TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 3 邂逅~わたしの在り処

 

 □□□わたしの“ReSTART”

 

 カーテンの狭間から、初夏の朝日が差し込んでくる。

(もう、朝かぁ……)眩しさに目を瞬かせながら、狩野(かのう)エリアは大きく伸びをしてベッドから身を起こした。汗ばんだパジャマ。管理AIが表示する室温は朝だというのに27度。真夏並みの気温だ。少し眉を顰め、表示された時間を見る。

 

「六時半……か。うん、まだ余裕あるよね」

 

 エリアは大きく伸びをして眠気を払いながら、バスルームの扉を開いた。湿ったパジャマを脱ぎ捨て、洗濯機に放り込む。浴室に入ると天井から適温に調整された温水が降り注ぐのだが、エリアはそれを解除する。火照った肌に心地よい、冷たい水のシャワー。鼻歌交じりに濡れ羽色の髪を掻き上げる。少女らしい瑞々しい白い肌が水滴を弾く。

 

「……夢なら良かったのにな……」

 

 水滴が()()()()()肢体を滴り落ちる。この身体の様に、あの惨劇が無かったことになるのなら。自らの腕で身を抱く様に、エリアは身を震わせる。失ったモノはもう戻らない。そんな事はわかっている。それでも少女はそう願わずにいられなかった。

 

 

 壁に架けられた真新しい制服。品の良いグレイのブレザーに大きめの愛らしいリボン。チェック柄のスカートは長すぎず短すぎず、絶妙な長さ。年頃の少女をときめかせる、秀麗なデザイン。それは名門として知られた学園の高等部のものだった。

 

 鷹月市郊外にある私立橘花(きつか)学園。かつては伝統的な女学園だったこの学校も、今では志願制の学徒兵の為の訓練校を兼ね、それを嫌忌されてか年々不足する学生を確保するために男子生徒を受け入れた共学校となって久しい。それでも輩出する学徒兵の練度が全国でトップクラスであるという点は、文武両道の名門の矜持といった所なのかもしれないが。

 

(わたし、橘花でやっていけるんだろうか……)制服で得た歓喜も現実を前に萎んでしまう。

 

 橘花学園は講義・教練共に通っていた県立の鷲宮高校とは比べ物にならないレベルだと聞く。お世辞にも優等生とはいえず、特別なスキルも持たないエリアにとって、橘花は高根の花と言ってよい学校なのだ。先の戦闘での部隊壊滅による人事であり、然る筋の推薦があっての転入措置だというが、何故わたしが? という思いがエリアの脳裏から離れない。生き残った同級生や先輩には学徒兵としてもっと優秀な人がいたはずなのに。

 

 机に置いたブレスレット型の携帯端末に着信音。此度入隊した部隊から支給された装備で、様々な機能を持つ高性能なものだ。ブラウスを羽織りながら、投影ディスプレイを操作し通話に出る。黒い髪を短く刈り揃えた、精悍な顔つきの少年の顔が映し出される。たしか名前は――

 

「あ、桂城さん、おはようございます」

 

 桂城(かつらぎ)志生(しお)――退院する際に鷲尾博士から紹介された、護衛役だという少年。

 状況的にはわたしの監視役、という意味も含まれるのだろう。あの状況で生き残った自分にはリターナーとしての疑惑が付きまとうという事くらい理解していた。一般病棟へ移された後、ようやく見舞いに来た同級生たちの猜疑心の滲む視線……あれを忘れることはできない。

 

『おい、まだなのか? ……って、すまん』

「……?」

 

 突然、映像が消え、ボイスのみの通信に切り替えられる。首を傾げるエリアだが、自らの恰好を顧みて恥ずかしさに顔を紅潮させた。友達との通話の気分でつい……そんな言い訳を頭に並べながら、エリアは制服を身に着ける。

 

