彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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黒から天へ

 あの生放送がインターネットに流れてからは完全に世間はお祭り騒ぎだったようだ。日本若手女優のトップ二人の実際の命の危機とその蛮行に及んだもの自身の拳銃自殺によって終わった動画。それはあまりに衝撃的な「本物」のスナッフビデオだった。勿論、そんな映像はまともな動画サイトでは即座に削除されたが、こんな内容では雨後の竹の子のように片っ端から、ミラーした動画がアップロードされていき、今の時代に一度流出した需要のある映像を完全に削除するのは事実上不可能だ。

 

 しかも、その映像が意図的に見ている観客を楽しませるための劇場型の犯行であったのならある意味当然の結果だろう。そして、その原因となった登場人物が、スターズの天使「百城千世子」と新宿ガール「夜凪景」そして世界的に評価されている監督「黒山墨字」だったのだ。

 

 この座組では、嫌でも先日まで公開されていた日本最大規模の大舞台「羅刹女」が当然連想されるだろう。そのサイド「甲・乙」両者の主演女優が、映っており「黒山墨字」も「乙」の演出家として起用されている。さらに、この凶行を行った動機が、放送内で語られておりその理由が小説家「松野龍也」の小説にして、彼は「夜凪景」の父親であるという衝撃的な構造が成り立っている。

 

 さらに、その原因の小説「マクガフィン」という作品は映像化が、元々「黒山墨字」で監督される予定だったと企画されていて、なおかつ「羅刹女」のプロデューサー「天知心一」もこの企画に関わっており、例の事件で、途中で離脱したが「王賀美陸」がキャスティングされていた。

 

 追い打ちに小説家「松野龍也」の作品に、こちらも「羅刹女」の原作・演出家の「山野上花子」が題材になっただろう作品が存在している。こちらは噂では、出版時は不倫関係にあり、夜凪家の母親の葬式の立ち合いにさえ関係していたという話だ。

 

 つまり、あの「羅刹女」は完全に今回の事件の舞台となった、黒山率いるスタジオ「大黒天」が中心にあったという事だ。傍から見れば、芸能事務所「スターズ」のお家騒動とそれを利用した番宣に見えるかも知れないが、真のキャスティングの目的は全て「黒山墨字」の手のひらの上だった。

 

 ……という事が、インターネットを中心に徐々に広がっていった。この事実と裏付けの証拠は本当に計算されたように、絶妙に確実に浸透した為、この話題を拡散するある性悪な人物が関わっていたのは関係者からはある程度分っていたが、もはや止めようがなく、この悪趣味なムーブメントは拍車をかけ、そして事件から数日経ったある日、ある動画がアップロードされた。

 

 

 タイトルは「Actresses」といい、この事件の主役と言っていい「夜凪景」の物語を初めから映し出したある意味恐ろしい約120分のドキュメンタリー映画だった。この作品はまさに本事件の全貌を見せ付ける内容だ。この「Actresses」を編集し、世に出したのはスタジオ「大黒天」の映像制作であった「柊雪」であり、事件の後、一時帰宅が許された日から数日行方不明になっており、その間にこの映像を殆ど逃亡しながら作り上げた。

 

 この逃走劇さながらの作成秘話も面白いが、この作品の内容、監督自ら見つけ出した原石「夜凪景」という才能の恐ろしさ、明らかに計算して撮られ続けた内容、出来過ぎた事件の全貌、小説家の自殺、監督の狂気、それらは皮肉となりながら日本で初めて監督「黒山墨字」の名前を大々的に広げることになり、稀代の問題作として認知された。

 

「Actresses」は、世界的に見ても稀有な事例であり、映像そのものの価値と作品の内容とその作品の周囲にある情報と事実が、混然一体となり後世まで語り継がれる圧倒的なカルト映画と評される事になった。

 

 

 ただそれは倫理的に撮影してはならない領域を表現したために、彼は自らの死という結末を選択し、そして盛大に「夜凪景」という才能ある「女優」の名前に最悪の傷を付けた。

 

 故に、だれも彼女を見て「普通」の役者として評価できなくなり、彼女は芸能界から追いやられた。誰かが、意図的に干した訳ではなかったが、もう彼女には座るべき椅子が無くなっており、この事件の前のタイミングで、彼女に大河ドラマの話があったらしいが、それも彼女のポストは半自動的に無くなっていた。ただ、その話にも主演の「環連」が、実は「黒山墨字」監督の初作品「たんぽぽ」の主演だという噂も経っており、何処までがこの物語の真実なのか分らない状態だった。

 

