TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter. 作:信濃 一路
□□□承前
突然の停電。それは師父を狙う賊によるものだ。その危地を救うには一刻を争う。解っていてもハミルトンには視界を塞ぐ闇を如何する事も出来ない。辛うじて灯る非常用掲示板の光。それを頼りに夜目の効く志生が駆けだすのがわかった。
(シオでも間に合うかどうか……加えて
ここまで周到に準備をしていた相手だ。厳重な警備体制とはいえ武器を用意していたとしても不思議ではない。それに、これは
(これじゃユナを笑えませんね)影を差す妬心にハミルトンは自嘲する。そして志生の後に続こうとした時、背後に眩い“光”が満ちた。
「
振り返った先に“少女”が立っていた。蜂蜜色の金髪を靡かせた、
「
「こちらに来てください。
(ラーフ……? いったい何を)有無を言わせぬ強い口調。
「ウィルさん、祥子さんの事を強く思い描いて。ゲートを開くわ――」
「……エリア? 貴女は、いったい……」
今のその優しい声音は控えめな転入生のモノだった。搔き乱される思考。彼女に何が起こったというのか? けれどこの状況でそれはどうでもいい事だろう。この少女は、恐らくは味方だ――
「……この子はどうするんだ? 放っては置けないだろ」お道化た表情を掻き消した志生が戦士の表情で尋ねる。
「心配は無用よ。既に人を手配してあるから」
エリアと同じ筈の、そして明らかに別な存在。その美しい横顔が理知的な微笑みを浮かべ、形の良い唇が呪文を完成させる。目の前に顕現する蒼き門。それは戦場で対峙する
「さあ、行きましょう。時間がないわ」
そんな疑念を、少女の言葉は圧倒的なプライオリティで上書きして行く。圧倒的な、
(あれは、曾祖父様が語ってくれた……)
幼き幸せな日、膝の上で幾度となく聴いた騎士達のお伽噺。自分と同じ名を持つハミルトン家の始祖に聖剣をもたらす名もなき天使を描いた絵画。今、ハミルトンの瞳に映る少女の姿は、かの天使そのものに見えた。
「主よ――」思いがけない言葉が漏れる。希薄だと思っていた“神”への祈りが声帯を震わせた。踵を返し、少女は転移ゲートの先へと優雅な歩みで進んでゆく。
「モタモタすんなよ、ハミルトン」訝し気にそれを見やりながら、志生がゲートに飛び込む。
「分かっています」かぶりを振ってハミルトンはそれに続く。自分の事を思慮深いと志生は言うが、これでは単に果断さに欠けるだけだろう。今は余計な事は考えずに出来る事を。ハミルトンは藍色の髪の少女の無事を祈り、蒼き門を潜る。
(ショーコ、どうか――)
□
「あ、あれは……せ、先輩見ましたか!?」
「ふむ、連絡にあった女の子はあそこか」
「いや、そうじゃなくて――!!」
収束したフェリオンが弾け、一瞬眩い光が辺りを満たす。吹き抜ける風。連絡を受けこのフロアに到達した二人の警備員が見たのは、妖しく光る青白い"門"に若い三人の男女が入っていく所だった。特異な事態に興奮して捲し立てる若い警備員を他所に、年嵩の警備員は横たわる少女に近付き容態を確かめる。
「おい、担架を用意しろ」
「あ、はい……」
目の前で起きた事など無かったかのように冷静な先輩に促され、若い警備員は呆然と運んで来た携帯担架を展開した。
「今の、見たでしょう。先輩は気にならないんですか?」
「ゲームみたいな機械の化け物と戦争をしていて、魔法じみたモンを使う
(少し無理があるんじゃ……普通に不審者だし)そう思いつつも開き直った様な先輩に従い、少女の軽い身体を担架に乗せる。確かに今は自分の手に余る事に首を突っ込むより、助けられるものを助ける事が先決だろう。
「この子は……?」
「軽度のナノマシン中毒……といった処だ。誰かは知らんが
「こんな小さな子に……」
「だから早く専門の医師に見せたほうがいいだろう。お前はそっちを持て。よし、そっとだ……いいか、揺らすなよ――」
□□□父と娘と(その弐)
扉を蹴破ろうとする激しい音がガンガンと響く。拉げてゆく分厚い扉。信じられない膂力だった。尤もそれが何者によって成されているかを知ったなら、より信じられなくなるのだが。
榊は額を流れる汗を拭うと、扉に手の平を押し当てて意識を集中する。緑色の燐光の被膜が波紋のように拡がり扉を覆ってゆく。
地下駐車場と同じフロアにある動力室。帰路に着いた萩野たちは見送りに来たはずの
「よお、親父、生きてるか」
ホッと息を吐き、壁に寄りかかる榊。身につけたドレスは無残に汚れ、長い裾は走り易くするために大胆に破られて白い脚が露わとなっていた。その傍らで萩野は血の滲むスーツの肩を押え、荒い息を吐いていた。
「誰にモノを言っている。……とはいえこの体たらくだ。樋口と佐々木が咄嗟に庇ってくれなければ危うかったよ」
「あいつら、無事かな」
「陽ヶ崎の師範代を馬鹿にするな、と言いたいが……あの
「一介の……って、親父は次期総裁選の有力候補じゃないか」
苦い笑みを浮かべる萩野。相変わらずだな、と榊は溜息を吐いた。慢心を嫌う剣士としての性格からか、父は極端に自己評価が低い所があった。仮にも政権与党の重鎮と呼ばれる地位になっているというのに無自覚過ぎるだろう。
「橘花では……どうだ?」
突然の問いかけ。父様にしてはハッキリしない尋ね方だな、と榊は思う。
