TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 4 起動~Code Rainbow Vol.Ⅰ

 

 □□□With Mortification

 

「もう、何やってるのよ、タクは……」

 

 微かな医薬品の臭いが鼻腔を刺激する、橘花学園の医務室。シンプルなベッドに寝かされた麻色の髪の少年を見守りながら、鷲尾(わしお)魅悠宇(みゆう)は溜息を吐く。少女である自分よりも華奢な体。女の子と見紛う繊細な顔立ち。幼馴染の少年、水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)は静かな寝息を立てている。

 

(あの二人に体力で勝てる訳無いじゃない。張り合っても意味ないのにさ)

 

 先刻の持久走で無謀な走り方をした水無瀬は開始早々に倒れ、此処に運び込まれたのだった。呼吸器系に疾患を抱えている水無瀬は本来なら参加する必要は無かったのに。それでも小さい時に比べたら、これでも丈夫になったのよね……そんな事を想いつつ、鷲尾は窓からの風でサラサラと靡く水無瀬の前髪にそっと手を伸ばした。

 

 柔らかく、艶やかな直毛。癖ッ毛の自分とは大違いだ。(まだまだわたしの服を着せたら似合いそうよね♡)そんな事を考えながら優しく髪を撫ぜる。

 

「実行したらセクハラで訴えるからね」可愛らしい顔を憮然とさせて、水無瀬がボソッと呟いた。

 

「起きてたんだ。なんのことかなぁ?」

「何だっていい。とにかくあんな事は、もうやらないからな!」

 

 覆い被さるかのように覗き込む鷲尾を押しのけて、語気も荒く身を起こす。興奮したせいか、過呼吸で少し咳き込む水無瀬。

 

「無理なんてしなくていいじゃない。除隊させられる訳じゃ無いんだし」華奢な水無瀬の背をそっと摩りながら、鷲尾は囁く。

 

「指令の補佐役でしょ、むしろ栄転じゃない?」

 

 水無瀬が指揮官機機上管制官の代わりに拝命した指揮車両戦術管制官とは、指令の座乗する指揮車両にて各オペレーターからの情報を統括し、作戦立案を補佐し、時には指令の代わりに各機の指揮を行う副官的な役職だ。本来なら国防軍の正規の士官がその任に就く。CR小隊司令官である眞喜志が学徒兵である水無瀬を抜擢したのは、国防軍からの出向希望者が居なかった事が主な理由であるが、その優れた才能を買っていたからでもあった。

 

 けれど水無瀬は、

 

「ボクはTDに乗りたくて橘花に志願したんだ。生憎適性が無くて操縦士には成れなかったけど、機上管制官としてTDに搭乗する事は出来た。それなのに、今度は後方に待機してミユが……みんなが戦ってるのを見守るだけなんて――」

 

 そんなのボクは嫌だ……咳き込みながら、水無瀬は涙を流す。それが苦しさからのモノだけでは無い事を、鷲尾は知っていた。

 

「ねえ、タクはどうしてTDのパイロットに成りたいと思ったの?」

 

 態々聞くまでも無い事だ。その問いに案の定、水無瀬は鷲尾から視線を逸らす。

 

「……こんなボクでも、こんな身体でも、TDに乗ればみんなと同じように戦える。だって、ロボットってそういうモノだろ。昔見たアニメみたいにさ。期待してたんだ、そんな風に」

 

 余りにも子供っぽい理由。けれど鷲尾は笑えなかった。その純粋な想いを叶えるだけの才能が水無瀬にはあったから。唯一足りなかったのは、またしても水無瀬を裏切ったのは、結局その脆弱な身体だった。操縦席の耐衝撃機構とバトルドレスによる身体強化を以ってしても、割れやすい卵のような彼の身体は護れない。

 

(パパの馬鹿。タクに変な期待を持たせるからこうなるのよ)

 

 橘花に合格した水無瀬をCR小隊に入隊させたのは鷲尾の父である鷲尾博士だった。シミュレーターによる試験で桂城(かつらぎ)志生(しお)と互角に戦った事がその選考理由なのだが、仮想と現実は違う。

 

 水無瀬は操縦士としては全く役に立たなかった。

 

 指揮官機管制官という役職を与えられたものの、水無瀬の存在は優秀な操縦士でもある小隊長、来栖(くるす)優奈(ゆな)を前線指揮に縛り付ける重荷となっていた。小隊五機のうち、歩兵を兼任する志生のウインドⅤ、狙撃手として行動する鷲尾のウインドⅣは単独行動が多い。戦力の低下した三機編成での作戦時、指揮官機が戦闘に参加しづらい状況は望ましくなかった。

 

「隊の足枷になってる事くらいわかってるさ。けど――」

 

