TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 14 戦場へ至る非日常

 

 □□□小隊長の休日

 

 ――強い日差しが日中の暑さを予感させた。夜間の残滓の微かな涼風に、肩より少し伸ばしたセミロングの髪がサラリと靡く。

 

 意志の強そうな顔立ちに翡翠色の瞳、そして桜色の髪。明らかに周囲とは異なるそれらは、しかし絶妙なバランスで()()の特徴を彩り、スラリとした肢体は鋭敏な印象を与えつつも、女性らしい丸みを帯びつつある――

 

 近隣にある橘花学園の学徒兵にして試作実験機小隊"虹"(Chord Rainbow)の小隊長、来栖(くるす)優菜(ゆな)は、小隊指令である眞喜志(まきし)一之(かずゆき)から与えられた休日をどう過ごそうか……そんな風にぼんやり考えつつ、東京から越して半年余りの街並みを歩いていた。

 過ごし易いとの予報と早朝の涼しさを期待して気楽に散策に出かけたものの優奈は数分で後悔している。真夏の陽光が容赦なく道路を焼き始め、朝とはいえ帽子無しでは辛い日差しと気温だ。

 

(これじゃ散歩って気分でもないし、制服に着替えて学校で自主練でもしようかな……)

 

 学園の訓練施設は常時生徒たちの為に解放されている。

 戦士として習熟するには学生との二足の草鞋の教習課程では余りに心許ない。それ故に休日とはいえ自主的に鍛錬に励む生徒も多いからだ。

 

(明後日には初めての本格的な実戦への参加。隊長として気を引き締めなくては……お父さん、見ててね?) 

 

 学校に誰か居たら練習に付き合ってもらおうかな? ウィル君か榊さんが居れば模擬戦に付き合って貰いたいところだけど……意を決して踵を返した優奈の瞳に、チラとよく知る姿が映った。

 

(あれ? あそこに居るのは……志生?)

 

 長身で筋肉質な、偉丈夫と言っていい体躯。漆黒の髪を短く刈り込み、やや強面だが何処となく愛嬌のある顔立ちの少年――桂城(かつらぎ)志生(しお)だ。

 郊外へと向かうバスの停留所で、手持無沙汰に突っ立っているのが、その体格ゆえによく目立つ。しかも似合わない気取った装いの白のスーツ姿に道化じみたバラの花束――

 

「またあんな格好で……ホント、センスないんだから」ため息交じりに肩を竦める。

 

 

 桂城志生は戸籍上は優奈の義兄となっている。父である来栖征四郎が任地のペルシアで保護した少年。身寄りのない彼を来栖家で引き取ったことで、志生と優奈が家族となった六年前のあの日、

 

『優奈、今日からこの子がお前のお兄さんになる。仲良くしてくれると、お父さんは嬉しいな』

『ちょ、セイシロウ。何を勝手に――』

『お兄さん……? ふーん、君はアタシより年上なんだ。そんな風には見えないけどなあ……あたしより背、低いし。ねえ、君の名前は?』

『…………』

『あたしはユナ。よろしくね、おチビさん』

『……なんだよチビって。人をペットみたいに呼ぶんじゃねぇよ』

『だって君が名前を教えてくれないんだもん。ニンゲンなら自己紹介はキホンでしょ?』

『……人間って。オレはそんな立派な奴じゃねえよ』

『ん? だって君はニンゲンでしょ。ほら、あたしもこんな髪でこんな目してるから"からーず"って呼ばれるけどニンゲンだよ? 違う?』

『そういう意味で言ったんじゃ……セイシロウ、躾がなってねぇぞ』

『ごめんな。優奈はちょっと融通が利かない所があってね。こうなったら止められないから、諦めてくれ。可愛いんだけどそこが珠に瑕というかなんというか……はは、親が言う事じゃないか』

『…………親馬鹿かよ?』

『ほら、な・ま・え』

『…………志生。姓はカツラギ……だったらしい。呼ばれたこともないから忘れちまったよ』

『そっか。じゃ、今日から君は“くるす”よ。よろしくね、シオ』

 

 出会った時は不愛想だった志生だが、日本での生活に慣れるには左程時間はかからなかった。早くに母を亡くし、軍の激務故に家を空けることの多い父だけが唯一の家族だった優奈にとって、志生は初めて出来た“兄”……近しい年の頼れる存在となっていった。成長期に入った志生の背丈が優奈のそれを遥かに凌ぐ様になり、二人の関係に仄かな変化が萌し始めたあの時(・・・)までは――

 

『優奈、心して聞いてほしい。君のお父さん……大佐は……いや、来栖征四郎少将(・・)は先日任地にて殉職された』

 

 負傷のため国内に残っていた眞喜志が病院から包帯姿のまま玄関先に現れ、呆然とする二人に涙ながらにこう告げた。けれど優奈は泣かなかった。

 

 ――ワタシハエイユウノムスメナンダカラ

 

 かつて救国の英雄を一敗にして地に叩き落としたマスコミの、掌を返したように同情的な取材を受けた時も泣かなかった。夥しい弔問客の応対をして、物言わぬ父の遺体と対面し、葬儀を終え、遺骨を軍人墓地に収める時も泣かなかった。

 

 ――すべてが終わり人の気配の消えた来栖家の居間にポツンと取り残されたとき、優奈の翡翠の瞳から一筋の雫が流れ落ちた。ひと月前、二度目のペルシア赴任で家を出る時、頭を撫ぜてくれた父の手の温もり。もうそんな年じゃないと憮然と拗ねた自分。少し寂しげに微笑むと父は任地へと旅立った。それが、最後の別れ――

 

(どうして素直に行ってらっしゃいと言えなかったんだろう)心に打ち寄せる漣が砂の城を突き崩す。ひとたび溢れ出した涙は咳を切ったように止め処なく流れ落ち、頬を濡らした。

 

『優奈、ごめんな……』

 

 一頻り顔を泣き腫らした時、背中越しに消え入りそうな声が聞こえた。伏せていたテーブルから顔を上げ、振り返って見上げると苦しげに顔を歪ませる志生の姿があった。

 

『どうして、志生が謝るのよ』

 