「どうって……さっきも言っただろ。飽きない毎日って奴だよ」
「“彼”と居られるからか?」
「……否定はしねぇ。けど、それだけじゃないさ」
「ほう」
「星華みたいなエリート校に比べりゃ格下だろうが、おかげで
「そして
何処となく愉し気に榊の話を聞いていた萩野の貌が曇る。
「ん? まあ……それなりにな」
「そうか……お前の事だから何かと反発しているのではないかと心配していたのだが」
「……御高く留まった奴だけど、嫌いじゃないさ。理由もわかるしな」
優奈とは性格的に水と油のように思えるが、根っこの部分で自分と同じなのだ。幼い頃から父や兄という身内に対するコンプレックスや重圧を感じている身の上という点で。反発したのは兄の事と、もう一つは後ろめたさからだ。
「なあ、どうして
それは長らく疑問に思っていた事だった。萩野は主戦派であり、世論や戦後を踏まえた決断だというのは理解できる。だが無謀な攻勢を何故要請したのか。榊の知る父、萩野利三は理想主義者ではあるものの堅実な選択を好む、現実を見る事の出来る政治家だった。
「余程気に入っているのだな、優奈君の事を。こんな時に
「茶化さずに答えろよ。こんな時位しか政治家の本音は聞けないだろ?」
紅潮した頬に苛立ちつつ榊は尋ねる。そんな榊を見やって溜息を吐く萩野は、
「世間で言われている通りだ。首相に作戦決行の決断を促したのは私だからな」
「そうじゃねえ。“誰が”じゃなく“どうして”なんだよ。ワタシが知りたいのは理由なんだ」
常勝の英雄の敗北は人類に深い失望を与えた。指揮を執った来栖征史郎は糾弾を受け、国内の防衛隊へと左遷処分を受けた。無責任なマスコミや世論の心無い声に優奈の母は心労で倒れ亡くなったという。だが戦後、戦意高揚の為か手のひらを反す様に来栖征史郎の再評価がなされ、結果として萩野は
「来栖征史郎という男は
それ以上答える気は無いとばかりに押黙る萩野。榊は舌打ちをして、
「なんか事情があるって事か……まあいいさ。その様子なら優奈の奴に借りがある訳じゃなさそうだからな。それじゃ、もう一つ。……手短に別の質問に答えてもらうぜ?」
「どうした、祥子? 今日は随分と聞きたがりだな」
訝しむ萩野。
「うるせぇよ。兄様の件だ。軍人になる時あれほど反対した理由だよ。父様は主戦派で、戦争を推進する立場の筈だ。志願した息子を軍に入れないっていうのは筋が通らないんじゃないか?」
「なんだ、その事か……」
「この理由くらいは……教えてくれたっていいだろ?」
榊の額に汗が一滴流れた。エフェクト能力は決して万能ではない。引き起こす事象に比例して行使する者の心身を消耗させる。障壁の持続時間は左程長くは無かった。
「主戦派を率いる私がアイツをすんなりと軍に入れたとしたら、追随する親が必ず出る。やがてそれは市民感情の中で同調圧力となり、軍人になりたくない若者や我が子を軍に入れたくない親を糾弾する者も出る筈だ。私はそれだけは避けたかった。……学徒兵制度が成立してしまった今となっては蟷螂の斧だったのだろうがな」
萩野は被りを振って視線を落とした。滲む悔恨。学徒兵制度に最後まで反対していた萩野は観念的な主戦派では無かった。父の秘めた胸中を知り、榊は殊更お道化た口調で、
「それならもう兄様を許してあげてもいいだろ……ワタシだって勘当してなかったんだし」
「ふん、それは駄目だ。あの者は出奔の際に神聖な道場で狼藉を働いたばかりか、老師から皆伝の証として頂いた古刀を持ち去ったのだからな。しかも二年前はその場に居ながら“陽ヶ崎”を護る事も出来なかった。そんな未熟者を許す事など――」
(ったく、二人ともお互い様だよ……)苛立たし気に兄の事を罵る父に可笑しみを感じながら、榊は微笑もうとする。その時――
「――祥子?」
地面が揺れた。いや、揺れているのは自分の身体か。足に力が入らない。小娘みたいな姿勢で床にへたり込む。一応ワタシは女だけど。霞む視界の向こうで父様が気遣わし気にこちらを見やっていた。(らしくないって……)何時も厭味なくらい冷静な父様のそんな顔を見たのは……そうだ母様が無くなって兄様も出奔した頃、ワタシが風邪をこじらせた時以来だな……
「ゴメン、お父様。此処までみたいだ」
「……そうか」
殴られた様な鈍痛。集中が途切れた次の瞬間、轟音が響き二人が潜む動力室の扉が蹴破られた。部屋の前で佇む小柄な人影が四つ。給仕服に身を包んだ
「言葉が通じる相手ではない、か。是非も無しと言いたい所だが――」
エフェクトの維持で気力を使い果たした榊を庇うかのようにゆらりと萩野は前に歩み出る。
「お父様、無茶だよ――」
榊は必死に立ち上がろうとするが萎えた脚は言う事を聞こうとはしなかった。陽ヶ崎の剣術だけでなく柔術も皆伝を得た達人だが、父は最早初老の域を越えている。そして相手は油断していたとはいえ護衛を務める師範代たちを鎧袖一触にした相手なのだ。味方としての強化兵の能力は仲間の桂城志生を見て知ってはいたが、相手にした時の
無造作に立ち尽くす萩野。少女達の抜き放った白刃が薄明かりに煌めく。
(いや、止めて……)喉は擦れ、言葉は出ない。父の死が頭を過ぎり、嫌な汗が床に滴り落ちた。じりじりと間合いを詰めて来たアプサラスの一人、赤茶けた髪をショートカットにした少女が両手に構えた軍用ナイフを閃かせて襲い掛かる。双刃が生き物のように別々の角度から――
――騨ッ!!