 ボクは一緒に戦いたいんだ……絞り出すような声。(それってユナ先輩とって事でしょ?)鷲尾の胸に微かな痛みが走った。お互いに飛び級での大学入学が決まっていた矢先、突然水無瀬は橘花の学徒兵へ志願した。その理由として()()()()()の娘である来栖優奈の橘花志願、という記事の影響があった……というのは想像に難くない。父親の研究を助ける為、という名目で鷲尾が橘花を志願したのは、それを受けての事だった。

 

(やだなあ、わたしって結構黒い?)鷲尾は水無瀬に悟られぬよう溜息を吐く。とその時、

 

「指揮官や後方の人間は共に戦ってない……そう言いたいのかい? 内匠君は」

 

 医務室の扉を開けて、メタルフレームの眼鏡を掛けた大柄な男が入って来た。

 

「……パパ!?」

「博士……」

 

 よれよれの白衣にボサボサの癖毛。レスリングの選手の様に筋肉質で、まるで熊のような体躯。小隊の()()の一人であり、技術顧問を務める鷲尾(わしお)(かなめ)博士が、髪を掻き毟りながら佇んでいた。鷲尾の実父なのだが、驚くほど似ていない。

 

「あー、魅悠宇君。ここではパパはやめなさい。……で、内匠君。君はどう思っているんだい?」

 

 一瞬弛んだ顔を咳払いで誤魔化しつつ、博士は水無瀬に問いかけた。

 

「そんな事は……けど、ボクは――」

「パイロットを続けたい、かい? ……キミが単なる英雄願望でウチを志願したのなら、それもいいだろう。仲間にリスクを負わせる代りに、今のままでもそれなりの戦果を挙げるだろうね」

 

 眼鏡を押し上げながら、突き放すように博士は言う。

 

「ちょっと、パパ!」

「魅悠宇は黙っていなさい。……けれどそれ以上の戦果を、内匠君、キミは戦術管制官として後方から小隊にもたらすことが出来る……と、まあ、僕や眞喜志君は期待している訳だ。指揮官機(優奈機)の管制システムを指揮車両に移設すれば、今まで通りの感覚で、今度は指令殿の補佐が出来る筈さ」

 

 俯きながら話を聞いていた水無瀬は、

 

「少し考えさせて貰ってもいいですか?」そう言って布団を被ってしまった。

 

 博士はそれに頷くと、「それじゃ後は()()()()」と鷲尾に片目を瞑ってみせた。励まし役を結局丸投げする父親に憮然とする鷲尾。それを見て博士はニヤリと笑うと、ひらひらと手を振って医務室から出て行くのだった。

 

(よろしくって言われてもな~)鷲尾は溜息を吐く。軽口を叩き合う事には慣れていても、こういう真剣な話題を二人でした事は、長い付き合いの中でもなかった。傷心の幼馴染を慰めるという鉄板展開かも。男女逆だけど。――ともかく気まずい沈黙が医務室を満たす。

 

 ややあって水無瀬は布団からそろりと顔を出した。いつになく真剣(シリアス)な表情。

 

「ねえ、ミユ……」

「な、なあに、タク?」鷲尾の心臓がトクンと高鳴る。

 

「そういえばさ、戦闘指揮車(CCV)のオペレーター達って二組の女子だっけ? 結構可愛い子が多いんだよね~♪ 戦術管制官かぁ……アリかも?」

 

 次の瞬間、医務室に乾いた音が響き渡った――

 

 

 クスクスと声を潜めた笑い声が背後から聞こえる。

 放課後の、校舎裏の旧体育館へと続く渡り廊下。そこを歩く水無瀬には、その理由がハッキリとわかっていた。それは彼の頬を腫らす、紅葉型の痣。

 

「ミユの奴、思いっきり引っ叩く事は無いだろ……」

 

 いつもの軽口の心算だったのに……水無瀬は頬を押さえながら溜息を吐いた。

 

(いつ迄も、小さい頃みたいにボクのお守りなんて、してなくてもいいのに)心の中で愚痴る。鷲尾とは同い年で家が隣だったこともあり、兄妹(ここは譲れない)のように育った。生まれつき身体が弱く、性格が生意気、と虐められることの多かった水無瀬を常に庇って来たのは鷲尾だった。

 常に明るく、周囲と協調して多くの友達を持つ。それは彼女の性格でもあるのだろうが、幼馴染を護る障壁だったのだろう……水無瀬にもその位はわかっていた。

 

 ――けれど。

 

 そもそもそれは好意によるものじゃない。元来、ボクとミユは釣り合っていない。ミユは子供っぽい性格だけど人当たりが良く、小柄だけどスタイルも良く、顔立ちも可愛いって思う。それに引き換え、ボクは虚弱体質の上に()()()()()()()だ。