 あなたには関係ないじゃない……そう言おうとして言葉に詰まり、優奈は自分の部屋に逃げ込んで鍵をかけた。志生は泣いていた。いつも憎々しいほどに自信家で、泣き顔など想像したこともなかったのに。彼の過去について優奈は、父や眞喜志から朧気ながらに聞いていた。それが父の死と繋がった時、優奈は自分の涙が彼をどれ程傷付けたのかを知った。

 

 翌朝。優奈が居間に行くとそこに志生の姿はなかった。食卓に用意された一人分の朝食。胸騒ぎがして志生の部屋のドアをノックする。返事はない。ノブを回すと鍵はかかっていなかった。ドアを開く。綺麗に掃除された部屋の机の上にはつたない日本語が書かれた紙が残されていた。

 

『ごめんな、優奈。五年間ありがとう。楽しかった。さようなら――』

 

 ――それから一年後の春。

 

 橘花入学直後に行われた模擬戦闘教練……試合形式で行われたそれで、優奈のチームは巧みな連携で相手チームをあと一人にまで追い詰めていた。戦力差は十二対一……それにもかかわらず仲間の誰もが戦闘区域に潜伏した、最後に残った “彼” を見つけられず、一方的にペイント弾を浴びせられたのだ。まさかの敗北、それも完全敗北だった。

 圧倒的な技量差を見せつけられ、興味がわいた。素直に憧れた。休憩時間に自己紹介がてら優奈から話しかけると、 “彼” はフェイスガードを外しながら『桂城』と名乗った。そして――

 

『父上に憧れて、皆を護りたくて志願、ねぇ……英雄(自殺)願望って奴か。あんた、幸せなんだな?』

 

 ――呆れたようにそう言われ、知らず優奈は志生の頬を張り飛ばしていた。

 

 

「あれぇ、ユナ先輩……何してるんですか?」

 

 おっとりとした声。唐突に声をかけられ、追憶に浸っていた優奈は慌てて白いスーツから視線をずらした。

 

「えっと……鷲尾(わしお)……さん?」

 

 背後に居た少女がにっこりと笑う。()()()のツインテールが愛らしく揺れた。

 

 鷲尾(わしお)魅悠宇(みゆう)。CR小隊四番機セピュロスのパイロットで、隊ではスナイパーを担当している。鷹月のタクティカルドール(TD)開発部主任であり小隊顧問の鷲尾博士の娘で、容姿や口調とは裏腹に昨年まで飛び級で首都の大学に在籍していた才媛だ。人懐っこい性格で、一つ年下であることから優奈の事を入学当初から親し気に”先輩”と呼び、話しかけてくる。

 

「もう、先輩。小隊の仲間なのに他人行儀な……それに"さん"は要らないって、何度も言ってるじゃないですか。一つ年下なんだし、私の事は"ミユ"って呼んで下さい!」

「なら、"先輩"もなしね。学年も同じなんだし……あたしも"ユナ"でいいよ?」

「そ、それは無理ですよぉ……ユナ先輩のイジワル……」

 

 恥ずかし気に顔を真っ赤にしてふるふると首を振る鷲尾。

 クラスメイトから先輩呼ばわりされるのも相当気恥ずかしいんだけど……そう思いつつも優奈はそんな鷲尾の表情にクスッと口許を綻ばせた。

 

「……ところで先輩、何見ていたんですか……って、あそこに居るの志生先輩ですよね?」

 

 優奈の見ていた方向に視線を向けた鷲尾は、目聡く長身の少年の姿を発見した。白いスーツ姿と花束が場違いすぎて悪目立ちする事この上ない。バスを待つ人の列は明らかに志生と距離を置いていて、中にはクスクスと笑っている子供の姿すらあるのだ。

(まったく、何やってるのよ、アイツ)他人事ながら優奈は心の中で悪態を吐く。

 

「えっ、あ、そうね……それじゃ、明日また学校で――」

 

 訝し気にバス停の少年の姿を見詰める鷲尾。それに曖昧に答えながら、優奈はその場を後にしようとした。……のだが、

 

「ふっふっふ、そういう事なんですかぁ」

 

 小柄なのに意外と強い力で優奈の腕を捉えた鷲尾が、意味ありげに微笑んでいた。

 

「??? 何の事……?」

 

 何を言いたいのか分からない。呆けてる優奈を他所に、鷲尾は一人合点が言ったように頷くと、

 

「ユナ先輩、今日デートなんですよね? 志生先輩と♡」満面の笑顔。

 

「……は?」間が抜けた、自分でもはっきり間抜けだと思う声が優奈の口から洩れた。

 

 お邪魔しちゃ悪いですから、と立ち去ろうとする鷲尾。

 そんな根も葉もない噂を誰かに話されたら堪ったものではないーー妄想モードに入ってしまった彼女を慌てて捕まえると優奈は、

 

「……あのね、知ってるでしょ。志生……桂城君(・・・)とあたしは甚だ不本意ながら義兄妹って事にはなってるけど、元家主と居候の関係でしかないんだから。それ以上でもそれ以下でもないわ――」

 

 全力否定。あまりの剣幕にキョトンとしていた鷲尾は、ややあって悪戯っぽく笑った。

 

「なーんて、冗談ですよ。でも、ユナ先輩の慌てた顔って可愛いかも? うーん、眼福♪」

 

「…………」憮然とする優奈。

 

「でもでも、志生先輩って、あれで結構女子にも人気あるんですよ。強面っぽいけど結構イケメンですし♡ 意外と面倒見もよくて、銃の扱いとか教官より丁寧に教えてくれたり、行軍訓練で落伍しそうな子の装備を肩代わりしてくれたり。まあ、凄くメンドクサそうに、ですけど」

「そうなの?」

「はい。かくいう私も先日の林間行軍訓練の時に背嚢を持ってもらいました!」

「……それ訓練の意味無いから」

 

 悪びれもせす語る鷲尾に、優奈は呆れたように呟いた。優奈はその訓練を男女のハンデ有りとはいえ、上位でクリアしている。

 

