ヒロアカ×Fate   作:トラッキング

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11 intermission#3

 魂魄現輪の朝は、一定していない。

 それには理由があった。別段、睡眠が不安定だとか、そんな訳ではない。単純に、起床は他人によって決められる、というだけだった。

 彼ははっと意識を覚醒させ、体が命ずるままに左手を薙いだ。手に小さい、しかし鋭い痛みが走る。

 痛みは無視して、跳ね起きた。即座に、人影を捉える。奇襲に失敗して、部屋の中を跳ね回る。最低限、最高率の跳躍で済ますそれは、部屋の中を荒らしもせず、すり抜けるように跳ね回っていた。

 影を完璧に捉えることはできないが。しかし、この狭い空間内であれば、追いつく事はできる。最適化された動きであればなおさら。

 現輪は動きを先回りして、手を伸ばそうとした。が、すぐに引っ込める。影の手に、ナイフが握られているのを見たのだ。

 現輪に動きがないとみるや、影は攻勢に出た。左手に握ったナイフで突いてくる。牽制のつもりなのだろう、その勢いは強くなかった。避けざまに腕を絡める。

 影は、現輪の動きは予想の範疇だったのだろう。絡まる腕に抵抗せず、むしろ勢いをつけて捻った。速さに負けて、絡めた手が解ける。

 互いに、攻防に失敗して、背後に跳ねた。ちょうど部屋の対角線に逃げる形で。

 しばらく、そのままにらみ合いが続いたが。やがて影がふっと力を抜いた。

「おはようございます、現輪殿」

「おはよう、呪腕」

 現輪も同じように緊張を解いて、挨拶を返した。

 いつも通りの朝。十年近くこんなことを続けている。ほんの数年前までは失敗して、心臓に刃物を突き立てられることもあった。が、今ではアサシンの襲撃だろうと(手加減してくれてるだろうが)失敗して、半殺しになる事はない。

 呪腕のハサンが最初に投げた、挨拶代わりのナイフを回収がてら言った。

「今日はスカサハ殿、ケイローン殿、書文殿が朝の鍛錬を待っていると言ってましたぞ」

「三人同時かぁ……」

 現輪はぼやいたが。

 その声を聞く者はいなかった。呪腕のハサンは伝言を伝えると同時に、既にいなくなっていた。

 ハサン・サッバーハ。これは一人の名ではない。というか、むしろ役職名に近いものだ。全く同じ名のサーヴァントが他にもいる。なので、能力的特徴から呪腕という名で呼ばざるを得ないのだが。

 生え抜きの、と言えばいいのか。それとも伝統の、と言えばいいのか。とにかく生粋の暗殺者であるハサンだが、その中身は極めて常識的だった。他の英雄と言われる存在がろくでなしばかりだと言われれば、否定も出来ないが。とにかく社会的善を信仰しており、ヴィジランテ活動などもしているが、そちらも現代の常識に則った方法で活動している。

 軽く傷を作った手を確認する。さしたるほどではない裂傷だ。体に埋め込んだルーンの効果か、もう傷口は塞がっていた。ただし、飛び散った血に濡れたシーツはしみ抜きに出さなければならない。

 現輪は左手に違和感がないか確認しながら、視線を窓の外に送った。季節は晩春、まだ日の出は遅い。

 空では、登りかけの太陽が、世界を淡く照らしていた。

 

 

 

 朝に、二度襲撃をかけられることはない。全くないとは言えないが、まあ、数が少ないのも確かだった。

 リビングに入ると、そこはちょっとした修羅場だった。バーサーカー・ランスロットがなぜか具現化していて、アルトリアのなんとも言えない微妙な視線にもだえ苦しんでいる。何秒かそのままだったと思えば、ランスロットは霊体化した。その様を、アルトリアはずっと、悲しそうに見ていた。

「おはよう」

「ゲンリですか、おはようございます」

 そのまま放っておくこともできないので、とりあえず挨拶をする。アルトリアは声に気を取り直して、表情を凜々しく変えた。

 またやってたの? とは聞かなかった。口にしてしまえば、アルトリアが悲しむのは分かっていたから。

 だが、その気遣いもあまり効果はない様だった。彼女は感づき、そしてひっそりと嘆息した。短いため息の後、言い訳のように口を開く。

「ランスロット卿には、もう思うところはないのですよ。ええ、本当です。本当なのです……」

 重ねる呟きは、どんどん力なく、薄くなっていく。

 言葉に対して、現輪は何も答えなかった。それで分かってくれると信じたわけではない。ただ、何を言ってもアルトリアを苛む結果になるのは分かっていた。

 それは、まだランスロットがセイバーのクラスだった頃だった。彼は召喚された当初は、それはもう真面目な騎士だった。王に再会できたことを喜び、同時に懺悔もしていた。裏切りを悔い、和解もした。そこまでは順風満帆だった。そこから先も、まあ順調だったと言えば順調だった。

 現代に呼ばれたサーヴァントは、基本的にやることがない。聖杯戦争――万能の器を求めた戦争だが、現輪の権能において、重大な欠点があった。戦ったところで、勝ったところで、報酬を期待できないという欠点が。

 なので、現代にいる英雄達は、基本的に何もしないか現代を満喫するかの二択に分けられる。大抵は後者であり、ランスロットも例に漏れなかった。

 そして、現代で女遊びをするサーヴァントも多かった。事情は色々あるのだろうが、もっとも多い意見としては、容姿の平均値が高くなっているという点らしい。化粧などを代表とする美容技術が発展し、容貌の最高値は過去の方が高くとも、平均値は現代の方が高くなっているのだとか。つまり、街中でぽっとナンパをしても、外れが少ないという事だ。

 それだけならば、まあいい。その時点でもアルトリアは微妙な表情をしていたが、これは彼に限らないのだ。だから、まあいいとしか言い様がない。

 問題は、彼が人妻に手を出した点だった。

 それはもう荒れに荒れた。相手の旦那は当然激怒したし、こちらを訴える姿勢も取っていた。しかし、当時はオールマイトに合う前だった。つまりは、サーヴァントが一般的に認知されていない。扱いとしては、不法入国者と同等だった。

 示談には、それはもう大変な労力が必要だった。人妻の方がランスロットに心底惚れ込んでいるのも、問題をややこしくする要員だった。人妻は、今の旦那と別れてランスロットと添い遂げると臆面もなく言ったのだ。そんな状態で示談が成立するわけがなく、旦那のランスロットに対する敵愾心は、当時の事情を理解しきれない現輪にとっても恐ろしいものだった。

