彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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千秋楽と打ち上げ

 三日目サイド「甲」二回目公演、どうやら「乙」の芝居に触発を受けて新たな解釈を加えて来たが、羅刹女を掴みきれないままで、本番を迎える。良くも悪くも突き抜けない、その芝居は王賀美の存在感と拮抗が取れず不本意な形で終わる。

 

 四日目サイド「乙」二回目公演、千世子ちゃんのさらに精度を上げた、その芝居は高い評価を得ることに成功する。

 

 五日目サイド「甲」三回目公演、王賀美さんの存在感抑えようとし、立ち回りを工夫したと思われる芝居に仕上がっているが、根本的解決には至っていない。

 

 六日目サイド「乙」三回目公演、千世子ちゃんの新しい芝居が板につき始め、自他共に認める程の完成度に至る。

 

 遂に昨日始まったネットプライムでの配信も、既に視聴回数に差が出てきている。一応、サイド「甲」の初日公演は一部で高く評価されているがやはり……厳しい。

 

 

 それでも、それでも「夜凪景」は折れなかった。

 

 六日目の公演が終わった後、けいちゃんと山野上さん二人が共に「乙」側にやってきて、凄まじい事を言ってのけた。流石に墨字さんも「今、なんて言った」と聞き返したが、内容は変わらない。

 

「千世子ちゃんが、どうやって羅刹女を演じているのか、教えて欲しいの」そのあまりにも強引な主張に、困惑している千ちゃんがいるが、どうやら本格的になりふり構わなくなったらしい。

 

 

 その主張に対して千世子ちゃんが「私たちのメリットは?」そう至極当たり前な事を聞くと山野上さんが「私たちの羅刹女を教えます」堂々と答えた。

 

 墨字さんは少し呆れながら「Win-Winだろって面しやがって」と言う、確かに今の現状からするとこちら側としては受ける必要はない。けれど、勝負を諦めたからそんな事を言いに来たようではないのは二人の佇まいを観れば分る。

 

 墨字さんが「食えないな」とその言葉とは裏腹に少し口角を上げた風に言い、千世子ちゃんが「うん、怖いよね、でも利用しよう、私たちが」そう言い返した。この返答にけいちゃんは素直に「ありがとう」と言って結局、かなり話は丸く収まった。

 

 

 そうしてサイド「甲乙」共同稽古が開始された。互いに互いの芝居への意見を交え、双方の芝居への演技力向上に努める。それは確かに双方に大きな意味と効果をもたらすが、それでこの差は縮まっていないというのは恐らく両者の陣営ともに感じていた事だろう。それ故に、サイド「乙」側から反発が起きなかったというのもあるかもしれない。

 

 

 ともかくそうして、舞台は公演されていった、そしてこれは後にけいちゃんから聞いた話だ。サイド「甲」の千秋楽の日、千世子ちゃんを楽屋に呼んでずっといてもらったんだそうだ。特に、何をするでもなく、目を瞑って、彼女に向き合っていたという事らしい。

 

 それに多少、千世子ちゃんも疑問を覚えたが、いつかのお返しだということだということで納得したそうだ。ただこれはお返しというか、やれることは全部やりたいという意思だったとのことだ。

 

 ただその場で、千世子ちゃんに衝撃的な事を言われた。その時の事は鮮明に覚えているらしく、心地よい沈黙のなかで、緊張と集中と自信が心をゆっくりと満たしていたときに、その言葉は千世子ちゃんから放たれた。重大な事を敢えて軽く打ち明けるように……

 

「負ければ全てあなたに奪われて、勝てば一生女優を続けられる、そう信じていたの…… 馬鹿みたいだよね、そんな単純な話じゃないのに、忘れていたんだよ、舞台が終わっても勝負は毎日続くんだって、どうせ私達はしわしわのおばあちゃんになっても役者だから」あの憧れていた存在から、そんな言葉を貰えるなんて考えて入なかったし、嫉妬してくれるなんて思っても見なかった。そして最後の言葉……

 

 その言葉は、人生で最も言われて嬉しかった言葉だと私だけに教えてくれた。

 

 

 

 サイド「乙」の千秋楽から一日、ネットプライムでの配信が始まって二週間、町で「羅刹女」の話を聞くことが増えた。世間ではなかなかの噂話になっている。

 