裂帛の踏み込みが床を鳴らした。少女の振るう凶刃の軌跡が萩野の痩せた躰をを切り裂く……と思われた瞬間。
「きゃぅッ」場にそぐわぬ悲鳴が上がった。と同時に、少女の軽い身体は映像が巻き戻されるかの様に、飛び掛かった勢いを反転させ吹き飛ばされていた。激しく通路の壁に叩きつけられ、くたりと動かなくなる短髪の少女。表情のない死神に微かに動揺が走る。榊の瞳が捕えたのは少女のナイフが身体を捉える瞬間、それを前に踏み込んで躱し、神速で繰り出された掌底を少女の鳩尾に叩き込む老父の姿だった。
「……
「活路は無明の先にあり、陽ヶ崎流、暁の教えだ。不憫ではあるが、流石に年端も行かぬ子供……などと言える相手でも場合でもなかった。細やかな望みとして、私は
孫の顔って……爽やかに微笑むハミルトンの顔がふと脳裏に浮かぶ。(あいつ、今どうしてるかな。……じゃなくて――)榊はかぶりを振って
「ドサクサに紛れて変なフラグ立ててんじゃねえよ! 心配して損したぜ」
「その元気があるのならさっさと起きて加勢せんか。今のような僥倖、二度目はなかろう。未熟なお前でも、今は猫の手くらいの役には立って見せるのだな」
「言わせておけば……そっちこそ年寄りの冷や水に気を付けやがれ」
売り言葉に買い言葉。とても首相候補とその娘には思えない。かつては此処に兄様も居て……それが萩野の家の日常だった。(懐かしいな……)いつしか死地にあるという恐怖は薄れていた。慄く脚を叱咤し立ち上がり、呼吸を整え、
「ここでくたばったら兄様に笑われちまうぜ、父様?」
フッと笑う榊を見て、萩野は片眉を上げて見せる。
「ふん、私は奴の目が黒い内は死なぬと決めている。それにお前に何かあってはウィル君に申し訳が立たんからな。さっきも言ったが――」
「……って、それはもういいからっ!」
残った三人の
□□□
冷やりとした外気が天井から流れ込む。今夜は貸し切りとなっている地下駐車場の、車両を運ぶ大型エレベータ。その地上側の解放口が解放されていた。高さは約八メートル。そこから次々と黒い人影が飛び降りて来る。ヒトには不可能な関節の曲がり方をさせて衝撃を吸収し、ゆらりと立ち上がる無表情な男たち。無骨な軍用銃を構え、こちらを視認した彼らの瞳の奥で瞳孔が微かな機械音を立てて絞られた。
「まったく、千客万来だな、樋口。今度は
口の端から血を流し、満身創痍といった姿で黒服の男は毒づいた。模倣義体は本来デザイアの後方攪乱用の兵器だが、制圧したピラーのプラントから鹵獲されたものが一部横流しされ、主として裏社会で流通している。恐らくは今回の襲撃の黒幕が後詰として用意したものだろう。
「それだけ師匠……萩野先生を邪魔に思う輩が居るということだ。口を開く前に銃を構えろ。さっきの
「軍用装備持った相手に、言われなくたってそれはないさ。にしても、お嬢ちゃんたちとやり合ったせいであいつらが格下に見えちまうとはな」
「理不尽だがそれが俺たちとサーキット持ち世代との差だ。祥子お嬢さんとの手合わせで身に染みているだろう。あの子たちはそこに強化措置を受けている」
「……だな。お嬢の前で格好悪いったらないぜ。この俺が碌に足止めもできず顔面に喰らっちまってKOとは……おかげでハンサム顔が台無しだ。暫くは
そう言って苦々しげに口元を拭う佐々木。それを見やって樋口はニヤリと笑う。
「その点では良い薬になったかもしれんな。大体お前は――」
「こんな時にうるさいって……来るぞ!!」
諫言しようとする樋口を面倒臭げに制すると、佐々木は軍用拳銃で人形の一体を撃ち抜く。回避行動を取る事も出来ずにコアを撃ち抜かれ機能停止するドッペルゲンガー。
「射撃は流石だな。あの
「……腕があっても護れなきゃ意味はないさ。今だって先生を――」
設定されたプライオリティの関係か二人を摺り抜けて萩野たちを追おうとする
「その可能性を少しでも減らすためにここは護らないとな」
「……ああ、泰吾坊ちゃんにまた殴られるのは御免だ」
かぶりを振って銃を構える佐々木。だが浮かべようとした笑みは引き攣ったものに変わる。
「おい、冗談だろ……」
佐々木の視線の先。エレベーターの開放口から落下してくる大量の球状の物体。大きさは三十センチほどのそれは床に落下すると各部を展開して甲虫を模した形状となり、耳障りな音を立てて躙り寄って来る。触覚に当たる部分の先端が赤く光っていた。
「ビートル種か。人もどきのドッペルと違って人類の殺戮以外の行動パターンを持たない此奴まで投入するとは……この襲撃、最早暗殺ですらないな」
「既に無差別テロだろ。近くに無関係の人間が居たらとんでもないことになるぞ」
「もしくは裏にいるのがそこまでの判断力のない馬鹿者か、だ――」
二人の背に冷たいものが流れる。ビートル種は最弱のデザイアであり、単体の戦闘能力は非戦闘用であるドッペルゲンガーにも劣る。しかし殺戮に特化した単純明快な行動パターンは物量と組み合わさると恐るべき脅威となる。小型で狙いの付けづらい体躯に搭載されたレーザーガンはかなりの出力を持ち、バトルドレスで武装した歩兵小隊すら蹂躙する程なのだ。二か月前の鷹月市旧市街で訓練中の学徒兵を壊滅させたデザイアも、主としてこの種だった。