 家計を握るダ・ヴィンチの苦労もあって、なんとか事は穏便に済んだ。ただし、それは魂魄家に限った話であり、相手方は当然のように破局した。結局ランスロットの女遊びは、一つの家庭を崩壊させて終焉を迎えた。

 そんな女であれば、どのみち破局してたのでは、と言う者もいた。だが、それは通用しない。所詮は破局させた側の理屈だ。

 それでも、そんなんでも、ここまでならばまだマシだった。本当に。

 円卓の騎士は、それはもう荒れに荒れた。

 ただでさえ、ランスロットには裏切りの実績があり、それに対してよく思わない者が多数いたのだ。それが許されたかと思えば、この事件である。総スカンという言葉も控えめだったかも知れない。何より堪えたのが、アルトリアの責めるでもない、ただただ悲しそうな視線だった。

 結果、どうしたかというと、ランスロットはバーサーカーのクラスに逃げた。いっそ鮮やかとも言える転身だった。

 バーサーカーというクラスには基本的に理性がない。なので、対話の必要がないとでも思ったのだろうか。やむを得ない理由があったのかも知れない。事情は本人のみぞ知る。

 こういった経緯があったので、ランスロットはいくら暴走しようとも、アルトリアが出てくれば勝手に霊体化した。バーサーカーとしてはトップレベルに使いやすくはある。アルトリアのメンタルを犠牲にしてだが。

「苦労してんなあ」

 思わず、言葉が漏れてしまった。はっとして口をつぐむが、時既に遅し。

 はっとして現輪が振り返ると、アルトリアがテーブルの上で項垂れていた。

「あー……その、ごめん」

「いえ……構いません。構いませんから、そっとしといてください……」

 現輪は諦めたようにかぶりを振った。

 恐らくシロウが用意してくれていた朝食の袋を手に取り、中庭へと出て行った。

 

 

 

 魂魄邸の中庭は、面積だけで言えばそれなりに広かった。ただし、それは運動に適した形状かと言えば、全くそんなことはない。

 その庭は、およそ万民が外見から想像するものだった。時代、文化の区別なく、乱雑に詰め込めるだけを詰め込んだような、ふざけた家。その中にあるものだから、庭だって一定の領域を確保できるものではない。その上、いろんな様式の文化が敷き詰められている。そのため開いている場所は少なく、細長い。およそ運動をするのに適してはいなかった。

 これが、現輪が修行をするのに、いちいち山まで向かっていた理由である。多少の運動をするならばいいが、本格的に戦闘訓練をするとなれば、圧倒的にスペースが足りなかった。

 まだ師匠らは来ていない。それをぼんやりと認識しながら、庭の一角、日本様式特有の小岩の上で、弁当を広げた。

 サーヴァントに曜日感覚がどの程度あるかは知らないが。休日は、家にいる者が多いように感じた。自然と朝食を取る者も多くなり、そのため現輪は、こうして外で食べる事にしていた。

 食事がちょうど終わる頃に、師匠ら三人同時に現れる。体のどこかがほつれたり、血を流したりと、既に一戦やらかした後の様子だ。

 三人が三人とも、肩を怒らせて詰め寄ってくる。

「現輪よ! お前は私の槍を継いだのだ! そうだろ!?」

「いいえ、一番の師は私です。でしょう?」

「何を言うか! 儂の技こそが一番色濃く出ている!」

「槍のベースは師匠、体術のベースは先生、そこに師父の業を混ぜ込む感じでって結果でてませんでした?」

 だいたいここまで、週に一度は言い争う事ではあった。

 そのままぎゃいぎゃいと争いに発展する姿を見ると、いい加減悟るものはあった。ああ、今日の朝練はもう駄目だな。自分でなんとかするか。

 槍乱れ、神業の弓が降り注ぎ、人の域を外れた魔技飛び交う。無駄に高度な程度の低い争いを傍目に、現輪は杭を取り出した。この杭も、いい加減まともなものに変更したいのだが。ひっそり考える。いつも違う物のため、いつまで経っても手になじまない。雑な道具に、変な手癖がつきそうだった。

 どっかんばっこん音を立てながら、大人げない大人達が争う。当然、その余波で庭園のいくらかが破壊された。このせいでまた争うんだろうな、と、現輪は達観と共に眺めた。時折飛んでくる流れ矢を軽く弾く。

 どうせこうなるのだから、庭で本格的な修行ができないでもない、とは言える。ただ、後からうるさく言われるだけで。

 そんな風に、半ばのんびりしているところに、茨木童子が来た。手に朝食が入った入れ物を持っている。

 彼女は自分を悪逆非道の鬼だと称しているが、なぜだか行儀がとてもいい。歩きながら食べ物を食べたりはあまりしなかった。寝転がりながらお菓子は食べるのだが。

「うおっ、なんだこれは? この世の終わりか?」

「まあ、ギリシャ神話とケルト神話と近代英雄が争ってるところは、たしかに終末感あるが」

 ぱっと見、どうしたらそうなるのか不思議な絵面だ。

 茨木童子は、争う三人を迂回しながら、現輪の近くまで来た。さっきまで現輪が座っていた岩に腰を掛けると、弁当を広げる。

 いくらか、そのまま鍛錬に力を入れる。たまに飛んでくる矢だけを気にしながら。

 と、ふと思いついて、現輪は茨木童子に声を掛けた。

「なあ、お前って別のクラスになれる?」

「……? んく、なんだ、藪から棒に」

 口の中に入っていたものを飲み込みながら、彼女は言った。

「言ったとおり、クラスをまたげないのかなって。剣持ってるから、セイバーあたり? になれるかもと思ったんだが」

 実のところ、一人が複数のクラスを持つことは、さほど珍しいことではなかった。

 が、言わんとすることを理解できないのか、茨木童子はやはり不思議そうなままだ。

「例えばクー・フーリンなんかは、最初ランサーとして呼ばれたんだが。これを俺は勝手に基礎クラスって呼んでる。んで、他にもクラス適正があるんだよ。ライダーだったりキャスターだったり。そうやって適正あるクラスには()()()()()事ができるらしい。これも俺は勝手に適正クラスって呼んでるんだが。お前にゃ適正クラスってバーサーカーだけ?」

