TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 6 起動~Code Rainbow Vol.Ⅲ

 

 □□□機械仕掛けの騎士

 

 謎の機体の出現。

 それと共に表示されたログを、“風神”(アイオロス)改の管制官、狩野(かのう)エリアは呆然と見詰めていた。

 

「スレイマン卿……機械仕掛けの騎士? どういうことなの……」

 

 それは記憶の中にある単語だった。友達の羽澄ちゃんが夢中になっていたオンラインゲーム。そのタイトルと登場人物の名だ。薦められて触りだけプレイした自分も見た事がある、滅びゆく王国の最後の姫君――エレアノーラを護るただ一人の守護騎士――シオン=スレイマン。

 

(あのお姫様に、()()()は似ていた。そして――)これは個人的な思い込みに過ぎない。今まで思いもしなかったことだ。けれど騎士シオンと、()()()()()()()あの少年は何処と無く似ている。そしてあの子とわたしは、彼女も言っていたけれど鏡移しだ。……そこまで思いを巡らせてエリアは頬が紅潮するのを意識する。

 

(それってつまり、桂城さんと、わたしが? そんなの、有り得ないから……)慌てて場違いな妄想を頭から追い出す。所詮はゲーム中の他人の空似。それだからといって現実(リアル)とは無関係だ。

 

「エリア、どうかしたの?」

「な、なんでも……!」

 

 突然かぶりを振るエリアを怪訝に思ったのか、前席に座る機長の来栖(くるす)優奈(ゆな)の心配そうな声が聞こえた。エリアの胸に気マズさが過ぎる。うん。それは有り得ないし、有ったら駄目な奴だ。

 

『要するに、アイツを倒してしまえばいいんだろ? この模擬戦を終わらせるには』

 

 モニターに映る漆黒の機体から通信が入る。荒神改四(ウルスラグナ)の操縦手、桂城(かつらぎ)志生(しお)

 

「簡単に言ってくれちゃって。頭部大破(センサー無し)してまともに戦えるの?」

『誰の所為だよ……』

 

 事も無げに言う志生に皮肉を飛ばす優奈。憮然とする志生。

 

(優奈さんも悪いといえば悪いけど、あれって桂城さんの自業自得だよね……)そうエリアは心の中で呟きつつ、その距離の近さを羨ましくも思う。こんな状況だというのに二人には緊張の欠片も感じられない。

 

『あー、狩野さん。その二人の痴話喧嘩止めてくれる?』

 

 専用回線から前任管制官の水無瀬(みなせ)内匠(たくみ)の声が聞こえた。惚けた口調だが、何処となく緊張した響き。仮想空間とはいえ、ログアウトできない状態のまま、未知のミッションが()()()始まっているのだ。微動だにせずこちらを威圧する白い機械仕掛けの騎士――

 

「優奈さん、桂城さん、今はそんな場合じゃ……」おずおずと制止するエリアだが、

 

(遅いわよ、それじゃ――)思考の中で誰かが囁く。急速に意識に霧がかかってゆく。

 

「自分でやりなさい、水無瀬内匠。どうせ他の機体にも、これと同様の回線を組み込んでいるんでしょ? だったら貴方が指示を出すべきよ――」

 

 凛々しく響く、人を動かす事に慣れた声音。(え、えっ……)朦朧とした意識の中、エリアは自分の声帯が自分ではない言葉を発するのを聴く。それは――

 

 

「狩野さん? ……いや、この声は――」ヘッドセットから突然聞こえた“声”に、水無瀬は呆然とした。それは、先刻教室でボクに話しかけてきた金髪の少女の声。機械仕掛けの騎士(Machinery Knights)のメインヒロイン、エレアノーラ姫に酷似した容姿の、あの少女の声だ。

 

()()()()()()()……でしょ、内匠?』

 

 馴れ馴れしく名前で呼ばれても不思議と不快感は無かった。命じる事に慣れた、それでいて心地よい声。それは水無瀬の自意識過剰なプライオリティを上書きする圧倒的な強制力で、彼に各機との通信環境を構築させてゆく。

 

