TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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第二部 戦場
Episode 1 出撃前夜


 

 □□□Intermission Ⅰ

 

「わぁ、これが"風神"(アイオロス)の先行量産モデル……これまでの試作型もマッシブでセンス良いデザインだったけど、さらに洗練されてるんだね。イイね……凄く良いよ!!」

 

 橘花学園の旧体育館。そこを利用して作られた人型戦術兵器(タクティカルドール)用の整備施設に突如場違いな嬌声が響き渡った。これから徹夜の作業が始まるという事で殺気立っていた整備員たちは一斉に声の主へ視線を向けるが、その正体を知るや苦虫を噛み潰したように押し黙って各々の持ち場へと去っていく。まるで見てはいけない珍獣を見るかのように。

 

「ちょっと待ってよ。君たちはボクに新型機の説明をする必要があるんだぞ? CR小隊の戦術オペレーターには装備の性能を知る義務と権利があるんだから――」

 

 周囲の雰囲気を意に介さない熱弁を無視して作業を始める整備員たち。とはいえ見れば年配のベテランが黙々と仕事をしているのに対して着任から日が浅い若い整備員の何人かは乱入者の姿を興味津々で盗み見ている。

 

「あの子……」

「ああ、ちょっと変だけど――」

 

 微かな私語。それは持ち場の上官の刺すような視線で制止される。だがチラチラと盗み見る若い整備員は後を絶たない。乱入者の艶やかなセミロングの亜麻色の髪。太々しい表情ながら整った顔立ち。見慣れない男物の制服に身を包んでいるがその容姿はまず美少女と言ってよかった。

 

「そうか、君たちは義務を放棄するというんだね。これは指令である眞喜志大尉に報告を――」

 

 そんな不躾な視線もどこ吹く風で憤懣やるかたなしと捲し立てる少女(・・)だが、その怪弁舌は唐突に途切れる。

 

 ――ゴツン。口籠った呻き声。

 

「タクの馬鹿。整備員さん達の邪魔しちゃダメでしょ!」

 

 頭を押さえて蹲る少女の背後に、もう一人の少女が立っていた。萌黄色の髪をツインテールに纏め、こちらも見慣れない女性用の制服に身を包んでいる。スレンダーな亜麻髪の少女と比して小柄だがメリハリのあるスタイル。大きな薄紫色の瞳の愛らしい顔立ちをしているが、今は形の良い眉を吊り上げ怒り心頭といった様子で拳を握り締めていた。

 

「何をするんだミユ。痛いじゃないか!」

「指令に知られたら、此の位じゃ済まないわよ。戦術オペレーターがブリーフィングの時間になっても来ないとか、ホント有り得ないんだから」

「別にボクが出席しなくたって完璧に計算された作戦プランは提出してあるし――」

「何か言った?」

「……なんでもありません」

「………」

「…………」

「……それではお仕事頑張ってくださいね、整備員さん♡」

 

 漫談のようなやり取りの後、愛らしく笑う萌黄色の髪の少女。彼女に襟首を引き摺られるようにして亜麻髪の少女は整備施設から退出していった。呆然とそれらを見やる若手整備員達。

「――ゴホン」しらっとした空気の中、彼らの背後で大きな咳払いの音が聞こえた。恐る恐る振返れば屈強な体躯の男が二人、腕組みをしてこちらを睥睨している。整備主任と熊の様な体躯を白衣で包んだ男――

 

「お前ら、今晩中に終わらせるタスクの目途はついてんのか?」

「ま、小隊の子(・・・・)に興味を持ってくれるのは嬉しいんだけどね~」

鷲尾(わしお)博士……」

 

 苛々と部下を窘める整備主任に対し、白衣の男は軽い口調で混ぜっ返す。だが次の瞬間、強面の髭面に架けたメタルフレームの眼鏡を光らせ、

 

「けどね、もし魅悠宇(みゆう)に声をかけるならお父さん(・・・・)に一言欲しいかなあ♪」

 

 と、抑揚のない声で言うのだった――

 

 

(も~、やっぱり面倒な事になってるし……)

 

 体育館を出てブリーフィングの行われている教室へ向かう道すがら、萌黄色の髪の少女――鷲尾魅悠宇は前を歩く相方――水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)が熱く語る新型機の感想を適当に聞き流しながら溜息を吐いた。淡く輝く薄菫色の瞳に映るのは先ほどの整備施設の光景。そこで餓えた熊のように周囲を威圧する父――鷲尾博士の姿。意図した場所を視る(・・)能力……それが鷲尾の持つ千里眼(クレヤボヤンス)"異能"(エフェクト)だった。

 

 やり過ぎないでよね……ぼやきながら鷲尾は肩を竦める。父の自分に対する過保護(・・・)っぷりは昔から変わらない。それが父子家庭であり研究で留守にしがちな事に対する贖罪行為なのだという事を今では理解しているのだが、小隊がマスコミに取り上げられることが多くなった最近は度が過ぎているきらいがある。それならあんな(・・・)雑誌掲載などさせなければいいのに――

 

(でもせっかくだし、エゴサしちゃおっと♪)

 

 鷲尾はペロッと舌を出し意識を集中した。整備主任の目を逃れ小声で話す整備員たちの口の動き。それを的確にとらえて会話を脳内に再現する――

 

『なあ、今の二人ってCR小隊の子だろ?』

『緑髪の子は"Twilight"で見たな』

『あれは女性誌だろ、そんなの見てんのかよ』

『い、いいだろ。表紙買いって奴だ。CR小隊って偏差値高いよな』

『英雄の娘に鷹月の姫様……でもさっきの子もよくね?』

『緑髪の子か?』

『違うって。あの子も可愛いけど、親父殿があの人(・・・)だぞ? 何となく計算高そうな気もするし。それより――』

『――だな』

 

 意気投合して頷く整備員達。

 そこで集中を切って鷲尾は大きく脱力した。自分がどう見られているかには慣れっこなのだが。

 

「ミユ、置いてくぞ」

 

 長々とした感想を終えた水無瀬が不満げに言った。上の空で聞いていたのがバレたらしい。セミロングの亜麻色の髪がさらりと靡く。それを見て鷲尾は溜息を吐くと小走りに水無瀬の後を追う。

