TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 2 強襲

 

 □□□"HERO"

 

 ――この星は地球と呼ばれている。

 命を育む大海と大地。それを包む豊富な大気と磁場。主星からの距離は近すぎず遠すぎず、神聖同盟の言葉を借りるのならまるで神の采配の様にハビタブルゾーンに位置する蒼い星。

 

 この星は今、外敵による侵略を受けている。いつしか"欲望"(デザイア)と称される事となったこの敵について、人類はその正体も、目的も、何も分からないまま五里霧中の中で戦いを続けている。

 異星人の尖兵、命無き機械の悪魔、蘇りし古代兵器等々…… 人類はこの敵について様々に憶測したが、唯一理解できたことはこの機械の悪魔が明確に人類と敵対している事だけであった。

 

 多くの人類は己の生存をかけた戦いを強いられていた。この戦いで最初に引鉄を引いたのは何方かである事など、最早どうでもよく、駆逐しなくては滅ぼされる。嘗て自らの生存圏の大半を奪われた時、人類はそれを思い知ったのだから。

 

 ――それから二十年。

 

 戦局は現在小康状態――ユラシア大陸での激戦に目を瞑ればだが――と言えた。

 早期に侵攻を受けた南方アドラス大陸では既に人類の抵抗は消失し、逆に大海を隔てた南北に延びるスーリア大陸、そしてユラシア大陸の極東に位置する島国・日本ではその侵攻を撥ね退けて、そこに住まう人類は仮初の平穏の中にあった。

 

 転移技術を始めとし、人知を超えた技術を有するデザイア。これに対して、人類の反撃の起点となったものは幾つかある。その内の一つが光纏う鋼の巨人――人型戦術兵器(タクティカルドール)の実戦投入と、それを既存兵器と組み合わせ柔軟に運用する複合兵科連合戦術の確立であった。

 

 その中核となった人物こそが来栖征四郎――後に勝利を司る英雄神(ウルスラグナ)の異名を持つ事となる一人の青年である。日本国、東京近隣の平凡な一般家庭に生を受けた彼は、少年時代は天文学を志しており、長じては学費全額免除及び生活費の支給ありという特典に魅力を感じ士官学校の門をくぐった消極的(・・・)な軍人であったという。

 

 そんな彼が戦史に名を記し始めたのはデザイアとの大戦が始まった正にその時であった。

 

 中東の地に突如顕れ、大地に突き立てられた謎の"巨柱(ピラー)"。

 予測される外文明との接触。交渉使節の護衛武官の一人としてかの地へ赴いた彼は、ファーストコンタクトが強硬派の核攻撃によって潰えるのを具に目撃する事となった。猛り狂ったかのように虚空から湧き出でる機械の怪物の戦列に抗う術も無く殲滅される友軍。絶望的な撤退戦の果てに辛うじて地獄から生還した時、平凡な一軍人であった来栖征四郎は人生を賭けてこの最悪な出会いから始まった戦いを終息させる事を誓った。己に何の責があった訳でもないというのに、ただ純粋にそれを己が為すべき事としたのが、彼をして英雄足らしめた要因であろう。

 

 開戦後、世界各地に降着したピラーによって世界の大半から人類が駆逐されて行く中、彼は撤退戦で済崩し的に駆った月面開発用の人型重機による意外な戦果に着目した。複雑な機体構造による整備性の劣悪さ、装甲強度の不足。歩行移動による走行速度の低さ、被弾面積の広さ。問題とすべき点は多々あれど、彼はヒトが人型の兵器を駆る事の親和性と戦術に可能性を見出したのである。

 人型兵器という非効率な存在の開発を効率主義の権化ともいえる軍で押し通すため、彼は一士官の身でありながら一つの賭けに出る。日本の政財界に強い影響力を持つ世界的企業・鷹月の会長への直談判。明らかな越権行為であるそれは軍内で大きな波紋を招いたが、幸いにして当時経済界の野心的な新鋭であった鷹月宗平の強い関心を引く事に成功し、その強力なバックアップの元で彼は人類の切り札・人型戦術兵器(タクティカルドール)を完成させたのだった。

 第一世代人型戦術兵器"荒神"(あらがみ)。鷹月で完成した先行試作機を受領した彼は厳選した部下と共に国内のピラーを次々と攻略。更には合衆国による飽和核攻撃(オレンジ)計画発動の迫る中、通常兵器では攻略不可能とされた大型ピラーの一柱である東京ピラーの攻略をも成功させる――

 

 祖国を救い、そして護った彼を、日本だけでなく世界中の人々が称えた。

 彼こそがこの星を救う英雄(・・)である、と。

 

