彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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終わりの始まり

 けいちゃんはスタジオ「大黒天」のキッチンで、トントントンと恐怖をかき立てるように包丁で具材を刻む音が響く。その音の異様さは誰に対しての当てつけなのかが、明白でも充分怖い。私がけいちゃんに料理を手伝うと言っても即座に「いい」と食い気味に応えられる。

 

 その様子にルイくんもレイちゃんも不安そうだ。子供たち曰く、けいちゃんは最近ずっとイライラしていて、何だか恐い印象を与えていた。

 

 流石にその様子に「何かあったのか?」そう墨字さんは私に訊ねた。怒っている理由はきっとオーディション時の事だと分り切っているから思い切って「環さんっていったい、墨字さんとは」そう言ったところで「ゴン!」と明らかに話を横切るように、テーブルの上にお鍋が置かれた。

 

「お鍋できました」明らかに高圧的にけいちゃんはそう言った。「あ……ありがとう」とビクビクしながらお鍋を受け取ることしかできなかった。

 

 そんな態度を何故取るのか分からない様子で「なんでそんな不機嫌なんだよ、オーディション通ったんだろう? それも主演の少女時代の役だ、こんな良い話もねぇ、よくやったよ」そう言って墨字さんが割とべた褒めしてもけいちゃんは喜んだ顔をしない。むしろムスっとした口調で「……そうね『あの人』の少女時代の役ね」と返事した。

 

「あの人? ああ、環な」墨字さんは惚けながら言う、いやもしかしたら真剣なのかもしれない。「……うん」とけいちゃんは明らかに機嫌悪そうにしながらそう言っているが、墨字さんはそれで話を終わらせてすぐにお鍋をつまんでいる。時々「うめぇ」と言いながらモグモグと食べている。このヒゲ、空気読めよ……

 

 明らかにけいちゃんは苛立っている。よくもまあ、こんなに鈍感に対応できるものだ。気になってはいるのにこっちから聞くような事はしたくないということなのだろうけど、ああ本当にめんどくさい。

 

「しかし偉くなったよな、環も」そう墨字さんはボソッと言った。 けいちゃんは急に反応を変え「へ……へぇ、そうなの? まあ、べ、別に興味ないけど?」とものすご~く分かりやすい反応をした。どうやら「興味はないけど話したいなら聞いてやる」というスタンスに移ったようだ。この子、役者かホントに……

 

 ただその反応に特に大きな反応もせず「ああ、そりゃそうだろう、大作映画の主演を張るような連中が何十人も出演する規格外のドラマ、それが『大河』だよ、その主演を張れるようになってしまったんだからな環は、この前までガキだったのによ……」ああ、完全に感傷に浸りながら喋っている。

 

 その様子に「……ふーん」と相槌をうった後、ぼそっとけいちゃんは「じゃあ、私じゃなくて環さんを主演に映画を撮ればいいのに」と言ってしまった。どうやら、墨字さんには完全には聞かれていないらしく、すこし首をかしげて「何か言ったか?」とけいちゃんに呼びかけるが「……別に」そう言って分かりやすく子供っぽく拗ねている。

 

 あぁ、今はそういう状態なのか……まあ、あんな風に煽られたら当然なのかもしれない。あくまで客観視するなら、どれだけ演技が上手くても、この子はまだ高校生の女の子なんだ。精神的に弱いところがあって当然だ。

 それ故に明らかに実績と知名度がある人から、あんな事言われたら自分は本当に彼女の「代替品」なんじゃないかっていう不安に駆られるのも充分わかる。でも、それは明らかに間違いだ。けいちゃんにはけいちゃんの独自の色があって、私が知っている環連という女優にも独自の色がある。それは明白に違っている。年齢の問題を抜きにしてもだ。

 

 

 私がそんな事を考えていると自分の中で答えを無理ひねり出したように「要するにその環さんの人気に乗っかって有名にして貰えばいいんでしょ、分かってるわよ」ああ、何て卑屈な発想になってしまったんだか、けいちゃん……

 

 ただそれに墨字さんは「乗っかる……? なんかお前、勘違いしてないか? 環に乗っかるんじゃねえ、環から奪うんだよ。確かに奴の少女時代を演じるお前の出番は前半の数話だけだ、だが裏を返せば環より先に視聴者に認めさせられるのもお前だ。それを利用してお前のすべき事は何だ、考えてみろ」どうやらようやく墨字さんはけいちゃんの変な様子に気づき、今回の出演の意味を考えるように促した。

 

 けいちゃんはここで冷静さを取り戻したように、態度を変え、今回の目的は何かについて考えたようだ。そして少し間をおいて、なかなか強烈な事を言った。

 

 

「大河の『主演は私』だと、初めの数話で視聴者に刷り込ませること」無茶苦茶な内容だが、間髪入れずに「そうだ、それがお前の仕事だろうが」と墨字さんがあっさり肯定する。続けて「そうすりゃ、その後の本編を担う環の視聴者は『お前の影』を見続ける」と言うとけいちゃんは頷きながら「そっか……環さんの活躍は全て私の活躍になる」この時の声がだいぶ元気になっているのを感じる。

 

 

「そうだ、環の五分の一の撮影期間で『大河の全て』を奪う作戦だ」この二人の会話がまるで海賊みたいな野蛮さを感じるが、どこか現実味があるようでやってやれないこともない雰囲気なのが微妙に怖い。いやまあ、私もその乗組員として行動する予定ですが……