「分かってるさ。けど、ボクは――」

 

「水無瀬、貴様は誰と話している?」我に返った小隊指令、眞喜志(まきし)一之(かずゆき)が怪訝そうに水無瀬を睨んで尋ねた。少女の声はボクにしか届いていないのか。けれど今それを説明しても面倒なだけだろう。無視して各機との回線をオープン。

 

「みんな、聞いてくれ――」重い口を開く水無瀬。

 

『タク!?』

『水無瀬か? てめぇ、今まで何処に――』

 

『水無瀬君――』

『吹っ切れたようだな、待ってたぜ』

 

『真打登場という訳ですか。それでは作戦を――』

 

 ――次々と送られる仲間からの通信。(皆……ミユ、さっきはゴメン)HRでの醜態と保健室での一件を思い出し、水無瀬はあまりの面映ゆさに俯いた。

 

『ほら、取り越し苦労だったでしょ?』揶揄うように少女は言う。

 

「キミは何様だよ……」辛うじての反骨心で、水無瀬はポツリと呟く。

 

「水無瀬、状況を説明しろ――」なお問詰ようと眞喜志は水無瀬の肩を掴む。それを技術顧問である鷲尾(わしお)博士が制止する。「内匠くん、後で説明してもらうよ?」そう言って博士は新規開発されたSSS対応型指揮用ヘッドセットを水無瀬へ手渡した。

 

()()()()()()()()()()、用意しておいたんだ」その台詞はボクよりハマってる。悔しい事に。

 

 水無瀬用に開発されたそれを装着すると、網膜に戦闘状況が投影されてゆく。正にボスキャラとして悠然と立ちはだかる白い戦術人形――荒神弐式。その開発中の推定スペックを参照、小隊の残存戦力と比較する。脳内に戦術パターンを構築開始。各機に伝達する。

 

(これで、いいの?)水無瀬は心の中で少女に尋ねる。果たしてあの時と同様、梨の飛礫(つぶて)だ。

 

(言いたい事だけ言って……ホント我儘な子だよ。可愛かったけど――)

 

 

 ()()()荒神改四(ウインドⅤ)が機械の槍を手に突貫する。荒神弐式の巨大な光学砲がまばゆい光を放ち、光輝が黒い機体を薙ぎ払う。それを獣じみたステップワークで回避したウインドⅤはチャージの隙をついて荒神改弐に肉薄、刺突攻撃を仕掛ける。それを上体を捻りつつ躱し、光学砲を鈍器代わりに横薙ぎに振るう荒神弐式。意表をつかれたウインドⅤは後方に跳んで距離を取る――

 

「志生、考え無しで突っ込み過ぎよ……」ウインドⅤから譲り受けたアサルトライフルで支援射撃をしながら、優奈は苛立たし気に呟いた。優奈の機体――風神改(ウインドⅠ)はハミルトンとの戦いで武装を使い尽した上に隻腕となり、ほぼ戦力外の状態だ。おまけに切り札(エフェクト)も切ってしまった。

 

『仕方ないだろ。元気な奴が頑張らないとな……ハミルトンはまだ時間がかかるんだろ?』

 

 志生からの通信。その声は何処か楽しそうだった。

 

『うん。現在この仮想訓練空間は応急的にDDOのルールで動くように書き換えてある。改竄内容によってプログラムが破綻しない範囲ではこれが限界だったんだ。ゲーム内では破壊された機体のリポップは五分後になる。だから、なんとか二人で凌いでくれないとね』

 

 水を得た魚の様に水無瀬は得々と説明する。

 

「ごめんね、ウィル君」

『お気になさらずに、ユナ。僕が未熟だった故、ですね。本来なら――』

 

『……って優奈。それを謝るなら、俺の機体(ウルスラグナ)の頭を吹き飛ばした事も謝れよな?』

「フン、自業自得でしょ……大体アンタが――」

『仮想空間だからって、後先考えずに武器を投げつけるか、普通? まさか、そんなに俺の事が心配だったとか……いやぁ、お義兄さん、照れちゃうなぁ――』

 

