ヒロアカ×Fate   作:トラッキング

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01 プロローグ

 この辺は最近、変な外国人が多い。と、緑谷出久は追懐する。

 ただの外国人ではなく、個性が影響した外国人らしい日本人でもなく。なんというか、本当に変な外国人だとしか言い様がなかった。まあ、悪い人たちではなかった。善人かと問われると、それもまた首をかしげるのだが……。とにかく、変な人だった。

 恐らく最古の記憶は、小学校低学年ほどのものだ。

 そうだ、確か……と、出久は苦い物を感じながら、記憶を発掘する。

 齢四歳、つまり大抵の個性が発現する年齢で、大抵の人間は現実を知る。強い個性、弱い個性、便利な個性、役に立たない個性、ヒーロー向きの個性、ヴィラン向きの個性、そして……無個性……つまり何の力も持たない底辺、ただの人。

 それが自分、緑谷出久に割り振られた手札だった。

 無個性であると知ったとき、そしてそれを理由に虐げられたときの感情は、出久にとって挫折の一言で終わらせられる事ではなかった。思い出せば、今でもその痛みはじくじくと心を蝕む。ましてや当時ともなれば、藻掻き方すら分からず、諦めることもできない。そんな子供時代だった。

 その日も、いつも通りだったのだと思う。幼なじみである爆豪勝己とその取り巻きに虐められ、からかわれ、涙して。両親にそんな姿を見せるわけにも行かず、涙が溢れるのをこらえられるまで公園で時間を潰す。まあそんな日常だ。

 ただし、この日はそんないつもと、一点だけ違いがあった。

「ふはははははは! どうしたそこな童よ!」

 気づいたら、見知らぬ女性がケタケタと笑い声を上げて、出久は思わずぎょっとした。次いで、きょろきょろと周囲を見回した。

「何をよそ見しておる。ここには貴様しかおるまい。であれば、余が話しかけているのは当然貴様であるぞ」

 なぜかふんぞり返って、彼女。意味も理由も分からないが、とにかく誇らしげだった。

 出久が周囲を見回したのは、もしかしたら自分に話しかけているのではないかもしれない、というだけではない。何か――なんでもいいから、すがれるものを探した。

 彼女は頗る付きの美人のお姉さんだった(といっても、当時の出久から見ての話である。年齢で言えば十も離れておらず、どう高く見繕っても少女といった風体だ)。意志の強そうなグリーンの瞳に、金色の長い髪は編み上げ、赤いリボンで止めている。

 それだけならば良かったのだが。問題は、格好の方だった。一言で言って、彼女は露出度を売りにしたヒーローのようだった。あれを赤いドレスと言っていいものか。胸元は大きく開き、とりわけ乳房の上半分はほとんど見えている。スカートも何故か前面のみシースルーで、太ももどころか、角度によっては下着まで見えそうだった。

 目のやり場に困るというより、関わったらマズいのではないか。それが出久の正直な感想だった。

 出久はいくらか周囲に視線を飛ばし、やがて誰もいないことが分かると、諦めたように答えた。

「はい、あー、あのー……何でしょうか」

「それは余が聞いたのだ。して童よ、なぜこのような場所で項垂れている」

「ええと」

 うーんとうなりながら、彼は悩んだ。言い訳も含めていくつかの候補が浮かんだが、最終的に選んだのは(なぜだか、そうしなければならない気がした)正直にありのままを言うことだった。

「友達にいじめられて、でもお母さんに迷惑かけたくなくて……」

「涙が乾くまでここに潜んでいたと?」

「うん……」

「小さぁぁぁい!」

 女性はいきなり声を張り上げた。

 出久はびくりとして、彼女を見上げた。

 彼女は腕を組みながら、出久を見下ろしていた。眉をつり上げ、目も細めている。不思議と怒気は感じなかったが、代わりに妙な圧力を感じた。ちょうど言い訳を考えた時のそれと似ている。

「よいか? 余は嫌いな物がたくさんある。そりゃもうすっごいある。悲観もその一つだ。これは良くない物だぞ。他人であろうが自分であろうが、不景気な面は不運をより深める」