闇の中に光る無数の赤点にレーザーガンの銃口の赤が加わる。陽ヶ埼の手練れであろうとこのレーザーの射線から逃れることは不可能だった。悔しげに顔を歪ませる二人。
わずかな光の明滅が形成する死線――だがその時、ビートルの群れと二人の間で仄かに輝く薄緑色の燐光が渦巻き、地下駐車場は眩い光で包まれた。
□
軽い眩暈。それは一瞬のことだ。転移門……あの娘はそう言っていた。ならばここは? 目の前で渦巻くフェリオンの奔流が薄れたとき、志生の眼前にあったものは幾度となく見たレーザー斉射の射陣を組む忌々しい甲虫種の群れだった。
「あ、あんたたちは……ハミルトンの坊ちゃんもか!?」
背後から切羽詰まった声が聞こえた。確か萩野の護衛の一人だったか。避けろ、ともう一人が叫ぶが斉射体制に入っている数十体のビートルの射線から身を躱すのは不可能に近い。状況を把握したハミルトンの左手が仄かに輝く。切断のエフェクト。ハミルトンはそれを放射状に放つ
(なんてところに飛ばしやがるんだ)傍らに立つ金髪の少女に恨みがましい視線を向けるが、
「下がりなさい、ウィルヘイム。貴方は早く護衛の方と祥子さんの元へ――」
涼やかな声音。
「おい……」
留める声を喉から絞り出す間もなかった。目の位置にあるレーザー発射孔が仄かに輝き、少女の華奢な躰を無数の射線が貫く。(私は大丈夫だから――)自信なさげな黒髪の少女と重なる追憶の面影。駒送りのように志生の網膜に投影される、再び喪う恐怖。それが志生を凍り付かせた。
「エリア!?」
その言葉は自分の発したものなのか同じく硬直したハミルトンが発したものなのか、志生には分からない。無駄と知りつつ少女の前に出る志生。それに構わず少女は右手を前に翳し、呪文らしき言葉を紡ぐ。
「――
エフェクトの発動に伴うフェリオンの流れ。志生がそれを感じた瞬間、ビートルの群れからレーザーが一斉射された。その場にいる者すべてをハチの巣にするに足る弾幕。しかし――
(…………?)
全身を焼く激痛に備えた志生だったが、不思議と痛みはおろか何の衝撃も感じられなかった。大気中のフェリオンとの反応で発した閃光で眩んだ目でようやく自らを見やると、全身を薄い皮膜のような光が覆っているのが分かった。これがレーザーを防いだのだろう。これはまるで……
「貴方たちが
「初歩って……いったいエフェクトを幾つ持ってやがるんだ、アンタは……」
金髪の少女は悪戯っぽく微笑み、近くに転がっている小銃を手にすると、それを志生に放って寄越した。早くなさいとばかりの傲岸な態度に反発を覚えるも、手にした銃でドッペルゲンガーの一体を撃ち抜く志生。敵の数的優位は揺るがないが厄介なレーザー斉射を封じれるのならやりようはある。それを見やってハミルトンは"居合"を放ち数体のビートルを破壊すると、
「佐々木さん、樋口さん、行きましょう。シオ、ここは頼みます」
そう言って加勢しようとする二人を促し奥の通路へと駆け出す。今成すべき事。ハミルトンの冷徹ともいえる冷静な判断に志生はほくそ笑んだ。(それにしても――)
「
金髪の少女の掌から撃ち出される眩い光弾がドッペルゲンガーの胸部に大穴を開ける。まるで高出力の光学砲で撃たれたかのような。かつてエリアの見舞いで訪れた病院で、病室の前で破壊されていたドッペルゲンガー。それが誰によるものだったのかを、今、志生は理解する。
――戦慄。エリアという少女が特別な存在であることは初めて出会った時より知っていたが、金髪に変貌した彼女はそれとも違う異質さを漂わせていた。
(教団でもエフェクトに特化した能力者の研究はされていたって聞いたが)
だとすれば神聖同盟か……あるいは鷹月か。ありえない事ではなかった。サーキット保有世代を異種として嫌悪する神聖同盟はカラーズを兵器転用することに躊躇しないだろうし、鷹月とて宗平という人格者がトップに居たとはいえ軍需産業であるということに変わりはなかった。鷲尾博士のSSSも明らかなエフェクトの軍事利用を目的としている。
(妖怪って呼ばれる爺さんとはいえ、ご隠居のあの態度が演技とは思いたくないんだが――)
そこまで思考を巡らせて志生はかぶりを振った。眉一つ動かさず、人にしか見えない模倣義体を淡々と破壊する金髪の少女。彼女が何者であろうと、エリアという黒髪の少女の本質とは関係ない筈だ。控えめで優しく、それでいてちょっと頑固な面もある
(なんにせよ、侭ならんもんだな……人の在り方って奴は……)
ボヤキにも似た溜息を漏らし、志生は金髪の少女の背を狙うドッペルゲンガーの頭部を弾の切れた小銃の銃端で殴りつけた。人間離れした膂力に打ち据えられて前のめりに倒れた敵に、取り落としたマシンガンを奪って至近距離で機銃弾を叩き込む。撃破。そのままレーザーの再充填中のビートルの射列に斉射。沈黙させる。
