編集時間そのものは限られていると考えた方がいい。この事件の話題性と警察の事を考慮すると、私が黒山さんからデータを受け取ったと言う事を知られるのは不味い。そのデータを他人に公開する事になるし、下手したら消されかねない。
故に即座に荷物をバックにまとめ、例のSDカードと自身の2Tのノートパソコンとバックアップ要のガジェット、それと財布やキャッシュカード、スマートフォン等を持って、そそくさと出掛けた。時刻はそろそろ二十二時頃、近くのコンビニで一応、栄養ドリンク数本と多少の栄養調整食品を購入し、コンビニATMで降ろせれる一日あたりの限度額一杯の現金五十万程を降ろした。
これで、ある程度の行動は出来るだろうと予測し、大通りからタクシーを拾いとりあえず都心から離れて行きながら計画を立てる。別に完全な逃亡がしたいわけじゃない、とりあえず、七十時間程度時間をあれば何とかなる筈だ。それくらいの時間なら警察からただ時間稼ぎをするだけなら何とかなるだろう。
ただ女性一人が、深夜割増料金でタクシーを長距離行動する理由がまともなものが思い浮かばず「仙台で実家の母親が急に倒れた」とか「高速バスは二時間後にしか予約が取れなかった」という馬鹿げた物しか思い浮かばなかったが、このくらいの方便で何とかなるだろうと考えた。ある程度遠方の場合、タクシーは乗車拒否できるらしいから、こんな理由で何とか融通をきかせてくれてありがたい。まあ、仙台まで、諭吉が約十万くらいかかるらしいが、別に構わない。
私は移動時間中はずっとノートパソコンで、SDカードの脚本の指示通りに大まかな編集作業に時間を割り振り進める。根本的に時間がない為、多少簡素な仕上がりになるだろうが、元々の映像の迫力が違うから、大丈夫なはずだ。いくつかの仮の録画データを当てはめつつ、最終的にはクラウド上に保存してある動画素材を使う。
そこで使うのは、今まで私たちスタジオ「大黒天」で撮ってきた「夜凪景」に関する映像達だ。それは私がけいちゃんに初めて会った日から言われて来た事、あのシチューのウェブCMを撮った日からずっと撮りためていた宝物。
いたって「普通」の女子高生である瞬間のけいちゃん、演技に完全に「没入する」けいちゃん、その演技を約三時間一心不乱に「見続ける」けいちゃん、役に感情移入しすぎて「暴れ狂う」けいちゃん、役というモノそのものに「向き合う」けいちゃん、たかがオーディションの二次審査の為に「本気」を出すけいちゃん、そんな様々なけいちゃんが大量にデータとして存在してる。
そして他人のカメラの向こう側の作品「デスアイランド」や「銀河鉄道の夜」や「隣の席の君」そして墨字さんの「新宿ガール」に、結果的に共同稽古がなされた「羅刹女」といった作品群が、山のように沢山保存してある。彼女を迎え入れた日からずっと私が、やっていた「仕事」の一環だ。これらは、スタジオ「大黒天」のアカウントでクラウド上に保存されている。
その仕上げに、墨字さんから渡されたアカウント「マクガフィン」では、今回の事件で捉えた映像がクラウドに保存されている。こちらの確認作業はスマートフォンで並列的にやっているが、あの時の事件の時に使用された全てのカメラでの映像が映し出されている。
確認して分ったのは、墨字さんの左手には何も持っていないように思えたが、基本的に死角になっており、何かを隠している。おそらく、生放送中のカメラでの映像をリモートコントロール出来るように、小型のスイッチャーを持っていたのだろう。いくつかのシーンでは何かを握っているようにも見えるし、丁度その時間帯は他のカメラからは死角になる様になっている。
そして、あの「モデルガン」についてだ。やっぱりというか、演出のためというか、あの人らしいというか、実際に向かって千世子ちゃんを撃つ少し前に、入れ替えが行われていた。
絶妙に、カメラの死角とミスディレクションを駆使して、右下半身のズボンの中から取り替えている。ある一台のカメラからだけ、その様子が伺える。ただ、これはけいちゃんは気づきにくいだろうけど、千世子ちゃんには絶対に分っていた筈だ。あの二人は何故か、通じ合っていたということだ。それはあの「モデルガン」を発見したことからも伺える。そんな無茶な事を隠して協力した理由は憶測になるが、きっと……私と同じ理由だ。
ただ、その後のけいちゃんに向けた時には「モデルガン」のままだ。つまり絶対に実弾なんかでない。それでも、そのことによって、抜群の「夜凪景」の表情をカメラに抑えることが出来る。だからその後、作品の整合性を取るために無意味な冗談を言いながら、また入れ替えを行い、自殺したということだ。
