彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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広告と商品価値

 けいちゃんの千秋楽のその後は、ハッキリ言ってとてつもない人物の世話になることになった。なんとあの「スターズ」の星アリサさんが直々にけいちゃんを女優として、面倒を見るという物だった。一応、舞台「羅刹女」の墨字さんの功績の借りを返すとのことらしいが、それにしても直々に面倒を見なくてもいいのではないかとも思うが、どうやらそうけいちゃんの場合は単純ではない要だった。

 

 例えば分かりやすい例として大手の広告・CMに関して、そのマネージメント能力なんかにとてつもない重要な意味を持って、けいちゃんの役者としてのプライド・心構えに、大きく影響を与え、成長させた。

 

 

 このような広告の仕事は今までのようにバックボーンがしっかりとした芝居ではなく、具体的な物語上の説明のないたった数十秒の世界で、何を演ずればいいのか? 何が正解なのかという点について、けいちゃんには理解出来なかった。いやしたがらなかったという方が正確なのかもしれない。

 

 その時に手綱をしっかりと握って、私が代わりにコントロール出来たかというと絶対に出来なかったと言えるだろう。それをアリサさんはしっかりとこなしてみせるということだった。

 

 

 実例としてあるスポーツ飲料のCM、浜辺を走る夜凪景は「大嫌い」と叫び、その後、妹役の子からスポーツ飲料を受け取り、勢いよく飲みこむという演技をしたことがある。

 

 この一連の流れが、けいちゃんには理解出来ないという。確かに、此処に物語性はほぼ存在しない。何に対して怒り、何で走っているのか、何故スポーツ飲料を飲んで喜ぶのか? それが彼女にとってはとても大きな問題だった。

 

 

 ただ、この問題に正解は初めから存在しない。そう、この規模のCMになると企画は組織で作るのが一般的で、一人の作家が全てをコントロール化に置いているわけではない。利害が一致した目には見えない大勢の人の理想象・妥協点・それに折り合いを付ける芝居が求められる。

 

 こんな芝居は普通の役者には、求められていない能力であり、例え求められたとしても「正解」の姿は誰の中にも想像ですら存在しない。故に、誰もが妥協点を探り合う。それが普通だ。

 

 ただ、それを自身のプライドからけいちゃんは「ごめんなさい、私は自分で納得の出来ないお芝居はできない」と啖呵を切ったとのことだ。しかしそれをアリサさんは見事にまとめ上げた。

 

 

「俳優であるあなたの都合は私達に関係ない、プロを名乗るなら意地でも求められている芝居をやりなさい、それが大衆のスターになるって事よ」それはけいちゃんの意思を完全に跳ね除けるような言葉、一聞したら「人形として、感情を殺し、ただ演じろ」という意味に聞こえるかもしれない。しかしこの言葉はそういう意味ではない。

 

 

「この世界での戦い方を覚えなさいって言ってるのよ、つまりCMの意味を答えなさい、考えなさい、宣伝……つまり紹介、人が人に何かを紹介したくなるのはどういう時?」と本質を問いかけ、自分自身で答えを見つけさせるように導いた。

 

 それにけいちゃんは少し悩んで「自分が『好き』なものを『好き』になってもらいたい時?」と実直に答えたそうだ。それこそが、存在しない「正解」限りなく近い回答。

 

 

 それこそが、唯一の「役作り」だと言う風にアリサさんは導いていってくれた。この答えにはけいちゃんは納得できたらしく、このスポーツ飲料を好きになるという「役作り」を行った。

 

 そのために、自ら考え、数十年前に作られたこのロングヒット商品開発をした人達にまで、直接電話をかけ、何故このような味なのかと聞き出し、好きになるための努力を惜しまなかった。こんな愚直で非効率的で、傍から見れば馬鹿のようにすら見えるの事を大まじめに取り組むのが、けいちゃんだ。ただそれでも良い芝居は必ず人の心に残る。それの行動を一つの「商品」としてパッケージングしてみせたのがこの事例だ。

 

 