 

(でも、タクは男なのよねえ……ご愁傷様)

 

 

 □□□とある戦場にて

 

 罅割れたアスファルトの上を十数人の人影が駆けていた。戦闘用強化服(バトルドレス)を装着した軍人の部隊だ。後方より響く重低音。それが辺りを揺るがす度に周囲の崩れかけたビルから瓦礫が降り注ぐ。集団の先頭を行く人影が立ち止まって背後を振り返る。

 

「隊長、何やってるんですか。相手はレックスですよ? 歩兵装備で何とかなる相手じゃないですって。偵察任務なんですよ、我々は」

「ここを突破されたら拠点構築に支障が出る。何とかすることで飯を食ってるんだよ、俺達は。命令だ。お前たちは先に撤退しろ」

「無茶ですよ。我々は怪獣退治の専門家じゃないんですから……」

「似たようなもんだろ? 行け――」

 

 隊長、と呼ばれた無精髭の男は口元に不敵な笑みを浮かべて隊員たちを先に行かせると、ポケットからしわくちゃになった箱を取り出し、拠れた煙草に火をつけた。

 

「大の大人が足止めくらいはしとかないと給料泥棒と言われかねないからな」

 

 重低音は近く、背後のT磁路を左折しようとしていた。

 ズシン、ズシン、と響く二足歩行の足音。だがそれはヒトの物とは明らかに違い、そして大きすぎた。巨大な尾を持つ巨獣のシルエット。それを見据えて男は加えた煙草を大きく吸って投げ捨てた。無精髭を生やした口元がニヤリと笑う。手にしたスイッチをON――爆音。ぐらりと左右のビルが倒壊を始める。瓦礫に押しつぶされる名状し難い軋んだ音。

 

「――やったか!?」微かな喜悦。だがそれは舌打ちと共に苦々しさに塗りつぶされた。

 

「ま、そう簡単にゃいかんよなぁ……」

 

 濛々と立ち込める爆発の名残と土煙。そこからヌッと巨大な咢が飛び出して咆哮する。太古の肉食恐竜を模したかのような肥大した頭部。その眼窩に相当する位置にある視覚センサーが男の姿を捉えて深紅に輝く。巨躯を揺すって瓦礫を払い落とし、一歩一歩ゆったりとした速度で迫る機械の巨獣。それは猫が得物を前に舌なめずりをしているかのようだった。

 

(ミサイルでも撃ってくればこっちは御終いだってのに。狩りでも楽しんでるつもりかよ)

 

 デカい図体で馬鹿正直に追って来るなら此方にもまだ目はある。男は置き土産に工作用の炸薬を投棄すると踵を返し、脱兎の如く駈け出した。十分に引き付けたところで起爆。アスファルトが抉られ、陥没したそこに足を取られた巨獣――レックスはつんのめる様にして無様に転倒した。凄まじい衝撃音。その時――

 

古郡(こごおり)大尉。そういうの、この国じゃ年寄りの冷や水って言いませんか?』

 

 後ろを振り返る事無く疾駆する男――古郡(いずる)の装着するインカムから不躾な男――恐らくはまだ少年の声が聞こえた。背後からは猛り狂ったような速度で猛追するレックスの足音が響く。派手に転んだというのに巨体に似合わない俊敏さ……流石は最強の中型機甲体(デザイア)って所か。そんな愚にもつかない思考を過らせつつも、

 

「馬鹿野郎、俺はまだ三十だ。四捨五入すればな」

『十分おっさ……それも微妙だと思いますけどね……』

 

 遥か前方。港湾施設のある方位から微かな風切り音が聞こえていた。それがなんであるのかを把握すると古郡は大通りから路地へと身を滑り込ませる。レックスの巨体が猛然とそこを通過し急制動を掛けて向き直った時、その上空を黒い影が過った。

 

「無礼な奴だな、学生。所属を名乗れ」

 

 憮然と見上げる古郡の瞳に緊急展開用のブースターを切り離す黒い巨人の姿が映った。身の丈以上の巨大な対装甲機械槍(アーマーピアッサー)を携えて悠然と降着する人型戦術兵器(タクティカルドール)

 

(滑らかな挙動だな。それにしても、黒い戦術人形(TD)……か)

 

 古郡の胸に去来するものがあった。だがそれを搔き消すかのように黒い機体からの通信が入る。

 

『橘花学園CR小隊(Code Rainbow)所属、桂城(かつらぎ)志生(しお)だ。眞喜志(まきし)小隊指令の命令なんでな。これより貴隊(あんたら)の撤退を支援してやるよ』

 

 組織的な言葉遣いは苦手なのだろう。尉官に対してぶっきらぼうな物言い。国防軍なら厳罰ものだな……そう頭の片隅で思いつつ、古郡は苦笑する。この俺が言えた事か? それに学生に助けられる立場で言える事か?

 

「ほう、"虹"か。貴様らには前に旧市街で助けられたな。支援感謝する。ただ個人的な希望を言わせてもらえばあの時の美人の隊長さん(・・・・・・・)にエスコートして貰いたかったんだがな~」

『……ったく。口が減らないオッサンだな。踏み潰されたくなきゃ、サッサと退いてくれよ』

 

 辟易した様な少年――桂城志生の声が聞こえた。

 

(やれやれ、セクハラ気味の発言は若い奴には逆効果か。確かにオヤジ臭い軽口かね?)

