彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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女優業と監督作

 四月入学式の日、夜凪景は全力で有名になっていた。 何故そんな事を私が知っているかというとSNSでトレンドニュースになっていたからだ。入学初日に気兼ねなく、新一年生たちと一緒に写真を撮り、会話を行って、囲み取材の様な状況を自然に作り出し、そのせいで数百人規模の新入生が入学式の会場に遅刻させたという事実がニュースに記事になっていた。けいちゃんの写真と動画付きでSNSに上がっている。

 

 これもけいちゃんの良さなのだが、そこまで甘いファンサービスは流石に何とも言えない。まあ、学校側はもはや何も言えない状況だった。学校側とはすでにスタジオを通して、一度芸能活動を認めたうえで、それが原因で辞めさせるというのは学校側としては出来ないという事は確認済だ。ある意味では可哀想だが、それでもこっちはけいちゃんを守る必要がある以上、一度許諾をした方が悪い。まあ、入学願書が前年度比の二倍以上になったという噂を聞くに、宣伝効果は大きく出たのだろう。それが、公立校として良かったかどうかは知らないが……

 

 

 ただ、此方側としてもここ最近の活動はどうにかしなければ行けない。基本的にはまだ問題はないが、けいちゃんを「スターズ」に預けた後、墨字さんが仕事場にまだ一度も戻ってきていない状態で、何かの準備をしている。これは非常に困る。

 

 本来なら、マネージメント業務以外もこっち側で面倒を見ないといけないことは多い、実際に、有名になった事から引越し等のセキュリティ面の話は進めたが、お母さんとの思い出があるからって言って取り止めにしたりしていてアリさん共々、困ってしまった。まあ、あと一年間はあの学校に通うわけだから一応、またその時期が来たら話し合おうという事になった。

 

 ただ本題である「女優業」に関しては本当にてんてこ舞いだ。この一気に上がった知名度から、けいちゃんへのオファーが、常に来ている。舞台の「銀河鉄道の夜」の後のように電話線を切って、強引に何も受けないという判断も、けいちゃんの状態を考えるに得策ではないし、私個人の判断で全てを対応する訳にいかない。それに今のこの状況これ以上「スターズ」には甘えられない。

 

 だから近況報告を墨字さんと交わすときはとにかく忙しい。基本的にこちら電話をかけた時は繋がらないし、メッセージやメールは送っても反応はない。故に極稀に電話が掛かってきた時は何としても思いを伝えようと必死になって受け答えするが、殆ど墨字さんの要望を聞くだけの一方通行の会話に終わることが殆どだ。

 

 故に今回会話も仕事の話は「MHK」のあるオーディションは一応受けるようにしたという事実確認のみで、それ以外のせっかくこんなに来たオファーをどうすればいいか? という問いかけを全て無視していいという強引な回答を駆け足で言われて、即座に一方的に切られた。勿論再度、掛けなおしても繋がらない。

 

 

 また勝手に切ってあのヒゲ……とそんな事を思いながら、スタジオ「大黒天」ドアの前に来た時、中からガタンガタンとものすごい音がして、急いで開け様子を確かめると戸棚がひっくり返っていた。そしてくしゃくしゃの資料の中で、けいちゃんがひっくり返っていた。犯人は一目瞭然だ。一応「何してるの?」と聞くと「……別に?」と悪戯がバレた子供のような反応をする。さすがに「別にって……」呆れながら答えるとけいちゃんが、あるものに目がいっていた。それはDVD、ちなみに監督の欄には「黒山墨字」の文字。

 

 

「それ探していたの? 墨字さんの映画」そう答えると驚いたような顔つきをした。探し物がようやく見つけた様な仕草をしているから「興味あるんだ、墨字さんの映画」と言うと明らかに挙動が可笑しくなったが、その反応が可愛かったから何となく意地悪な事を言ってしまった。

 

「千世子ちゃんの演出、凄かったもんね、それじゃあ流石に気になってくるよね、墨字さんの事、言ってくれたら良かったのに、いいよそれ持って行って」と恥ずかしがるけいちゃんが見たくてそんな事を言うと「な、何のこと? ルイに頼まれてアニメ探しに来ただけなんですけど? 黒山さん? ああ、あのヒゲのこと? 最近見ないわね」と全力で誤魔化しにかかるが、全然隠しきれていない。むしろ、あまりにも棒な演技過ぎてワザとやっているんじゃないかとすら思う程だ。

 

 その何とも言えない空気の後「じゃあ、じゃあ、お邪魔しました」と言ってけいちゃんはそそくさと去っていたが内心は、この子本当に役者か? と思う程だった。

 

 

 ただ、もし本当に墨字さんの映画が見たかったのなら、事務所まで探しに来た理由も分る。墨字さんはいくつかの賞を取っている世界的に評価された監督だが、日本で評価されているわけではない。故に商業用のDVDになっていない作品が殆どで、購入することやレンタルショップで借りる事は困難を極める。

 

 ちょっと虐めすぎたかなぁと少し反省をして、業務連絡と一緒に墨字さんへ、追伸としてけいちゃんが墨字さんの映画を見たがっていたという話を付け加えて置いた。

 

 

