彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

26 / 46
開戦の火蓋

 けいちゃんが、サイド「乙」の稽古場に来てから約三週間後、遂に舞台「羅刹女」の発表記者会見が発表された。とんでもない人混みで溢れている。本当に日本最大規模の舞台・演劇なのだと実感させられる人数だ。この記者会見自体が、まるで何かのイベントみたいのようだ。やはり、世界的なスターの王賀美さんや若手の花形である百城千世子ちゃんが出るっていうだけでも凄いし、共演は演劇界では名の知れた阿良也くんだし、他の助演達も人気の高い人ばかりだ。勿論、けいちゃんもここ最近では人気も伸びてきたし、実力は当然負けてはいない。

 

 それにしても異様な光景といえる、普通は舞台の記者会見が、こんなお祭り騒ぎみたいになるなんてない。舞台は熱狂で満ち満ちている、その原因としてあるのは、やはり記者会見で色々と騒がれている事務所としてのスターズの問題だろう。スターズ「が」捨てた女とスターズ「を」捨てた男とスターズ「の」天使の勝負、週刊誌もワイドショー大いに煽っている。ただ、この図式的にいえばウチはスターズ側であり、けいちゃんを引き抜いた側でもあるから何とも言えない。

 

 

 遂にアナウンスが流れた「お待たせしました! 舞台『羅刹女』の皆さんです!」会場はちょっとした、いや、かなりの騒めきを立てた。

 

 出演役者全員がゆっくりと舞台中央に集まって行く、いやでも主演の四人に目がいってしまう。観客は歓声をあげている。黄色い声援というのはまさに、このことだろう。半分は奇声だといっていいし、一部はもはや狂乱だ。

 

 この舞台挨拶はインターネット配信もされていて、ものすごい勢い数の同時接続者数だ。もはや、日本というより、世界規模での生配信とさえいえる。

 

 それもその筈、この作品自体がWeb配信で、勝敗を決める本気のダブルキャストバトル、次世代の演劇で作り上げるエンターテイメントなのだから……

 

 ただこの場で、ココまでの人が集まり、もの凄い数のカメラとで、凄まじい注目を集めたら流石にけいちゃんは動揺するかと思っていたけれど、そんな素振りは見せていない。むしろ自信さえ感じられる。三週間前にあったような、不安感やパニックになる様子はない。何かを掴んだのだろうか?

 

 ただそうしていると舞台袖で、山野上さんが墨字さんに向かって「先日は稽古を見学させていただきありがとうございました。悔しかったです、千世子さんの芝居は素晴らしかった」と丁寧にお礼を言っている。嘘や虚栄を言っている様子はない。

 

 それに「……今はもっと伸びてるよ」と墨字さんは返すが「はい、しかし『羅刹女』は私の作品……だから景さんは絶対に負けません」と強気に山野上さんは返した。

 

 墨字さんは軽く「ああそう……根拠になってねえけどなぁ、著者が誰とかよ」といなしていたが、「知ってますか? 黒山さん、女は面白いですよ、宝石のように綺麗な顔をしていても、みんな腹のなかに禍々しい炎を宿している」と実体験のようにそう言い、嫌な沈黙の後に山野上さんが「本番まであと一月……楽しみですね」 と答えた。

 

 

 墨字さんは山野上さんを「素人女」と呼んでいた気がするが、今の彼女は本当には妙な迫力がある。例えるならば、トランプで「ジョーカー」を握っているプレイヤーの様な迫力だ。

 

 

 ただ、そうした発表記者会見は意外というか、予定通り案外あっさり終わった。まあ、ココで波乱が起きる方が大変なのだが、後の事を考えると山野上さんが何をする気かをもう少し考えて入れば、けいちゃんが何に怒りを「向けて」いるかを考えていても良かったと本当に思う。

 

 

 そうしてもう本番まで一週間近くというある日、ある朝、スタジオ「大黒天」にけいちゃんが現れた。まるで来るのが当たり前のように「朝ごはんまだなの、稽古に行く前にここで食べてしまおうと思って、雪ちゃんキッチン借りていい?」と本当に自然に接してきた。