(お父さん、お母さん、行ってきます)もういない両親に、そっと心の中で挨拶して、エリアは新しい我が家を出た。楽園(エリュシオン)という名の喫茶店の二階の一室。階下に降りると準備中の店内で掃除をしている店の主人(マスター)と目が合った。スキンヘッドの厳つい顔立ちをした、浅黒い肌の男性。

 

「あら、エリアちゃん。今日から登校なの?」

 

 違和感しかない、妙に艶のある声音に苦笑しつつ、

 

「はい、マスター。それでは行ってきますね」

「気を付けていくのよ」

 

 エリアはお辞儀をして勝手口から外に出る。

 

「志生ちゃん、エリアちゃんに変な事しちゃダメだからね?」

「言ってろ……」

 

 店内から聞こえる、釘を刺すようなマスターの一言に、外でエリアを待っていた大柄な少年は大きな溜息を吐いて脱力した。屈強で精悍な、戦士そのものといった印象てある志生のそんな仕草に、エリアは思わず吹き出してしまう。

 

「なんだよ?」クスクスと笑うエリアに憮然とする志生。

 

「……ごめんなさい。わたし、桂城さんて、もっと怖い人だと思っていたので……」

 

 正直に答えるエリアに、志生の口の端が上がる。「俺も、アンタの事、もっとお上品だと思ってたよ」お返しとばかりにそう言うと、志生はエリアの前に立って歩き始めた。先程の事を思い出して頬を赤らめながら、慌ててその後を追うエリア。

 

「どうしてそんな風に思ったんですか?」横に並んで、頭二つ分は高い志生の顔を見上げながら尋ねてみる。すると志生は照れくさそうに頭を掻くと、

 

「アンタを()()()時、何つうか、妙な高揚感があったんだ。物語の中でお姫様を救う英雄(ファンタシーのヒーロー)にでもなれたかのような――柄じゃないけどな」

 

(そういえば桂城さんがわたしを助けてくれたんだ……)退院時に眞喜志さんから事の次第は聞かされている。あの時志生は生き残りの学徒兵を助ける為に、単身で地下街へ乗り込んだのだと。女の子なら憧れるシチュエーションの一つかもしれない。わたしは安全な場所で、意識を失って治療を受けていたから助かったのだ。……って、治療?

 

「あ、あの……桂城さんは、わたしの……を……たんですか?」

 

 訝し気にエリアを見詰めた志生の視線が、急に宙に泳ぐ。つまり……そう言う事だ。エリアの顔が、瞬間湯沸かし器の様に火照り、紅く染まる。志生はワザとらしく咳払いをして、

 

「手当をした奴は、俺も知らないよ。まぁ、なんだ。戦傷者の治療は、()()()()()()()からな」

 

 そう言って、気にするなとばかりに白々しく笑う。(全然フォローになってないし……)まだ火照る頬を憮然と膨らませるエリア。この朴訥さは天然なのだろうか。若干恨みがましい視線で恩人の顔を盗み見る。意外にも困惑した表情。獰猛な肉食獣を思わせた精悍な志生の横顔も、こうしてみると自分と変わらない年頃の男の子に見える。

 

「怒ったり笑ったり、忙しい奴だな。アンタは」

 

 口許が綻んでいたのを気付かれたのだろうか。志生も口の端をあげ、野性的な笑みを浮かべた。

 

「だって、その……仕方ないじゃないですか。色々あり過ぎて」

「まあ、な」

 

 口をとがらせて拗ねるエリアを横目に、この話は此処まで、とばかりに歩き出す志生。エリアは溜息を吐いてその後を追った。正直、問い質したい事は山ほどある。けれど彼が答えてくれることはなさそうだった。

 

「わたし、普通の高校生なんです。あなた達とは違う――」つい愚痴めいた呟きが漏れる。

 

()()、か。普通ってどういうのが普通、なんだろうな」

 

