車で、事務所に帰るまでの一時間弱の移動中、その間けいちゃんは「一言」も喋らなかった。まるで、さっきまでの芝居の世界を未だに漂っているような、あの「見殺し」にした感情がまだ残っているような、そんな雰囲気で、ただボウっと窓の外を眺めていた。
事務所に帰ってからも、着替えを済ませたら直ぐに、まるで吸い寄せられるように窓際に移動して、外を眺めながら、何かに対して考えを巡らせている様子だった。その横顔はとても綺麗だけれど、少し不気味にも見えた。
墨字さんはそんなけいちゃんを見て、「とりあえず、カメラを回しとけ、ありゃあ長くなる」と言って、ノートパソコンで何か操作し出した。私はその指示はちょっと冷たいんじゃないかと思ったけれど、結局従う事にした。今度は三脚を用意して、撮影を開始した。正直言えば、この横顔は撮っておきたい気持ちがあった。まあ、外部に漏らすような物でもないし、事後承諾でも問題ないかという気持ちで、撮影を開始した。
とりあえず、前みたいに私が撮影のために、その場に入ないといけないわけではないから、先ほどの現場に謝りの連絡を入れ、勝手に持ってかえってしまった衣装一式の返却の手続きをしていたら、その光景を見ていた墨字さんが「黒山墨字の名前を出していいから、監督に埋め合わせの連絡をしたいと言っていると伝えてくれ」とちょっとあり得ない事を言ってきた。
ああ、やっとこの人にも社会常識というモノが、身について来たのだと感心していると「それで、ウチの馬鹿役者が、反省したいというから、あの飛び蹴りをしたシーンと身を挺したシーンと最後のNGになったシーンの録画データを送って貰うように頼んでくれ、三時間は反省させる為に、アイツに見せたいから」と続けた。
感心した私が、馬鹿だった。この人はただ単純にあの録画データが欲しいだけなんだ。そんな横暴は許される筈がないと思ったが、「監督」黒山墨字の名前と埋め合わせするという事実は案外強力だったようで、割とすんなり要求が通ってしまった。ただ、あの役者について、話ができるならという条件が付いてきたが……とりあえず、約一週間後に話し合う事に決まった。あまりにも、上手く話がまとまり過ぎて、驚いてしまう。今回のエキストラの件も、ただ無報酬になっただけで、簡単に話がまとまってしまった。時たま、黒山墨字という人のネームバリューの大きさに驚いてしまう。普通、こんな要求は通らない。これで、仕事を真面目にこなしてくれれば、ウチもだいぶ経済的に楽になるのに……
そんな事務手続きをし終わっても、まだけいちゃんは外を眺めている。それから随分と時間が経って、結局あれから三時間、夕暮れになった窓辺から、まだ動こうとしない。
もう、流石にほっておけない、墨字さんに相談を持ちかけようとするけれど、適当に眺めが良いから見てるんじゃないか? なんてふざけた事を言うから、そんなことじゃなくて、ショックだったってことぐらい分って下さいよ、それで一緒にフォローしましょうよ! と持ちかけたけれど、アイツはあれくらいで、ショックを受けるタマじゃないと言いきられてしまった。
違う、そうじゃない、エキストラを外されたことじゃなくて、もっと根本的な問題について、そう、けいちゃんの芝居での集中力は本当に異常だ。きっと彼女の目には、お芝居の世界が現実と同じように変わりなく、見えてるんだ。だとしたら、あの時のあの、悲痛の感情が、今もまだ抜け切れていないと思う。けいちゃんの演技は多分「メソッド演技」という演劇法に分類される筈だ。それは五感を駆使して「過去の感情の記憶」からリアルな感情、演技を引き出すもの。それは時として、演技を圧倒的なリアリティを持って表現される武器になる。
ただ、その「代償」に役作りのために、自己の内面を掘り下げる必要がある。自分自身の過去の体験を思い出すとき、過去のトラウマを精神的な負荷を引き出して、結果として情緒不安定になることもある。これは諸刃の剣なんだ。
