七枚目は日本にあるムラサメ研究所跡だ。
研究所の摘発に伴って廃棄された施設群は無人のまま佇んでいる。あの場所で幾多もの少年少女が犠牲になったとは、信じたくない話だが。
ニュータイプ研究所。それは一年戦争で始めて確認された新人類、ニュータイプを人工的に生み出すことを目的として開設された施設だ。ジオンではフラガナン機関という存在が戦前に既にあったが、連邦がその分野に乗り出すのは戦後のことだ。勝者である連邦がその分野で敗戦国であるジオンに後れを取るわけには行かないと考えたのかは定かでは無いが、とにかく連邦はその国力に物言わせ急ピッチでニュータイプを研究する機関を立ち上げた。
ムラサメ、オーガスタ、オークランド。いくつもの研究所が設立し稼働した。そしてそれらは全て地獄だった。
研究所はニュータイプを発現させる為に何でもやった。文字通りに何でも、だ。孤児たちを集め、投薬や改造を繰り返し、特殊な能力が発現できるような環境に追い込んだ。死んだら尊厳も無く解剖され、ホルマリン漬けにされて辱められ続けた。新人類への進化という甘い言葉の元に、全てが赦された小世界。機械部品のように命が消費され、生き残った者も人間として壊れていた。誰も救われない地獄……。
その凄惨さは連邦によって大部分が秘匿されたいたが、漏れ聞こえるものだけでも耳を塞ぎたくなる程に悍ましい。
そんな実験の果てにここで生まれたのは人を無理矢理ニュータイプへ限りなく近づけた存在、強化人間だった。一年戦争で確認されたニュータイプはパイロットだった。故に研究所で行なわれた研究は強力なパイロットを生み出すことが中心となっていた。
心肺機能、耐G能力の強化。そして、脳機能の拡張……。
身体能力を強化することで一流のパイロットとしての適性を、そして投薬されて見えるようになった世界によってニュータイプ能力を身につけさせる。それが強化人間の概要だ。
その試みは、成功したと言っていい。確かに実戦投入された強化人間は一定の成果を挙げた。
しかしそこに彼ら自身の幸せは無い。壊れた人格のまま戦場に駆り出され、望まぬ人殺しを強いられ、誰かの盾となって散る。生き残った強化人間は、数える程だという。
私は、強化人間と話したことがある。かつてカラバに身を置いていた当時の話だ。強化人間を積極的に利用するティターンズと敵対する立場にあるカラバ、そしてエゥーゴは強化人間に対し否定的な立場を取り、むしろ積極的に保護する側だった。その関係で私が同行していたカラバの部隊が保護した強化人間と、私は会話する機会に恵まれた。
私がその強化人間と対話することが許されたのは、カウンセリングの役割を期待されてのことだった。当然ながら一介のカメラマンである私にカウンセリングの心得など無い。しかし反連邦組織が各々集まって構成されたカラバはその性質上歪で不揃いであり、要するに人手が足りなかった。
不安になりながらも私はプロのカウンセラーが執筆した電子書籍を漁り、対話に臨んだ。
談話室の椅子に座っていたのは少年だった。
意外なことに、第一印象は穏やかの子だと感じた。正直当時の私は、強化人間は尖った人格をしているものと思い込んでいた。そうでなくとも戦いを日常に置いているパイロットなのだから、荒々しい人格を持っていてもおかしくはない。だが間近で出会った少年は、静かな微笑を湛えていた。
それから少し会話を交わしたが、やはり普通の少年という印象のままだった。私が行なったのは彼のパーソナリティに触れすぎない当たり障り無い会話だったが、少年の受け答えに変わったところはなくむしろ理知的だった。正直カウンセリングが必要だとも思えなかった。
それが一変したのは私が今日の空模様について言及した時だった。会話に天気の話題を出すのは凡庸過ぎると批判されそうだが、慣れないカウンセリングという仕事を私はいっぱいいっぱいだった。しかしそれこそが地雷だったということを、私は直後に思い知る。
「今日はよく晴れているよ」と私が言うと、少年は瞳を開き唇をわななかせた。
変容した少年の様子にどうしたのだと問いかけても、少年は虚空を見つめて微動だにしない。埒があかないと私がテーブル越しに少年の肩を掴んで揺さぶったが、それはあまりに軽率な行動だった。
少年は恐慌し凄まじい力で暴れ出した。即座に同じ部屋にいた兵士たちに抑えられたが、三人では無く一人きりだったら振りほどかれていただろう。それ程の力だった。
その時少年の口から紡がれていた言葉はコロニーが落ちてくる恐怖と、スペースノイドへの憎悪だった。
私はそこで、少年はコロニー落としの被害者であり、そしてその時のトラウマを利用され歪められているのだと思った。それでも許せないと義憤に燃えたが、事実はより残酷だった。
後の調査でその記憶その物が後から施術で植え付けられた物だと知った私は、愕然とした。
人間が人間にやっていいことでは無い。
私は強化人間を断固として否定する。彼ら自身では無く、彼らを生み出してしまう土壌をだ。
人の一生を狂わせ、記憶すら歪め、尊厳すら踏みにじる。
