TIGHTROPE~Good luck with this worst encounter.   作:信濃 一路

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Episode 8 戦場へ至る日常

 

 □□□承前

 

 天を貫く巨大な柱(バベル・ピラー)。それが中東の地に突き立てられた時、この戦いは始まった。それは恐らくは殆どの人類にとっての常識だろう。……だがそれは真実なのだろうか? 私は思う。人類はあの時に猶予と選択を突き付けられていたのかもしれない、と。差し伸べられた手……ピラーの一年の沈黙をそう考えるのは些か光芒教団(ルミナス)的な思想だが……兎も角、あの時人類が選んだ選択はそれを振り払い、この出会いを最悪なものとする事であった。

 

 異なる物との邂逅に相互理解の可能性を求めるのは夢想に過ぎないのだろうか?

 最初の交渉が成功していたのなら世界はどうなっていたのだろうか?

 

 歴史にもし、は禁物ではあるが私は思わずにはいられない。

 人類は未だ彼等の正体も目的も解明する事敵わず、五里霧中に戦争を続けているのだから――

 

 

 後方に中部圏最大の都市、名児耶を控える広大な平野。日本有数の大河の流れるこの地に伸びる巨大な影。その起点には全高二千メートルを超える巨大な錐状の柱。地面に突き立てられた部分の全幅は百メートル程で、重力によって僅かに傾斜している。エウロパの古き都市の斜塔のように。

 

 ――(ピラー)。それは敵性機甲体(デザイア)と呼ばれる人類の敵の牙城であり、侵攻の橋頭保。

 

 名児耶ピラーと呼ばれるこの地のピラーは、一昨年のクリスマスイブに日本に出現した七本のピラー群……ブラッディツリーの一つであり、離島故に未だ本格的な攻略が開始されていない青巒島のピラーを除けば日本に残る最後の、そして最大の中型ピラーである。

 

 この年、八月一日を以って日本国政府は国土解放の最終段階として名児耶ピラー攻略の決断を下し、国防軍はA県とG県の境に国内戦力を結集させ、ピラーの展開する転移ゲートから顕れる機甲体群との戦闘を開始していた。

 

 隷下の小型ピラーを地道に沈黙させ、連携を断った上で決行された慎重かつ堅実なこの作戦ではあったが、世論の評価は芳しくはなかった。何故なら攻略開始までの期間に名児耶ピラーが送り込んだ小型ピラーによって、近隣の都市が被った被害は甚大なモノであったからだ。それを受けた国内世論によって内閣及び軍指導部は弱腰と糾弾され、次の総裁選にてタカ派の新鋭である萩野(はぎの)利三(りぞう)が首相の座に就く要因の一つとなる。

 

 大戦後最大の惨劇を生んだブラッディツリー。犠牲者は全国で約三六〇万人。中でも名児耶ピラーによるものはその過半を占めたとされる。犠牲ありきの戦い。それは忌むべきものだろう。

 

 しかし我々は忘れてはならない。かの英雄(ウルスラグナ)も一敗地に塗れ、その手に戦争終結という果実を掴むことが叶わなかったという事を。デザイアとの戦いは人間同士の戦争以上に得るか失うか(All or Nothing)の絶対的なモノなのだ。“金の鯱”作戦と俗称される事となるこの戦いにおいて重要な任務を担ったとされる国防陸軍の古郡(こごおり)(いずる)大佐(当時大尉)は後にこう語っている。

 

「自分に政治向きな事はわかりませんが、世論はどうあれ無駄な消耗無しであの作戦は成功したんです。それだけで十分でしょう。犠牲となった方々を忘れない事と最善を尽くす事。それが英雄足り得ない我々に出来る精一杯なのですから」――と。

 

 

――Cパーマー著「極東戦記」より

 

 

 □□□出撃要請

 

来栖(くるす)優奈(ゆな)、只今出頭致しました」

 

 控えめなノックの後、凛とした少女の声が聞こえた。普段は掛ける事の無い眼鏡を押し上げると、CR小隊(Code Rainbow)指令である眞喜志(まきし)一之(かずゆき)は、

 

「入れ――」不愛想にそう言って入室を促す。疲労の混じる大きな溜息。ちらと窓を見やれば疎らに伸びた無精髭に蔽われた草臥れた三十路前の男の顔が映っている。

 

(指令ともあろうものが情けない。流石に桂城や水無瀬辺りには見せられない姿だな)ぼやく様に心の中で呟く。外は既に薄暮となり、グラウンドで訓練に励む生徒たちの姿は見受けられない。

 

 眞喜志の手元には彼の疲労の原因である一週間前に届けられた一枚の要請書があった。命令では無く要請。それは形だけとはいえ学徒兵が属するのは軍ではなく文部科学省であり、学徒兵への命令権は軍にはなく、文部科学省にある……そういった政治的決まり事に過ぎないのだが――

 

「――は、失礼いたします」少女の声に眞喜志は堂々巡りの思考を振り払うと他所行の怜悧な表情で心を鎧う。視線の先。指令室の入り口がカチャと音を立て開いた。

 

「先日の支援任務に於ける小隊の記録(レポート)をお持ちしました」

 

 正規の軍人でも中々出来ない見事な敬礼をする桜色の髪の少女――来栖優奈。彼女は眞喜志の率いる学徒兵の戦術人形(TD)小隊――通称“虹”の小隊長だ。かつての上官、来栖征史郎(せいしろう)の一人娘。

 