 この話に限って言えば、墨字さんは迅速に動いてくれた。けいちゃんを誘って、即座に映画を観に連れて行ってくれた。後に考えれば特別だったのかもしれない。墨字さんだって、結局人間だ。自分の作品に出す為にけいちゃんをここまで成長させたのに自分の作品を気にられなかったら、それは辛い事だろう。

 

 現在墨字さんの作品が上映中の作品は都内のミニシアターで一つ、何度目かの再上映でタイトルは「たんぽぽ」という作品。黒山墨字監督作品の初作品だった筈だ。

 

 確か、かなり奇妙な映画だった事は覚えている。一人の女性の日常をただ淡々と描いて、切り抜いて映し出す不可思議なスタイル。しかし、その女性の顔が一度も映画内でフレームに収めることがないし、それが指摘されるまで気づくことは殆どないというどうやって撮ったか分らない作品だ。ちなみにエンドロールで、この仕組みに気づく人は多い、何故ならエンドクレジットに主演の彼女の名前まで丁寧に描かれて「いない」からだ。

 

 墨字さんにこの作品を見てから、どうやって撮ったのかや彼女についての関係を聞いたが、一度もまともに教えてくれなかった。

 

 

 さて、この作品はどう評価されているだろうか? 今回のこのミニシアターの上映は「羅刹女」での評判に便乗して依頼が来ていた物だが、基本的にいままでの結果から興行的にはあまり成功していない作品だ。根強いファンはいるが、あまり黒山墨字作品は大衆に受けが良くない。映画は相性だ。故に合わなければしかたないが芸術的というかアート・フィルムというかそういうジャンルは、刺さる人以外ためには創られていないことが実感できる内容だが、逆に言えば、刺さる間性を持った人間にはとことん刺さる。今回の場合はそれがけいちゃんだった。

 

 

 その時の感想は一種の惚気話のように何度も聞かされた。多分、けいちゃんにとっては何度も何度も頭にこびりつく様な映画体験だったんだろう。聞かされた話によると、全員が席から立ち上がっても、自分は立ち上がれずにいて、その映画の余韻を味わっていた。

 

 そして墨字さんに答え合わせをするように「あの主演の人はきっとお芝居をしていなかった。観客に何かを表現しようなんて少しも考えていなかった、なのに表現できていた。表情が見えなくても彼女がどんな気持ちか分かった」そうあの物語から読み取れた内容を必死に伝えようとした。

 

「友達が言ってたの、自分に惚れてくれた監督に惚れ込まれるなんて役者冥利に尽きるだろうって、この作品はそういうラブレターみたいな映画だったんだと思う。だからこの役者さん幸せだと思う、今日私、この映画に出会えて良かった」そんなとても気恥ずかしい事を墨字さんにけいちゃんは言ったらしい。それだけ、この作品に彼女自身が惚れ込んだだろう。

 

 そうすると墨字さんは珍しく安堵の吐息をもらしたらしく「はぁそうか……いやほっとしたんだろうな、お前に振られる可能性も考えていた、いくら映画の好みは相性だつってもよ、できれば望んで俺の映画に出て欲しかった、少し安心したよ」そう珍しく弱気な発言をしたとけいちゃんから聞いた。私が知る限り、子供っぽい冗談の様な弱さをワザと見せる事はあってもちゃんとした弱さを人に見せる姿は殆どないから、本当に重大な要件だったということが、伝聞の様子から伺える。

 

 

「黒山さん、私これから自分の出演する作品は自分で選びたいの……いつ私で撮ってくれるの」その場の勢いとは恐ろしいものがあるが、けいちゃんはこんな事まで言ってのけたらしい。

 

 墨字さんもその言葉にちゃんと向き合って私にも言っている展望の一部をけいちゃんにもこの日伝えた。

 

「これは十五年も前にハタチのガキだった俺が取った自主制作映画だ。国内じゃ誰にも相手にされなかったが、なぜか海外で持ち上げられてよ、未だにちょくちょく上映してもらってる。流通はさせるなって俺が止めてるけどな……当時の俺にはこれが精一杯だった。一人の女の美しさを描くだけで精一杯だった。今はもう違う、世界のことを少しだけ知った、撮りたい映画じゃない、俺が撮らなければいけない映画が見えるようになってきた。そのための力がまだ足りない、俺にもお前にも、でもすぐそこまで来ている」

 

「都会の若者だけに知られている役者じゃだめなんだ。 田舎のジジイやババアにも知られているようなそういう役者じゃないと、最後の総仕上げだ夜凪、オーディションで役を勝ち取って来てくれ」そう言って、未来への展望を語った。

 

 それに二つ返事で「分かった、任せて」とけいちゃんは答えたらしい。

 

 ただこの時、墨字さんが思い描いていた「映画」というのは結局、キレイな形では実現しなかった。けいちゃんがその「映画」に出演したがらなかったからだ。




「たんぽぽ」って技巧上のテクニック論で評価されたのか? それとも内容の奥深さで評価されたのか? 正直分らないです。

まあ、黒山墨字の映画というのはそれこそ「マクガフィン」でなんか日本では評価されないが、世界では評価されている作家という舞台装置なんでしょうか?
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