 その声に応え、英雄は立ち止まる事無く戦い続けた。

 諸外国、特に険悪となった合衆国とも協力を取り付けて世界連合軍を成立させた英雄はデザイアに対し反転攻勢へと打って出る。ウラジオストック、アラスカ、ベルリン、サンクトペテルブルク――破竹の勢いで進撃を続ける英雄は、いつしか愛機である漆黒の荒神から英雄神――ウルスラグナの名で呼ばれることとなった。

 

 しかし……いつの時代も英雄には常に悲劇の影が付きまとうモノだ。

 最大の激戦地であったペルシアを制し、デザイアの本拠たるバベルピラーに挑んだ英雄は、無残な敗北を喫する事となる。人類の攻勢限界。主力の合衆国軍の到着を待たずに開かれた戦端。戦後のパワーバランスを考慮した各国の政治取引。英雄という光が図らずも作り出した澱んだ闇は、彼に平和という果実を与える事を拒んだ。

 

 たった一つの敗北が英雄の翼を捥いで地に堕とす。

 

 以後、彼は戦史の表舞台に出る事は無かった。政敵との確執など数多の憶測はあれど、彼は多くを語らず、閑職を淡々と勤め、そして一年前……かつて駆けたペルシアの地に散る。彼が護るべく戦った人類の、名も知れぬテロリストの手によって。享年三十八歳であった。

 

 ――全てはヒトの希望と未来の為に。

 数多のピラーを攻略し、生涯デザイア撃破数は769機以上(内大型47機、超大型4機)

 彼の残した光纏う巨人と彼の名を関した戦術ドクトリンは、今も人類を護り続けている――

 

――Cパーマー著「侵略者とある時代」より

 

■□

 

「……先生、そろそろ日本に到着しますよ。降機の準備をお願いします」

 

 合衆国空軍の軍服を着た生真面目そうな青年が隣席の男に声をかける。しかし先生と呼ばれた縮れ毛の小男はそれに生返事をしただけで、一心不乱に端末のキーボードを叩き続ける。執筆業を生業とする者だろうか? とは言え人工知能を用いた思考記述式のツールが主流な今、時代錯誤と言えるその姿は、それだけで彼が変人の類であることを示していた。年は四十絡み。古臭い瓶底眼鏡をかけ、小太りな体躯。冴えない顔立ちに衛生的とは言えない不精髭が目立つ――

 

「……またセイシロウの逸話ですか? 過去の英雄伝説なんて、もう流行らないですよ。去年暗殺された時は話題にはなりましたが、所詮は日本の一士官でしょう。今現在の大陸戦線を支えているのは我が合衆国軍です。記事にするのなら我が国の兵士たちを見ていただきたいものですね」

「はは、これは手厳しい――」

 

 縮れ毛の男は溜息をつくと端末を鞄に収めた。元々大した荷物も無い。青年の指示に従い、男はシートベルトを装着する。窓から彼方を見やれば三つの島嶼からなる日本列島が迫っていた。かつては"天津"と呼ばれた古い歴史を誇る小国。争ったこともあるが、概ね合衆国ににとっては友好国であり、デザイアとの戦いが始まってからは地政学的にスーリア大陸にとっての防波堤の役割を果たしている要地。

 

 ――そして"彼"の生まれた国。

 

「ダグラス君、君には感謝しているよ。僕のような過去(・・)の物書きじゃあ、"金の鯱作戦"(Operation Golden Orca)の取材許可なんて下りなかったからね。おまけに軍用機に便乗させてくれて」

「それは皮肉ですか? ……まあ、正直多少のコネは使いましたがね。自分も傍流とは言えハミルトンですので」

 

 ダグラスと呼ばれた青年は自嘲的に呟く。ハミルトンとは合衆国の名家の一つで中世には名立たる騎士、近年においては政軍の高官を多く輩出したことで知られている。何よりも黎明期の大統領であるダグラス・ハミルトンは他国でも世界史で必ず習う名前だ。恐らく彼の名はそれに肖って付けられたものだろう。

 

「そう卑下することも無いと思うけどね……先の共和国での作戦では伯父上の勝利に貢献する爆撃を成功させたのだから。空軍のエースなんだろ?」

「……空にデザイアは居ませんからね。戦術人形乗り(ドールマイスター)の戦いに比べたら散歩のようなモノです」

 

 降下してくるピラーを除けは、確かにデザイア側に空中ユニットは存在しない。しかし格段に人類より優れた光学兵器による防空能力は人類の航空戦力にとって脅威であり、死と隣り合わせであるのは陸空変わりは無いのだが――