 訓練後だからか、優奈は普段はブルームアップにしている後髪を降ろし、長い桜色の髪は自然に背に流れていた。細身でしなやかな肢体に纏う、近隣でも人気らしい橘花学園の制服。よく似合っている……そう思った時、丈の短い制服のスカートが揺れ、眞喜志は心の中で咳ばらいをする。水無瀬の話ではマスコミの特集(博士のお節介)により女性隊員に不埒な視線を送る者が増えたと聞く。早急に小隊としての正式な制服を用意した方がよいかもしれない――

 

 脇道にそれる思考。優奈相手だとどうにも調子が狂うな……眞喜志は苦笑するとかぶりを振る。

 

「あの、眞喜志指令?」怪訝そうな優奈の声。

 

「――ああ、すまん」

 

 眼鏡を指で押し上げると、眞喜志は優奈から差し出された書類を手に取った。A4の用紙に丁寧に書き綴られた報告書。こんなものはオンラインで提出すれば済むことではあるが、訓練に介入されたあの一件から眞喜志は口頭及び紙媒体による手書きの報告を小隊員に義務付けていたのだ。

 

「ふむ……良い報告書だ。流石だな、来栖」

 

 ざっと目を通し、眞喜志は優奈を褒めた。正確な戦況記録、隊員の意見に加えて彼女なりの反省点がしっかりと記述されている。優奈なら今士官学校に移籍しても優秀な成績を収める事だろう。

 

 しかし――

 

 武骨な軍事レポートを綴る少女らしい丸文字。それを見て眞喜志は心に檻のように溜まっていく感情を意識する。尊敬する上官の娘として、優奈の事は幼いころから知っている。そんな彼女の信頼と純粋な父への想いを利用している自身への嫌悪感。それを誤魔化すかのように眞喜志は、

 

「だが、このレポート提出は水無瀬の役割だろう。アイツはどうしたんだ?」

「彼が手書きのレポートなんてやると思いますか?」

 

 肩を竦めて優奈はカード状の記憶媒体を差し出す。水無瀬の事だ。手書きのレポートなんて時代錯誤の精神論だ、などと散々言ったに違いない。改竄が容易だからという理由で電子媒体に未だ不信を持っている自分のような人間は数世代遅れで確かに古臭い。

 

「命令違反ではありますけど、良く纏められていました。才能ありますね、水無瀬君」

「……そうか。後で見させてもらうよ」

 

 隊員の事を誇らしげに語る優奈に眞喜志は微かに微笑むと、椅子に寄りかかる様にして大きく伸びをした。次いで眠たげな欠伸。普段は決して見せないでいる自堕落な姿だ。

 

「可愛い欠伸……大分お疲れですね、一之さん」クスッと笑う優奈。

 

「こら、此処では指令と呼べ、来栖――」親しい仲とはいえ流石にファーストネームは……慌てて冷徹な仮面を被り直す眞喜志だが、

 

「残念でした。もう勤務時間はとっくに終わっていますよ? 実は鷲尾博士から一之さんが指令室に籠っているから叩きだしてくれって頼まれているんです。勤務が終わっても帰宅し辛いって他の教官から苦情が来てる……って」

 

 優奈はそう言って得意げに胸を張った。委員長、隊長としては決して見せない年相応の素顔。

 

「そういうモノなのか……?」

「そういうモノなんです。軍と学徒兵は違うんですから。一之さんは一応、学園では世界史の教師っていう肩書になっているでしょう?」

「まあ、確かに……」

「なら平時は学園の方針に従ってください。お父さんも言ってたけど、軍人こそ日常を大切にすべき……でしょ?」

「ううむ……」

 

 畳み掛ける様に眞喜志のオーバーワーク窘める優奈。まるで心配性の妹のようだな――そんな想いに眞喜志は苦笑する。実際そのように優奈とは接してきた。“彼”が征史郎の養子となるまでは。

 

 桂城(かつらぎ)志生(しお)――大戦後に勃興した光芒教団の強化兵(ブーステッド)だった少年。来栖家で優奈と共に過ごす中、次第に子供らしさを取り戻していく志生。優奈より一つ年上の志生は、年の離れた自分などよりもずっと兄の役割に相応しく思えた。それで距離を置いた。だがそれは正しかったのだろうか?

 

 あの日、征史郎の戦死を二人に告げた時。父の死に深く傷ついた少女を支えるのは、闇より這い出たばかりの少年には酷に過ぎた。優奈の慟哭と、志生の無力感に苛まれた表情。それを眞喜志は忘れることが出来ないでいる。

 

(結局、僕は優奈の兄替わりにはなれず、父親役も果たせなかった)

 

 征史郎の死から抱き続けている煩悶――父のようなパイロットに成りたいという優奈の想いを保護者としての立場から利用し、自らの心の隙間を埋める“計画”の道具としている――あの時、志生が来栖家から出奔したのはそれを薄々感じ取っていたからなのかもしれない。

 

「……って、聞いていますか、一之さん?」

 

 心の中で自嘲しながら優奈を見詰めていた眞喜志。優奈は怪訝な表情で咎める。

 

「すまない。ちょっと考え事を、な。ところで――」

 

 眞喜志はチラと卓上の書簡に目を走らせ、居住まいを正した。それに何かしらを感じたのか、優奈の翡翠色の瞳に緊張が走る。

 

「……前線への出撃ですか?」凛とした眼差しの中の先程までのあどけない少女の残滓。

 

「察しがいいな。まだ何も言っていなかったのだが」

「その位わかりますよ。そうでなければ一之さん……いえ眞喜志指令がここまで根を詰める事は無いでしょうから。この一週間、ほとんど寝ていないんでしょう?」

 

 お見通しか。優奈の洞察力の高さは大佐譲りなのだろう。十八の初陣以来十年。実戦を潜り抜けて判った事……それは戦闘は大方始まる前に決している、という事だ。だから手を抜く事など出来ない。最善を、それに至らずともより良いものを積み重ね、期待値を高めなければならない。英雄ならぬ身にはダイスを振る権利すらないのだから。