 

 重い足音を轟かせ、歩兵(ネズミ)には要は無いとばかりに黒い機体へ猛進するレックス。それに踏み潰されぬよう身を路地へと滑り込ませ、古郡は大通りで繰り広げられる戦闘に目を凝らした。漆黒の巨人と機械の怪獣の激突。想起されるあの日の追憶。

 

「漆黒の戦術人形……そういえばあの人の機体(ウルスラグナ)もそうだったな」ポツリ呟く。

 

「――隊長、ご無事ですか!?」

 

 路地の奥の方から聞きなれた生真面目な声が聞こえた。見やれば数名の部下を率いて副官を務める下士官が駆け寄って来ていた。部下達に浮かぶ安堵の表情。悪い、心配をかけたな――

 

「愚問だな。言ったろ? 俺達は怪獣退治の専門家だ。――とはいえまた"虹"に助けられたがな」

 

 "虹"の名を聞いて若手の隊員から歓声が上がった。

 

(ったく、お前らはアイドルの追っかけか?)古郡は溜息を吐く。

 

 ――鷹月市旧市街での小型ピラー攻略は彼にとって未だ癒えぬ心の傷となっていた。

 遠足気分の学徒兵の演習。それを地獄に変えた、遺棄された都市への、人類側の虚を突いたピラーの出現。技量未熟な、本来戦場に出る筈の無かった少年少女を蹂躙したそれは、戦略的にはまったく意味をなさず、まさに神々の気紛れ(・・・・・・)による災厄と言えた。

(馬鹿め。機械の悪魔(デザイア)が神であってたまるかよ)肉色をした奇怪なオブジェの数々。未来ある若者たちの無残な姿。護衛の任に就いていた大人である自分は彼らを護り切れず、信頼して戦ってくれた部下にも少なからず犠牲を強いてしまった――

 

 "虹"とはかつてそんな戦場で共闘した。

 屍を曝す少年達と同じ学徒兵でありながら、ナノマシン処置を受け付けない戦後世代では扱えない筈の人型戦術兵器(タクティカルドール)を駆る学徒兵の試作実験機小隊、コード・レインボウ。

 軍内の鷹月系派閥が元エースパイロットであった眞喜志一之(かずゆき)の具申を元に設立したそれを、古郡は御嬢さん方のお人形遊び(・・・・・・・・・・・)と揶揄していた。花形兵科であるTD操縦士に対する裏方である歩兵としての対抗心。かつ英雄の後継者と持ち上げられている若手の眞喜志に対する謂れ無きやっかみ。――そんな情けない嫉妬は共に戦い助けられるという結果によって霧消させられたのだが。

 

(それにしても、あんな子が隊長だったとはな。来栖(くるす)大佐の忘れ形見か――)

 

 作戦後、古郡隊の前に足を止めた桜色の巨人から降り立った同じ髪の色をした学徒兵。女性らしいラインの浮き出たバトルドレスを前に部下たちの品のない口笛が響いた。それにやや眉を顰めつつも動ぜず、凛とした振る舞いで見事な敬礼をして見せた少女――来栖優奈(ゆな)

 救出作戦の最中だというのに自分の支援要請に応えて隊員を先行させ、自らは殿を務めて敵の増援を断って任務も成功させる。僅か十六才の少女とは思えない判断力と胆力。流石は英雄の娘(・・・・・・・)――そう世間は誉めそやすが、古郡は何処か引っ掛かりを覚えていた。役割を演じているガラス細工の人形。そんな危うい脆さを――

 

「隊長……"虹"の増援とはあの機体でありますか?」

 

 轟音。そして部下の困惑した問いが古郡をらしからぬ回顧から引き戻す。見ればレックスの突撃を漆黒の機体が身を捻って避けた所だった。勢い余って廃ビルに突っ込んだレックスだが、崩壊する建物の中で何事も無かったかのように旋回する。巨躯を駆動させるフェリオンリアクターが巨獣の咆哮の様に響いた。対する漆黒の機体は無造作に対装甲槍を構えて、不動。

 

「……そのようだな」古郡がぶっきらぼうに答えると若手の部下から失望の声が上がった。

 

「あれって第一世代型の"荒神"じゃないですか。"虹"は最新鋭機の試験小隊だったのでは?」

「あんな骨董品で勝てるのかよ……二世代機の"月神"でもツーマンセル基本の相手だぞ」

 

 助けて貰う立場で手前勝手に愚痴る部下に(馬鹿め)と毒づく古郡。そんな彼の心中を察したかのように年配の副官が苦笑する。

 

「大佐……英雄・来栖征四郎は当時のあの機体で多大な戦果を挙げている。その中には多数のレックスも含まれているのだぞ?」

「しかしそれは彼が英雄だからであって――」

「英雄だから戦果を挙げられるのではない。戦果を挙げたから彼は英雄足り得たのだよ。"荒神"は確かに旧式だが新型にはないメリットもある。兵器として洗練されていない故に人型であることに執着して設計されているからな。つまりは操縦者の技量が反映されやすいって事だ」

「ではあの機体の学徒兵がそんな凄腕だって言うんですか?」

 

 妙に見知らぬパイロットの肩を持つ副官の物言いに憮然とする部下達。古郡はニヤリと笑うと、

 

「まあ、踏み潰されないように見てろ。俺や先任は適性が無かったから戦術人形に関しては門外漢だが、あれは大きな歩兵の様なもんだ。兵隊相手ならそれなりの目利きは効くんでな」

 

 そう言って湿気た煙草に火をつけた――

 

 

「ったく、アイツら逃げないのかよ」

 

 電子機器の金臭さと自らの汗の臭いが混在するコックピット。視界の片隅で見物を決め込んだ古郡隊を見て、CR小隊五番機操縦士・桂城志生は思わず舌打ちしていた。軍人とは言えTDの戦いに生身の人間を巻き込むのは避たかったんだが――

(ま、死んでも恨みっこ無しだぜ?)志生は物騒に開き直って口の端を吊り上げた。任務の範疇にない行動を取る相手の事は事は考えないに限る。自己責任って奴だ。撤退支援というお上品な任務が敵を倒すというシンプルな仕事(・・)に切り替わった……それだけの事。

 

「さっさと済ませるとするか。定刻で戻らないとあいつ(・・・)五月蠅(うるさ)いからな」

 

 対装甲槍の先端にあるパイルの安全装置解除。射出機構の撃鉄が起き上がり鈍い音を立てた。感情の消えた瞳が機体正面の機械の恐竜(レックス)を一瞥する。威嚇するかのように尾を立てリアクターを咆哮させる姿は、まるで決闘に際し名乗りを上げるかのようだった。志生は薄く笑う。

 

 ――いいか、シオン。デザイアってのは皆が言う狂った機械(バーサーカー)って訳じゃねぇんだ。勿論、教団のお偉いさんの語る神の使いなんかじゃねぇ。それなら奴らは一体何なんだと思う?

