TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 7 その日、わたしは。 

 

 □□□私を信じて

 

「つまり、皆さんは今回の件でわたしを疑っているという事ですね?」

 

 生徒を帰宅させた教室で、二人の大人の視線を受けながらエリアは寂しげに呟いた。疑われる理由は、自分でも十二分に分かっている。暴走した仮想訓練。意識を失っていたわたし。そして自分の中にいる“()()()()()”の存在。そもそも狩野エリアという少女は()()()に死んでいる筈なのだ。

 

(仕方ないよね。わたしは帰還者(リターナー)なんだもの……)

 

「単刀直入に言えば、そういう事になる。実際、君の周りでは不可解なことが起こり過ぎだ。それこそ()()()()に露見すれば憲兵隊によって確実に更生施設(収容所)に送られるレベルでね」

 

 眞喜志が冷徹に言った。憲兵もかくやな能面のような無表情。神聖同盟とはデザイアの殲滅を目的とする政治団体で、その対象にはカラーズやリターナーなど、()()()()()()()()()()()()()()も含まれていた。更生施設に送られ無事だった者は居ない。エリアは肌が泡立つのを感じる。

 

「眞喜志君、悪い癖だよ」怯えるエリアを気遣って眞喜志を一瞥する鷲尾博士。

 

「僕たちはキミの知っている事を聴きたいんだ。どんな事でもいい。デザイアの情報を得たい、というのは勿論あるけれど、キミのことが解らなければキミを守る事も出来ないからね。僕も眞喜志君も、キミを神聖同盟の好きにさせる心算はない。だから正直に話して欲しい……」

 

 メタルフレームの奥の眼差しが真摯にエリアを見詰めていた。傍らに立つ眞喜志の表情も、心なしか和らいでいる。

 

「君の言う“金髪の少女”の件だが……実の所、隊の何人かが遭遇している。水無瀬は此処で話しかけられたことがあり、訓練が暴走した際には会話のログが残されていた。桂城と来栖は君が入院していた病院で……来栖は訓練中にも君の髪が金色に変貌したのを目撃している――」

「“金髪の少女”について、内匠くんから彼女はキミとは明らかに異なる性格――人格って聞いている。旧市街での惨劇から、キミは解離性同一性障害を発症している可能性もある……とは言え、それではキミの髪が金髪に変わる説明にはならないけどね」

 

(今のわたしには、この人たちしか頼れる人は居ないんだわ……)エリアは深く溜息を吐く。

 

「分かりました。荒唐無稽な妄想、と思われるかと思いますが――」

 

 意を決し、正面から二人を見据える。そしてエリアは、旧市街の地下で出会った少女と機械仕掛けの騎士の事を二人に語り始めた――

 

 

 尋問というには穏やかな場での報告を終え、昇降口を出た時には初夏の太陽もとうに沈んでいた。薄暮の中、エリアは俯きながら校門へ向けて歩く。涼風が濡れ羽色の髪を靡かせた。

 

 ――この件は私たちの胸に収めておく。

 

 眞喜志と博士はそう言って、エリアに退室を促した。エリアの話を聴いた二人は驚きはしたが、否定も一笑に伏す様な事もしなかった。少なくともわたしを狂人扱いはしなかった。物語世界(ファンタシー)の登場人物のような少女と騎士。両親だって、こんな話をしたらわたしを幼い子供扱いしただろう。

 

(あなたは一体何者なの?)あの時、自分の中に入って来た“金髪の少女”。機械仕掛けの騎士の登場人物、エレアノーラ姫に酷似した彼女にエリアは心の中で尋ねるが、応える声は無かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()――あの時に成された“契約”の言葉。

 

「ほんと、勝手なんだから……」ポツリと呟き、校門の方を見やると、

 

「お、面倒事は終わったみたいだな?」欠伸を噛み殺したかのような眠そうな声が聞こえた。

 

 門の陰からのっそりと大きな影が姿を現す。短く刈り揃えた黒い髪と、合衆国の映画のヒーローの如き逞しい体躯。荒神改四(ウインドⅤ)の操縦士、桂城志生がひょいと片手を上げて近付いて来る。

 

「桂城さん、どうして此処に……」キョトンとエリアは志生を見詰めた。

 

「どうしても何も、忘れたのか? 俺はアンタの護衛なんだよ」呆れた様に肩を竦める志生。

 

(そう言えば、そうだったよね……)エリアは思わず苦笑する。色々な事があり過ぎて、共に登校した事すら忘れていたのだ。

 

「まあ、今は別の用件もあるけどな――」そう言って志生はエリアについて来るように促す。校門の傍らのバス停近くに大型のバイクが停められていた。合衆国製という事くらいしかエリアには分からないが、学生の身分で乗るモノではなさそうだ。志生はそれに慣れた様子で跨るとエリアにヘルメットを差し出す。

 

(乗れって事?)頬が熱くなるのを感じ、エリアは躊躇する。男の人と二人乗りなんて――

 

「大丈夫だ。免許はちゃんと持ってるから」志生の的外れな弁解。

 

(こういう人だもんね……優奈さんの気持ちが分かるような気がする)エリアは深く溜息を吐く。橘花(きつか)の短いスカートに苦労しつつ志生の後ろに乗ると、

 