 

「流石に胃薬は常備していないがな……」

「……?」

 

 鷲尾博士の皮肉を思い出し、苦笑する。キョトンとする優奈。

 

「作戦目標は名児耶ピラーの攻略……隊にとっては初の中型ピラー戦になる。そして国防軍にとっても血染めのクリスマスに終止符を打つ、国土解放の最終局面として重要な戦いだ。国内残留戦力の過半が隣県に集結する大規模な作戦となるだろう」

 

 自らに言い聞かせるように優奈に伝える。決して負けられない戦い。かつてバベルピラーに挑んだ大佐もそんな心境だったのだろうか? 尤も自分と大佐では地位も立場も作戦の規模も、そして持てる才能も雲泥の差なのだが。

 

「それが“金の鯱”作戦なんですね」

「……? なんだ、それは」

 

 腑に落ちた様に優奈の口にした、妙に景気の良い作戦名。そんなモノが命名されたという話は軍内部でも聞き覚えがなく、そもそも那古野の城に金の鯱など存在しない。首を傾げる眞喜志に、

 

「あ、夕方のニュースで荻野議員が――」そう言って優奈は説明をする。

 

(あの御仁か……)その名を聞いた眞喜志は溜息と共に大きくかぶりを振った。

 

 

 優奈の言う萩野議員――萩野利三という壮年の政治家は政権与党急進派の若手議員を束ねるリーダー的存在だった。対デザイア戦の災禍を逃れ絶大な国力を維持した合衆国との強固な同盟を軸とし、我が国の持つフェリオン技術……中でも独占している戦術人形の技術によって国際的地位を確立するという対外思想を持っている人物で、対デザイア戦では徹底した主戦派でありながら、政経に強い影響力を持ちデザイア由来の全てを排斥せんとする()()()()とは思想的に一線を置くという中々に強かな“政治家”であった。

 

 元は古流の陽ヶ崎流剣術を収めた剣術家であり、武道から得た胆力を元に確とした政治基盤も無い身から与党の重鎮に上り詰めた異色の政治家で、演説の巧みさと銀幕の俳優さながらのルックスにより主婦層や若者に絶大な支持を得ている。所謂信念のある成功者……

 

(だとしても、政治家(素人)が軍事にやたら口出しをするのは考え物だがな……)

 

 眞喜志の胸に苦いものが過ぎる。未曽有の惨敗となったバベルピラー攻略戦。それが決行された遠因は萩野ら主戦派が提唱した対デザイア短期決戦論により誘導された国民世論だったからだ。

 

 戦術人形の実戦配備と各国の奮戦、そして次々と大型ピラーを攻略して行く来栖征史郎の活躍によって、確かに十五年前のあの時、人類の勝利は目前に見えた。デザイア恐るるに足らず……そんな思いを人々が抱くのは無理もない情勢だった。だがバベルピラーに迫った人類は既に攻勢限界に陥っていたのだ。それを知る各国軍部は戦力の立て直しと集結を待っての作戦決行を図ったが、大戦で疲弊した各国のシビリアンはそれを許さなかった。結果として最大戦力を有する合衆国軍を待たず先遣軍のみで戦端を開いた人類軍は惨敗を喫する事となる。

 

(謂わば火中の栗を、大佐は拾わされた。それなのに――)

 

 転移技術とそれを利用した奇襲戦術を得意とするデザイアに対し、拠点を包囲しての持久戦は意味が薄い。先遣軍の中核を率いる征史郎達があえて愚策と言える強攻策に出る理由はあった。とはいえ、それにはこの戦いの主導権を握る事によって戦後の国際社会で発言力を高めようとする政府の思惑が強く滲んでいた筈だ。だというのに敗戦後に彼等が真っ先に行ったのは敗残の将と化した征史郎を始めとする派遣軍の責を問う事だった――

 

 

「政治家嫌いは相変わらずですね、一之さんは」

 

 萩野の名を聞き憮然と沈黙を続ける眞喜志に、そう言って優奈は苦笑する。征史郎の戦功を世論操作に利用し、敗戦後は痛烈な掌返しで閑職に追いやった萩野。その事は英雄に憧れる学生だった眞喜志に政治家への不信感を強烈に植え付けていた。

 

文民統制(シビリアンコントロール)の鉄則があるとはいえ、晩年の大佐はそれに振り回され過ぎた。それを間近で見ていた者としては、せめて愚痴の一つも言いたくなるものさ」

 

「……そうですね」優奈の表情に微かな陰りが浮かぶ。寂しげな微笑み。それを見て眞喜志は心の中で自分を罵った。実の娘である優奈の方が自分などより遥かに辛く悔しい想いをしている筈なのだ。それを知りながら、自分は――

 

「すまん、無神経だったな」

「謝らないでください、一之さん」

 

 眞喜志の謝罪を押しとどめ、優奈はふう、と息を吐く。感情の漣を鎮めるかのように。

 

「あたしは“英雄”って呼ばれてた頃のお父さんの事は殆ど知らないんです。まだ小さかったから。だから皆がお父さんの事を悪し様に言うのは、何か悪い事をしたからなのかな? あの頃のあたしはそんな風に思えて、悲しくて怖かった」

 

 敗戦により地に落ちた英雄の名は悪意を呼び、その矛先は征史郎の家族にまで向けられた。心無い隣人の言葉、遠慮のないマスコミの取材。それらによって心労を重ねた優奈の母は、彼女が五歳の時に亡くなっていた。

 