ハッキリ言って「狂気」としか言いようがない行動だが、なんとなくそういう危うさがあの人にはある。何というのだろうか、ある映像を撮る為になら本当に何だって行うというか、その為に実際に命を賭けれる人物だというか、簡単に言えばただの映画馬鹿なのだが、そんな愚直な貴方に私は惚れ込んだんだ。
ただ、明らかにこれらとは別の良く分からない録画データが入っていた。日付順にしたら一番下になり、トップの画面が他のと比べると割と暗いし、容量もかなり短い。何か確かめるように、その録画データを開くと「松野龍也」の自殺の瞬間が映っていた。この映像を見終わった後、ああ、此処で今回の強行に出たのだと思わされる。ただ、もはやこれも映画の為の素材の一つだ。
仙台までに着くころにはもう十分朝日が登っており、適当な病院近くで降ろして貰った。タクシードライバーさんは気を使って「間に合うといいな」とかなりしんみりとした口調で言うので、上手く騙せんだなと思い、少し元気のないようにお礼を言った。
そして、病院近くにある全国チェーンのインターネットカフェに即座に賭け込んだ。取り敢えず、此処である程度の事はしてしまう予定だ。昔、作った会員権を見せ、オンラインゲームユーザー等のために高性能パソコンあるツインルームを24時間パックで取った。
こういうところにある、高性能パソコンなんかはたかが知れているが、編集の動画再生用の機器としてならまあ、妥協できる範囲だ。それに下手なホテルよりは回線がマシだし、何より机と椅子とコンセントが十分に使い勝手が良い。私は此処で必死に映画の編集に取り組んだ。元からあと数十時間は、仮眠は殆ど取るつもりもなく、必死で二時間の映像作品に落とし込んでいく。ある程度、SDカードに編集作業行程の大まかなデータが入っていたが、それはあの生放送中からは入っていない。
この辺りは物語的にクライマックスだ。出来るだけ、手を抜きたくない。今ある技術をとにかく詰め込む。時間との勝負だ。
そこから私はいい加減な逃走を行動を繰り返した。適当なタイミングでインターネットカフェから立ち去り、またタクシーを拾い、程ほどの長距離を移動して、また、どこか編集に適した様な場所に行き、必死で編集作業してを繰り返した。そして目標の七十時間以内に何とか形になった。これはもはや「マクガフィン」何かではないが、それでも一つの作品だ。
タイトルを強引に付けるなら「Actresses」彼女の為の映画だ。
ただ、この作品の公開は「女優」である「夜凪景」の死に直結する。こんな作為的な編集のあるドキュメンタリーが彼女の名前を傷つけないわけがない。それでも、この悪意ある映像達は「黒山墨字」作品の映画として絶対に必要であり、この映画の「ラスト」には拳銃による「殺人」という行為は大きな意味がある。例え、監督の自死になったとしても……だ。
そして、この映画を「完璧」に近づける為には絶対に「女優」である「夜凪景」の死は残念ながら必要条件だと、理解してしまった。
だから、私は「女優」を編集で殺すという映像作家として、重い犯罪行為に協力してしまった。しかしこれで「黒山墨字」の偉大なる快作は誕生することになる。私は、その「撮影」を協力することになり、そして「編集権」を行使して、共同制作者かつ、この物語の共犯者になった。
これで「夜凪景」という才能ある「女優」の物語は、この「作品」で終わる。きっと彼女のこれから約束されているだろう成功や地位や未来は「黒山墨字」の傲慢な決断で、全て水の泡になって消える。けれど、私は泡になって消える人魚姫の様な「儚さ」を彼女の「ラストアクト」を無駄になどしない。そんな事してはいけない。全て、最高の露悪的なエンターテイメントに落とし込む。
私は編集の最終確認を終え、複数の動画サイトに「Actresses」の名前で、この作品を投稿した。タグに出演者の名前は書いておいたから拡散はどうにかなるだろう。ようやく全てが終わった。そう思うと一気に疲れが押し寄せてくるが、取り敢えず、適当なホテルで眠ることにする。そして、その支払いをクレジットカードで済ませる。こうすれば、まあ決済記録から、私の居場所が警察に割り出されるだろう。
こんな逃走劇まがいは本質的には意味はないのかもしれないが、人々は物語性を楽しむ、私が編集の為に逃走した、という事実がこの映画のスパイスに変わる。
そして、今日「夜凪景」は女優生命が断たれた。
ようやく、最初に書いた「女優」の死が描けました。やや、アンフェアな書き方でしたが叙述トリックの書き方としてはまあ許される範囲だと思っていただけると幸いです。
ちなみにこの設定自体は自力で考えたんですが、のちに調べると実在した「メーベル・ノーマンド」という女優の転落劇と割と重なるのは何というか「事実は小説より奇なり」だなぁと本当に思います。