 

(ミユは、結局、可哀想な幼馴染を気にかける自分に酔ってるだけなのさ)

 

 水無瀬の口許が皮肉に歪む。

 

(早い所、いい相手を見つけてくれよ。……それが生半尺な奴ならボクの全スキルを以って、そいつを社会的に抹殺してやるけどさ――)

 

 小隊の拠点となっている改装された旧体育館。その扉の前で水無瀬はふと足を止めた。水無瀬の脳裏に走り去る萌黄色のツインテールがリフレインする。熱を帯びた頬が疼く。水無瀬はかぶりを振ると、その場から立ち去るのだった。

 

 

 □□□模擬戦闘訓練・Ⅰ

 

『それでは訓練を開始する。総員、直ちに搭乗せよ――』

 

 装着したヘッドセットから、教官且つ小隊司令である眞喜志大尉の声が聴こえた。歩兵の物に比べ薄手のバトルドレスに身を包んだ新入隊員、狩野(かのう)エリアは乗機であるウインドⅠ、風神改(アイオロスカスタム)へと駆ける。ピンク……というよりは上品な桜色の機体色。目の前には、それと同じ桜色の髪をブルームアップに纏めた操縦士の来栖(くるす)優奈(ゆな)の後姿があった。チラと後ろを顧みて優奈は、

 

「狩野さん、レクチャーされた通りにやれば問題ないから」

「は、はい」

 

 引き離されないように懸命に走る。旧体育館を改造して作られた格納庫。駐機ハンガーに併設された昇降機を掴み、上昇。開け放たれた背部コックピットハッチへと身体を滑り込ませる。

 続いて感覚変換(センスシフト)わたし達の世代(アフターデザイア)の神経系に張り巡らされた光粒子回路(フェリオンサーキット)を介して、人と機体との感覚共有が行われる。(くっ、うぅぅ……)体内に侵入した異物に侵されるような、手足に虫が蠢くような、悍ましい感覚。

 

「リラックスして。今、機体はあなたを知ろうとしているの」

 

 優奈の指示に従って全身の力を抜く。抗うのではなく受け流す。違和感が消えてゆく。溶け込む様にエリアの視界は機体と一体化していた。直ぐ近くに優奈の存在を感じる――

 

「凄くいい感じよ、狩野さん」

 

 まるで耳元で囁かれるかの様に優奈の声が聴こえる。知らずエリアは頬を赤らめていた。HRの時、尻込みする自分を叱咤してくれた、あの凛とした瞳。(この人と一緒に戦うんだ……)

 

「どうかしたの?」

「い、いえ」

 

 内心の動揺を悟られないよう、エリアは深呼吸をして感覚を研ぎ澄ます。脳に流れ込む情報の奔流。制御系及び操縦士のコンディションチェック。火器管制を掌握し、思考とリンクさせる。全システムオールグリーン。

 

『本日の訓練は、実機コックピットを用いたシミュレーターにて行う。博士の調整で()()()()()()()()()()()()が再現されるはずだ。各機連携を密にして目標を撃破せよ――』

 

 ――各機VRダイブ開始。眞喜志の声が訓練の始まりを告げた。

 

 

 砂塵の舞う荒野。

 乾いた大地とそこに残る僅かな水分を求め貧欲に根を伸ばす草木。枯れた草が鞠の様に絡まって、強風にあおられて転がってゆく。

 

「わぁ……」エリアは視界一杯に拡がる情景に、思わず感嘆の声を漏らした。まるで触れるのではと思う程に現実的な存在感。外部の風の音が機体の収音機構から実際に聞こえてくる拘り様だ。

 

『なんだ、狩野はDDOをやった事ないのか?』

 

 ウインドⅠの隣の空間が揺らぎ、やや安っぽいエフェクトと共に二機のTDが出現する。その内の一機、ウインドⅡからの通信。視界の端にパイロットの(さかき)祥子(しょうこ)が表示される。

 

「ごめんなさい。わたし、戦争モノはあまり興味無くて……これ、ゲームなんですか?」

 

 DDO……デザイアデストロイヤーオンラインとは荒廃した未来世界でロボット兵器を駆って生き抜く、という内容の人気オンラインRPGだ。プレイヤー同士の対戦も盛況で、実の所、エリアも友達から誘われた事はある。けれど運動神経に自信のない自分には向かないな、と思っていた。

 

『あはは、まさか。流石に違いますよ~』

 

 もう一機の僚機、ウインドⅣからの通信。舌足らずな声はパイロットの鷲尾魅悠宇のものだ。

 

『この模擬戦闘システムの映像部分は、DDOのグラフィックエンジンをパパ……鷲尾博士が流用してるんです。最近は軍用より民間のモノの方が優秀だ、とかで。ま、手抜きって訳です――』

