彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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演技の崩壊

 舞台は再度舞台は戦いに入った。「やい、羅刹女!! 先生を守りながらってのがいけなかったんだ!!」猪八戒がそう意気込み「これで終わりよ!」沙悟浄が武器を構えるが、「お前たちはもう良い、飽きた、 猿はどこだ」と羅刹女は本当に退屈そうに、そう聞いた。

 

 その言動に怒ったのか、猪八戒は強引に攻撃しに、いやヤラれに行く。その動きは寸止めではなく、あえて自分に当てさせに行っていた。沙悟浄も勢い良く、強引に襲いかかる。先ほどまでの殺陣と迫力が違い、動きが見違えるようだ、本気で演じているのが分かる。

 

 阿良也くんはこの光景を見て「……これだよ、夜凪の怖いところは、共演者を本気にさせてしまう。たった一度も本気になれなかったまま、消えていく役者が大半のこの世界でだよ、これは驚異だよ」それは、彼らの事を言っているのだろが、過去の自分自身に対しても言っているような気がした。

 

 

 舞台の後方から大きなダン、ダンという足音が響いてくる。その方向を見ると火焔山のセットの上に孫悟空が現れた。「姉御ォ! せっかく見逃した命! 飛んで火に入る夏の虫とはあんたのことだな! そんなに俺が恋しかったか!」流石の迫力で一気に、観客の視線を注目を集めている。

 

 

「しかし気に入ったぜ、芭蕉扇、今ならあんたの気持ちが分かるよ姉御! 扇げば扇ぐ程、燃え盛る炎! こんなに愉快なことはない! 俺たちは皆、腹ん中に炎を宿している! これは外に出さねぇとやべぇもんだ、さぁ始めようか、殺し合いだ!」そう言って、この狂乱の戦いの中に割り込んでいった。舞うように流れる活劇の芝居は本当に素晴らしい。敵も味方も一歩も引かない勝負、これは確実に観客のの心を引き付ける。ウチの芝居とは随分と違う、皆この戦いを楽しんでるようにさえ見える。

 

 阿良也くんは「ああ、狂気の芝居だねコレ、でもさあこの後って」とこの展開の後に付いて言及しようとしたが、割り込んで墨字さんが「ああ、この後の展開が実現するイメージができねえな」と感想を漏らした。

 

「羅刹には死闘の末、全てを許し自ら火焔山の炎を鎮める『許し』とも『諦観』とも取れる感情の変化が求められる中で、あんな狂気に身を委ねた芝居をして、果たして炎を消すなんてあいつらを『許す』なんてできるのか」

 

 そうだ、この芝居では台本が共通しているから、最終的な終わり方は共通である。故に此処から、最終的には自らから炎を鎮める芝居、まるで自分の怒りの炎を鎮めるように、そう演じなければならない、到底、今の「夜凪景」には出来るとは思えない芝居だ。

 

 

 そこから、孫悟空、猪八戒、沙悟浄、羅刹女それぞれ四名、一様に戦いを楽しんでいるような芝居が繰り広げられる。まるで、敵味方関係なく、全体である状態を体現しているように、そう燃え上がる火焔山のように戦いは繰り広げられる。

 

「楽しそうね羅刹女! この劣勢! 自分の命が尽きようとしているのに!」そう沙悟浄がこの勢いに乗って言ったが「ふ! お前たちには分るまい! 私のこの境地が」そう言ったが、孫悟空が即座に「分るさ! 好きなように暴れるのが、面白い!」

 

「それだけじゃない、お前達は『虚無』の恐ろしさを知らない」そう言って顔を歪ます羅刹女に「はぁ『虚無』だぁ! へっ! そりゃなんだ!? 食えるのか!?」その言葉に皮肉るよう猪八戒は返した。

 

 するとその言葉の返しに、猪八戒を強引に力づくで押しつぶす。馬乗りのような体勢で「坊主の言葉に、怒りの炎を鎮めろなどという甘言に私は惑わされた! あの刹那! 私は恐ろしかったのだ!」そう叫び名ながら周囲をなぎ払っていく。一気に形成が狂い始めた。

 

 羅刹女は沙悟浄を抱き抱え、長剣を押し当てるようにしながら語った「この怒りを失えばいったい私に何が残るのかと」そう絶望を独白していく。

 

