう言ってのけた。この本当のその感情の炎だけは誰にも負けない。だから、本気で勝ちに行くつもりだと、だから柊、協力してくれと言われてしまった。この時の墨字さんの目は久しぶりに本気の目をしていた。

 

 

 

 

「王賀美陸」来日より三週間、空港騒動より二週間、年越しを得て舞台「羅刹女」は本番まで二ヶ月を切ろうとしていた。舞台「羅刹女」は活劇であり殺陣を要する。サイド「甲・乙」共に全体は殺陣師の指導のもと立ち稽古を始めていた。

 

 私はそんな中、サイド「甲」練習場に足を運んだ。「あの、休憩中すいません。けいちゃんちょっといいかな?」えっと驚く稽古につかれてうつむせに寝そべってるけいちゃんがそこにはいた。

 

 けいちゃんが確認するように「黒山さんが私を? 今、稽古中よね、本当にお邪魔していいの?」と聞くので「うん、どうしても連れて来いってごめんね」と私が謝ると全体脚本担当兼サイド「甲」の山野上さんが「いえ私もぜひそちらの稽古を見学してみたかったので」そしてサイド「甲」の沙悟浄役の朝野さんが「敵情視察ってやつですね、ワクワクだ」と言って完全に来る気満々だ。いや本当は、けいちゃんだけ来てもらう予定だったんだけど、流石に空気的に断れない。まあいっか、生の「王賀美陸」拝めたし……

 

 ただ、こちらの真意をまるで読み取れないで、けいちゃんが「私も千代子ちゃんと会いたかったの!」と言ってきた時は、少し心が痛んだ。

 

 稽古場の前まで来たときに「……ごめんね、けいちゃん」と私は先に謝っておくことにした。きっと見たくないものを今から見ることになるから。

 

 その言葉に少し驚いた後に、何かの物音に動揺したようで、ドアノブを持ったまま開けようとしない。「どうした?」けいちゃんに王賀美さんが言う。それに意識を取り戻したのか「あっうん」といってそうしてドアを開ける。

 

 

 そこには圧倒的な殺陣を繰り広げながら獰猛な野獣が二体、木片を振り回していた。

 

 

「羅刹女よ! 寂しいなぁ! 悔しいな! なあ、あんたなぜ今一人で戦っているんだ! あんたの旦那の牛魔王のオジキはどうした!?」と野生児というか天然の怪物というか、才能の塊のような力強い演技は流石だ。

 

 

「え?」とけいちゃんが漏らした理由は別だろう。きっと、この中で最も変身してみせた元天使、愛らしい偶像、可憐という言葉はこの子の為にあったというべき少女の変貌っぷり故にだろう。

 

 

「黙れ、この猿!」そう擦り切れた声を荒げ、感情の赴くまま怒りを発露し、ただこの情動に身を任せていた。きっとけいちゃんには、本当に人が変わったように見えるだろう。

 

 

「喉が潰れてるな」と平気な顔で冷静に王賀美さんが言った。私は「千世子ちゃん全然休んでくれなくて、墨字さんもずっと千世子ちゃんに付きっ切りだから」と一応保身のような事をつい言ってしまうと「そんな……ひどいわ! 喉が変になってしまうので稽古させるなんて」とけいちゃんは食ってかかってきた。

 

 私はここでも続けて「潰れてもなおできる発声法があるんだって阿良也くんが……声質は多少変わるだろうけどって」と完全に保身にしかならない事を言った。

 

 けいちゃんは「そこまでして……!」と驚きというか悲しみというのか、よく分からない表情で、感情を抑えていた。

 

 私は墨字さんに言われた「夜凪も王賀美も化け物だ、休ませてやれるほど余裕があるか、それで負けた時泣くのは誰だ、優しさを履き違えるなよ、柊」という言葉を思い出した。そうだ、保身に走っても、結局私はこっちの道を選んだんだ。どっちが勝つのが良いかという問いに「百城千世子」を選んだんだ。

 

 

 急に墨字さんが演技を止めに入った「待て百城、また芝居に迫がなくなっている、目の前の敵に、孫悟空に声をかけるな、お前の敵はそこにいねえだろ!!」とこの状況でも一切妥協無しに徹底的に指導している。

 

 流石、墨字さんだ。けいちゃんが来たから、たとえイビリのように見えても、あえて厳しさをみせる! 私のように保身になんか走らない。嫌われ者を演ずるなら最後まで貫き通す気だ。

 

 墨字さん更に「感情を風化させないのは難しい、だから絶えず思い出せ、妬め、愛せ、恨め、そして忘れるな、お前の敵は誰だ?」そう言われて「百城千世子」はゆっくりと顔をあげて明らかに一点に集中させた。見つめる先は当然、もう一人の「羅刹女」にだ。

 

 

 そのとき、その眼を向けられたわけでもない私さえ、肌がぞわっとするような感覚がした。千世子ちゃん、なんて眼でけいちゃんを視るの。本当に墨字さんの本気は恐ろしい。

 

 墨字さんは「悪いな、夜凪少し見学して行ってくれ、そこで立ってるだけでいい」と本当は悪いと微塵も思っていないだろうことを述べた……けいちゃんは当然、何の返事もできなかった。

 

 

 私は「ご、ごめんねけいちゃん、でもけいちゃんのためにもなると思うから」とまだ、保身を捨てきれていないが、この状況を変える気はないし、もっと追い込もうとさえしている。けいちゃんがいることで、千世子ちゃんの「怒り」の描写の稽古に利用しようとするわけだ。舞台「羅刹女」が怒りの矛先を夫・牛魔王へ向けているように、千世子ちゃんはそれをけいちゃんに向けている。

 

 

 この経験は「友達」である「百城千世子」ちゃんから向けられるのは辛いものがあるだろう。だって、こんなのは「友達」に向けていいような「眼」じゃない。

 

 

 阿良也くんが「恨まないでくれよ夜凪、俺たちは役者だ、自分以外全て食い物そうだろう?」と言った。その時、けいちゃんの表情が変わった。けいちゃんの中で、何かの感情が融解したようだった。きっと、自分自身も怒りの矛先を見つける必要に気づいたんだろう。 

 ただ、それでも、この場の誰かに、その矛先を向けるような事は、この稽古中には起きなかったように感じる。恨まれなかったという、若干の安心感もあるが、それより「誰」にその矛先を向けるのかが気になった。

 




ペースは三日に一回は維持できてますが、出来れば最後まで頑張りたいです。
11月中ごろまででしょうか?

それと、前回はどうやら二重投稿していたみたいなので、片方削除しておきました。
どうもすみませんでした。
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