 白い機体の光学砲を封じるために近接戦闘を続けながら軽口を叩く志生。レーザーに強い耐性のある光学装甲(フェリオンスキン)を有するタクティカルドールだが、あの高出力の直撃には耐えられないだろう。加えて水無瀬の送ってきた荒神弐式のデータから、そのスペックは量産を前提とした第四世代機である風神より高いことが伺える。そんな機体を第一世代機である荒神で相手に出来る志生……

 

(どうしてアイツはあたしの欲しいモノをすべて持っているの?)優奈は胸の奥に封じた羨望が掻き立てられるのを感じていた。あたしはお父さんのように――再度心を侵す仄暗い感情。

 

「いつだって貴女は()()なのね……」

 

 その時。それに冷水を浴びせるかのような涼やかな声が聞こえた。

 

「貴女のその想いは呪い。それが何時か、()()()を苦しめる――」

 

 それが誰の声なのか優奈には分かっていた。しかし、それが誰の言葉なのか、優奈には分からなかった。後部シートに座る、優しく儚げな印象の黒髪の少女(エリア)の声。けれど今、それには彼女らしからぬ悲壮な意志が感じられた。……呪い? ……あの人?

 

「……エリア?」

「…………」

 

 怪訝に尋ねてみるが返事は無い。当然だろう。今、エリアは指揮官機の管制システムにリンクして、水無瀬からの情報をダイレクトに各機へ伝達している。システムによってAIと一体化している彼女が外部に意志を向ける事は不可能だ。刻一刻と送られてくる戦況データ。頭部を失ったウインドⅤがあれだけの機動が行えるのはその助けによるところも大きい。しかし――

 

「え……?」ふと振り返った優奈の通常視界に、後部座席から漏れる仄かな輝きが映った。

 

 淡い緑の粒子がゆったりと渦巻く中、揺蕩(たゆた)う長い髪が見えた。それは夜の闇を思わせる濡れ羽色ではなく、陽の光のように輝く蜂蜜色の髪。あの日、初めて見た()()と同じ姿がそこにあった。

 

(ひょっとしてこの事態はあの時と同じ?)そんな思考が過ぎった時、

 

『しまった――』悔し気な志生の声が聞こえた。

 

 荒神弐式の光学砲をウインドⅤの対装甲槍(アーマーブレイカー)が捕え、破壊した刹那、白い機体が腰から引き抜いた筒状の機器から眩い光が迸った。

 

「ウインドⅤ、左腕損傷――」リンクの影響か、エリアの声が冷徹に響く。僚機被弾のアラート。

 

 鈍い音を立て、ウインドⅤの左手首が地面に落下した。焼き切られた様な切断面。荒神弐式の手にした筒――柄から輝く刀身が伸びていた。光の剣――それは子供の頃、志生が見ていたアニメのロボットが持っていたような武器。エリアが水無瀬の解析したデータを送ってくる。先程の台詞など無かったかのように。

 

『あれは鷹月で開発中の光粒子溶断機(ムラクモ)……実体固定したフェリオン粒子を用いた格闘兵装だね。光の刀身の持つ熱によって相手を溶断する兵装だから、こちらの光学装甲は意味を持たない。大出力の光学砲と同じで避けるしかないよ――』

 

 まだ実用化の目途が立っていない兵装だけどね……水無瀬はそう言って解説を締めくくると、

 

『兎も角、作戦を続行しよう。ウインドⅠ、Ⅴは敵機の誘導を開始して』

「了解、敵機の行動を予測。ルート設定――」

 

 水無瀬の提示した数多のパターンからエリアが算出した最適のルートが優奈の網膜に映し出される。それに従って機体を移動させる。適度に射撃を加え、再び移動。時折、ウインドⅤが躍りかかるが、隻腕では両手用の武器を巧く扱えず、子供の様にあしらわれてしまう。

 

「無茶はしないでよ?」

『分かってるさ。それより奴を張り付かせるなよ。風神改のデータリンクが無けりゃ水無瀬の策は無駄になっちまう』

 

 ――目前に誘爆によって転倒したウインドⅡの姿が迫る。

 