 それを受けて志生は、天を仰ぐように見上げながら、独り言ちる様に言葉を紡ぐ。

 

「人一倍不器用で、不愛想な奴がいるんだ。皆に勝手に期待され、それに馬鹿正直に応えようとしている。けれど俺はそいつが普通の、何処にでもいるような奴だってことを知っている」

 

 怪訝とするエリア。志生は何を言おうとしているのだろう。

 

「そいつがどんなに頑張ったって実の所、期待に応える事は出来ないんだ。それを知っていてもそいつは諦めないで努力し続ける……そんな奴をアンタはどう思う?」

 

「凄い人だと思います」志生の問いに、エリアはそう答えた。まず自分には出来ない事だから。

 

「……そうか」

 

 そう短く答えると、志生は黙って歩き続ける。(誰の事なんだろう)疑問に思いつつもエリアはそれ以上は何も言わず、志生に従って歩を進める。

 

 転入先である橘花学園。そして彼女の新たな()()()となるCR小隊(Code Rainbow)へと――

 

 

 □□□小隊の、とある朝

 

「ねえ、ユナ先輩。このままでいいんですかぁ?」

 

 いつも通りの時間に登校し、一限目の講義に備えて端末を操作していた来栖(くるす)優奈(ゆな)は、ツインテールを揺らしながら駆けこむように教室に入って来た()()()の髪の少女を一瞥すると、

 

「おはよう、鷲尾さん。今日は早いのね」

「あ、おはようございます……じゃなくて!」

 

 何が気に入らないのか、頬を膨らませて憮然とする年下の同級生、鷲尾(わしお)魅悠宇(みゆう)。只でさえ幼く見える顔が余計に子供っぽく見える。鷲尾は優奈の机に手を突いて覗き込むように、

 

「わたし見ちゃったんです。黒髪の美少女と仲睦まじく登校する志生先輩の姿を!」

 

 一気に捲し立てると、驚いたでしょ、とばかりに発育の良い胸を張る。溜息を吐く優奈。

 

()()()の狩野エリアさんの事ね? あたしが志生……桂城くんに頼んだのよ。彼女を学園まで案内するように、って」

 

 本当は護衛と監視だ。地下街や病棟での事件を考えたのなら、志生以上の適任はいない。自分は疎か武術の心得のあるハミルトンや榊でも無理だ。だからそう判断した。眞喜志と博士は、同性であることから自分をその任に当たらせる心算だったようだが。

 

「そうなんですか? ……ちょっと、タク!」

 

 冷静に切り返され呆然と優奈の顔を見詰めていた鷲尾は、教室の入り口付近で大笑いをしている小柄な少年……水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)を睨みつけた。水無瀬は気取った仕草で肩を竦めると、

 

「やれやれ、ミユは粗忽者だなあ。()()()()()()()、とは言ったけどさ」

 

 そう言って遠隔操作で優奈の端末に黒髪の少女……狩野エリアの個人情報を表示させる。おそらくは学徒兵を管理する文部省のデータベースをハッキングしたのだろう。(勝手な事をして……また一之さんの胃が痛くなるわね)優奈は眉を顰めながらもその内容に目を通した。

 

「狩野エリア。N県出身の十六才。成績は可もなく不可もなく、スポーツもそれなり。特筆できる経歴や技能無し。ま、一言で言うなら普通の子だね。……ボク的に90点の美人だとは思うけど」

 

 水無瀬は麻色の前髪を掻き上げながら解説を加える。(容姿はこの際関係無いでしょ)そう心の中で呟きながら画面をフリックして、優奈は思わず眉間を押えた。と同時に鈍い音。

 

「タクのスケベ、変態、犯罪者――!」

 

 鷲尾の放った鞄が水無瀬の顔面にクリーンヒットしていた。鼻を押さえて蹲る水無瀬。

(まあ、自業自得よね――)目の前の()()()()()()を冷めた目で見守る優奈。何故なら水無瀬のデータの中には転入してくる少女の()()()()()()()()()な項目まで収められていたのだ。