 

(ま、拗らせてるって事かね)言葉を飲み込んで男は頭を掻く。その時軽い衝撃と共に減速に伴う前方向へのGがかかった。どうやら機体が着陸したようだ。駐機位置に到達すると、物々しい軍服の男たちが一斉に席を立ち出口へと向かってゆく。

 

「……パーマー先生」席を立ち彼らに続く男にダグラスが耳打ちする。

 

「分かっているとは思いますが、日本はタカツキの国です。そして国土を侵食されているというのに国民はデザイア戦に対する熱意に欠け、ルミナスの残党すら蔓延っている始末。神聖同盟(グラール)に首を抑えられている我が国もどうかとは思いますが、くれぐれもお気をつけ下さい」

「ご忠告痛み入るよ。まさにフクマデンという訳だ」

 

 感謝の意を込めてダグラスと握手を交わすと、パーマーは昇降口へと向かう。

 

「――ところで甥御殿(・・・)に会ったら、何か伝えることは無いかい? 確かこの国に留学中だよね」

「……自分からは、特には――」

 

(ほんと拗らせてるねえ)機に残るダグラスが表情を硬くしたのをチラと見やり、パーマーは心の中で溜息を吐いた。

 

 ハッチが開き、タラップを降りる。夏の日差しに照り付けられた滑走路の放つ熱気と、本国とは微かに違う大気の臭い。それはフェリオン濃度の違いか、それとも戦場から流れ来る冥風か。

 パーマーは感慨深くそれを吸って、むせた――

 

 

 □□□黎明・洋上にて

 

「偵察小隊より艦隊司令部へ――那古野港上空に巨大ゲート顕現を確認。新たな小型ピラー出現。降下開始――」

「降着推定時間は?」

「現状の降下速度なら約三十分後――"主砲"による対空先制攻撃を要請します」

「こちら司令部、了解した。座標データ送信後、直ちに現場より退避せよ」

 

 旗艦尾張の艦橋にアラートが鳴り響く。自らの指示を各所へ整然と伝達するオペレーター陣。大佐の階級章を着けた壮年の男はそれを一瞥したのち、上空で虹のように煌めくゲートと巨大な円錐状の物体を射るような視線で凝視した。鋭利な先端部を地上に向け、母なる大地を貫く剣の様に降下する機械の悪魔の橋頭保。デザイアの転送戦術おいて受信機となるあれが稼働状態となれば、転移ゲートから湧き出る機甲体(デザイア)の物量に現地の兵は大いに苦しめられる事となるだろう。

 

「まるで我々に跪けと言っているかのようですな」

 

 傍らに立つ白衣の男が他人事のように語りかけて来る。技術顧問として華那庵(カナン)と呼ばれる私設技術研究機関より派遣されたこの神経質そうな男にとって、ピラーの降下など自らの研究成果を披露するイベントに過ぎないのだろう。あの下では今も数多くの将兵が命を賭して戦っているというのに。華那庵――それは通称ラボと呼ばれ、省庁並みの権限を持つとされる。大佐は不愉快さを隠そうともせずにそれ(・・)を一瞥したのみで黙殺すると、

 

「主砲、発射用意――」一言砲撃スタッフへ伝達し、背後の提督席に座る初老の艦隊司令へ指示を仰いだ。提督帽の庇に手をかけて短く頷く提督。

 

「これより本艦の最大火力を持ってピラー降下阻止を敢行する。あの忌々しい杭棒を圧し折ってやれ。そして陸軍のエリート共に海には我らが居ることを思い出させてやろう――」

 

 近代化改装を受けた尾張の前部甲板ハッチが解放され、巨大な円筒状の構造体が迫り上がってくる。砲身展開。戦艦を砲艦として扱う汎用性皆無の対要塞兵装――

 

「超電導質量弾射出機構"天穿"(てんが)。存分にご活用下さい。母なる星より悪魔を誅滅するために」

 

 芝居がかったねっとりとした口調。眼下の巨砲に陶然と嘯く白衣の男。それから目を背けつつ大佐は思う。大戦後の艦隊再編計画で幼き頃憧れたこの尾張が改修され、やがて軍人となった自分が艦長となった時は心躍ったものだ。それがこの武器のために整然とした前方砲を撤去し不格好な税金食いの砲艦と化している。

 ――つまらぬ感傷か。それでもデザイアは叩かなくてはならない。軍人として。この戦いが主義者たちのプロパガンダとして利用されているのだとしても。

 