 適正クラスが複数あるサーヴァントは、珍しくなかった。とりわけ芸達者なサーヴァントは、大抵複数の適正クラスを持つ。今近くで戦っているスカサハも、大概の武具は扱えるため、セイバーやアーチャーのクラス適正もあるのだとか。それで強いかは別の話だが。

 アーサー王などはわかりやすい例だろう。伝説にある武具を数え見るだけで、大抵のクラスに当てはまる事が分かる。

 どうでもいいが、アルトリアはランサーになった時、自分の体が成長していない事に不満を漏らしていた。なぜだか成長していなければおかしな気がしたのだとか。クラスをまたいでも身体的に変化があった者などいないのだから、変化がある方がおかしいのだが。

「他にも、霊基を改竄できる者がいると、適正クラス以外にも移れるらしいんだが。これは例外だけど」

 代表的なのが、ダ・ヴィンチだろう。彼女、もとい彼は、自分の霊基を弄って、体を理想の女(モナリザ)に変えているくらいだ。たまにはは別の姿になりたいなどと言って、少女の姿になったりもする。最高にイカれた奴である。

「そういう風に、適正クラスが複数あったりする? もしくは霊基改造できたりとか。いや、して欲しいって訳じゃないんだ。ただ確認したいだけで」

「んんん? 全くよく分からんが、とりあえず吾は鬼だぞ?」

「それは知ってるけど。その様子だと、多分無理そうだな」

 ふむ、と考え込んで、現輪はいったん手を休めた。

「これってバーサーカーである事が原因なのかなあ?」

「なんだ? 吾がバーサーカーだと問題があるのか?」

「問題って程じゃないけど。バーサーカーで適正クラスがある奴っていないんだよな。お前の他にも、一応会話が通じる奴はいるんだが、別クラスに移れた例しがない。ランスロットは自分から逃げたから例外にしても、ヘラクレスなんて絶対アーチャーとしての適正の方が高いしなあ。理性がないから移れないって思ってたんだが、もしかしてバーサーカーって元々そういう特徴のクラスなのかね……」

 ぶつぶつと、後半は独り言になりながら。

 言っているうちに茨木童子は食事を終えたようだ。綺麗に包みを畳むと、憮然とした表情で指さした。

「どうでもいいが、あっちは放っておいてよいのか?」

 当然その咲きにいたのは、争っている三人だ。師匠がどうのとかはもうどうでもよくなったのか、ただ単純に争いを楽しんでいる様子だった。対価は修理不能なほどの、庭の致命的な破壊だ。

「お前はまだ来て日が浅いから知らないようだけど」

 現輪はきっぱりと断言した。

「言葉を尽くして聞き入れてくれる奴なんて、サーヴァントの中には一人もいない」

「……汝も大変なのだな」

 彼女に同情の目で見られて、果てしなく悲しくなったが。

 もしかしたら。

 話して分かってくれる相手というのの一人目が、人食いの化け物になるかもしれない。それは人として果てしなくどうなのだろうと思ったのだが。疑念に答える者は、誰もいなかった。

 

 

 

 あまり身にならない体術練習からしばらく。現輪は地下室にいた。

 魂魄邸地下。ここは、キャスターの牙城だと言えた。

 サーヴァントの中でも、キャスターの割合はそれなりに多い。そして、キャスターは例外なく地下に私室を持っていた。それは工房なるキャスターの要塞であったり、単純に工作室がうるさくて地上に持ち出せなかったり、静かでいい環境だからと作家が自分専用のPCを持ち込んでいたりなど。用途は多岐にわたる。とにかく、地下室の殆どはキャスターが自分のために設えた工房であった。

 そのうちの、キルケーの工房の隣にある一室。そこで現輪は、キルケー監督の下、魔術の修練をしていた。

力よ(フェオ)回れ(ラド)維持せよ(ニイド)

 三つの魔術を並列処理する。水は杯から干され、丸く宙に浮いて、さらにその惑星の周囲に、三つの円環が走っている。複数魔術の長時間制御、それが今日の課題だった。

「うん、いいね。中々上手くいってるよ。後はそれをどれだけ維持できるかかな」

 うんうん、と何故か眼鏡をかけて教鞭を持っているキルケーが頷く。どうも形から入るタイプのようだった。

 一見するとたいしたことのない魔術処理に思えるが、重要な事でもある。現輪が魔術を扱うのは、大抵戦闘の時だ。そういった場合に、複数魔術を、息を吸うように当たり前に扱えなければいけない。

「んふふ~」

「魔術使ってるときに頬突かないでよ、姉さん」

「駄目だよ~。これも集中力維持の一環だからね」

 にこにこと、何が楽しいのか、彼女は笑って指を頬に埋めてくる。その程度で魔術を乱さないことは、魔術の師たる彼女が一番よく知っているはずだが。

 魔術の師、という意味ならば、現輪にとってはスカサハ(ときどきクー・フーリン)とキルケーだ。だが、スカサハは必要最低限、つまり体にルーンを刻み終えた時点で、そうそうに辞めてしまった。

 ちょくちょくちょっかいをかけてくるキルケーを意識の外に出し、円環を増やしていく。四つ、五つ、六つ……増えるごとに魔術回路に負担がかかり、それ以上に意識にかかる負担が大きくなる。円環もただ増やすだけではなく、回る速度をより加速させた。

「地味で時間がかかる訓練だし、ちょっと話しよっか」

「ん」

 現輪は小さく頷いた。この状態で話し込むのは難しかったが、聞きがてら相づちを打つ程度ならば問題ない。

「個性因子と魔術回路は表裏一体。これは前に話したと思うんだけど、これはつまり、同じリソースを食い合ってるって事なんだ」

 言いながら、彼女はおもむろに、テーブルの上に座った。足を組み、わざわざ下着が見えるか見えないかと言うような角度に調整しながら。

「密室に女教師と二人! 個人授業! 手を出してもいいんだぞ!」

「そういう不誠実な事はしない」

「そっかー……」

 キルケーはしょんぼりとして、テーブルから降りた。ただそれだけをするために乗ったらしい。

 それどころではない、という理由もある。円環が十を超えた辺りから、手癖で行えないほどの負担になっていったのだ。

「それで、個性因子だけど……現輪くんのそれが仮に純正の魔術回路だった場合、はっきり言って私でも足下に及ばない魔術師になれてた可能性がある。サーヴァント数十人を支えられる魔力を供給できるって時点で、既に頭がおかしな性能だしね」

