彼女が死んでも、物語は続いていく   作:HAL2001

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町人A、主役を食らう

 開口一番に「納得、できないわ」と本当に怒った声で、私たちに向かって言い放った。念の為に「何が……かな? けいちゃん」と一応尋ねてみることにした。

 

 彼女の言い分はこうだ「女の子が目の前で、殺されようとしているなら、助けるのはとうぜんでしょ! そんな当たり前の事をしないのは、私が変な人みたいじゃない!」というものだった。理屈自体は通るけれど、明らかに自分がエキストラだということを分っていない。とりあえず、相槌は打ってみたけど、どうしようか?

 

 周囲からは、先ほどの言動のせいで、明らかな陰口が聞こえて来る。こっちに、聞こえてくるように喋っているのは腹立たしいけど、彼らの心情も正直分ってしまう。

 

 そんな声に「私が変なの?」と少し怯えたトーンで、けいちゃんが尋ねてくる。私はかなり言いよどみながら、何とかフォローした。ちょっと、個性的だのなんだのと言っていると、墨字さんが力強く「変じゃねえよ」と言ってこう続けた。

 

「もし、あの場面に、本当に立っていたら思わず、手が出ちまうその感情はわかる。ただ突っ立っている、他のエキストラより100倍真っ当だ。だが、それじゃあ「江戸時代の町人A」じゃあねぇ! いつものお前だ。「町人A」になれない限りお前は役者じゃねえ、素人だ」

 

 その発言で、再度、火が付いたようで、けいちゃんはやる気になったようだ。ただ、素人と言われたのが相当悔しかったのか、墨字さんにロリコンだのなんだのと言って、再度口喧嘩になってしまった。

 

 

 改めて、テスト撮影の準備が始まった。エキストラは並べられて、どうやらまたけいちゃんに、陰口を言われているようだが、気にしてはいないようだ。

 

 準備が整い、テスト撮影のカチンコが鳴った。その瞬間、切りかかろうとした悪役にまたけいちゃんが、身を乗り出して『「ダメ」』と大声で止めに入ろうとする。ああ、さっきと同じことが起きちゃう。

 

 ただ、さっきの蹴りのお返しとばかりに、模造刀が振られるが、寸での所で回避して見せた。傍から見れば凄い運動神経だが、この運動神経でまた同じことが起きたらと思った矢先、少女の前で身を挺するように、手を広げて座り込んでこう言った。

 

 

「お願い……! この子を助けて!」と余りに真剣に懇願した。

 

 

 その後、当然カットがかかり、撮影は一時中断となった。向こうの方で、監督達が集まって、どうするか話し合っている。まだ、処遇が決まっていないのが不思議なくらいなのだけど、それはともかく、本当にとんでもなく、けいちゃんが落ち込んでいた。自分がした事がどれだけ、迷惑をかけたことなのか分っていて、役者としてちゃんと出来ると思っていた自分を恥じていたようだった。

 

 それでいて、もはや周囲の人達は陰口というよりも、何故自分から場面を壊しに行ったのにこんなにも落ち込んでるのか、分らないという事を言い合っていた。行動原理が不明な不思議な者を見るような目で、彼女のことを見ている。

 

 しかも墨字さんはそんなけいちゃんを煽りに煽っている。役者じゃなくて、素人さんだとか、どうだこうだ言ってる。本当に落ち込んでいるようで、全く反論しようとしない。

 

 少し時間を置いて、けいちゃんは語りだした。「体が勝手に動いてしまうの、あの子の姿が妹と重なって、どうしても見殺しになんて出来ない! したくない!」

 

 その真剣な語り口から、私はある合点がいった。ああ、そういうことか。あの三時間のCM映像を食い入るように見ていた理由は、自分が演じていたのが、役と違ったから。 けいちゃんはきっと体験したことが、ある過去しか演じられないんだ。つまり自分自身しか演じることが出来ない。だからあの時「父の日」に「娘の顔」ではなく、亡き母親を思い出しながら「姉の顔」をしている自分に違和感を覚えたんだ。これはどうすれば良いんだろうか?

