彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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マクガフィンは拳銃

「松野龍也」が突然、この再映画化計画を大きく変更したい、いや正確に言うと「凍結」したいと言ってきたのは「羅刹女」が千秋楽を迎え、打ち上げをした辺りだった。その理由はこの野郎が思い描く作品、それの主演に自分の娘が使われるのは自分の思い描いていた、今作の「ラスト」と明らかに違うと言ってきた。

 

 それまでに自身の娘が女優になり「デス・アイランド」や「銀河鉄道の夜」に出演していた事自体を知らなかっただろうことはまあいい、だがこの野郎のその理屈は最低そのものだ。

 

 人物としての年齢やルックスや演技力ではなく、自分が捨てた「存在」に、この物語のキャラクターが命を賭けるのは納得がいかないとして、コイツは完全に私情でこの話を失くそうとしてきやがった。どうしてそこまでするのか分らない程に……

 

 俺は必死で説得を試みた。娘としてでなく「女優」としての実力そのものを評価してほしいと、今の日本で「夜凪」以外にこの役は出来はしないと、あの「ラスト」を演じられるのは「夜凪」だけだと嫌になるほど原作者に語る羽目になった。ただ、コイツはとても嫌らしくこの話の盲点を指摘してみせた。

 

 

「そもそも『夜凪景』はこの映画に出たいと本当に思っているのか?」

 

 

 その答えに俺は本当は薄々気づいていたのかもしれない。だから、俺が人生を賭けて撮りたいということを「夜凪」に伝えていたが、どんな内容の作品を撮りたいということは一切言わなかったし、それの脚本が誰が書いた、どんな物なのかも言っていない。

 

 俺は勝手に「夜凪」に期待して、俺が言えば全力で演じると考えていた、思い込んでいた。だが「夜凪」自身からすれば、自分達を捨てた存在が書いた内容を演じる事になる。

 

 あの「夜凪」の感性は普通ではないが、もし普通の感性を持っているなら、それだけは「女優」という存在である前に拒絶したい事なのかもしれない。

 

 性的に濡れ場を演じる事より、人形として心にもない演技をするより、ゴミみたいな商業映画に出演するより、父親の脚本通りに演じる方が「夜凪」にとっては「人間」としての尊厳を踏みにじられる事なのかもしれない。

 

 ただ、それでも人格と作品は別だ。人間として最低でも面白い話を作れる奴が、絶対的に偉い世界に生きているのが、俺たちだと心から信じて疑わなかった。

 

 

 そんなお互い自分勝手な阿保らしい話し合いが、幾度か行われていたある時、コイツからサシ、一対一での話し合いがしたいと連絡が来た。それは「夜凪」が大河のオーディションに受かったと連絡が来た直ぐ後だった。

 

 お互いに予定が空いていたのは六月半ばの木曜日、コイツの都合で中野で、軽食をしながら話し合いになった。俺はどうにか「夜凪」での主演を望んでいたし、絶対に諦める気はなかった。本来、問題だった再映画化というプロジェクトも話題性的にもスポンサー的にも俺自身の名前・実力的にも、そして「夜凪」ネームバリュー的にも確実に具体性を帯びてきていた。もちろん「松野龍也」と「夜凪景」が親子であるというのは天知的には十分ネタになる話題だが、公表しないという方向で進めている。そのくらいの配慮は勿論する。

 

 だが、話し合いは平行線というより、すでに暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐にかすがいといったところで、コイツはまともに聞く気すらなかったようだ。もはやと話し合いという名目で、夕方からタダ酒を飲む為にいるようだった。

 

 俺の話は全て冗談か、なにかとして酒のつまみに変えている様子だった。そうしてある程度、俺が話し終わったら、唐突に使いこまれたカバンから何かを取り出して来た。正直、こんな物を用意しているなら、もうこのサシの話し合いというものすら真面目にする気はなく、ただコレを俺に渡しに来ただけというのが目的だったといっていい。

 

 この野郎「松野龍也」はこの企画から降りると言いだした。そして最悪な事に本名である「夜凪龍也」として、作品の権利そのものを娘に前面的に与え、それでどうするか後は好きに決めろとそう言い放った。

 

 

 そもそも、俺の様な人間から言わせてもこの野郎はどこまで真面目に生きているのか分らないような人間だから、何とも評していいか分からないが、敢えて言うならFワードが歩いているような奴だ。

 

 そんな奴だから、ありとあらゆる自分の持っている著作物に関する権利を「手放す書類」を用意してこられているとは思わなかった。

 

 その場で即座に渡せるように、複数種類の著作物に関する膨大な権利書類をコイツは持ってきていた。それには全て実子である「夜凪景」に権利が行くようになっており、娘に判断は全て一任する事になっていた。

 

 

 この書類は「黒山墨字」が「夜凪龍也」とずっと裏で繋がっていたという事実を見せ付けるような物だ。これが「夜凪」に渡れば、十分に俺に対する信頼関係はなくなるかもしれない。