 

『ある意味、最高の環境でプレイするDDOって訳さ――』榊の嬉々とした声。

 

(榊さんの言ってた放課後のお楽しみって、この事なのね)得心してエリアは苦笑する。

 

「みんな、雑談はその位にして。転送がこのメンバーって事は、対戦相手は“彼等”よ――」

 

 操縦士席から優奈の冷静な声が聴こえた。眞喜志指令は、何と戦うのかは説明していなかった。小隊は五機編成……ここに居ないのはウインドⅢとⅤの男子組だ。

 

(志生さんたちが相手なんだ)エリアは戦術スクリーンを広域モードにして索敵を開始する。

 

『なら勝ったも同然だ。ウィルの機体は近接戦タイプだってのに周囲に反応なしだ。桂城のは間に合わせの旧式機だし、あっちから近付いて来るところを狙い撃てばいい。鷲尾なら七面鳥を撃つより簡単だろ?』

 

『簡単に言ってくれちゃいますねぇ……けど、わたしの()()()で狙い撃っちゃいます』

 

 優位と確信した榊に鷲尾が自身ありげに請け合う。(……?)状況が飲み込めないエリア。

 

「狩野さん、あたしたちは()()()()なの」優奈がエリアの疑問に答える様に言った。

 

 カラーズとは、エリアたちデザイア侵攻以後に生まれた世代に稀に生じる、先天的に特殊な能力を持っている少年少女を示す呼び名だ。その由来は該当する者に特異な髪の色(カラー)をしている者が多いためであり、()()であるもののカラーズの呼び名は一般には定着していた。彼らは同世代が神経系に持つ光粒子回路(フェリオンサーキット)の扱いに長け、固有の超常現象(エフェクト)を行使することが出来る――

 

『わたしのエフェクトは千里眼(クレアボヤンス)。遠隔地の状況を感知したり遮蔽物の先を見たりすることが出来ます。とはいえ精度はイマイチなんですけど。あと純粋な視力にも補正が掛かるみたいで、わたし的にはDDOのスキル名から鷹の目って呼んでるんです』

 

『水無瀬曰く、究極のストーカースキルって奴だな――』自慢げに語る鷲尾を榊が混ぜっ返す。

 

『……フン、だ。タクなんて知りませんよ』水無瀬の名に不機嫌に鼻を鳴らす鷲尾。だが、突然緊張した声音で、『――エリアさん、南西、距離二〇キロ辺りをフォーカスしてくれませんか?』

 

(まさか、この機体の索敵より早いなんて――)TDには機甲体であるデザイアのセンサーを欺く強力なスティルス機能がある。しかし指揮官機である来栖機(ウインドⅠ)には()()に備えてそれをも探知する電子戦装備が組み込まれているのだ。エリアは半信半疑で言われた地点を走査、その情報を他の二機と共有させる。果たしてそこには――

 

『ビンゴ、だな』舌舐め擦りをするかのように榊は笑う。

 

 彼の髪と同じような、燃えるような真紅に塗られた風神(アイオロス)――ハミルトン機(ウインドⅢ)がこちらへと進撃していた。大型の高周波ブレードと巨大な盾を手にした、重装甲タイプ。さながら巨大な騎士だ。

 

(彼の実家は中世から続く軍人家系で、あの高名な騎士(ハミルトン卿)の子孫だって聞いたけど……)

 

 大仰な所作が厭味なく似合う彼の甘い風貌を思い起こし、訓練前の自己紹介でさりげなく騎士の礼をされた際の手の甲への感触を思い出して、今更ながらエリアは赤面する。

 

『あ、はは……ショーコ先輩、()()()満々ですねえ』

「でも悪く思わないであげてね、榊さん。ウィル君には全く他意はないから――」

 

『お前ら、うるさいよ……ウインドⅡ・榊祥子、突貫するぜ!』

 

 優奈たちの言葉を遮るように、榊は機体をウインドⅢの反応へ向けて前進させる。青いカラーリングを施された榊機は装甲を排除し、軽量化された機体の余剰ペイロードに強力な固定武装を装備した重砲戦タイプだ。本来なら前に出ての撃ち合いには適していない。

 

「来栖さん、祥子さんが――」慌てて優奈に指示を仰ぐエリア。

 

()()()()()いらないわ。それより彼……桂城くんに注意して。ウインドⅣは狙撃ポイントを確保、以後は適当にお願い――状況開始」

 

『ウインドⅣ、了解しましたぁ』舌足らずな声を残し、緑に塗装された鷲尾機が音もなく走り去ってゆく。こちらも軽装甲化した機体だが、固定武装を持たず、携帯する武装は格闘兵装を除けば物理・光学の狙撃銃二丁のみという、徹底した遠距離戦仕様となっている。スティルス性も高く、鷲尾のエフェクトも相まって、隊では偵察を担当する事も多い。

