彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

37 / 46
オーディションでの奇策

 本当に最近の私はすっかりマネージャーだなぁ……はぁ~自分で映画撮りてぇ!!! 誰か無利子無担保無期限で、出資金一億くらい出してくれないかなぁ~と馬鹿な妄想に耽りつつ、無駄な緊張をしないように、今は「MHK」のオーディションが行われてる部屋の前で、長椅子に座りながらけいちゃんを待っている。

 

 

 この「MHK」での「大河ドラマ」のオーディションに「のみ」に絞って「夜凪景」をプロデュースする方針に決まったのは、墨字さんの独断だった。この事には流石に同じスタジオ「大黒天」のスタッフとして初めはあまり納得は行っていなかった。もちろん「大河」の場合、確かに時間的制約で、長期的に時間を取られる事があるのは事実で、それ故に他の大きな仕事を取ってきても、ダブルブッキングで出られなくなる仕事もいくつかはあるだろう。

 

 まあ、その分「大河」の方が知名度は抜群で、作品の作りこみもお墨付きであることが殆どだ。それによって民放の作品よりギャラが安くても、結果的に役者はこっち側を選ぶ場合が多い、それによって倍率が圧倒的に違う。

 

 

 それなのに、この作品一本に絞って、この大切な売り込みの時期を被せるのはどうかとも思う。受かるならその戦略で問題ないかも知れないが、正直にいえば「オーディション」は実力と確率論で出来ている世界だと考えている。

 

 オーディションで「実力」が有れば受かりやすくはなっても、確実に受かることはない。所属タレントを決めるオーディション等や配役がある程度ばらける仕事なら、まだ実際の実力に見合った結果が決まるかもしれない。

 

 ただ「大河」レベルまでになると監督や脚本家のキャスティングの趣味嗜好、それに配役との印象に合うか、他のキャストとの全体的なバランスに政治的なマーケティング戦略、それぞれが複雑に絡み合って結果が決まる。それは実力勝負のテストではなく、それぞれの「相性」の問題にすり替わってしまう。

 

 それ故に「実力」はあくまで、受かりやすくなるだけのもの、それも「夜凪景」という今のブランド力では、それを考慮されず判断される可能性もあり、それなのに墨字さんに何か執念めいたものを感じる。

 

 

 絶対にこのドラマに「夜凪景」を出したいという何かだ。けれど、その理由は私には思いつかない。確かに今年の「大河ドラマ」は「キネマのうた」という戦後の映画界を支えた女優というものではあるので演じたいという思いはあるだろうが、そこにそれほどまでの、執着を覚える理由は墨字さんにはない筈だ。

 

 ただ墨字さんは「夜凪景」なら受かるという前提から話を始めているように感じる。それが、何とも不気味だ。

 

 

 それでも、けいちゃんはその頼みを墨字さんから直接伝えられ、真剣にこのオーディションに立ち向かった。その方法は正直に言えば、彼女なりに「真面目」に考えた方法だろうけれど、それを「奇策」と言わずに何というか私には分らない。

 

 

 方法としてはオーディション前から「芝居」をして「別人」を演じて見せるというもの、普通は思いついてもやりはしない。オーディションで本読みやエチュード芝居をする前の段階から「別人」を演じ分けるなんてことは普通ありえない。それも多くの役を演じ分けができるのを見せるためにという理由でこんなこと「大河」のオーディションでする馬鹿はそうはいない。

 

 

 この「奇策」の為にけいちゃんがどうやって、役のバラエティを増やしたかと言うと、阿良也くんにアイデアを借りたらしい。技法としては適当に人の真似をしまくればいいんだそうだ。仕草、目視、喋り方、歩き方、笑い方、全てがその人の感情のあらわれだと、そう彼は言ったそうだ。

 

 まずは隣の席の「彼女」から模倣を始めたらしい。「彼女」は誰かと話すときは相手の目をまっすぐ見る、いつも姿勢がピンとキレイに立っていて、笑みを零す時は口元を隠す、考え事をする時は軽く爪を噛む癖がある、形を真似れば感情が見えてくる、そうして彼女を追っていくと、見えてくるものはまた違ってくる。

 

 阿良也くんの技法ではその後はいつもの食い方・演じ方と同じだ、相手の生まれた時、住んでいる家、いっしょにいる友達、その中でどう生きているかを観察すれば、いずれ自分の中にあるはずのない役の記憶が見えてくる。けれど人は一面だけで生きているわけではない。

 

 始まりは隣の席の「彼女」を夜の繁華街でを見かけた時からだ。どうして、こんな時間にこんなところに? どこへ行くか? 気になってついていくとその「彼女」は学校では見せることはない姿、トイレで化粧を変えて、 姿形を変えた。夜の繁華街で、で歩く「彼女」は、学校での清楚な姿とはまるで違い、夜の装いへと変えていた。きっと隣で歩くデート相手の男性のために……

 

 

 ここから、この技法は真価を発揮した。当たり前の前提として、人は相手によって態度や性格が変える。たった一人を真似るだけで、何人もの人を演じられる。そう言ってけいちゃんは一心不乱に誰も彼もを模倣し始めた。最終的にオーディションの時にまでに十人以上の人間を表面的にでもトレースして見せた。そしてそれぞれがいろんな顔持ってるからその倍以上の役を演じ分けれるようになっていた。

 

 

 そうやって、けいちゃんは私や弟妹に何人もの人物を演じ分けて見せてくれた。これは正直にいって、付け焼刃だ。この中にけいちゃんに「しか」出来ない演技はどこにもない。この演技が正しいのならけいちゃんが演じた誰か、それこそ隣の席の「彼女」の演技が評価されるのなら、オリジナルの「彼女」を起用すれば済む話だろう。何人に演じ分けられようが、本質は変わらない。