 

「……ったく、痛いなぁ……何するんだよ、ミユ。データは多岐に亘った方が良いだろ?」

 

 さほど悪びれもせず鷲尾に毒づく水無瀬。それに対して優奈は、

 

「暴力はどうかとも思うけど、流石にこれは看過できないわよ、水無瀬くん?」と、苦言する。

 

「猛省します……」優奈の翡翠色の瞳に咎められ、水無瀬は肩を落とす。しかし、

 

「ただ、データを調べれば調べるほど、ボクにはエリアさんの普通さっていうのが気にかかるんですよ。多かれ少なかれ人には得意不得意が生じる筈なんですが、彼女にはそれが無い。没個性という訳では無いのだけれど、何て言ったらいいのかな……フォーマットされた記録媒体のような?」

 

 いつになく真剣な表情で水無瀬は語る。考え事をする時の癖なのか前髪を弄りながら。

 

「タク、何だか酷いこと言ってない?」と、少しだけ機嫌を直した鷲尾。

 

「それはわかってる。けど彼女は状況的には帰還者(リターナー)なんだ。用心するに越した事は無いさ」

 

 水無瀬の言葉を聞きながら、優奈は一週間前病棟で遭遇した事件を思い起こした。デザイアに狙われる少女とそれを護る機械の戦士。その場にいた優奈と志生、そして報告を聞いた眞喜志と鷲尾博士以外、あの件についての詳細は知らない。

 

(エリアさんには高い管制官適性がある……そう一之さんは言っていた。けれどこの情報にそのような記載は無い。AI群との親和性の高い人材は各部隊で不足しているというのに、彼女は損耗率の高い歩兵隊に配属されている。これは文部省調査部のミス? それとも――)

 

 そんな優奈の思議を破るかのように、バンッと大きな音を立てて教室のドアが開かれた。

 

「おい、来栖。いいのかよ!? 桂城の奴が女連れで登校してやがるぞ?」

 

 ()()()の髪をした少女が教室に駆け込むなり、息せき切って優奈に尋ねる。傍らには()()髪の長身の少年が肩を竦めてかぶりを振っていた。優奈たち三人は顔を見合わせて溜息を吐く。

 

「騒がしいな。何時から此処は幼稚園になったんだ? 榊、ハミルトン、さっさと席に着け」

 

 廊下から苛立たし気な声が聴こえた。軍服姿の青年が白衣姿の男を伴って教室へ入って来る。ハミルトンと呼ばれた少年が、榊と呼ばれた少女を促して席に着く。渋々それに従う榊。鷲尾と水無瀬も自らの席に着き、姿勢を正した。「起立、礼」委員長である優奈が号令をかける。

 

「ではHRを始める。分かっていると思うが水無瀬はこの後、博士の研究室に()()するように」

 

 頭を抱える水無瀬。彼の肩を叩く白衣の男――鷲尾博士の眼鏡がきらりと光る。それを一顧だにせずに軍服の青年――眞喜志(まきし)一之(かずゆき)は本日の講義、教練内容について説明を始める。

 

 少しだけいつもと違う朝。優奈達CR小隊の一日が始まった――

 

 

 □□□橘花学園/グラウンド

 

 初夏の強烈な陽光から守られた校庭の巨木の木陰。いつもの昼寝スペースで志生は心地よさげに転寝をしていた。午後の体育の授業は一般生徒と合同の持久走だ。他の生徒が十キロなのに対して小隊員は十五キロ。グラウンドにはまだ誰も戻って来てはいない。

 

 鳴き疲れたのか頭上の木の枝に居た蝉が飛び去った。(そろそろか)そう思って耳を澄ますと規則正しい足音が近づいて来る。

 

「流石ですね、シオ。体力には自信あったのですがココまで差を付けられるとは」

 