「だって、私たちTDのパイロットですよね。それなのにこんな歩兵向きのの訓練(シゴキ)、本当に意味あるのかな~、なんて……」

 

 頬を膨らませ、拗ねたように不満を言う鷲尾。

(まあ、人には向き不向きがあるからね……情報処理やTDの知識では逆立ちしたってこの子には勝てないんだし)

 そう思いつつも優奈は、彼女の年頃の女の子らしい容姿をちらと見た。(きっと、あたしたちの年齢ならこの子の方が普通なのよ……でも……ね)

 

「パイロットに必要なのは才能だけじゃなくて、生き延びるための体力も大事よ。言わせてもらえば戦後世代として鷲尾さんはちょっとスタミナ無さすぎかな?」

 

 自らの言葉に辛辣さを感じたものの、優奈は強いて冷たく響く声音で鷲尾に告げる。

 戦争は絶対的な生か死(All or Nothing)の世界であり、それは学徒兵にとっても隣合わせとなる現実なのだ。

 

「……うう、鋭意努力します……」

 

 元々素直な性格の鷲尾は自覚していた事なのだろう。シュンとする彼女に優奈は優しく微笑みかけると、

 

「分かればよろしい。さっきの御返しよ。……ところで、鷲尾さんは何処か出掛ける予定だったんじゃないの?」

 

 鷲尾は見るからに大袈裟な、武骨な迷彩柄のバッグを肩に掛けている。その中に何が入っているのかを優奈は知っていた。

 

「あっ、タクの所で作戦会議を。……前に話したかもですが、DDOでどうしても勝てないプレイヤーが居るんです。新規IDっぽいのに……古残の人のサブキャラかもだけど……タクがムキになってて……まあいつもの事だけど。でも、わたしもちょっと気になることがあるんですよね~」

 

 鷲尾の言う“タク”とは彼女の幼なじみの水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)の事。TD好き故に橘花に志願したと言う子供っぽい所もある少年で、古今東西の戦史に明るく、先の大戦での優奈の父親の活躍を彼女以上に知っているほどの軍事マニアでもある。体が弱いことからパイロットにはなれなかったものの、小隊では指令付き管制官として指揮車からの戦術サポートを担当している。

 そしてDDOとは荒廃した未来世界でロボット兵器を駆って生き抜く、という内容の人気オンラインRPGで、プレイヤー同士の対戦も盛況。優奈も中学の頃友人に誘われてアカウントだけは取得している。専用のヘッドセットを装着しての臨場感は格別で、上位ランカーの鷲尾たちの気持ちは優奈にも理解できた。

 

「ふぅん……でも、楽しいのは解るけど、作戦前だから程々にね。水無瀬君にもよろしく」

「はあ~い。ではユナ先輩、また学校で」

 

 ペコリとお辞儀をすると、鷲尾は足早に駆けて行く。淡い緑のツインテールが揺れた。

 別に直接会わなくてもオンラインで話せば済むことなのに……大袈裟に作戦会議などと言っているのは、其れに託けて幼なじみと一緒に居たいからなのかも? 鷲尾が敢えて大学から橘花に転入してきた理由が優奈には何となくわかった気がした。

 

 

 再び場違いな白スーツ男を捜して停留所に視線を戻すと、既に郊外行きのバスは発車したのか人は疎らとなっていた。(誰かのお見舞いにでも行くのかしら……いったい誰の?)鷲尾に言われたからか、無意識に志生の行動を気にしていることが腹立たしい。優奈はかぶりを振ると、気を取り直して自主練の準備の為に下宿へ引き返すことにした。

 

 と、その時――

 

「まったくいい気なもんだな。軍人の皆様は今日もお国の為に戦ってるってのに、朝っぱらから能天気に騒ぎやがって……恥ずかしいとは思わないのかねえ?」

 

 鷲尾と話す優奈を先程から不躾に睨んでいた、三十代半ばほどのサラリーマン風の男が吐き捨てるように、そしてわざと聴こえるように言った。上質なスーツ姿。近くに本社のある鷹月関連の社員だろうか。しかし何処となく荒んだ、胡乱な視線。朝だというのに酔漢特有の臭いが優奈の鼻腔を刺激する。

 

「仕方ねえさ。文武両道の橘花ったって、所詮学徒兵なんざ今まで後方支援しかやってねえ。あいつらは御飯事で兵役志願の肩書を貰うだけの穀潰し連中なのさ。まぁ、橘花は元女子高だけあって花はある(・・・・)がな」

 

 同僚と思わしき男が嘲るようにそれに答えた。男の好色そうな視線が自分の短めのスカートと太腿に注がれている。それに気付いて、優奈は嫌悪を感じ、それと同時に強い憤りを感じた。

 

(後方支援だって重要な任務よ。大人の代わりの戦争なんてしたくない子だって多いのに……朝から酔っ払ってる貴方たちなんかに言われたくはないわ!)

 

 とはいえ酔漢の相手などしてられない。鋭い一瞥を突き付け、優奈はその場を足早に立ち去ろうとした。少女からの思わぬ反撃に男達は一瞬怯んだ様子を見せたものの、

 

「フン、汚染されたカラーズ(・・・・)の分際で……」

 

 口の端に侮蔑を込めて呟く。

 それを聞いた優奈の歩みがピタリと止まった。肩を震わせ、爪が手のひらに食い込むほどに固く拳を握り締めながら、優奈は振り返る。セミロングの桜色の髪が陽光に仄かに輝いて流れた。

 

「カラーズだから、なんだっていうんですか? あたしたちは普通の人間です。汚染されてなんていません」

 

 抑揚のない少女らしからぬ低い声音。憤りではなく、怒り。優奈はそれを自覚する。

 

「普通の人間? そんなアニメみたいな髪の色の何処がだっての。デキた時にお前らがママの腹ン中で汚染されたって証拠だろうが」

 

「おまけにその理由は敵の影響だって言うじゃないか。怖い怖い。そんな奴らを普通の人間(・・)とは言えねえなあ?」

 

 ――優奈の翡翠色の瞳がすっと細まった。

 それが何を意味するのか、男達は気付かない。単純に自分たちの煽りに掛かった少女をどう言葉で嬲ってやろうか、そんな下衆な感情が彼等を支配している。口汚い嘲りと卑猥な侮蔑。

