TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 3 桂城 志生

 

 □□□承前

 

 瓦礫と化した街に微かな風が吹く。微かな潮の香りを乗せたそれに、先刻まで続いていた戦闘の硝煙が流れた。崩れ落ちたビルの谷間。嘗ては車両が行きかっていた幅の広い道路に無数の残骸が横たわっていた。機械の怪物……この星の人類が“デザイア”と呼ぶモノ達の躯。そして息絶えた兵士や擱座した戦車に混じって横たわる鋼の巨人。

 激しい戦いが終わり、静寂が廃墟に満ちようとするこの時、少し離れた場所で甲高い金属音が響いていた。瓦礫の隙間から這い出た傷ついた兵士が虚ろな瞳で其方を見やり、目を見開いた。

 

 ――巨大な剣を構え対峙する二体の鋼の巨人。

 

 片や銃と剣を持ち兵器然とした装甲を纏う、俗に戦術人形(タクティカルドール)と呼ばれる無骨な人型兵器。片や大剣を構え、深紅の甲冑の様な装甲を纏う巨人騎士。

 激しい戦いを続けている両者だが、その実力には隔絶した開きが見受けられた。既に満身創痍の戦術人形に対し、騎士の優美な装甲には傷一つ無い。剣術の師に稽古を付けられるかのようにあしらわれ、飛び退いた戦術人形の左腕に構えたアサルトライフルが騎士を捕捉した。斉射――しかしその攻撃を最小限のステップワークで騎士は躱し、挑発するかのように無防備に歩み寄る。小細工は通じぬと銃を捨て両手で高周波ブレードを構える戦術人形。

 

『お前は何者だ……戦術人形なら何故友軍を攻撃する? まさか、合衆国の――』

 

 その問いに騎士は応えることは無い。無造作に振り下ろされた大剣。そして其処から放たれた不可視の力場が戦術人形を背後の廃墟ごと、木っ端の様に粉砕する。

 衝撃波の奔流が視界を塞ぐ。崩れ落ちるビルの残骸。濛々と立ち込める粉塵が晴れた時、そこに騎士の姿は無く、残されたものは拉げた鉄塊だけであった――

 

 

 □□□出撃

 

 ――時は少し戻る。

 

 黎明にはまだ早い時間。洋上に浮かぶ空母大鳳(おおとり)の甲板上では慌ただしく発艦準備が進められていた。いつも通りの光景……とは言えないのは、そこにあるべき艦載機が全て降ろされ、代わりに陸戦兵器である人型戦術兵器(タクティカルドール)が並んでいる事だった。全高九mの鋼の巨人は背に巨大な翼を負って、片膝を着いた駐機姿勢と呼ばれる体勢で出撃の時を待っている。

 

「小隊各員の健闘を祈る。全員無事に帰って来い」

「――ハッ!!」

 

 司令らしき士官の前で搭乗員と思われる隊員達が熟れない敬礼をした。正規兵とは言い難い華奢な体躯の者が目立つ。年若い……学徒兵だろうか。しかも体のラインを露にするバトルドレス姿はそのうちの過半が女性であることを示していた。そして何より目を引くのは彼女らが靡かせる鮮やかな髪の色――

 

「CR小隊、これより出撃します――」

 

 隊の中央に立つ桜色の髪の少女(・・)の凛とした声と共に一斉に踵を返し、六人の少年少女らは背後の巨人へと駆けて行った。機体各所に設けられた取っ手を使い解放されたコックピットハッチに身を滑り込ませる。不慣れなのか亜麻色の髪の少年が滑り落ちそうになるのを同じ乗機の萌黄色の髪の少女が慣れた様子で助けつつ、微笑ましい文句を言っている。その年相応の仕草に朴訥な整備員達から思わず笑みがこぼれた。

 

(…………)司令らしい青年はそんな隊員から一瞬目を逸らし、溜息と共にかぶりを振ると指で眼鏡を押し上げる。そんな姿に伝令役と思われる女性下士官が硬直して頬を赤らめていた。

 

「――何か?」

「……は、はい。眞喜志(まきし)大尉に――」

 

 慌てて取り繕ったような敬礼をして用件を伝えようとする女性。だが、その肩を馴れ馴れしく叩いて前に歩み出た男が居た。

 

「妹君の見送りか。殊勝な事だな。声もかけてやれば喜んだろうに」

 

 眞喜志と呼ばれた士官は振り返りもせずに背後の男に声をかけた。微かに砕けた口調。背後の男はバツが悪そうに顔を背けると、

 

「違うっての。六つの頃なら兎も角、今のあいつにそんな可愛げは残ってねーからな」

「そうなのか? なら自分の部隊の出撃前に何の用だ。陸軍のエースが暇を持て余している訳ではあるまい、(さかき)泰吾(たいご)大尉?」

「その言い草、変わらねーな。この慇懃能面。由香里(ゆかり)にも似たようなことを言っただろ」

「……感情でしか動かない者に合わせる時間は無いのでな」

「ったく、それが分ってるなら、どうしてアイツの気持ちが分からないんだよ……ま、俺に言えた義理じゃないがな」

「……? 何の事だ?」

 

 真顔で首を傾げる眞喜志を榊大尉は呆けたように見つめた後、苛立たし気に頭を掻き毟った。

 

「――もういい。で、俺が来た理由は察しているんだろう? 何故この作戦に祥子や優奈ちゃんたちを参加させた。お前が現役(・・)なら兎も角、実戦経験数回の嘴の黄色いヒヨコには荷が勝ちすぎているぞ。ウチ(・・)との政治的な駆け引きなんざ、姫様……鷹月の力でどうとでもなるだろうに」