 額の汗を拭って呼吸を整える朱い髪の少年。合衆国からの留学生、ウィルヘイム・ハミルトン。

 

「サボって抜けた、とは考えないんだな」皮肉を口の端に乗せて志生は呟く。

 

「キミがそういう人でない事は理解してますからね。素直ではないだけで」

 

 志生の横に腰を下ろし、爽やかに笑うハミルトン。涼風が彼の髪を揺らした。フン、と鼻を鳴らして志生は身を起こす。どうも苦手だ。得手とする剣技の如く、こちらの心象へ真直ぐに、大上段から切り込んでくる。そんな想いを察してか、ハミルトンは怪訝そうに首を傾げてみせる。志生は心の中で舌打ちをすると、校門の方角を見やった。

 

「水無瀬の奴はどうした?」

 

 答えはわかっている、という風にハミルトンに尋ねる志生。スタート時、負けず嫌いな水無瀬は決死の形相で二人の後を追っていたのだ。だが、虚弱体質と言っていい彼がそんな事をすればどうなるか。それは火を見るより明らかだった。

 

「あの後、直ぐに轟沈……でもご心配なく。ミユが付き添ってますよ」

「……そうか」

 

 グラウンドを見やると一般学生の男子がゴールし始めているようだった。肩で荒い息を吐いている生徒たち。そんな彼らが校門の方を見て、些か品の無い歓声を上げた。汗を滴らせながら懸命に駆けて来る三人の少女の姿が視界の端に映る。

 

「意外だな」

「そうですか? 中々面倒見の良い子ですよ、ショーコは」

 

(そういう意味で言ったんじゃないんだが……)ハミルトンの()()()フォローに苦笑する志生。

 

 群青色の髪の少女――(さかき)祥子(しょうこ)と桜色の髪の少女――来栖優奈の叱咤激励を受けながら、濡れ羽色の髪を靡かせて駆ける少女――狩野エリアは疲労困憊と言った様子で、今にも倒れそうな覚束無い足取りだ。それでもゴールが視界に入ると必死に足を動かして二人の後を追う。

 

「頃合いですし、そろそろ集合しましょうか?」

 

 草を払ってハミルトンは立ち上がる。ゴール地点で不機嫌そうにこちらを睨む榊の姿があった。ゴールするなり力尽きてその場にへたり込むエリア。そんな彼女を介抱する優奈。榊としては気を利かせて水くらい用意しておけと言いたいのかもしれない。

 

(普通、か……)ポツリと呟く。

 

「何か言いましたか?」

「いや、別に」

 

 かぶりを振ると志生はハミルトンと連れ立って少女達の待つグラウンドへと歩き始めた――

 

 

 □□□Signs of the Unknown

 

 ――心地よい微風が頬を撫でる。

 

 大きな,大樹とさえいえる古木の木陰。芝生の上に横たえられて、狩野エリアは大きく溜息を吐いた。身体の節々が痛む。運動不足とまでは思わないが、一緒に走ってくれた二人の女の子たちにはまるで追い付いて行けなかった。練度が高いことで知られる橘花学園の学徒兵。しかも特務部隊と呼ばれるCR小隊の彼女たちは、やはり特別なのだ。

 

 わたしも懸命に走ったけれど、結局付き添って貰って……みんなに迷惑をかけてしまった。

 

(やっぱり、わたしには場違いだよね、ここって)エリアは再び溜息を吐くと、今朝、皆の前で自己紹介をした時の記憶を手繰り寄せた……

 

□■■

 

『転入生の狩野エリアと言います。本日付で鷲宮第七歩兵小隊から転属になりました――』

 

 宜しくお願いします……鷲尾博士に促されて、わたしは壇上で挨拶をする。傍らに立つ隊の責任者である眞喜志さんの視線が少し怖かった。敗残兵であるわたしが橘花に編入させて貰えたのは、主に彼の推挙だという。管制官適性がある……そう言われて、わたしは今、此処に居る。

