五枚目はニューホンコンの夜景である。高級ホテルの窓から見下ろした一枚だ。闇の中に浮かぶ摩天楼は圧巻の一言に尽きる。
発展したビル群が作り出す光の数々は自然風景とはまた違った感慨を我々に与え、その胸を感動で満たす。それはまるで地上の星空だ。現在の地球において、これだけの夜景を見ることの出来る場所は実は少ない。それは一年戦争で主要都市のほとんどは戦禍に巻き込まれたからだ。
何度か行なわれた降下作戦で地球に降り立ったジオン軍は、地球連邦の主要都市を攻撃目標に定めた。もっとも有名なのはニューヤークやオデッサだ。軍事的にも政治的にも価値のある大都市はジオン軍によって占領されるか、焼却された。
それだけでは済まず、コロニー落としによって消えた街もある。シドニーは勿論、大気圏突入の際に割れて飛び散った破片が墜落し、甚大な被害をもたらされた都市は他にもあった。例えばパリ。かつて芸術の都として栄えたそこは現在はシドニー湾と同じように陥穽し、パリ湖として美しくも戦争の凄惨さを伝える風景と化している。
一年戦争は人口の半分を死滅させ、人間の暮らす街々も多くが灰燼に帰した。しかし、何事にも例外はある。
世界のほとんどが巻き込まれたと言ってもいい一年戦争で、このニューホンコンは奇跡的に戦火に焼かれることを免れた。この夜景は、破壊されること無く伸び続けた経済成長の証でもある。
どうしてこの都市が無事なのか。それはこのニューホンコンには宇宙港があるからだ。
宇宙と地上を繋ぐ架け橋である宇宙港は言うまでも無く重要な存在だ。10キロに達するシャトル打ち上げ用のレールは世界的に見ても貴重であり、そしてその重要性はジオン軍も承知していた。
万が一にでも傷つけてはならない。故にジオン軍はこのニューホンコンに手出しをしなかった。
英断である。コロニーを落としておいてここにだけ理性を働かせるのか、という批判はあるだろうが、コレに関しては連邦寄りの思想の私でも褒め称えたい。おかげで戦後の復興は地球もスペースコロニーも双方が順調に進んだ。それはこの宇宙港が無ければあり得なかったかも知れないことだ。
現在も宇宙港は、コロニーの建材となる地球の鉱物資源を宇宙に上げ、宇宙からはコロニー産の食糧と木星からのヘリウム3を受け取る重要拠点として活動している。世界にとって必須の施設であり、失われることはあってはならない。
しかしそんなニューホンコンであっても、完全に戦禍から逃れることは出来なかった。U.C.0087、グリプス戦役のことだ。
突如現われた巨大な兵器により、この街もついに火で焼かれることになってしまった。
ティターンズの仕業である。この街を支配するルオ商会がティターンズと敵対するエゥーゴの支援を行なっていたことにより、怒りを買ったのだろう。
あまりに短慮な行ないだ。ジオン軍ですらやらなかった悪行を、ティターンズは軽々と実行した。幸いにしてエゥーゴの早期の対応が功を奏し、被害は最小限で収まった。現在にはその惨事の面影は欠片も無い。だがもし被害が拡大していたら、コロニーの復興は更に遅れ、そして地球の人々は飢えただろう。世界は今よりも悲惨だったかもしれない。
ジオンがしなかったことを、ティターンズがやる。
宇宙に拠点を持つジオンが宇宙港を重要視し、地球至上主義のティターンズが軽視したから起こったことなのか。
それとも本来はジオンにも襲撃の意図はあったが回避されただけなのか。もしくは政治的な駆け引きの結果なのか。ただの行き違いということすらあり得る。
二つの組織は似ているようで違う。しかし結局は、行き過ぎた非道の所為で歴史から消えた。
この街の人々はどう思ったのだろう。ジオンを、ティターンズを。感謝したのか、恨んだのか。
真っ直ぐ天へと伸びた摩天楼が、そのまま人々の心を表していることを願う。
……なお今回高級ホテルに泊まれたのは、ルオ商会が友人の実家と付き合いがあったからだった。何でも友人がニューホンコンに滞在するという情報を聞きつけ、わざわざ宿を用意してくれたらしい。恩のある家系の人間を、ホームタウンで安宿に泊めては沽券に関わると遣いの人は言っていた。