 

(彼……そう言えば、桂城さんは一体何処に?)榊機を追って加速した来栖機の後部席で、エリアはウインドⅤの反応を探った。志生の機体は第四世代型試作機の風神ではなく、国防軍新鋭機の第三世代型・雷神(ナルカミ)、現行量産機の第二世代型・月神(ツクヨミ)ですらない。

 

「かつて大戦でデザイアを押し返すのに貢献した第一世代型戦術人形(Original Tactical Doll)荒神(スサノオ)……その近代化改修機が()の機体。ウルスラグナ――」

 

 操縦士席から聞こえる優奈の呟き。それに秘められた煩瑣な感情と緊張。榊が言うには志生の機体は脅威にはならない筈だ。(来栖さんと桂城さんて、いったいどんな関係なんだろう……)ふと浮かぶ、そんな場違いな詮索。それを慌てて飲み込むと、エリアは黙って戦術スクリーンに目を走らせた――

 

 

 □□□Meanwhile in ~

 

「折角の訓練だというのに……まったくもって緊張感のない事だ」

 

 旧体育館前に駐車した戦闘指揮車の指令席。CR小隊指令・眞喜志(まきし)一之(かずゆき)は、仮想空間内の状況を映し出す幾多のモニターを凝視しながら忌々し気に吐き捨てた。

 軽口を叩き合い、隊長の命令を待たずに勝手な行動を取る。只のハイティーンの少女達であるのなら、それはよくある事で許されるかもしれない。だが彼女達は学生であると同時に国家を護る学徒兵であり、()()を受けた部隊の隊員でもあるのだ。

 

「そう言いつつ、実戦では()()が手放せない心配性なお兄さんなんだよねぇ、キミは」

 

 傍らに設置されたシステム調整用の機器を見守りながら、鷲尾博士は笑いを噛み殺す。

 

「そういう話は隊員の前では――」

「わかってるさ。冷徹な鉄面皮指令の看板に泥を塗るつもりはないよ」

 

 仏頂面で博士を睨む眞喜志。それに対して博士はお道化た様子で肩を竦めて応えた。

 

「それはともかく……予想以上だねえ、エリアちゃんは」

 

 そう言って眼鏡を押し上げ、博士は訓練開始から計測しているエリアの数値を眞喜志に示す。

 

「起動時、若干の不安定さは見受けられたものの、その後は素晴らしいの一言に尽きる。施術なしでの機体との一体化。火器管制だけでなく機体制御まで、ごく自然に操縦士の優奈君の負荷を軽減している。まるで彼女が機体の中枢知性体そのものになったかのように――」

 

「それが博士の開発された第四世代機のマンマシンインターフェイス、SSS(Sense Shift System)なのでは?」

 

 陶然とエリアのデータに見入る鷲尾博士に、眞喜志は怪訝な表情を浮かべる。

 感覚変換は戦後世代とも呼ばれるアフターデザイアなら誰もが持つ、フェリオンサーキットを用いて行われる。それは大戦時デザイアが侵攻の際に大気に散布した特殊粒子フェリオンが、新生児の神経系に定着して形成される情報回路だった。これを利用することで、小隊で試験している風神は、体内へのナノマシン投与と施術の必要な神経接続をする事のない操作系を確立しているのだ。

 

「来栖、榊、ハミルトン、鷲尾。各機のパイロットもこの程度の機体とのSSS同調率は示してます。実戦を別とすれば、水無瀬はこれ以上の。彼女には多少才能がある、というだけで特に驚くべき事では……」

 

 そこまで言いかけた眞喜志は、博士の切り替えたデータを見て驚愕する。エリアの同調率の高さは機体との間だけではなかった。操縦士である優奈の思考パターンをエリアのそれが正確になぞっている。物体が共鳴して同じ波長を放つ様に。ヒトの自我というモノが元来断固としたものである以上、これは異常ともいえる。一卵性双生児ですらここまでの一致は見られないだろう。

 

(これは狩野エリアのエフェクト……調和技能(アンサンブル)とでも言うべきか? 日本女性らしい黒髪故にその可能性を除外していたが、彼女もカラーズと考えるべきだろう……桂城の報告では、一時金髪になっていたというが――)

 

 表情を消す眞喜志。複座機パイロットは互いの相性が良い事が望ましい。現実問題として水無瀬が実戦に向かない体質である以上、不可解な点を抱えているとはいえ、彼女の存在はやはり奇貨と言えるだろう。無論、今後も警戒は必要だが。

 