 

 ふと脳裏にかつての飼い主(・・・)の言葉が過った。奴の言ではデザイアにも動物と同じような"個"があるのだという。そしてそれは寧ろヒトに近いのだとも。

 

(そうかよ。ならコイツは差し詰めお堅い騎士様(・・・)って所か?)

 

 こちらの持つ有効な手札は得物である機械槍のみ。それに対してレックスは遠近ともに豊富な物理攻撃手段を持ち、それらはTDのフェリオン装甲を容易に貫通する。

 光学兵器には滅法強い光の鎧(・・・)も強力な物理攻撃には弱い。デザイアの主力兵器であるレーザーに防御特化したツケだ。故にレックスだけでなく旧式と言える鈍重な巨人タイプのギガースも人類側の決戦兵器であるTD対するカウンターとなっていた。

 

 距離を置いて睨み合う二機。有利な間合いであるというのにレックスは所持する内蔵火器を使うそぶりを見せなかった。まるで射撃縛りをしたDDO(・・・)の決闘モードの様に。志生の口許に品のない笑みが浮かび、漆黒の巨人は巨大な槍の穂先を巨獣へ向ける。それを挑戦と受け取ったのか、レックスは猛然と前進を開始した。その時――

 

 ――ガチャン

 

 機械槍の先端の撃鉄が作動し雷管が特殊鋼製のパイルを打ち出す。高速で射出された鉄杭は、文字通りレックスの出鼻を挫く形で鼻先に当たり、カーンと拍子抜けする様な軽い音を立てて弾かれた。ほぼ無傷。それは当然だろう。対装甲槍のパイルは相手に突き付けた時に効果を発揮する零距離武器なのだから。志生の意図を測りかねたかのようにレックスは立ち止まる。しかし漆黒の機体が後退しつつパイルの装填を始めたのを見ると苛立たし気に咆哮を上げた。

 

(コノ未熟者ガ――)志生はレックスがそんな意志を発した様な気がした。恐怖から敵を引き付け切れずに発砲してしまう青二才の新兵。そんな雑兵に対する侮蔑と嘲り。

 

 一気に距離を詰めるレックス。大きく開けた口腔部内の破砕用のチェーンソウが鈍く光る。威圧的な突進。続く致命的な噛付き攻撃を上体を仰け反らせて回避する巨人。間髪入れずに振り回される巨大な尾。テイルアタック――だが明らかに大振りなそれを巨人は曲芸じみたバク転で避け、着地と同時に弾丸の様に前方へダッシュ。それを捉えんとレックスの(あぎと)が迫る――

 

「遅いぜ、騎士様」嘯く志生。

 

 漆黒の巨人は既にレックスの懐に飛び込んでいた。激しい金属音と共に機械槍がレックスの喉に突き立てられる。対装甲機構作動。今度は適性距離で撃ち出された鉄杭は下方から正確にレックス頭部の制御コアを貫いていた。

 

(馬鹿ナ――)半ば呆然と硬直し、断末魔の様な咆哮を上げるレックス。破壊された制御機構が巨躯を痙攣させる。何の感情も持ち合わせ無い酷薄な瞳で一瞥し、志生は無造作に機械槍をレックスから切り離す。轟音。最強の中型種と呼ばれる機械の巨獣は、自らが破壊した都市(まち)のアスファルトの上に鉄屑の様に崩れ落ちて行った――

 

 

 □□□Intermission Ⅱ

 

 真夏の熱気は夕刻になっても中々収まろうとはしていなかった。黄昏というにはまだ早い時間。傾く日差しを浴びる橘花学園の校門から三人の生徒が帰路に就こうとしていた。一人は炎のように赤い髪をした長身の温和そうな異国風の少年。そして残る二人は藍色の髪を小ざっぱりとショートにしている勝気そうな少女と艶やかな濡れ羽色の髪を靡かせた大人しそうな少女だった。

 

「ちっ、結局優奈の奴は居残りかよ。眞喜志の奴、アイツに負担かけすぎなんじゃないか」

 

 藍色の髪の少女――(さかき)祥子(しょうこ)が苛立ち交じりに小石を蹴った。赤髪の少年――合衆国からの留学生ウィルヘイム・ハミルトンはそれに窘めるような視線を向けつつ、

 

「仕方ないですよ、ショーコ。何せ大規模作戦の前なんですから。……尤も今回は我らが参謀殿(・・・・・・)立案計画(プラン)が原因かもしれませんけど」

「だよな。水無瀬の奴、直前になって突拍子もない事を言い出しやがって。整備科の連中がキレるのも当然だ。本当ならアイツが頭下げに行くのがスジってモンだろが」

 

 苦笑交じりに応えるハミルトンに猛然と捲し立てる榊。

 

「でも、内匠君に謝罪とかさせるのって無理があるような……」

 

 後ろを歩く黒髪の少女が控えめに呟いて慌てて口を手で押さえる。

 

「ははっ、違いない。やんごとなき鷹月(・・)の姫の癖にエリアも言うじゃねえか」

「育ちは一介のサラリーマンの娘ですから」

 

 榊に揶揄われてエリアと呼ばれた少女は憮然と呟く。

 鷹月とは国際レベルの大企業かつこの国の経済を握る一大財閥の事であり、その創業者一族の事も示す。そしてエリアは末姫(・・)としてその宗家に属していた。とは言え数か月前まで知る由も無かったのだが――

 

「それを言うならショーコも次期首相候補の令嬢とは思えない言葉遣いですけどね」

 

 二人のやり取りを聞きながら、溜息交じりにハミルトンが言った。

 榊の本来の姓は萩野(はぎの)と言い、この国の与党最大派閥を率いる大物政治家・萩野利三(りぞう)の娘だった。ハミルトンも黎明期の合衆国大統領を輩出したこともある軍人一族の嫡男であり、この二人は過日の事件後婚約者の関係になったことをエリアは伝え聞いていた。

 

「アタシだって元は一介の町道場の娘だったっての。それよか残念だな。今日こそ優奈の奴をDDO(・・・)に引き摺り込んでやろうと思ったのに。あいつもアカウントは持ってるんだろ?」

「はい、魅悠宇ちゃんが言うには。……でも、学徒兵をやっているのに戦争のゲームなんてやれないって――」

「はっ、流石委員長様は言う事が違うねえ」

 

