TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 2 覚醒~戸惑いの中で

 

 □□□Awakening

 

 ――誰もいない、何もない空間。

 

 暗く静謐な、それでいて何処となく安らぎを感じるその場所で、わたしは出会った。

 一機の機械の騎士を従えた一人の少女に。

 蜂蜜色の髪を靡かせた彼女は、屈託のない笑顔でわたしに微笑みかけると、こう言った。

 

『――やっと会えたね』まるでずっと昔から知っているかのように。

 

『あなたは、いったい誰なの?』わたしがそう訊ねると、彼女は寂し気に首を振る。

 

『ごめんね。でも、あなたに――』少女がそう言いかけた瞬間、何処かから放たれた光に貫かれ、彼女のたちの姿はノイズのようなエフェクトに包まれて消えてしまう。

 

 そして虚空が揺らぎ、そこから顕れた無数の機械の化け物達がその場を満たしていった――

 

 

「…………!!」

 

 静まり返った一室のベッドで少女は目を覚ました。(夢、か……)掛けられていた布団を跳ね除けて身を起こすと、恐る恐る周囲を見渡す。白い壁に囲まれた、医療用アルコールの臭いがする部屋。様々な機器がベッドの周囲に置かれている。そして病衣を身に着けて、検査用の端子と点滴のチューブが身体の彼処に取り付けられている自分の姿……

 

「ここは? わたし、どうして……」

 

 脳裏にあの悪夢のような出来事が蘇る。機械の化け物(デザイア)の群れに追い詰められて、わたしは――

 

(どうして生きているの? 傷一つ、無いだなんて……)

 

 甲虫種(ビートル)のレーザーに全身を貫かれた、焼け付くような痛みの記憶は確かにある。胸も撃ち抜かれて、わたしは間違いなく死んだはずなのに。

 

 その時に最後に見たのが、あの金髪の少女と機械の騎士だった。

 

(あれって、羽澄ちゃんがやっていた機械仕掛けの騎士(Machinery Knights)ってゲームのキャラに似てたかも?)

 

 少女がそこまで記憶を手繰った時、控えめなノックの音が響いた。「失礼する」病室のドアが開くと、大柄な白衣の男と、続いて少し風変わりな軍服を纏った青年が入って来る。

 

「おや、目が覚めたようだね。ふむ……」

 

 白衣の男の好奇心を露にした不躾な視線。思わず少女は身を竦める。何せ薄手の病衣しか身に着けていないのだ。見知らぬ男性の視線に晒されて平気な訳はない。

 

「鷲尾博士、それ以上はセクハラに相当しますよ? すまないね、この人に悪気はないんだ」

 

 軍服の青年はかぶりを振って溜息を吐くと、白衣の男を窘め、少女に謝罪した。

 

「いえ……それより、あなた達は誰なんですか?」訝し気に少女は二人に尋ねる。

 

「ああ、自己紹介が遅れたね。私は陸軍大尉の眞喜志(まきし)一之(かずゆき)。そしてこちらが鷲尾(わしお)(かなめ)博士……鷹月重工のTD開発主任だ。現在は二人でCR小隊(コード・レインボウ)の責任者を務めている」

 

「はは、驚かせて済まないね。僕にも年頃の娘が居るんだが――」

 

 軍服の青年……眞喜志は涼やかな口調で自己紹介をする。整った顔立ちで、どことなく怜悧な印象。話しかけられた女性の三人に一人は頬を染めるかもしれない、ちょっと出来過ぎの美男子だ。

 一方、白衣の男……鷲尾博士は、その肩書に似合わない格闘家のような体躯で、よれよれの白衣とぼさぼさ髪がだらしない印象。ただ、メタルフレームの眼鏡の奥の瞳は理知的で、不思議と不快感はしなかった。

 

「CR小隊……先月のTwilightで紹介されていた?」

 

 友達と一緒に見た雑誌で紹介されていた、学徒兵による試験実験機小隊。どうして女の子も読むような雑誌に軍事色の強い学徒兵の記事が……? と疑問に思いながら読んだ記憶がある。

 国際企業である鷹月重工のバックアップを受け、実戦配備前の新型機や新方式のTD操作システムの実戦テストを行う、学徒兵の特務部隊。この時勢、国防軍によるプロパガンダの意味合いが大きいのだろうが、隊員の少年少女……自分と同じ年頃の彼、彼女らが対デザイア戦の切り札であるTDで戦っていることを知って、少女は密かな憧れと羨望を懐いたものだった。

 

「ああ。……しかし博士、あれはやはり悪戯が過ぎたかと」

 

 少女から雑誌の名を聞いて眞喜志は苦渋を飲んだ表情。それに対して鷲尾博士は、

 

「あの子達も()()()()()だって所を見せてやりたかっただけだよ。まあ、楽しみにしていた水着での撮影は女子の皆に怒られてしまったけどね~」

 

 飄々と語る。「当たり前です」と眞喜志は眉間を抑えた。

 

「えーと……?」軍関係者とは思えないやり取りに、少女は困惑する。

 