「主砲、弾体装填完了。艦首軸合わせ良し――」

「砲身内の磁場安定、射出機構出力上昇……六〇……七〇……八〇……九〇――」

 

 主義者たち――華那庵の母体で神聖同盟と呼ばれる組織は狂信的な事を除けば軍には協力的だった。新鋭の技術を有する組織としては人型戦術兵器(タクティカルドール)を創り出した鷹月(・・)に一日の長があるモノの、彼らは多分に秘匿主義である事から、近しい技術を惜しみなく提供する神聖同盟は軍にとっては有り難い存在と言えた。尤もそれは彼らの有する非人道的な研究機関に拠る物なのだが――

 

岡部(おかべ)大佐。今は為すべきことを為すのみだよ。この国を分断する楔は抜かねばならん。萩野(はぎの)利三(りぞう)ご高説(・・・)に伏するのはいささか癪ではあるがな」

「――ハッ」

 

 見透かしたような提督の言葉。カウントは進み発射態勢が整ったことを管制官が告げる。

 

「よろしい。主砲、撃ち方始め」

「"天穿"目標・降下中のピラー。撃ち方始め――」

 

 砲術士官の復唱と共に重い衝撃が艦隊を貫く。炸薬式ではない磁気加速砲身とはいえ艦の前部を占めるほどの規模だ。神聖同盟の技術がなければ尾張の巨体とて大揺れに揺れた事だろう。砲身から射出された超硬度レアメタル製の"鉄杭"が大気との摩擦熱で流星のような紅い軌跡を描く。その先には不気味な沈黙を守りながら降下してゆくピラーがあった。

 

「――着弾確認! 目標の装甲の貫通に成功しました」

「ピラー、フェリオンリアクター出力低下。防御フィールドの喪失を確認――」

 

 尾張艦橋に歓喜の声が満ちた。デザイアとの戦いが始まって以来、人類側がピラーを外部からの攻撃で破壊した実例は無い。それは端的に言えばデザイアの有する技術が人類を大幅に上回っていたからである。決戦兵力を囮として敵主力を引き付け、少数の精鋭部隊による内部への強襲を行うという大戦の英雄・来栖(くるす)征四郎(せいしろう)の考案した対ピラー戦術は、抑々がピラーは破壊できないという前提の元での苦肉の策ではあった。

 

(技術も戦術も絶対は無い。我々も進化しているのだ。しかし――)

 

 恍惚と戦果を見やる白衣の男。それを尻目に岡部大佐は緩みかかった頬を引き締め、

 

「総員、まだ終わったわけではないぞ。僚艦に通達。岩戸は開かれた(・・・・・・・)――第三艦隊の全火力をもって綺麗な花火を見せてやれ、とな」

 

 寂のある一喝に、艦橋の緊張感が蘇った。管制官達の明瞭な通信が飛び交う。

 

「お言葉ですが艦長。"天穿"の第二射でピラーは容易に粉砕できますが……」

 

 場でただ一人、興を削がれたかのようにぼやく白衣の男だが、それを冷然と見やる岡部大佐の視線に凍てついたかのように口を閉ざした。

 

技師殿(・・・)あれ(・・)が最後のピラーという訳ではありますまい。"天穿"は本作戦の要……切り札(・・・)は温存しませんとなぁ」

 

 提督が軽く咳払いをして間を取り持つ。作戦の要と言われたことに気をよくしたのか白衣の男はそれ以上指揮に口を挟もうとはしなかった。世慣れしている上官に感謝しつつ、岡部大佐は総攻撃を通達する。各艦が砲撃を開始し、轟音が黎明の湾内に轟く。次いで上空に巨大な火球が生じた。

 

「ピラーの崩壊を確認。なお破片落下圏内の友軍は退避完了。死傷者無し。作戦成功です――」

 

再び湧き上がる歓声。今度は岡部大佐はそれを止めはしなかった。開戦以来、核攻撃以外では初めてとなる純粋火力によるピラーの撃破。例えそれが最下級の物であっても快挙であることに変わりはない。

 

「敵が送り込めるピラーの数が此方の想定内なら良いのだがな」

 

 レポートを転送する為に白衣の男が席を外すと提督がぼやく様に呟いた。"天穿"の有用性は証明されたが、この武器は膨大な電力を消費する。本来エネルギー効率の良いフェリオンリアクターだが、海上では粒子濃度が薄いため十分な出力を得る事が出来なかった。補器として艦の原子力も使用しているものの、多用すれば艦自体の電力が枯渇してしまう。

 

「それでも以前とは違います。あの頃(・・・)はピラーの降着を手を拱いて見ているだけだった――」

「……そうだな」

 

