彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

30 / 46
天使を見つめる顔

 今回のサイド「甲」の芝居のなんとも言えない結果に、皆、動揺が隠せなかった。アレは王賀美さんだけじゃない……あの時舞台にいた全員で止めたんだ、そういう芝居だろう。

 

 つまりそれは「プロ失格」だ。ただそれでも、あの最後の場面は本当に「風」が吹いた気がした。

 

 

 しかしこれは勝負、Webでの視聴者投票の為の配信映像は編集などの都合上、初日のものが使われる予定の筈、つまり今日の芝居さえ良ければ、明日以降の出来は勝敗に関係しない、この辺りの事があるから、あんな無茶苦茶な芝居をして見せたのだろう。これは恐らく主導は山野上さんの考えだが、そう動くと分り切って天知さんが仕掛けた結果だろう。明らかに、全て分った上で、初日に全力をかけてきた形だ。そう今日されよければ、明日以降どうなってもいいって考え方だ。

 

 本来なら役者の手綱を握るべき演出家が、強引に精神的を不安定にし、一時的に怒りの感情をドーピングさせて、演技の質を上げた様なものだ。どうやったかはこの時は知らなかったが、後に真実を知った時は、この座組を組んだ、あの天知の野郎に一発拳を食らわせないと気が済まないと本気で思う程、腹が立った。

 

 

 配信動画には初日のものは使われる、つまりサイド「乙」の勝ちは決まったようなものだ。一応楽屋では、そういう発言自体は出たが、手放しで喜べるような雰囲気はなかった。

 

 

 そんな所に墨字さん宛てに電話が掛かってきて、外に出て行った。その時の電話の相手の名前がチラっと画面に写っていて、それは「天知心一」だった。だから、ついその後を付いて行ってしまった。会話内容を盗み聞きしようというよりも「天知心一」本人に一言文句が言いたかったからだ。

 

 

 会場の外に出て、人々が帰っていく中で周囲もあまり気にせず、二人は道のど真ん中で喋り出した。

 

「サイド『甲』に関しては配信動画はニ回目公演のものを使う。舞台の上で泣き崩れてしまったんだ、サイド『乙』の公演が過ぎれば、つまりに明日になりさえすれば、アレがトラブルなのだと明白になる『夜凪』さんが『王賀美陸』に辱められた舞台を世界に発信できないからね」そう、冷たく淡々と事実を告げるように天知さんはそう言い切った。

 

「山野上は今日に全てを賭けていた筈だ『夜凪』達もその覚悟に答えた……それをなかったことにするって? ふざけんなよ、天知」出来るだけ感情を抑えているようだが、充分に感情が漏れ出ている。

 

 ただそれでも淡々に「この舞台に、この布石に一体いくらかけたと思っている『本来の目的』を忘れるな、黒山監督、私たちは演劇人じゃない映画屋だ」そう言う彼は本当に冷徹だが、確固たる意思の元に挑んでいるように見えた。

 

「映画屋の前に一人の『演出家』なんだよ俺は……」その返答にこんな理想論のような言葉で返したが、ただ本当にそれをこの後実現して見せ始めた。

 

 

 まず初めに、墨字さんは面子を揃える所から始めた。なんとこれから、明日本番を控えるまでに、本気で再度演出を作り直すつもりだ。そうして、サイド「乙」の全員とそれに星アリサさんと手塚監督まで呼び寄せた。ただ、千世子ちゃんは墨字さんが出掛けている途中で、劇場を抜け出したらしく、星アリサさん経由で、居場所を確認するとのことなった、居場所はGPS的には杉並区だった。ただこの二人を呼び寄せている最中や千世子ちゃんを迎えに行っている最中に、どうしても今回の初回公演でのサイド「甲」の羅刹女の評価が気になり、エゴサーチをしてしまった。

 

 正直、評価は二分化していた。羅刹女の迫力や王賀美の印象的な登場シーンは高い評価だったし、三蔵法師の諭すような語り口や猪八戒・沙悟浄の勢いに溢れた殺陣は受けていた。ただ、反対に、心理描写の点での視点変更、誰に感情移入して良いか? はたまた、誰も彼も自分勝手であったように見えた等があったが、しかし一番大きなはこれだ。

 

 

「なぜ羅刹女は泣いたのか?」

 

 

 この疑問は誰も正直、上手く言語化出来ていない。王賀美の芝居に驚いた説や、悟空達の侮辱に屈した悔し涙や、怒りが収まらない事を自覚して諦観した涙等言われているが、とにかく、この点に関しては統合性のない無茶苦茶部分として評価が固まりかけていた。

 

 

 ともかくスマホのGPSを頼りに恐らく居るであろう公園に行くと、一人夕日を浴びてブランコに揺られていた「百城千世子」が居た。その姿ははっきり言って、とても絵になる。