「あたしが直接知るお父さんは、家に居る時の、ちょっと頼りなくて泣き虫な、()()の人でしかない。大戦の英雄(ウルスラグナ)としての父をあたしに教えてくれたのはあなた……一之さんです。一之さんの話してくれた“来栖征史郎”の活躍が、幼いあたしを支えてくれたんですよ? だから一之さんには父の事を語る資格があります」

 

 優奈は小首を傾げ少女らしく微笑んだ。微かに揺れる翡翠色の瞳が真直ぐに眞喜志を捉える。その気丈さに眞喜志は少しだけ救われたような気がした。

 

「――そうか」短く応えると、再び卓上の書簡に目を走らせる。作戦開始は一週間後。作戦規模的に学徒兵は国防軍に完全に組み込まれる形となるだろう。優奈たちの学生としての日常は、終わるのだ。

 

「この作戦……最近類を見ない大規模なモノになりますね。という事は“D”が――?」険しい表情に戻った眞喜志をチラと見て、優奈は緊張した面持ちで尋ねる。

 

「ああ、明後日には東海四県に出撃要請(Code“D”)が発令され、学徒兵は学業を休止し規約に基づき軍役に就く事となる。指揮権も文部科学省から国防省に統一される。今迄の様な学生気分は通用しない……心して置け、()()()()?」

「はっ、了解であります!」

 

 指令としての怜悧な仮面を被った眞喜志に慣れない階級で呼ばれ、直立不動に敬礼をする優奈。その余りの生真面目さに眞喜志は堪えきれずに吹き出してしまう。苦笑は爆笑に変わり、果たして優奈は拗ねた様に頬を膨らませる。

 

「もう、そんなに笑わなくたって。……でもCR小隊としてはそれが難題ですね」

「……そうだな」

 

 隊長の優奈に言われ、眞喜志は大きく溜息を吐いた。

 SSSの試験運用を目的としたCR小隊の人員は、カラーズを中心に選抜された特殊な能力の持ち主で構成されている。スペシャリストと言えば聞こえはいいが、その実態は才能優先で集められた、およそ軍に不向きな人間の集団と言えた。

 中でも優奈より一歳年下の水無瀬(みなせ)鷲尾(わしお)の両名は飛び級で大学卒の資格を有する優れた才幹の持ち主ではあるものの学徒兵としての自覚に乏しく、実戦中に所謂()()()()()()()()を始めてしまう事が多々ある。それは小隊の……特に眞喜志の頭痛の種となっていた。

 

「付け焼刃でどうなる訳でもないが、せめて上官に対する言葉遣いだけでも徹底させてくれ」

 

 自らに言い聞かせるように眞喜志はそう言うと、疲れた仕草で眼鏡を掛け直した。それを見た優奈は()()そうに、

 

「あの、一之さん、以前から気になっていたのですが、何時から眼鏡を? 入学式の時には掛けていませんでしたよね」

 

(流石にバレてしまうか――)眞喜志は独り言ちると寂しく笑った。旧来のTD操縦士には機体とのリンクと身体能力強化の為にナノマシン処置を施されている。その効果により本来は眼鏡などの矯正機器は必要ない筈なのだ。前線を引いて久しい身とはいえ、元国防軍エースである眞喜志が眼鏡を掛けている姿など、優奈には見せた事が無かった。

 

「僕も()()()に着いたって事さ。先月からナノマシンの剥離が始まった。もう機体どころか指揮管制システムへのリンクも無理になっている……言いたくは無いが水無瀬が居てくれて助かったよ」

「そんな……一之さんはまだ28でしょう? お父さんなんて亡くなる直前までパイロットを続けていました。早過ぎです……まだ教えて頂きたい事もあるのに」

 

 悲し気に目を伏せる優奈。ナノマシンの神経系への定着率は若年ほど高く、加齢とともに低下して行く。剥離が始まればどんな優秀なパイロットもお役御免となってしまう。施術を受けられる年若い戦前世代は最早稀少だ。博士がナノマシンを必要としないSSSを開発した表向きの目的はそれを避けるためだった。……恩師の娘に直接訓練をつけられなくなった事は、確かに残念だ。

 

 しかし――

 

「ナノマシンには適性があるからな。大佐は適性があり、自分にはそれが乏しかった。それだけの事さ。戦術人形についてなら、俺のようなロートルより桂城から教えて貰った方が良い。アイツはあれで面倒見がいい所があるからな。……仲直りは出来たんだろう?」

 

 そう言って眞喜志は意味ありげに笑う。果たして優奈の頬が判り易く上気した。

 

「……どうしてアイツが出てくるんですか! そもそも喧嘩していた訳じゃありませんし――」

 

 クドクドと言い訳を始める優奈。喧嘩の有無は兎も角、優奈が志生に対し一方的に怒っていたのは隠しようの無い事だった。なにしろ優奈がCR小隊に入隊し真っ先にした事は、出奔し一年近く音信不通であった志生の頬を引っ叩く事だったからだ。再会からわずか五秒。模擬戦の場で響いた乾いた音を小隊の誰もが覚えている。

 

「――それにアイツ、()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って優奈は拗ねた様にそっぽを向く。忙しい理由。それを眞喜志は知っていた。

 

()()の事が気になるのか?」

「……っ……」

 

 図星を突かれ、気まずそうに口籠る優奈。眞喜志の言う“鷹月”とは、巨大コングロマリットである鷹月コーポレーションの事ではなく、ひとりの少女の事だ。二か月前の鷹月ピラー出現の際に訓練中遭難し、志生によって助け出された少女――狩野エリア。彼女はCR小隊に転属後、優奈の機体の機上管制官となっている。