「飛ばすから、しっかり掴まってろよ――」吸気音。次いでフェリオンリアクターの駆動する音が響き、志生はバイクを急発進させる。

 

「ちょ、ちょっと……」慌てて志生にしがみ付くエリア。二度命を救ってくれた、逞しくて広い男性の背中。トクン、とエリアの胸が高鳴った。

 

(そう言えば、まだ助けてくれた時の事、きちんとお礼を言えてないな……)

 

 行き交う車の間を巧みに縫いながら、志生の操るバイクは加速する。風に流されて長く靡く、エリアの漆黒の髪。遠ざかってゆく街灯の輝き。

 

「あ、あの……」高まる鼓動を押さえつつ、意を決してエリアが口を開いた時、

 

「口を閉じてろ。舌を噛むぞ――」志生の感情を殺した声が聞こえた。彼の背中から緊張が伝わって来る。うなじが逆立つような感覚。「“機関”か? いや、禿鷹共か。鼻の良い連中だぜ」

 

 そう言うと志生はアクセルを全開にする。後方への強力なG。チラリと振り返る。後方から猛スピードで追ってくる車があった。右前方に狭い路地。アクセルターン。路地に突っ込む。悲鳴を上げ無我夢中で志生の背中にしがみ付くエリア――

 

「あの人たちはいったい……」息も絶え絶えにエリアは志生の背に顔を埋める。志生の駆るバイクは路地を抜け、別の幹線道路に出るや再び疾走を開始した。疎らになってゆく建物。鷹月市街を抜け、闇の深まった郊外をひた走る二人のバイク。

 

「アンタに会いたいって()()()が居てな。奴らはそうされると困る連中……の手先って訳だ。プロの仕事ではないな。事前にアンタを誘拐して何かを言い含めようとしたかったんだろうが、用意した駒が少なすぎる」

 

 追跡者が居なくなったことを確認して、いつもの軽い口調に戻った志生が言った。

 

「御隠居?」

「俺の身元引受人の喰えない爺さんさ。橘花の理事長で、俺達の小隊(Code Rainbow)出資者(パトロン)の一人でもある」

 

 エリアは戸惑った。そんな立派な人物が、何の用があるというのだろうか?

 

(そうだよ。どうしてわたしなんかに――)エリアは唇を噛み締める。地下街の惨劇。いや故郷がデザイアに壊滅させられたあの日に、わたしの日常は崩壊した。両親も、友達も喪失(なく)して……そしてわたしは普通ではなくなってしまった。私の中にある異なる存在(金髪の少女)――

 

「アンタの悩み……自分が分からない……そんな所か?」

 

 風を切る音の中で志生は呟く。それに答えられず、エリアはしがみ付く腕に力を込めた。

 

「……俺が()()の少年兵だった……ってのは優奈……隊の連中から聞いてたか? 俺の所属していた餓鬼共の部隊(アプサラス)……そこで俺は、大人たちが語る教団の求める救済の光(ルミナスソサエティの大義)って奴の為に何人もの人を殺してきたよ。何の疑いも無く……それが俺達の()()()()だった」

 

 彼は何を話し始める心算なんだろう? 口を挟むにはその話は重すぎる。エリアは沈黙を以って志生に続きを促した。

 

「だけど()()()が狂った日常から俺を救ってくれた。……とはいえ一時はその人を恨んだよ。思考を他人に預けていれば楽だったからな。洗脳、強制、生きる為……どんな言い訳があったとしても教団での所業は実際に自分(てめえ)のやった事だ。突き付けられた過去(現実)を前にして、俺は正気では居られなかった。そんな俺に、その人は言ったんだ……」

 

 ――()()()()()()()()。過去がどうであれ、キミという()()は、今此処に居るキミでしかない。

 

 そこまで一息に語って志生は微かに笑った。「らしくないな」とボヤキながら。

 

「まあ、なんだ。()()で居たいアンタにとっちゃ色々大変だろうが、アンタはアンタって事だ。不安な時ほど、自分自身を信じて見たらどうだ?」

 

 軽薄とも取れる口調。志生は話を終えると押黙って運転に専念する。あまり饒舌な印象を持っていなかった志生。彼が投げかけた長い言葉。

 

(これって、わたしの事、心配してくれてるのかな……?)朴訥で、あまり的を得た励ましとは思えなかったが、エリアは不思議と心が安らいでいくのを感じる。背中から彼の熱が伝わって来た。

 

「あの、桂城さん……ありがとうございます」

「何だよ、いきなり?」

 

 面食らったように、怪訝そうな志生の声が聞こえた。

 

「助けてくれた事、まだきちんとお礼を言ってなかったから……」

 

 言う機会を逸したお礼の言葉。何を今更――エリアは頬が紅潮するのを感じ、俯いた。そんなエリアに笑いの壺を刺激されたのか、くくっと志生は笑う。

 

「なんだ、そっちか。律義なんだな、アンタは」一頻り笑ってから、志生は言った。

 

「……性格ですから」憮然とするエリア。それなりに緊張した一言を笑われたら怒りもする。

 

「すまん……アンタみたいに真面目な奴を見るとつい、な。どうにも人前で猫を被ってるアイツを思い出しちまう」

 

(アイツ……優奈さんの事か……)その言葉に込められた温かな響き。それを感じてエリアの胸にチクリと痛みが走った。

 

「まあ、俺は任務を果たしただけだ。気にする事は無いぜ。ただ――」そう言って志生はチラと後ろに視線を向け、「あの時、ハッキリと()()()を見ていたなら、任務と関係無くてもアンタを助けようとしたかもしれないな……」と、微かに呟いた。

 

 風に流れるわたしの髪。それがどうしたというのだろう?