「エリア嬢は鷹月の相続権は放棄している。それが宗平翁がエリア嬢を孫とすることを鷹月(・・)に認めさせる条件だった」

「まあ、あの一族の権力は絶大だからな……ぽっと出の小娘に宗家を名乗らせる訳にはいかんて事か。抑々DNAで確定してるだろうに世知辛いこった。――まあいい。つまりお前は張子の虎にする心算はないんだな、ヒヨコ共を?」

「……虚構の英雄にあの人の代わりは出来ない」

「もうあの人は居ないんだぜ?」

「――それでも、だ」

 

 振り返る事無く告げる眞喜志。頑なな言葉に榊大尉は「そうかよ」と吐き捨てるように呟くと押し黙った。カタパルト起動。隠密性を度外視したカラフルな機体が次々と発艦してゆく。それが視界の彼方に消えるまで、二人は彫像のように敬礼を続けた。

 

「戦傷は癒えたようだな、泰吾。二年ぶりの現場復帰か」ややあって眞喜志が口を開いた。

 

「お前に比べたら……元々大した怪我じゃない。何処かの誰か(・・・・・・)が鷹月閥に行ったせいでお偉方に残る看板を出し惜しみされてただけさ」

「父君の事もあるからな」

「……否定はしねぇよ」

 

(……ふむ)眞喜志は旧友の反応を以外に思い、同時にさもありなんと意中を察した。嘗てのお前ならあのお方(・・・・)を絡めれば激高しただろうに。あのデータ(・・・・・)の一件といい、あの島の子らとの関わり(・・・・・・・・・・・)がお前を変えたのだな。しかし――

 

「この作戦が終わったなら速やかに原隊に復帰しろ。あまり深入りはしない事だな」

「ん? 何の話だ?」

「惚けるな。貴様の隊の新型TD……"暁"(あかつき)だったか。そしてその操縦士の少女(White Raven)。データは見せてもらったが、アレは普通じゃない。戦術を嘲笑う個の力など――貴様なら"機関"の危険性は知っている筈だろう。厄介ごとには関わるな。貴様には出世して貰わないと困る」

 

「……"虹"を編成したお前がそれを言うのか?」鼻で笑う榊大尉。

 

(――それとアレでは話が別だ)そう謂い掛けて眞喜志は口を閉ざす。カラーズの特殊能力を組み込んだ一騎当千の人型戦術兵器による特務小隊という幻想の具現化(ファンタシー)。戦局を塗り替える英雄が成し遂げた、あの輝かしい軌跡の再現。いくら言葉で美しく脚色しようとも、異能を有するとはいえ未来ある少年少女を軍事利用したモノであるのは変わらない。それは"機関"と何が違うというのか。

 あの日、目を伏せて訴えていたアイツの声は震えていた――

 

「ま、安心しろ。お前らの商売敵になるつもりはないからな」

 

 怜悧な表情を崩さず逡巡に沈んだ眞喜志の思考を殊更軽薄な口調が呼び覚ました。

 

「"鉄屑"に出来るのはこれ以上教え子が死なないように、故郷を取り戻せるよう手伝ってやる事だけだ。その為なら毒だって喰らってやるまで、というだけさ。と言ってもあの子(・・・)凶鳥(Raven)なんて物騒な二つ名が信じられないような良い娘なんだぜ?」

「既に深入り決定しているという訳か。貴様らしいな。だが機関……神聖同盟を甘く見るなよ、泰吾。貴様の感傷など関係なしで、貴様の立場(・・)は奴らにとって貴貨なんだ」

「御注進、痛み居るよ」

 

 主賓の居なくなった飛行甲板で連絡用のヘリが発艦準備を始めていた。ひらひらと手を振って其方へ歩み去る榊大尉だが、やおら振り返ると、

 

「作戦が終わったら久しぶりに飲もうぜ。由香里も呼んでな。同窓会(・・・)って奴だ」

「そうだな。スケジュールを確認しておこう」

「――じゃあな」

 

 ドアが閉じ榊大尉を乗せたヘリは上昇してゆく。彼の率いる部隊は"機関"の要請を受けて三つの支援ピラーの一つ長湫ピラーの攻略に参加する事となっていた。そして港の本隊には大陸派遣軍のエースである由香里――叢雲(むらくも)大尉が参加している。かつて大佐に導かれた者が揃ってこの戦いの要を担うという事か――

 

(来栖大佐……どうか優奈を、僕の教え子達を御守り下さい)戦場に赴く戦友と生徒達。それを見守る事しかできない自分。操縦士適性を失いつつある不甲斐い無い我が身をを呪いつつ、眞喜志は崇敬する英雄に祈る。同時に脳裏に()が救った精悍な少年の顔が過った。

 

(またお前に頼る事になる……任せたぞ、志生――)

 

 

 □□□とある戦場にて(弐)

 

 夜明けにはまだ遠い時間。

 瓦礫の折り重なる人の営みの残骸の中で激しい戦闘が続いていた。レーザーの光とミサイルの爆発、そして曳光弾に導かれるように撃ち出される機関銃弾。次々と爆散する敵性機甲体(デザイア)の中型種の炎の中で屹立する鋼の巨人。金臭さと体臭の入り混じったコックピット。その中でヘッドセットに投影される状況を視認しつつ男は自らの駆る人型戦術兵器(TD)を前進させた。それに形式の違うTDが隊伍を組んで随伴する。

 突如横殴りに走るレーザーの閃光。男の操る機体の大型盾(リフレクス)が手堅くそれを弾き、携帯する重機銃が火を噴く。忽ち側面の瓦礫の中から射撃体勢に入っていた砲戦型機甲体(リザード)が爆散した。その白煙の中から巨大な人型の影が襲い掛かる。巨人型機甲体(ギガース)が類人猿のような長椀を振り回す――ハンマーパンチ。しかしそれは瓦礫の山を空しく粉砕し、ガラ空きになった胴は側面に回り込んだTDの振るう高周波ブレードによって薙ぎ払われていた。