 転属時のデータではごく普通の、多少適性がある程度の目立たない存在と思われた彼女が、実は鷹月の前総裁である鷹月(たかつき)宗平(そうへい)翁の孫娘である事を知らされたのはつい先日の事だった。尤も眞喜志や隊の技術主任である鷲尾博士は薄々気付いていた事であり、志生に至っては身元引受人である()()()――彼が宗平翁であることを優奈は知らなかった――から直に()()の依頼を受けていて知っていた。恐らく優奈はそれが気に入らないのだ。

 

「黙っていた事はすまなかったな。だが、彼女は相続権を放棄した立場とはいえ鷹月家の()()。公表するには時間が必要だった。桂城は宗平翁の指示を守っただけさ。許してやってくれ」

 

 眞喜志は優奈を宥める様にそう言った。鷹月家の人間という存在には様々な思惑が絡む。それが神聖同盟への牽制になるとはいえ、慎重に事を進める必要があったのだ。

 

「理解はしている心算です……」不承不承で呟く優奈。

 

 それを見て眞喜志は軽く頷くと、「まったく、話が逸れたな……」と苦笑する。

 

「兎も角、明後日は作戦開始前の最後の休暇になるだろう。隊の皆に羽を伸ばすよう伝えてやってくれ。ただし節度は守って、な?」

「了解しました。それでは――」

 

 そう優奈に告げて眞喜志は卓上の端末を終了させる。用件が終り、退出しようとする優奈。

 

「仕事は山積みだが、博士に睨まれるのも億劫だ。今日は此処までにしよう。……少し待っていてくれるか、()()? 車で送ってやるよ。夏とはいえ、もう大分遅いからな」

「ふふ……ありがとう、一之さん。実はちょっとだけ期待してたんですよ?」

 

 眞喜志の指に掛かったキーがくるりと回るのを見て、優奈は年頃の屈託ない笑みを浮かべる。胸に過ぎる苦いモノ。それを悟られぬよう眞喜志は怜悧な仮面を被り帰り支度を始めた――

 

 

 □□□虚構遊戯~A few days ago

 

 ――そこは巨大な奇岩の立ち並ぶ赤茶けた大地だった。

 

 一体の鉄の巨人が岩陰に身を潜めている。一般には戦術人形(タクティカルドール)と呼ばれる軍用の有人ロボット兵器だ。ただ、この機体は若干事情が異なる。可愛らしく丸みを帯びた外観もそうなのだが、多分に趣味的で、とても戦闘用の機体とは思えない。

 

『趣味の悪い機体色(パーソナルカラー)だなぁ……ねえ、通信聴こえてないの? いったい誰なんだ、君は。名乗るくらいはしてもいいだろ?』

 

 コクピットに響く、敵対機体のパイロットの問いかけ。前方の窪地に身を潜めている。そして広域センサーは後方に二つの光点を捉えていた。正面の敵とは違い、やや小さめの反応。恐らくは支援用の子機。それらは戦域を迂回してこちらの背後を突こうとしている。

 

(うーん、この色って可愛くていいと思うんだけどな)そう呟いて網膜に投影される自機の腕を視認する。ベイビーピンク。それは多くの()()の心理に平穏を与える色なのよ……なーんてね。()()はペロリと舌を出す。

 

 ――ヒュン

 弾丸がベイビーピンクの機体を翳め、遮蔽物である岩の一部を砕いた。背後からの、相当に精度の高い狙撃だ。

 

『嘘……外れた!?』

 

 当惑した娘の声。ディスプレイにもう一つの光点が追加される。遥か遠方の高台。

(狙撃タイプ……そっか、貴方は囮って事?)窪地から身を起こし、超硬度携帯装甲(シールド)を構える敵機を、少女は値踏みする様に見やった。

 

『外れたんじゃない、躱されたんだよ。全くお約束過ぎる……特定された。とっとと移動して!』

 

『え、でもコイツって単騎(ソロ)でしょ? って何なの、こいつら何処から……』

 

 狙撃機の周囲に味方を示す青い光点が二つ。

 

(狙撃ポイントは予め潰しておくのって基本よね。隠蔽箇所までは特定できてなかったけど)

 

 遠方で戦闘開始のアラート。娘の悲鳴、そして狙撃機沈黙。

 

『あらら瞬殺かぁ。子機を使うって事は、君もボクと同じ指揮官(コマンダー)タイプか。あんな遠くの子機を正確に操るなんてやるね。それに本体はもちろん子機まで物騒過ぎる構成(カスタマイズ)みたいだけど……』

 

 背後に展開した二体の敵機が時間差をつけて射撃を開始する。遮蔽物の陰から少女の機体を追い出す為の勢子の役割。(流石にキツイかも?)堪らずベイビーピンクの機体が岩陰から躍り出た。

 

『子機を有効活用してのコマンダーってね。アイツの掃除に子機を二機とも向わせた以上、今の君に子機の護衛は無い。判断ミスだよ』

 

(その通りなんだけど、なんかムカつく言い方!)ベイビーピンクの機体は華麗に敵の子機の攻撃を躱しつつ、正面の敵機に突貫。近接戦闘用の高周波サーベルを抜き放って斬りかかる。クロスレンジ。誤射の危険からか子機からの攻撃は停止する。

 

『あはっ、いいねえ。コマンダー同士の一騎打ちって奴?』

 

 盾でベイビーピンクの機体の鋭い斬撃を受け流しつつ、敵機も背面ラックから大型ブレードを抜く。間髪入れず激しい連続攻撃。後方に飛び退いて回避したベイビーピンクの機体に、同士討ちのリスクがなくなった敵の子機からの銃撃が容赦なく浴びせられる。

 

(もー、何処が一騎打ちなのよ)ステップワークを駆使してで射線から逃れようとするベイビーピンクの機体。だが僅かな硬直の瞬間、左脚部に子機の銃撃がヒットする。機動力が大幅にダウン。続いて右腕に被弾。肘関節部から先を喪失。取り落とした高周波ブレードが地面に転がった。