 

『鷲宮の第七? あの時壊滅した隊かよ……験が悪りぃな』

 

 窓際の席に座った、群青色の髪の少女が不機嫌そうにこちらを睨んだ。ショートカットで、気の強そうな顔立ち。スラリとした長身を着崩した橘花の制服で包んでいる。

 

『……あ、その……』壊滅した部隊。その言葉に私は続ける言葉を失ってしまう。

 

『駄目ですよ、ショーコ。そんな言い方をしては』

 

 少女の隣に座った朱髪の少年がやんわりと窘める。勇猛な髪の色とは裏腹に穏やかで優し気な口調。彫の深い、古代彫刻を思わせる端正な顔をこちらに向けて爽やかに微笑む。『歓迎しますよ、エリアさん』錯覚ではなく、涼風が吹いたような気がした。

 

『ショーコ先輩、生き残れたって事は、エリアさんはきっとラッキーなんですよ~』

 

 後ろの席に座っている萌黄色をした髪の少女がにっこりと笑いかけて来た。天真爛漫な笑顔とツインテールに結われた髪型が、童顔をさらに幼く見せている。

 

『そうだな。アタシも無神経だった……すまねぇな』

 

 二人に言われて、ショーコと呼ばれた少女は頭を下げ、謝罪する。『い、いえ……』見た目の印象とは違った率直な態度に、わたしは逆に恐縮してしまった。

 

『ボクは認めないよ……』

 

 少し毒のある声が聴こえた。麻色の髪をした、小柄な……華奢な少年。声も高く、髪も伸ばしている為に、制服を入れ替えたらちょっと男女の判断が怪しくなってしまうかもしれない。

 

『TDの管制官というのは操縦士以上に激務なんだよ。他人の操縦によって発生するGに耐えながら情報の収集と処理を的確に行い、特に指揮官機の場合は指令とのパイプ役を務めながら、副官として隊長が機体の操縦に専念できるよう補佐しなければならない。いきなり転属してきた子に、それが務まるとは思えないな』

 

 値踏むようにエリアを見ながら、気取った仕草で得々と語る少年だが、

 

『それ、タクも殆ど出来てないでしょ?』そうツインテールの少女に言われ顔を真っ赤にする。

 

『だって、こんなの間違ってるだろ! このボクが機から降ろされるだなんて――』

 

 駄々っ子のように喚く少年。この直前に、彼は機上管制官からの配置換えを通達されていた。(そっか。それが君の此処に居る理由なんだね……)わたしは溜息を吐く。特に役職に希望なんて無かった。わたしは言われるがまま此処に来ただけ。人の在り処を奪ってまで任に就きたいわけではない。

 

 辞退しようと決意した時、最前列でじっとこちらを見詰める桜色の髪の少女と目が合った。(あなたはそれで良いの?)翡翠色の瞳がそう言っている。威がある訳ではないが限りなく澄んだ強い意志を秘めた瞳。その瞳に惹き込まれたかの様に、わたしは喉まで出かけた言葉を飲み込む。

 

『水無瀬、これは決定事項だ』ややあって司令官である眞喜志さんが断ずるように言った。

 

『了解しました。指令……』悔し気に項垂れて、水無瀬と呼ばれた少年は沈黙する。そんな彼の姿を見て、ツインテールの少女が溜息を吐く。

 

(これでいいの?)是非を求めるかのように、わたしは桜色の髪の少女を見やる。彼女は小さく、しかし断固として首を縦に振った。

 

『ま、お互いの事を知るのは追々でいいんじゃないかな。眞喜志君、そろそろ時間だよ』

『そうですね。……それでは狩野、君の席は……桂城の隣だ』

 

 言われずとも空いている席はそこしかなかった。席に着き、私物を置いて端末(テキスト)をセットする。

 