 

 墨字さんはそんな彼女に声を掛けた。視線を少し上げ、微妙な沈黙の後「稽古はなかったんじゃなかったの?」と答えるが「ああ、でも気が変わった、付いてこい」そういって物理的に担いだ。

 

「黒山……あんた殺されたいの?」集合場所で待っていた星アリサさんが、見かけた瞬間そう言って。そりゃあ、あの「百城千世子」を米俵でも担ぐように、背負って運んでいればそう言われても仕方ないだろう。

 

 彼、曰く「あ? しかたねえだろ、こうしねぇとついて来ねえんだ」そう真面目なトーンで言うから、阿良也くんが「はは、俺もスマホを買おうかな、カメラって、こういう時使うんでしょ」と悪ノリを続けた。

 

 手塚監督は先ほど同じような目にあったからか「墨字くーん、僕は君のそういう非常識なところが嫌いなんだよ、ああ、やあ千世子ちゃん」と嫌味半分で言った後、媚びを売り始めた。そんな姿に「夜にグラサンのお前もよっぽどだよ」と突っ込みを墨字さんも入れるが、そんなことはお構いなく、私は思わず独り言で 「うわぁ、なんちゅう光景……」と思わず言ってしまった。

 

 千世子ちゃんは「……どういうつもり?」と至極真っ当な問いを投げかけるが「だから稽古だよ、てめえの作品を見直すの勉強だろ、喜べ百城、公開までまだ18時間もある。十分すぎる時間と面子だ、誰がどう見ても文句なしの圧勝の舞台にするによ」そういって墨字さんに半強制的に、連れてこさせれられた先は映画館だった。

 

 

 観る映画は当然「デスアイランド」

 

 

「俺はこう見えて喧嘩に負けるのが大嫌いなんだよ、誰にも『不戦勝』なんて言わせるつもりはねぇ、誰が見ても文句なしの圧倒的な違いを見せてやる、行くぞ」そういって意気込むが、映画の看板に向かって、自分自身が美しく写ってる方を向いて「こんな笑顔を貼り付けて、猫被って、ずっと天使の名前だけでやってきた。どういうつもりで黒山さんが、アリサさんや手塚監督まで呼んだのか、知らないけど、遅すぎたんだよ。造花は生花には勝てない」そう言い切った。

 

 

 そんな言葉を受けて「まぁつーことで、ガキがやっと年相応の拗ね方を覚えた、ちゃんと親が叱ってやれよ」と連れてきた二人に言うが、手塚さんの方は完全に星アリサさんの前で委縮している。

 

 なんとか委縮した態度を笑い飛ばそうと「いやー相変わらず、勝手なやつですねぇ」はははと笑ってお茶を濁そうと頑張っている。

 

 そうして手塚監督から「ほら千代子ちゃん、君の分のチケットだよ」明らかに不機嫌そうにチケットを受け取りながら「……今朝だって公開前に一緒に舞台挨拶もあったよね、本編だってもう、何度も見てる」と至極真っ当な態々、今見るべき出ない理由を述べた。

 

「うんだよね、分る」半分顔を引きつらせながら、手塚監督は対応しているが「呆れたわ、千世子、私が教えてきたもの、全部忘れたようね、まだ見ていないものがあるでしょう」と星アリサには何か考えがあるようだった。

 

 映画館は満員御礼だ。ついさっき上映館の拡大を決定したってと手塚監督が言うと、明らかに舌打ちをした後「良かったな」と素っ気なく墨字さんが言う。「あれ? 墨字くん今舌打ちした?」と軽くじゃれ合っている。ただ、誰の目に見ても、相当参ってるのが分る程、千世子ちゃんは苛立っていた。

 

 阿良也くんが「俺が舞台役者だからかな、映画館ってさ舞台よりワクワクすんだよね、おもちゃ箱の中に入ってみたいでさ」そういってはしゃいでいる。その反応を見て「ジョバンニ、おぎょーぎ悪い、ジョバンニ、こっちはバター醤油味だよ」そう言って、夜凪家の子供達が阿良也くんの相手していると、ポップコーンを摘まみながら「そういえばあんたの作品、初めて観るよ」というと関心なさげに「そう」とだけ千世子ちゃんが答えた。

 

 そうしてようやく、劇場の明かりが落ち、物語が始まった。私の目から見えるのは、流石手塚監督作品という所だ、予算のかけ方が、他の日本映画と比べて段違いだ。本当に潤沢な資金繰りから作っているのが伺える。

 