 キルケーが教鞭を振る。と、虚空に光が生まれた。光はやがて形を取っていき、それはやがて地図になった。

 関東一円を空に生み出し、その上からさらに光で覆う。光はいびつな円形で、関東全域を覆うほどではないが、それでもかなり広大であるのは分かった。

「現輪くんの魔術特性は地だ。自分の個性が及ぶ限り、龍脈まで覆って魔力を回収している。魔術師数百人から、下手すれば千人ほどの性能を持つかな。これは驚くべき事だよ。工房を無視して、龍脈にまで干渉して、魔力を回収するなんて。神でもないのにこんな人間が生まれるなんて、どんな奇跡かと最初は思ったさ」

 キルケーが指を振る。と、地図も霧散した。

「魔術回路の数は生まれに依存するはずなんだけど、下手に個性因子になってるせいで、私にも限界が分からない。少しだけ、惜しいなと思うこともあるよ。もし君が純正の魔術師だったら、それこそ神をも超える魔術師になってただろうからね」

「んー……もしも話だねぇ」

「まあ、所詮余談だからね」

 キルケーは苦笑した。と思ったら、急にぱっと笑顔になる。

「どころでそろそろ私にむらむらしたりとか――」

「しない」

「そっかぁー……」

 彼女は酷くしょんぼりした様子で言った。いつものことだった。

 

 

 

 午前。日は昇ったが、まだ昼には早い頃。現輪は雄英高校に向かっていた。

 高校入学前は山に向かっていたのだが、入学してからはもっぱら学校を修行の場にしている。距離的には山の方が近いのだが、雄英の方が交通の便がいいのだ。時間的には早く済む。

 休日なのだが、自習に来る生徒は意外と多い。先生が言うところ、休日に自習で来る生徒は学年が上がるごとに多くなるらしい。

 休みの日であっても、サーヴァントの『英雄教室』は開いていた。本格的に始まるのが午後からなので、まだぱらぱらとしか人はいない。これが午後になると、大体10人前後になるのが常だった。さすがに休日まで全員出席とはいかない。

 わざわざ具現化して一緒についてきた茨木童子は、一直線に爆豪へと向かった。突撃、いきなり張り倒している。

 爆豪の悲鳴と怒声が響く。皆、最初の方はいちいち驚いていたが、今ではもう気にする人間の方が少ない。

 茨木童子は相変わらず爆豪を子分扱いしている。当然爆豪はそれを受け入れるはずもなかったが、悲しいかな、力の差は歴然だった。

 午前の間はストレッチと基礎体力の向上に費やす。これは現輪に限った話ではなく、午前中から集まる者に共通する事だ。中には爆豪のように、早々にハードトレーニングを始める者もいるが。

 いきなり(かなり一方的な)バトルを始めた爆豪を尻目に、現輪はアンクルウェイトをつけて、ランニングを始めた。肉体強度に対して、その重さは申し訳程度だったが、ないよりはいいと思っている。

 と、その日は珍しいことに、相澤がいた。

 どうも現輪を待っていたらしく、軽く手招きしている。ランニングはいったん中断し、そちらへと向かった。

 相澤は、何というか、いつももっさりした雰囲気の男だったが。その日はさらに鬱々としている様子だった。

「ちょっと聞きたいんだが。サーヴァントの中に、アイドルがどうたらと言って、街中で騒いでる連中がいるな」

「はい」

 心当たりはあった。ので、即答する。

 相澤は、どこかうんざりとしなが言った。

「そいつらの騒音について聞きたいんだが、あれは個性――じゃなかったな。宝具とやらの効果か?」

「いいえ、違います。単純にクソうるさいだけです」

 これも悩むことではなかったので、はっきり答える。

 回答に、相澤は嘆息した。実際、疲れているのかも知れない。

「そうか。ヒーロー(こっち)で処理はできないか。じゃあ警察に任せるしかないが、どう考えても手に余るな……」

 サーヴァントを処理するに辺り、大変だったものの一つに、個性の境界があった。宝具、スキル、魔術、それ以前の地力。どれも個性と比較して差し支えない性能のものばかりであるが、当然個性とは別物だ。

 ヒーローとしては全て個性扱いしたいところだったろうが、それで納得するわけがない。サーヴァントからして見れば、何をしたところで個性扱いで追い立てられる事になるのだから。最悪、オールマイト級集団の反乱を起こされる。それは、サーヴァントにとっても、治安維持組織にとっても、望むことではなかった。

 それで生まれた妥協点が、宝具を個性として扱う事だった。その他については、ただの技術や体質扱いである。妥当とも取れるし、臭い物に蓋をしたとも取れる。

「俺からは頑張って取り締まってくださいとしか。現代倫理に反しない以上、サーヴァントの自由を縛るような真似はする気がありませんし」

「十分公序良俗に反しているんだがなあ……」

「程度の問題ですよ。誰しもが間違う程度の事なら、ささやかなもんです。でしょう?」

 その言葉は、相澤も、まあ納得できる事だったのか。それ以上は言いつのらなかった。

 と、彼はふいに、周囲を見る。現輪も釣られて、周りを見た。

 特に何か面白い光景があるわけではない。爆豪は相変わらず、茨木童子と戦ってはなぎ倒されている。他の者は、ウォーミングアップを済ませたのか、簡単な組み手をしていた。

 相澤がまた、ため息をついた。今度のそれの意味は分からなかった。

「俺が教えるより強くなってるんじゃないか……?」

 ぼやきには、現輪は肩をすくめることしかできなかった。人類最高クラスの教師と比較すれば、誰だって見劣りするというものだ。

 体をほぐし終えて、現輪は食堂へ向かった。

 休日でも、自主訓練をする生徒のために、食堂は開いていた。さすがに平日ほどのバリエーションはない。そのため、弁当を持ってきている者が大半だったが。そのためかどうかは分からないが、食べに来るサーヴァントもまずいない。