「ああ、脱線して済まない。実は君に幾つか尋ねたいことがあるんだ」

 

 眞喜志は気を取り直すと、博士を促して少女に向き直った。眞喜志だけでなく鷲尾博士も少女に対して真摯な視線を向ける。ここからが本当の用件なのだ。少女は「わかりました」と二人の視線に応えた。

 

「君は鷹月旧市街で行われた学徒兵合同行軍訓練に参加していた。そうだね?」

 

 涼やかな口調で眞喜志が尋ねる。

 

「はい。県立鷺宮高校の学徒兵歩兵小隊に所属していました」

 

 少女は首を傾げつつ答えた。そんな事は装備やタグを確認すればすぐ判る事なのだ。

 

「次は僕から。キミを発見したのは僕達の隊の一人なんだ。彼の報告ではキミが倒れていた地下街の端末専門店(デバイスショップ)……あの辺りの惨状は、それは酷いものだったらしい。事後調査でも五体満足な遺体が見つからない程だからね。だというのにキミはほぼ無傷で……治療は受けていたようだけど……見つかった。あの時にどうやって君が逃げ延びたのかを知りたくてね……」

 

 鷲尾博士は少女の瞳の奥の真意を覗き込むように尋ねてきた。

 

「わたしが、仲間を見捨てたとでもいうのですか?」

 

 あの時の惨劇を思い出し、少女は博士を睨む。しまった、とばかりに鷲尾博士は頭を掻いた。

 

「博士、そういう聴き方は……いや、君を疑っている訳ではないんだ。ただ、あの時に何があったのか。それを教えて欲しいんだよ」

 

 眞喜志が変わって尋ねる。

 

「何があったのか、だなんて……」

 

 少女の脳裏にあの地獄の行軍がリフレインする。虚空から顕れたデザイアの群れ。成すすべなく蹂躙される仲間たち。地下街に逃げ込むために囮となって散って逝った教官。迷路のような地下街を懸命に逃げる中、一人、二人と殺されていく友達。郁乃ちゃん、羽澄ちゃん……

 

「そんなの、わたしにだって分かりません! 必死に逃げて、追い詰められて。わたしは……わたしは、あの時、レーザーで蜂の巣にされたんですよ? 痛みだってしっかり覚えている。それなのに、どうして……!」

 

 何故、生きているの? そう呟きながら嗚咽する少女。仲間の死を受け入れるのは生き残った者の務めだ。しかし少女は、それを受け止めるにはあまりにも無垢であったのだろう。生き残った事に罪悪感を感じている。

 そんな少女を、彼女が泣き止むまで眞喜志と鷲尾博士は痛ましげに見守っていた――

 

 

「それじゃ、僕たちははこれで」

「協力感謝する。……狩野(かのう)エリア君」

 

 ベッドの上で、心此処にあらずと言った風にお辞儀をする少女を残して、眞喜志たちは病室を出た。彼女の前では見せなかった気難しい顔で足早に歩く眞喜志。そんな彼を横目に、鷲尾博士はボサボサの髪を掻き毟りながら溜息を吐く。

 

「結局、()()()は言えなかったね……」

「仕方ないでしょう。今の彼女には受け入れる余裕はない。()()()も、分かっている事です」

 

 国際企業である鷹月の系列にある病院の、最奥にある特殊病棟。そのさらに奥。殆どの者が立ち入ることを許されない区画の静まり返った廊下。二人の対称的な男の立てる靴音だけが響く。

 

「そんな事よりも、まず我々がすべき事は、彼女を()()する事ですよ」

 

 能面のように表情を変えずに眞喜志は言う。

 

「確かに、それは重要だ。“神聖同盟(主義者)”の息のかかった連中が、戦時緊急措置法を盾に彼女を拘束する可能性は高い……彼女も状況的には“帰還者(リターナー)”という扱いになるからね。だから――」

 

 考える時の癖なのか、鷲尾博士は頭を掻きむしりながら、

 

()()()の申し出は渡りに船だったんだが……()()の庇護下なら、奴らも迂闊には手は出せない」

 

 そう、ぼやく様に言う。それを聞いた眞喜志の足が止まった。

 

「他にも方法はありますよ」

「ほう?」

 

 鷲尾博士も足を止め、眞喜志を興味深げに見やる。しばしの沈黙の後、眞喜志は、

 

「彼女を、狩野エリアを我々の計画(Code Rainbow)のスタッフにする事です。検査の結果、彼女は特異ともいえるAI群との親和性を持っている事が分かりました。それも水無瀬君や博士のご息女以上の。それが先天的なモノなのか、今回の件で発現したモノなのか、それはこの際関係ない。重要なのは彼女が我々の欲する能力を持ち、我々の部隊の権限は彼女を庇護することが可能だ、という事です」

 

「眞喜志君、それは……」鷲尾博士は息を呑んだ。

 

 眞喜志の言う事は正論だ。政府に対しても強い影響力を持つ鷹月の庇護下に在るCR小隊は、ある種の特別な権限を持っている。彼女を守る事は可能だろう。だがしかし――

 