「私は幸福だ、私には殺すべき敵が……お前たちがいる、薪があれば炎は尽きぬというものお前たちのおかげで私は……」そう言って羅刹女は動きを止めた、そこからは一方的な活劇に変わっていく、悲し気に羅刹女は暴れ狂うが、もはや相手は疲労困憊、次第に言葉少なになり、孫悟空達を全て組み伏せた後「…… 終わりか?」怒りの矛先を向ける相手がなくなり、どうすることもできなくなっていた。

 

 

 まるで抜け殻みたいだった。

 

 

 そうして突然「ああ、そうだわ! まだ坊主がいるじゃないか! まだ!」芭蕉扇を奪い返したのに、また水を得た魚みたいに怒りの感情を噴き出していた。

 

「いるよなぁ、ああいう奴」そう墨字さんは羅刹女のこの言動に、変な感想を言った。流石に私は「何ですか、突然……というか、いませんよあんな怖い人……」と返すと「いるよ、どこにでもグチグチと、年がら年中、やれあいつが気に入らねぇ、仕事が気にいらねぇ、政治家が気はいらねぇ、口を開けば不平不満誰かのせい、学校じゃ順番みたいにイジメの対象が移り変わり、繫華街じゃ毎晩喧嘩だ、ネットを開けば他人の悪意で埋め尽くされている」と持論を述べた。

 

 阿良也くんは「そうなの? ネットって」と千世子ちゃんに聞くが「エゴサしたら分るよ」とごく普通に返すが「えごさ?」という略語の意味を分っていなかった要だった。というか千世子ちゃん、エゴサーチするんだ……

 

「怒り続けることで、自意識を保ち、もはやそれが手前のアイデンティティになっている、羅刹女はどこにでもいる平凡で愚かな人間だ、だからこそ奴は怒りを失うことを無意識に恐れている、自分でなくなっちまうと思っているからだ」墨字さんはそうこの物語を解釈している。分かりやすい読み解き方だ。ただ、私にはこの芝居の「羅刹女」と今現在、役者「夜凪景」の姿が微妙に、そして確実にズレて見えた。

 

 

 

 そうして、舞台では最後の一人である三蔵法師が、ゆっくりとした足取りで、羅刹女に向かっていく。「あの時の言葉をもう一度口にしてみろ坊主! 仲間のこのザマを見て尚、口にできるか! 『怒りの炎を鎮めろ』と! まだ口に出来るか!」 客席は怒号する声で、溢れる。感情が際立った芝居、そして本当に精神的にも危うさを感じる芝居。

 

 

「答えろ坊主! 私を許せるのか!」本能的怒り、狂気すらも感じる。「お前なら怒りに飲まれずにいられるというのか!!」それは自らの怒りを煽り、許してみると命ずるその醜悪な姿は何と形容したらいいか分らない。

 

 

「お前の仲間を殺す! お前の目の前で! 坊主! 私を許しているものなら許してみろ」怒りの動向がさらに続く、三蔵法師がなにも言わないうちに、転がっている猪八戒に対し剣先でなぶり、悲痛の声をあげさせる。「言え! 私を許すと言ってみろ!」

 

 

 台本上ではそう、羅刹には何度も何度も彼らを刺して、問う。それでも三蔵法師は彼女に「あなたを許します」と言うことになっている。

 

 意味的には、この事実をきっかけに羅刹女は心を動かし、牛魔王や孫悟空への怒りを封じ込め、忘れることによって炎を鎮めるのだろう。だけれど、今のこの状態ではその解釈では納得できない、その心の動きを信じられない。そういう迫力と言動で、此処まで演じてきたのだ。

 

 

「どうした、坊主!」三蔵法師が言うセリフは決まっている「羅刹女よ、あなたを許します」しかし、その時の表情というのは演出は決まっていない。

 

 怒りに満ち満ちた表情で、耐え忍ぶように怒りながら、憤懣する姿を見せている、その姿は羅刹女に鏡として、自分自身の姿を映し抱かせた。

 

 

 羅刹女がたじろいでいる。これじゃあ言葉と感情が逆……いいのかだろうか? こんなことしてと疑問に思っていると戸部さんが「禁止されてるのセリフの変更のみ、ト書に表情の指定もしてはなかった、だがなぜ」と疑問を口にした。

 

「泣いてる赤ん坊を泣き止ます方法って知っているか?」墨字さんは唐突にそんなことを言い出した。独身が突然何を? 