 

「似てるんだよ。()()の髪に。夜空の様に黒い、その髪がさ――」志生はコホンと咳払いをする。

 

「言っとくが俺は別に()()()()って訳じゃないぞ? ただ姉貴もアンタみたいな綺麗な黒髪をしていた。餓鬼だった俺の、自慢だったんだ……それが」

 

 志生の声音に滲む微かな漣。悔恨と怒り――

 

「だった……? 桂城さんのお姉さんは今……」聞くべきではない……心が警鐘を鳴らしていた。

 

「とっくの昔に石の下さ。俺が教団の狗になる前……もう顔も覚えちゃいない」

「……ごめんなさい」

 

 殊更軽薄な口調で答える志生。彼の過去を想い、エリアは無思慮な質問を悔やんだ。

 

「いいって。それより見えて来たぜ――」前方を見るように促す志生。

 

「……あれが?」エリアは目を見開いた。

 

 既にバイクの走る道は曲がりくねった山道となっていた。その向かう先の山頂に、巨大な建物が見えた。中世期の城のように巨大な“屋敷”。

 

「あれが御隠居の城館。アンタに会いたいっていうのは鷹月(たかつき)宗平(そうへい)。日本最大の財閥、()()の元総帥なんだよ」

 

 次第に近付いて来る建物の威容。鷹月宗平といえば日本経済の立役者として、教科書にすらその名が記されているほどの人物だ。再びエリアの胸が早鐘を撃ち始める。

 

「そんなに緊張するなって。財界人としては一筋縄じゃ行かない()()だろうが、中々話の分かる、ノリのいい爺さんさ。ネットじゃ“セバスチャン”なんて巫山戯たHNを使ってDDOに参加してたりするんだぜ?」

 

(嘘……あの人が?)ゲームに興じる姿など教科書の厳格そうな写真からは想像も出来ない。志生の語る鷹月宗平の像に、エリアは呆然とする他無かった。

 

「それに……88か? アンタみたいにスタイルの良い娘が大好きだからなあ……あの御隠居(スケベ爺)は」

 

 何処となく下世話な志生の声音。(……88? それって――)数字の意味する所を悟り、エリアの顔が羞恥に真っ赤に染まる。

 

「どうして――」

「ああ、アンタがあんまり必死にしがみ付くから、押し付けられた膨らみの感触で何となく?」

 

 普通分からないわよ――エリアは思わず志生のヘルメットをポカリと殴った。ぐらりと揺れるバイク。悲鳴と怒声。

 

「おい、危ないだろ!? っていうか、俺はアンタの()も見てる訳で、今更――」

「……っ……!! デリカシー無さ過ぎです。()()()()の馬鹿ぁ!!」

 

 人里離れた闇の帳の中を、左右に揺れながら喧騒を残して走るバイク。そのリアクターの駆動音は、頂に立つ館の古めかしい門へと消えていった――

 

 

 □□□鷹月の館にて

 

「お待ちしておりました、志生様。そして、貴女がエリア様ですね」

 

 重厚な造りの玄関の扉がゆっくりと開くと、中からメイド服を纏った小柄な少女が歩み出て、古風なお辞儀をした。肩の位置で切りそろえた真珠色の髪。年齢は中学生くらいに見える。

 

「お初に御目にかかります。私はターナ……このお屋敷の管理を任されている者の一人です。奥の間にてご主人様(マスター)がお待ちです。どうぞこちらへ――」

 

 ターナと名乗る少女は澱みない口調でそう言うと、隙の無い所作で踵を返して歩き始めた。慣れた様子でそれに続く志生。エリアは慌ててその後を追う。

 

(こんな子を働かせているなんて)既に夜と言っていい時間帯だ。エリアの表情に微かに険が浮かぶ。それを察したのかターナは、

 

「問題はありませんよ、エリア様。私は子供ではありませんので」と振り返る事無く言った。

 

「コイツの年を知ったら驚くぜ?」澄ました様子のターナを揶揄う志生だが、次の瞬間苦悶の呻きを漏らして蹲る。スカートが翻る間もなく振り抜かれたターナの鋭い廻し蹴りが、志生の弁慶にクリーンヒットしたのだ。

 

「……って、痛てえな、おい! 折れたらどうするんだよ」

「問題ありません。志生様ならナノマシンにより骨折程度は一晩で完治可能ですから」

「……しねぇよ。どこのチート主人公だ」

 

 ポカンと二人の遣り取りを見詰めるエリア。ターナはコホンと咳ばらいをすると、

 

「醜態をお見せしました。端的に申しますと、私はドロイドなのです」

「ドロイド……?」

 