 

「そういやアンタ、どっかで見たことあるなあ……たしか学徒兵のロボット乗り(・・・・・・)とかでやたらと雑誌に載ってなかったか? インタビューとか受けて、まるでアイドルよだなぁ」

「CR小隊、だったか。アンタもそうだけどほかの娘も中々の別嬪さん揃いだったなぁ……いっそ学徒兵なんかやめてステージで歌ってたらどうだ? 男好きのする際どい衣装でも着てさ」

「ハハッ、そりゃいいな――」

 

 ゲラゲラと響く下品な笑い声。

 だが、それは唐突に彼らの喉の奥へ消える事となる。つかつかと歩み寄った優奈が二人を激しい怒気を帯びた瞳で貫いていた。

 

「……言いたいことはそれだけですか?」

 

 内面を押し殺した静かな問い。それが一時的に怯んだ男達を増長させる。

 

「まったく怖いねえ……そんな顔しないでくれよ。カラーズとはいえ可愛い顔してるんだしさぁ」

 

「アンタ、胸は足りてねぇけど尻はいい線してるしな。その髪や目も、その手の連中(・・・・・・)にゃウケるんじゃねぇの? 生んでくれたママに感謝って奴だ」

 

 優奈の心の堰を走る亀裂。衝動が溢れ出る。

 

「……このっ!」怒りに我を忘れた優奈の右手が降り上げられた瞬間。

 

「――おい、優奈。その辺にしとけって」

 

 それを制止する鋭い声が響いた。

 同時に強い力で振り上げた腕を掴まれ、優奈は苛立たし気に背後を振り返る。そこには白スーツの少年――桂城志生がいつもとは違う真剣な表情で優奈を見下ろしていた。

 

「……志生?」

 

 優奈は呆けたように、彼の名を呟く。もう行ったのでは。どうしてここに? 

 

「ちょっとこれ持ってろ」

 

 そんな彼女に志生はバラの花束を手渡す。(一体何なのよ)その意図を測りかね、素直に受け取る優奈。突然の成り行きに呆気にとられる男達。

 

「さてと……」志生は彼等の前にずいっと近付くと、ニヤリと凄味のある笑みを浮かべた。

 

「どうもすみませんねえ、日々勤労に励む納税者様(・・・・・・・・・・・)に俺のツレ(・・)が大変失礼をいたしました」

 

 唐突に表れた巨漢からの謝罪とは思えぬ謝罪。顔を引き攣らせて志生を凝視する男たちは、傍から見れば獰猛な軍用犬に絡まれたチワワ(・・・・・・・・・・・・・・)にしか見えなかった。

 

「失礼なのはどっちよ! それにツレって何よ!」

 

「……お前は黙ってろ」憮然として叫ぶ優奈の口を押える志生。

 

「実はですね、コイツ、あの日(・・・)でして……苛ついてたんですよ、多分。ですから貴方らも犬に噛まれたと思って平にご容赦を……」

 

「もごっもごっ(あの日って何よ!)」暴れ出す優奈。

 

 ピィ――――

 

 警笛の音が響いた。騒ぎを通報した者がいたのか、遠くから警官と思しき制服姿が駆け寄って来る。一流会社勤めの立場的にマズいのか、毒気を抜かれた様に立ち尽くしていた男たちがそれを見てアタフタと逃げ出すのを確認すると、

 

「逃げるぞ、優奈!」

 

 志生はそう短く叫ぶと、優奈の手を取って脱兎のごとく駆け出した――

 

 

 どのくらい走ったのだろうか。幾つかの通りを経て二人は人気のない路地に身を潜めていた。体力には自信のある筈の優奈が荒い息を吐いている。その一方で志生は流石というべきか汗一つ掻いていなかった。 彼は油断なく周囲を見渡すと、

 

「流石に追っちゃ来ないか……ったく、優等生の委員長様が何やってんだよ。一般市民に暴力をふるったりしたら学徒兵の特典なんて一発で剥奪な事くらい、俺でも知ってるぜ?」

 

 心底呆れた様に言う。以前の言葉が蘇り、優奈は志生から目を逸らした。

 

「……許せなかったから。あたしたちは好きでこうなった訳じゃない。生んでくれたお母さんに罪がある訳でもない。それなのに、汚染されてるだなんて。あんな人たちに言われたくはないわ」

 

 自分でも言い訳じみているのは判っている。感情的になって、一般人に危害を加えそうになった事実。それは学徒兵としてだけでなく、この国においても褒められた行為ではない。志願に対する賞賛と同時に国税のつぎ込まれる学徒兵を見る世間の目は厳しい。志生が止めてくれなかったら如何にCR小隊といえど特典の剥奪だけでなく、退学処分すらあり得たのだ。

 

(軽蔑してるよね。あんな安い挑発に簡単に乗るような奴なのか、って……)

 

 よりによって志生(コイツ)に借りを作る事になろうとは。優奈は志生から視線を逸らしたまま、次いで彼から当然のように叩き付けられるであろう皮肉に備えた。

 

「融通が利かねぇのは変わらねえんだな……」

「……悪い?」

「そうでもないさ。ああいう手合いは俺も嫌いだからな」

 

(え……?)意外にも志生から出た言葉は同意だった。

 

「だがな、アイツらが言っていたことも完全に間違っている訳でもないんだぜ? カラーズが現れたのはデザイア由来のフェリオン粒子によるものなんだからな。胎児の時からその影響下にある俺達戦後世代はサーキットを持ち、特に強い影響を受けたものはエフェクトを得る代償に髪や瞳に外観的特徴を持つカラーズになる。カラーズに対する偏見の根底にあるものは、未だ未知の敵であるデザイアに対する恐怖なんだよ」

 

 整然と諭すように語る志生。彼の言う事は正しい。それは優奈にもわかっている。

 

「今更カラーズの講釈? 馬鹿にしないでよ。あたしだってわかってる……そんな事ぐらい、わかってるわよ。……けどっ!」

 

(まだあんな事を言う人達が居るなんて)そんな優奈の、溢れる想いの奔流は止められなかった。

 