 吐き捨てるように言ったものの榊の口調に棘は無かった。

 

「ショーコ、彼女の立場を考えれば、ね。僕も大戦で父を失ってますから気持ちは分かりますよ。それに、今はなおさらでしょう」

「……そうだな」

 

 窘めるハミルトンの言葉に榊は押し黙る。理由は分かっていた。無論エリアも。

 

(志生さん……)単身戦地に居るその名を呟くエリアの胸に去来する得も知れぬ漣。出会って数か月の自分に比べ、それはきっと彼女の方が大きいに違いない。そう思った時にエリアの深奥を浸す仄暗い想い。それを振り払うようにエリアは、

 

「そう言えば祥子さん。いつの間にか優奈さんの事を名前で呼ぶようになったんですね?」

「確かに。いつの間に親しくなったのか僕も知りたかったのですよ、ショーコ?」

 

 エリアの想いを察したかのように殊更軽い口調で榊に尋ねるハミルトン。一瞬虚を突かれたかのようにポカンとした榊だが、

 

「な、何言ってやがる。アタシは元々女相手は名前呼びが基本なんだ!」

「ではどうして以前ショーコはユナの事を"クルス"とファミリーネームで呼んでいたのです?」

「それは……アイツは英雄殿の娘だし、お高く留まってやがったから――」

「でも今は違う、と――」

「う、うるさいな」

 

 顔を解りやすく紅潮させながら弁明する榊とやや意地悪に追及するハミルトン。その絶妙な呼吸にエリアは思わず苦笑してしまう。鷲尾や水無瀬が居ればラブコメ云々と茶々が入るのは確実だ。

 

「何笑ってんだよ、エリア。……まあいいさ。今日は新しいカスタマイズで試したい事があるんだ。ログインしたらウィルと一緒に付き合って貰うからな――」

「はあ……」

 

(対戦型のゲームは苦手なんだけどなあ)エリアは溜息交じりに思う。そもそもネットゲーム自体友達から勧められた"機械仕掛けの機士"を少々やった程度なのだ。義父さんが開発したというゲーム――その登場人物の名を騙る金髪の少女のしたり顔を思い浮かべてエリアは別の溜息を吐く。

 

「ショーコ、前を見て――」

 

 その時ハミルトンがムキになって前を歩く榊を制止した。しかしそれは間に合わず、

 

「……きゃっ」

「わっ、と……」

 

 前方不注意。女性としては長身な榊にぶつかった小柄な女性は尻餅を付いてしまう。

 

「申し訳ありません、お怪我はありませんか?」

「……いえ、こちらこそ御免なさいね。この町は久しぶりだから――」

 

 手慣れた仕草で手を差し伸べるハミルトンに手を引かれて小柄な女性は立ち上がった。

 黒髪のショートカットで前髪に軽く藍色のメッシュを入れている。大人らしいメイクはしているものの童顔で、自分達と同世代の学生と言っても差し支え無いだろう。美人というよりは可愛らしい……そんな印象。

 しかし、スカートを払いながら礼を言う女性の視線にエリアは妙な居心地の悪さを感じた。威圧感は無いが隙を感じさせない。そして彼女の来ている服は女性用ではあるが防衛軍の物だ。ということは――

 

「――で、防衛軍の大尉殿がこんな学園に何の用なんだ?」

 

 目敏く彼女の階級章を視認した榊が抑揚のない声で問う。

 

「ぶつかっておいてその言い草は無いですよ、ショーコ」

「甘いぜ、ウィル。アタシたちは桂城の代わりにエリアの護衛(・・)をしてるって事忘れんな」

 

 志生の出向中、エリアの身辺警護を買って出たのがこの二人だった。当面の心配はない、と眞喜志は言っていたのだが壮行会の時の借りを返す、と義理堅い榊とハミルトンは譲らず、こうして帰り道が全く違う三人が一緒に帰宅しているのはその為だった。

 神聖同盟の外にも鷹月の敵は多い。軍内の主戦派はその最たるモノだ。加えてこの場の誰もがそういう手合いにとって価値のある身柄(・・・・・・・)なのだ。

 緊張するエリア達。それを見てクスっと女性が笑った。

 

「何が可笑しいんだよ」

()の報告通りだって思ってね。安心なさい、鷹月の姫様には政府による特別保護措置が適応される。今も私生活に干渉しない範囲でSPが警護している筈よ」

「てめぇ、アタシらが無駄なことしてるって言いたいのか?」

「そうは言ってないけど――」

 

 不愉快さを隠さずに詰め寄る榊だが、女性はそれを軽くいなして微笑んで見せた。何とか踏み止まり悔し気に舌打ちする榊。陽ヶ埼流の実力者かつカラーズである祥子さんが? 信じられない思いでエリアは目を見張った。そしてそれを見たハミルトンは身構える榊を制して、

 

「――もしや貴女は防衛軍(アーミー)のキャプテン・ムラクモでは?」

「ムラクモ? どこかで聞いた事があるな……」

 

 その名に榊も引っ掛かりがあるのか矛を収めると、怪訝な視線を女性に向け呟いた。すると女性は大げさな仕草で落胆して見せる。小さな肩ががふるふると震えていた。

 

「……どこかで……まだまだ知名度無いのね、あたしってば……」

 

(あ~あ、落ち込んじゃった。慰めてあげなさいよ、エリア)脳裏から能天気な声が聞こえる。その主に憮然としつつもエリアは頭の中にいつの間にか構築されている軍内の情報を把握すると、

 

「――叢雲(むらくも)由香里(ゆかり)中尉……昇進されて今は大尉ですね。先の香港ピラーの攻略で活躍されたニライカナイの異名を持つ防衛軍の女性エースパイロット。お会いできて光栄です」

 

 一瞬前まで知る由も無かった女性の肩書をスラスラと語り、混じりけの無い尊敬の眼差しを向けて見せる。そんな彼女(レア)能力(スキル)に呆れつつエリアは覚えたての敬礼をして見せた。階級外の存在ながら学徒兵にとって大尉は指令である眞喜志と同階級。本来タメ口を聞いていい相手ではない。ハミルトン、そして不承不承に榊もそれに倣う。

 