 エリアは呆然とターナを見やった。どこから見ても機械とは思えない容姿。人間の代わりを務める等身大のロボットの開発はかなり進んでいる。とはいえ、様々な問題から人間と見紛う容姿のロボットを作り出す事は禁止されていた筈だ。それにターナの仕草は堅苦しさはあるものの、十分過ぎるほど人間らしい。

 

(まるで、魂が宿っているみたい……)再び歩き始めたターナを追って歩く。こんな精巧なドロイドは、鷹月でも作り出す事は不可能な筈だ。

 

「デザイアのピラー内部のプラント。私は其処で製造された模倣義体(ドッペルゲンガー)の一体です」

 

 事も無げに告げられたその言葉にエリアは驚愕した。模倣義体……それは街を破壊する巨大な機械の怪物とは別の、社会に潜む脅威として人類にデザイアへの恐怖を決定づけた、リターナーへの差別や迫害の源泉的存在だった。病院での恐怖が蘇り、エリアは足を竦ませる。

 

「そう構えなくていいぜ? ドロイドの自我はインストールされたAIによって決定される。模倣義体も真っ新な状態では敵でも味方でも無いのさ。小生意気な所は矯正してやりたいがな」

 

 怯えるエリアに、ターナを庇うように志生が説明した。

 

「けれどエリア様の感覚は正しいです。大戦では占拠されたピラーから多数の模倣義体が鹵獲されています。その内のかなりの数が経済的に困窮した国家の軍部によって裏社会に横流しされ、私の同型も暗殺などの嫌忌される目的に使用されていますから……」

 

 ターナの口調に少しだけ寂寥感が宿っている。エリアにはそう感じられた。

 

「こめんなさい、ターナさん」

「いえ、お気になさらずに。……こちらのお部屋です」

 

 ターナは廊下の突当たりの部屋の前でノックをすると、

 

「お客様をお連れ致しました、マスター」と、中に居る主人に告げる。

 

「ご苦労じゃったな、ターナ」中から寂のある老人の声が聞こえた。古めかしい扉が開く。思いのほか質素な室内。テーブルの向こうに和装の老紳士が座っていた。

 

 鶴のように痩せこけてはいるものの、がっしりとした骨格は若かりし日の偉丈夫ぶりを想起させる。丁寧に後ろに撫でつけられた、年齢に研磨された白髪。教科書で知るよりその風貌は老けているものの、未だ鋭い眼光は只人では無い事を如実に示す。鷹月の元総帥、鷹月宗平――

 

「おいおい、俺には礼は無しかよ」志生がムッとした様子で文句を言った。

 

(そんな態度でいいの!?)エリアはハラハラとしながら志生と宗平を見やる。

 

「おっと、すまんな志生君。()()()の護衛、感謝する。報酬は例の口座でいいんじゃな?」

「ああ。それじゃ、また仕事があったら廻してくれ」

 

 そんなエリアの心配を他所に、宗平は志生の態度を気にも留めなかった。仕事は終わったとばかりに退室しようとする志生。

 

「……食事を用意させてあるのだが、君も一緒にどうかね?」

「タダ飯は有り難いが、遠慮するぜ。それに――」

 

 見ればテーブルの上には晩餐の支度が整えられていた。その誘いを鰾膠も無く断ると志生は、

 

()()()の問題に、関係ない俺を巻き込まないでくれないか?」そう言って足早に立ち去る。饗応の間にはエリアと宗平だけが残された。

 

(問題……って何の事?)静寂の中、怪訝と立ち尽くすエリア。

 

「関係ないか。確かにそう、じゃな……」閉ざされた扉を見詰めながら、宗平は深い溜息を吐くと同時に侘し気に呟く。そして軽く咳ばらいをすると、

 

「おっと、自己紹介が遅れてしまったな。志生君から聞いておるだろうが……私がこの館の主、鷹月宗平という。元会長、御隠居、好きに呼んでくれて結構。狩野……エリア君。今夜は無理を言って来てもらってすまなかったね。君とは一度じっくり話をしたかったのだ」

 

 老雄と言ってよい厳めしい顔立ちにそぐわない、何処となくぎこちない物言い。生真面目な印象で、窪んだ眼窩から覗く澄んだ灰色の瞳は少年のようにも見える。この老人が志生の言うゲームに興じる女好きな人物とは到底思えなかった。

 

「わたしがリターナーだからですか?」

 

 感情を殺した声でエリアは尋ねる。鷹月宗平という人物が篤志家としてリターナーの救済に尽力しているという事は有名な話だった。けれど公開していない邸宅に招いてまで話をしたいとはどういうことなのだろうか。

 

()()()ある。じゃが……まあ、その話は食事をしながらにしよう。料理が冷めてしまうのでな」

 

 怪訝に思うエリアを他所に、宗平はそう言ってエリアに席へ着くよう勧めた――

 

 

 砂っぽい道。破壊の痕跡が生々しく残る街並み。

 わたしは食料品を詰め込んだ買い物篭を持って歩いている。道路の脇には難民と思われる人々が座り込み、生気を失った目でボンヤリとこちらを見詰めていた。

 

『ねえ、待ってよ』

 

 後ろから小走りに駆け寄って来る、幼い男の子の声。歩き疲れたのか、少し拗ねたような表情。(仕方ないなあ)わたしは苦笑気味に溜息をつくと、

 