戦争が生み出した淀みきった負の面を、私は憎悪せずにはいられなかった。
ムラサメ研究所にはもう人はいない。
だがそこには救われなかった少年少女の怨念が漂っているような気がした。
八枚目はキャリフォルニア・ベースの公開軍事演習の光景だ。
前の一枚とは打って変わって心躍る写真となった。
オーストラリアからニューホンコン。そして日本から太平洋を渡ってキャリフォルニア。空路とはいえ中々長い旅路だ。日程も短い。
それもこれも、この公開演習に間に合わせる為だ。最初にシドニー湾を見てキャリフォルニアに間に合わせるには、このルートと日程じゃなければ間に合わなかった。
要するに趣味的な面が大きく、写真を撮っている間も友人からはジトッとした目で見られているのだが、これも旅の趣旨と一応の関わりはある。
一年戦争以降の戦争を語るには、モビルスーツは絶対に避けては通れない話題だ。
モビルスーツあってこそジオンは当初連邦に優位が取れた訳で、そして戦争が激化した理由でもある。その後もモビルスーツはミノフスキー粒子散布下においてもっとも優れた兵器として時代を席巻した来た。モビルスーツこそ宇宙世紀を代表する兵器であり、戦争はモビルスーツの独壇場といって差し支えない。
だから、モビルスーツを撮影することも今回の趣旨と合致した物なのだ。
私はそう力説し、友人は胡散臭そうな顔をした。まだ疑念が晴らせていないようだ。
だから私はこの公開軍事演習自体が幾多もの戦争による変遷の結果だと言うことも説明した。
キャリフォルニア・ベースは一つの基地の名では無い。大小十数の基地の集合体だ。
今回行なわれる軍事演習はその内の半数以上が参加する、一年の内もっとも大規模な演習だ。
その目的は普段の訓練の成果を確かめる、基地同士の連携を高めるといった演習らしい物の他に、対外勢力への力の誇示や民衆への安心感を与える目的があるとされている。
要するに、連邦軍が安泰であることを周囲に知らしめたいのだ。
連邦軍の戦いの歴史には、苦いものが多い。
一年戦争時、地球連邦軍は辛勝だった。確かに勝利はしたが、星一号作戦の総大将であったレビル将軍も、宇宙軍の№2であったティアンム中将も失うという、凶悪な被害を被った。もしア・バオア・クーにてジオン軍が持ちこたえたのなら、戦争の行方は分からなかったと学者たちは口々に言う。
そしてかつては秘匿されていたデラーズ紛争も、デラーズ・フリートこそ殲滅には成功したが彼らの計画したコロニー落としは止められなかった。
極めつけはグリプス戦役だ。連邦はアースノイド側のティターンズとスペースノイド側のエゥーゴの二つに割れ、ついに内乱を引き起こした。連邦は内側で醜く喰い合い、戦役の後残されたのは屍の鷲と、企業の尖兵にならなくては維持すらできなくなった瀕死の勝者だった。そしてどちらにも付かなかった残りの連邦軍は何もせず日和見をした。
その後の二つに渡るネオ・ジオン戦争でも連邦はネオ・ジオンに譲歩する姿勢を見せ、戦争を回避しようとした。それは好意的に見れば平和的な姿勢と見えなくも無いが、言ってしまえば連邦上層部は戦って確実に勝てるとは思っていなかったのだ。
そう。連邦軍は国民から、ジオンから、そして国会にすらも、頼りなく思われているのだ。
それは今までの変遷を思えば当たり前のことだが、当然連邦軍としては否定したい風評であった。だからこその大規模公開軍事演習である。
連邦の兵力、装備、練度を全世界に喧伝することで、自分たちの健在を誇示したいのだ。
写真に写したのはネモがキャノン砲を構え発砲している光景だ。
MSA-003 ネモはエゥーゴとカラバにおける主力量産機であり、その戦力の中核を担っていた存在だ。私もカラバ時代には世話になった。そしてエゥーゴとカラバが解体され連邦軍に吸収された今は、連邦軍に組み込まれている。
ジェガンの配備が間に合っていない地上において、ネモは所謂高性能機という位置づけをされている。ジムより高い機動性を持ち、グリプス戦役より普及したムーバブル・フレームを採用したネモは、地上において精鋭の証とされている。……とはいえ七年も前のモビルスーツだ。演習の主役そのものが連邦の虚弱を表しているのは、なんとも皮肉なことだな。
演習ではネモが様々な武装を操る姿を見ることが出来た。実弾マシンガンを斉射したり、バズーカを撃ったり、更には無人のザクをビームサーベルで袈裟斬りにして見せた。普段生で見る機会の無いその勇姿に、居並ぶ私たちモビルスーツマニアたちは大興奮だ。
そしてなんと、ビームライフルを発砲する姿も見ることが出来た。ビームライフルは整備が難しく、無闇矢鱈に使用出来ない兵器だ。戦争以外で見ることが出来るのはとても貴重だ。
ビームを放っている風景を是非ともカメラに収めたかったのだが、残念ながらビームの光が激しく、まともに見られる写真にならなかった。無念である。
その他にも色々なモビルスーツが登場し、それ以外の兵器の活躍も充実していた。
ホクホク顔で安宿へ帰り着いた私は、しかし一転して明日の予定に少しナイーブな気持ちになった。
明日もまた――コロニーの落とされた地に赴くのだ。