 

『――隊長。その新型(・・)の性能は上々のようですね』

 

 部下からの興奮気味の通信。隊長と呼ばれた男は口の端を吊り上げて、

 

「そうだな。"風神"(はやて)……流石は第四世代機という事か。あの横槍(・・)さえなければもっと早く……出来れば貴様らの分も受領できたんだがな」

『例の学徒兵の試作実験機小隊ですか。開発元とは言え、鷹月閥の気紛れな干渉には困ったものです。性能試験を子供に任せるなど……正規兵で行えばもっと早く量産化出来たはずなのに――』

 

 元々"風神"は他国へのライセンス提供により一般化した第二世代機"月神"(つくよみ)の後継機として新規設計された機体だった。

 人型としての汎用性の追求によりコストと整備性を度外視して設計された第一世代機"荒神"(あらがみ)を反面教師とした"月神"は、汎用性は必要最小限に止めて追加装備でそれを補う事で大幅なコストダウンに成功した傑作機であったが、エース級の操縦士にとっては物足りない性能に留まっていた。そこで開発されたのが強化改修機ともいえる第三世代機"雷神"(いかずち)であるが、こちらはマイナーチェンジでしかない割にコストは高騰し、生産性も悪化してしまっていた。

 それに対して"風神"は最初から"荒神"の直接の発展形としてのコンセプトで開発され、高度な汎用性と生産性を両立させる待望の新規設計機であったのだ。

 

『あの男にも困ったものです。今更来栖(くるす)征四郎(せいしろう)の伝手で鷹月に取り入ってあのような(・・・・・)部隊を立ち上げるとは』

『古臭い英雄の娘を担ぎ上げるだけでなく、かのハミルトンの嫡男や閣下(・・)の娘まで手の内に引き込むとは全く抜け目のない――』

『加えて話題の鷹月の末姫ですか……眞喜志という男、軍人というより胡乱な企画屋が向いているようですな』

 

 対立派閥の俊英と目される男への憤懣。政治好き(・・・・)な部下達に苦笑しつつ隊長は、

 

「まぁ、そう言ってやるな。量産機は"月神"で十分というお偉方にこの"風神"の開発を承諾させたのは眞喜志大尉殿(・・・)の功績だ。抑々人類がこうしてデザイア共を狩れるのも彼の英雄殿(・・・)のあってのもの……そのコネ(・・)くらいは認めてやれ」

 

 毒を醸した擁護に部下たちの品の無い笑いが唱和した。と、その時――

 

『隊長、二時の方向にデザイアの行軍を確認。中型の機影十八。その他小型多数』

「ふむ、こちらでも確認した。妙な経路だ……後退しているのか」

『フェリオンリアクターの反応が不安定です。恐らくは損耗しているのかと……』

 

(ほう……)歯切れの悪い報告に隊長は刹那思案する。現状自分の隊の任務は威力偵察だ。戦闘が想定されている故に装備は充実している。だが、敗残の敵であっても中隊規模の敵を刺激するのはリスクが大きい。ここまでの情報を持ち帰れば十分な成果だろう。虎の尾を踏む必要など無い。しかし有力な戦力である人型戦術兵器を駆りながらむざむざ敵を見逃すというのか?

 

(態々()がこの新型を俺に回したというからにはそれ位(・・・)はやって見せんとな……!)

 

 隊長の脳裏に漆黒の戦術人形が疾駆する姿が浮かんだ。大戦初期、世界中に降着したピラーから顕れた機甲体によって為すすべなくこの国も蹂躙された。家族も友も恋人も、一方的に奪われる中で……志願して戦車兵となったものの敵はあまりに強大だった。敢無く擱座した車両から這い出て見た光景――それを胸に焼き付けて適齢期を過ぎた身にナノマシン処置を受け、兵科転換を果たして戦って来た。英雄(あの男)やその愛弟子たちとは程遠い、地味な戦場で、それでも。

 

『敵の編成、判明しました。核となる中型はリザード十体、ギガース七体……そして隊長、恐竜種(レックス)が一体居ます。小型甲虫種(ビートル)が歩兵中隊規模で随伴中――』

 

 レックスの存在を聞いて隊員に微かな動揺が走る。人類がデザイアの主力である中型種に対抗するために人型戦術兵器を開発したのと同様に、デザイアもそのカウンターとして格闘戦に秀でた種を繰り出すようになった。太古の肉食恐竜と酷似した姿を持つレックスはその中でも最強を誇る種だ。幸いにして個体数は多くないものの、近接戦に特化した強力な戦闘力は多くのTDをその顎で屠っている。個体差が大きいのも特徴であり、特に二つ名持ち(ネームド)と呼ばれる、交戦記録上の識別名を振られた個体は大戦初期に単騎で一個中隊を壊滅させた事もあるという。

 

『――隊長、本部に連絡を取るべきでは……』

 

 控えめな副長の具申。それは正しい。隊長の経験はそれを肯定する。しかし――それでは子供の使いだ。沸々と込み上げるもう一つの感情。果たして彼の英雄殿はどうやって栄光の道を進んだんだろうな――

 

「いや、それでは機を逸する。よって本隊はこのまま撤退する敵の追撃を行う」

『……危険ではありませんか? 有力な敵への単独での積極攻勢は本隊に課せられた威力偵察の範疇を超えています。越権と取られる可能性も――』

「大戦時の来栖征四郎に比べたらこの程度は問題にならんよ。それにレックスを含む部隊の撤退を許すという事は有力な敵が回復するという事だ。捨て置けん」

『はい、しかし――』

「安心しろ、レックスは俺がやる。この"風神"は奴を想定し、奴を駆逐する為に開発されている機体だ。お前たちは雑魚を頼む」

『――了解しました』

 