「大尉の事は師父(せんせい)からも伝え聞いています。僕も、予てよりお会いしたいと思っていました」

「って父様の知り合いなのかよ……」

「あ、あははは~、そんな大したモノじゃないけどね~」

「…………」

 

 大袈裟に手を振り、あからさまに謙遜して見せる叢雲大尉。間の抜けた空気が流れ、エリア達三人は顔を見合わせて溜息をついた。実力者なのは確かだろうが、多分、いやきっと面倒な人だ。

 

「――それで、大尉殿はここに何の用で来られたので?」

 

 かぶりを振って再び榊が問質す。口調はやや抑えられてはいるものの不信感は隠せていない。だが大尉はさして気にする事もなく屈託なく微笑むと、

 

「あ、大した理由は無いのよ? 此処があたしの母校で、昔馴染みに会いに来たってだけだから。それじゃあね。頑張りたまえよ、後輩君たち♪」

 

 そう言って手をヒラヒラと振り、足取りも軽く校内へと歩み去るのだった――

 

 

 □□□想い問われて

 

「――以上が内匠君の立案した名児耶港制圧作戦の概要となります」

 

 記録媒体に収められた簡潔過ぎる内容に体裁を加えた説明を終えて、桜色の髪の少女――来栖優奈はホッと息を吐いた。執務机を挟んで向こう側に座る怜悧そうな青年が眼鏡を押し上げて沈黙している。それが彼の許諾の印であることを優奈は知っていた。相手の言に些かの綻びがあるなら間髪入れずに切り込むような問いを突き付けて来る。それが彼――眞喜志一之という生真面目な男なのだから。

 

「反対はなさらないんですね」

「最近のミッションで結果を見せつけられてはな……それにカラーズの能力については水無瀬の方が理解が深い。博士のお墨付きもある。所詮、()も旧世代の人間、ということさ」

 

 本音では反対の立場だと言いたげな眞喜志。それ程に水無瀬の立案した作戦は強引且つシンプルなモノだった。カラーズの持つ異能(エフェクト)。特能部隊としてそれを最大限に軍事活用する……それがコード・レインボウの設立目的ではある。だがそれが安定性に欠ける超能力(・・・)に依存したお伽噺(ファンタシー)でしかないというのが、未だ"虹"に対する軍内での偽らざる評価だった。それを作戦の要とするのは――

 

「――荒唐無稽、と思うか?」

「いえ……それを可能とするのが彼女の能力(ちから)……なのですね」優奈はポツリと呟く。

 

「そうだ。本作戦の鍵はエリア嬢のエフェクトとなる。最前線に赴く事に宗平翁は良い顔はしないだろうが、彼女が学徒兵として戦う事は翁も了承済み……それに本人の意志でもあるからな」

 

 入隊した時からライドオフィサ―として非凡な才能を示していた黒髪の少女――鷹月エリアは幾つかの実戦を経て格段に成長を見せていた。いち管制官としての能力は既に水無瀬を超えているだろう。さらに彼女の持つ"同調"(アンサンブル)のエフェクト。感覚を共有するその異能は、今では同乗する優奈だけでなく隊全体を繋げる(・・・)力を持つ程に進化していた。

 ――加えて先の萩野議員襲撃事件で使われたという謎めいた力。

 

一番機(エウロス)――君の機体に博士がエリア嬢のエフェクトを拡張するシステムを組み込んでくれた。これにより小隊の機体は各隊員のエフェクトを疑似的にシェアできるようになる。過信は禁物だが、今回の作戦において突入時に榊のイージスを広域化して敵の射線を封殺できるのは大きいだろう」

「そう、ですね……」

 

 そう答えて、優奈は小さく溜息をついた。エリアの事が頭を過るたびに、胸に去来する澱のような感情。それは彼女の才能に対する嫉妬? ……いや、そればかりではない。どこか懐かしい温もりも。橘花で出会うまで面識のなかった彼女に、何故そんな想いを抱くのだろうか。

 

『いつだって貴女はそう(・・)なのね……』

『貴女のその想いは呪い。それが何時か、あの人(・・・)を苦しめる――』

 

 模擬戦の時にチラと見た金髪になったエリア。彼女(・・)はあたしの事を知っているようだった。そしてあの人(・・・)、とは――

 

「――優奈、大丈夫か?」

 

 目の前に心配顔をした眞喜志の貌があった。指令との会話の最中に上の空になるなんて。優奈はかぶりを振って再び溜息をついた。

 

「……平気です。ちょっと内匠君のレポートを纏めるのに疲れたって言うか――」

「そうか。まあ才能は兎も角、水無瀬の直感的過ぎる表現(・・・・・・・・)は僕も博士や鷲尾に翻訳(・・)して貰う事があるからな」

「アハハ、そこまでは――あるかもしれないけど

 

 相変わらず過保護気味な兄代わりに心の中で苦笑しつつ、優奈は背筋を伸ばし敬礼をした。

 

「以上、報告を終わります」

「ああ。来栖学兵長、退室してよろしい。いつも言ってるかもしれないが、作戦まで英気を養っておいてくれ。榊達に誘われていたんじゃないか?」

「そうですね……それでは失礼します――」

 

 入学当初から衝突することが多かった榊の、彼女なりの気遣い。エリアに誘われたものの断ってしまった事に微かな罪悪感を覚える。でもあたしは大戦の英雄、来栖征四郎の娘なのだから――

 

『いつだって貴女はそう(・・)なのね……』

 

 脳裏でリフレインする金髪の少女の言葉。それを振り払って優奈は踵を返し、仮設の指令室を辞した。ドアを閉めて息を吐く。既に下校時間を過ぎた学園の廊下は静まり返っていた。

 

(――帰ろう)優奈がそう思い歩き出すと、

 

「ねえ君、眞喜志く……指令の執務室は此処で良いのかしら?」

 

 背後から突然の問い掛け。振返ると小柄な女性が佇んでいた。優奈の姿を大きな瞳が映している。あどけない容姿は年上とは思えない。だが身に纏う制服は優奈の憧れる防衛軍士官の物だった。階級章は大尉……そしてその顔を優奈は知っていた。慌てて踵を揃え敬礼する。

 

「は、眞喜志指令は在室しておられます」

 

 鯱張って答える優奈に女性はクスリと笑った。

 

「そんなに固くならなくてもいいよ、優奈ちゃん(・・・・・)。ありがとね♪」

 

 軍人としては砕け過ぎた口調。礼のつもりか片手を挙げると、呆気にとられる優奈を尻目に女性はノックもせずに執務室へと入って行った。確か士官学校の同期との事だが、余程親しい間柄なのだろうか。もしかして一之さんの恋人……あらぬ妄想が浮かび優奈は頭をブンブンと振り、足早にその場を後にした。

 

(それにしても優奈ちゃん、だなんて。あたし、叢雲大尉と何処かで会った事あったかな?)