 腕を組んだまま、むむむと唸る。かと思えば、ばっと片手を出久に突き出しなどしながら、ポーズを取った。

「と、言うわけで貴様の自虐もこれまでだ! 今決めた余が決めた!」

「決めたって言われましても」

「だが、涙などもう出まい」

 腰に手を当てた女性が、にやりといたずらっぽく笑った。

 指摘され、はたと出久も気がついた。涙はとうに乾いており、次にあふれ出る気配もない。感情も、もう収まっている。

「ふはは、それでよし!」

 言うだけ言って、彼女は公園の出口へと向かっていった。もう出久など見えていないように。

 ちょうど道路にさしかかった当たりで、彼女は警察と遭遇していた。そして、公然なんちゃらと警察が叫ぶと、いきなり追いかけっこを始めた。女性は意外なほど足が速く、瞬間的に警察を振り切っていた。警察は、応援を呼ぶべく無線に手を当てているようだったが。

 名前も知らない女性は、控えめに言っても嵐のような人だった。

 これ以降、彼女は町中で見かけることはあっても、話すことはなかった。しかし出久は、彼女のことを忘れたことはなかった。

 

 

 

 ――他にも、こんな事があった。

 いつものように、幼なじみとその取り巻きに小突き回されているある日のことだ。

「うわぁっ!」

「うわあ、だってよぉ~」

「おいデクぅ! またつまんねえ悲鳴上げてんのかよ! はっ!」

 言いながら、出久は蹴飛ばされた。

 理由は分からない。そもそもいらないのだろう。どうせ目障りだとかむしゃくしゃしていたとか、そんな事だ。後からいくらでも付け足すことが出来るし、付け足す必要もない。それくらい日常的な事だった。

 が、その日一つだけ違った事があった。勝己とその一味が、急に倒れたのだ。

「え?」

 両手で頭だけは守る姿勢で、そんなことを呟く。

 実際その程度しか出来なかった。目の前で数人に昏倒されれば。

 恐る恐る皆に触れてみるものの、全く起きる気配はなかった。

「かっちゃん。かっちゃん!」

 出久も動転して、勝己を揺さぶった。それはしばらく続き、数分後にやっと彼は意識を取り戻した。

 一瞬、何が起きたか分からないといった風に目を瞬かせたが、次の瞬間には出久につかみかかって来た。

「てめえデク! 何しやがった!」

「し、してない! 僕は何もしてないよ! かっちゃん達がいきなり倒れたんだ!」

 出久はびくびくしながら叫んだ。

 勝己も言葉に納得したという訳ではないだろう。が、出久にそんな真似は不可能だという事も理解している。ついでに言えば、出久の混乱は本物であり、それが分からないわけでもなかった。

「チッ! クソがぁ!」

 彼は誰にともなく叫び、気炎を上げた。

 そして、周囲を素早く確認し、自分たち以外に誰もいないと分かるとすっ飛んでいった。恐らく背後から自分を叩きのめした誰かを捕まえに行ったのだろう、という程度の事は分かった。

 出久が勝己に追いつけるわけもなく、とりあえず残りの人たちを起こした。彼らはぼんやりと出久と、そして周囲を確認していた。彼らは恐れも怒りもしなかった。とにかく、何が何だか全く分からないという風で、その日はそのままなんとなく千々に解散していった。

 それで虐めが収まるわけもなく、何日かすればまた同じ日常が戻ってきた。が、しばらくするとまたしても背後からの不意打ちにより、一味共々気絶させられた。前回と同じように、出久の目の前でだ。

「どういう事だクソデクゥ!」

「ひぃっ! だから分からないってば! あ、でも……」

「ンだやっぱり知ってるんじゃねえかぁ!」

 胸ぐらをつかんで振り回し、少しばかり爆発の個性を暴発させる。脅しというのとは違うと、出久は分かっていた。彼は、感情の制御が効かなくなると、ままそういう事がある。

「違くて! かっちゃんが倒れた時、一瞬だけ仮面が見えた気がしたんだ」

「仮面だぁ?」

「うん。髑髏のやつが一瞬だけ」

 びくびくしながら言うと、勝己は大きく舌打ちをしながら、手を離した。

 後になってよく考えれば、彼が本気で疑っていたわけではなかったというのが分かる。なぜなら、似たような事はいろんな場所で起きていたのだから。小は虐めを“仲裁”するという程度のものから、大はヴィラン団体をほぼ無傷で壊滅・捕縛する“制裁”といったものまでだ――なぜ髑髏の仮面の犯行だと分かったかと言うと、“制裁”の場合は、現場に日本語と下手なペルシア語が混ざった、罪状を乗せたメモ書きが残っているためだった。これのおかげで、同一犯であることも、恐らく日本人ではないことも知られていた。実際、この時点である意味有名なヴィジランテ、もといヴィランではあったのだ。