 律義な部下に心の内で謝罪する。英雄をダシにした詭弁。結果を出し続けた彼と自分とでは違う。好機と新型を得て柄にも無く功を焦っているのは否定できない。それでも――

 

(親父、お袋……弥生)戦火と脳裏に浮かぶ面影が思考を増悪で塗り潰してゆく。

 

「全機、最大戦速。これより敵の隊列の脇腹を強襲する……武装自由――」

『『――了解!』』

 

 整然と応じる部下達。過酷な強行偵察の任に就けるだけあってこの隊の練度は高かった。派閥争にすら関われない、窓際の自分の部下でなけれはもっと活躍の場はあるだろうに。そうだ、戦果をあげられたなら、この部隊の転属を具申しよう。

 

(さあ、狩りの時間だ……)舌で唇を濡らすとと隊長は薄く笑う。

 思考アクセル全開。後方へのG。鉄の巨人の四肢を駆動させる人工筋肉機構(荒神の腱)が軋みを上げる。五機の戦術人形は暁を待つ靄の中、廃墟と化した街を駆け抜けていった――

 

 

 □□□異才

 

 慌ただしい喧騒が続く甲板と打って変って静まり返った"大鳳"艦内通路。そこを物憂げに歩く眞喜志は背後からの気配に足を止めて振り返った。

 

「ふむ、どうやら滞りなくあの子達は出撃できたようだねぇ」

 

 よれよれの白衣で巨躯を包んだ男――鷹月TD開発部主任であり、小隊の技術顧問を務める鷲尾(わしお)(かなめ)博士。彼はボサボサの頭を掻き毟りながら大きな欠伸と共に言った。

 

「出撃直前までシステムの調整ありがとうございました、博士」

「いや何、水無瀬君の発想には慣れてるからねえ……戦後世代の柔軟性と言うべきか。それは兎も角、カラーズの持つエフェクトに固定概念は禁物なのかもしれないねぇ」

「それはどういう……確かにエリア嬢の別人格(・・・)が複数のエフェクトを使いこなすという話を桂城から聞いた時には驚きましたが」

「まるで古典SFのエスパーかファンタジーゲームの魔法使いだ。ま、彼女の事は置いておくとして……ところで眞喜志君――」

 

 エフェクトは一人につき一種というのが定説だ。かの"機関(ラボ)"なら垂涎物の異能……それをを事も無げに語る鷲尾博士。メタルフレームの眼鏡の奥の温和な瞳が、今は鋭く眞喜志を捉えた。

 

「君はカラーズの――戦後世代の持つ光輝回路(サーキット)とは……というより抑々の根幹たるフェリオンとは何だと思うかね?」

「フェリオン粒子、ですか……」

 

 唐突且つあまりにも簡単な問いだった。敵性機甲体(デザイア)が齎した未知の粒子。戦後世代なら小学生でも由来は知っている。鷲尾博士の言葉の裏を図りかね、眞喜志は慎重に言葉を選ぶ。

 

「デザイアが侵攻時に打ち込むピラーによって散布される、一種の帯電粒子であり、光エネルギーを電力として蓄積、伝播する特性を持つ。それがフェリオン粒子です。デザイアの技術文明の根幹であると推測され、彼らの戦闘兵器群はフェリオン粒子を取り込んでエネルギーを抽出するフェリオンリアクターによって駆動しています。フェリオン粒子を大気に満たすことで一帯に発電所や送電線を必要としないインフラを構築することも可能で、リバースエンジニアリングされたフェリオン技術によって人類はエネルギー問題を克服し……」

「いいね、簡潔で解かり易い。流石は教官殿だ。続けて続けて♪」

 

 元々技術的な素養は無いというのに相手はフェリオン研究の第一人者だ。聖人に説法を聞かれている様な気恥ずかしさを感じつつ、眞喜志はワザとらしく目を閉じて聞き入っている鷲尾博士に悪態を吐きたくなるのを辛うじて堪える。

 

「フェリオン粒子はヒトそのものにも影響を与えました。呼吸などで取り込まれると体内に蓄積され、高濃度の粒子を吸引した場合は心身に障害を引き起こす事もある……このため初期の段階においてこの粒子はデザイアが人類を駆逐するために散布した兵器と考察されていました。しかしBC兵器とするにはその毒性はあまりにも低く、現在ではその説は否定されています。それよりフェリオン粒子が人類種に影響を与えた最たるものはサーキット保有者の出現でしょう――」

 

(……ん?)ここまで常識レベルの内容を改めて口に出してふと過る疑問。それを目敏く見やって鷲尾博士はニヤリと笑う。

 

「戦前世代にとっては異物でしかないフェリオン粒子も、胎児の段階で取り込まれた場合は神経系に定着して一種の回路を形成する。ヒトの身体能力を数段引き上げるこの回路を我々は光輝回路(フェリオンサーキット)と呼んでいる。これを持つ戦後世代の中でもエフェクトと呼ばれる特殊能力を持つものがカラーズと呼ばれる異能者であり、ウチの可愛い生徒達だ。さて、眞喜志君、何か気付いたようだね?」

「開戦以来デザイアが人類に夥しい災厄を齎したのは動かしがたい事実です。しかし彼らの侵攻は徹底的であっても戦略性に乏しく、転移戦術といった圧倒的なアドバンテージを持っているにも関わらず、結局は人類の反撃を許している。この事に私は疑問を懐いていました。それに加え、ことフェリオンに関して言うならば、ほぼ人類の益にしかなっていない。もしサーキットやカラーズがヒトの進化だとするのなら、彼らは――」

「ご名答。でも少し光芒教団(ルミナス)的かな。国防軍のエースがそんな事を言うのを、君の同輩や神聖同盟の連中が聞いたら白目を剝きそうだがねぇ」

 