「流石ね、シオン――」
「その名で呼ぶんじゃねえよ」
「……そうね……ごめんなさい。貴方は桂城志生なのだから」
淡々と謝罪する少女の感情の見えない横顔は、どことなく寂しげに映った。八つ当たりめいた言を吐いてしまった事に志生の胸に微かな痛みが走る。舌打ちする志生。(その
「ま、いいさ。それでアンタは一体何処の何方様なんだ?」
心中の騒めきを打ち消さんと志生は尋ねる。髪の色だけではない。明らかに目の前の少女は黒髪の少女とは異なる人格だった。それについて小隊顧問である鷲尾博士はエリアの解離性同一性障害を疑っていた。鷹月の姫とはいえあのペルシアで地獄を経験しているのならさもありなん……少なくとも水無瀬達の言うゲームキャラクターの具現化などよりは現実的だろう。
――だがあのプレッシャーが、機械の戦士の突きつけた刃が警鐘を鳴らす。あの戦慄すべき技量を持つ男は一体何者なのか。
「私? 私は鷹月エリアよ」
「その
獰猛な視線を向ける志生。すると少女は目を伏せて謡うように囁いた。
「私は失われし古代王国の末裔。光輝を司り、千の守護機士を随えし巫女姫。我の名はエレアノーラ・フィル・クレネリア――」
「……それはゲームだ。
あからさまな韜晦。真面目に答える気はないって事か。
「正しいリアクションね」
片眼を瞑って見せる少女。超常の力を宿す身とは思えない、年相応に映る愛らしい仕草。(エリアと違って喰えない
(私を信じなくても構わない。けれど桂城志生。この子を……エリアだけは信じてあげて。これからも、ずっと。そして、いつの日にかきっと……)
志生の脳裏に祈るような声が響いた――
□□□君が為に
エレベーターとは別に地上階と結ぶ非常階段。その中間層にある踊り場から争いの音が響いていた。そこには動力室の入り口があったはずだ。(ショーコ、師父……)ハミルトンは逸る心を抑えて一足飛びに階段を駆け上がる。
「坊ちゃん、上だ!」
護衛官の佐々木が叫び、躊躇わず発砲する。跳弾の音。狙った相手は苦も無くそれを回避し、壁を蹴ってハミルトンへ襲い掛かった。白刃が閃く。上体を捻りつつそれを躱し、左手に形成したフェリオンの刃で薙ぎ払う。
「くっ……」
刹那の躊躇い。それがハミルトンの剣を鈍らせる。着地した少女の背を切り裂くはずの一閃はわずかに逸れ、肩を浅く傷付けるにと留まった。感情の消えた顔に微かに憎悪が宿った。恐るべき速度で肉薄され、大振りの軍用ナイフが振り下ろされる。躱せない――そう思った瞬間、甲高い金属音が響き渡った。
「油断するな、ウィル君。相手はアプサラスだ」
凶刃を受け止め、相手の膂力に顔を顰めながら樋口はハミルトンを窘めた。予備の軍刀を投げ渡される。名刀の模造品だが良い作りで手に馴染む。一方、傷が響くのか肩を抑え飛び退く強化兵の少女。
(シオ達が道を開いてくれたというのに、こんなことをしている場合では――)ハミルトンは苛立ちを覚える。騎士として皆を守る盾となりたいという思いとは裏腹に、自分のエフェクトは相手を制圧するのには向いていない。抜き身の刃。かつて自らの能力への恐れからショーコを一人危険に晒してしまった悔恨。だというのに、分かっていた筈なのに相手が少女だからと躊躇した。そんな自分の弱さに。実力の上回る相手に手心を加える余裕などない筈だというのに。
油断なく構え、ジリジリと後退する少女。明らかに時間を稼ごうとしている。動力室まであと僅か数メートル。破壊された扉の向こう。戦闘音に混じり、よく知る二人の声が聞こえていた。
ハミルトンは正面の敵である少女を見据え、歯軋りする。肩まで伸ばした銀色の髪に褐色の肌をした中東系の少女。小柄だから余計に幼く見えるのかもしれないが、倒れていた少女と同じく合衆国ならロースクールすら出ていないであろう年少の少女。そんな子に致死率の高いナノマシン施術を行い戦闘機械とする非情。この子に罪はない――
(騎士たるもの、為さねばならぬ事を履き違えるなよ、ウィルヘイム)
壮健な頃の曽祖父の言葉が過る。為すべき事。それは師父とショーコを助ける事。そしてショーコに自らの意思を伝える事だ。それには眼前に立ち塞がる少女を倒さなければならない。近接して斬り付ける。踊るような動きで軽々と回避される。当然だ。迷いのある太刀では。
「やるしかねえぞ、坊ちゃん」佐々木が銃撃し、少女の反撃を封じてくれている。
屋内戦闘を考慮したのか、後詰の
そう決意し身構える。氣を高め、“斬る”という念を刀身に集中させて不可視の刃を創り出す。
(だが、騎士たるものは如何なる時も己が信念を貫かねばならぬ。辛い事だのう、ウィルよ)
それでも心に残る揺らぎがもう一つの曽祖父の言葉を蘇らせる。無辜な操られているだけの少女を斬るのが己の信念なのか。それしか方法はないのか。凝り固まった思考は妄執を呼び込む。父の死によって妄執に憑りつかれた曽祖父。その下で考える事を止め復讐の剣を叩きこまれた虚しさ。
(君は何のために武を学びたかったのかね、ウィル君?)