『もう少しだから、急ごう? 折角これだけ食べ物を頂いたのに、夕ご飯の支度に間に合わないとまた母さん特製のマメのスープになっちゃうんだから』

 

『うへぇ、誕生日にそれは食べたくないよ……』

 

 よほど嫌なのか、男の子は身震いするとわたしに追いついて歩き始める。わたしはその頭をそっと撫でてあげた。この子は五歳の誕生日。今日だけでもそれらしい夕食を食べさせてあげよう……そう母さんから頼まれて、わたしは知己の人々から食料を分けてもらう為に歩き回っていたのだ。

 

『なら、早く帰らないとね。今夜は御馳走よ』

 

『うん!』

 

 町はずれの崩れかけたビル。その地下がわたしたちの家だった。階段を下りた先のドアを、決められたリズムでノック。カチャリと音がして、黒い髪の女性……母さんが顔を出した。

 

『ただいまー』『母さん、ただいま』

 

『おかえりなさい。みなさん、大丈夫だった?』

 

『ええ。母さんによろしくって。それと今年は新しい水路のお陰で収穫が増えたって、町長さんが言ってた』

 

 わたしはそう答えると、頂いてきた食料を母さんに手渡す。男の子は甘えるように母さんに抱きついた。

 

『そう……援助の為にこの国へ来た私達が、逆にこの国の人たちに助けて貰っているなんて、本末転倒なんだけど……有り難いことだわ』

 

 奥の部屋をちらりと見る。そこにはわたしたちの父さんが眠っていた。

 先月の()()()()で撃たれ、未だに起き上がることができないでいる。母さんの献身的な看護にも拘らず、意識も混濁したままだ。

 

『皆が助けてくれるのは、父さんたちが頑張って来たからよ? そんな風に思わず、好意は素直に受けようよ、ね? 母さん』

 

 わたしが励ます様に言うと、『そうね』と母さんは小さく囁く様に答えた。

 

『ママ、晩ご飯、早く作ってよぉ……ボクお腹ペコペコ。パパだって美味しい匂いがしたら、きっと目を覚ましてくれるよ』

 

 待ちきれなくなったのか、男の子が無邪気にせがむ。

 

『そうね。それじゃお母さん、久々に腕によりをかけて頑張っちゃおうかしら?』

 

 不安、焦燥、そして疲労。そういったものを押し隠して母さんは朗らかに笑った――

 

 頂いてきた食材を下ごしらえして、味付けして、煮炊きする。料理があまり得意でない母さんをわたしは手伝う。男の子のつまみ食いを叱ったり、真顔で砂糖と塩を間違える母さんを窘めたり。ここにテーブルでコーヒーを飲みながら専門書を読む父さんがいたなら。……それがあの日に壊された、わたしたちの日常だった。

 

 ささやかな誕生会に大はしゃぎした男の子をようやく寝かしつけると、母さんは父さんの看護の為に奥の部屋に向かった。わたしは男の子の隣のベッドに潜り込むと、古ぼけた電灯の灯りを落とす。静謐な闇の帳の中、空調の音と男の子の健やかな寝息だけが聴こえる。

 

(帰りたいな……)心細さに涙が溢れて枕を濡らす。あの子が、母さんが心配するから、わたしは泣かない……そう誓っていたのに。幸せだった日本での思い出が脳裏を過ぎる。家族の事だけじゃない。テストの範囲とか、流行りの乙女ゲーの話題、隣の学校に素敵な人がいる……そんな学校での他愛の無い友達との会話。

 

『わたしたち、これからどうなるんだろう?』

 

 ポツリと呟く。無論、返事は無かった。やがて睡魔がわたしを捕らえ、否応なく眠りへと誘う。願わくば微睡みの中だけは、わたしたち家族に平穏を……そんな願いを擁きながら、意識は深淵へと沈んでゆく。

 

 ――それが、わたしの、私達の、終わりの始まりだった。

 

 

(そうか、そういう事だったのね)覚醒して行く意識の中、“彼女”の哀し気な囁きが聞こえた。

 

(……何の事?)その問いに答えは無い。わかっていた。エリアは心の中で溜息を吐く。微睡みの中、薄っすらと開けていた瞼を開くと、エリアはゆっくりそこから身を起こす。

 

「エリア様、どうなさいました?」心配そうにこちらを覗き込むメイド服の少女の姿があった。

 

 品の良いカーテンの隙間から、差し込む眩しい朝の陽光。(もう朝なのね。此処は……)身体が沈みこむ様なふかふかのベッド。その端に腰を掛けながらエリアは身震いをする。夏だというのに微かな肌寒さを感じた。用意された夜着が肌に張り付く。室内は良く空調が効いていたが、汗をかいていたらしい。

 

「何でもないですよ、ターナさん。おはようございます」と、エリアはメイド服の少女――ターナという名のドロイドに微笑みかける。そうだ、ここは鷹月の館。会食の後、夜も更けていたこともあり、エリアは宗平の奨めで館の客室に泊まったのだった。

 

「はい、おはようございます。……でも本当に大丈夫ですか?」

 

 ターナの憂う視線がエリアを捉えていた。エリアは訝しみつつ、己が頬に手をやると、

 

(あれ……?)エリアの指先に触れる二条の熱い雫。それがポトリと胸元に落ちる。涙……?