「ま、これは想定外とはいえ、キミの計画である“虹”にとっては好都合なんだろ? カラーズの持つ特殊技能を反映させた、一騎当千のTD部隊。そんな子供じみたお伽噺(ファンタシー)を実現するためにはね」

 

 沈黙する眞喜志をチラと見た鷲尾博士は、指で眼鏡を押し上げると皮肉に笑った――

 

 

 □□□模擬戦闘訓練・Ⅱ

 

 草一つ見えない荒野が続く。先行する青い機体を追尾しつつ、優奈は後部座席から的確に送られる情報に目を走らせていた。

 初めこそ逐一指示を出していたものの、僅か数分でエリアは、優奈が思考するよりも早く管制官の仕事を処理出来るようになっていた。情報処理に長けた水無瀬でも、こちらの必要な情報を()()()()()()()()()()()()送って来るという点ではエリアには敵わないだろう。

 

(才能、か)優奈は微かに苦いものを感じ、そっとかぶりを振る。……持久走では期せずして彼女を試すようなことをしてしまった。特別な訓練など受けた事も無いという彼女が、榊や自分について来れるとは。そしてこの管制官としての能力。眞喜志や博士……いやそれ以上に特異な出来事の現場に常に居た志生は、エリアについて何か知っているのだろうか。

 

 エリアの年頃の少女らしい容姿。手入れの行き届いた黒髪。普通の女の子らしい彼女の示す、裏腹に明らかに優れた資質。自分にとって、何かを捨てなければ得られなかったモノ。(あたしも水無瀬君の事、笑えないわね)そう、優奈は自嘲する――

 

 接敵予測地点の岩塊が見えてきた。

 

「ウインドⅢ、ウインドⅡの有効射程圏内に入ります」エリアの緊迫した声が聴こえた。

 

「ウインドⅤは?」

「依然、不明」

 

『ウインドⅣ。ポイント確保しました。こちらでも志生先輩の気配、感じられないですね~』

 

 困惑気味の鷲尾の声が、通信越しに聞こえた。彼女が捕えられない位置にいる……? とはいえ鷲尾の鷹の目は、彼女も言っているように精度は高くない。当てにし過ぎるのは愚策だ。

 そして()()()を意識しすぎるのも――

 

「ウインドⅡ、攻撃開始。ウインドⅢを足止めして」

「対戦車クラスター弾の使用を推奨します。状況データ、転送」

 

 クラスター弾は前世紀に禁止された遺物と言える兵器だが、デザイア相手の戦争では最新の技術と共に復活し、相手の物量戦術に対する有効な攻撃手段となっていた。異文明との戦いという現実の前には、ヒト同士の人道的な建前は意味をなさない……

 

『文字通り足止めって奴だな。エリア、いい判断だぜ』

 

 知り合ったばかりだというのに名前でエリアの事を呼ぶ榊。それに対し「恐縮です。祥子さん」と少しぎこちなく応えるエリア。隊が結成されてそろそろ四カ月が経つ。これからは自分も皆の事を他人行儀に呼ぶのは止めにすべきかもしれない。御高く留まっている……もうそんな風に榊から呼ばれたくは無いから。

 

 やや前傾気味に重心を落としたウインドⅡが、背部コンテナの多目的ランチャーを展開。左右二基、八連装のロケット弾が発射され、目標点上空で拡散。広範囲に地雷の雨を降らせる。

 果たして突貫するウインドⅢの前方で爆発が起こり、次々と誘爆する地雷によって目標周辺は紅蓮の炎に包まれてゆく。仮想データというのに此処まで熱が伝わってくるかのようだ。

 

「――やった?」

『デザイア共じゃあるまいし、この程度で倒せる奴じゃないさ』

 

 ウインドⅡの火力に驚くエリアを他所に、榊は緊張を解くことなく次弾を装填する。

 

「狩野さん、直ぐに爆心上空をフォーカス。データをウインドⅣへ」

「――!? 了解です」

 

 優奈の意図を悟って、エリアは目標地点を走査、ウインドⅣの鷲尾へと情報を送る。そこにはアクロバットのような機体の動きで上空に身を躍らせるウインドⅢの姿があった。爆圧を利用して跳躍、被害を最小限に食い止めたのだ。装甲の重いウインドⅢとは思えない軽快な機体制御は、操縦士であるハミルトンの力量によるものだろう。

 だが、どんな手練れと言えども着地の瞬間は無防備となる。そして陸戦兵器であるTDには空中制動の能力は無い。僅かに動きを停めたウインドⅢを鷲尾が照準に捉えた。

 

『ウインドⅣ、任されましたぁ――』正確無比な一撃が、ウインドⅣの構える対物狙撃銃から放たれる。旋回する銃弾は地平線の彼方の標的に向けて一閃を描く。

 