「十六年前……あたしが生まれた頃はまだカラーズへの偏見は強かった。変な瞳や髪の色をした子供たち。汚染された新生児なんて蔑視される……そんな子を産んだことでお母さんは心労が絶えなかった。親戚の陰口とか、マスコミの取材でね。だからお母さんが早くに亡くなった理由はあたしにもあるのよ」

 

「……そんな理由があるかよ」苛立たし気に吐き捨てる志生。

 

「英雄の娘がカラーズなんてね……センセーショナルに取り上げられて、当時はあたし、結構マスコミからは有名だったのよ? 本当にあの子は来栖征四郎の娘なのか……って」

 

(あたし、何を言ってるんだろ?)自虐めいた笑みが優奈の口許に浮かぶ。こんなことを話したのは志生に対しても初めてだ。

 

「親御さん達のこと、好きなんだろ? お袋さんの事を俺は知らねえが、あの人(・・・)はお前の事を心底大切に思っていた。だから、そんな風に自分を貶めるのは止めとけよ」

 

 普段の気怠そうな、不真面目な態度とはうって変わった真摯な口調で志生は優奈を諫めた。ぶっきらぼうだが、何時だって志生は優しい。忘れていた。五年間一緒に暮らした"兄"の温もり。脳裏に溢れる追憶。それにそっと蓋をしつつ優奈はため息を吐く。

 

「……そうね。ごめんなさい、志生」

「謝るのは俺じゃないだろ」

「……うん、ごめん」

 

 己の感情を吐き出せたからか、優奈の胸に澱んでいた昏い感情が霧散していく。再会以来未だに燻る蟠りが無かったかのように、素直に謝る事が出来た。

 今なら――優奈がその言葉を紡ごうとした時、

 

「まあそれはそれとして、だ。……優奈、今暇か? 付き合って欲しい所があるんだが――」

 

 志生はバツが悪そうに頭を搔くと視線をそらす。それが頼み事をする彼の癖なのを優奈は知っていた。面倒見が良い癖に人を頼るのは苦手なのだ。恐らくは今の格好と関係がある事なのだろう。

 

(しょうがないなあ……)優奈は喉まで出かけていた言葉を押し留めて苦笑する。

 

「あなた程じゃ無いと思うけど、何かしら」

「軍病院まで、ちょっと見舞いでな。前も言ったが、慣れてねえんだよ」

「へぇ、また(・・)女の子と知り合ったんだ?」

「は? 何でそうなる。……まあ一応女っつうか、餓鬼だよ、餓鬼。古巣の……単なる昔の知り合いみたいなモンだ」

「子供ねえ……忠告しておくけど犯罪はよくないわよ?」

 

 揶揄い気味に咎めると、見上げる位置にある志生の顔がげんなりとするのが見て取れた。

 

「……お前な。先週のあの一件(・・・・)、眞喜志から聞いてるんだろ……ワザと言ってねぇか?」

「ふふ、バレた?」

 

 憮然としながら無人タクシーを止め、乗り込む志生。それに続きながら優奈は朗らかに笑う。二人でこんな風に居られるのはあの日以来久方振りの事かもしれない。

 

「……志生?」

 

 発進してしばらくすると隣から寝息が聞こえてくる。志生は既に仮眠状態になっていた。寝つきが良いのは優れた兵士の特性だ――昔、ぶっきらぼうにそう言っていたのを思い出す。その逞しい肩に頬を預けても志生は身じろぎ一つしなかった。優奈はそっと溜息を吐くと、

 

(あの時の事、謝りたかったんだけどな……でも、今は――) 

 

 

 □□□TAKATUKI Archives(August)

 

 1.鷹月の新たなプリンセス

 

 先月、鷹月グループ元総帥である鷹月宗平氏は自身に秘匿された肉親が居たことを公表した。

 新たに鷹月家の一員となったのは宗平氏の一人娘にして鷹月の白百合と呼ばれた沙耶(さや)さんの忘れ形見、狩野エリアさん(十六歳)

 彼女は人気オンラインゲームDDOの開発で知られるTCEの元プランナー、狩野(かのう)彰臣(あきおみ)氏の娘として今まで素性を知らされることなく育てられてきた。読者諸氏も知っての通り、鷹月一族は極めて血族意識の強い一族である反面、その政経への影響力から血族間の争いも激しい。その為両親を失ったエリアさんを守る為にこのような処置をした事は別段不思議ではないだろう。(一部マスコミにおいて、彼女は一族内の駆け引きのために宗平氏の用意した偽物とする報道もある。しかしながら彼女の遺伝情報は沙耶さんの娘であるとの確証が得られており、鷹月が血脈を重視する一族であることからもこれらは程度の低いフェイクニュースと言わざるを得ない)

 宗平氏は既に後継者も決まっているグループ内に波風を立てない為に、狩野家にエリアさんを任せる心算であったが、春のデザイアの攻勢によって彼女の育ての親である狩野夫妻が亡くなられた事もあり、この度正式に鷹月家に迎え入れる事を決定されたとの事。宗平氏の孫娘という事で、血縁上は鷹月宗家の直系という事になるが、エリアさんは相続権を放棄している。

 エリアさんの姿は多忙な宗平氏の代理として、既に様々な公の場にて見かけられている。以前の彼女を知る教師の話では左程目立つことのない大人しい生徒だったとの事だが、著名人に対しても臆せず見事な応対をされる姿は既にして鷹月の末姫として相応しいモノ。加えて日本女性らしい濡れ羽色の美しい髪と秀麗で艶やかな容姿は早くも社交界では注目の的のようだ。

(本誌の表紙の撮影にも多忙を押して快く応じて下さった気さくさもポイントが高いと言える)

 なおエリアさんは鷹月の人間でありながら自ら志願して名門橘花学園の学徒兵となっている。その国を想う愛国心は我々も見習わねばならない所であろう。

 

 2.壮行会会場にてテロ

 