 

 あれは夢……そう、今見ていたあの光景。子供の頃よく見ていた、今はもう見る事の無かった筈の夢だ。そこに出てくる、わたしではないわたし。彼女はどうなってしまうのだろう? そう思った時、必ずわたしの意識は覚醒し、胸が締め付けられる様な哀しみだけが残されるのだった。

 

「エリア様?」呆然と視線を彷徨わせるエリアを気遣うターナ。

 

「心配かけてごめんなさい。でも、わたしは大丈夫ですから――」

 

 ――暫く一人にさせてもらえませんか? そう言ってエリアは思考の淵へと心を沈みこませてゆく。先日の事もあった。そして昨夜この館の主――鷹月元総帥である鷹月宗平が告げた言葉。それがエリアの心を千々に搔き乱す。あの夢を見たのはそのせいなのかもしれない。

 

「エリア様……」寝室を出ようとしたターナが、呟く様に言った。

 

「機械である私がこの様な事を言うのは烏滸がましいかも知れません。けれどこれだけは分かってあげて下さい。マスターは苦悩されていました。エリア様の事で、ずっと……」

 

 扉が閉まる音。そして一人残った寝室でエリアは俯く。静寂が部屋を満たしていた。

 

「そんな事、言われたって……今更、何を……」

 

 頭に残響する鷹月宗平の言葉。あの限りなく優しく、真摯な声音。故にそれはどんなに無慈悲で残酷な言葉より惨たらしくエリアの心を抉っていた。

 

 

 鷹月宗平との会食は、初めのうちは和やかに進んだ。顔に似合わず砕けた性格なのか、ウィットに富んだ宗平の話術にエリアは思わず引き込まれていた。志生が言う様に若者が好むゲーム等についても詳しく、時折さり気無く繰り出される下世話な台詞に赤面させられつつも、エリアは何時しかこの老人に好感を懐いていた。

 

 ――しかし話がエリアの両親に及んだ時、その場の空気は一変する。

 

『エリア君……君のご両親の狩野夫妻……彼等は君の本当の親ではないのだよ……』

 

 深い悔恨を滲ませた宗平の声が饗応の間に響く。エリアは息を吐く事も忘れ、呆然とそれを聞いていた。とてもではないが目の前の豪華な夕食に箸をつける気にはなれない。

 

『……どういう事なのですか?』己が存在の足場が崩れ去るような喪失感にエリアの声が震えた。

 

『狩野君は細君と共に私の優秀な部下でね……今から十年前、私の無理な()()を引き受け、幼い君を引取ってN県にて育ててくれたのだ。その礼を言う事も出来ぬまま、春のデザイアの襲撃で亡くなられていたとはな……』

 

 確かにわたしの幼い頃の記憶は曖昧だ。あんな見知らぬ光景の夢が記憶に残るぐらいには。けれど、わたしを慈しみ育ててくれたお父さんとお母さん。あの二人が本当の両親ではない? そんなの嘘。信じられない……信じたくない――

 

『そんな事って……それならわたしの本当の両親は? 知っておられるのですか、宗平さん!?』

 

 席を蹴って立ち上がり、詰め寄る様に宗平に尋ねるエリア。それに宗平は沈黙を以って答える。皴深い貌に見え隠れする苦悶。

 

(この人も辛いんだ)エリアの中に憐憫の情が湧き上がるが、今は真実を知らなければならない。威竦めるようにエリアの青みがかった灰色の瞳が宗平の灰色の瞳を貫く。

 

『この事は伝えたくは無かった。下らぬ諍いに君を巻き込むことになるからな。……しかし君を()()()共から護るためには致し方あるまい。何を今更と思うじゃろうが、どうか聞いて欲しい……』

 

 貝の様に押黙った宗平が、その重い口を開いたのは夜も更け、すっかり料理が冷めた頃だった。

 

『君の母親の名は沙耶(さや)という。十二年前に死んだ私の娘だ。エリア……君は私の孫娘なのじゃよ』

 

 宗平は一息にそう告げると深い溜息を吐いた。生気と覇気に溢れた瞳から威が失せてゆく。エリアには、彼がまるでお伽噺のように一気に年老いた様に見えた――

 

 

 静まり返った部屋に窓の外で鳴く小鳥の囀りが聞こえた。エリアは橘花の制服を手に姿見の前に立つ。そこに映る、いつもと変わらない自分。

 

「わたしが、鷹月の……?」着替えながらエリアはポツリと呟く。まるで実感はなかった。

 

 日本、いやこの世界最大のコングロマリットである鷹月コーポレーション。その中核となる創業者一族……それが鷹月と呼ばれる古来より続く名家である。現代の巨大企業としての様式を取りながらも、鷹月はその中枢を創業者一族が独占する古色蒼然とした経営を続けており、口の悪い経済学者などからは会社組織を“鷹月幕府”、一族を“将軍家”などと揶揄されてもいた。

 

 そんな中に突然、一族の長老ともいえる宗平の孫娘として自分が加わることになるのだ。エリアは溜息を吐く他なかった。志生が言っていた“禿鷹”とは恐らくは自分の存在によって一族の中での地位が危うくなると判断した人たちなのだろう。

