彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

31 / 46
呼び方の違い

 サイド「甲」の芝居が終わって急遽、墨字さんが、芝居を改変させたいと言い出した。当然反発意見も出た。特に千ちゃんは猛反発をしていた。

 

「前日にそんな付け焼刃みたいな真似、通用をするわけないです! それに千世子さんの芝居は十分すごいです!」 なのにどうして急に」そう言って、至極真っ当な正論を述べるがそれはこの人には意味がない。

 

「和歌月、それは俺が決めることだよ」ドスの効いた声の真剣そうな墨字さんは久しぶりに見た。稽古場で見せる熱の入った指導ではなく、冷淡に言う口調だ。意思の硬さが伝わってくる。

 

「急遽演出を変えるなんか、よくある話だ、本番前日まで出演者を発表しないなんて演出家もいる」そう言って戸部さんはこの決定に冷静に受け止めている。「はは、あったね巌さんが偶にやるんだよ」と阿良也くんは懐かしそうに言っている。

 

 しかし勿論反対意見は他にもいる「だけど、たった半日で芝居を変えるのが、リスクなのは確かだよ」と山寺さんは事実としてそう言った。

 

 その返答に「基本的に変えるのは『百城』の芝居だけです」そう無茶な注文を付け「それ以外の皆さんには傾向通りの芝居をお願いします」と明らかに有り得ない様な事を言い出した。これが、あの二人を呼び寄せた理由だった。

 

 

 とても長くて濃密な夜が開けた、私は意外と演劇人はよくタバコを吸うらしいということを知った。サイド「乙」の大人組は殆ど喫煙所で、休憩を取っている。一つの仕事納めのような物なのだろうか?

 

 少し覗いてみると、皆程よく疲れた顔つきをしていたが、嫌な疲労感は見えない。そんな空気の中、星アリサさんがこんな愚痴を零した「徹夜なんて、いつぶりかしら」

 

 戸部さんは少し何か思い出すような表情をして「あんたとは巌さんの舞台で共演して以来ですね、嬉しいですよ、また同じ稽古場で過ごせて」と言うと「私は二度とゴメンよ、戸部君」と半分笑ながら答えた。その答えに手塚監督は軽くを笑っている。

 

 ただ山寺さんを少しボーっとしている「どうかしましたか山寺さん? お腹でも空きました?」そう手塚監督が言うと「いや、黒山君はいつからあの演出プランを考えていたんだ? 急ごしらえとは思えない……」とこの状況を上手く受け入れられていないようだった。

 

「そうだな、たった数十時間でここまで俺たちの芝居を変えた、それも最小限の工夫で……あれで本職は映画だと言うんだからな」戸部さんは褒めるようにそう言うが、私はそれは少し違うと思っている。

 

 だって「黒山墨字」が、無策で敵に「夜凪景」という最強の駒を渡してしまうわけがない。初めから「天知心一」に警戒はしていたんだ。何かあって当然だ。まあ、それが此処までのモノになるとは思っていなかったが……

 

 

 テレビ番組ではまた嫌なニュースをやっている。舞台「羅刹女」の関係のニュースは流石に嫌でも、目にしてしまう。見なければいいという話もあるかもしれないが、自分の所のタレントへの取り扱いが関係しているから、全くのノータッチを貫くのも何とも言えない。

 

「リッキーことを王賀美陸がまたやらかした!?  話題の舞台『羅刹女』の初回上演中リッキーが主演女優・夜凪景の芝居を妨害! 彼女はその場で泣き崩れ、客席は一時騒然だったとか!」そう扇動的なニュースにパネラーのタレントの一人が「相変わらずですね、リッキーは本当に酷いですね、決まっていた映画の話もこれでパーになったと聞いてますよ」と無責任に責め立てている。

 

 王賀美さんのあの演技のをそう捉えるのは本当に不本意だし、そもそもこのタレントは初回公演を見たのなら、あのラストにのみ触れるのではなく、全体を通して、どう観客に羅刹女が観られていたか述べるべきだ。

 