 今月上旬、次期大規模作戦の壮行会会場となった濱松市のホテルで深夜発生した萩野議員への襲撃テロ事件は、日本国民の記憶にまだ新しいものと思われる。幸いにして死傷者は出なかったものの、著名な政治家を直接狙った卑劣なテロは日本にとって衝撃だった、といえるだろう。なお、憲兵隊、警察が全力で捜査を続けているにも拘らず、未だこの事件の全容は掴めてはいない。某国の工作員、デザイア、光芒教団など、様々な勢力に関与の疑惑があり、またその目的の解明には至っていないとのこと。

 事件を担当した憲兵隊の発表によれば、暴徒の侵入を陽動として萩野議員がが襲撃され、それを偶然その場に居合わせた橘花学園の二人の学徒兵が救出した、との事。この英雄的行動を成し遂げたのは(さかき)祥子(しょうこ)さん(17)とウィルヘイム・ハミルトン君(17)の両名で、祥子さんは襲撃に合った萩野議員の息女であり、留学生であるウィルヘイム君はかのハミルトン家の子息だという。(未確認ではあるものの壮行会に参加していた鷹月の末姫、鷹月エリアさん(16)もお付きの者と事態収拾に協力したという情報あり)

 この件に関しては学徒兵をダシにした露骨な国防軍によるプロパガンダという説も多く流れてはいるものの、本誌は卑劣なテロリズムに敢然と立ち向かった若き学徒兵の勇気に、率直に心からの称賛を送りたいと思う。

 

 3.国の鹵獲兵器管理能力に疑問

 

 先日の国会において野党議員数名が防衛大臣に詰め寄るという一幕があった。その原因は防衛省の機密に対する管理体制の甘さだ。

 防衛相は大戦時から今日までのデザイアとの戦闘で得られた敵性技術、特にかつて攻略された破壊不能な東京ピラーの管理を任せられている。ピラーはデザイアの地球侵略の橋頭保でその内部には様々な超技術が眠る。それらの無秩序な拡散は大きな社会問題となる為、わが国では国防省が監査委員会の立ち合いの元、その機密保持の責任を負ってきた。今、その信頼が揺らいでいる。

 デザイアから鹵獲された小型兵器、機甲種や模倣義体などが反社勢力などの手に渡り、国民の平穏を脅かす存在になっているのは近年の社会問題となっている。これらの多くは貧困に喘ぐ小国などが“戦利品”として攻略されたピラーから持ち出したものを外貨獲得のために裏社会に流したものだ。だが最近の流通品には国内を出所とする疑いのあるモノが見受けられている。本誌に寄せられた情報によれば、鹵獲兵器を所有するべくも無い小規模組織がそれらを用いた犯罪を行うケースも見られ、反社組織の間でも困惑する動きがみられているという。

 これら最近流通している鹵獲兵器に共通する点は反社組織すら関与していない、所謂裏ロット品(・・・・・)であるという事。違法であり厳格に国際取引が規制されている鹵獲兵器の輸入を民間が組織の助けなく行うことはほぼ不可能だ。となれば出所は……となるのは当然の流れだ。

 監査委員会の再調査でピラー内の工廠で製造途上にあったものの一部が管理課から免れ、パーツ状態で何者かによって持ち出されていたことが判明した。人類の現行の技術ではそれらを組上げる事は困難であり盲点であった、との事だが明らかな委員会と国防省の怠慢であろう。

 すでに首相は国防大臣の解任を発表しているが、野党は首相を含めたさらなる責任の追及をしていく構え。今後の動向に注視したい。

 

 4.鷹月重工重役、国家機密漏洩か?

 

 先月中旬、国内最大資本を誇る鷹月グループ鷹月重工にて戦術人形(タクティカルドール)の基幹部品の情報が外部に流出したという不祥事が発覚した。

 機体を稼働させる筋肉の役割を果たす特殊繊維、通称“スサノオの腱”は鷹月だけでなく日本でも最高レベルの国家機密。政府は直ちに調査委員会を設置し、情報の収集と解析に全力を挙げているが、元より国家機密である“スサノオの腱”に対するセキュリティは堅固であり、外部からの侵入及び事故による流出の可能性は極めて低いものと推測される。

 先日、国防軍の指示により独自調査を行っていた諜報部からの発表があった。それによれば本件は鷹月グループの重鎮、蒲生敏正氏(49)による背任行為であるという。蒲生氏は合衆国軍部への機密情報提供の見返りとして、自らの傘下企業の合衆国内での便宜を取り付けていた、との事。蒲生氏は容疑を否認しているものの、事態の深刻性から政府は警察と憲兵隊による強制捜査を承認した。

 この未曽有の不祥事に鷹月グループ前会長である、鷹月宗平氏は本誌の取材に対し『今回の国家の安全保障にかかわる情報の漏洩というあるまじき事態に対し、鷹月に連なる者として厳粛に受け止め、深く陳謝申し上げます。蒲生君にはグループの次代の指導者として期待をかけていただけに今回の暴挙は誠に遺憾であると言う他ない……』とコメントした。

 本件は国家反逆罪が適応される可能性が高い。蒲生氏は経団連の次期会長と目されていた人物だけに、政治・経済界に衝撃が広がっている。

 

 5.新型TD開発完了

 

 国防軍の装備更新計画の一環として五年の歳月をかけて国防軍と鷹月重工の合同で開発が進められてきた最新型TDの運用試験が完了した。

 機体名称は鷹月参式・風神(はやて)。現行機である鷹月弐式・雷神(いかづち)の特性を継承した汎用機で、機体各所のハードポイントに設置する専用装備を換装することで幅広い戦局に対応させることが可能。マスプロダクツに対応したパーツの規格化も弐式より進み、生産コストは約三割軽減されている。

 運用試験に当たった国防軍パイロットは『もはやTDは予算食いの玩具ではなく、兵器として洗練されたモノとなっています。風神が量産の暁には、地球に残されたデザイア最大の拠点・バベルピラーの攻略も夢ではないでしょう』と頼もしく本誌に語った。

 本機の早期実戦配備と対デザイア戦での活躍が期待される。

 追記:直後に発覚した蒲生氏の背任により、本機の実戦配備に影響が出る事は避けられないと思われる。自国のTDをライセンス生産に頼る合衆国が本機の機密情報を得た可能性もある。先のテロの標的となった萩野議員は本機を外交上のカードとして重視していた。背任事件とテロとの関係も含めて注意深く本誌は追ってゆきたい。