 

 下らぬ諍いに巻き込みたくは無かった……そう宗平は言っていた。現役時代の鷹月宗平は有能だがワンマンな経営者であり、数々の経営改革を断行した事もあって敵は多かったと聞く。一企業とはいえ鷹月は大国に匹敵する経済力を持ち、組織内部での利権争いは時として血が流れる事もあった。それ故に親を失った孫娘という()()である自分を、宗平は狩野夫妻……両親に預けた。

 

(……でも、それって結局、わたしを捨てたって事じゃないの?)エリアの口許が皮肉に歪む。

 

 エリアは端末を操作して実の母だという鷹月沙耶という女性について調べてみることにした。以前なら不可能だった個人情報へのハッキングだが、あの日エリアにインストールされたという金髪の少女の能力は、容易にそれを成し遂げさせる――

 

 ――確かに沙耶は宗平の一人娘として46年前に生を受けた人物だった。鷹月家の令嬢として不自由なく育ち、東京の国立大に進学している。鷹月宗家の娘として帝王教育を受け、何れは鷹月に加わるに相応しい人物の妻となる……それが彼女の運命の筈だった。

 しかし大学で沙耶は恋に落ちる。相手は彼女の所属していた研究室の助教授で、砂漠の緑地化の研究をしている男性だった。当然の事ながら鷹月の姫としがない研究者の恋路は鷹月一族の大半の反対を招き、沙耶は鷹月から放逐され、駆け落ち同然の形で男性と結ばれる事となった。

 逆境にめげる事無く研究を続けた二人は、その成果を元に大戦後、荒廃した地域の復興に尽力する。12年前、テロによってその命を落とすまで――

 

(一途な女性(ひと)だったのね。そして本当のお父さんも立派な人だった。でも――)

 

 エリアは訝しむ。鷹月の姫であった母と、これだけスキャンダラスな結婚をした人物だというのに、大戦の混乱があったとはいえ、あらゆる資料を閲覧しても全く名前が記載されていないのだ。そして彼らが何処でどのように暮らしていたのか。そういった生活感のある情報も、そのほとんどが抉り取られたかの様に消し去られている。それはまるで両親を世間から隠すかのように。

 

(鷹月一族が、一族の恥として存在を抹消した……ううん、違うわね)

 

 鷹月一族の権力ならば、頼る部も無い無力な一家を始末する事など雑作も無い事だ。そもそも鷹月宗家の娘が自ら相続の権利を放棄したという事は、当主の座を狙う他の一族にとってこれはむしろ奇貨と言えるだろう。余計な波風を立てるまでも無い。という事は……

 

「そうか、これは宗平さんが……?」呆然とエリアは呟く。父と母を護るために、鷹月の柵と無縁に安寧に過ごせるように、宗平はその痕跡を消して親娘の縁を断ったのだ。護る為に捨てる。そんな親子の形も、世の中にはあるのかもしれない。そしてそれはわたしに対しても――

 

(貴方にしては中々の名推理ね。あのまま宗平(かれ)を軽蔑しているようなら、わたしも貴方を軽蔑する所だったけれど……ま、合格って事にしてあげる)

 

 エリアの導き出した答えに、心の奥から聞こえる"彼女"の声は心成しか満足そうだった。

 

(勝手にヒトの心の中を覗かないで。……なら、わたしはどうしたらいいの?)

(その位、自分で考えなさい……と言いたい所だけど、ヒントを上げるわ。分かったと思うけれど、少なくとも鷹月宗平はあなたの味方よ。だったら、どうしたらいいのかしら?)

 

 質問を質問で返され、憮然とするエリア。しかし答えは自分の中で既に固まっていた。

 

(相続権を持たない親族として、鷹月宗平の孫娘という真実を受け入れる事。それが危うい立場である自分を護ることに繋がる。鷹月の親族なら、あの神聖同盟も簡単には手を出せない筈だから)

 

 そんな打算を冷徹に下す自分に戸惑いを覚えながらも、エリアは鏡に映る自分を見据えて不敵に微笑んだ。

 

「わたしが宗平さんの孫娘だとしても何も変わらない。わたしはわたし。譬え姓が狩野から鷹月に替わっても、わたしがお父さんとお母さんに育てられた()()()である真実は覆せないもの」

 

 ――わたし自身を信じる。あの人が言っていた言葉のように。

 

(ふうん、結構割り切りがいいのね。あの時の生き残った事でウジウジしてた女の子が嘘の様。それって、“彼”のおかげなのかしら?)