 その日、食堂を利用したのは、現輪と切島だけだった。二人して、一種類しかないメニューを頼んで、閑散としか人がいない食堂で食べる。

「なあ、サーヴァントの中で一番強いのって誰なんだ?」

 食べ終わって休憩している頃、出し抜けに切島が言った。

「いきなりどうしたんだ?」

「魂魄の周りって強い奴がたくさんいるんだろ? そんなかで誰が強いのかって、やっぱ気になるじゃん!」

 なぜだかぐっと拳を握る動作を決めて、切島。

 まあいいけど、と現輪は答えた。

「単純に戦って誰が勝つかで言ったら、アーサー王とジークフリートがツートップかな」

 へえ、と切島は目をぱちくりさせて言った。

 現輪はそんな様子に、肩をすくめる。

「納得いかない様子だな」

「納得いかないってか、ジークフリートはともかくアーサー王って普通に戦って強い印象ないから、以外だなと思って」

「まあそうだな」

 呟き、現輪もデザートのプリンを食べ終える。食器だけが乗ったトレーを横にやって、肘を突いた。

「誤解がないように言っておくと、サーヴァントは強ければ勝てるってわけじゃない」

 切島は不思議そうに首をかしげた。

 知らなければそんな反応だろうな、と思いながら、現輪は続けた。

「サーヴァントって、ざっくり言うと燃料が共通なんだよ。通常行動、スキルやらに依存する分には個性で賄えるんだがな。宝具を使う時は、俺の魔力――まあこれが燃料だと思ってくれ。そっちを消費する。つまり魔力を消費し尽くすと、全員がエンスト起こすわけなんだよ。これの影響はステータスダウン、風邪で体が動かなくなるみたいなもんだけど、この上に、宝具の機能不全も起こす。発動型はまず発動しないし、常時型も殆ど機能しない。というかむしろ常時発動型を持ってると、さらにステータスが下がる」

「体が鈍くなる上に個性が発動しなくなるみたいなもん?」

「そんな感じ。そうすると、どんな奴が強いと思う? 自分で魔力を調達できる奴なんだよ。それが、竜の心臓とやらを持ってるアーサー王とジークフリートなんだ。サーヴァント同士が本気で戦った場合、まずはおれがエンスト起こすまで宝具ぶっ放す所からまず始まるんだよな」

「なんてーか、ぞっとしない話だな。そんなことされて、お前大丈夫なのか」

「大丈夫じゃないよ。魔力がなくなった時点で体力まで搾り取られるからな。エンストした時点でおれは指一本動かせない」

「えっぐ……」

 切島がうへぇと呟いた。

「で、その二人の次に強いのが、高位の工房で魔力を回収できる上位キャスターで、次に来る。さらに武芸に秀でたサーヴァントが来て、その次に常時発動型宝具を持つ武芸に秀でたサーヴァント。さらに下に魔術技能持ちや下位キャスターが来て、その下に一芸持ち、その他って順番になるな」

「なんか聞いてると、真剣勝負ってよりはスポーツ競技に近い感じだなあ」

 間違ってはない、と現輪は思った。

 制限がある以上、戦いは競技的にならざるを得ない。大宝具を持った者同士であれば、なおさらだ。大宝具なら簡単に魔力枯渇を起こせるし、その後に自信があるならば、しない理由もない。もっとも、そこまですることはまずないが。

 現状でなりふり構わず戦った場合、アルトリアとジークフリートが優位なのは皆が認めるところではある。優位、というだけであって、勝つと言わない辺りが、プライドを感じさせた。

「ちなみに、魂魄が戦ったらどうなるんだ?」

 これも、細やかな好奇心だろうが。残酷な好奇心でもあった。

「相手にならないね。ほぼ何もできずまける」

「お前でも?」

 意外そうに、切島。

「基礎スペックが違いすぎるんだよ。俺がどれだけ体を強化しても、サーヴァントには追いつかない。せいぜいスピードだけなんとかって所だ。速さだけなんとかなっても、今度は攻撃力がたりない。相手にろくすっぽダメージを与えられない訳だ」

「へえ……サーヴァントはオールマイト級だって聞いたとき、んなわきゃねーだろっておもったけど。案外そうでもないのか?」

「方向が違うからなんとも」

 当たり障りなく答えたが、実際戦ったらまずサーヴァントが勝つだろうとも思っていた。

 今のオールマイトには、弱体化という致命的な欠陥がある。最近それは解決した、とスカサハが言っていた気がするが。

 なんにしろ、引退を余儀なくされるレベルではあったわけだ。現在はリハビリ中のはずであり、どのみち完調でないのは変わりない。

 食後の休憩も終えて、二人は戻っていった。

 多少遅れたためか、人はそろっていた。人数は十人前後、休日の出席率としては多い方だろう。

 現輪は、飯田、緑谷、砂藤の三人がそろわなかったため、自分の修行をすることになった。

 自分も強くなった、とは掛け値なしに思う。少なくとも技術面だけは、師の弟子達に近いものがあるのではと思っていた。

 たまにペンテシレイアから、アキレウスと間違えられて襲われる事もある。全く嬉しくないが、技術面でアキレウスに近くなってきた証左だろう。本当に嬉しくないが。毎回いちいち死に物狂いで抵抗する羽目になるし、師匠らは助けてくれないし。

 結局その日は、暇していたスカサハに死ぬほど追いかけられた。

 ペンテシレイアであろうがなかろうが、死にかける事には変わりないのだ。

 

 

 

 その日、全ての修行行程を終えて、家路につく。

 多少重くなった体を引きずりながら門をくぐろうとすると、ばたばたと音がした。何事かとは思うが、こんなものは日常でもある。歩調は緩めることなく、門をくぐった。

 中に入ると、そこではメドゥーサが荒れ狂っていた。

 ドアは半開きになり、大きなシューズラックが倒れている。その上に乗っていた、何の花を生けていたんだか分からない花瓶は、床に落とされ無残に割れていた。何をどうしたらそうなるのか、壁や天井までひっかき傷のような何かがある。