 

 6.大陸派遣連合軍・大勝

 

 大戦以前は合衆国・連邦と並び立つとされた三大大国の一つ、共和国。

 かつて世界の工業生産の半分を賄うとされたこの国が、デザイアの奇襲侵攻によって大戦初期に壊滅させられた……それによって人類は破滅の瀬戸際にまで追い詰められたというのは大戦史の常識として広く知られている。

 この国を二十年の長きに渡るデザイアの制圧下から解放すべく、日本国・琉球基地に戦力を集中させていた大陸派遣連合軍・東エイジア方面軍は先月初頭、大陸への橋頭保として国際交易都市・香港奪還作戦を敢行した。戦闘は今月末までの約二か月継続する激しいものだったが、連合軍はデザイアの別拠点である上海ピラーを奇襲攻略。香港防衛の要である香港ピラーとの連携を断つことによって一帯を奪取し、共和国南部に人類の勢力圏を築く事に成功した。

 本作戦の総司令を務めた合衆国陸軍ハミルトン中将は、戦果に湧く我々マスメディアに対し『今回の勝利は古来からの戦の例に漏れず、多くの将兵の血で贖ったものだ。軽々しく劇的な勝利などと美化するのは止めて頂きたい』と釘を刺した。その上で『戦略上の要となった両面作戦において、上海攻略では敵主力の攻勢を防いだ我が軍のドラウプニル中隊。そして香港攻略ではピラー破壊の要となった日本のTD小隊、叢雲(むらくも)隊の活躍が目覚ましかった。無論、各部隊との連携があってのものだが、両部隊には心からの称賛を贈りたい』とコメントした。

 我が国の叢雲小隊を率いた叢雲由香里(ゆかり)中尉は国防軍きっての女性TDパイロット。英雄の再来と呼ばれる(さかき)・眞喜志の両エースとは同期生に当たる。本誌のインタビューに答え彼女は『遅れ馳せながら自分もようやく彼らに追いつけました』と、はにかみながら語った。この勝利は来る国土回復の要となる作戦“金の鯱”に向けて我が国の将兵の士気を大いに高めてくれる事だろう。

 最後に……この戦いで傷つき、命を落とした多くの連合軍将兵に対し心から哀悼の意を表し、その魂に安寧が与えられんことを祈りたい。

 

 

 □□□虎の尾を踏むという事。そして――

 

「蒲生君。ワシが何故君を呼び出したのか、わかっておるな?」

 

 椅子に腰を下ろし、笑みを浮かべながら詰問する老紳士……鷹月宗平と、頻りに汗を拭いながら威竦まされたかのように呆然と立ち尽くす壮年の男……蒲生敏正。宗平の傍らには国防軍の制服に身を包んだ青年……眞喜志一之が、主を守護するかのように屹立している。

 

 鷹月邸内の洋風に設えられた執務室は、宛ら審判の席と化していた。

 

「あ、あの件に関しましては我が社の幹部の独断によるもので……わ、私は、翁や軍……ましてや天津を裏切るような事は何も……証拠すら不十分な形で立件、国家反逆罪など、乱暴の極みです。法治国家とは思えない。これは何かの間違いで――」

 

 声を震わせながら弁明をする蒲生。それを見て眞喜志はわざとらしく肩を竦めてみせた。

 

「いち大尉如きが失礼な! 大体、何だ君は。何故ここに居る!?」

 

 押し出しの強い外見とは裏腹に、蒲生は緊張のあまり充血した目でジロリと眞喜志を睨む。

 

「蒲生さんは今一つ、状況が理解できていないご様子ですな」

「なんだと!?」

 

 無礼を感じて怒りのあまり、蒲生は眞喜志の胸倉を掴もうと躙り寄る。が、それを宗平は片手を挙げて制した。

 

「蒲生君、君はもう少し利口だと思っていたのだがな……」

「……何を仰りたいのですか?」

 

 恐る恐る尋ねる蒲生。宗平は深く溜息を吐くと、さも残念そうにかぶりを振った。

 

「ワシはそんな些事(・・)で君を呼んだのではない。機密の漏洩など、鷹月(・・)としてはどうでも良いことなのだよ。そもそも我々は日本国に独占させる為にTDを開発した訳では無い。その点では、君は実に良い働きをしていた……ワシを出し抜いたという思い上がりを除いてはな」

 

 その言だけでも国家への反逆と取られかねない。それを事も無げに語る宗平の態度に、蒲生の表情が蒼白となっていく。全て掌の上だったという事を突き付けられて。

 

「じゃが、君は……エリア……儂の孫娘に手を出したな。尤も手酷く振られたようじゃが」

「……!? な、何を根拠にそんな」

 

 思わず蒲生は右顎を抑える。無粋に乱入した巨漢の少年によって砕かれ、近頃ようやく癒えたばかりの頬骨――

 

「エリア嬢はまだ十六歳ではありませんか……そんな子供に、この私が……」

「……はて、一体君は何を言っておるのだね?」

 

 惚けるように問われ、慌てて咳払いをする蒲生だが、

 

「わしの耳目は未だ耄碌してはおらぬ。努々見縊らぬことよ――」

 

 傍に控える眞喜志が端末に証拠となる映像を提示すると彫像のように固まるしかなかった。以前、街中で志生のバイクを追跡した男たちに指示を出している姿まで克明に写されている。

 

「君は、ワシの姪……麗香と婚約しておったな。これから鷹月と成る者として、ワシの孫が邪魔になるとでも思っていたようじゃが、それはまさに下衆の勘繰りというもの。……ああ、これらを伝えてきたのは麗香じゃよ。加えて君との婚約は破棄するという連絡も着ておる」 

 

(あの年増め……)鷹月の姫という肩書が呆れる婚約者の化粧濃い顔を思い浮かべ蒲生は臍を噛む。あの芸術家気取りの放蕩女相手の婚約には元々乗り気ではなかったが。それに比べたら……シーツの上に広がる濡れ羽色の髪を夢想し、蒲生は慌ててかぶりを振った。