 

 鏡の中の自分が悪戯っぽく笑ったかのように見えた。

 

(志生さんの事……?)胸に過ぎるぶっきらぼうな背中を慌てて振り払う。微かな頬の火照り。

 

(あらら、好きになっちゃったとか? シチュエーション的には彼も白馬の王子様だものね♡)

 

 “彼女”の鈴を鳴らしたかのような笑い声が頭に響く。

 

「揶揄わないでよ……だって志生さんには――」囁く様な抗議。

 

(……ま、いいけど。でもね、貴女の想いは貴女だけのモノよ。正しいとか、間違っているとかなんて無いの。大切になさい。未来に後悔を残さないためにも、ね)

 

 いつもとは違う優しい言葉が頭の中で響いた。まるで母か姉のように。

 

 その時、エリアの脳裏に()()()がフラッシュバックした。乾いた風と大地。荒廃した街並み。本当の両親の事を知った今、あれが自分と無関係とは思えない。とはいえあの母親が沙耶だったとしたら、夢の中の“わたし”とわたしでは年齢も記憶も一致しないのだ。彼女はわたしと殆ど同年代に感じられた。沙耶が亡くなったのは十二年も前だというのに。

 

「ねえ、あなたは知っているのよね? あの夢の事を」エリアは心の中の“彼女”に問いかける。

 

(……知っているわ。でも教えない)

(どうして――)

(わたしには関係の無い事だからよ)

 

 鰾膠も無い拒絶にエリアは二の句が継げなかった。自分の宿主の事が関係無いだなんて。エリアは苛立ちを隠せない。それを()()鏡の中のエリアは溜息を吐く。

 

(……時は常に流れゆく。過ぎ去った過去を()()()()()なんて、誰にもできない。だから――)

 

 鏡の中の瞳がエリアを見据える。“彼女”の髪は輝く金髪へと変貌していた。

 

(貴女にも関係の無い事よ、エリア。わたしと貴女が違う様に、夢の中の貴女は貴女では無いの)

 

 諭すかのような声。それを最後に“彼女”の存在がエリアの心から霧散して行く。

 

「ちょっと待ってよ。あなたはわたしの中に居るんだから、無関係とは言わせない。これだけは教えて。あなたは一体何者なの?」

 

 今までの自分ならこんな口調で問い質す事など出来なかっただろう。しかし尋ねない訳にはいかなかった。自分の中にインストールされたという少女。彼女の事をもっと知らなければ。自分を信じる為にも。

 

「……そんなに知りたい?」

 

 突然の背後からの声に、エリアは慌てて振り返る。果たして其処にはベッドに腰を下ろし、こちらを悪戯っぽい目で見詰める“彼女”の姿があった。古風なドレスを纏った、立体映像の類とは思えない存在感。

 

「あ、当たり前よ。さあ、答えて!」

 

 同じ容姿だというのに圧倒的に違う威。それに抗うエリアの声音は自然と上擦った。そんなエリアの様子に再び溜息を吐くと、金髪の少女は優雅に立ち上がる。

 

「かつて滅びに瀕した古代王国。偉大なる賢者たちは世界をバラバラに壊した。全てが破滅する事を回避するために。幾千万の時を超え、そんな世界の欠片の一つからわたしはやってきた」

 

 謡う様に語る金髪の少女。古代王国。賢者。世界の欠片。まるでお伽噺(ファンタシー)だ。理解の範疇を超えた話に呆然と聞き入るエリア。けれど何処かで聞いたことがあるような気がする……

 

「古代王国の最後の生き残りにして機械仕掛けの騎士(Machinery Knights)を統べる女王の娘(Princess)。我が名はエレアノーラ・フィル・クレネリア――」

 

 それは機械仕掛けの騎士(ネットゲーム)の設定じゃない。馬鹿にして――エリアは少女を睨む。

 

「……そんなに怖い顔しないでよ。この話を信じる信じないは任せるけど……エレアノーラっていうのはわたしの本当の名前。親しい人はレアって呼ぶわ。改めてよろしくね、エリア」

 

 そう言ってエレアノーラは芝居がかった仕草でスカートの端を持ち上げてお辞儀をすると、用は済んだとばかりに立ち去ろうとする。軽やかな足音。

 

「……え? あなた身体が……って何処に行くの?」

 

 ドアを開けようとするエレアノーラを慌てて呼び止めるエリア。

 

()()を一時間ほど再構築できるだけのフェリオンを蓄積できたから、ちょっと野暮用にね。貴女のお守りにも飽きてきたところだし。……そうそう、“彼”が迎えに来てくれたみたいよ?」

 

 頑張ってね、と片目を瞑って見せるエレアノーラ。呆気に取られたエリアを残し、彼女は部屋を()()()出て行った。

 

「なんなのよ、もう……」憮然としつつ登校の支度をするエリア。

 

 念入りに髪を整え終わった時、腕に嵌めた小隊用の端末に着信が入る。通信に出るとぶっきらぼうな声が聞こえた。たった一晩だというのに随分久しぶりに、懐かしく聞こえる声。

 

(いろんなことがあり過ぎたんだもの。仕方ないよね)

 

 軽く溜息を吐くと外を伺える窓から庭を見下ろす。大きなバイクに跨り、早く来いと身振りで示す志生の姿がそこにあった。既に此処からではバイクでも急がないと遅刻してしまう時間だ。

 

「直ぐ行きます。少し待ってね、()()()()

 

 そう言って駆けだし、走りながら廊下でターナの差し出したサンドイッチを頬張る。こんな姿、とても鷹月の令嬢には見られないだろう。クスッとエリアは笑う。

 

(だって、わたしはわたしだもの。何があったって、わたしは――)

 

 

 その日、わたしは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事実を認め始めていた。

 そして、わたしはそれを畏れなくなっていた――――

 

 

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