 そういった情報に混ざり、たまに同一視され、まことしやかに囁かれているのが、髑髏の仮面であり、仮面をかぶった正体不明のヴィジランテでもある。

 次の日から、虐めがなくなったかと言うと、これまたそう都合良くもない。ただし、全く変わらなかったという訳でもなかった。

 勝己の虐めは、どこか上の空になっていた。というよりも、虐めがポーズになっていたと言うべきか。

 彼は出久を殴ろうとする瞬間、いつも周囲を見回すのだ。誰かいないかを確認するために。そして殴りつけ、すぐにまたきょろきょろとする。明らかに何者かを“釣る”つもりの動作だった。

 が、その努力も空しく、三度目に至って、ついに怒りの頂点に達した。

「あああああ! っざけんな! チマチマチマチマ! やってられっかこんなこと!」

「お、落ち着いてよかっちゃん」

 地団駄を踏みながら、あたりに爆破をまき散らす幼なじみを沈静しようとする。飛び散る可燃性の液体が、前髪を焼いた。

 直接出久に爆破を叩き付けて憂さ晴らししないのは、最後の自制心が働いたからか、それともまた背後を取られると思ったからか。出久はどちらか悩もうとして、やめた。結局どちらも同じ事だったし、出久が彼の取り巻きごと爆風に煽られている事実は変わらない。

 二度目の事件からしばらく空振りを繰り返し、勝己は方針を変えた。

「デク! お前がクソ髑髏探してみろや!」

「いきなり探してみろって言われても……。ええと、できることっていったらSNSで出現情報の統計取って場所と位置を絞り込むくらいしかできないよ。時間かかるし絶対見つかるとも限らないけどそれでもいい?」

「何でもいいからはよやれや!」

 鶴の一声で決まった。

 そこからはかなり大変だった。目撃情報を洗うこともさることながら、勘違いや嘘の情報を弾きつつ、恐らく髑髏仮面の仕業だという事件も見分けて分布を作らなければならなかったのだから。出久は自他共に認めるインドアなオタクで、行動自体は割と得意な方だ(オールマイト情報を洗って、もしかしたら会えるかもしれない場所に向かうのはいつも行っていた)。が、髑髏仮面に関してはどの情報もとにかく不正確であり、小学生の身である出久には手に余ったとしか言い様がない。一つ確実な事は、髑髏仮面は名誉や名声といったものに全く興味を示さず、淡々とヴィジランテ活動を行っている、という点だけだ。

 マップがある程度出来てからは、毎日のように出かけた。爆豪勝己命名、クソ髑髏野郎絶対ぶっ殺すチームだ。

 髑髏仮面の動きは神奈川、東京、山梨と静岡の東部に偏っていた。かなり広域で活動している事がわかり、当然その分僻地での目撃は難しくなる。静岡住まいの出久達にチャンスはそう多くない。それでも幾度かは、現場らしき場所に遭遇した。ただし、事件の後か、事件が起きる瞬間でも姿を捉える事ができないかだったが。

 そんな事を何ヶ月も繰り返している内に、いつしか虐めの頻度は少なくなっていた。

 全くなくなったわけではない。相変わらず無個性という事で嘲笑われているし、勝己は気分が悪ければ個性でなぶってくる事もある。それでも、以前よりは普通に話すことが出来ていた。出久にとっては何より嬉しいことだった。

 いくらかでも関係があったのは二者だ……と、出久は思っている。見かけたくらいであればもうちょっと知っている人もいるが。

 例えば、凄く格好良い長髪の白人男性なのだが、なぜか背中を丸出しにしたデザインの服しか着ないちょっと変なセンスの人だったりとか。街頭演説で思い切り反社会的活動を行ったりし、警察複数に追いかけられる巨漢の男だったりとか。たった数年で個人資産世界トップテンに入った金髪の大富豪だったりとか。ちなみに大富豪のお兄さんには、出久達もお菓子や漫画本を貰ったことがある。

 髑髏仮面事件から何年も経たない内だろうか、真相を――つまり、世界初の多人数共有型個性が確認されたのは。伝説・歴史上の偉人区別なく復活し、世間を賑わせた(それは今まで実在しないと思われていた人間の実在証明でもあった)。

 この頃には、出久には……そして勝己にも、髑髏仮面が復活した偉人の一人だと悟っていた。髑髏仮面探しはもうやめていたが、だからという理由でもない。この頃には、髑髏仮面の活動はかなり少なくなり、別のヴィジランテが台頭したのだ。髑髏仮面に限った話ではなく、ヴィジランテ活動をしていられる期間は長くない。

