少し時系列を整理して考えよう。事件が起こったであろう昨日の事、六月中旬の木曜日は特別にけいちゃんに何か予定があった訳ではない。
その前日に「環連」の元に行って墨字さんの事を聞きに行くかどうか、という話自体は上がっていたが、私がそれを止めたからそんな予定はないし「大河」に出演する関係上、学校の単位が危うくならないために今のうちは学校にちゃんと通っている。もちろん平日であるから学生であるけいちゃんは、出席簿の上でも周囲の人物からにもその日に杉並北高校にいたというのは明らかだ。ただ、部活動「映像研究部」には顔を出してはいない。
これは「映像研究部」自体が、そこまで厳格に毎日活動している部活でもないのと、けいちゃんがやはり役者として活動している都合故だ。
ただ、それでもその日の授業の終わり、ホームルームをこなして帰るまで時間、おおよそ午後四時までの時刻には確かな「アリバイ」がある。
ここから先の時刻は普通に自宅に帰宅し、台本の確認作業やスマートフォンを用いて今後「薬師寺真波」を演じるに当たっての予習や復習作業、それに幼い弟妹の面倒、家事や食事、入浴といったごく一般的な事を行った。そうこうして午後の九時までに弟妹達を寝かしつけた後に、台本を読んで、少し調べものをして寝付いたということらしい。
証言能力として幼い弟妹は難しいし、そもそも「アリバイ」として家族間の証言は絶対とは言えないにしても、スマートフォンの検索履歴の完璧な偽装はそれなりに専門知識がいる。確かに、証言に一致するように「薬師寺真波」に関連する検索が散見され、午後六時頃に複数件、午後九時頃にも複数件ある。
これは当然、携帯端末上の操作ではあるが、弟妹達に指示させて行ったり、複数犯で行ったとはあまり考えにくい。そもそも、事件発覚時に即座にけいちゃんの自宅に警察が事情聴取に向かった時刻が事件発覚の数時間後の午前七時半頃で、けいちゃん達は普通に出掛けようとそう「学校」に行く準備をしていた。これで、殺人事件の犯人ならとてつもない神経であり、推理小説に出てくるような人物になる。
ちなみに、杉並北高校から現場まで行き、そこから自宅まで返ってくる間に現代の街並みに無数設置されてある監視カメラに「一切」映らずに移動する方法は警察にも思いつかないらしい。故に、この事件における犯人はけいちゃんではない。
ただ、今まで禄に連絡を取り合っていない間柄でも、血の繋がった「父親」の死はけいちゃんに多大なショックを与え、即座に「保護者」であるとされる関係者に連絡がされ、私が呼ばれた訳だ。
ちなみに私自身は昨日は事務所に居て、仕事をこなしていた。方々の芸能関係者に仕事依頼のお断りのメールを送っていた。けいちゃんの関連で大量に送らなければならず、出来るだけ業種ごとに定型文的にならないように断わるのは一苦労だ。これに合わせてけいちゃんのスケージュール調整やマネージメント作業、広告等での契約内容の変更・更新手続きで、かなり大変だった。まあ「大河」の出演に合わせて、契約の変更・更新手続きが発生するのは嬉しい悲鳴ではあるのだが……
それで結局、昨日は一日事務作業に徹していた。事務所からは一階にある銭湯を借りた時にしか出ていない。ただこの時刻は午後七時四十五分頃から八時十五分頃だった筈だ。あまりはお金儲けを考えて居ない立地のせいか、そこまで混雑していないし、番頭さんとは顔なじみで、その日もいつも通りに通っていたという証拠は提出できる。
それに、複数の連絡をインターネット上とはいえ行っているという事は、パソコンのIPアドレスなんかから十分に時刻の割り出し可能だろう。それに監視カメラから、スタジオ「大黒天」の車か私自身が、現場付近に行っていない以上、私はこの事件には関係はないというのは説明するまでもない。
ここまでは警察も充分想定内だったようだ。ただ、けいちゃんの家で、幼い弟妹を別室で待機させ、落ち着かせてからの話し合い、此処からが本題だった。今回の事件は明らかに「夜凪龍也」の関係者の犯行であり、拳銃を撃ったのが本人か他人かはともかく、行いたかった理由はどう考えても「著作権」であった。