 ――甲高い金属音が響いた。

 

『やれやれ、熱烈な歓迎ですね……僕は怪獣か何かですか?』

 

 高周波ブレードを抜いたウインドⅢが何事も無かったかのように悠然と佇んでいた。後部座席でエリアが息を呑む声が聴こえる。

 

『似た様なものだろ。この切り裂き魔……心眼はお前の能力(エフェクト)でもあるまいし、まさか鷲尾の狙撃を()()()()()()()()とはな……』

 

 呆れ果てた口調で榊がぼやく。後退しつつ肩部の榴弾砲を展開、砲撃を開始する。

 

『僕の剣は敵を屠る為の物。それを自衛の為に抜かせたのは称賛しますよ。見事な連携……大盾(リフレクス)で弾くには、あの一撃は深かった』

 

 それを難なく躱し、鷲尾の援護射撃を今度は大盾で弾きながら、ハミルトンのウインドⅢは優奈たちのウインドⅠに向けて一気に肉薄する。

 

(何の心算? さっきの突貫もそうだけど、ウィル君にしては直線的すぎる)

 

 疑念を脇に置いて武装セレクト。エリアの選択したシールドは却下し、それぞれの手にアサルトライフルと高周波ブレードを構える。彼の()()を前に護りは意味を持たない。

 

『てめえ、シカトかよ!』

『でもチャンス――』

 

 背を向ける形となったウインドⅢに榊と鷲尾の攻撃が集中した。左肩を撃ち抜かれ、大きな音を立てて地面に大盾が転がる。次いで脚部に損傷、移動速度低下――

 

「えっ――」突然エリアの戸惑った声が聴こえた。次の瞬間、ウインドⅣの反応がロストする。機体コンディション中破。一体何が起こったのか。(――そういうことか)優奈の思考にエリアの捉えた状況が重なる。

 

「祥子さん、危ない!」エリアが叫ぶ。次の瞬間、ウインドⅡの武装コンテナを銃弾が貫通した。誘爆するコンテナを間一髪で切り離す榊。重心変化と爆風により機体バランスを崩したウインドⅡは俯せに転倒。衝撃によりパイロット気絶の判定が表示される。

 

『やーん、そんなのアリなんですか?』

『桂城ぃ、やりやがったな――』

 

 戦闘不能となった二人の罵声が、会敵ポイントの岩塊の上に浴びせられた。微かに陽光を反射する銃口が見える。何者かが潜伏しているのだ。

 

『リタイア組は喋んなよ。どうだ、一瞬で僚機をやられた感想は?』

 

 隠蔽が解除され、漆黒の機体が姿を現す。機体の全高よりも長い銃身を持つ狙撃銃を手にした、桂城志生の乗機ウインドⅤ……小隊唯一の旧世代機、荒神改四(ウルスラグナ)

 

「専用装備のない機体で狙撃手役(スナイパー)をやるなんてね……」優奈は苦笑する。と同時に、志生ならその位は雑作も無い事なのだ……とも思う。

 

『鷲尾みたいな芸当は流石に無理だぜ? 不意を突けば俺でもやれるってだけの事さ』

 

 通信越しに笑う志生。センサーにウインドⅤの反応が漸く表示される。索敵を逃れる為にリアクターを停止して、バッテリー駆動で岩塊の頂上に潜伏していたのだろう。

 

「ウィル君を囮にして、敢えて鷲尾さんに撃たせて狙撃ポイントを特定したのね。ウインドⅢ、Ⅴの得意な近接戦闘時に脅威となるウインドⅣを真っ先に排除するために。そして小隊最大の火力を持ったウインドⅡを叩いた。確かに彼女の()()はウィル君にとって厄介だものね――」

 

『ええ、僕の持つ切断(セイバー)のエフェクトにとって、ショーコの障壁(イージス)のエフェクトは天敵といえます。あれとウインドⅡの火力の組み合わせは侮れませんから』

 

 地面に取り落とした大盾を拾いながらハミルトンが言った。転倒しているウインドⅡには、間近で武装コンテナの爆発に曝されたというのに殆ど損傷がない。意識している方位からの攻撃に対する絶対障壁……それが榊の持つエフェクトだった。その能力が、爆装し装甲も脆弱なウインドⅡの前線への突貫を可能としていたのだ。

 

「手強い相手を先に倒す……戦術の鉄則ね。でもそれって、あたしが与し易い相手って事?」

 

 務めて冷静に、優奈はハミルトンへ尋ねた。持ち前の負けん気が頭を擡げ、頬が紅潮する。だが同時に優奈は状況が圧倒的に不利であることも理解していた。先程までと立場は逆転している。狙撃手の支援を受けた前衛(アタッカー)と単機で戦わなければならない。

 