「キミは、心折れ、傷ついた少女に、戦いを強いるのかい?」

 

 鷲尾博士のメタルフレームの奥の瞳は鋭く眞喜志を射ていた。飄々とした物言いは、彼女の存在が奇貨であると分かっている博士が自身を厭う仮面だ。彼に敬意を感じつつも、眞喜志は一段と表情を消した、冷徹ともいえる仮面をかぶる。

 

「帰還者として神聖同盟の更生施設(収容所)に入れられたが最後、間違いなく彼女は細胞の1セルに至るまで、敵性存在(デザイア)の研究という名の人体実験に利用されるでしょう。我々は彼女に()()()()()()()()()()()を用意することが出来るのです。フェアな取引だと思いますが?」

 

 博士の射貫くような視線を能面のような表情で受け止め、眞喜志は語る。

 

「仮に神聖同盟の網にかからなくとも、一旦志願した以上彼女は学徒兵の歩兵隊に再編入されるだけです。敵の再侵攻の始まったこの国で彼女のような少女が兵として生き延びるのは難しい。本来有為な者が無駄死にする……それは博士が一番お嫌いな事でしょう?」

 

「……物は言いようだね、眞喜志君」ややあって、根負けしたかのように鷲尾博士は視線を逸らすと頭を掻き毟った。世も末と言った溜息。

 

「まったくキミは()()だよ。AIと親和性の高いオペレーター要員は確かに希少だ……特にウチで使える様なレベルの子は、ね。有り難く……というのは何だけど、エリアちゃんには我が隊に入隊してもらうとしようか……」

 

 鷲尾博士は、ぼやく様に承諾する。

 

「博士なら分かって頂けると思っていましたよ」肩を竦めてみせる眞喜志。それに対し、

 

「けど、あらかじめ言っておく。生徒たちの管理は僕の管轄だ……キミにも勝手は許さないよ?」

 

 そう釘を刺すと、博士は眞喜志に先立って病棟を後にするのだった――――

 

 

 □□□Feelings

 

 三日前の戦闘での負傷に対する煩わしい検査がようやく終わり、CR小隊隊長である来栖(くるす)優奈(ゆな)は鷹月総合病院のエントランスを後にしようとしていた。

 

(軽い脳震盪ってだけなのに……一之さんも心配性なんだから)

 

 検査を受ける事を厳命した時の小隊指令・眞喜志一之の珍しく冗長な台詞を思い出し、優奈は苦笑する。軍人であった父の元部下である眞喜志は、優奈を年の離れた妹のように思っている節があり、多分に過保護なのだ。

 

 桜色の髪が珍しいのか、それとも凛とした整った顔立ちが人目を引くのか。いくつもの視線が優奈に突き刺さるが、彼女は気にも留めずに歩を進める。注目されるのには慣れていた。()()()()でも、()()()()でも。彼らは決して、本当の意味で自分と関わろうとはしない。

 

「お、優奈じゃないか」

 

 入り口付近で声をかけられる。振り返るまでも無く、優奈には声の主が判った。

 

(志生……)後輩の鷲尾(わしお)魅悠宇(みゆう)によれば、優奈は気軽に声を掛け辛いタイプらしい。そんな自分に馴れ馴れしく接してくる相手など限られていた。声の方を見ると案の定、小隊の同僚にしてクラスメイトである桂城(かつらぎ)志生(しお)の姿がそこにあった。

 

 巨躯を窮屈そうに学徒兵の礼服に包み、手には慰問用なのか大袈裟な花束を持っている。センスは兎も角、誰かの見舞いに来たのだろうか。(同じ病院だっていうのに、あたしの所には来なかったのにな)優奈の胸に微かな痛みが走る。

 

「あら奇遇ね、()()()()。此処は病院なのだけど? 健康だけが取り柄の貴方でも医者の世話になる事があるのね」

 

 つい棘のある言葉が零れてしまう。そんな優奈の台詞に、志生は肩を竦めてかぶりを振る。

 

「黙って家を出て学徒兵に志願したのは悪かったって、何度も謝っただろ? お前が入学してからずっと。まったく……餓鬼じゃあるまいし、何時まで拗ねてるんだよ」

 

 いささかウンザリとした眼差しで優奈を見やってぼやく志生。ふん、と鼻を鳴らして優奈は、

 

「在りもしない責任で、勝手にいじけて家を飛び出したあなたに言われる筋合いはないわね」

 

 そう吐き捨てると、射すくめる様な視線で志生を睨む。その瞳が揺れる。バツが悪そうに視線を逸らす志生に、「お父さんの事、あなたには関係無いじゃない……」そう優奈は囁く様に言った。

 

 ――優奈が志生と出会ったのは今から六年前の事。優奈の父が養子として引き取った、不愛想な戦災孤児の少年……それが志生だった。母親が夭折し、任務で家を空けることの多かった父に育てられた優奈にとって、志生は数少ない“家族”となった。それから五年……一つ違いの優奈と志生は兄妹のように育ったのだが――