そんな自分を陽ヶ埼の武道で鍛えなおし、騎士としての心を蘇らせてくれた師父の教え。
そういえばあれは……あれなら――
「ぶっつけ本番とかは僕の趣味ではないんですがね……」
苦笑しつつハミルトンは目を伏せる。照れ臭そうに笑う、ぶっきらぼうな物言いの少女が脳裏に浮かんだ。(ショーコ……)
佐々木のリロードの隙を突いて一気に距離を詰める少女。それに居合を放つハミルトン。だがそれを紙一重で跳躍して躱し、少女は降下しながら渾身の斬撃を放つ。「ウィル君――」庇おうと樋口が駆け寄るが間に合わない。軍刀が床に落下して音を立てて転がる。少女の感情のない顔の口の端が微かに吊り上がった……
□
「祥子、反射神経に頼りすぎだ。もっと感覚を研ぎ澄ませ。陽ヶ埼流柔術中伝ならば振り返らずとも背中の敵くらい見切って見せろ」
「――無茶言うなっての」
時間差で襲い掛かるアプサラスの連携攻撃。床を転がって間一髪で逃れ、体勢を立て直しながら榊は冷然と状況を俯瞰する父親に悪態を吐いた。それに答えず草を刈り取るような鋭い足払いを放つ萩野。それを軽やかに躱し、少女たちはいったん距離を置くべく飛び退いた。
サーキットの力で相手のスピードには着いて行ける。同じ強化兵とは言え、流石に彼女たちと熟練の少年兵だった志生とは体力、経験で雲泥の差があるのだ。加えて障壁のエフェクト。辛うじて拳大まで展開可能に回復したそれは、少女たちの必殺の一撃から榊と萩野を守り続けていた。
しかしエフェクトの維持は体力を消耗させる。強化兵の一人を倒したとはいえ、高齢の父は呼吸が乱れ始めていた。自分の障壁の力でやり過ごす事は出来ても、格上の相手に決定力を持たないのではいずれ押し切られてしまうだろう。
外で戦闘音が聞こえる。恐らくは二人の護衛が駆けつけてくれたのだ。それに応戦する為にリーダーらしき銀髪の娘が外に向かった事で室内の戦闘は二対二となり、こうして辛うじて拮抗を保っている。
「……ショーコ、師父!!」
(……って、あの声は)ふと聞こえた、ここには居ない筈の声に榊の顔に喜色が浮かぶ。
樋口、佐々木。二人の師範代に加えて聞こえるそれは――
「父様、あいつが……ウィルの奴が……」
「ようやく気付きおったか、この未熟者が」
「アイツが今夜ここに来る事を、知ってやがったな……父様?」
「愚問だ。私がこの壮行会に呼んだのだからな」
「……この狐。アタシがどれだけ――」
「思考が足りぬな。ウィル君は私の大切な友人の孫であり、日本での保護者は私なのだ。今回の送還について、直接会って本人の気持ちを聞いておこうとするのは当然だろう――尤も、こんな事と次第になったのは遺憾と言う外は無いのだが……」
状況に焦れたアプサラスたちが一気に攻勢を仕掛けてきた。まずは厄介な障壁の使い手を仕留めるべく、波状攻撃が榊を襲う。一人目の攻撃をバックステップで躱すも、回り込んだもう一人の斬撃が榊の背を捉える。ドレスが切り裂かれ、耳障りな高音が響く。
(エフェクトが無けりゃ、死んでたな)決定的な衝撃を感じつつも素早く振り返る。焦り故か二人の連携は甘い。攻撃を弾かれ体勢を崩した相手の手首を軽く捻り上げると少女の関節と喉から押し殺した悲鳴が上がった。そのまま引き倒すようにして床に叩きつける。背を打って悶絶する少女。鳩尾に一撃。気絶させる。獲った――
「祥子、後ろだ!」
萩野の緊迫した叫びが聞こえた。上段から袈裟懸けに振り下ろされる大振りのナイフ。それをクロスさせた腕に展開した障壁で辛うじてブロックする。だがそれはフェイントだった。押し合いになった刹那、少女の膝が榊の腹に叩き込まれる。酸いものが逆流する感覚。続けて回し蹴り。凄まじい膂力で榊の長身は動力室の壁に弾き飛ばされた。
「ぅ……ぐ……」
朦朧とする意識。咄嗟に展開した障壁で骨はやられてはいないようだが、その衝撃までは殺せなかった。霞む視界。父が胸を抑え荒い呼吸をしているのが見て取れた。達人とはいえ旧世代である父がサーキット保有者の、それも強化兵と渡り合うのは流石に荷が勝ちすぎていた。自分を戦闘不能と判断したのか敵の少女はゆっくりと萩野へと近づいてゆく。
「お父様――」絞り出すような声。二度目はない、とばかりに油断なく身構える少女。
――通路の喧騒が止んだ。その瞬間、狩猟獣の動きで少女は萩野に躍りかかった。らしくない。そう思いつつも榊の声帯が悲鳴を上げる。閃く白刃。堪え切れずに眼を瞑る榊――
――その時、一陣の風がその場を駆け抜けた。
形容しがたい不協和音が響き渡る。恐る恐る瞼を開くと、萩野に斬り付けた少女の刃は仄かに輝く不可視の刃で受け止められていた。間に割って入る人影。その燃えるような紅い髪が靡く。
「すみません、遅くなりました」そっけないが丁寧な物言い。