『ま、肩肘張らずに気楽にやれよ』

 

 大きな体を窮屈そうに席に収めた桂城さんが、隣の席で片目を瞑って見せた。(ちょっと馴れ馴れしいかも?)そんな風に思いつつも、わたしは何処となく安堵を覚える。まだ知り合ってひと月にも満たないけれど、彼だけが此処では見知った顔だから。多分、きっと。

 

『来栖』

『はい、指令』

 

 チャイムの音に、眞喜志さんは桜色の髪の少女を促す。『起立、礼!』彼女の凛とした声が教室に響き、わたしの橘花で初めてのHRは終了する。(あの人が来栖優奈さん、なのかな……?)幾度となく雑誌で見た、大戦の英雄の娘。それに相応しい凛々しさに微かな羨望を懐いて、わたしは呆けた様に彼女の後姿を……桜色の髪を見詰めていた――

 

■■□

 

「狩野……お前、結構根性あるんだな」 

 

 ボンヤリと中空を見やりながら追憶に耽っていたエリアは、クラスメイトとなった榊祥子に声を掛けられて慌てて身を起こした。HRで見せた険のある表情とは打って変った、何処となく人懐っこい印象。何処かで買ってきたのか、榊は清涼飲料のパックを二つ手にしている。

 

「やるよ、飲みな」そう言ってパックを投げて寄越す榊。

 

 エリアはそれを受け取って、「ありがとう、榊さん」と、お辞儀をした。

 

「……ショーコでいい。()()()みたいに()()()、何て呼ばれるとむず痒くなるからな」

 

 飲み口を引き出してさっさと飲み始める榊に倣って、エリアもパックにストローを刺して口に含む。喉を流れ落ちる冷たい液体が、疲労した身体に心地よかった。

 

「わたし、根性なんて無いですよ。さっきだって榊……祥子さん達が気に掛けてくれなかったら、きっと途中でリタイアしてましたから……」

 

 エリアは正直に言った。折角こっちに合わせて走ってくれていたのに。

 

「あのペースに着いて来れただけでも、結構な事だと思うんだがな……」訝し気に榊が言った。

 

「え?」キョトンとするエリア。

 

「そっちに合わせて走っていた……そう思ってるのか? 確かに最初はそうだったさ。けど、来栖の奴が段々ペースを上げて行ったんでな。最後の辺りは殆ど全力になってたよ」

 

 飲み干したパックを潰しながら榊は言った。

 

「考えてもみろよ。アタシらは十五キロを走って、男子連中と同時にゴールしてるんだぜ? 奴らは十キロだってのに。全力で走らなきゃ無理ってものさ」

 

 何かスポーツでもやっていたのか? と榊に聞かれ、エリアはふるふると首を振った。スポーツは苦手という程ではないが、自分にとって運動するという事はスタイルの維持が主目的だ。積極的に体を鍛えたいと思った事なんてなかった。そんな自分が五キロのハンデを与えた男子に追いつけるなんて……有り得ない。

 

「まあ、いいさ。とりあえず怠い授業はこれで終わりだ。後はお楽しみが待ってる」

「お楽しみ?」

 

 ニヤリと笑う榊に、エリアは首を傾げる。放課後に何があるというのだろう? その疑問に答える事無く、榊は更衣室のある体育館へと歩いてゆく。後を追おうとして立ち上がるエリアだが――

 

「……うそ?」

 

 自らの身体に確かな違和感があった。先程まであった全身の倦怠感。それが嘘のように消失していた。あれほど疲れていたというのに羽毛の様に身体が軽い。まるで四肢が生まれ変わったかのように。(いったいどうなっているの?)恐るおそる、自分の手を、脚を凝視する。

 

「何してるんだ、早く来いよ」榊が呼んでいる。

 

 考えるのは後にしよう……エリアはかぶりを振ると、小走りに彼女の後を追った――――

 

 

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