とにかく本気になったのなら、オーディションについての下調べくらいはしなければならない。まずこの作品は、原作が漫画である「デスアイランド」という無人島に漂流した、生徒たちが、最後の一人になるまで殺しあうという分かりやすいデスゲーム物。
制作は全面的に大手芸能事務所「スターズ」が主催の映画。原作から人数を分かりやすく24人名に絞って、設定通り学生が演じられる若手俳優を起用するらしい。そのうちの半分、12名は「百城千世子」を含めた「スターズ」の俳優が起用される。残りの半分、12人は一般のオーディションが開催される予定らしい。
謳い文句として、「スターズ」は、まだ見ぬ才能を求めています。私たちと一緒に、映画をつくりませんか? というモノだ。勿論これは、映画の宣伝を兼ねているのだろう。大々的なプロモーションの一つに過ぎない。
しかも、デスゲームという役割の関係上「スターズ」の俳優達の引き立て役になるだろう事は明らか。でも、この規模のエンタメ大作に「名前」が出ることはとても大きなチャンスではある。自分の元に、回ってくるチャンスを利用するのは当たり前、利用できるなら、なんでも利用するぐらいじゃなきゃ、この業界じゃあ、何者にも成れない。
墨字さんが言うには、けいちゃんは一度「スターズ」の数万人規模の新人俳優オーディション、それの最終審査まで残っているらしい。だから、彼らが重要視する容姿やカリスマ性、清潔感に関しては、まず問題ないと考えて良い。故に、一次審査の書類審査と二次審査の短時間の映像審査まで、なら十中八九、通過できると言う。ここまでの理屈は通っている。
ただ、問題なのは「スターズ」主催だという事、その最終審査で落とした相手を、此方に引き抜いたという事。それだけで、真正な評価はしてくれない可能性は高い。書類審査の段階で、弾かれる方が普通だと思うが、墨字さんがその点に関しては「大丈夫だ、俺が何とかしとく」という。いや、なんとかってなんだよ……となったが、逆に言えば、落ちる場合は一次審査の書類審査で落ちる。それなら、コストはあまり掛からないと割り切っておこう。
だから、問題は三次審査の演技審査だと聞いたときは驚いた。それは最も得意なのでは? という疑問が素朴に湧いた。ただ、その後に墨字さんがけいちゃんに言った問いはかなり衝撃的だった。
「お前、今までで、一度でもいいから、一人で芝居を『まとも』に演じられたことがあったか?」けいちゃんは少し考えて「ないわ」と真顔で言った。私は反射的に「え、ないんだ!?」とかなり驚いてしまった。
墨字さんは何故かその答えを聞いて少し微笑みながら「役者を俳優を天職だと思っている、いや信じてるのはお前だけじゃねえ、みんな死に物狂いで来るんだ、今までの演技通りでいいと思うなよ、夜凪」こう言った。
約一週間後、スタジオで墨字さんとけいちゃんの事を事務作業をこなしながら、待っている。先日の時代劇の監督に、埋め合わせをすると二人で出かけたのだ。私が付いていかなくても大丈夫か、心配だ。特に墨字さん。
ちなみに、一次審査の書類審査は落ちるなら、落とせと、スタジオ「大黒天」所属である事が、しっかり分かるように、事務所としてきちんと送っておいた。これで、落ちたら、ガッカリするだろうけいちゃんの前で、誰かさんが「大丈夫だ、俺が何とかしとく」って言ってた事をイジりまくってやろう。
そんな事を考えていると二人が帰ってきた。表情から察するに、なんとかはなったようだった。二人から話を聞くと、どうやら飛び蹴りを食らわせてしまった、俳優さんも同席していたらしく、どうにか穏便に済ませられたらしい。まあ、墨字さんがけいちゃんに首輪をしていなかったからなんたら、言っていたから常識的な謝り方ではなかったのだろうけど、深堀すると面倒なだけだから、スルーしておいた。
ただ、墨字さんがあの監督から聞いた情報からすると、デスアイランドの書類選考はもう殆ど終わっていて、落とされているなら事務所所属の人間にはいわゆる「お祈りメール」という落選通知が届いてるそうだ。
どうやら、本当に「何とか」したらしい。一次審査で、アリサ社長に落とされて、当然と思ってたので、一体どんな不正をしたのかを聞いたら、特には何もしてないらしく、ただ真正に評価するように「お願い」しただけだそうだ。いやいや、どんな「お願い」だよ。まあ、これで誰かさんをイジれなくなってしまった。
それで、二次審査の短時間の映像審査、これは難しいモノじゃない。ある程度、顔立ちが整っているように映っていて、書類審査に書いてあるプロフィールが一致して、ちゃんと日本語が発声出来ていれば、落ちることはないだろう。
ただ、その程度のモノを墨字さんが、ちゃんとした撮影機材を用いて、けいちゃんを撮り始めたから、驚いた。殆ど、ただの自己紹介、名前と年齢と出身をいうだけ、それに意気込みを言ってしまえば、終わりのもの凄く短い動画。
それを二人して、何度も何度も、真剣に撮影している。極端な話、私に丸投げするような、15分もあれば、充分すぎる仕上がりになるようなモノに、異様なまでの執念を持って行っていた。その光景は、あまりに異様だった。既定の30秒程度の映像にどうして、そこまで拘るのか、分らない。何テイクも何テイクも行い、そこでの表情や声のトーンや意気込みを、少しずつ変化させている。
極端なまでのオーバーな演技やあえて、NGが出るだろう演技にまで、手を伸ばして、帰ってから、殆ど休まず、ぶっ通しで、撮影を行った。終わった頃にはテイク数は優に数百になっていただろう。何故そこまで演るの? なんでそんな事をしたのか?
けいちゃんに聞いてみたら「今日会った監督さんと俳優さんに教えてもらったの、自分に求められている芝居とは、何を演じるべきかとは、そういう事を考えて『理性』で芝居をするものだって、それが私は『本能』で芝居をしてる。だからその力がコントロールできるよう、頑張ってみたの」と言った。そして、明日からも頑張ると言って、帰っていった。
その後、墨字さんから大量な録画データを受け取ったが、採用とされていたのは何故か、3テイク目のモノだった。
流石に意味が分らない。そう聞いたら「お前さあ『お願い』をする前に、努力をするのは当たり前だ、それに3テイク目で、駄目なら一億テイク目でも駄目だから、ソレなんだ、夜凪も了承ずみだ」と軽く言ってのけた。
ああ、そうか、この人のいう『お願い』はこういうモノなんだ。私は、誰かさんの事を誇らしく思った。
約三週間後、けいちゃんは当然のように三次審査まで、勝ち進んで、いよいよ今日、演技審査。そわそわしながら、事務所で数時間待っていると、けいちゃんが沈んだ声で電話をかけてきて、上手くいかなかった事を伝えてきた。
私は、ただただ聞いてあげる事しかできなかった。自分の事じゃないけれど、自分の事以上に悲しくなった。助けになってあげれない自分が嫌になったりもした。
ただ、数日後、ウチの事務所宛てに通知が届いた。何故か「合格」だった。そうたった、12個しかない椅子を彼女は勝ち取ったんだ。私は、本当に嬉しくなって、けいちゃんに急いで、受かった旨の電話をかけた。この時の彼女の声のトーンは変だった。事実を受け止められないというより、評価された事が悔しかったようですらあった。