 

「……前に話しただろ?」

 

 普段の明朗な口調とは打って変わった抑揚のない冷徹な口調。

 

「養父さん……お前の親父さんを殺したのは俺の()()なんだよ」

 

 大戦の英雄と呼ばれた優奈の父、来栖(くるす)征史郎(せいしろう)が派遣されたペルシアの地で戦死したのは今から一年と少し前。光芒(ひかり)教団と呼ばれる、()()()()()()()()()()とする武装カルト組織との戦いでの事だ。そして志生が来栖家から()()したのはその直後の事だった

 

「自意識過剰って奴ね。古巣? 教団の少年兵(捨て駒)だったあなたに何の責任があるって言うのよ?」

 

 説明は済んだ、とばかりの志生の台詞を、優奈は一顧だにせずに否定する。

 

「それにね、あたしが怒ってるのはそれだけじゃないわ。先日の作戦で、あなたはあの任務を受ける時に何の躊躇も無かった。そういう自分の命を何とも思っていない態度が気に喰わないのよ」

 

「…………」言い返そうとして、しかし志生は押し黙り、替わって深い溜息を吐く。

 

「まあいいわ。ギリギリ自覚はあるみたいだから。それより――」

 

 志生が手にしている花束に()()()()()()()()()()をして、

 

「その花束……前の作戦で助けた子のお見舞いに来たってことかしら?」と、優奈は尋ねた。

 

「ああ、()()()に頼まれてな」

 

 志生は短く刈り揃えられた頭を掻きながら、そっけなく答える。ご隠居とは鷹月市郊外に居を構える老翁の事で、橘花学園の最大の出資者であること以外、優奈は知らない。ただ、来栖家を出た志生の後見人となっているらしいという事は小隊指令の眞喜志から聞かされている。

 

「ふーん? ……ね、あたしも一緒に行っていい?」

「いいのか? 助かる。正直、女の子の見舞いとか何話せば良いかわからなくてな」

「クスッ、そんな事だろうと思った」

 

 特殊病棟への来院許可の手続きをするために受付に向かう志生。優奈の態度の軟化が彼には嬉しかったのか、その足取りは軽い。

(何やってるんだろう、あたし……)そんな志生の背中に優奈は人知れず呟く。

 

 助けてくれて有難うって、ただそう言いたかっただけなのにな……と。

 

 

 □□□Entrusted

 

 二人の男が立ち去った後の病室は不気味なほどに静まり返っていた。規則正しい機器の音と明滅だけが、少女――狩野エリアの周囲を取り巻いている。呆然と視線を落とすと、少しやつれた手の甲に取り付けられた点滴のチューブが目に入った。意識の無い間、自分の命を繋いだ細管。

 ――そう、わたしはまだ生きている。

 

「どうして……?」

 

 何度目かもわからぬ問い。その答えは返ってこない……そのはずだった。

 

『何言ってるのよ。あなたが望んだことでしょ?』

 

 項垂れる少女の脳裏に唐突に“声”が聴こえた。(誰かいるの?)エリアは慌てて病室内を見渡すが、其れらしい姿は何処にも見当たらない。怪訝な表情を浮かべるエリア。そんな彼女の耳に鈴を鳴らしたような笑い声が聞こえた。

 

『どこを探してるのよ。私はこんなに近くに居るのに』

 

 悪戯っぽい声。どこか懐かしく、それでいてつい最近耳にしたような声音。悪意は感じられない。けれど見えない存在を前にエリアは身を竦ませる。

 

「あなたは誰? どこに居るの?」

 

 怯えの滲むエリアの問いに、不可視の声の主は溜息を吐いた様子で、

 

『そっか、()()()()()みたいね。それじゃ、あなたの正面のモニターを見てくれる?』

 

 姿なき声に言われたままに、エリアは正面に設置されたテレビ用のモニターに視線を向ける。するとスイッチも入れていないモニターにノイズが走り、朧げな姿が浮かび上がってくる。

 

『あまり痕跡は残したくないのだけど……』画面内の可憐な唇が言葉を紡ぐ。

 

「……! あなたはあの時の? けど……」息を呑むエリア。

 

 画面の中の()()がクスッと笑う。そこに映っているのは()()()()の中で最後に見た蜂蜜色の髪の少女。あの時は後ろ姿しか見る事は出来なかったのだが、その顔立ちは……

 

『まるで鏡を見ているかのよう、なんて思ってる?』

 

 ()()が画面の中で微笑む。惹き込まれそうになって頷こうとするのを、エリアは押し止めて頭を振る。確かに似ている……髪の色を除けば、何度も鏡の中で見た自分に瓜二つだ。けれど――

 

「似てないよ。わたし地味だし。あなたみたいに綺麗じゃないもの」

 

 少女が大輪の向日葵だとしたら、自分はその足元に咲く雑花だ。宿すものが決定的に違う。それは生まれながらにして持っている資質なのだろう。エリアは微かに羨望を感じ、呟く様に言った。