 

 

 だいぶこの場の雰囲気は良くなって、ちょっとふふっと笑いながら「それってとっても楽しそうね」とけいちゃんが言うと「そうだろうが! なにイライラしてんだバカ」墨字さんが揶揄いながら不機嫌な事を指摘すると「イライラなんかして全然してないわよ、イチャモンやめてくれる?」そう完全に開き直っていたのと同時に完全に機嫌が直っていた。

 

 

 夕食が終わった後で、墨字さんがスタジオの下の銭湯に行っている間、私はけいちゃんを屋上に呼んで、一応機嫌が悪かった原因だろう事を直接聞いた。

 

「気になるならちゃんと聞けばいいのに、 環さんのこと」この事は私自身ある程度は気になっている。もしけいちゃんが聞きにくいのなら私が代わりに聞いてこようかと思いながらこの問いを投げかけた。

 

 けいちゃんは首を横に振りながら「ううん。別にそういうんじゃないの、分かってるの、あの人は私を怒らせるために、煽るために、ワザとあんなこと言ったんだって、あの言葉が安い挑発でも、黒山さんと昔にどんな仲でも、私は役者、関係ない、売られた喧嘩は買うだけ」そう言い切った。

 

 いやいや、喧嘩買っちゃってるけど、めっちゃ意識してるじゃん……やっぱりちゃんと撮影になる前に呼び出しておいて正解だった。なぜなら墨字さんはまた居なくなるからだ。

 

 今日本当に突然そう私に伝えられた。いやまあこの人の行動が突然じゃなかったことの方が少ないんだけど。私はまったく聞いていないと反論したが、笑ながら「そりゃあ、言っていないからな」と平気で言い「仕方ねぇだろ、そろそろ俺も動き出さねぇとな」きっと映画に纏わるスポンサー関係や企画について根回しをしに行くのだろう。

 

 私は最近の自分の扱いに辟易していたから意地悪な口調で「そういうのって『普通』は私も同行させますよね? 私はなんですか? 映像制作ですか? 助手ですか? それとも『マネジャー』ですか?」後半はかなり語気が強くなっていた。

 

 そんな私を見て真剣に「悪い、今は『夜凪』を頼む、お前の出番はもう少し後だ」そう珍しく真面目に真摯に墨字さんは答えてくれた。

 

 この言葉を受け取ったから私はもう少しだけ、けいちゃんに尽くす。きっとけいちゃんはいずれ日本映画会全体の財産になる、つまりは巡り巡っていつの日か、私の財産にもなるという事だ。

 

 

 まだ『大河』の顔合わせまでは時間は一週間はある、けいちゃんは今にも環さんの元に行って、敵情視察をしたいという話が上がったが、私はそれを止めた。

 

「悪いけど、冷静になって……売られた喧嘩は買うのはけいちゃんの自由だけど、女優『夜凪景』貴女が演じるのは『環連』じゃなくて『薬師寺真波』なんだよ」出来るだけ諭すように言ったせいか、けいちゃんは衝動的に怒る事も反論することも出来ず、目の前にある「役」に向き合っていない自分に強引に向き合わせた。

 

 

 もしもこの時に、この敵情視察という話を私が真面目に請け負って、環連の元へ行っていたら話は違っていたのだろうか? いや、そもそも明日の夜には事件が起こること変えられなかっただろう。だから、今日六月十七日水曜日はスタジオ「大黒天」にとっての最後の晩餐だった。

 

 

 その翌々日の朝、小説家「夜凪龍也」が死んでいる所が見つかった。場所は中野区の路上で、頭部にある大きな弾痕と近くにある薬莢から拳銃によって、とても至近距離から撃たれた事が推測された。

 

 また警察の周囲の聞き込みによると夜中の二十時ごろに銃声かと思われる破裂音を複数人確認され、後に死体解剖から死後硬直・胃の内容物の消化具合等々によって、おおよそ銃声が聞こえた時刻だろうという結果が出た。

 

 ただ、弾痕は右側頭部から入り、反対側に綺麗に貫通している。よっぽどの親しい人が不意を付くか、自らの自殺でもしないとこのような裂傷にはならない。それに、銃声は聞いていても叫び声のようなものは誰も聞いていない。

 

 更に、現場には拳銃こそないが、それ以外の物、財布やスマートフォン、免許書等の身分確認出来るものが揃っており、また彼の使いこまれたカバンもあった。中身は小説家である自身の著作物に関する契約書類だった。それは自身が死ぬことを想定していたかのようにほぼ完璧に作られていて、自身が死んだら、遺族にわたる権利関係をご丁寧に、何重にも用意して、自身の娘の元に迅速で渡るように仕上げている。

 

 小説家が亡くなれば、その権利は遺族に譲渡される。それには勿論、小説に関する著作権、自身の作品の映像化権が含まれる。

 

 

 

 なんで、こんな事を私が知っている・語っているかというと、警察に状況を知らされ、隣にいる小説家の娘、つまりけいちゃんの「アリバイ」を聞かれているからだ。

 

 




ようやく、終幕へと進めます。
一話からあった「殺人」要素はようやく始まった……

見切り発車過ぎる……
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