 

『これでチェックメイト。……終わりだよ、名無しの凄腕(ネームレス)さん!』

 

 勝利を確信した敵コマンダー機はベイビーピンクの機体に自ら止めを刺すべく、芝居がかった動きで大型ブレードを振り被った。雲一つない蒼天に掲げられた刀身がきらりと輝く。

(そうね。確かに、これで終わり……)少女は静かに目を閉じる。

 

 鈍い金属音。次いで遠方から響く銃声。

 

『……直撃!? いったい何処から……』

 

 胸部を対TD徹甲弾で貫かれ、ぐらりと姿勢を崩した敵コマンダー機からの驚愕に満ちた通信。それと同時に少女の瞳に映る敵機の姿にノイズが走る。チリチリと歪み、次第に単純化されたオブジェクトへと変化し、少し安っぽい弾ける様なエフェクトとなって消えてゆく。

 

 貴官の勝利(You Win)です! ――人気声優の声を加工した合成音声が戦いの終わりを告げる。

 

 ふう、と息を吐いて、少女は顔の上半部を覆うヘッドセットを脱ぐと、かぶりを振った。濡羽色の長い髪がふわりと拡がって夜空のように流れる。どことなく精緻な人形を思わせる、透けるような白い肌。そして腰まで届く艶やかな黒髪。

 

「クスッ……貴方のパートナーの落し物のお陰。それに()()()()使()()()()()でしょ?」

 

 薄暗い部屋に設置された端末のモニター。其処に表示されるリザルト画面を見つめながら、少女は悪戯っぽく微笑んだ。彼女は最初に撃破した狙撃機のライフルを鹵獲、子機を使ってコマンダー機を狙ったのだ。

 

『遠隔操作の子機でワンショットとは。はて? 仕様(ゲームバランス)上、子機の精密射撃は不可になっていた筈なのですがなぁ』

 

 少し呆れたような声音。端末のモニターに白髪の老紳士の顔が表示される。

 

「このゲームも貴方の所の開発だったかしら? 狙撃なんてしてないわ……単に子機の射線上に相手を誘導しただけ。あの二人もなかなかやるけど、詰めが甘いのよね――」

 

『成程……弊社の看板ゲームを、随分と気に入って頂けたようですな?』

 

 老紳士に言われ、黒髪の少女は少し顔を赤らめる。夢中になっていたのは事実なのだ。

 

「た、確かに爽快感はあるわね。ヒトの闘争本能を昇華し発散させる効果がある。現実の兵器や戦争を単純な娯楽として提供するって事には引っかかるものを感じるけれど」

 

 取り繕うような言い訳めいた苦言。老紳士が苦笑するのを見て黒髪の少女は憮然とする。

 

『それは重畳。どうやら、□□□との()()はよろしいようですな……以前より一段と馴染んでおられる。これならば貴方様の使()()に支障はありますまい』

 

 飄々と語る老紳士だが、黒髪の少女はその言葉の裏の悲哀を知っていた。

 

「ごめんなさいね。この姿が貴方をどれほど苦しめてしまうのか、理解している筈なのに」

 

『お気になさいますな。あの子は目覚める事は無かった。それが此度、このような形といえど貴方様のお役に立てている……それで十分です」

 

 優しく微笑む老紳士。少女はそっと目を閉じ、心遣いに感謝する。だが心に蟠る微かな痛み。

 

「そう……でも()()()はそれを知らない――」

「…………」

「……言い過ぎたわね。ごめんなさい」

「いえ……それでは失礼いたします。何かございましたらご連絡を――」

 

 モニターから老紳士の映像が消え、同時に通信も切れる。黒髪の少女は端末を休止させ、シートから立ち上がる。窓から見える夜の路地……そして虚空に浮かぶ満月。

 

「何はともあれ、やり遂げなくては。母様(マザー)の為に、皆の為に……必ず」

 

 先程までのゲームに興じる少女とは異なる、強固な意志を秘めた責任ある立場の瞳。しかしその唇は頼りなげに震えている。軽く溜息……黒髪の少女は倒れ込む様にベッドへ身を投げ出すとそっと目を閉ざす。仄かな燐光。安らかな寝息。既に黒髪の少女は深い眠りへと落ちていた――

 

 

 

 真夏の鷹月市市街。昼の陽光が照り付ける通りは、たとえ街路樹の影でも茹だる様な暑さだ。そんな中を歩いて来た鷲尾魅悠宇と水無瀬内匠の二人は喫茶“楽園”(エリュシオン)の店内に入ると、見晴らしの良い窓際の席にぐったりと座り込んでしまった。

 

「……溶ける。溶けてしまう……博士も酷いよ。か弱いボクを真夏の屋外に放り出すだなんて!」

 

 よく効いた空調が隈なく涼風を運んでいた。馴染の店員が冷水をコップに注ぐ。それを飲み干して人心地付いたのか、

 

「折角、最高の環境でDDOプレイの予定がだったのに。フレンドの()()達にも声を掛けて、今度こそネームレスに一矢報いる筈だった――ミユだって勝ちたいだろ? 今まで五戦して一勝も出来ていないんだから。時は今!! それなのに――」

 

 ブツブツと愚痴り始める水無瀬。鷲尾は胸元を指先でパタパタとやりながら、それをどこ吹く風で受け流していた。

 

「自業自得でしょ。パパの研究用端末を使ってプレイするとか……仮にも軍属なのよ? ハッキングまでしておいて怒られただけで済むなんて、本当ならあり得ないんだから……タクの馬鹿――」

 