 志生は槍を大振りにして荒神弐式の足を払う。軽く跳躍してそれを躱し、上段からウインドⅤを袈裟懸けに切り下ろす荒神弐式。仰け反るようにしてそれを避けるウインドⅤだが肩から胸部を切り裂かれる。リアクター破損、大破判定――

 

「志生!」叫びつつ、優奈はアサルトライフルを斉射する。軽々とそれを回避する荒神弐式。元々有効弾は期待していないから――飛び退いた敵の方向を見て優奈はくすっと笑う。

 

「カウント、ゼロ。ウインドⅢ、リペアタイム終了。転送されます――」無機的なエリアの声。

 

『優奈、よくやった。来い、ハミルトン――!!』擱座した機体から志生が叫ぶ。

 

 荒神弐式の背後に顕れた空間の揺らぎ。ゲームらしい演出の転移門(ゲート)。そこから出現するウィルヘイム・ハミルトンの機体――真紅の装甲に鎧われた巨大な騎士――ウインドⅢ。

 しかしそれを予期していたかの如き動きで、白い騎士はウインドⅢが実体化するや否や光の剣を横薙ぎに振るう。――激しい閃光。それが収まった時、あらゆる物を溶断する光の剣は真紅の騎士の構えた大盾によって()()()()られていた。

 

『甘いぜ、チート野郎――』傍らでウインドⅡの傷ついた機体が、軋む音と共に身を起こす。その操縦士、(さかき)翔子(しょうこ)の不敵な声。ウインドⅢの大盾を覆う燐光の薄膜。

 

『流石は障壁(シールド)()()()()()。頼りになります。やはり僕達は良いコンビですよね、ショーコ?』

『そ、そうか? ってお世辞は良いから、さっさと奴に止めを刺せ――』

 

 しれっと放たれたハミルトンの台詞に、殊更つっけんどんに憤る榊。

 

『そうしたいのは山々でしたが……ね?』ハミルトンが芝居がかった口調でそう呟いた瞬間――

 

 鈍い金属音。次いで遠方から響く銃声。

 

 胸部を対TD徹甲弾で貫かれ、ぐらりと姿勢を崩した荒神弐式。それと同時に機体に激しいノイズが走る。チリチリと歪み、次第に単純化されたオブジェクトへと変化し、少し安っぽい弾ける様なエフェクトとなって()()()()()()()()は消えてゆく。

 

『もう、ラブコメのオマケでわたしの見せ場まで取らないでくださいよね、ウィル先輩~』

 

 遠方の高台で何かがきらりと光る。戦術人形用の狙撃銃の銃口……中破した機体で辛うじて射撃姿勢を取ったウインドⅣから、鷲尾(わしお)魅悠宇(みゆう)のおっとりとした通信が入った。

 

 

 □□Operation Name_Machinery Knights

 □□Tactical Objectives_Defeat Lord Sulaymān with Platoon“CR”

 □□End of operation

 □□Honor one's good fight

 □□I'm looking forward to seeing you again.⏎

 

 

(結局、皆任せか――)ログアウト処理の終わった風神改のコックピットで、優奈はふう、と溜息を吐く。結局の所、一人で出来る事など多可が知れている。皆が役割を果たしたからこそ、この事態に対処できたのだ。囮役をこなした志生、そして残された戦力を最大限活用し勝機を齎した水無瀬。連携で敵を抑え込んだ榊とハミルトン。正鵠を射る狙撃を果たした鷲尾。そして各機のデータリンクを担当したエリア……

 

「……って、エリア?」先刻の光景を思い出し、慌てて後部座席を顧みる優奈。

 

 ……返事は無い。輝く緑色の粒子(フェリオン)も流れる様な蜂蜜色の髪も、そこには無かった。微かに聴こえる呼吸。優奈の瞳に映るのは、疲れ果て弛緩した身体をシートに預ける、儚げな黒髪の少女の姿があるだけだった――

 

 

 □□□Afterward……

 

『すまねえな。連中には、そう伝えといてくれ。……後、勝手に俺のツケにするなよ?』

 