 まあ、そんな事は些末な出来事だと割り切るしかない。ギリギリまで、今出来る準備を行うだけだ。カメラ位置の調整やアングル、画角、どのカメラがどう作用するかの綿密な打合せは私と千世子ちゃんで充分行ったし、後は本番で、私がインカム越しに微調整予定だ。

 

 ある意味、これは後手番の特権を存分に生かさせて貰った。サイド「甲」が先行だから、かなりの部分が予測出来た。見せ場になるカメラはかなり想定出来たのは強みだ。

 

 

 さあ、本番だ。

 

 

 舞台が始まった。いや突然、暗闇に包まれたと言った方が正しい。暗転かとも思う様な演出だが、それにしてはあまりにも時間が長い。誰かが、停電かと思う様な絶妙なタイミングで、その声は響いた。

 

「ああ、腹が立つ、腹が立つ」真っ暗闇の中から声がする。

 

 そしてまた違う地点から「あの人は毎年、毎年、妾のところへ」そう声がする。移動した気配や音はまるでしない。

 

 現代社会で暗闇を強制される機会なんて普通はないから、嫌な演出だ、暗闇っていう物は人の想像いたずらに掻き立てる。そしてそんな嫌がらせて方を知ってる性格の悪い演出家は、喜ばせ方も知っている。

 

 丁度観客の恐怖が臨界点に達しようとした瞬間、光が差した。それは観客席の中央、舞台へと直線で結ばれる通路にいる一人の女性に向けて当てられていた。 そしてその女性は扇で顔を隠されていた。

 

「我が子、紅孩児もあの猿のために出家させられたという、愛する子をも奪われ……それでも夫は帰って来ぬ……ああ、腹が立つ、腹が立つ」その台詞回しは淡々とそれでいて、滑らかに、感情を伝播していく。ただ顔を、見せないっていう、それだけでも人間の興味を誘うそして「怖い」とか「見たい」という感情を観客に持たせる。

 

 この演出は元々、初めて「夜凪景」が「彼女」を見たときに覚えた感覚の再現だ「彼女」に覚えていた印象それは「綺麗、とても綺麗……なのに顔が視えない」というもの。

 

「彼女」は客席を走り抜けていく、幼く、無邪気で、いたずらで、それでいて可憐であった。それが、いかに、観客を魅了するか、理解しているからこそできる振る舞いだった。

 

 自分自身の役割を、研鑽された技術を、スターズの戦略で作り上げられた、可愛らしさの象徴のような存在、天使のように、という言葉が陳腐にならない美しさが、そこには在った。

 

 偶像の天使「百城千世子」

 

 

 舞台に上がり、ついに扇をおろす時、あまりの美しさに誰もが魅了した。「ああ、 どうしてくれよう」笑ながら、怒りながら、嫉妬しながら、彼女はそう言った。

 

 

 墨字さんは「大衆様に教えてやれ、百城『天使』も『悪魔』も呼び方が違うだけってな」そう息まいた。本当に、この人は大言壮語を実現するためになりふり構わない時がある。

 

 

「ああ、腹が立つ、腹が立つ、どれ……また火焔山の炎を煽りにでも行くか、燃え盛る炎を眺めていると不思議と心が落ち着くから」大きな扉のセットの前でそのような言葉を言う。

 

 相変わらず、綺麗なのに、違和感がある、いつもと変わらない筈なのに、とても「怖い」と感じさせる。演出のなせる技だ、闇から現れ姿を隠し、美しい芝居に反した恨み事を吐き続ける。

 

 見慣れた天使の芝居が不気味に働いている。天使を天使のまま、悪魔のように演出している。墨字さんのなせる演出の妙技だ。役者の特性の理解と使い方が見事だが、これだけじゃ終わらない。

 

 

「おい、俺だ、孫悟空だ、扉を開けてくれ」 大きな扉の向こうから、大きな声でそう言っている。「斉天大聖孫悟空……何の用です」そう言って少しずつ自動的にスモークと共に扉を開いていくが、誰もいない。

 

 

 そうして、スモークが晴れていくと徐々に見えてくる。猿のような、 野生児という言葉が本当に似合う、ほとんど四足歩行で歩くような、背が低すぎてスモークで初めは見えなかった「 明神阿良也」孫悟空が現れた。その姿はまさに美女と野獣だ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。