再び幕が上がり、羅刹女の一人語りから始まった。
「ああ、なんという屈辱、許せぬ、許せぬ、許せぬ、許せぬ、あの猿め、しかしあの芭蕉扇は偽物、それに気付いた奴は再びここへ戻って来るだろう、その時こそ奴の最後、フフ、目玉をえぐりだし殺してやる」 この恐ろしい羅刹女の怒りの描写の始まりで、またしても一瞬で客席が恐怖一色に塗りつぶされてしまった。
この場面からの次への流れ、羅刹女が牛魔王に化けた孫悟空に愛を騙られ、まんまと本物の芭蕉扇を渡してしまう場面、それをこの巨大な怒りに燃える存在相手にどう演じるか?
「ああ、美しき我が妻、羅刹女よ! どうしたのだ、この荒れようは !」王賀美さんは本当に禄に演じ分けもせず出てきた。
それどころか、さっきの孫悟空よりも粗暴に見える、サイド「乙」とは対極の芝居だ。まあそれはそれで、一見して孫悟空が化けた姿だとわかる演劇的な演出としては機能はするが、大丈夫だろうか?
グイっと身体ごと羅刹女に近づけて抱きしめるように「何があった、申してみよ、愛する妻よ」まるで、弱さを見せない。それどころか上から垂らすように演じている、その傲慢さは「王賀美陸」のまま、感覚的に感じるこのままでは全然駄目だ……どうしても「羅刹女」に視線が行く。
牛魔王に向かって、顔は見えない中で「何があったか……フ……何をいまさら現れて……」そう言って恨む事を言う羅刹女の迫力は、こちらを向いてに語り掛けている王賀美さんよりも、圧倒的に「羅刹女」の悲し気な背中に目が行ってしまう。
ここで「王賀美陸」という存在は一気に色がなくなって言っているのを感じる。ここからは「羅刹女」の一方的な芝居の時間だ。
なぜ突然、王賀美さん失速したのか? 理由だけなら簡単に指摘できる。勢いを増す「夜凪景」の芝居、そして今まであった派手な活劇を終えて、勢いが一旦止まる展開、演じ分けの希薄な王賀美さんに徐々に芝居が観客が慣れる。この場面は始めから、孫悟空を演じる上で、難局だったということだ。ただ、それは理屈でしかない。答えが、どうすればいいかは私には解けない難しい問題だ。
牛魔王はそれでも尊大に「私はお前の身を案じているのだ、答えてくれ」傲慢な態度で言うが「ふふ、私の身を?」まるで羅刹女には効いていない。
「ああ、何がおかしい」ああ、不可思議な光景だ、あの「王賀美陸」が無視されてるようにさえ見える、まるで素人のナンパだ、滑稽にすら見える。これでは戦局的に勝手に自滅したことになるのだろうか?
「孫悟空!? ……奴がお前は傷つけたというのか!?」大仰な芝居で強引に進めようとしているが、その言葉を聞いた途端「……傷つけた?」とすっと身を引き、羅刹女は「さあどうでしょう、 果たして私は誰に傷つけられたのか?」そう言って、言葉の裏にある、怒りを露わにする芝居を見せている。
そこで急に「王賀美陸」は羅刹女をお姫様抱っこしてみせた。あまりにも急なアドリブで、らしさはあるが舞台のタッチとはあっていない。
「羅刹女よ一人にしてすまなかった! 私が居ぬ間にあの猿め!」もはや明らかに軽薄で、浮いている芝居になっている。
「あなた、私もう少しで、あの猿に殺される所だったのですよ、それを今頃になって」画面には牛魔王の腕の中で、顔も映っていない、羅刹女の台詞の方が恐ろしいと感じる。そんな声質で喋っていると「私はもう二度とお前を離さなぬ」そういって牛魔王が顔を近づけ、口づけしようとした所を、強引に羅刹女が抵抗して腕から転がり落ちた。ああ、もう脚本が破綻してきた。観ていられない。
「私はずっとあなたを待っていました、 あなたはどこにいましたか、その時誰といましたか、そんなにあの女がいいのですか……」羅刹女はもはや悲しみに訴えかけるような、台詞さえ口にしているが、それに孫悟空は尊大な態度で「何を言う、私の一番はお前だ、愛する妻よ」と不遜な態度で答え、さらに「ところで、芭蕉扇は無事か?」と唐突に話を変えてきた。
流石に羅刹女も困惑したように「……なぜ今、芭蕉扇なのですか?」と聞くが「え? ああ、久しぶりに拝みたくなったのだ、どうなのだ」ヘラヘラと笑ながら言った。
「……無事です、あの猿には偽物を渡しましたから」とイラつきを隠さず羅刹女は答えるが、即座に「さすが聡明な我が妻、ほら持ってきてくれ」と自分勝手な態度に出る。ああ、ムカつく。