 

(わたしは何も持ってない。何もできない、ただの女の子だもの。この子とは違う)

 

 地方から鷹月へ来たわたしに出来た新しい友達。故郷を失って一人になったわたしにとって唯一残されたもの。だけどわたしには如何する事も出来なかった。

 

『むぅ……同じ顔のあなたにそう言われると、微妙に侮辱された気分になるわね』

 

 憮然とする蜂蜜色の髪の少女に、

 

「あ……そうじゃなくて……」

 

 しまった、相手は自分の鏡移しだった。慌てて否定する。とはいうものの画面内の少女の年相応の面持ちに、エリアは何処となく親近感を覚えていた。

 

『ふふ、()()よ。うんうん、この言葉はこういう時に使うモノよね?』

「そうだけど……」

 

 雰囲気だけでなく性格も正反対だな……快活な少女のペースに巻き込まれながらも悪い気はしない。エリアの口の端に笑みが浮かぶ。『やっと笑った』画面の中で少女も微笑んだ。無機的な病室に少女達の笑い声が響く。

 

()()だからかしら。少し脱線しちゃったわね』

 

 一頻り笑い合った後、少女はエリアを真直ぐに見据える。悪戯っぽい少女の面影が消え、理知的な、強い意志を秘めた眼差し。紺碧の瞳は、吸い込まれるように澄んでいた。

 そんな彼女の姿は、あの時エリアが見た()使()そのものに見えた。

 

『質問に直截に答えるわね、狩野エリア。あなたを生かしたのは、この私。□□□□□□があなたが死ぬことを認めなかったからよ』

 

 変らない、透き通るような声。しかし先程までの温かみは感じられない。断固として徹底された、決定的な言葉。それは冷徹ですらあった。

 

「どうして?」

 

 何度目になるかわからぬ問い。それに応えるものは今、目の前にいる。

 

『狩野エリアが、あなたが()()()()()()()()()から。私はその願いに応えた――』

 

 淡々と答える少女。

 

(死にたくないって、確かにあの時思った。でも……)回顧される惨劇に、エリアは項垂れる。

 

『自分だけ生き残りたくは無かった? あなたが彼女達と共に死ぬ事に何の意味があるの?』

 

 エリアの悔恨を叱咤するかのように少女は問う。

 

『あなたは生きる事を願い、生き残った。その願いを叶えた以上、あなたは生きなければならない。散って逝った者たちの分まで生を謳歌する義務があるの』

 

「でも、どうして? どうしてわたしを助けてくれたの?」

 

 画面の中の少女……自分と同じ顔をした彼女は想像を絶する力を持っている。付き従う機械の戦士、そして死んだはずの自分を蘇生させた力。そんな、超越者ともいえる存在が、ただの女学生に過ぎない自分を救う理由が、エリアにはわからなかった。

 

『残念だけど、私は善なる存在じゃないわ。あなたを助けたのにはちゃんとした()()がある』

 

「……?」少女の穏やかな口調とは裏腹の決定的な響き。それがエリアを怯えさせた。

 

『そんなに怖がらなくていいわ。私にはやらなければならない使命がある。狩野エリア……あなたにはその手伝いをしてもらいたいの』

 

 紺碧の瞳がエリアを見据えて言った。

 

「そんな、無理だよ。わたしなんかがあなたを助けるだなんて」

 

 この子は何を言っているのだろう。エリアは訝し気に少女へ訴えた。()使()を何の取柄もない只の女学生のわたしが助ける? そんな展開、まるで出来の悪いゲームだ。

 

『出来る出来ないは関係ない。これは契約なの。既にあなたの願いは叶えてあげたでしょ? 今度はこっちの番という訳。大丈夫よ。だってあなたは私の――』

 

 そこまで言いかけた少女に、微かな狼狽の色が浮かぶ。突如として閃光が画面を覆った。絹を裂くような悲鳴。少女を光の槍が貫く。『ここまでのようね……』その姿はノイズめいたエフェクトに包まれて消えてゆく。

 

「嘘……ねえ、何が起きたの? 返事をしてよ!?」沈黙したモニターにエリアは縋りつく。

 

『ごめんね……狩野エリア』エリアの脳裏に、消失した少女の声が響いた。

 

『あなたを蘇生させるために、私は“私”の()()をあなたに融合させたの。死の淵に居たあなたを助ける為にはそうするしかなかった。その結果、奴らは私の因子を持つあなたを狙ってくる事になってしまった。けれど肉体を失った今の私には、奴らからあなたを護る力はない……』

 

 神経を研ぎ澄ますと、朧げな圧のようなモノが病室の周囲から感じられた。近付いて来る。それはあの地獄で感じた絶望と同種のものだ。病室の扉の前で“それ”は歩を停めると、インターホン越しに言葉を発する。

 

『狩野さん、検診の時間だ。失礼するよ……』病室に響く抑揚に欠ける男の声。

 

「奴らって何? あなたは一体何者なの? わたしはこれから如何すればいいの!?」

 