 

 黄昏の中、校門を出て宿舎へ向かう。優奈の首に下げたペンダントが微かな音を立てた。少し前の休暇の日、助けた少女の見舞いに行く志生に付き合ったお礼にと貰ったモノだ。年頃の少女向けとは思えない無骨なメタリックチェーン。志生の相変わらずのセンスの無さに苦笑したものの、何処か暖かなものを感じて優奈は嬉しかった。一年の空白を埋めてくれるような。

 

 携帯端末に着信音。画面を開くと簡潔なメッセージが表示される。

 

 ≪本日の任務終了――問題無い≫

 

 それは独り先遣隊支援に出向している志生からのモノだった。SSSの調整が必要ない従来機を乗機としている志生は、普段から戦線の火消しとして正規の防衛軍から出撃要請を受けることが多かった。人型戦術兵器(タクティカルドール)の正規操縦士はそれだけ枯渇しているのだ。だからといって危険な任務をさしたる躊躇もなく受ける志生に優奈は憤りを感じているのだが――

 

(馬鹿……少しは気の利いた報告を送りなさいよ)まるで作戦中の通信の様にそっけない。小まめに連絡を送れと言ったのは自分だ。それに軍事作戦中で守秘義務がある以上、長々と書くことも有りはしないだろう。だが、それでも。

 こっちの気持ちも知らないで――

 物憂げに帰路を急ぐと市が管理している緑化地区の傍に来ていた。前世紀末に鷹月が拠点として以来無秩序な開発がなされた旧市街と違い、大戦後に郊外に築かれた新市街は隅々まで都市計画が行き届いており、此処も公園として市民に愛される憩いの場となっている。

 ――少し頭を冷やそう。そう思って優奈は簡素な門を潜る。入園料などもなく、それでいて公費でしっかりと整えられている故に普段は訪れる市民も多いのだが、日も暮れていることもあってかヒッソリとした静謐の中にあった。散策のための遊歩道を進んでゆくと小高い丘に出る。そこには市街を一望できる展望所が設えられていた。階段を上る。薄闇の中、街の明かりと星の輝きが優奈の翡翠色の瞳に飛び込んでくる。

 

『ねえ、お父さん。あたしは強くなりたい。お父さんみたいにデザイアから皆を護りたいの』

 

 故郷で父にそう告げたのは何時だったろう。先の大戦で目覚ましい活躍をした父、英雄・来栖征四郎。あたしが物心つく頃に父は敗戦の責を取り閑職に追われていたけれど、一之さんを始めとした部下の人から伝え聞く半ば伝説めいた父の活躍。それに包まれてあたしは育った。だからあたしは自然にそうなりたいと願っていた。そして世間の父への誹謗中傷を受けて日々弱っていく母を見るのが辛かった。

 

『そうか。でもね、優奈――』

 

 喜んでくれると思っていた。けれどあたしに父の向けたのは苦し気な曖昧な笑みと……その先はよく覚えていない。次の瞬間、悔しさと悲しさと、それらがグチャグチャに入り混じった澱のような感情が弾けて、あたしは父を詰っていた。弱虫、と――

 

「――やっぱり貴女は変らない」

 

 その時、背後で澄んだ声が聞こえた。

 懐かしさと哀しさが優奈の胸に響く。

 

「誰――!?」

 

 振り向くが其処には誰もいなかった。空耳か――そう思い視線を戻す。

 

(……え?)次の瞬間優奈は目を瞠っていた。

 

 ――其処には見た事も無い光景が広がっていた。

 明らかに日本とは思えない街並み。中世エウロペ風、と言うべきだろうか。時間も明らかに違っている。昼下がり。蒼く、澄み切った空。飛翔する見た事も無い生き物。自分は街の城壁に腰を下ろしてボンヤリとそれを見やっていた。

 

(これはあたしじゃない――)優奈は漠然とそう思う。何故なら自分の纏っているのは橘花の制服ではなかったから。身体を覆う簡素だが丈夫な造りの皮鎧は所々に優美な装飾が施されている。腰には細身だがずしりとした長剣を佩き、まるでファンタジーゲームの女性騎士のようだ。

 

「ねえ、□□□□□」傍らで愛らしい声が聞こえた。

 

 □□□□□とは自分の事だろうか。初めて聞く発音なのにしっくりくる響き。声の方を向くとそこには純白の豪奢なドレスを纏った少女が、その姿にしては些か行儀の悪い姿勢で城壁に腰掛けながら街を眺めている。陽光に眩く輝く蜂蜜色の髪が風に靡いていた。

 

(エレアノーラ……姫)優奈の脳裏に鷲尾が遊んでいるというゲームの登場人物の名前が唐突に浮かんだ。自分はやった事などなく、詳しくは容姿を知らないというのに。そしてその容姿は優奈の知る少女に酷似していた。

 

「なんでしょうか、姫様」

 

 自分ではない自分が少女の前に傅くように跪く。それを見た少女の顔は刹那曇る。どのような関係なのだろうか。かぶりを振ると少女は屈託のなさを取り戻し、

 

「……ねえ、貴女はこの国の事、好き?」と朗らかに問うた。

 

 どういう事なんだろう? どうしてそんな事を聞くのだろう?