 

 ただ今回のテーマに限って言えば、意味が変わってくる。今回求められている「オリジナル」は女優であり亡くなっている。故に求められるのは他者を演じられる存在。何色にもでも染められる可能性を提示出来る者が強い。

 

 これは、通常のオーディションでは「奇策」だろう。けれど、今回に限っては充分に意味のある演じ分けだ。ただ、それでも勝ち取れる可能性は絶対ではない。ここまで墨字さんは計算していたのかどうかは知らないが、確かにこれが出来るのなら、分の悪い賭けでない事は途中から理解出来た。

 

 どうやらけいちゃんの達のオーディションは終わったようで、周囲の「マネージャー」風の人達が所属タレントに何か喋りかけている。「阿笠みみ」や「日尾和葉」といったすでに名の売れた女優もこのオーディションに挑んでいたようだ。さすがにレベル高い。

 

 ただ、どうやら何かあった様子で、ムカついていたり、悲しんでいたり、すでに合否が決まったかのような振舞いだった。

 

 そんなところに背を伸ばし緊張を解けたように呼吸して「ああ、楽しかった」と笑顔全開のけいちゃんがやってきた。私は何があったか何となく理解し一応「けいちゃん、お疲れ」と声をかけた。ただ、先ほどの二人とはずいぶん違い幸せそうな顔してる。

 

「うん、久しぶりにお芝居したから気持ちよかった」とこのオーディションの為に仕上げてきた事を存分にやってのけたのだろう旨を言ってきた。

 

 そこに、オーディションで一緒だったのだろう元アイドルの「新名夏」がけいちゃんに声をかけた。傍から聞いていると何の会話なのか良く分からないが、一つだけ確実なのは絶対にけいちゃんがオーディションの最中にあの「奇策」を披露し、それで何か流れが変わっただろう事だ。ただけいちゃんはその「奇策」を披露したこと自体を特別だとはどうも思っていない様子だった。

 

 

「ねぇ墨字君いないの?」本当に唐突に喋りかけられ、振り向くと「環連」がいた。今回の「キネマのうた」の主演女優でビッグスターだ。本当に急にだったから頭の中はエクスクラメーションマークとハテナマークで埋め尽くされた。文章にするなら「!!!環連!!! ???環連??? ん? 墨字君……?」といった具合だ。

 

 ただ、けいちゃんはオーディションの最中に会っていたようであまり驚かないで「黒山さん? 今日は来ていないわ」と言った。その返答に「そっかぁ残念、じゃあ現場でね」と軽く返し立ち去ろうするが、さりげなくけいちゃんに合格を知らせた。

 

 

 その後ろ姿を見たけいちゃんが「たんぽぽさん?」と呟いた。その瞬間、環さんの足が止まった。それに私は驚愕の声というより、カエルでも踏んだような鼻濁音を声にしていた。

 

 

 環さんは少し恥ずかしそうに思い出を語りだした「ああ、あの映画、墨字くん観せたんだ、すごいな ……名前どころか顔も映してない、それも十五年も前の私なのに……よく気づいたね。あれが私だって知ってるのは当時のスタッフだけだよ……そっかぁ…… バレたかぁ、恥ずかしいなあ」とそこまでは気づかれた事に対する思いだったんだろうけれどここから違った「たださぁ、それなら気づいてるよね? 当時の私には今のあなたの足元にも及ばない、でもね、あの二年後には名実ともに今のキミを追い抜いている。私、遅れ咲きなんだ」この空気は明らかに可笑しい、あの「環連」がけいちゃんを煽ってる?

 

「若さが妬ましいと思ったのは初めてだよ、どうしてか分かる? 景ちゃん」とても馴れ馴れしく、ずいっと顔を近づけて彼女はそう言った。逃げるようにけいちゃんが「分からないわ」と答え、距離をとる。

 

「だよね、所詮映画は一期一会、子供の役は子供にしか、少女の役は少女にしか演じるられない」そう言って煽った口調が続くので、流石に私が「あ、あの環さん、墨字さんとはどういう」そう言って何とか話を聞き出そうとするが、先に割り込んで環さんが喋り出す。

 

「私が後、十歳若かったら、墨字君の隣にいたのは私だったんだよ、君じゃなくてね、景ちゃん、妬いちゃうなぁ、私だけ妬いていてムカつくなぁ、どうしよっかなぁ……そうだ仕返しに墨字君には憂えて貰おう」そう言ってこんな事を言った。

 

「墨字君に『本当は環に撮りたかったけど仕方ない、夜凪で我慢しとくか』……ってね」もはや彼女の口からは侮辱の領域にまでなった言葉が鋭くけいちゃんに向くが「無理だと思う」そうけいちゃんは即座に返した。

 

「あはは、そう?」環さんはいたずらに笑って今度こそ立ち去った。

 

 

 ただ、墨字さんが何故このオーディションに拘ったのかは明確に分ってしまった。国営放送の「MHK」の「大河ドラマ」だからけいちゃんを出したかった訳じゃない。「環連」が主演女優だからだ。

 




この話は原作では「12人」の人間を演じ分けられ、そこから派生して30人以上に演じ分けられるという、まあ戦闘力の数値化のような部分なので、個人的には「漫画的ハッタリ」だと思っています。結局何人に演じ分けられても「オリジナル」に勝つのは難しいでしょうからね。

ただ、複数の人間を演じ分けられる「亡くなった女優」を演じるというテーマなら話は別でしょう。これは多分原作からそう意味だっんじゃないかなとも思ってしまいます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。