 

 そんな疑問を覚えた時、墨字さんがどうすれば演じられるか? というのをけいちゃんに教え始めた。

 

 

「お前は、最初から何か、勘違いしてんだよ、あのガキは、お前の妹じゃねぇ。お前の家族は、今この江戸の町にいて、普通に暮していて、お前の帰りを待っているんだ。あそこでアイツに逆らってみろ、お前だけじゃねぇ、最悪一族郎党、お前の兄弟まで、皆殺しだぞ、なあ、夜凪、もっと世界を、他人を、自分を知れ、それがお前の役者の仕事だ」

 

 

 それはある意味、簡単な話だった。というか演技をする者ならごく自然にしていること、自分と演じている役を別に考えて行動すること。誰だって出来るような技術。しかも、時代劇というある意味、別世界で、エキストラで、自分を演じるという事の方が、難しいような事だ。

 

 

 ついに本番が始まった。私は流石に、もう外されるだろうと思っていたけれど、何故か、けいちゃん混みでの流れになった。周囲のスタッフも何故なのか、ざわめきが起きているが、とにかく始まった。

 

 私は心配で、主役の演技そっちのけで、ただのエキストラである「町人A」を見ていた。いや、見ざるを得なかったという方が正しい。その顔つきは本当に、今まさに良心の呵責に苦しみ、それでも逆らうことなど出来ない、一般庶民の悲哀の表情をしていて、主役を睨み、歎き、耐え忍んでいた。ふと、視線を左腕の先の方に向けると、何かが滴り落ちている事に気づいた。「血」だ。きっと、あまりの感情の高ぶりから、強く握りしめられた拳に爪が食い込んで、血が滴り落ちているんだ。

 

「カット‼ カット‼」と監督が声を荒げている。撮影はまた止まった。今度は何故止まったのか、分っていない人も多くて、何故「NG」が出たのか不思議がっていた。中には、けいちゃんが、何もしていないのにという者までいた。

 

 スッとけいちゃんは、切られて倒れた少女に近づいて、少女の顔を優しく撫でながら「ごめんね」と涙ながらに囁いた。周囲がその様子を見て、まさか模擬刀が、子役に本当に当たったんじゃないか、本当に死んだんじゃないかと困惑し始めた。

 

 すると子役がパチっと目を開け、小さく「あの……」と言い、けいちゃんの反応に困っている様子を示した。当然、周囲はホッとして、生きていることの安堵と死んでるわけなんかないと冗談を言い始めた。ただ、何人かにはアレが、芝居だったという事が信じられなかったようだ。

 

 

 そしてけいちゃんは「ああ……そうか、これお芝居だものね」と現実を思い出し、ニッコリと笑って、胸をなで下ろしたようだった。

 

 

 カットをかけた監督が、その仕草を見て、咄嗟に「町人A」の名前を尋ねようとした瞬間。墨字さんが走り出した。「上出来だ! 帰るぞ! 夜凪、お前はもう用無しだとさ」そう言って、無理やりけいちゃんを抱きかかえて、スタジオ「大黒天」の車がある方に向かった。私もこれは不味いと思い、即座に車のキーを取り出して、動かせるように、いや逃げ帰れるように車を移動させた。セットの中の大通りを運転するのは、流石に怖いが、逃げ帰れないのも怖い。

 

 監督が墨字さんに向かって、駆け寄って何か尋ねていたが、即座に車に急いで、乗り込んで来た。墨字さんは「すまん監督!  埋め合わせは必ず!!」と言っていたが、絶対に、埋め合わせをする気はないだろうなぁとは思った。とにかく、セットの中の舗装されてない道をなかなかの速度で走らせるのは流石、墨字さん、常識といったものが欠如している。

 

 ただ私は、とりあえず、 この現場でのお詫びを送らなければならないし、けいちゃんのいま着ている着物も返さなければいけないと考え、どうしよう、違約金が発生すると思うと頭が痛くなった。そもそも、エキストラの違約金なんか聞いたこともない。

 

 ただあの、 少女を見殺しにするけいちゃん、いや「女優」夜凪景の不条理に立ち向かえない自分の不甲斐なさを、唇をぎゅっと噛み締めたあの表情を、 他人を見捨てる悲しみから強く強く握りしめた拳から血が垂れていく姿はとても美しかった。

 

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