 深く溜息をつく提督。その脳裏には大戦で為す術なくデザイアに蹂躙された国土の惨状が、未だ焼き付いているのだろう。そしてその時の無力感は、新任士官に過ぎなかった自分等より深く刻まれているに違いない。

 

戦友(とも)よ――)岡部大佐は消えゆく火球を見据えながら想いを馳せる。

 

(人類もやれるようになっただろう。英雄たる貴様なら、此処からどう戦ったのだろうな……)

 

 

 □□□同刻・上空にて

 

「……はぁ、綺麗な花火だね、タク♡」

 

 前部座席で萌黄色の髪の少女が振返って囁いた。目元を覆う操縦士用のバイザーの厳めしさにそぐわない少女趣味なツインテール。それが後部座席に座る水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)の鼻先を撫でて、彼は思わず顔を赤らめた。距離が近い――タダでさえ狭い単座型の、しかも多数の狙撃装備の備え付けてある四番機(ウインドⅣ)・セピュロスのコックピット、其処に無理やり備え付けられた管制官席なのだから無理は無いだろう。水無瀬は取り繕うように咳払いすると、

 

戦史の転換点(ターニングポイント)、という奴だな」

「どういう事?」

 

 先程とは打って変わって理知的な声音の問い。それがこの機体の操縦士の少女・鷲尾(わしお)魅悠宇(みゆう)の本質である事を水無瀬はよく知っていた。何せ、自分と同じく十五歳にして大卒資格持ち(彼女は合衆国の名門卒)の才媛であり、人型戦術兵器(タクティカルドール)の生みの親である鷲尾博士の娘なのだ。普段のお気楽な女の子然とした振る舞いは一種のコミュニケーションスキルに過ぎない。

 ……まあ、どちらも素だとも言えるのだけど――

 

「今までピラーは降着してから、強襲部隊が内部へ侵入してからの破壊しかできなかっただろ」

「クルス・ドクトリンね。ユナ先輩のお父さんが確立したっていう――」

「そう。でもそれは場当たり的なモグラ叩きに過ぎない。無論、来栖征四郎もそんな事は分かっていたけど、それしか手段がなかったんだ。降下中のピラーは、言わば無敵だったからね」

「――つまり、今までの戦いはピラーを転送できるデザイア側に主導権を取られていたって事ね」

「そう言う事」

 

 一拍の沈黙の後、あっさり先回りする鷲尾に水無瀬は満足そうに頷く。

 

「けれど、それが絶対ではなくなった。"天穿"だったっけ? あれの射程内へのピラー降下は阻止できる――転送戦術の要であるピラーが打ち込めなければデザイアは転移による浸透突破という大きなアドバンテージを失うことになるんだ」

「タクの言う通り、確かに転換点ね。――パパとしては複雑だろうけど」

「フェリオン工学の応用による大規模常温超電導……アレも元は博士の発案だよね。それの見事なパクリだからなあ……」

 

 溜息を吐く鷲尾。その理由を水無瀬は知っていた。

 軍靴に踏み荒らされた自宅。二人で衣装ケースに身を潜め、災禍の去るのを待ったあの時――

 

「ありがとね、タク……」囁くようにポツリと言う鷲尾。らしくないっての――

 

「……いいから、しっかり操縦してよ。そろそろブースター切り離すからね」

「はぁい♪」

 

 いつも通りの舌足らずな甘い返事。それを聞いて水無瀬は微笑む。そうさ。捻くれるのはボクだけでいい。増設されたイジェクションレバーを引くと鈍い衝撃がコックピットを揺らした。機体が降下体勢に入ったことを知らせるアラート。背部に装着された強襲パックの主翼が展開される。

 

 今、水無瀬達の乗る巨人は雲海を飛んでいた。

 前方に消えゆく巨大な光球……爆散したピラーの残滓。それに照らされて四体の巨人が背に翼を纏い飛翔する。桜花、紺碧、深紅、そして翡翠――

 

『……こちらウィンドⅠ・エウロス。小隊各機、聞こえてる?』

 

凛と響く声が耳に心地よい。桜色の指揮官機を駆る隊長、来栖優奈(ゆな)からの通信。

 

『ああ。ウインドⅡ・ボレアス、聴こえてるぜ』

『こちらウィンドⅢ・ノトス。感度良好ですよ、ユナ』

 

 威勢の良い娘の声と慇懃な少年の声。紺碧の二番機の(さかき)祥子(しょうこ)、深紅の三番機のウィルヘイム・ハミルトン。そして――

 