 携帯端末から聞こえる志生のぶっきら棒な声。「分かってるわよ。それじゃ――」通信を切りながら優奈は微かな溜息を吐く。鷲尾の提案によるささやかな歓迎会。指令達との話で少し遅れるという事だったのだが――

 

「うーん、志生先輩も、エリアさんも来れそうにないですかぁ」傍らの席に座り聞き耳を立てていた鷲尾は可愛らしく膨れると、残念そうに呟いた。

 

 小奇麗に整えられた心地よい空間に、シンプルだが品の良いテーブルと椅子が並ぶ店内。ここは“楽園”(エリュシオン)という優奈たちCR小隊のメンバー行きつけの喫茶店で、志生の()()()()が店長を務めている。志生の下宿先でもあり、彼は時折此処でアルバイトをしていた。そして――

 

あの子(エリア)の下宿先も此処とはね)優奈は再び零れた溜息を振り払う様にかぶりを振る。護衛の都合上、合理的なのは分かる。楽園の店長は父の旧知でもあり、()()()()()()人物だ。問題は、無い。

 

「しっかし主役不在の歓迎会になっちまったな……眞喜志の野郎も少しは気を利かせろってんだ」旺盛にランチセットを咀嚼しながら榊がぼやく。

 

「仕方ないですよ、ショーコ。()()()()は、流石に捨て置けませんからね。それより――」そう宥めながら榊の頬についたソースを自然な所作でハンカチで拭うハミルトン。

 

「おい、馬鹿。やめろって」

「何か問題でも?」

 

 真顔で問うハミルトンを前に榊の表情が目まぐるしく変わる。

 

「もう、エリアさんの歓迎会だってのに先輩たち見せ付け過ぎですよぉ。そうだ……こうなったらタク、わたしたちも――!!」そう言って力強く水無瀬に同意を求める鷲尾だが、

 

「なぁ、ミユ。これってボクの戦術管制官(Tactical Operator)への就任祝いじゃなかったの?」鷲尾の視線をさらりと無視して、心外そうに尋ねる水無瀬。店内に白っとした空気が流れる。

 

「なんだよ皆。ボク、何か変な事言った?」

 

「あのな、散々駄々こねたお前の祝いなんて誰がやるかっての……」キョトンとする水無瀬に、皆を代表して呆れた様に榊が答えた。

 

 憮然とする水無瀬。拗ねる鷲尾。追加のオーダーをする榊。皆をにこやかに見守るハミルトン。

 

(なんだかなあ……)ボンヤリとコーヒーをかき混ぜながら、優奈は仲間たちの喧騒を眺める。視線の先にある二つの空席。

 

「あら、優奈ちゃん。何だか元気ないわね?」

「別にそんなこと――」

 

 追加の品を片手に、逞しいスキンヘッドの男性が話しかけてきた。楽園の店長……本名は志生も知らないらしい。厳つい容貌に似付かわしくない独特の口調……所謂オネエなのだが、父の知人である事もあって優奈は慣れている。店長は思案気に指を口許にあてると、

 

「フムン……もしかして優奈ちゃんてば、志生ちゃんが居なくて寂しいんじゃない?」

 

「どうして、あたしが……!」微かに上擦った声音に優奈は臍を噛む。

 

「無理しなくってもいいのよ? 志生ちゃんも男の子だしね。確かにエリアちゃんは可愛いから、心配になるのもわかるわ……」

 

 慌てて否定する優奈を遮って、店長は遠くを見るような表情で呟く。

 

「でも大丈夫。()()()はああ見えて一途だから。私にはわかるの……志生ちゃんは出会った時から優奈ちゃん一筋だってね」

 

(そうかしら? アイツには恩人の娘……義妹としか思われていない気がするんだけど――)憮然とそう思いながら、優奈は手にしたカップに口を付ける。

 

「…………」手慰みに砂糖を入れ過ぎたコーヒーは、胸焼けがするほど甘かった――

 

 

『分かってるわよ。それじゃ――』どこか侘しく響く優奈の声が端末から消える。

 