 

 そりゃあそうだろう。ハッキリ言って、この状態で渡されたら「夜凪」は親から捨てられ、それでいて、小説家である父親から「作品」すら捨ててでも、関わりたくない人物・関係であるという事になる。

 

 そんな事実を受け止めた上で「夜凪」は果たして、俺の言う通りに、この作品を演じるだろうか? 俺には正直、分からない……この野郎がまるで何を考えているのかが……

 

 

 とりあえずこの話は保留にしてくれと頼み、その場を後にした。それからまるでいい考えもなく、とりあえずこの近くにある銭湯にでも入るか……とぶらついている途中、突然、かなり後ろから呼び止められた。「松野龍也」の声だった、数十分は考えが纏まらず、ぶらぶらしていた俺を今まで追ってきていたのだろうか? 

 

 右手を振ってこちらの注目を向けようとしており、反対の手には使いこまれたカバンを持っている。ただそちらを向いて数歩歩き、適当な事を言おうとした瞬間、その振っている手をカバンに入れ、拳銃を引き出した。形状的に古めかしいリボルバーのようだ。そして拳銃をこちらに向け、無感情に「俺を撮れ」そう言った。

 

 暗がりでも流石にこれでも映画監督だ、スマートフォンだろうが、十分に映像として、ちゃんとしたものくらい撮れる。そうして適当にスマホを構えながら、大昔、ドキュメンタリーを撮っていた頃に何度か「本物の拳銃」を向けられた経験もあったなぁと思いながらコイツを撮影し始めた。

 

 割と良く出来ていたが、四インチのコルトパイソンモデルのエアガンだ。おそらく、こんな路上の暗がりでなら殆どの人は、本物と見間違えるだろう。ただ、まあこれでも一応、紛争地域で人の生き死にを間近に撮影して来た身だ。有名な拳銃が本物かどうかぐらいはだいたい分る。それにスマートフォンの明かりがあれば、だいたいも確信に変わる。

 

 ただ、モデルガンでも十分に路上で脅す様に扱えば銃刀法違反になる。アイツは何で、路上でそんなもん振り回しているのか本当に謎だった。俺を驚かすにしては手が込み過ぎている。あの書類の方がよっぽど驚いたし、俺には効果的だ。それでも、茶番には付き合ってやった。どこか、この行動が、先ほどの書類の提示を効果的に見せるための「演技」のように感じたからだ。

 

 

 そうして俺が撮り始めるとシリンダー部品を左に振り、回転させ、また元に戻した。そうして自分自身のこめかみに拳銃を向けた……いやいや、銃弾が一つだけ入れるという作業が目の前で行わないとロシアンルーレットにもならない。それに撮影させるのなら、銃弾が入っているかどうかの確認もさせないと見ている方には意味が伝わらない。

 

 

「賭けをしよう、外れたら今日見た書類の通り、俺は降りる……当たったら、お前が好きに映画を撮っていい」コイツは芝居がかった風にそんな事を言った。

 

 

 なんとまあ、阿保らしい賭けの提案だ。そんな脳みそ空っぽな事を言う程の馬鹿だとは知らなかった。どうも本当に人間として終わっているらしい。

 

「どうせ、一発も銃弾なんか入っていないんだろう」と俺は呆れた風に返した。

 

 

「いやいや、安心しろ、六発全てシリンダーにちゃんと入ってる」とこれまた馬鹿げた事を言っている。たしかに、それなら安心だな、絶対に当たるロシアンルーレットだ。まあ、エアガンなら一か所にそれくらい球を詰められるがな……

 

「どうだ、賭けないか? とんでもなく分の良い賭けだ」とこの馬鹿は撮影しているのに、この茶番を本気にするつもりらしい。俺はコイツにあてられたのかなんだか馬鹿らしくなり、ついこんな事を言った。

 

「六回連続で打つならいいぜ」

 

 

 それにこの野郎は少しだけ笑い「ああ、交渉成立だな、ただ途中で当たったらその後は打てないがな」と実に下だらない事を言った。

 

「分ったから、こんな茶番はサッサと済ませろ」そう言って、急かしてやった。

 

 なのにコイツは突然、ゆっくりとしゃがみ込み、左手に持っていた使いこまれたカバンを地面に置いたと同時に、右手に持っていた拳銃を後方に投げた。そうしてカバンの中から右手で何かを取り出した。

 

「本物の拳銃」だ……先ほどまで持っていた四インチのコルトパイソンの本物だ。それをこめかみに向けながらこう言った。

 

 

「ああ、別に『ラスト』は変えてもいいぞ」そう言って、引き金を引いた。

 

 回数は当然、一回だった。

 




人格と作品は別というのは個人的な意見なんですが、それを他人に押し付けるのは問題がある感じがします。ただ、本当に人間として最低でも、面白い話を作れる存在っているんですよね。罪を犯した悪人でも、美しいモノは作れてしまいます。

それを見て、感動してしまった時どうすればいいんでしょうか?
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