とりあえず仕事の依頼として、名前のある役とかじゃなくていいから、 適当にエキストラでも取ってこいと言われた。まあそれならそんなに難しくはない。実際エキストラとして、出演して儲けを出そうとするならば、難しいかもしれないけれど、ほとんど交通費しか振り込まれないような仕事なら、この業界にいれば腐るほど求人がある。目的があくまで経験を積むことなら、そんな求人はすぐに見つけられる。とりあえず私は、エキストラの求人の締め切りが目の前だった、ネットプライム配信用の時代劇ドラマに応募することにした。
けいちゃんの第一声は「すごい」だった。都心から約一時間車で走らせた先に、広大な敷地にまるで、江戸時代の景観の建物がずらりと立ち並んでいるんだ。時代考証にもきちんと対応した、木造建築はタイムスリップしたような感覚になるのも至極当然だと思う。
ただ、その後の発言から、また墨字さんがなんの説明もせず、連れてきたのが分って、本当に身勝手な人だと再確認した。ただ、まあエキストラなら、そこまで怒るような事でもないかとも思った私もいた。
舞台が時代劇ということも合って、現場で用意されていた着物にけいちゃんが着替えることになった。これが本当に可愛い! 初めて着たという着物姿は本当に良く似合っていて、とにかくこの「被写体」は撮らなければ損だと、急いでスマホでありとあらゆるアングルで、撮影した。ちなみに何か墨字さんが、ロリコンかどうかの話になっていたが、あの人はナチュラルにセクハラをするけど、子役には興味を示した事はないから、多分違うと思う。
そうこうして、今日の仕事内容の話が始まった。今回はあくまで、私達がけいちゃんのマネージャーとしてついてきてるという事を教えていると、墨字さんが本当に余計な事をけいちゃんに吹き込み始めた。監督は偉そうにすることが仕事の「他者依存」だとか、演出は大体、監督の座を狙ってる「ユダ」だとか、撮影は勝手に妄想を絵にしやがる「犯罪者」だとか、録音は役者の盗聴する「イカれた奴ら」だとかといって、完全にふざけてる。
ここで、素直にけいちゃんが、この人のいう事を真面目にメモっているから、本当に困ってしまう。しかも信じかけてるのが怖い。まあ、監督という職業に関しては訂正は入れたけど、割と私も偉そうな「他者依存」とそう思ってるけど……
まあ、おふざけも度が過ぎるといけないから、とにかく今日演ってもらう事を説明する。
「『エキストラ』 群衆通行人、主人公達の後ろで隠れている、その他大勢の人達、決まった台詞もないのが普通。でも、その背景で自然なリアリティを作るために、必ず必要な人達」
けいちゃんは私の言った「必ず必要な……その他大勢」という言葉を噛み締めているようだった。
墨字さんは焚きつけるかのように、エキストラは、やれ売れてない役者の仕事だ、有象無象の一人だ、そんなのは不服か? と何故か煽っている。まあ、端役というか、出演者の中では最も格下なのは事実なんだけど……
ただ、墨字さんが何故そんな事を言っているのか、本当に分らないような不思議そうな目で「たとえ、その他大勢でも、台詞がなくても『向こう側』の住人でしょう、役者であることに変わりないのに『不服』なんてことないわよ、ありがとう」と役を取ってきてくれた事に、ごく当たり前のように、感謝の気持ちを伝えた。
墨字さんはふっと笑って、コイツ、からかいがいないぁとかほざくので、鉄拳制裁を加えて置いた。
少し時間がたって、スタッフの人がエキストラの人達に説明を始めた。「今回の場面設定は、江戸時代の町の大通りの往来です。一人の少女が、毛鞠を追いかけ、つい、大名行列を横切ります。それを咎められた少女は、その場で切り捨てられます」
そこにそのカットのメインである二人が「もちろん切ったふりです。安心してください」「よろしくお願いします」と挨拶をする。軽い冗談で、場が少し温まるようだった。
「皆さんは残酷な光景を前に何もできない町人です。とりあえずなんかそれっぽくお願いします」少しやる気のない指示が来たが、まあこのくらいの方がエキストラ初挑戦には良いのかもしれない。
そんな事を考えていると、撮影テストのセッティング中に、芸能関係らしい男達が墨字さんの方を見て、見覚えがあるだの、どこかで見た顔だの、柄が悪いだの言っていて、腹が立った。この業界の人なら墨字さんの顔ぐらい覚えておいてほしいものだ。そうしたら急に「柊、よく見てろ、面白いもん拝めるから」と墨字さんが言った。けいちゃんとはいえ、ただのエキストラの演技シーンなんかで、面白いもん拝めるってどういう事だろう。
そうして、テストカットが始まった。別に見どころはない。江戸時代の庶民が大通りを往来していて、途中で蹴鞠が転がって、少女が追いかけて、運悪く大名行列を横切って、悪役が少女を切り……
切りかかろうとした瞬間、悪役がエキストラの見事な「ドロップキック」を食らった。
場面は完全に凍り付いて、監督も、カメラマンも、スタッフも、他のエキストラも、時が止まったようだった。ただ唯一墨字さんの笑い声が、大きく響いている。 拝める面白いもんってコレの事を言っているの?
それでもエキストラの演技は終わらない「大丈夫?」という少女のへの優しい口調での語りかけがソレを表していた。少女は「はい……でも私、殺される役」と言ったあと、直ぐに泣き崩れてしまった。
ここでようやく、エキストラは「夜凪景」に戻って来たようで、「ごめんなさい、間違えました」と謝った。けいちゃんは完全にあの瞬間、あの空間、あの大通りに没入していた。
カメラマンは「間違えたところじゃないよ?」と困惑した口調で、言ったと思うと、周囲の制作スタッフは直ぐに慌てたように監督に「ス、スミマセン! あいつすぐ外してきます!」とけいちゃんを外そうとしている。
コレ、斡旋したウチに、迷惑料の請求とか来るんじゃないかと私が、あたふたと慌てていると、なにかに感心したかのような口ぶりで「 とりあえず、そのままでいいよ」と監督が口にした。すると直後「すいません、私、女の子を見殺しになんてできないわ、何か他の方法ないんですか?」と食い入るウチのエキストラの姿があった。
周囲のスタッフが当然「エキストラが、何を」と言いかけているそばから、その言葉をさえぎるように監督自らが立ち上がって、こう言い放った。
「ないよ、役者にとって台本は絶対だから『少女を見殺しにする人間になる』それが君の仕事だよ」と淡々とだけれど、強い信念を持って言ってのけた。
そんな光景を目の当たりにしていた墨字さんは「『他人を演じろ』良い勉強の場だろ?」とまるで、こうなることが分っていたかのような口ぶりで、言っている。いや、他所の現場であなた……メチャクチャじゃん。と思ったけれど、あの迫力の演技はやっぱり凄かった。でも、この仕事取ってきたの私だから、絶対に後で方々に謝りの連絡をしないといけないと思うと、こっちも「ドロップキック」を食らった気分になった。