 

「同じように泣いている赤ん坊を見せてやるんだよ、てめえと同じ感情に陥った人間を目にしたら人は我に返るんだ、自分自身の醜さに気付いて」この話が本当かどうかは分らないが、言いたいことは分る。自分の感情を伝えたいのだ。

 

 

 三蔵法師は「立ちなさい三人共、倒された振りをし、彼女を殺めるつもりでしたね……それは許しません」そうすると「……阿保抜かせちゃんと死にかけたよ」そう言って孫悟空達が立ち上がった。

 

 羅刹女は「貴様……」と言うが、手を出す様子はない。

 

 

 孫悟空は「やめだやめだ、武器を捨てろ、お前ら」そう仲間たちに言い出した。猪八戒は「 な……何を言ってやがんだ、旦那」と動揺しているが、そんな反応を無視してこう言い出した。

 

「散々暴れて殺しかけ、殺されかけやっと思い出した、生きてるうちが華だ、楽しかったよあんたとの喧嘩は俺はあんたみたいな女となら永遠に殺し合いたい、だから殺したくも殺されたくもねぇ、なぁ、羅刹女よ、火焔山の炎鎮めてくれ、後生だ」語りかけるように観客を惹きつける「王賀美陸」の芝居……だがこれで通じるのだろうか……

 

 猪八戒は突然、ドンと足踏みをし「オイラはまだ負けてねぇぞ! かかってこい羅刹女!!」そう大見得を切った。

 

 孫悟空が「黙ってろ猪八戒」と言うが、彼女の意識を彼らに向ける事「には」成功したようだ。最後に孫悟空が羅刹女の肩を持ち「 さぁ羅刹女」と語りかけた。

 

 

 舞台では羅刹女が、何も発さない芭蕉扇を持ったまま、舞台の中央へゆっくりと進んでいく「分かったわ」物語はついに終わりを迎えるようだ。

 

 だが変だ……画面越しでもわかる。役者「夜凪景」から、ただの「人」けいちゃんになっている。完全に怒りが、感情が、芝居が、解けている。

 

 墨字さんが淡々と「自分と役との境目を限りなく、ゼロにするのがアイツの芝居だ、それを捨てた、ただ人形みたいに台本通り動くつもりか」そう落胆する口調で言った。

 

 

 その時突然「桃城千世子」は立ち上がり全力叫んだ「ふざけんな……ふざけんな、ふざけんなよ、完璧なアンタに勝たなきゃ、意味がないんだよ……!」これまでの彼女の努力を、自分を追いつめていた姿を、これまでの仮面を壊していた姿を、キャリアを天秤に賭けている姿を見ていたサイド「乙」の誰もが、この感情の発露に何も言えなかった。

 

 私でも分かる、嘘偽りの芝居で、乗り切ろうとしている。もう演じられないなら、たとえ嘘だとしても、その心がなくとも、終わりまでただ動こうとしている。

 

 羅刹女が、芭蕉扇を大きく振りかざし、物語が終わろうとした、その瞬間、孫悟空が羅刹女の手を取り、強引にその「行為」を止めた。すると羅刹女は芭蕉扇を床に落とし、崩れるように跪いた。感情の糸が切れた目には涙を浮かべている。

 

 芭蕉扇を仰ぐのを止めた? 物語的にはまるで、意味が分からない。これは、明確な台本の無視だ。サイド「乙」での動揺も凄いことになっているが、そこで阿良也くんがこう言った。

 

 

「ただ、止めたんじゃない、舞台を捨てて、夜凪の芝居を守ったんだ」

 

 

 とても長い数秒の沈黙の後、羅刹女が、目頭を拭い自ら立ち上がった。そうしてもう一度芭蕉扇を持ち上げて、今度こそ、大きく振った。

 

 それは、舞台の上の「火焔山」の炎を振り払うのではなく、舞台の上での「羅刹女」の怒りを振り払うものではなく、役者である「夜凪景」の何かを振り払う姿だった。

 

 

 




 正直、このサイド「甲」の芝居は実際に、観客席から見ればとんでもなく歪な作りの芝居だと思います。漫画ならではの絵の力と心情をもろに語らせる、作品としての地続きな見せ方等のギミックありきで成り立っています。まあ、それで「漫画」としては良いのですが……
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