 率直に言いすぎたか……眞喜志は眼鏡を光らせる博士に身構えるが、次の瞬間、強い力で背を叩かれて咳込んだ。それを見て熊のように肩を震わせて笑う鷲尾博士。

 

「はは、冗談だよ。それにしても、意外と君は腹芸が出来ないタイプなんだね」

「……所詮、私は胃薬が手放せない男ですからね」

 

 揶揄われたことに憮然とする眞喜志。それを好ましく見やる鷲尾博士だが、ややあって眼鏡を指で押し上げて真顔に戻る。ここからが本題とでもいうように。そして、

 

「時に、眞喜志君は“月の遺跡”ってやつを知っているかい?」

 

 唐突な質問。初めて聞く……いや子供の頃読んだ科学雑誌で、かつて日本が世界初の月面着陸を為し遂げた際に謎の建造物を発見したという記事があった気がする。その後、予算の関係で月へのアプローチは停滞し、さらには二十年前のデザイアの侵攻が始まったことで宇宙開発は夢物語となり、月の遺跡の話題はゴシップの類として忘れ去られていったのだが。

 

「月に眠る異星人の遺跡。鷹月が国際企業として飛躍したのは、その遺跡から得た情報を独占したからだ、という噂もありましたね。まさか、真実だとでも?」

 

「さてね」眞喜志の問いに、博士は意味ありげに咳払いをする。極秘事項と言う事だろう。

 

「真偽はともあれ、人型戦術兵器(TD)は鷹月が提供した出所不明のレポートを元に実用化された……基礎設計をしたのは僕の先輩にあたる人物でね、ロボットのハードからAIまで幅広く手掛ける天才だった。僕はあの人に協力して、操縦系である神経接続のシステムを纏めたに過ぎないのさ。あ、これ一応企業機密で、守秘義務があるから他言すると流石に会社が煩いんだ。皆には内緒だよ?」

 

 あっけらかんと聞かれもしない真相を語る博士に眞喜志は絶句する。宗平翁との関わりから麻痺している感はあるが、企業どころか間違いなく国家機密の類いだ。一介の大尉に聞かせていい内容ではない。何故今こんな話を?

 

「初耳です。そんな話は宗平さんからも聞いていませんでした。今その方は何方に?」

「あの人が今も鷹月に居たのならって思う時が今でもあるよ……けれど名声にはてんで興味のない人でね、僕みたいな企業のお抱え技師ではなく、一介の派遣技師として戦場となった国に向う事を選んだのさ。様々な国で人道支援に尽力されたんだけど、十二年前に中東のテロでね……本当に惜しい人を亡くしたよ」

「そう、ですか……」

 

 普段は飄々とした博士の顔に寂寥感が滲んでいた。十二年前……僕があの人と出会った年。博士にとってその人は、僕にとっての大佐のような存在だったのか――

 

「……その方のお名前をお聞きしても?」

 

 それ程の鬼才なら、何らかの噂を聞く筈……そんな眞喜志の疑問に対して博士は薄く笑って、

 

「彼の名前は桂城(・・)正志(まさし)。この僕が唯一尊敬した先輩であり、デザイアの出現前からフェリオンの存在を予言していた無名の天才だよ――」

 

 虚を突かれ押し黙る眞喜志。知らない名だ。しかし――

 

(桂城……だと?)脳裏に浮かぶ、彼の良く知る精悍な少年と同じ姓。彼と博士の語る人物とで重なる印象は皆無と言っていい。ただ、それでも眞喜志の中でパズルのピースがコトリと音を立ててはまり込んだような……そんな感覚があった。そしてそれを肯定するかのように鷲尾博士のメタルフレームの眼鏡は鈍く輝いていた――

 

 

 □□□過去からの呼び声(弐)

 

 あの日、日本を"血染めの聖木(ブラッディ―ツリー)"と後に人類が呼ぶ事となる七柱の中型ピラーが襲った。大戦初期の侵攻を撥ね退けて以来、つかの間の平和を謳歌していたこの国はこれによって多大な損害を受け、多くの破壊と悲劇が生まれた。あの雪の降る聖夜から一年半――

 此処はその際に打ち捨てられた郊外のショッピングモールだ。瓦礫と化した建物の中に残された倉庫の一つを防衛軍古郡中隊は拠点としていた。汚れの目立つバトルドレスを着こんだ兵士たちが屋内の休息所に向かい、代わりに休息を終えた兵士たちが持ち場へと向かってゆく。戦場の最前線でありながら私語さえ飛び交う磊落な雰囲気。自分たちがこの国の命運を担う一大作戦の要、などといった無駄な気負いなど感じられない。かつて彼の地で馴染んだ懐かしい臭い(・・)。尤も自分にとってその時の記憶はあまり愉快なものばかりではないのだが。

 

「じゃあな、ロボット乗りの兄ちゃん。またペルシアの話を聞かせてくれや」

「おう、気が向いたらな。おっさんもまだくたばるんじゃねえぞ」

 

 気さくに話しかけてきた年配の兵にヒラヒラと手を振って別れると、CR小隊所属の学徒兵、桂城志生(しお)は倉庫の奥に設置された仮設の指令室へ向かっていた。碇石破りの降下作戦後すぐに始まった合同ミーティングもそろそろ終わった頃合いだ。隊長への出向時の報告は早めにした方が良いだろう。(またアイツに臍を曲げられても困るしな)

 

「それじゃまたな、嬢ちゃん達――」

「――失礼します」

 

 何処となく揶揄うような男の声に生真面目そうな少女の声が応える。指令室を辞してお手本のような敬礼をする桜色の髪の少女――来栖(くるす)優奈(ゆな)と、慌ててそれに倣う黒髪の少女――鷹月エリア。憮然とした表情が滲む優奈は足早に歩を進め、エリアがそれを宥めながら後に続く。