「悪かったよ……ってお前、少しは――」水無瀬はチラと鷲尾の胸を見て言い淀む。

 

「……ん? あ――」鷲尾の汗ばんだ白地のシャツに下着のラインが浮かび、開けられた胸元には豊かな谷間が惜しげもなく曝されていた。近くの席の男性客の不躾な視線。それは何時もの事。鷲尾は気にも留めていないのだが。

 

「あれ、タクってば、わたしの事、心配してくれてるの?」

「そうじゃなくて、少しは恥じらいというモノをだな……直球はすぐ飽きられるぞ?」

「…………」

 

 水無瀬のピントのズレた気遣い。それも何時もの事だ。鷲尾は溜息を吐くと、小一時間前の自宅での出来事を思い起こす。水無瀬が何故、鷲尾の父である鷲尾博士の端末をハッキングしたのか。それには一応、彼なりの理由があったのだが――

 

 

 

 ひと月ほど前から鷲尾たちDDOの上位プレイヤーの間で、とあるプレイヤーの事が話題となっていた。一切名乗ることなく、パーソナルネームも未設定。IDも最近のモノで対戦履歴も殆ど真新。一見新規プレイヤーと見えるが、希少な装備を持ち恐ろしく腕が立つという。恐らくは出戻りの古参か廃課金者による別アカウント。

 

 オンラインゲームの例に違わず、優越感に浸りたいがため初心者を装って新規プレイヤーを狩るマナーの悪いプレイヤーは少なくなかった。そういう輩は許せない――半ば義憤、半ば興味本位で水無瀬は対人戦(デュエル)を仕掛けた。だが、途中から鷲尾も加わっての二対一のハンディマッチになったにもかかわらず、結果は惜敗。鷲尾は数えるほどのプレイヤーしか保持していないレアライフルを鹵獲されてしまった。それから何度か挑んだものの水無瀬たちは尽く返り討ちに合っている。

 

 水無瀬はゲーム内のフレンドに声を掛けログインしてもらい、二人は高性能な端末のある鷲尾の家に寄って名無しの凄腕(ネームレス)に挑もうとしていたのだが――

 

(でもこれってまるで徒党を組んだ悪党よね?)負けず嫌いな水無瀬に鷲尾は思わず苦笑する。DDOの仕様上対人戦では少人数程強い補正が掛けられる。その為一概に数が有利とは言えないのだが、ソロプレイヤー相手に小隊規模で仕掛けるのは強豪相手でも流石に気が引けた。

 

 そんなこんなで仲間との打ち合わせも終わり、いざネームレスが出没したという場所へ移動しようとした時の事。突然、水無瀬が、『え、あの子は――』そう言って機体から降り、次いでログアウトしてしまったのだ。モニターの隅に一瞬映った蜂蜜色の髪。(エレアノーラ姫?)突飛な水無瀬の行動に呆気に取られつつも、鷲尾は集まってくれた仲間へ何とか言い繕って後を追った。すると水無瀬は父の研究室に入り込み、事もあろうか研究用の機器を勝手に使ってハッキングを行っていたのだ。

 

 当然、その行為は父の仕掛けたセキュリティに察知されてしまう。水無瀬に甘い所がある父だが流石にこれには怒り、二人は空調の効いた部屋から炎天下に叩きだされてしまった――

 

 

 

「で、どうだったの、タク? ()()()()()()は見付けられた?」

 

 言の葉に棘を含め、鷲尾は水無瀬に尋ねた。目の前には注文したクリームソーダが静かに炭酸の音を立てている。ストローは一本。二本差しにするのは水無瀬に断固拒否されたからだ。一方水無瀬はこの暑い中、コーヒーをブラックで注文していた。こっそり砂糖を入れているのを鷲尾は見逃さなかったが。

 

「……ログを追ったけど完全に見失ったよ。もう少し博士が気付かないでいてくれれば――」

 

 ぼやく様に答えながらコーヒーを啜る水無瀬。その無謀さに肩を竦め鷲尾は、

 

「それは無理でしょ。パパは娘のわたしが言うのもなんだけど、天才だから。何時もはタクが仕掛けてるのを知ってて見逃してるんだからね。……で、どうなの?」

「どう……って?」

 

 きょとんと首を傾げる水無瀬。こちらの気持ちも知らないで――鷲尾の表情に不穏なモノが宿り、水無瀬は思わず身を竦ませる。

 

「な、なんだよ……」

「……別に?」

 

(まどろっこしい……)惚けている訳ではなさそうな水無瀬に呆れつつ、鷲尾は苛立たし気に一口ソーダを吸った。水無瀬が追った人影。それは水無瀬だけでなく、隊の何人かが遭遇しているという“金髪の少女”の事だった。

 

 仮想訓練の暴走事件以来、水無瀬は何かにつけて()()について調べている。志生や優奈も遭遇したという一連の不可解な出来事に彼女が関わっているという事は明白で、眞喜志指令や父である鷲尾博士から依頼を受けての事であることは鷲尾にもわかっている。だが鷲尾は気に入らないのだ。

 

(結局その子がエリアさんに似ているからなんじゃない?)そんな仄暗い嫉妬を懐いてしまう。

 

 鷹月の姫に相応しい艶やかな濡れ羽色の長い髪。容姿端麗、清楚で可憐で、女の自分でも見惚れてしまう。それでいて厭味の無い優しい性格。そんなエリアに女好きな水無瀬が興味を懐かない訳が無いのだから。

 

(ちょっと前までは優奈先輩にべったりだったのに……)そんな的外れな憤りに、鷲尾はますます憮然と水無瀬を睨みつけ、

 

「だから……その子の事が、タクは好きなの?」絞り出す様に、一気に尋ねる。

 