 

 私は「う、うん勿論」と答えたが、約二か月ぶりのそんな対応に驚きを隠せない。

 

 ただけいちゃんはルーティンのように「黒山さん、コーヒー入れる?」とごく普通に振る舞い、墨字さんも「ああ」とごく普通に返事した。

 

 ただ私が動揺しているのをけいちゃんに気づかれて「どうかしたの?」とこれまた何気なく聞いてきた。

 

 私は正直焦りながら「あ、ううん、ちょっと吃驚しただけ……けいちゃんアレ以来、千世子ちゃんの芝居を見てからずっと事務所にきてなかったから」と正直に答えた。

 

 すると「ああ……一応、今は敵同士だから何となく避けてたの……でも思ったの『敵』には慣れておいた方が良いって」とサラリとけいちゃんが言った。

 

 私はこの精神性変化に驚いてしまったが、墨字さんがコーヒーを片手に「……ふん、余裕だな」と言うと「余裕なんてないわ、だから出来ることは何でもやるの」とそれが彼女にとっての「普通」のように言った。

 

 けいちゃんのこの不可思議な感じは最初は「肝が据わった」という要に思っていたが、なんだかそういうものともまた違う「何か」を蓄えている感覚というか「何か」に感情を吹き込んでいる感じ「何か」の思い出を、ずっとずっと思い出しながら耐えている感じだった。

 

 とても自然な振る舞いなんだけれど「何か」とんでもない不自然な感情を研ぎ澄ませて、限界まで「羅刹女」のために貯めこんでいるみたいだった。

 

 

 そうして遂にやってきた。劇場は超満員、周囲は人の群れ、チケットは飛ぶように売れ、Web配信もあるのに転売騒動まで起きる始末。

 

 テレビでは、スターズのたしか町田リカという子がレポーターとしてこの現場を紹介している「ご覧くださいこの人の数!!! そう! 今日があの話題の舞台『羅刹女』の公開記念日なんです! 初日となる今日は今、YouTubeで話題! そして絶賛公開中の「デスアイランド」でデビューした天才美少女『夜凪景』を主演に、いわずと知れた世界的大スター『王賀美陸』を助演にした『サイド甲』から初演を迎えます!」と大々的にふれこみをして、Webでの配信やダブルキャストバトルの趣旨や投票方法を伝えている。

 

 テレビのレポーターから情報番組に戻り、番組が用意した論客というかパネラーというかタレントの一部の人達が様々な事を様々な事を勝手に言っている。

 

 Web配信での活劇は果たして「演劇」と言っていいのか? だとか所詮話題性重視のお祭りなんでしょうだとか、脚本の山野上さんを一時期メディアに持てはやされてた「美人すぎる芸術家」などと揶揄ったりしている。他にも百城はまあいいよ、元々アイドルみたいなもんだから、でも王賀美や明神には仕事選んで欲しいですねとただのゴシップというか駄弁りを見せている。更に「夜凪でしたっけ、あの新宿ガール、この子何て、芝居ができるのか怪しいよ、なんたってYouTube出身だ」と凄い馬鹿げた事をある人は言っていた。

 

 

 観もしないで、よくここまで言える物だと私は感心しながら「此処の放送」部分は後で、SNSで拡散される気がした。けいちゃんの実力は観さえすればその演技力に虜になってしまう様なもので、この人は後で手のひらを返したような評価をするだろう。

 

 ただ、司会者の人は流石にこの発言辺りで、流石に痺れを切らしたのか、話題を無理やり変更し始めた。ダブルキャストバトルについての話に大きく舵を取って、この配信は明確な「甲乙」を付けるもの、勝負である事を説明しだした。前置きにお芝居に明確な「勝ち負け」を持ち込むのは難しいという旨を喋りながら、それでもお芝居は興行である以上、お金が動くし、人が動く、そして明確に数字が見て取れる。そして、今回の企画はその数字によって決まる勝敗を敢えて、明確にしようという物だと面白おかしく伝えていた。

 