(あの古郡大尉(おっさん)が相手だ。初心なアイツにゃ荷が重いよなぁ)かぶりを振って志生が片手を挙げて見せると、

 

「……何が可笑しいのよ?」

 

 翡翠色の瞳でじろりと一瞥され、志生は大袈裟に肩を竦めた。果たして優奈はフンと鼻を鳴らして視線を逸らし、それを見たエリアは口元を抑えてクスッと笑う。

 

「親父共相手の会議は疲れただろ、隊長殿?」

「それは上官に向かっての呼び方ではないわね、桂城君(・・・)。……兎も角、古郡大尉にはコンプライアンスという物を学んで頂きたいと思うけど」

 

 お前も人の事は言えない態度だろ、という言葉が出かかったが藪蛇だろう。志生は黙って再び肩を竦めて見せる。

 

「アハハ……眞喜志指令に比べると、ちょっとその……野趣な感じと言うか……」

「ま、眞喜志は優等生(・・・)だからなあ……あいつと比べたら古郡のおっさんが可哀そうだ。鷹月も災難だったな。こんな所でまで姫様(・・)の仕事をさせられる事になって」

「いえ、わたしが挨拶するだけで士気高揚となるのであれば喜んで。それに古郡隊の皆さんと自分は直接お会いしたことは無かったですから、作戦前に隊長さんとお話できてよかったです」

「……喜んで、か。お前さん、変ったな。優奈もそう思うだろ?」

「そうね……スピーチのリハも様になってたし。いい事だと思うわ」

 

 二人に褒められ、顔を赤らめて恐縮するエリア。鷹月の末姫が馴染んできても、こういう所は変わらないな――志生は微笑ましく思う。優奈も同感らしく、剣呑な表情も幾分か和らいでいた。

 

「それにしても水無瀬の奴はどうしたんだ? 今回はあいつが眞喜志の代理なんだろ。会議に参謀殿が顔を出さないなんてありえないぞ」

「彼は気になる事があるって、魅悠宇さんと古郡隊の戦闘指揮車に籠っているわ。半分はいつもの発作(・・)だと思うけどね」

 

 水無瀬は古今東西の兵器や戦史に造詣が深い、身も蓋も無く言えば所謂ミリオタである。そんな彼にとって兵科は違えど今や防衛軍の精鋭と称される古郡隊の戦闘データに触れられるというのは感涙物だろう。そんな彼の発作(・・)のお目付け役として鷲尾が付き合っているという事か。

 

「ったく、こんな時も平常運転かよ。アイツらしいが、なんだかなあ……」

「でも内匠君、今回の作戦では相当張り切ってましたから。博士に掛け合ってエフェクトの広域化を機体に実装したり、降下するための飛行ルート選定、他隊との同時攻略の基本プランを作成したり、で。魅悠宇ちゃんが全然構ってくれないって拗ねてましたけど……」

「なるほど、それで二人にご褒美(・・・)という訳か。ハミルトンと榊を組ませたり、朴念仁のお前にしちゃ中々気が利くじゃないか。いやあ、御義兄さんも嬉しいよ」

 

 志生がお道化た仕草で優奈に向けて片眼を瞑って見せると、少女二人は示し合わせたように深い溜息を吐いた。

 

「……貴方にだけは言われたくないわね」目を伏せて微かに呟くと足早に歩を進める優奈。

 

(また地雷踏んじまったか?)志生は肩を竦め、同意を求める様に黒髪の少女の方を見やる。するとエリアはかぶりを振ると再び深い溜息を吐いた。らしからぬ冷たい一瞥。

 

「志生さんて、時々どうしようもない人に思える時があります」

 

 遠慮がちに囁いて、慌てて優菜の後を追うエリア。彼女の揺蕩うように靡く濡れ羽色の髪の、淡い柑橘系の香り。それが鼻腔を擽った時、志生の深奥で何かが蠢く。

 

 息を潜めて隠れた地下室の隙間から見た悪夢。

 暗い衝動を秘めたまま無明の虚無の中で手を汚し続けた地獄。

 魂を引き戻してくれた恩人を嘗ての仲間が殺めた事を知った奈落。

 

 それでも、泣き虫のおじさん(・・・・・・・・)に連れられてやってきたこの国で俺は――

 

(オマエニソンナシカクガアルトオモウノカ――)心の奥底で何かが昏く囁いていた。初めて引いた引鉄の軽さ。噛みしめた唇に血が滲む。去ってゆく少女たちを無言で見送る志生だが、

 

「覗き見とは趣味が悪くないですかね、大尉殿?」ややあって背後を振り返る。

 

「取り込み中みたいだったからな。美人二人を相手に両手に花とは強面の割に少年も隅に置けないじゃないか?」

「何処をどう見たら今のでそう思えるんですかね……」

 

 息を吐くように下世話な軽口で語りかける不精髭の男――古郡大尉に脱力して志生は憮然と息を吐いた。体躯は自分の方があるが、バトルドレスの上から分かる引き締まった肉体は鍛え続けられた古鉄を想起させる。まさに歴戦の戦士……こういった自堕落な言葉が無ければ、だが。

 

「中々青春しているように見えたんだが、違うのか?」

「……護衛対象の鷹月の姫と恩人の娘なんですがね、アイツらは」

「ほう、まあそう言う事にしておくか。因みにウチの隊にはあの子らのファン(・・・)が多いからな。俺も含めて。色々気を付けた方がいいぞ?」

 

(……ったく、年を考えろよ、おっさん)志生は流石に苛立ちを覚え小声で毒づく。

 

「言っておくが俺はまだ三十だ。四捨五入すればな」

 

 耳聡く反論する古郡大尉。無駄に足搔いても十代から見たら大差ないのだが。

 