「夜凪景」の怒りに満ち満ちた演技と「王賀美陸」の羅刹女最後のシーンの意味、意味深なサイド「甲」の独特の空気感、それと遂になるようなサイド「乙」での見事な魅せ方「百城千世」の二面性を存分に見せ付ける様子と「明神阿良也」の見事な一人二役の芝居。

 

 主演の人々以外にも白石さんの演技の幅や若手のデスアイランド組の活躍っぷりが評価され、面白いことになっている。

 

 ただ投票の結果以前に、視聴回数が違うので、どちらが勝利したかは語るだけ野暮だが、私としてはまさに「甲乙つけがたし」という結論でこの話の勝敗は締めくくりたい。

 

 それにこの一件以来、スタジオ「大黒天」への仕事のオファーは増え続けている。これは墨字さんが演出家として、けいちゃんが主演として大活躍したからだという証拠なのだが、ただ、今日の私はそれどころではない。

 

 そう今日は舞台「羅刹女」の打ち上げなのだ。ただ、そこらじゅうに「混ぜるな危険」っていう感じの組み合わせがゴロゴロしており、一触即発の匂いがプンプンしている。正直、今日此処に来て美味しいお酒が飲めるとは思っていない。

 

 なので、とにかく私はひたすらにこの場では道化に徹して、無理に誰かに話を広げさせたり、物真似させたり、とにかくこの場から去りたい一心で、テンションを無理に上げてい過ごしていた。案外、皆は上機嫌に振舞っていた。あくまで勝負事だとして、後腐れがあっても可笑しくなかったが、どこか割り切っている。これも両陣営ともに共同稽古して、全力を出し切った後故にだろう。ともかく、なんとか、一触即発の危機は訪れる事はなかった。

 そうしてやっと落ち着いて来た頃、墨字さんの横の席に千世子ちゃんが「ここいい?」と尋ねて座った。そして本当に珍しく、あの千世子ちゃんが墨字さんに率先してお酌をしている。そしてお酒を飲んでいる最中に「私たちもおしまい?」なんて聞いていた。

 

 墨字さんはその一言で、かなりむせ返って「お前、マジいろいろ気をつけろよ、そういうの」と完全に虚を突かれた様子だった。

 

 ただ千世子ちゃんはその同様に追撃するように「気づいていたよ、あなたはずっと私を通して夜凪さんを見ていた、次はあなたを私に惚れさせる」きっと本気なのだろう。鋭い口調が物語っているが、墨字さんは反論に「惚れてねぇ役者の演出なんてしねえよ」お酒が入っているからかそんな台詞を平気な顔をして言う。

 

 すると王賀美さんもその席に近寄って「おい、黒山墨字、内緒話か」陽気に話しかけて、いる。それに墨字さんが「なんだよ次から次へと」そう軽口を叩きながら、この三人が話し出した。

 

 内容は、挨拶から始まったが、お酒の影響からか話は真剣な方に向かう。そろそろ未成年組を家に帰す話から、流れ的に王賀美さんの口から明確に千世子ちゃんに対して「褒める」言葉が繰り出される。きっと、スターズにいた頃から知っている存在なのだろう。故にこの勝負の決定打になった相手を賞賛したのだろう。

 

 そして最後に王賀美さんは「次は映画なんだろう、黒山墨字、俺たちの準備はできてるぜ」流石の自信を持って言うと「……ああ、待ってろすぐに動き始める」そう言って、墨字さんはけいちゃんの方を見ながらそう呟いた。

 

 

 それから少しして山野上さんが「モテモテでしたね」と墨字さんに唐突に呼び掛けてた。ぱっとみて俯き、酔いつぶれているように見えていたが、どうやら違ったようだ。その声に少し驚き「起きてたのかよ」と返答すると真面目なトーンで「ありがとう、黒山さん」と俯いたまま言う。

 

 その反応に墨字さんは「何がだよ、酔っ払い相手の相手はごめんだぞ」と言うが、山野上さんはそのままの体勢で一気に胸の内をさらけ出した。

 

「私はもう二度と演出をすることはありません、それどころか…… 絵も小説ももう書きたいと思えないんです、もう創らなくていい、もう創る理由がない……、やっと自由になれた」そう言い切り彼女は顔を上げ、爽やかな表情を見せる。

 

「……ずりぃな、お前だけ」そういって自分だけ創作という苦しみから抜け出した、彼女を見つめ墨字さんはお酒を飲み込んだ。

 

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