 志生は苛立たし気に頭を掻くと端末をポケットに収め、夕闇に包まれつつある橘花の古めかしい校舎を見やった。部活動の代わりに行われている課外の軍事教練も終わり、殆どの生徒が家路を急ぐ。時折恐ろし気に志生の巨躯を見上げる生徒もいるが、志生は気にも留めなかった。

 

(これでも餓鬼の頃はチビだったんだがな――)そんな愚にも付かない追憶を想起しながら、志生は夏の遅い夕暮れ時の空を見上げる。乾いた道。空腹感。揺れる長い黒髪――それに続く、焼き焦がす様な黒い増悪と嘔吐感。志生はかぶりを振ると、口許に癖となった皮肉を張りつかせる。

 

「それは兎も角、面倒な事に巻き込みやがって……御隠居め」

 

 引き受けた依頼と同時に知らされた()()。眞喜志と鷲尾博士は知っていたようだが……。そこまで考えて志生は苦笑する。一介の()()である俺の領分は要請(オーダー)を果たすことだ。分を超えた心配など必要ないだろう。

 

(今の内に()()校門(ここ)まで運んでおくか……)自分たちの教室である1年1組に明かりが灯っているのを確認した上で、志生は学校傍の駐輪場へと向かおうとした。と、その時――

 

『お優しい事だな――』背後から聞き覚えのある声が聞こえた。あの時よりは流暢な語り。あの時とは違う焼け付くような圧迫感に、志生はチラと後方を盗み見る。

 

「アンタは……」見覚えのある“戦士”の姿。切っ先鋭い古風な西洋剣が志生の首筋に突き付けられていた。二の句も告げられず立ち尽くす志生に、興が削がれたとばかりに剣を降ろす“戦士”。

 

『掴めぬ希望なら、初めから与えない方が良い。未熟な貴様が救えるのは一つだけだ』

 

 抑揚のない声音で告げる“戦士”。(何を言ってやがる?)志生は振り返りざまに距離を取り、隠し持った拳銃を引き抜く。銃声が三発。しかし“戦士”の姿は霞の様に掻き消える。次の瞬間、鋭い金属音と共に志生の手から弾き飛ばされる拳銃。続いて腹部に鈍痛。“戦士”に蹴り飛ばされ、志生はしたたかに地面に叩き付けられる。

 

『無様だな、桂城志生……』剣の切っ先を志生の喉に突き付け、嘲る“戦士”。

 

「用がある相手にこれかよ。今度は何が目的だ。俺を殺す心算なら最初にやれた筈だろ?」

 

 精一杯の虚勢。忘れかけていた、恐怖という感覚。それを振り払って、志生は“戦士”のバイザーの奥を睨みつけた。それを見て“戦士”のバイザーが瞬く。まるで笑ったかのように。

 

『最初の狙撃。何故、あの娘の僚機に止めを刺さなかった? 布石であったのであろう。赤き騎士にあの娘が勝てぬ時は、貴様は赤き騎士の敵に回り、皆の敵役をする心算だった。その際、あの娘が仲間の力を借りたのなら勝てるように。あれはその為の布石――』

 

 仮想訓練の事か? ……それなら図星だ。訓練の仕様なら撃破からの復帰は無い。だから辛うじて戦力となるよう手加減をした。よく見ている……()()()()()()。志生は苦笑した。

 

「結局、()()()()アンタが俺の換わりをしたって事か……だがルールを水無瀬が書き換えなければ優奈たちに勝ち目は無かった。何故あんな事をする?」

 

 志生の問いに、機械の“戦士”は一拍の沈黙ののち、

 

『貴様も分かっているのだろう、桂城志生。あの娘(優奈)“英雄“(ウルスラグナ)には成れない――』

 

 そう言い捨て、“戦士”は剣を収めると踵を返す。その前方にはデザイアが用いるのと同じ青白い転移ゲートが顕現していた。その中へ歩み去る"戦士"。

 

『身に余る()()は身を亡ぼす。望んだものであれ、与えられたものであれ、それは必ず……』

 

 ゲートが発動する眩い光の中、“戦士”の煢然(けいぜん)たる呟きが志生の耳朶を打っていた――――

 

 

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