「というか、俺なんかに絡んでても仕方ないでしょう、大尉。話があるなら……優奈なら機体の整備に向かったと思いますよ。では失礼します――」

 

 相手にしても疲れるだけだ。おざなりな敬礼をしてその場を去ろうとした志生だが、その肩を古郡大尉の腕ががっしりと捉えていた。ドレスの補正があるとはいえ想像以上の力だ。

 

「まあ待て。今、俺が興味があるのは君なんだよ、少年?」

「……俺、ノーマルなんですけど」

「安心しろ、俺もだ」

 

 真顔で返され志生は溜息を吐く。古郡大尉は一頻りくくっと笑ってから表情を消すと、

 

「俺がざっと調べただけでも"虹"の隊員は曰く付きのオンパレードだ。いい意味でも、悪い意味でもな。そして、その中でも群を抜いているのが少年……桂城志生だ」

「――無論、悪い方だろうな」

「そりゃあな。光芒教団の元少年兵。しかも派遣軍からは食人鬼(ダキーニ)として恐れられた教団神兵団アプサラスのエース人形乗りだ。普通なら良くて軍更生施設(スクール)、大概は"機関(ラボ)"の被検体(モルモット)送りだろう。それが大手を振って学徒兵ではあるものの学生をやってるんだからな」

 

 過去を他人(・・)に語られるのは久しぶりだ。志生の口許にいつもの皮肉めいた笑みが浮かんだ。古郡大尉の口調は淡々として同情は無い。だが志生にはそれが心地よかった――

 

 

 バベルピラーで惨敗した人類側にとって、中東の地を維持することは困難であった。

 幸いにしてデザイア側も決戦で疲弊したのか、それとも転移戦術を持つ奴らには興味の薄い土地だったのか。再侵攻こそされなかったものの、彼の地の復興は遅々として進まず、土地は荒廃し、人心は疲弊し、人々の生活は貧困の極みにあった。

 逸れ機甲体や人面獣心の暴徒が人々を襲う地獄の日々。そんな中で台頭し、急速に勢力を拡大したのがルミナス・ソサエティと呼ばれる集団である。一般には光芒教団と呼ばれる彼らはデザイアを浄化の使徒と定義し、機甲体と交信できるとされる教祖を聖者として崇め、遺棄された人類軍の兵器で武装して無政府状態に陥ったこの地の治安を回復していった。

 当初、合衆国を始めとした各国は教団のデザイア共生思想を危険視しつつもその功績を認め、援助を行っていた。そうした両者の蜜月状態によって中東にはつかの間の平穏が訪れた。

 

 しかし戦禍に巻き込まれた人々にとって侵略者に恭順すべしという思想は受け入れがたいモノであった。さらには英雄が見せた奇跡の残照は今なお人々の戦意を掻き立てていた。故に異端である教団が世界から孤立するのにさほど時間はかからなかった。急速な勢力拡大に伴う露骨なロビー活動や布教は世界に深く根を張る結社・神聖同盟に敵視され、各国は教団から距離を置く事となる。

 支援を断たれ追い詰められた教団はテロリズムに傾倒してさらに孤立し、最終的に各国の連合軍によって激戦の末に壊滅させられる事となる――

 

 

「六年前のペルシア戦役には俺も参加してたんだ。今思っても馬鹿々々しい戦いだった……機械の怪物(デザイア)との戦いが終わってもいないのに人類同士で殺し合うなんてな。狂信的な死兵は引く事を知らない。仲間の屍の山を踏み越えて何度でも向かって来る。正直言って恐怖したよ。中でも最悪だったのはガキども――お前さんがいた強化少年兵部隊(アプサラス)だ」

「大尉にも厄介をかけてたんだな」

「あの戦場でお前たちに含むモノを持たない奴なんて居なかったろうさ。戦術人形での戦いに市街戦。情報攪乱から破壊工作。そして要人暗殺。好き放題暴れまわりやがって……無差別テロをやってないのが不思議なくらいだ」

「俺達の飼い主が、そういうのを避けてたからな」

「子供使い……ボリス=ゴドノフか。傭兵間でも悪名高い男だが、意外と良識があるんだな」

「はっ、良識? 冗談ポイだぜ。アイツにとって戦争は刺激的なゲームなんだ。ゲームには奴なりのルールがある。民間人は減点対象のお邪魔キャラってだけさ」

 

 ヘリの機上で嗤うあの男の顔が過り、志生は吐き捨てる様に言った。生きていた。あの人を殺して、死んだ筈のあの男が。物言わぬあの人の納められた棺の前で毅然と振舞う優奈の、一人になった時に見せた涙。心の奥底で蠢く何かが鎌首を擡げる――

 

「憲兵隊のデータは見たよ。処刑された死体はすり替えられた別人のモノだったそうだ。あの地は未だに教団のシンパが多い。今まで露見しなかったのはその為だろうな」

 

 淡々と語る古郡大尉。流石SSS級手配犯と言うべきか。一般将校にも奴の生存は伝達されているらしい。そして、俺に話掛けてきたのは決戦を前に不確定要素の情報が欲しいという事だろう。

 

「……あの男の()について知りたいならお門違いだぜ? 俺は偶然奴の仕掛けに出食わして、目視しただけだしな。あっさり(・・・・)取り逃がしちまったし……」 

「なるほど、安心したよ」

「なにがだよ?」

「あの人が……来栖大佐が少年を助けたは事は無駄じゃなかった。そう思えたからな」

 

 虚を突く言葉に志生は呆然と古郡大尉を見やった。

 

「大佐は少年に生き直して(・・・・・)欲しかったんだよ。大佐は言っていた。どんなに血に塗れていようとあの子達には未来がある。本当は全員を助けたかった。だが手心を加えながら戦うには強化神兵は強すぎた、とな。撃破したTDのコックピットから子供達の遺骸が次々引き出されるのを見て、大佐は憚る事無く泣いていた。そんな中で少年、お前が見つかったんだ」