 そんなあたしの戸惑いをを他所に、自分でない自分の唇は毅然と言葉を紡いでいた――

 

 

「…………さん……優奈さん!」

 

 誰かが呼ぶ声がする。覚醒した意識の視界が捕らえたのは何時もの展望所から眺める景色だった。傍らには心配そうに此方を見詰め、呼びかける濡れ羽色の髪の少女が居た。

 

「……エリア?」呆けたように呟く。

 

「――! 優奈さん……ああ、よかった。立ったままで声をかけてもピクリとも動かなかったから、わたし心配で――」

 

 エリアの蒼灰色の瞳が揺れた。心底優奈の身を案じていたことが伺える真摯な眼差し。

 

「心配かけてゴメンね、エリア。ちょっと考え事をしていたみたい。あたし、どの位ボーっとしてたのかしら?」

「なら良いんですけど……わたしが此処に来てから三分位、かな」

「……そう。でも心配し過ぎよ? あたしだってセンチになる事だってあるんだから」

「それって志生さんの――」

「……どうして其処で志生が出てくるのよ!」

 

 思わず大声で否定して優奈は脱力した。咄嗟の誤魔化しはエリアの想像力を刺激してしまったらしい。

 とは言え志生の事で苛立ってたことは確かだ。あたしはアイツの事が気になって……心配している。父の死で勝手に家を出られた蟠り。それを霧散させられた切っ掛けは、そう、あの日……謎の戦士にエリアを託された時からだ。

 

(この子は一体、私達にとって何なのだろう(・・・・・・・・・・・・)――)

 

 金髪の少女の含みのある言葉は気になるが、彼女から敵意は感じられなかった。そして目の前のお人好しな少女を自分は好ましく思っている。鷹月の姫である事を受け入れた今でも。志生はこの子の事をどう思っているのだろう……袋小路に陥りそうな思考に優奈はかぶりを振った。

 

「それは兎も角、どうして此処に? 祥子たちと帰ったんじゃ……不用心でしょう?」

「だって、その……色々気まずいって言うか――」

 

(……それはそうね。護衛している二人には気の毒だけど――)バツが悪そうにぼやくエリアを見て優奈は苦笑した。天然なハミルトンと純情な榊。婚約者同士であるあの二人の間に一人挟まったら自分も甘ったるさで辟易してしまいそうだ。

 

「それに、わたしはここの景色が結構好きなんですよ?」

 

 そう言って展望所の手摺りから身を乗り出す様に夜景を眺めるエリア。月明かりの中で彼女の濡れ羽色の髪が微風に靡く。それは違和感なく幻視の中の少女の姿と重なっていた。

 

「――そっか。あたしと同じだね」

 

 ポツリ呟いた優奈を見て、エリアは小首を傾げるとクスッと笑った――――

 

 

 □□□Meanwhile...

 

「――随分とあの子を手懐けているようね」

 

 静まり切った執務室に押し殺した声が冷たく響く。簡素な机を挟んで二人は対峙していた。怜悧な印象の青年と小柄な女性。青年――眞喜志一之の眼鏡の奥の瞳が鋭利な刃物の様に女性――叢雲由香里の瞳を貫いた。

 

「何が言いたいのか分からないが……彼女は優秀な操縦士(ドライバー)だよ。実戦における指揮官適性も優れている。僕の構想(・・)において得難い人材さ。それにこれは彼女が望んだ事でもある」

「あの子の想いに付け込んでよく言うわね。あの人(・・・)がそれを望んでいたとでも?」

「……君に大佐の何が分る?」

「分からないわ。でも、それは貴方だって同じでしょう、一之(・・)。結局の所、貴方は自分自身の夢のためにあの子を、優奈ちゃんを利用している。英雄の娘という呪われた肩書を。他の子達だってそう。よくもまあ、あんな訳ありな子たちを集めたものね」

「……アポも無くやって来て職務でもない事に口を挟めるほど大陸軍のエース殿は暇なのか?」

「今更になって借り物の英雄の夢(・・・・・・・・)を追い回す人よりは多忙な心算だけど」

 

 腕組みをしながら叢雲は素っ気なく眞喜志を嗤う。しかし青年の表情は能面の様に動くことは無く、ただ指で眼鏡を押し上げたのみだった。

 

「……慇懃能面」溜息と共に叢雲は呟く。

 

「懐かしい呼び名だな。媒体越しだが泰吾(たいご)にも言われたよ」

「――でしょうね。泰吾君なら教え子という枷がなければ真っ先に此処に来て貴方の胸倉を掴んでいた筈よ。……で、どういう心算なの? 鷲尾博士の研究成果(SSS)に食指を伸ばす者は多い。戦後世代という鬼子(・・)を矢面に立たせて安穏を貪りたい大人(・・)は軍部にもかなり居るのよ?」

 

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。バベルピラーで大敗したとはいえ、それから十五年。エウロペ・ユラシア大陸での激戦を他所に日本そして遠く離れたスーリア大陸の合衆国は平和な日常を享受してきた。仮初の平穏はデザイアによる災禍を過去に追いやり、その慢心は二年近く前のブラッディツリーの降着による惨劇を経ても覚めることは無い。かつての英雄の死をもってしても、なお――

 

「だからこの戦いには英雄が必要なんだ。僕たちのように力無き者に悪魔と戦う勇気を与えてくれた大佐のようなお伽噺(ファンタシー)が――」

「それをあの子たちに――本気で言っているの?」

 

 両手を机に置いて詰め寄る叢雲。平然と眼鏡を光らせそれを見上げる眞喜志。沈黙が部屋を支配する。ややあって根負けしたかのように叢雲はかぶりを振ると、

 

「……まあいいわ。シスコンの極み(・・・・・・・)みたいな誰かさんが優奈ちゃんを無碍にする訳無いだろうし」

「ちょっと待て、それは何の話だ。大佐の娘だからといって特別扱いなど――」

 

 眞喜志の整った顔に俄かに狼狽が浮かんだ。それを見た叢雲は得意げに鼻を鳴らして、

 

「そういう所だぞ、この似非鉄面皮――その眼鏡は意外と似合ってるかもね」

 

 そう言い捨てて部屋を後にする。

 去り際の挨拶とばかりに子供じみた亜官兵衛を残して。

 

(何しに来たんだ、あいつは……)

 

 眞喜志は閉ざされたドアを眺め、呆然と呟く。

 追憶の中の来栖大佐の姿。肩を組んで飲み明かし、語り合った戦友。そして……

 キリと眞喜志の胃が痛んだ。

 

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