「ウィル……」大きく見開かれた榊の赤い瞳に熱いモノが溢れた。
ハミルトンの左手に形成されたエフェクトの斥力がアプサラスの少女の刃を弾く。そして体勢を崩した少女の胸に向けてハミルトンは掌を鋭く突き出した。
(虎魂……?)だが少女に接する直前、ハミルトンは掌を寸止めにする。空かさず飛び退いて距離を取る少女。次の瞬間、榊の目にハミルトンの掌が淡く輝くのが見えた。
「――破ッ」裂帛の気合。閃光。少女の身体は触れてもいないのに大きく弾き飛ばされ、糸の切れた操り人形のようにクタリと床に崩れ落ちる。
「ほう、虎魂にエフェクトを加えた“遠当て”か。そちらも会得していたのだな」
「“居合”と同じく、我流ですが。……ご無事で何よりです、師父」
「愚娘ともども助かった。礼を言うよ、ウィル君」
(ったく、何当たり前に会話してるんだよ……)呆れつつも榊はほっと息を吐いた。
「冷や冷やさせてくせるぜ、ハミルトンの坊ちゃんは。あの状況で新技披露とはな」
「あちらの娘も命に別状はない。格上相手に殺さずなど甘いと言う外は無いが、よくやったな」
樋口と佐々木の声。二人とも無事のようだ。
(よかった……)安堵感から榊の意識は白濁してゆく。近づく足音。ふわりとした浮遊感。逞しい腕が榊の身体を抱き上げていた。所謂お姫様抱っこという奴だ。すぐ近くに物憂げなハミルトンの顔。普段なら気恥ずかしさで暴れるところだが、今はそんな気はしなかった。気怠さが勝っていたし、何よりも、それが心地よかった。
「遅くなりましたね。でも、貴女が無事でよかった……」
あの時と同じ台詞に榊は唇を噛みしめる。結局護って貰ってばかりだ。アタシは――
「お前はさ、なんでアタシなんかを構うんだよ?」
思わず心とは裏腹の、捻くれた問いが零れた。
「それに理由が必要なのですか?」戸惑いを浮かべるハミルトン。
「当たり前だろ。お前は陽ヶ埼の剣術、それに柔術も、餓鬼の頃から学んでいたアタシをあっという間に追い抜いちまう。悔しいけど父様も認める天才だよ、お前は。おまけに合衆国の武の名門ハミルトン家の跡取り様じゃないか。それに比べて萩野の家なんて、父様が議員になる前は濱松の町道場にすぎなかった。お前の爺さんと父様は友人だったかもしれないけど、釣り合わねえよ。どうしてアタシなんかを――」
顔を背け、一息に捲し立てる。鬱積した想いが溢れ出した。
「わかりませんか、ショーコ。貴女だからですよ」
「どうして――」
「僕は君の為なら何だって出来る。それはあの陽だまりの中で出会った時からずっと心に決めていたことだから。虚無の中にいた僕をショーコは救ってくれた。ショーコと共に在る事。それが今の僕の望みなんです」
(ウィル……)榊の胸を暖かなものが満たしてゆく。
「ならば、日本に残留という事で良いのだな?」それを聞いていた萩野がハミルトンに問う。
「はい。既に祖父には伝えてあります」
「国を捨てることになるぞ?」
「――覚悟の上です」
微かに口元を綻ばせ、萩野は榊をちらと見て笑った。
「承知した。私の方からもアレックス殿には伝えておこう。では、
「ちょ、勝手に――」それの意味することを悟り、狼狽する榊。
「惚れた男にあれだけの事を言わせて覚悟を決めれぬとは。士道不覚悟よな、祥子」
「士道不覚悟って……」榊は絶句する。
「おお、これは戻ったら久々に道場で祝杯ですね、先生。どうせなら護衛以外の門下生も呼んで、バーッとやりますか!」
「お前は顔の傷に響くから程々にな。だが悪くない」
通信端末を取り出して勝手に盛り上がる佐々木と、窘めつつもそれに同意する樋口。それを止めさせようとハミルトンの腕の中で暴れる榊。高らかに笑う萩野。やがて羞恥が限界に達した榊の叫びが地下の壁に反響するのだった――――
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□□□Afterward……
「どうやら終わったようね」
ベンチにぐったりと腰を下ろしていた志生は、気怠げに声の主を見やる。煤に汚れたドレスを纏った金髪の少女が自分に半身を預けて座っていた。
「起きてるなら退けよ、暑苦しい」
「このくらい良いじゃない。助けてあげた役得としては安いものよ」
「役得って……」
反論しようとしたが面倒くさくなって志生は目を閉ざす。彼のスーツも少女のものと負けず劣らずの汚れ様で、所々に焼け焦げの跡があった。
(しくじったな……)志生の口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
地下駐車場のエレベーターはホテル脇の公園に繋がっていた。その中央に止められた大型車両が激しい炎を上げて燃えている。