 本人も無事ではない。私服はほつれているし、誰だかに作らせた魔眼殺しも、やや目から外れかかっている。眼鏡の奥の瞳は、やや充血していたし、涙ぐんでもいた。

「どしたの?」

 これを直すのには時間かかるだろうな。またダ・ヴィンチが苦労するんだろうな、などと思いながら。倒れたシューズラックを避けて、とりあえず家に上がった。

「現輪ですか……」

 声は、可能な限り落ち着けようという努力は見えた。まあ、努力だけは。

 メドゥーサは、口の端からしゅーしゅー息を漏らしながら言った。つついたら今すぐでも噛みついてきそうだ。

「申し訳ありませんが、ネロ、アキレウス、イスカンダルを見ませんでしたか?」

 ぎりぎりぎり……器用に歯ぎしりをしながら、声を漏らす。さすがにくぐもっていた。

「帰り道には見なかった。今帰ったばかりだから、家の中にいるかはわかんないけど」

「そうですか」

 大して期待してはいなかったのだろう、メドゥーサはあっさりと答えた。そしてまた、油断なく家の中を見回すが、移動する気配はない。

「……どうしたの?」

 知りたかった、というよりは、聞かなければ後が怖いと言う風だった。聞くと、メドゥーサはぐりんと首を振って、現輪に向き返った。

「聞いてください! 酷いんですよ!」

 その場にぺたんと座り込み、ついでに床をぺしぺしと叩きもしながら。そこで外れかかった眼鏡にも気づいたのだろう、かけ直しながら、続ける。

「知っているでしょう、私のバイク!」

「ああ、何年もお金貯めて買ったやつ?」

 言いながら、現輪は記憶を探った。先日、メドゥーサが注文したバイクが届いたんだったか、と思い出す。

 バイクには詳しくないので、あれを何というのか、現輪は知らない。舞い上がっていたメドゥーサは、1000ccがどうとかスーパースポーツがどうとか言っていた。その単語が何を意味するのか、よく分からなかった。せいぜいバイクの種別なのだろうという予想くらいしか立たない。

 メドゥーサはサーヴァントの中では珍しく、本当に珍しく、勤勉なタイプだった。限られた割り振り時間で、こつこつとバイトもしていた。他のサーヴァントが遊びほうけている時間も、である。

 言うだけならば簡単な事だが、これは本当に希な性質なのだ。

 どのサーヴァントも、第二の人生として、同時に所詮はサーヴァントだと割り切っている。そのためか、享楽主義者が多かった。要は地に足をつけようという発想がないのだ。

 気の遠くなる時間、散財の誘惑に耐え、時には金をかすめようというサーヴァントを制し(これが割といるのだ。現輪の財布も、しょっちゅう奪われている)。そこまでして何かを買おうとした者は、現輪の知る限りメドゥーサしかいない。

「もしかして、バイクを勝手に使われたとか?」

「それだけならばまだいいのです……」

 ぐらぐらと煮立つ怒りに、メドゥーサの髪のが浮いた気がした。

 今はただの、長身の女性にしか見えないメドゥーサだが、これでも正体は女神、もしくは神話の怪物だ。枷が外れた場合、その霊格はそこらのサーヴァントの比較ではない。

 さすがにそこら中を石にするのは辞めて欲しいな、と思った。

「ええ、まだ許しましょう。スーパースポーツで、それも新品で、バイクスタンドなど真似たのも、まだ許します……」

 ぎしり、とこれは握ったメドゥーサの手が鳴らした音だ。人類が出していい音ではない。人ではないが。

「ですが! バイクをこかしたのだけは絶対に許せません! 無茶な運転をして、あげくに「転んじゃった♪」と? こ、殺す……!」

 眉はいよいよ危険な角度になり、目は充血を通り越して、白目が赤くそまりもしている。

 というか、ステータスまで変化していないだろうか、と現輪は我が目を疑った。クラスも変えずに、気合いだけでステータスが変わるものなのだろうか。あるいはそれができるのが、神なのかもしれない。

「一度では許しません……三度ずつ殺します……!」

「宣言されても……」

 まあ、それでも温情ある方だろう。

 サーヴァントは死なない。これが意味する所を、現輪は知らなかった。ただ、霊基を破壊されても三日前後で戻るという事実だけを知っている。

 ただでさえ人類最高クラスの力を持つ存在が、殺しても数日で復活する。さらに言えば、どいつもこいつも暇を持て余している。組み合わせとしては最悪に近い。

 しゃべっていていくらか気が晴れたのか、メドゥーサの顔からは、いくらか険が取れていた。

 ふう、と彼女は呼吸を一つして整え、そして真顔になって言った。

「それでは私はこれで。まだ一人しか殺してないので」

「もう一人は始末したんだ」

「ええ。ですが一人目で学習したのか、逃げ足が早い。中々捕まりません」

 メドゥーサはどこまでも真顔で、真剣だった。それが本気を思わせる。

 気の済むまで好きにさせておこう。思って、その場を離れる。やり過ぎるようなら、後から落ち着かせればいい。

 と、メドゥーサを離れたところで、アキレウスが手招きしていた。やたら目に痛い鎧を着ているという事は、ランサーのクラスだったか。

 とりあえずは、素直に招かれた。

「どしたの?」

「事情はメドゥーサの姐さんから聞いたろ?」

 ひそひそと、メドゥーサには聞こえないように。しかし視線は絶対に彼女から話さぬまま、アキレウスは続けた。

「なあ、頼むよ。間取り持ってくれ」

「言って聞いてくれそうな雰囲気でもないけど……というか、メドゥーサの言ってる事って正しいの?」

「まあ、概ねその通りだよ。ただ言っとくけどな! バイクを倒すなんて間抜けな真似したのはネロだからな! 俺は普通に乗ってただけなんだ!」

 会話はもちろん、物音もしなかったはずだが。メドゥーサは気配を感じてか、こちらに視線を飛ばしてきた。アキレウスは見られる前に引っ込み、やがて視線が外れると、また頭半分だけを乗り出してくる。

「な? 頼むよ! 俺は悪くねえ! というわけで俺だけは助けてくれ!」

「これがトロイア戦争随一の英雄かぁ……」

 なんだかやるせないものを感じてかぶりを振り。

 そして現輪は振り返り、大声を上げた。

「メドゥーサ、こっちにアキレウスがいるよ!」

「お前いきなりぃ!?」

 メドゥーサの声はなかった。ただ、獣のような姿勢になって、跳ねてきた。ついでに格好も、私服から、サーヴァントとしてのそれに替わっている。

「裏切ったなああぁぁ!」

「最初にメドゥーサの信頼を裏切ったお前らが悪い」

 絶叫するアキレウスに、すげなく答える。ついでに彼がしばらく霊体化できないよう、個性の綱も引いておく。

 彼の悲鳴が途切れるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

 風呂と食事を終えて。まずやることは、いつも決まっている。

 現輪は日本様式エリアまで散歩した。散歩というのは比喩でもなんでもなく、本当に家の中でも、これだけ広いとちょっとした距離がある。

 向かったのは、刑部姫の部屋だ。

 ノックをする。返事はない。これはいつものことだ。

 部屋の鍵は、かけられていなかった。中に入るも人影はない。それでも、中に居る事だけは、気配で分かった。

 部屋の中は、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。汚れている訳ではないのだが、狭い部屋の中に、これでもかと物を敷き詰めている。部屋の中にある物は、大抵オタク文化の産物らしいが、それらに詳しくない現輪には、見分けがつかなかった。