でなければ、何故あんなに良く出来た「著作物に関する書類」それも相続人に渡るような書類を持っていたのかが、分らない。小説家という職業で生計を立てれるレベルの人物が何故、自らが死んだ時に作用するような物を持っているのか、更にそれが偽造されたと仮定しては何故、実の子供に権利が行くようになっているのかが不明だった。それでは、正規の手順とさして変わらない。それも、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの若手女優の手の元に行くのはどう考えても不自然だ。
それ故にこの内容が、今回の「著作権」そのものが事件の中心と考えるのが、普通だろう。ただ、警察との話し合いによって、けいちゃんの父親が事実上育児放棄してあった現状、家を出て蒸発していたこと、お金のみは振り込まれているが、一切手を付けていないこと、そもそも連絡先そのものを知らないことが明らかになった。
警察の前で、けいちゃんはかなり緊張と動揺はしているが、父親が死んだという事実を考えればそこまで精神的に困惑しているようでない。むしろ弟妹達が別室で大人しく出来ているか、父親の死というものを受け止められるかというのを気遣ってさえいる。
ただ、この事件に関して、私にはなんとなくに犯人というか、誰が拳銃を現場から持ち出したかは誰か想像がついてしまった。そもそも再映画化プロジェクトの段階では「松野龍也」という名称、ペンネームを用いて行われていたから気づかなかったが、本名が「夜凪龍也」というのなら話は全くの別だ。
この再映画化プロジェクトを完全に仕切っている「黒山墨字」がこの事件になんら関係がないわけがない。実際に一昨日の夜以降、一切連絡が付いていない。もちろんいつも通り、自分勝手な行動のせいや仕事の可能性も捨てきれないが、再映画化プロジェクトの作品「マクガフィン」の設定の一丁の拳銃を手に入れたらしいところから話が急変するという事を考えると、この事実が何か仕掛けているとしか思えない。
ただ、聞かれていない事は警察に答える必要はないと勝手に自分に言い聞かせて、なんとかこの場を乗り切ろう。そうだ、まだ、推論の域をでていないし、決めつける理由や物的証拠はない。とにかく今はこの場を乗り切る事を優先させて、今考えても無駄な事は後から考えよう。
けいちゃん宛てになる権利関係の書類は、証拠品でもあるため、即座に権利の移動は難しいらしいが、コピーされた内容を見るに、これが正式に受理されるなら映画化権も十分含まれる文面だ。
これは「黒山墨字」が最も欲しかったである「マクガフィン」再映画化権に繋がる。ある意味ではけいちゃんに渡るのなら時間の問題だったのかもしれないが、ただ重大な問題が発生した。けいちゃんはこの権利そのものを欲しがらなかった。その理由はシンプルだ。
「自分たちを見放したあの人の残した物なんか欲しくない。あの人の施しなんか要らない。そんな物なくても私が稼いでいける」そう力強く涙を流しながら苦しそうに言ってのけた。
そうこうして、とりあえずは警察は夕方頃には一旦帰っていった。様々な情報が出揃った為、また明日こちらへ伺うという流れになった。流石に酷く疲れた様子のけいちゃんを横目に、スマートフォンでネットのニュースを見ると「路上で男性、拳銃にて死亡。拳銃は行方不明」というニュース記事が複数見られるが、まだ本名での報道はされていないが、時間の問題だろう。そしてそれが、小説家「松野龍也」であり、今話題の「夜凪景」の父親であることは数日以内には報道されていると考えるべきだ。
私は本当に大変な事になったと思い、今夜はこの家でけいちゃん達が大丈夫かの様子も見たいし、今後の相談もしなければならないと様々な考えを巡らせ、とりあえずポケットマネーでさび抜きのお寿司でも取るかと思い、電話を掛けようとした時、先に電話が鳴った。相手は墨字さんだった。
私はドキドキしながら、電話を取ると「柊、夜凪を連れて『大黒天』に今すぐに来い……ちび達はそのまま留守番させて置け」と一方的に言いきり、即座に電話が切れた。
いつもはどこか、俯瞰した視点を持って、本気では怒ったり、悲しんだり、嘆いたりしない墨字さんが、剥き出しの感情を抑えきれないのが、電話越しでも伝わってきた。
ただ、何故そんな事を言うのか、どうして今の時点で、夜凪家にいるのを知っているのか考えたくなかった。
現代で監視カメラ抜きで、「人物」のアリバイ証明なんかは難しいですね。