「はぁい、聴こえてますよ、ユナ先輩♪」

「こちらこちらウィンドⅣ・セピュロス……を忘れてるよ、ミユ」

 

 鷲尾の場違いな舌足らずの声音に通信越しに溜息が聞こえる。ただそれが苛立ちめいたものではなくなっている事に水無瀬は安堵する。

 

『――それでは今回の作戦の確認をするわね。あたしたちの目標は那古野ピラー北西にあるデザイアの支援拠点、清寿ピラーの攻略。規模としては違うけど、以前の鷹月旧市街戦を想定してね』

 

 淡々と説明する優奈だが、その声には重いモノが滲んでいた。

 想起されるのは突如学園の近隣に降着したあの災厄。結成間もない小隊が駆り出された、初のピラー攻略戦。戦略的価値のない旧市街への単発降下したピラーの為民間人(・・・)の犠牲はほぼ無く、結果として攻略に参加した自分たちを"英雄"に祭り上げた戦い。

 しかしその陰で秘匿された、演習中だった学徒兵とその教官五百余人の犠牲。それは小隊の誰もが抱え込んでいる棘だった。中でも当事者であった彼女には――

 

『おい、優奈。その話は――』

『大丈夫です、祥子さん。わたしはもう平気ですから』

 

(エリアさん、か)水無瀬は指揮官機搭乗管制官(ライドオフィサ)である黒髪の少女の事を思い浮かべ、続いてかぶりを振った。世界に冠たる巨大企業、鷹月閥令嬢の忘れ形見。鷹月ピラーの惨劇の生存者であり、かつてデザイアとの共存を説く教団(ルミナス)の支配地であったペルシアからの帰還者(リターナー)。個人的には養父がDDOやMKOの開発者である所も興味深い。その登場人物であるエレアノーラ姫に酷似した容姿と現実に顕れた金髪の姫君(・・・・・)――水無瀬の好奇心が首を擡げるが、今はその詮索をする時ではない。

 

『――続けて良いかしら?』

『どうぞ。ショーコも良いですね?』

『エリアがそう言うなら、な』

 

 ハミルトンの言葉に榊はすんなり矛を収めた。元々サッパリした性格の榊としては当事者のエリアがよいのならそれでよいのだろう。以前ならムキになって絡んだ気もするけど……

 

『――鷹月ピラーでの作戦同様に、今回も歩兵中隊との合同作戦となる。指揮官の古郡(こごおり)大尉の元に、既に桂城(かつらぎ)君が連絡要員として向かってるから、現地で合流することになるわね』

「あの髭の隊長さんですかぁ……渋系のイケおじだけどセクハラっぽいのがな~」

『隊員もな。今度会ったらシメてやりたいと思ってたんだ』

『二人とも、大尉殿に無礼ですよ。とは言え古郡隊は軍格闘術の達人揃いとも聞きますから一手勝負したい所ですね』

「ってウィル先輩、声が怖いんですけど――」

『あはは……個性的な方みたいですね……』

『もう、気持ちは分かるけど、みんな真面目にやってよね』

 

 自業自得とは言え散々な言われようの古郡大尉に少し同情しつつ、水無瀬は今回の作戦内容を反芻する。優奈に確認されるまでもなく、彼の頭脳にはこの作戦の詳細が収められていた。自身が指令である眞喜志一之(まきし かずゆき)からの要請で今回の"作戦"を立案したのだから。(眞喜志としては未だ練度未熟な小隊に火中の栗を拾わせる真似はさせたくなかったが、政敵と言える"機関"が積極関与している関係上、参加を避けられなかった)

 

 本土に残った最後の中型ピラーを目標とする"金の鯱作戦"では、港湾への強襲上陸を行う攻略部隊を支援するためにG県岐富城要塞を要とする関西方面軍とS県鷹月市を策源地とする関東方面軍がそれぞれ大部隊を構えて那古野ピラーに圧を加えている。その結果デザイアの戦力は本拠地たる那古野ピラーから引き離され、中央部分に空白地帯を発生させていた。事前に周囲の小型ピラーの殆どを殲滅してあったこともあり、戦力の転送も限られている。この空白に上陸した精鋭部隊を浸透突破させて一気に那古野ピラーを攻略する――それが防衛軍の戦略だった。

 