襲撃犯の物証を得るために地上に上り、鹵獲兵器群の制御システムを探した志生達だったが、それらしいトレーラーのコンテナに近づいた瞬間、それは爆発したのだ。証拠隠滅を兼ねた単純なブービートラップ。そんなものに自分が引っかかるとは。金髪の少女がエフェクトで護ってくれなければ只では済まなかっただろう。
無防備に自分に身を預ける、異世界の巫女姫エレアノーラを自称する金髪の少女。クラスメイトである鷹月の姫、エリアに宿るもう一つの人格。彼女は一体何者なのか。志生の中で疑念は募るばかりだった。少なくとも敵ではない筈の彼女だが、それに答える気はなさそうだ。
「私について聞かないの?」
「その気はないんだろ?」
「――そうね」
「なら、いいさ。アンタにも事情があるんだろうからな」
あれ程のエフェクトの使い手に脅しなど通用すまい。抑々彼女の身体はエリアのものだ。無理に聞き出そうにも内面に逃げられてしまえば意味がないだろう。先刻、彼女が自分たちを導き、協力してくれたのは事実だった。なら、今はそれでいい。
「ありがとう、シオン……」
囁くような儚げな声。その名で呼ぶんじゃない――と言いかけて志生は口を閉ざした。不思議と違和感は感じなかったから。夜風が流れ、懐かしい柑橘系の香りが志生の鼻腔をくすぐった。
近づくサイレンの音。この襲撃に対して出遅れた警察、憲兵が動き出していた。
安らかな寝息。ちらと見やると彼女の陽光のように煌めく蜂蜜色の髪は、いつの間にかエリアの夜空のような濡れ羽色に還っていた。満足そうな寝顔。大きく開けられたドレスの胸元がゆっくりと動いている。双丘の白い谷間が視界に入り、志生は咳払いをして視線を逸らす。
(どうやらこの子、疲れちゃったみたい……後はよろしく頼むわね。そ・れ・か・ら……貴方ならチョット不埒な事をしても
憮然とする志生。その脳裏にコロコロと鈴を鳴らすような少女の笑い声が響き渡った――
□
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微かな夜風が夏の夜の淀みを押し流してゆく。微かに焦げた臭い。
壮行会会場となったホテルから1kmほど離れた雑居ビルの屋上。
そこに一つの人影が佇んでいた。夜風に靡く赤銅色の髪が、月光に煌めく。煽情的なラインを惜しげも無く晒す
「余計なことをして……これだからお馬鹿さんは困るのよねぇ」
遠くに見える黒煙。それを観測用の双眼鏡で見やる女性の口元が皮肉めいて吊り上がった。仕込みは完璧だった。あんな玩具などより
彼女の足元には身の丈以上の銃身を持つライフルが銃架に乗せられていた。それを手に取り、バイポッドを展開して射撃姿勢を取る。
「団長的にはこれでよかったんでしょうけど……」
照準内にはベンチに座る年若い男女の姿があった。巨躯の少年に寄りかかり昏々とと眠る黒髪の少女。不器用にそれを受け入れている少年の姿は、まるで初々しい恋人同士のようにも見えた。
「幸せそうね、シオン」女性はクスっと微笑む。
照準が絞られる。十字の中心が短く刈り込まれた少年の頭を捉えた。トリガーに掛けられる指。僅かに吐かれた呼吸は、吐息のような熱と湿度を帯びていた。チロリと覘く桃色の舌先が形の良い唇を濡らす。
「だから……
照準が極僅かにスライドする。歪む口元。女性の視線が陶然とした色を帯びる。ピクリと動く指先。射線の先には安らかな寝顔があった。引き金が絞られようとした瞬間――
「……やめとけ、リドミラ。撤収だ」
背後からざらついた声がそれを制止した。覇気のない面倒臭げな口調だが、雷に打たれたかのように女性は身を硬直させる。
いつの間にか小柄な男が湿気煙草を燻らせながら立っていた。サングラスをかけた風采の上がらない中年の男。口に蓄えたカイゼル髭が逆に滑稽な雰囲気を醸し出しているが、リドミラと呼ばれた女性の反応がそれが見せかけであるという事を如実に示していた。
「え~、良いところだったのにぃ……」
「……耳が遠くなったのか?」
お道化て見せるリドミラだが、団長と呼ばれたカイゼル髭の男は先ほどとは打って変わった圧を持ってそれに答えた。舌打ちをしつつ銃を収め、
「でも、団長。折角の追加報酬ゲットのチャンスなのに勿体なくない?」
言い募るリドミラだが、団長は肩を竦めるだけだった。
「早くしろ。
「……? ちょっと待ってよ、団長。ゴドノフ団長ってば~~」
慌ててそれを追うリドミラ。
二人は足早に階下へと去って行った――
□
深夜の街にサイレンの音が続いていた。
その一方で、殺風景な雑居ビルの屋上は静寂に包まれてゆく。
ややあってリドミラの居た場所に仄かに輝く緑色の燐光が渦巻いた。
次いで顕れる、蒼く輝く
「桂城志生。貴様の
寂のある声が無人の静謐な空間に響いた――――