 壁に掛かっているラッパを取り、思い切り吹いた。おもちゃのたいした作りではないものだが、それでも甲高い音が響き渡る。

 吹き終える前に、ベッドの上に刑部姫が具現化した。ぽふんと小さな音を立てて跳ねる。その拍子に、ベッド近くのフィギュアだか何だかが落ちた。

 ラッパを吹けば必ず起きるが、具現化まで絶対にするわけではない。こうして現れるのは、アサシンの枠が埋まってない場合に限った。

「うぅ……おはよぉ」

 まだぼんやりしているのか、どこか舌足らずに、刑部姫。

 もそもそとそのままベッドの中に入ろうとして、ふと動きをとめた。ベッドの上に座り直し、指を絡め、上目遣いなどしつつ。

「ねえ、げんちゃーん。ちょぉっとお願いがあるんだけどぉー」

 やたら甘ったるい、甘えた声。

 現輪は大きくため息をついた。言葉にというよりは、仕草に対して。リアクションに、うっと刑部姫が息を詰まらせる。

「今回は何?」

 何の気もなしに聞く。

 彼女のこの手の話というのは、さして珍しくない。

 サーヴァントにはいろんな人間がいる。同じ数だけ、いろんな人格がある。今更何を注視するまでもなく、当たり前の事だ。自分のことを全部自分で済ませられる人間がいれば、そうでない者もいる。その程度の話。

「ちょっとお金貸してください! ちょこっとよ! 本当にちょこぉーっとだけ足りなくて、ね?」

 何が、ね? なのかは分からないが。

 現輪は尻のポケットに入れてあった財布を投げた。刑部姫はわぁい! と小通りしながら、それを受け取る。

 金はどうでもいいのだ。どのみち使う宛があるわけでもない。必要なものは、倉庫でも探せば見つかる。一度使ってうち捨てられたものも多いため、もったいないからそちらを優先する、という事情もある。

「ありがとぉー。姫、うれしー」

「そのぶりっこ、聞いてて痛くなるんだけど」

「いやぁ、お願いするときくらいしおらしくしといた方がいいかなーって思って」

 えへへ、と笑いながら財布を大事そうに抱えられると、どうでもいいかと言う気にはなってくる。

 人の物を無言で(それも分かっていて)持って行く奴もいる。そういった者に比べれば、大分マシではある。

「っていうか、最近友達に聞いたんだけど、刑部姫って有名配信者らしいじゃん。パートナープログラムだっけ? そういうの申請すれば金の心配なんていらないんじゃないの?」

「それは駄目!」

 がっと、勢いよく刑部姫が言った。座ったままだが、体を乗り出しもする。

「姫はね、ちやほやされるために配信者をしてるの! そのためには余計なバイアスがあっちゃいけないのよ! だから、動画配信で報酬を得るような事はしない! 報酬のために配信してるなんて思われちゃうじゃない!」

「それで借金してたら世話ないと思うが……」

「それはそれ! 大体ね、動画配信なんて中身のないもので報酬を得ようと思うのが間違いなの! 報酬を得るのは同人活動みたいな、真っ当な事をしたときだけ! ちやほやされる為だけの行為でお金を稼ぐなんてプライドが許せないわ!」

「外弁慶っぷりはどうにかならんもんか」

 クソみたいな誇りだった。

 それでも、まあいいかと思い直す。今に始まった事でもない。

 

 

 

 刑部姫が起きるなり生配信なるものを始めたので、そこで現輪はお暇した。

 喉が渇いたので、リビングに向かう。

 リビングには、珍しく光がともっていた。

 食事時を終えると、そこは閑散とする。60インチのどでかいテレビが置いてあるが、大抵の私室には似たようなものが置いてある。そもそもプロジェクターが置いてある広間だって、一室や二室じゃないのだ。わざわざリビングを使うのは、物好きだと言えた。

 ソファーの上に寝転がり、テレビを見ているのはアルテラだった。

 ぼんやりしていてこちらの気配に気づかなかったのか、冷蔵を空ける音でびくりとしていた。こちらを振り返り、口元にお菓子のかすをつけた顔で、あたふたとする。

「いや、これは違うのだ。その、ええと、転がりながらつまみ食いをするのは言い文明だな!」

「別に言い訳しなくてもいいんじゃない?」

 ネロなどは、転がりながら物を食べるのがマナーの文化出身だったりするのだし。多少だらしないくらい、それが風習だったのだと言われれば判断も付かない。慌てたことこそが一番の失点だ。

 アルテラ――本名は分からない。彼女もかたくなに語ろうとはしなかった。

 少なくとも、正史にも伝承にも、そのままの名は伝わっていない。公には知られたくないという事で、名を警察にも伏すサーヴァントはそれなりに居たが。現輪も名前を知らされない者は少なかった。彼女の他に言うと、自分の名前を知っていないのがおかしいと言い張った、後に正体が判明したギルガメッシュくらいだろうか。

 キルケーの話では、本来だと、サーヴァントの中でもトップクラスに霊格が高いらしい。ただし、自ら格を下げているため、今ではたいした力もないのだとか。

 彼女が過去に何を想ったのかは分からない。おそらくは永遠に。ただ、過去と決別したのだけは、その様子から分かった。

 そう言ったわけで、彼女はサーヴァントとしてではなく、ほぼただの人間として現代を満喫していた。

 最初の頃こそ感情の起伏に乏しかった。しかし何年かするうちに、今のような表情豊かなアルテラになっていた。友達を作り、買い食いをし、どうでもいいニュースに一喜一憂する。まるで、ただの少女としての自分をやり直すように。