 ガタっと音が後方に聞こえて振り返ると突然、千世子ちゃんが立ち上がって、劇場を後にしようとしていた。ただ阿良也くんが腕を引き止め、元の席の方に引き寄せた。「見えないよ、邪魔」その言葉の真意は分らない、そうして訥々と「なるほどなあ、まるで人形だ、計算された表情、場面にも心情にも即しているように思えない上っ面の芝居、 醜い現実の中に非現実的な虚像か……うんやっぱり鼻につくよ、これを極めたせいで、あんたはこんなにも皆に愛されるようになったんだね」そういって彼は今、千世子ちゃんが見ている「画面外」そう画面の反対側、観客席に目線を向けさせた。

 

「まだ見ていないもの」恐らくそれは、劇場に満員の観客、それが一心不乱に画面に集中するあの視線たちと顔立ち。そうか、見せたかったのは、映画を見ている観客の反応。

 

 

 エンドクレジットが流れ、ようやく物語が終わった。そうして渡戸さんが「それでこれが一体なんの稽古になるんだ、黒山くん」と真面目に聞き出した。まあ、そりゃあ聞きたくなるよなぁと思っていると「す……すみません」そう亀山監督が代わりに謝っている。

 

 墨字さんは「社長、百城お芝居はどうだった?」とニヤけながら聞くと「完璧だったわ、当たり前でしょう『クライマックス』を除けばね」その答えを聞き出すとさらにニヤけ顔で「おい、ディスられてるぞ、お前の映画」そう手塚監督に言っている。相変わらず、性格が悪い。

 

 ただその言葉に阿良也くんが反論した「わかっちゃいないな、星アリサ、一貫して偶像を貫いた女の表情に感情が灯る、その一瞬の変化が美しいんだよ、この映画は」そう評した。

 

 その発言に手塚監督「ど……どうも」と何とも言えない返答をするが「それ以外は、あの瞬間を際立たせるための退屈な時間だったけどね」と切れ味満点の評価を下し「……あら」としか言えなかった。

 

 ただ星アリサさんも黙っていない「逆よ、千世子の武器は現実離れした美しさにあった、手塚はもともと技術を引き立たせるための演出に長けていた、だから起用し続けた」と言い手塚監督は「ど……どうも?」と頷くしかできなかった。

 

「それをラストで崩すなんて、作品のテーマからも、千世子の需要からもズレている。いち雇われ監督に許されないはずのない愚行よ」そう強く言い切り、今度は手塚監督は何も言い返せなかった。

 

 

 そして星アリサさんは「『夜凪景』の台頭もここから始まった」と言い出し、もはや誰も何か言えるような空気ではない。私は、ただただ、うわぁ……他所で二人っきりやってくれ……と本気で、真面目に怖かった。ちなみに子供達は「怖い映画だったねー、お姉ちゃん死んじゃった」と素直に感想を漏らしている。そういえばレーティングはPG12程度だったけ……

 

「でもヒットした」そう口火を切ったのは墨字さんだった「キャスティングの方針のせいで、原作ファンから嫌われ、自分とこの役者に見せ場を作るために台本も不自然、映像レベルじゃあ海外大作には劣り、演技方針もバラバラ」とこの映画の悪いところを列挙し始めた。

 

 流石に、その映画の監督に「君ね、ハッキリ言い過ぎ」とまで言われたが、止まらなかった「でも売れた、なぜ売れた?」そう投げかけた。

 

「珍しいわね、売れたことがないから、売れる作品を嫌悪してる、あなたが数字を評価するの?」そう星アリサさんが煽って見せると「あ? やんのかババア」と即座に煽りに乗る。

 

「言うまでもなくヒットは千世子のクライマックスのお陰よ」と言い切った所で、阿良也くんが「あんたどっちなの、意味わかんないとこ巌さんぽいなぁ」と言うと「目新しかったから受けたのよ、天使と新しい顔がね、ちなみにアイツぽくはないわよ」後半の所を強く否定しながらそう言った。

 

 

「確かにあの時貴女は『夜凪景』を圧倒していた、でもそれが何? 『あの路線』を続けていれば飽きられる、この世界じゃね」あの感情的クライマックスに対して、何らかの嫌悪感を覚えているのを隠さずに言った。

 

 ただ私は『あの路線』って……ある意味今の……千世子ちゃんが体得して見せた、あの芝居、けいちゃんの武器「メソッド演技」のことだろうか……

 

 

「じゃあ意図的に、あのクライマックスを作り上げたとしたら?」そう墨字さんは言い出した。そうして千世子ちゃんのプライドに「炎」を灯す、明らかな選択肢を突きつけた。

 

「気づいたか? 何のために天使オタクを二人も呼んだと思ってんだよ、言っただろ、圧勝するには十分な時間と面子だ。まあちと徹夜コースになるけどな、後はお前次第だよ」

 

 ここから、彼女は「羽化」する。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。