 悲鳴交じりにエリアは少女に問いかける。

 

『……良く聞いて、狩野エリア。今からあなたの根源(イデア)に“私”を()()()()()()する。私をあなたに託すわ。だから生き延びなさい。そして私に()()を見せて欲しい――』

 

「そんな勝手な事……」そう呟いた瞬間、何かがエリアの中に流れ込んできた。

 

 膨大な情報の奔流。頭が破裂しそうだ。苦悶に身体を捩じる。それが収まると今度は全身の神経に焼き切れるかのような激痛が走った。四肢の内部を蟲が這いずるような悪寒。背筋を電流のような衝撃が駆け抜け、エリアは濡れ羽色の髪を振り乱して絶叫する。

 

『あなたに“力”を。そしてヒトに“希望”を――』ベッドに倒れ伏したエリアは少女の祈りを聴く。

 

 電子音と共に病室のドアが開く。

 白濁する意識の中で、蜂蜜色の髪の少女は優しく微笑んでいた――

 

 

「あの時、どうして水無瀬をオペレーターから外したんだ? 奴のサポートがあれば、レックス相手でもあんな無様をするお前じゃないだろ。その上、殿までやるとか。榊が怒るのも当然だぜ?」

 

 人気のない特殊病棟を二人で歩きながら、志生は優奈に尋ねた。今更此処で蒸し返す話題でもないだろう……とは思うが、感情の縺れのある優奈相手だとどうにも間が持たない。それに少しだけ優奈に言い返してやりたい、という気持ちもあった。

 

 先の戦闘で優奈は、機上オペレーターの水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)を降機させていた。優奈の駆る指揮官機は隊の中核である関係から一般機に比べ高性能なカスタム機だ。複雑な制御系を持ち、それ故に操縦手と管制官による複座型となっている。作戦の伝達や索敵、火器管制を行い、指揮官の負荷を軽減するのが管制官である機上オペレーターの役目だ。それを搭乗させないという事は、機の性能を十全に発揮できないという事を意味していた。

 

「確かにね。でも勘違いしないでよ? あたしが水無瀬君を降ろしたのは、彼の体質を考慮しての事なんだから」

 

 優奈は釘を刺すように答える。水無瀬はロボットであるTDに憧れて橘花の学徒兵に志願したという子供っぽい所のある少年だが、操縦手・管制官としての能力は群を抜いていた。シミュレーターでは実戦経験のある志生も五割勝てればいい所だ。まず天才と言っていい才能の持ち主だが、残念ながら呼吸器系に疾患を持ち、TD搭乗者として致命的な事にGにも弱かった。

 

「それにウィル君たちを古郡隊の支援に向かわせたのはピラーへの攻撃によって敵の圧力を分散させるため。勝算あっての選択なの。安直な自己犠牲の精神(サクリファイス)なんかじゃないのよ?」

 

 無い胸を張りながら澄まし顔で答える優奈。

 

「けどよ……」喉まで出かかった言葉を志生は飲み込む。(俺が助けに行かなかったら、お前は死んでたかもしれないんだぜ?)溜息と共にかぶりを振る。

 

「何? 言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

 

 案の定、優奈の表情に険が走った。「なんでもねぇよ」と、志生は言うなり、黙りを決め込む。その態度に優奈はムッとしたものの、それ以上追求せずに沈黙して歩く志生に歩を合わせた。

 

(結局、こいつも俺もあの人に縛られてるって事か)心の中で志生は呟く。

 

 志生にとっての恩人であり、優奈の父親。大戦の英雄と呼ばれたパイロット、来栖征史郎。その死から自分は逃げ、優奈は英雄の娘という呪いに捕らわれた。隣を歩く少女の肩はあまりにもか細く、だというのに周囲は期待という名の重荷を身勝手に乗せていく。

 

(あの時、こいつから逃げておきながら今更()()だなんて。虫が良過ぎるんだろうな)

 

 志生は自嘲する。けれど優奈が言うように「関係ない」とするには自分の手は血に染まり過ぎていた。父を殺し、母と姉を辱めたケダモノ達。それを渡された銃で撃ち殺した時の感触。それを記憶の片隅にこびり付かせたまま、教団の狗として何人もの人を殺めてきた。TDパイロットの調整を受けて戦い、あの人の部隊の隊員を殺したこともある。

 二度目の中東派兵。教団の残党によってあの人が暗殺された事を、来栖家で優奈と共に時に聞かされた時。一滴の涙も流さずに英雄の娘を演じる優奈を見て、そして自室に閉じこもって泣きじゃくる優奈を見て、俺はここに居る資格はないと確信した。だから――

 

「何をぼーっとしてるの、()()。この階なんでしょ?」

 

 追憶に沈む志生を呼び覚ます声。腕組みをした桜色の髪の少女が志生を見上げていた。いつの間にか目的の病室の在るフロアに着いていたようだ。昔のように名前で呼びかけられ、若干呆けた表情で周囲を見渡す志生を見て、

 