 

「まあ余興はこの辺にしておこう。今後一切エリアに手出しをしないと誓うのならな。最早、害そうとなど考えてはおるまい?」

「そ、そのようなことなど……」

 

 老翁のとは思えぬ鬼気が蒲生を嬲った。あの依頼(・・・・)が実行されていたのなら……言葉に滲む酷薄な響きに蒲生の背に冷たいモノが流れる。そして余興という言葉。まだ本題があるというのか。

 

「これは調査部に送られてきた映像です」眞喜志が手にした端末に蒲生の映像が映し出される。

 

 白衣を着た初老の男と会談をする場面。軍部のトレーラーから荷を受け取る現場。民間の貨物車両に積み込まれる模倣義体と甲虫種。カイゼル髭をした異国風の小柄な男と話し込む様子。睦言に計画の内容を呟きながら若い赤髪の女性と褥を共にする姿――

 

「ちゃ、茶番だ――!!」

 

 絶叫する蒲生。

 だが眞喜志は能面の様に表情を崩さず、宗平は好々爺然とした笑顔のままだった。

 

『今回ガモウから受けた依頼は、壮行会会場にて戦災孤児の仕業と見せかけてミスターハギノを暗殺する事だった。機密漏洩の件が謹直なハギノに発覚する前にって所か。俺はああいう一本気な男が嫌いじゃないが、これも仕事だ……ま、失敗しちまったけどな。とはいえ件の鹵獲兵器については俺たちは関知してないぜ。クライアントが勝手にやった事だからな。こいつは官憲の皆さんにプレゼントだ。後は煮るなり焼くなりお好きなようにしてくれよ――』

 

 画面の中で擦れた日本語を話すカイゼル髭の男が微かに笑ったかのように見え、映像は消える。

 

「この男は光芒教団神兵団(アプサラス)の元団長でS級国際指名手配犯のボリス・ゴドノフですね。この映像の出所までは特定できませんでしたが……奴め、桂城の言っていた通り生きて日本に来ていたのか」

 

 眞喜志の口調が氷の冷たさを帯びた。

 

「そして……この白衣の男は神聖同盟の創設メンバーであるイワノフ博士か。よりによって鷹月の政敵と密会とはな。ワシも舐められたものよの?」

 

 優し気な白眉の直下。宗平の瞳が鋭く蒲生の目を射貫く。

 

「デザイア製鹵獲兵器の管理は神聖同盟の派閥で固められています。イワノフ博士のシンパは萩野氏のものと同様に軍部に多く存在している。先のテロで用いられた機甲体の出所はやはり――」

「し、しかし萩野は主戦派の重鎮。奴も翁にとっては政敵ではありませんか!?」

 

 眞喜志の説明を遮り、縋るように叫ぶ蒲生。しかし宗平は突き放す様に、

 

「だからと言って殺すのは別だ。ワシも鷹月の長として様々なことをやってきたが、有意な人間に対する敬意だけは忘れずに来た。そしてそれを見極める目も確かな心算だ。単刀直入に言えば、あの男とワシの見る未来は同じではなくとも近しいのだ。それを君は亡き者にしようとした……己が私欲のためにな。そういう者をワシは好かぬ」

 

 好悪を述べただけだが、宗平のその言葉には絶対的な響きがあった。

 虎の尾を踏むという事……それを蒲生は自覚する。

 

「……ぁ、ぁぁ……」

 

 口をだらしなく開いたまま、蒲生はがっくりと膝を折った。その姿に次期会長候補と目された気鋭の実業家としての面影は皆無だ。

 

「君の身柄は憲兵隊に預ける。今までご苦労だったな……」

 

 宗平が目配せをすると、眞喜志は項垂れる蒲生を引き摺る様にして執務室から退出する。室外で待機していた憲兵の軍靴の音に混じって悲痛な蒲生の絶叫が聞こえた――

 

 

 机の片隅のフォトスタンドに収められた、古ぼけた一枚の写真。

 作業服姿の男性と黒髪の女性。そして小学生くらいの年頃の黒髪の少女。

 

 執務室に一人残った宗平は、袂から懐中時計……を模した個人端末を取り出すと、コードを入力する。微かな駆動音。仄かに輝く緑色の粒子が老人の周囲に渦巻き、弾ける。次の瞬間、宗平の姿は忽然と執務室から消えていた――

 

 

 報告ーー

 

 被検体αの記憶領域の正常化は順調に推移。

 

 扶植された人格βの崩壊を防ぐ為に被検体α本来の人格をもって欠損領域を補完、人格γとする。

 

 新たに形成された人格γは極めて不安定。矛盾を回避する新たな記憶を再設定して対処中。

 

 以後の経過は“翁”の保護下にて監視するものとする。

 

 なお、プロジェクトに必要な人格βとその記憶が回復する可能性は――――

 

 

「このまま進行させて、よろしいのですか?」

 

 報告を読み終えた宗平に問いかける無機質な女性の声が、広大な漆黒の空間に響いた。

 

「……うむ。それが“プリンセス”との“契約”じゃからな。それに□□□はもう何処にも居らぬ。たとえ魂魄と呼ばれるものがあったとしてもな。元来、奇跡には多く望まぬもの……最後に会わせてやれなかったのは心残りじゃったがな」

 

 淡々とそれに答える宗平。

 

「そう思われるのなら、“あの子”にも相応しい接し方があるのでは?」

 

 女性の声に咎める様な響きが混じる。宗平はきまり悪げに苦笑すると、

 

「……そうじゃな。恐らくワシは恐れておるのじゃろうな。五年前まで存在すら知らなかった、いや知ろうともしなかった……今更どの様に触れて良いのかを」

 

 宗平の言葉に滲む深い悔恨。それは年輪の如く刻まれた皴の様に、彼の心に刻み込まれていた。

 

「……成程。でも宗平(・・)。貴方達も必ずわかり合えますよ。その想いを忘れなければ……」

 

 いつの日にか、きっと……

 そう語りかける女性の声は、無機的ながらもまるで慈母のように漆黒の空間に響いた――――

 

 

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