「…………はぁ?」その問いに呆けた様に鷲尾を見詰める水無瀬だが、ややあってプッと吹き出すと腹を抱えて笑い出した。

 

「なによ……そんなに笑う事無いじゃない」不満そうに頬を膨らます鷲尾。

 

「ごめん、ごめん。でも笑うでしょ? 好きも何も、相手はゲームのヒロインだよ。萌はするけど恋愛感情とかは無いってば。ミユは妄想し過ぎ――!」

 

 目の端に涙を浮かべての爆笑を必死に堪える水無瀬。そう、確かに妄想かもしれない。水無瀬が追っているのは最近鷲尾が夢中になっているオンラインゲーム・機械仕掛けの騎士(Machinery Knights)の看板ともいえるヒロイン・エレアノーラ姫……に酷似した少女だ。水無瀬や鷲尾博士は彼女を暴走自立化したAIがゲームのNPCに擬態した存在なのではないか、そう仮定している。つまりは実体のない仮想的存在。そんな相手に嫉妬しているだなんて――

 

「でも……タクが珍しく真剣だから。それにその子、エリアさんとそっくりだし――」

「なんで其処でエリアさんが出てくるんだよ……」

 

 呆れた様に肩を竦める水無瀬。だが流石に無関係とはいえないだろう。優奈先輩はエリア自身がエレアノーラに変貌したところをコックピットにて目撃したという。何より髪の色を除けば鏡写しとさえ言える酷似した容姿。――とはいえハマっているゲームのキャラクターなのに、鷲尾は水無瀬に指摘されるまでそれに気付かなかったのだが……

 

「それについては結論が出てるよ。簡単な事さ。エリアさんの育ての親である狩野(かのう)彰臣(あきおみ)氏は、鷹月のゲーム開発部門に所属していて機械仕掛けの騎士の主任開発者だった――これはエリアさんも知らなかったようだけど。エリアさんはその関係でエレアノーラ姫のモデルになった。……そんな所じゃないかなぁ」

 

 得々と説明する水無瀬。身内を作品内に登場させたりする遊びは過去のゲーム開発では結構ある事だった、と父から聞いたことがある。けれどまだ納得できない事はあった。 

 

「それじゃタクが教室で出会ったっていう子は? ログアウト後に()()()んでしょ。それにエリアさんがエレアノーラ姫に()()したのは何故? AIが現実に干渉したっていうの?」

 

 質問を叩き付ける。鷲尾のらしくない強い口調に水無瀬は面食らったように押黙ると、

 

「――ふむん。もしかしたらエリアさんは憑りつかれているのかもしれないな」

 

 呟くようにそう言った。

 

「はぁ? 何よそれ。言うに事欠いてオカルト? 見損なったわよ、タク――」

 

 拍子抜けして鷲尾は肩を落とす。鷹月の姫がモノ憑き――まるで自分が愛読している三流ゴシップ誌が喜びそうな内容だ。ひと月調べてそれ? しかしその反応を予測していたのか水無瀬はフフンと鼻を鳴らすと、

 

「高度に発達した技術は魔法にしか見えない……この言葉はミユも聞いたことあるだろ?」

「クラークの三原則でしょ? それとこれとどういう――」

「フェリオン工学、サーキット、そしてエフェクト。今のボクたちにとって当たり前に存在しているこれらについて、ボクたちは実の所()()()()使()()()()()に過ぎない。君たち(カラーズ)の使うエフェクトなんて魔法そのものじゃないか。まさにオカルトだろ? そもそもフェリオン粒子自体がデザイアによって齎された未知のモノなんだから。そんな訳の分からないモノに囲まれて、今のボクたちは暮している……」

 

 そこまで言って水無瀬は言葉を切った。軽い言動から見誤られる事も多いが、鷲尾も水無瀬と同じく飛び級で大学に通っていた身だ。こちらの理解が追い付くことを見越しての事だろう。

 

「……つまり何が起こっても不思議ではない……そういう事?」

「既成概念に縛られるなって事さ。だから人工知能が人間に憑りつく――人間の記憶領域に自己をインストールする、みたいなことも可能かもしれない。何せボクたち戦後世代の持つサーキットはCPUに近い性質を持っているしね」

 

 なるほど。特に粒子濃度が高くなる戦場で遭難したエリアさんに特異な事象が起きた可能性は高いって事ね。でも、それってつまり――

 

「ご名答。エリアさんに人工知性体が憑りついているとしたら、それはデザイアの仕業と考えるのが自然だって事。そう考えると色々合点がいくところが多いしさ。……でもあの子はボクたちに敵対的とは思えない。なら目的は何なの? そう考えると途端に疑問符だらけになるんだよ」

 

 水無瀬はコーヒーを啜ると深い溜息を吐いた。水無瀬はエリアの事を疑っていた事がある。だが仲間となった今、再び彼女に疑いの眼差しを向けるのは水無瀬にとって辛い事なのかもしれない。

 

(あのタクが人を気遣うなんてね)そんな水無瀬の変化に戸惑いを感じつつも鷲尾は、

 

「それなら何としても捕まえないとね。名無し(ネームレス)があの子なら勝たないと。答えを知るためにも」

「うん。また協力してくれるかい、ミユ?」

 

(とはいえ明日から戦場だってのにゲームの話とか、わたしたちって大概に能天気よね~)今更ながらそんな事を思いつつ、まあいいか、と鷲尾は心の中でペロと舌を出した。何かに夢中になっている水無瀬を見るのが、鷲尾は好きだったから。そしてそれがエリアさんの疑いを晴らすことに繋がるなら一石二鳥だ。

 

「もちろんよ、タク♡」鷲尾はそれを快諾すると、ニッコリと微笑むのだった――――

 

 

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