 そんな状況にあっては、黒山墨字の経営していたスタジオ「大黒天」は当然潰れることになったが、それ故に彼の撮った様々な作品の権利が、完全に宙に浮き、此方もインターネットの海に放流されることになる。

 

 この事件の様々な経緯から、だれもこれらの作品群を法的に守ることがとても困難であり、今まであまり日の目を見なかった彼の芸術的な作品群は、こんな状況故に数多くの人々に衝撃を与えることになった。

 

 彼はその年、世界で一番違法に視聴された監督の名を欲しいままにした。当然、こんな事が目的だったとは思わないが、あの人は確かに歴史に名を刻んだ作品を作った。

 

 

 

 それから数年が経過した。私はあの日から、一度もけいちゃんに会っていない。何度も訊ねて来たが、全て断った。当然、連絡先も変えた。当たり前だろう。どんな顔をして会えば良いのか全く分らないのだから……それに昔、けいちゃんの言っていた「人生で最も言われて嬉しかった言葉」を叶えなくしたのは明らかに私だ。もしも「Actresses」を作らなかったら、叶っていたかも知れない望みを断ち切ったんだ。

 

 ただそれでも「悪い」と思っていても「後悔」はしていない。そして私の罪は現在の法律では、裁くのが難しく、刑が下るまで時間が本当にかかり、良く分からない名前の法律で、結局数年の軽い執行猶予が付いただけだった。まあ、それはただの建前であって、私は映像業界に復帰出来るはずはなかった。私は立派な共犯者なのだから……

 

 

 そんなある日、私の元に一通の手紙が届いた。今の私は、年賀状すらまともに届かない天涯孤独で、映像業界から足を洗い、片田舎でダラダラと仕事するしがないフリーターだ。それに事件以来、苗字も名前も変えた。それなのに「柊雪」宛てに手紙が来るなんて驚きだが、その手紙の差出人の欄は「宇津木景」となっていた。その景の字の書き方には見覚えがあった。

 

 私はこの手紙を開けるのはとても怖かった、ただ開けずに捨てるのはもっと怖く、ずっと捨てられず、私の部屋の机の中心で、威圧感を漂わせて鎮座ましましていた。私は一週間以上悩み、遂に開ける事を決意した。その時、どんな呪詛が書かれていようと構わないから、どうか「貴女に罪はない」と言う様な事は書いていないでくれと思いながらその封を切った。

 

 

 中身は一枚の写真と便箋が二枚入ってあった。写真はあの可愛い双子が随分と大きくなった姿で映っており、とても元気そうだ。手紙では、私については僅かにしか書いておらず、それも住所は天知さんから教わったとしか記述がなかった。私に何を考え、何を感じ、何を思ったか? なんて一切書いていなかった。

 

 基本的な内容は自分たちの近況を簡単に書いたものだった。苗字を母方の方に変えた事、ルイ君は最近はサッカーにハマっている事、レイちゃんは児童文学にハマっている事、高校は通信制に編入して卒業した等々が書いてあった。

 

 そして、今はバイトをしながら「小説」を書いており、今度出版されるらしい。その本のタイトルは「没カバーの大について」とかなり変なタイトルで、ペンネームは「宇津木黒」で出版すると書いてある。そこで一枚目の便箋は終わり、あらすじが書いてあるかと思い、二枚目の便箋を見たが、白紙だった。

 

 どうやら一枚目で書きたかった事は終わったようで、礼儀としての二枚目の白紙がしてあった、だけだったようだ。私はこの責められもしない状況に、複雑な思いだったが、あのけいちゃんが「小説」に興味を持ち、自ら書き、出版まで漕ぎつけた事が信じられなかった。

 

 この感情をどう処理していいのか、分からない為に、もう一度便箋を読み返そうとした時、二枚目の白紙の便箋の裏に何か書いてあるのを見つけた。それにはこう書いてあった。

 

 

「大黒天の黒から天へ」

 

 

 その意味の良く分からない一文が、ただただ優しく、私の涙腺を刺激する。涙がポロポロと止めどなく流れ、せっかくの手紙を濡らしてしまう。ただようやくこの言葉のおかげで、私は償いきれないこの過去に向き合う覚悟が出来た。

 

 物語は、また歩み始めた。




最終話です。

八月から「小説家」になった「夜凪景」が「柊雪」に向けてこの台詞を言うという構成を考えていたのですが、もう殆ど冬ですね。

とりあえず、原作内にあった伏線を強引に纏めたので、実力不足な部分が多々ありましたが、なんとか自分の中でこの作品と決着が付きました。折り合いを付けたともいいますが……

それでは宇佐崎しろ先生の今後一層のご活躍をお祈りいたしております!
(最近の活動でも、ジャケットイラストなど活動されています)

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