さっきまで、目も合わせられないくらい、恐ろしかったのにあれじゃあ、羅刹女が
「可哀想」そう思った時、羅刹女は感情を抑えた表情のまま、涙を流していた。
私は周囲に確認せざるを得なかった「あの……私だけじゃないですよね……これなんかいつのまにか、もしかして私たち……羅刹女に同情してませんか……?」楽屋でも周りが、流石に可笑しいことになってきた、どよめきがあった。
手元に目的の物が、来ると途端に「ほう……これが芭蕉扇か、ハッハッハッハ」そう高らかに笑い声を上げて、牛魔王から孫悟空に変身を解いた「今度こそありがたく頂くがぜ、アバヨ、姉御ォ !!」そう言って「王賀美陸」は出鱈目に自分勝手なキャラクターとして舞台から去っていった。
ここで、物語の色は完全に変わる。この物語を羅刹女の情に訴えるのではなく、観客の情に訴えるために、彼はあえて嫌われに行ってのがようやく分かった。
墨字さんが楽し気に「出鱈目に好かれるのも、出鱈目に嫌われるのもスターの甲斐性だ、やられたよ、ここから観客は夜凪の味方、主人公交代だ」そう言って、この物語の解釈そのものを変えた芝居を褒めている。
ここで、一旦舞台の幕は下りるが、この後どうするのだろうか? そんな疑問を阿良也くんが周囲に投げかけた「もはや羅刹女じゃなくて、悟空達が敵役って感じだけど、そういえば向こうの役者の人達ってどんな人がするの?」あまりに自然に聞いたが、千ちゃんは「え、嘘、そんな今更、新人の武光さんはともかく『白石宗』と『浅野市子』ですよ?」と驚いているが、その答えに千世子ちゃんが「阿良也さん、家にテレビないから」そう軽く答える。
「ええ、俳優なのに」千ちゃんは分かりやすくカルチャーショックを受けるが「いや映画は見るよ、たまに」と阿良也君は答える。
私はイヤなんで、それを千世子ちゃんが知っているのか? の方を気にすべきだぞ、千ちゃんと思ったが、とりあえず、舞台の方に集中した。
ブォォンという照明が付く時独特の音が舞台に広がった。
舞台にはとても巨大なセットで作られた「木彫りの火焔山」がそこには在った。おそらく山野上さんの彫刻で、さっきまでのシンプルな舞台と打って変わって一層、禍々しい芝居なりそうな雰囲気を醸し出したセットだ。そんなところに羅刹女がまたしても舞台後方から現れた。
「ああ、火焔山が燃えている、いつもより強く……! あの猿、私の芭蕉扇を煽っているな、しかし正しい使い方を知らないために、却って炎に勢いを与えている、風向きから奴の居場所が分かる、なんと愚かな……」相変わらずの力強い迫力……だがさっきほどまでとは客席の空気が違う。もう誰も本当の主人公である「羅刹女」を恐れていない、それどころか、彼女を応援さえしている。
ただ、炎の火焔山の中、静かにそこに白い法衣を身に纏った人物が現れた「白石宗」演じる、三蔵法師だ。「あの猿が言っていた坊主か……あれを手懐けるとは只者じゃないな」警戒するように羅刹女は話しかけるが「悟空は無暗に炎を煽るばかりです、教えてください火焔山の炎の消し方を」そういって淡白な声で、冷静に相手している。
当然、羅刹女はそんな態度に怒り「大概にしろよ、人間」そう怒鳴りつけるが「あれが無礼を働いたなら、謝ります」まるで、恐れることなく、ただ事実を言っている。
「もう遅い、私の怒りはどうなる」再度、怒鳴りつけるが、その答えに「……ああ、あなたは火焔山の鎮め方は知っているのに、自分自身に宿る炎の進め方が知らないのですね」そう返答して見せる。声のトーンも、調子も、ずっと一定で子守歌のような静かな芝居なのに迫力、とは何か違うけれど、妙な説得力がある。
「盗人が、説教か!」感情のままに、羅刹女は怒気を発した。もの凄い迫力で、並みの役者なら推し負けるような演技だが、三蔵法師は違った。
「あなたの敵は本当に私ですか」そう諭すように語りかける。まるで、羅刹女が怒りを露わにすればするほど、本当に苦しむのは誰か、そういった問いを、鏡のように、彼女の怒りそのものを跳ね返せるみたいな演技だ。
三蔵法師がすっかり場の空気を支配している。先ほどまで、大立ち回り繰り広げ、圧倒的な存在感を持つ羅刹女を相手にだ。