どこからか聞きつけたルオ商会にも驚くが、世界有数の大商会であるルオ商会にそこまでさせる友人の実家にも戦慄した。
そしてそんな気遣いをされておきながら、ホテルを出て歓楽街に消えた奴にも戦慄する。見るからに高い部屋に私一人を置いてきぼりにして一晩帰ることの無かった奴のことを、私はしばらく恨むだろう。
六枚目は、香港の景色だ。俗に旧市街と呼ばれるここは、ニューホンコンとは雲泥の差がある。
老朽化した建物が目立ち、人々の生活も貧しそうな印象を受ける。ニューホンコンが栄える一方で、こちらの街は下町のような扱いを受けていた。
そして、一番最近に戦乱に巻き込まれた都市でもある。もっとも、直接的では無いのだが。
第二次ネオ・ジオン戦争。通称シャアの動乱。少数の戦力しか持たなかったシャアは、地球を支配するのでは無くダメージを与える戦略をとった。それが隕石落としである。
実際にラサに落とされた隕石、フィフス・ルナによって地球環境は荒れ狂った。異常気象は現在も続いている。当時地球連邦の首都だったラサが消滅した影響も、連邦首脳陣が脱出していたとはいえ計り知れないほど大きい。少なくとも脱出が間に合わなかった多くの人々は犠牲となった。前の戦乱にも劣らないおびただしい量の血が流された。
それでもなお、シャアはもう一つ隕石を落とそうとした。小惑星アクシズ。ダメ押しの隕石を落下させることで地球を決定的に寒冷化させ、人が住めなくなるようにする為である。
それは地球人類が全て宇宙に住むべしというジオン・ズム・ダイクンの提唱を実現させる為の手段であり、スペースノイドを虐げ続けてきた地球連邦への怨念返しでもあった。
崇高な思想が無かったとは言わない。しかしそれが生み出すのは結局、人々の死だ。地球環境が悪化すれば、それが緩やかな変化であったとしても、少なからぬ人が死ぬだろう。実現することが無くて、本当によかった。
そして香港は、そのアクシズ落としの目標と噂された。
実際に落ちなかったのだからその噂が本当かどうかは分からない。しかし、信憑性は低い話だ。地球の寒冷化を狙うなら落下点は大地でさえあればどこでも良く、軍略的な効果を狙うなら香港にその価値は薄い。
もっともそれは俯瞰的な視点から見た時の話だ。実際にそこに住む住民にとって、微かな確率であっても隕石が落ちると聞けば逃げ出したくなるのが人情だ。
香港の街は混乱に包まれた。なまじ宇宙港があるものだから、当時宇宙港にはシャトルに乗ろうとする人間で溢れかえった。暴動も起きたという。
今は落ち着きを取り戻している。だがあの時、地表に平静で過ごせる空間は存在しなかった。多くの人々が不安と恐慌に駆られ、混迷を極めたあの宇宙世紀0093年。
そうまでしてジオニズムは、果たすべきだったのか? それを知っているのは、未来の人々だけだ。
シャアは、何がしたかったのだろうか。そんなことをふと思う。
実は私は彼と面識がある。いや、あの時の彼をシャアと認識するべきでは無いのかも知れないが。
クワトロ・バジーナ。かつてエゥーゴの大尉であった彼とカラバの諜報員として活動していた私は、僅かな時間とはいえ言葉を交わし、その人間性に触れた。
その時私が受けた印象は、物腰柔らかな軍人、という言ってしまえば凡庸な人物像だった。言葉の端々に志の高さを感じるが、それでも彼はあくまで前線のエースパイロットであり、人を率いる器には見えなかった。
まぁ、その後の変遷を見れば私の私見が間違っていただけだ。クワトロ大尉はダカールでシャア・アズナブルという姿を民衆に晒し、その数年後シャア・ダイクンとしてネオ・ジオンの総帥に立った。そんな彼を見れば将の器が無いという私の意見が如何に的外れだったかが分かる。
その名を名乗った彼が望んでいたことは、父であるダイクンの理想の実現であり疑う余地は無い。
だが私は自分の心象を拭えない。
彼があの時望んでいたのは大義ある戦場だったのでは無いかと……そう思ってしまうのだ。
現実でも今香港は大変ですが、多くの人が納得できる落着点に辿り着いて欲しいですね。
フィクション以外で血が流れないことを祈ります。