 しかしその障害となったのが那古野ピラーを正三角形で囲む支援ピラーと呼ばれる三本のピラーだ。これらは本体である那古野ピラーに強固な防壁を展開しており、規模としては小型ピラーであるものの強固な連携によりいくら破壊しても残り一つが健在なら立ち所に修復されてしまう。今まで東京ピラー等の大型ピラーにしかなかったこの支援ピラーの存在が、本来中型ピラーでしかない那古野ピラーをこの二年近くの間難攻不落としていた――尤も、大陸を主戦場としているデザイア戦の関係上、日本としては派兵した主力を自国防衛のためとはいえ呼び戻す事が内外の政治力学的にできなかった事情もあるのだが――

 

 これを突破するには三つのピラーを同時に破壊し、新たに転送される支援ピラーを阻止しなくてはならない。後者に関しては"天穿"が解決した。前者には強力な精鋭部隊が必要となる。港区のピラーは本隊上陸地点の安全確保を兼ねて防衛軍に任せる事になっていた。

 

(残る問題は内陸にある清寿と長湫。敵の支配領域を大部隊で強引に突破するのはリスクが大きいもんね。長湫に関しては博士の伝手があるらしい。笑える程イヤ~な顔をしていたから多分機関(ラボ)絡みかな? それで後は清寿……ここはボクたちが行くしかないでしょ♪)

 

 分の悪い賭けの強襲作戦。これこそ戦記物の醍醐味だよね――水無瀬は能天気にそう思い、同時に冷徹に盤面を読み取るべく広域マップと戦力データをモニターに展開した。猛烈な速さで流れる情報を淡い碧色の瞳が追う。東洋人らしからぬその色はカラーズ由来の物ではなく、父親譲りの物だった。そして淡い亜麻色の髪も。ふと画面に映り込む少女にしか見えない容姿。それを見て水無瀬は苦笑する。(コレのせいで随分虐められたっけ――)

 

『――以上。各員、降下開始。降着と同時に戦闘になる可能性もある。冷静にね』

 

 簡潔な最終伝達を終えると優奈は通信封鎖の指示を出した。隊員毎の個性的な応答の後、セピュロスのコックピットは静寂に包まれる。"金の鯱作戦"……それは国内では東京ピラー以来の決戦となるだろう。トクン、虚弱な心臓が鳴る。深呼吸。大丈夫だ。ボクの作戦に間違いはない……

 

「――タク、緊張してるでしょ?」見透かしたかのような鷲尾の問い。

 

「なんでさ?」

「いつもみたいに空気読まないこと言わないから」

「あのなあ……」

 

 あっけらかんと言われて、水無瀬は憮然とする。だが事実だ。

 機乗管制官として体質的に不適格だったボクが推挙されて指令補佐扱いとなって二か月余り。詰込みだが眞喜志から副官教育も受けた。直々に要請されて意気揚々と立案した作戦を司令部に具申したが、それは可能であるという机上の計算に過ぎない。自信が無い訳では無い。けれど不確定要素でボクの作戦が破綻して、皆が、ミユが死ぬかもしれない……

 

「――大丈夫よ」

 

 らしくない悲観思考を妙に大人びた鷲尾の囁きが遮った。

 

「タクならやれるって、わたし信じてるもん。だから大丈夫♪」

「……そっか」

 

 なんだかなあ……自分より頭の良い筈の鷲尾の根拠のない断定に、水無瀬は苦笑するしかない。それ程自分を信じてくれている事が、しかし今は嬉しかった。

 降下体勢に入った機体は瞬く間に高度を下げて行く――

 

「高度八〇〇……そろそろか。ミユ、観える(・・・)?」

「――うん。十時の方向の高台にリザートの砲列。凄い数ね」

 

 テイルレーザーを主兵装とするリザートはデザイアの防空戦力の主役だ。射程は左程ではないが人型戦術兵器(タクティカルドール)の光学装甲をも貫く超出力は艦砲並みで、高密度の砲列から放たれる光速の射線の弾幕はこれまで人類の航空戦力を七面鳥の様に撃ち落して来た。

 

「レーザー照準波、来た。蜂の巣になりそうなくらいロックオンされてる」

 

 流石に鷲尾の声は震えていた。狙撃機を駆る関係で、鷲尾は同じ狙撃型であるリザートの射線に身を曝すことが多い。それでもここまで狙われた経験は無いだろう。

 

「……タク、この作戦が終わったら琉球に泳ぎに行こうね、二人で」

「ボクは泳げないんだけど――って変なフラグ立てんな!」

 

 どこまで本気か分からない鷲尾の戯言に水無瀬が突っ込みを入れた瞬間、コックピットの外部モニターは白い光で満たされた。レーザー着弾――眼を瞑る鷲尾と遮光バイザー越しに光を凝視する水無瀬。冷たい汗が流れる――

 

「……フフン、効かないんだな、これが――」

 