 ともあれ、多人数共有型個性はかなり長い間、ニュースを賑わせていた。良くも悪くも。

 さらに何年も経ち、出久もいよいよ進路を決めなければいけない時期になった。

 希望の進路は断然雄英高校だ。当然願書も出した。が、合格は誰一人として信じていなかった。教師も、学友も――出久本人でさえだ。

 仕方がない。それが無個性という事なのだ。いくら勉強を頑張っても、勉強だけできても意味がない。ただ能力が足りないと言うだけではない。ヒーローは原則『個性を使って活躍する者』であるのだから。個性がないなら、それこそ警察でも何でもすればいい。これが世間の認識だった。

 クラスで、ふとした拍子に希望進路が知れてしまった。たったそれだけの事でも、出久は萎縮してしまった。

 休み時間になると、自然と出久の話になるのも自然な事だった。

「しかし、緑谷が雄英とは驚いたよなぁ」

「まさかすぎてな! 成績だけなら圏内だろうけど、そこら辺どうっすか爆豪センセー」

「ハッ!」

 勝己は、取り巻きの言葉を鼻で笑った。そして、席で顔を伏している出久を見下した。嘲笑だった。

「受かる訳ねえだろ、“無個性”のデクがよ!」

 笑いながら、ぴっと親指で首をかっ切る仕草を見せた。

 これでも、勝己は出久に対して大分物柔らかになった方だ。昔のままなら、即座に飛びかかり、個性で脅しくらいかけてたかもしれない。……なんだか空しい信頼だったが、出久は顔を上げて言った。

「うん……自分でもそうだと思う。でも、挑戦もしないで諦めるのは……嫌なんだ……」

「届く目処のない行動を挑戦とは言わねえっつーのー!」

「ギャハハ! マジウケる! ヒーロー志願にしたって無個性が雄英はねーっしょ!」

「言ってやるなよお前ら~。「将来の為の」なんてノートせこせこ取ってる奴にさあ~」

 嘲笑と失笑が、あたりを包んだ。勝己もその一人で、出久のノートをこんこんと軽く叩く。

「いいんじゃねーの? 雑魚ナードくんにだって背伸びしたい事くらいあるだろうよ。ま、俺が事務所を立ち上げたら事務員として使ってやるさ。ありがたく思えよ!」

 勝己は笑いながら、出久の背中をばんばんと叩いた。

 出久は悔しげに唇を噛んで答えた。言いようのない敗北感がそこにはあった。

 それっきり出久に絡むことはなく、皆が千々に帰り支度を始める。

「爆豪も雇ってやるなんて優しいなァ」

「デクは分析家(アナリスト)としてだけは優秀だからな。使ってやってもいい」

「そういや緑谷ってパソコンとか得意だったっけ。それで髑髏仮面の時とか凄かった記憶あるな……」

 消えていく雑談にしばらく遅れて、出久は動き出した。

 とぼとぼと、うつむき加減に歩く。勉強も運動も頑張ってる……頑張ってはいる。勉強は学年二位だし(一位は言わずもがな)、運動は……正直な所全く芽がない。それなりに調べて鍛えてはいるものの、頑張ってやっと同年代の平均か、それより少し上程度だった。才能ある人間や、専用の施設で専門のトレーニングを受けている者に敵う訳がない。

 どうしようもない。言ったところで、本当に。ただ焦燥と敗北感だけがじりじりと積み上がっていく。詰みの気配。

 出久は全てを振りほどくように、教室を出た。

 

 

 

 転機はその日のうちに訪れた。

 オールマイトと出逢い、ヒーローになる事を否定され、後に『ヘドロ事件』と呼ばれる事件に遭遇し、その後、オールマイトにヒーローになる事を肯定され――

 出久は今、雄英の校門前にいた。

 何ヶ月か前、緊張に心臓を凍り付かせたのとは違う、期待に胸を高鳴らせて。本当に、なんとか、ギリギリ、雄英合格を決めた。

 今にも破裂しそうな胸を、服の上から強くつかんで鎮めようとする。その試みは全く上手くいかず、ついに表情にまで表れ、口元を歪めてしまった。

 やっと――踏み出すことを許されたはじめの一歩を伸ばす。

 オールマイトの言葉が耳に響いた

『来いよ緑谷少年! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

 

 

 

 

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