「ふーん、そういう事かぁ。成程ね~」殊更砕けた口調で優奈はにんまりと笑う。

 

「水無瀬君から聞いたんだけど、助けた女の子って美人だったのよね? そっか、そっか。志生もお年頃だもんね~」

 

 全く的外れな得心を始める優奈。「勝手な事言ってんじゃねえ。あの子に迷惑だろ」そもそも言葉を交わした事すらないのだ。志生は優奈の()()()()()()()()()に溜息を吐くと、助けた時の状況を()()()()に抵触しない範囲で説明する。

 

「ひとつ聞いていいかしら?」

「なんだよ」

「桂城くん。彼女に不埒な行為をしていたのなら、潔く自首すべきよ?」

「……俺を何だと思ってやがる……」

 

 予想通りの優奈の反応に、志生は肩を落として脱力する。流石にあの地獄の中で意馬心猿な心境になれるほど、自分は壊れてはいない心算だ。……少し見惚れていたのは確かだが。憮然とする志生をジト目で睨んでいた優奈は、ややあって口を押えて笑い出した。年相応の、少女らしい笑顔。

 

(そういや、コイツがこんな風に笑うのを見たのは、入学式で再会してから初めてかもな……)

 

 微かな悔恨を胸に歩を進める志生。

 その刹那、病棟の奥からうら若い少女の悲鳴と、爆発音が響いた――――

 

 

 長い廊下の突き当りに目的の病室はあった。掲げられているネームプレートには狩野エリアと、件の少女の名が記されている。

 

「……ここでいいの?」

「ああ、間違いない」

 

 優奈の問いにそっけなく志生は答えると、隠し持っていた拳銃を二丁取り出し、片方を優奈に手渡した。怪訝な表情を浮かべつつもそれを受け取る優奈。普段は冷静な秀麗な顔に緊張が浮かんでいた。(ま、当然か)志生は入り口から離れるよう優奈に目配せすると、状況を確認する。

 

 厳重な作りの特殊病棟のドア。それが開いていた。鷹月の医療機関はテロリストの襲撃すら考慮した設計になっている。仮にもここは特に警備の固い特殊病棟だ。それが開きっぱなしになっている。先程の爆発と悲鳴。即座に警報が鳴り響きそうな事態だというのに病棟は不気味なほどの沈黙を保ったまま……あり得ない事だった。入口から溢れる金臭い異臭。慎重に内部を覗き見ると、入り口付近に白衣の男が倒れていた。

 

「死んで……いるの? この人」

「いや、コイツは――」

 

 勝手に病室を覗き込んだ優奈を咎める事も忘れて、志生は“男”を凝視する。白衣には胸から背にかけて貫通した大きな穴が開いている。大出力の光学兵器によって撃ち抜かれたのだろう。未だに燻り続けている白衣。そしてその下にある肉体から漂う、焼け焦げた金属臭。夥しい白い血……いやTDやバトルドレスの人工筋肉に使用されている活性剤に似た液体が床に滴り落ちている。

 

「デザイアの模倣義体(ドッペルゲンガー)だな……コアを破壊されて()()()いるようだが」

 

 ドッペルゲンガーは後方攪乱用の自動人形だ。個々の戦闘能力は左程ではないが、殺害した相手をスキャンして記憶と容姿を模倣するという特性がある。相手がすり替わっているかもしれないという恐怖は魔女狩り的な社会問題を引き起こし、失踪したものが“リターナー”として忌嫌される主な要因となっていた。

 

「エリアさんを狙ったのかしら?」

「そう考えるのが()()って奴だ。何故あの子が狙われ、コイツが何故こうなっているのか、という疑問は残るが、な――」

 

 志生はそう答えつつ、照明機器の光が消えた病室の奥を見やった。昼だというのに密閉された病室は無明の闇に包まれていたが、夜目が効く志生には室内に配置された医療器具やベッドの位置が容易に把握できる。

 

「!? アンタは……」

 

 飾り気のない医療用ベッドの前に、幽鬼の様に佇む人影。仄かに金色に輝く髪が宙に揺蕩(たゆた)う。病衣を纏った儚げな一人の少女の姿。その肢体がぐらりとよろめき、操り糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。間一髪、傍らに駆け寄って志生は少女を助け起こす。滝のように流れる金色の髪の奥に、果たして見覚えのある少女の顔がそこにあった。

 

狩野エリア(あの子)、だよな? 俺の記憶違いじゃなければ、確か黒髪だった筈なんだが……)

 

 規則正しい呼吸の音。豊かな双丘が緩やかに上下している。どうやら気を失っているだけのようだ。志生は安堵の息を吐く。と、その時――

 

「志生、危ない!!」優奈の切羽詰まった悲鳴。

 

 ギラリと輝く銃口が志生を……蜂蜜色の髪の少女を狙っていた。優奈を拘束しつつ、大口径の軍用拳銃を向ける、白い看護服を纏った女性。触れ解こうと必死に足掻く優奈だが、人間離れした怪力がそれを阻む。優奈の細い首に巻き付けられた腕に力が籠められる。苦悶に顔を歪める優奈――

 

(畜生、迂闊だった……敵が一体だけだなんて、何時から勘違いしていた?)