 光の奔流が収まると、取り繕うように水無瀬は不敵に嘯いた。機体に異常なし。周囲を見渡せば小隊各機も無傷で降下を続けている。機体周囲に緑光が仄かに輝く。金剛不壊のフェリオンの被膜――榊の有する障壁(イージス)のエフェクトだ。

 強力ではあるが本来個別展開しか出来ないそれを、エリアの持つ"共鳴"(アンサンブル)のエフェクトで広域化する事によって小隊全体を護り、無謀とされるデザイア支配領域への空中からの強襲を可能とする。それが水無瀬の立てた本作戦の肝要であった。

 

「あはっ、二人のお陰だね~」

「……そうだね」

 

 無邪気に安堵する鷲尾にそっけなく答えつつ水無瀬は状況を確認する。全機体損傷無し。後は一気に高度を下げるだけだ。

 

「それにしてもエリアさんのエフェクトでこんな事が出来るなんて。タク、よく思いついたね?」

「共鳴を応用した広域化をシステムに組み込んだのは博士だよ。ボクはそれを元にこの強襲を具申しただけさ。あと、志生先輩から聞いたんだ。あの子(・・・)が似たようなことをやっていたって」

「あの子、ねえ……」

 

 訝し気に呟いたが鷲尾はそれ以上は尋ねなかった。金髪の少女――エリアの別人格であるらしく、彼女曰く自称異世界の姫巫女・エレアノーラについて自分達は何も分かってはいない。エリア本人すら把握しきれていないというのだからお手上げだ。彼女らしいプレイヤー(ネームレス)を見たDDO(ゲーム)内でも未だ直の接触は出来ていないでいる。

 

「あれ? ウィル先輩とショーコ先輩が――」

 

 見れば紺碧と深紅の二機の僚機が進路を変更して降下してゆく。

 先程の射線の起点である高台へと。

 

「二人にはリザートの砲列を発見した際に処理して貰う事になっているんだ。少しでも対空ユニットを削れば今後の合衆国軍による航空支援がやりやすくなるからね」

「大丈夫かな。凄い大群だったんだけど」

 

 鷹の目の異能によって防衛軍トップクラスの狙撃手に比肩する鷲尾だが、白兵戦は苦手としている。そんな彼女の不安を払拭するように水無瀬は、

 

「ウィル先輩達なら心配いらないよ。リザードは柔いし、対空用の密集陣形では仲間が邪魔になって射角が取りづらいからテイルレーザーの脅威度は下がる。対するあの二人は乱戦上等の武闘派(・・・)だからね」

「あは、そうだね~」

 

 あっけらかんと納得する鷲尾。ハミルトンの心外そうな顔が脳裏に浮かび、水無瀬は苦笑した。

 直掩にギガースが配置はされているだろうが、彼らなら問題無い。恐竜種(レックス)が配備されていれば別だが、人類の攻勢を前に決戦戦力を後方に配置する愚は犯すまい――

 

「あ、灯りだよ」

 

 既に高度はビルを掠めるほどになっていた。予定降下ポイントである、郊外のショッピングモールの駐車場。そこで巨大な誘導灯を振っている黒い巨人の姿は鷲尾でなくとも目視できた。センサー起動。周囲にデザイアの反応は無い。入念な掃討が為されているようだ。隅の方には夥しい中型デザイアの残骸が打ち捨てられているのが見える。サムズアップして見せる黒い巨人。

 

「流石志生センパイ♡」

「それに古郡隊も勇名に違わない実力っぽいね……っと、そろそろ着地するよ」

「おっけー、任せて」

 

 軽い振動。脚部の屈伸を利用して衝撃を殺して四番機セピュロスはアスファルトの上に降り立つ。収音機構の集めた周囲の歓声が耳に響いた。既に桜色の一番機エウロスは身を屈めた駐機姿勢を取っており、コックピットから機体と同じ色の髪の少女がひらりと地面に降り立つのが見えた。続く黒髪の少女。それを出迎える強化装甲服(バトルドレス)姿の屈強な兵士たち。

 

(初手クリア。でもボクの仕事はここからだからね……)

 

 古郡隊の持つ現地情報を加えた作戦の調整とミーティング。別行動を取るハミルトン達の此方への合流の支援。今後投下される物資の集積所の設営。降下任務故、母艦で待つ身となった眞喜志(まきし)指令の代役を仰せつかった自分のやるべきことは山ほどある。降下成功に沸く仲間たちを他所に、水無瀬は脳内の盤面を少し更新し、気を引き締めるのだった――――

 

 

 

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