阿良也くんも「並みの役者ではあの発言に説得力伴わず、茶番にさえなり得る場面だ、凄いよあの人」素直に賞賛している。千ちゃんは「あんな影薄い人なのにどうして……」そう何気なく言って、ちょっと常識のない発言にハラハラする。
墨字さんは「芝居ってのはそいつの生まれ持った性格や雰囲気がそのまま武器になるからな、例えば『白石宗』はもともと『善人役』ばかりあてがわれる役の幅の狭い役者だった、理由は一つ善人ぽいから」と解説を始めるが、千ちゃんは割り込んで「でも白石さんって」その返答に「ああ、今じゃ任侠映画御用達のヒール俳優だ。優しい笑みで、強面を相手にする、あの異質の恐ろしさは真似できるものじゃない、つまりあの人はよ、誰が聞いても、その言葉に正しさを感じさせる役者、正論ってのは時に暴力より強いもんだ、労せず羅刹女を苦しめさせられる、唯一の人だよ」そう、持論を展開した。
少し思うところがあったのか、戸部さんが「『労せず』というのは少し違う、当時自らのイメージ変更を望んで随分、事務所とやり合ったと聞いている。十年前、丁度、王賀美が渡米した頃だ、我々役者にはゴールもなければ、正解もない、彼にも何か想うところがあったんだろう」と彼なりに追加で、情報を補足した。
私はあなたを救いたい、三蔵法師のその言葉が「羅刹女」を戸惑わせている。間の作り方までとても綺麗だ。 三蔵法師の説き伏せる様な口調は続く「気づいているんでしょう、敵とは常に心の中にあると、沈めて楽になりませんか」それに「……一体、一体どうやって」と羅刹女が言いかけた時に、突如「あぶねぇ、先生!」そう言って、二人の間に猪八戒と沙悟浄が武器をもって割って入った。
「やはりこいつが羅刹女! 片付けられなかったのね、悟空さん!」と沙悟浄が荒々しく言い「先生あんたの悪い癖だ! 目を離したらすぐになくなる!」猪八戒も三蔵法師にそう言って返す。舞台は一気に静的な芝居から、また動的な芝居に戻っていく。
「貴様!」羅刹女のドスの効いた声が響き渡り、観客は突然の敵役の登場に驚きと不安の表情を見せる。
三蔵法師は「何をしてるんです二人とも! 私は彼女と対話を」そう言って、なんとか元の話し合いに戻ろうとするが、猪八戒はその名の通り、猪突猛進に羅刹女に挑んでいく「沙悟浄、先生を頼むよ! こいつはオイラがやる! いい女だ!」そう言って、突進する。
羅刹女は裏切られた憎しみから「坊主、私を騙したな!」そう叫び、殺陣を振るう。こうなると、三蔵法師の声は戦っている二人には届かない。
猪八戒は強引な動きからやられに行っている。派手にやらればやられるほど、羅刹女が目立つ、そう思っての事だろう、とても献身的だ。倒れ方的にも真面に受身も取っていない、主演の凄さを際立たせるために体を張っているのが伝わってくる。
沙悟浄はそんな彼に激を飛ばす。「猪八戒! でしゃばって何です、そのザマは!」それに減らず口で「美女の技を受けるのはまた一興!」と返し、また羅刹女のに襲いかかるが、明らかに防戦一方だ。流石に途中から沙悟浄も戦いに入るが、それでも拮抗しているとはいえない。
活劇上の演出なのだろうが、一対二の戦いに此処まで、差が開くのを自然に見せるのは本当に末恐ろしい。迫力と実力が違い過ぎる。
「よくもよくも、よくもよくも、くだらぬ甘言で、私を惑わそうとしてくれたな、私の炎を、この怒りを、鎮めて楽になるだと!? くだらぬ、くだらぬ、許せぬ! 許せぬ! なにより、そんな境地に一瞬でも、焦がれた自分自身が許せぬ!」感情的なまでの台詞回しとそれにダイナミックに合わせた活劇は止まらない、猪八戒と沙悟浄は殺陣は上手いが、それを徹底的に圧倒する羅刹女の芝居が本当に際立っている。
沙悟浄は流石に「ここは一度引きましょう! さぁ立って !」と言うが、羅刹女は煽り「逃げろ、逃げろ、まとめて殺してやる」そう言ったが、結局、その場では追わなかった。
そして羅刹女が一人、独白する「猿の手下は問題ではない、卑怯な手さえ使われなければ猿も問題ではない、倒すべき『敵』がいることのなんと幸福なことか……フフフ」ああ、「羅刹女」は孤独だ、たった一人で戦っている。ありもしない「敵」を探して、こんなにも悲しく孤独な芝居はどうやって、決着をつけるのだろう。
正直、力不足を感じる内容ですが、まあ書き上げるのを優先に、そしてオリジナル設定に行くまでのストーリーをとにかく仕上げることを頑張って書き上げたいです。