 

 あの人と初めて顔を合わせた時の記憶が鮮烈に蘇った。死を待つばかりの敗者に差し伸べられた暖かい手。英雄神(ウルスラグナ)の異名を持つ猛者とは思えない泣き腫らした顔――

 

「絶望の中で生き延びた少年に大佐の心は救われた。少年を養子に迎えたのは贖罪の気持ちがあったからかもしれないが、大凡は希望を見せてくれた少年への感謝からだと俺は思っている」

「……俺に、そんな資格なんて――」

 

 心の深奥で蠢く何かが自嘲する。しかし、

 

「――有るさ」古郡大尉はきっぱりと肯定した。

 

「来栖家に引き取られて五年間、君はしっかり生き直せた(・・・・・)んじゃないか? だから大佐の死を知って飛び出しても、仇敵を眼前にしても、今、こうして大佐の娘さんの傍に戻って来ているじゃないか。もっと自分を信じてみたらどうだ?」

 

 ――自分を信じるんだ(・・・・・・・・)。過去がどうであれ、キミという存在(・・)は、今此処に居るキミでしかない。

 

 あの人の言葉が過る。それを賢しげにエリアに言った時の事を思い出して志生は気恥ずかしさに押し黙った。それを見て古郡大尉は憎々しいほどに好い笑顔で志生の肩を叩くと、ヒラヒラと手を振って立ち去った。

 

「……態々説教かよ、これだからおっさんは――」

「諄い様だが俺はまだ三十だからな?」

 

(四捨五入が抜けてるぞ?)悔しまぎれの皮肉に、去り際耳聡く反応されて憮然とする志生。だが意固地な蟠りが少し消えたような気がして、志生は心の中で大尉に感謝した。優奈や眞喜志の様に近すぎる相手からの言葉では響かないモノもあるという事か。だが心の奥の何かが、それに水を差す様にせせら笑う

 

(また会いましょう、というあの女の言葉通りなら、奴は何時か必ずお前の前に現れるだろう。その時、お前は今のお前のまま、此処に居られるのか?)

 

 ――未熟な貴様が護れるのは一つだけだ。

 

 志生の脳裏に機械の戦士の言葉が重く響く。ギリッと噛みしめた奥歯が鳴った――

 

 

 古郡隊の駐屯地であるショッピングモールの外れ。兵達の喧騒も聞こえない闇の中をを歩く志生の携帯端末のアラートが消魂(けたたま)しい音を立てた。確認すると水無瀬からの緊急通信。

 

『――志生先輩、五番機は今すぐ出撃出来る? ウィル先輩達と合流して一刻も早く此処に誘導して欲しいんだけど』

「何かあったのか? アイツらはリザードの砲列の殲滅に成功したんだろ」

『うん。でも気になる事があって……』

「気になる事?」

『通信ログを調べていたら、この近くの戦域で威力偵察中の部隊が一時間ほど前に撤退中の敵と会敵したまま音信不通になっているんだ』

「威力偵察は精鋭の任務だ。自己裁量での作戦中かもしれないが、どうもキナ臭いな……」

『それから、こっちは眉唾な戦場伝説(フーファイター)の類なんだけど、激戦の混乱の中、深紅の巨人騎士が顕れて友軍を襲う……そんな噂が前線で広がっているみたい。でもこれ(・・)ってさ……志生先輩も気になるでしょ?』

 

 巨人騎士……噂を真に受けるのなら戦術人形(TD)の事だろう。深紅のTDと言えばハミルトンの重装型が想起される。あれならば騎士(・・)と見間違えてもおかしくはないが、本日黎明に出撃したハミルトンが噂の対象である筈が無い。そもそも騎士とやらは友軍を攻撃しているのだ。合衆国が新型機の実戦データを得るために動かしている部隊が証拠隠滅を図った……そんな陰謀論染みた可能性の方が高いだろう。だが、それより志生の脳裏に思い起こされるのはかつて何者かにジャックされた仮想訓練で戦った白銀の機体……存在しない筈の荒神弐式の姿だった。

 

あの(・・)類だってのか」

『現実的には有り得ない……でもボク達はその有り得ない事を体験している。勿論、仮想訓練と実戦は違うけれど、それを塗り替えてしまう存在を、志生先輩は身を持って知っている筈だよ?』

 

 仮想空間で荒神弐式のデータを操っていたのが機械の戦士ことシオン=スレイマンであることは本人(・・)の口から聞いていた。そしてエリアの中にいるという異世界の姫巫女エレアノーラ。そのどちらもが人知を超えた力を持った存在だった。尤も、含むモノがあるとはいえ、この二人は敵対的とは言えない存在である。特にエレアノーラは壮行会の事件で萩野議員を助ける為、エリアに力を貸してくれたのだから。

 

「アイツらは敵じゃない……少なくとも俺はそう思う。だが、今度の奴は違う」

『ボクも同意するよ。今までの“X”と違って騎士(・・)は明確に敵対的なんだ。そしてこの"X"が今までのモノと同様に存在(・・)するとしたら恐るべき脅威になる。ウィル先輩たちが――』

「――任務了解だ」

『志生先輩、解っているとは思うけど“騎士”と接触しても戦ったらダメだよ。不確定要素は避けて無事に撤退する事だけを考えて……ねえ、志生先輩、聴いてる!?』

 

 水無瀬が言い終わる前に志生は猛然と愛機の元へ駈け出していた。

 

(俺に出来る事なんてこれくらいだからな)何も変わっちゃいない……自嘲的に嗤う志生の原風景には砂塵の中で泣く、幼い少年の姿が映っていた――――

 

 

 

 

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