『そういう意味では……』ハミルトン機が肩を竦めてみせる。『他意はありません。この機会に、貴女との剣戟に興じてみたくなりましてね――』

 

『模擬戦の勝負はついただろ? 後はエキシビションマッチ……って訳だ』

 

 そう言って志生機は手にした狙撃銃を投げ捨てた。絶対の優位を捨てる意味。優奈の脳裏に疑問が浮かび、次いで言い知れない激情が溢れ出す。(志生、馬鹿にして――)

 

『待て桂城、勝手な事をするな……訓練は遊びではないんだぞ。来栖、お前が戦意喪失したならこの模擬戦は終了だ。待て、通信を切るな桂城、ハミルトン――』

 

 状況を見かねた眞喜志が通信で割り込むが、二人は聴く心算は無い様だ。優奈も通信をオフにする。明らかな命令違反。背後で困惑するエリアの気配があった。

 

「茶番に狩野さんが付き合う必要は無いわ。訓練から離脱(ログアウト)して」優奈は機長として命じる。

 

「――それは出来ません」しばしの逡巡の後、エリアはそう答えた。

 

「水無瀬さんの身体の事、鷲尾さんから聞きました。パイロットへの拘り。でも肝心な時に共に戦えない……彼は悔しかったと思います。きっと、今だって。正直言って、わたしはこういった争いは嫌いです。けど、彼の役割を引き継いだわたしが、出来る事から逃げるなんて……出来ません」

 

 気弱で儚げな印象を覆すような、はっきりとした口調。優奈はそんなエリアを()()()、水無瀬への態度を自省した。志生にも語った様に、水無瀬の体質を考慮した判断には誤りはない。だが役に立とうとする彼の気持ちに、隊長として……機長として真直ぐ向き合えていただろうか?

 

 フッと優奈の口許に笑みが浮かんだ。

 

「一之さん……眞喜志教官は怖いわよ。訓練後は懲罰を覚悟する事ね」

「え……?」

「あなたに後ろは任せるって事――」

「――は、はいっ!」

 

 岩塊から跳躍したウインドⅤが優奈たちの前に軽やかに着地する。漆黒の装甲に鎧われた荒神。それは優奈の父が戦場で駆った愛機と同型の機体だった。大幅なアップデートを受けているとはいえ、最新鋭の試作機である洗練された風神と比べれば、如何にも古色蒼然とした感は否めない。

 

『お前にしちゃ、いい判断じゃないか――』志生からの通信。何処となく嬉し気な響き。

 

「隊の問題児たちにお灸を据えてやらなきゃって思っただけよ。その為には彼女の助けが要る」

 

 澄まし声で返す優奈。

 

『問題児たちって……えっ、まさか僕も?』困惑気味のハミルトンの声が聴こえる。

 

(まさか気付いてなかったの?)

 

 呆れる優奈。後部座席でエリアがクスクスと笑っている。志生も苦笑しているようだった。

 

『まずはハミルトンと戦ってみろよ、優奈。それに勝てたなら俺の番だ。連戦になるが、相手は手負いと旧型機……お前が目指すモノの前には低い壁だろ?』

 

 機体を後退させると、挑発するかのように志生は言った。

 

『シオには悪いですが、負ける気はないですよ。譬え貴女が英雄(セイシロー)の娘でも』

 

 ハミルトンの真紅の機体が剣と盾を構える。宛ら決闘に挑む中世の騎士の様に。

 

「上等ね――」優奈は不敵に笑う。

 

 風神改(アイオロスカスタム)のリアクター出力が上昇して行く。仄かに輝く桜色の装甲。指揮官機の持つ高度な情報処理能力が戦場の環境を解析し、エリアが機体駆動を最適化させる。コツを呑み込んだのか、ウインドⅠの稼働効率は、訓練開始時より二〇%の向上を見せている。

 

「ねえ、狩野さん。あなたの事、エリアって呼んでいいかしら?」

 

 我ながら唐突に過ぎる。彼女とまともに話したのは今日が初めてだというのに。……そう思いつつも優奈は後部座席で奮闘する少女に、彼女だけに聞こえる小声で尋ねた。果たしてキョトンとするエリアだが、

 

「嬉しいです。わたしも優奈さんって呼んでも?」はにかみながら、そう答える。

 

「――勿論よ」

 

 そう言いながら、優奈は照れを隠すかのように風神改の思考アクセルを踏み込んだ。機体は一気にダッシュして、真紅の機体へと肉薄する。(なんだ、こんなにも簡単な事なのね――)それが何なのかは、優奈にもわからない。ただ、漠然と、今はそう思う。

 

 戦闘開始(Duel Start)。地響きと共に、桜色の花神は、真紅の騎士と激突した――――

 

 

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