私は言いたくはなかったけれど墨字さんに「不眠症に、薬物依存、アルコール依存、役者が役に溺れていって、心が壊れていくのは珍しくないって、分ってるでしょ……」と何とか気持ちを絞りだして伝えたら「うん、だから?」とまるで、気にしていないかのように言ってのけた。流石にコレには頭にきた。
私はこの怒りを出来るだけ抑えて「いくら自分の夢のためだからといっても、あの子が壊れても良いと思ってるなら、本当に許しませんよ」と精一杯のこの感情を伝えた。
墨字さんは、目線を逸らしながら、何かを思い出すように、自分の審美眼を信じるように「ったく、だから言ってんだろ……あいつは、そんなタマじゃねえよ」と呟いた。
そんな時、突然けいちゃんが話しかけてきた。今の会話が聞こえていたのだろうか? そう思ったが、どうやら違うようで、窓の先を指さして不思議なことを言い出した。
「あの学生服を着て、二人で歩いてる男女、きっと両思いなのよ、でも距離感的に、お互い素直になれないんだわ、あのスーツを着て、走っている人は、きっと取引先に遅刻しそうなのね、多分よく上司に怒られてるんだわ、あの人は、下着だけ着て、のぼり旗を付けて……一体何を考えているのかしら? 全然わからない、聞いてくるわ」と、窓の外にいる人達の心情を読み取ろうとしているようだった。私は急いで、いや変な人には声かけないで、危ないから、と言って聞きに行こうとするけいちゃんを止めたが、アレ、ショックを受けている様子は全然感じてない。もしかして、私の勘違い?
何とか聞きに行くのを止められた、けいちゃんはこう続けた「黒山さん、この世界にはこの窓から見ただけでも、本当にいろんな人がいるのね……私は、今日のような経験をしたことがない。そんな役を、人間を、理解もできない。だから演じられるはずがない。演じたくもない、そう思っていた……そう思っていた筈なのに、黒山さんのあの助言で、私は台本通りの少女を『見殺し』にする人間になっていた」墨字さんは、ああ、とうなずく。
私は「けいちゃん、それはあくまで、お芝居の中の話で気にすることな……」とフォローを入れようとしている最中に、けいちゃんは割り込んで喋り出した。
「私、知らなかったの、今まで『昔の自分になる』ことを『お芝居』と言うんだと思って、勘違いしていた。だから、知らない、分らない感情は演じられないと思っていたの、でも違った、だって私は、私がこんなにも『酷い人間』なんて、今日の今日まで、まるで知らなかったから、私の中にはまだ私の『知らない私』が眠っているんだわ」と言ってのけた。
墨字さんはニヤリと笑って「正解だ、夜凪『メソッド演技』だけが、お前の武器じゃねえ、お前はまだ自分が何者かを知らない。芝居を通して、それを探せ、探し続けろ、俺が手伝ってやる。今日からそれが、お前の芝居だ、夜凪」と楽しそうに言った。
ああ、墨字さんの狙いは、初めからコレだったんだ。それは「ジョハリの窓」という概念、人には「公開してる自分」と「隠している自分」 がある。それと共に、「自分は知らないが、他人は知っている自分」と『誰にも知られていない自分』という四つの窓がある。
その最も気づきにくい一つの窓をけいちゃんは今日、開けたんだ。けいちゃんはこれでもう止まらない。彼女はもう「芸術家の本質」に目覚めたんだ。自分を通して、役を、他人を探求する「不知の知」の喜びに……
ちなみに、後でけいちゃんに今の今まで、カメラを回していた事に気づかれて、物凄く拗ねられた。墨字さんが、自分を「俯瞰」するために必要だからと言っていたが、この時は聞く耳を持たなかった。これは、ウェブCMの時も撮っていたことは、言わないでおこうと私は勝手に決意した。