 俳優というのは、所詮は商業活動である限り、俳優は「商品」である。そこに、嘘をつけない役者・俳優が、この世界に足を踏み入れたら、様々な矛盾や理不尽が襲い掛かってくる。しかし反対に、嘘のつけない俳優というキャラクターはそれはそれで「商品」になりえる。

 

 この業界は本当に小さな世界、基本的には小さなパイの奪い合いでしかない。故にその大御所のスターズの社長直々に、嘘のつけない俳優を育成しているというのはとてつもない速さで噂話として広まる。そこに「商品」価値が見出す企業が出るのは必然であり、結果を残せば更に加速度的にその「商品」としてのキャラクターは強く広まっていく。

 

 

 その勢いは異常なまでだった。ある意味「スターズ」という事務所の力を借りたブースト効果であったとしても、彼女の知名度は一気に世間に浸透していった。更にそこに、折り紙付きの実力と愚直にすら見えるキャラクター、さらに嘘が付けないから、惚れ込んだ「商品」以外仕事を受けないという人物像が拡散していく。

 

 別に、下手にブランディングしていかなくても天性の魅力がそこにある。あの「スターズの天使」の嫉妬を買うだけの実力が初めから存在しているのだ。故にタレント性や存在感も有って当然であり、能力・器量も良く、いい意味で裏表がない。そこに更に人のために懸命になれる人間は無条件で他人を惹きつける。元々彼女にはスター性があったんだ。

 

 この才能があまりにも秀でていたから「スターズ」は取らなかったと墨字さんは解釈していた。扱おうとしなかった、というのはなんとなく理解できる。最初の頃のむき出しの原石だった、けいちゃんの頃はお互いを傷つける諸刃の刃で「肉を切らせて骨を断つ」といった芝居しかできなかったからだ。故に様々な人々と様々な役柄を演じてきた事を通してようやく、人間として自己のキャラクター性を表現できる存在になったのだと思う。

 

 こんな方法というか売り出し方は「普通」はあり得ない。何処かでセルフブランディングしたり、キャラクターを作り出したり、順応したりしなければならない。ただ唯一それは特別な存在「本物」であれば許される。

 

 この売り方はあっという間に、芸能界に「本物」が現れた話に変わり、即座に大人達によって様々な策略が仕掛けられる。知名度の爆発は多角的にそれでいて、急速に訪れる。これに「スターズ」という看板は彼女を守るには必要だった。私と墨字さんでは、芸能界の裏での駆け引きは出来なかっただろうし、その為の実力はなかった。

 

 その為にアリサさんは尽力してくれたのだろう。恐らく、借りを返したいというのは事実だろうがそれだけではないのだろう。始まりのオーディションの時に、自分が「夜凪景」という才能を見込んで入ながら、あえて手放した事に対する償いの意味もあるのだろうと勝手に思っている。勿論、私の妄想だが、全くの的外れではないだろう。

 

 ただ、それにしても勢いはあまりにも急速だ。何が起こっているのか分らない程の速さでけいちゃんは一躍有名人に成りあがっている。下手すると本当に、この国からけいちゃんを知らない人間がいなくなるんじゃないかと思えるほどだ。

 

 

 だって町中の看板に「夜凪景」の看板が広がり、辺り一面を埋め尽くしている。こんな状況を墨字さんは予測して、アリサさんに頼み込んだとしたら、ここから先に何があるのだろうか?

 




少し悩みましたが、この作品は「柊雪」の視点を重視するため子役「鳴乃皐月」の問題はおそらく語られないと思います。


個人的に「キネマのうた」での、演技の上手い下手は事実上一切関係なく、親の都合で役者業は辞めさせられるのが普通だと思います。


問題は彼女がそれでもなお女優を「続けたい」と思うか? どうかだと考えます。

簡単に言ってしまえば、義務教育が終わった後でも、高校を卒業した後でも、まだ夢として女優の道を彼女が歩みたいと願うなら、もう止めることはできないので、その一つの目標として「夜凪景」の存在が語られるかどうかなんじゃないでしょうか?
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