 

 二体目のドッペルゲンガー。デザイアに人質の概念があるのかはわからないが、下手に自分が動けば優奈は殺される。その確信はあった。しかし座視していても状況は悪化するだけだ。銃弾は確実に自分とエリアの命を奪うだろう。

 そんな志生の煩悶を読み取ったのか、無表情な女の口の端が吊り上がる。

 

『既に()()は我々に必要ない。消滅せよ、不正因子(イレギュラー)下等な有機生命体(劣等種)と共に――』

 

 銃声。優奈の絶叫。銃口から放たれた三発の弾丸が、スローモーションのように迫る。少女を抱えたまま避ける事は出来なかった。(仕方ねぇ……か)タイトロープ。綱渡りの選択。志生は少女の身体を突き飛ばすと自らを貫く激痛に備えた。だが――

 

「何……!?」硬質な物が衝突する高音が響く。不可視の盾に中空で()()()()()()()弾丸。淡い碧の燐光が揺らぐ、転移ゲートの輝き。何者かがそこから顕れようとしている。

 

『未熟ダナ、()()()()。コノ様デハ“先”ガ思イヤラレル――』

 

 虚空から響く声。次の瞬間、あの時遭遇した機械の戦士がエリアを庇う様に屹立していた。その姿は亡国の姫君を護るただ一人の騎士の様に志生の目には映る。(何故、俺の名前を?)そんな疑問を懐く間もなく、女ドッペルゲンガーの銃が機械の戦士を狙って火を噴いた。乱入者に気を取られた女の体勢が僅かに崩れる。

 

「今よ、志生!」その一瞬の隙を逃さず、腕から逃れた優奈がスラリと延びた足を旋回させ脚を払う。「了解だ、隊長殿!」大きくよろめいた相手に志生は体躯を生かした体当たりを仕掛ける。

 

 重い音と共に床に転倒するドッペルゲンガー。志生は起き上がる間を与えずにその身体に馬乗りになると、頭部を狙って至近距離から銃弾を叩き込んだ。対人用の弾丸は装甲に阻まれ、なかなか有効弾にはならない。人工皮膚が破損し、若い女の顔が悍ましく崩れていく。

 

「くたばれ、デザイア!」志生は拳銃の弾倉が空になるまで撃ち尽くし、ようやく頭部コアを破壊された機械の身体は沈黙した。

 

「志生……」荒い息を吐く志生を愁う優奈。「大丈夫だ。それより――」志生は女の手にしていた軍用銃を手に取ると、機械の戦士に銃口を向けた。

 

「今日は答えてもらうぜ? お前が何者なのか、何が目的なのかを」

 

 志生の問いに機械の戦士は何も答えなかった。当然だ。こんな銃など脅しにもならない。()()の頭部バイザー内のセンサーアイが瞬間瞬く。その仕草はまるで苦笑を浮かべているかのようだ。

 

「……無駄な事くらいわかってるさ。だけどよ、少しくらい情報提供(サービス)してくれてもいいだろ?」

「ちょっと志生、そんな尋ね方って――」

 

 志生の礼を失した問いに慌てて謝罪する優奈。そんな二人を見て()()はお道化た風に肩を竦めてみせる。そして床に倒れたエリアを優しく抱き起すと、

 

『我ガ望ミ、ソレハコノ娘ノ生存ノミ――』そう言って少女の身体を志生に預けた。

 

 柔らかい感触と共に加わる命の重さ。それが志生の腕に積み上げられる。()()の言葉には有無を言わせぬモノがあった。顔を見合わせ、志生と優奈は強く頷く。

『其方ラニ感謝ヲ――』礼を言う戦士が右腕を翳すと、淡く輝く碧いゲートが出現する。転移ゲート。歩み去る戦士の姿はノイズのように消えてゆく。

 

()()出会ウトハナ。コレモ避ケラレナイ()()ノ悪戯トイウモノカ――』

 

 こちらを見やる()()から微かな言葉が漏れた。「□□□、感謝します。最後の我儘を聞いてくれて……」志生の腕の中で、蜂蜜色の髪の少女は人知れず呟く――

 

 今更ながら回復したセキュリティが警報を鳴らす。戦士は去り、部屋に残されたのは破壊された二体の模倣義体の残骸。その犠牲になった医療スタッフは何処かに骸を曝している事だろう。志生は事後処理で書かされるであろう報告書の内容を思い憂鬱な気分になる。

 

「ねえ、志生。その子の髪……」突然、優奈が目を見開く。抱き抱えた少女を見やると、いつの間にか彼女の光り輝く蜂蜜色の髪は夜空のような濡れ羽色へと変貌を遂げていた。

 

()()()、のか? けどよ……この子も、アイツも、一体何なんだよ!?)

 

 志生は()()()()()が消えた虚空に問いかける。答えなど無い事を知りながら――――

 

 

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