 そんなテレビ番組をモニターで見ていたら、サイド「乙」の楽屋に人が段々と集まってきた。私はルイくんにレイちゃんの面倒を今日は此処で見ることになっている。流石に、今は敵同士とはいえ、けいちゃんの弟妹達をせっかくの舞台当日に入られないのは可哀想だ。そんな理由で、けいちゃんに負担を掛けるのは公平性的にも興行的にも良くない。

 

 

 そうしてサイド「乙」のメンバーが全員集まった所で、子どもたちにニコっと微笑みかけた、テレビ番組でも有名なマルチタレントの「山寺英司」さんでこっちサイドの猪八戒役の人だ。子供たちは「あの人テレビで見たことある」となんだか不思議そうに言っている。そしてこの観客動員を見てか、山寺さんは率直に今の心情を語りだした。

 

「ここまで大きな舞台になるとは思わなかった、初めはきな臭い企画だと思っていたけど、受けてみて良かったよ、バトルってのも良い『真っ当に行けば』千世子ちゃんが、景ちゃんより目立ってくれれば、僕らの勝ちってことでしょ」と取り敢えずの感想を言い終わった後に「……と言ってもWeb配信で図る評価の公平性なんて、怪しいもんだけどね、千世子ちゃんか、王賀美くん、どちらのファン層が観客に多いのかの勝負になりそうで、つまらないね」とある意味現実的な見方も述べた。

 

 それに「演出家が違えば、作品の色も変わる、そう単純じゃないでしょう」とこっちサイドの三蔵法師役「渡戸剣」さんがボソッと呟いた。

 

 

 その受け答えを聞いて「……お二人は夜凪の芝居は?」と墨字さんが聞いた。

 

「……私は銀河鉄道の時に」と渡部さんが答えたら「あら、じゃあ僕だけ、知らないのか」と少しとぼけながら山寺さんは答えた。

 

 墨字さんは淡々だが力強く「役者を始めて、まだ一年弱、発展途上で実力にムラのある女優だが、経験を武器に芝居する『メソッド演技法』これにおいて夜凪の右に出る若手女優は現在、日本にはいません」と言い切った。

 

 墨字さんはさらに「夜凪が実力を発揮すれば、組織票など意味を持たない」とまで言った。

 

 

 それにうかがい半分に「へえ、君がそこまで言うのかい黒山監督」と山寺さんが言うと、次に阿良也くんが「夜凪の実力は知ってるよ、 でも前回は巌さんが演出だった、今回はそうじゃない、黒山さん、あんたと百城の相性は良い、とてもね、一方向こうの演出は素人、夜凪には分が悪い」と演出面からの見方を述べた。

 

 その言葉に「ルイとレイ、夜凪の弟妹ですが、最近不安そうに言うんですよ」と墨字さんがソコに付いて言及した。

 

 その言葉にレイちゃんはちょっと顔を俯きながら「お姉ちゃん昔に戻ったみたいなの」と怯えるように言った。阿良也くんが「……昔?」と疑問を投げかけるとレイちゃんは「お母さんが死んじゃった時の感じ、笑っていても冷たい感じ……」とトラウマ体験を想起させる様なメソッド演技においては危ない兆候を真剣に訴えた。

 

 その言葉を確認して「ともかく不確定要素が多い、素人とはいえ天知の人選だ、山野上も得体が知れない、そうでなくてもこちらは一度手の内を見られているしな」と墨字さんが言う。手の内を見せたのは自分でやった事だと突っ込みを入れたくなったが、言ってもしょうがない。

 

 

「だからこそ、俺たちの好演が後手に回ったことは逆手に取れる、今日の夜凪の芝居を目に焼き付けろ、百城!」と墨字さんが言うとそれに千世子ちゃんは力ずよく頷いた。

 

 理屈は恐らく、千世子ちゃんの「羅刹女」は「夜凪景」への想いの強さで、演技の色合いが決まる。今日の芝居が良ければ、良いほど、千世子ちゃんの「羅刹女」には「夜凪景」への妬みと憎みと怒りと愛が強まるのだと思っているのだろう。

 

 

 

 ただ、そう簡単にはならなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。