「そ、そうか」

 おほん、と気を取り直すように、一息置き。

 アルテラは転がり、ソファーに肘を突いた姿勢から、ちゃんと座り直す。

「このことは秘密で頼むぞ?」

「知られたくなきゃ自室でやればいいのに」

「何を言う。こういうところでひっそり、誰にも知られないようにやるのが楽しいのだろう」

「それは否定しないけど」

 確かに、隠れて何かをするのが楽しくて仕方ないという時期はある。

 テレビには、夜のニュースが映っていた。この時間であれば、ドラマなり何なりやっているだろうに、特に目的もなく見ていた事が分かる。

 と、ニュースで、アルトリアがでかでかと写された。アーサー王が現世に降臨して数年たち、既にセンセーショナルな話題とは言えない。それでも、たまにこうしてニュースになる事がある。

「アーサー王……、いや、アルトリアか……」

 どこか、難しげにアルテラが呻いた。

 彼女とアルトリアの関係は、微妙なものだった。というより、アルテラが一方的に、アルトリアに思うところがあるらしい。少なくとも生前の知り合いでない事は、アルトリアに確認を取っていた。だからこそ、より居心地が悪そうだったが。

「含みがあるんだかは知らないけど、思った事は直接言った方がいいと思うぞ」

「いや、そういう訳ではないのだ……」

 かぶりを振り、どこか口の中に苦い物を含んだような表情で。

 いくらか沈黙していたが、ニュースがアーサー王の話題から逸れたところで、ぽつぽつと話し出した。

「ただ、哀れだと思ってな」

「哀れ?」

 言っている意味が、よく分からず。現輪は首をかしげた。

「そうだ。多分、彼の王に対する感情を形にするならば、『哀れむ』というのが一番合っているのだと思う」

 語る彼女の表情は、昏かった。まるで召喚当初の頃のようだ、と現輪は思った。

「あれはそうである事を望まれ、最初から王以外の道などなく生きてきたのだろう。私には分かる――とてもよく、分かる。だから哀れみ、そして惜しいと思った」

 体を背もたれに預け、彼女は天を仰いだ。何を見ているのかは分からないが、それが少なくとも天井でないのは分かる。

 サーヴァントが遠くを見るとき、そこにあるのは現代ではない。かつて生きた過去を見る。余人には触れられない、そして触れてもいけないもの。

「傲慢になるべきだったのだ。自分が望む自分になるべきだった。現代でならば、それができた……」

「それはおれのせいで……」

「違う」

 アルテラは断言した。言葉を遮るほどの勢いで、強く。

「ダ・ヴィンチ、ニコラ・テスラ、エジソン、アンデルセン、シェイクスピア……キャスターだけでも、その存在感を表すには十分だ。ここにカルナを足しても」

 そのような選択肢があったのだろうか。現輪は考える。

 全くない訳ではなかったのだろう。嘘をつき、ごまかし、ついでに現輪の身の危険も顧みなければ。そうしなかったことには、本当に感謝しかない。

「求められれば否定できない。例えそれが一生ものの棘となろうとも。私が彼女に抱くものはそれだ。過去を見捨てきれなかった自分がいる。それがどうも、歯痒いのか、悔しいのか、私自身分からない……」

 彼女に。

 現輪は、複雑なのだなと思った。それ以上の感情を持てば、失礼なのだろうとも思った。

 番組は変わり、画面いっぱいに花が舞う。それをかき分けるようにして出てきた文字が、百合のマリー。

「む、マリー・アントワネットの番組か」

 アルテラが気分を入れ替えるようにして、そう言った。

 番組はなんてことはない、映画の予告だ。マリー・アントワネットの幼少期からギロチンにかけられるまで。煽りは、今、真実が明かされる。

「彼女のよくやるよねえ」

「そうだな。あれの場合は楽しんでいるのだろうが」

 サーヴァントを公開して程なくだろうか。マリーは自分の生涯を、アマデウス執筆のノンフィクション小説として出版した。

 文豪がいた中であっても、アマデウスが執筆した理由は簡単で、彼らだと絶対に余計な話を足すからだ。まあマリーの話をシェイクスピアが執筆するというのは、誰にとっても微妙に納得いかないものを残すだろうから、妥当な所だろう。

 そんなわけで、邦題・百合のマリーは瞬く間に大ヒット。本家フランスで映画化するに至った。

「これは面白そうだと思わないか? 私は絶対に見に行くぞ」

「マリー本人も楽しみにしてるから、一緒に見に行くことになるんじゃないかな。時間が空けばだけど」

 ふん、と鼻を鳴らして興奮しているアルテラに、ごゆっくりと残し。

 現輪は部屋へと戻っていった。

 

 

 

 喉を潤し、ベッドに寝転んだが。どうしても先ほどの話が渦巻いて、寝付ける気がしなかった。時計を見れば、既に深夜と言っていい時間だった。

 しかたないと現輪は起き、窓の外に出た。ベランダから跳ねて、一足で屋根まで飛ぶ。

 家の広さに比例して、当然屋根も広い。高さがまばらなせいで、実際よりも広く見える。

 その屋根の、高くも低くもない一角。そこには、三人のサーヴァントがいた。佐々木小次郎、ディルムッド・オディナ、アルジュナ。全員事情は違えど、人前に出ることを快く思っていない者達。

 今日はちょうど満月だ。ならば、恐らく月見酒でもしてるだろうと思ったが、正解だった。

「おや、現輪ではないか? どうしたのだ、明日も早いのであろう?」

 気づいた小次郎が、杯を掲げながら言う。

「少しだけ、ご相伴にあずかろうと思って」

「呑み仲間が増える分には構わんさ。なあ?」

 小次郎の問いかけに、残る二人も静かに頷いた。

 現輪は予備の杯を受け取って、酒を少しだけあおった。

 酒に強いわけでもないし、そもそも飲み慣れていない。喉を焼く感覚にはなれなかったが、脳を酩酊させる分にはちょうど良い。

 満月を見上げて、思う。これは奇跡だ。今現輪の目の前にある世界は、無数の奇跡によってなりたっている。あらゆる時代の、あらゆる英雄。それこそ神話としか思われていなかった存在まで。

 この三人が飲み交わすのだって、奇跡だ。

 いくらでもある。溢れるほど。しかし、換えだけはきかない。取り返しもつかない。そんなもの。それが奇跡。

 奇跡に奇跡は重ならない。そんなことを思い知らされた――もしくは、思い出させられた気がする。

「現輪」

 声を掛けられ、はっとする。いつの間にか月に魅入られていた。

 振り向くと、視線を向けているのはアルジュナだった。

「あなたの欠点は悩みすぎる事です。己が不可侵の領域まで思い煩わぬよう」

 見透かされ、現輪は酒気の濃い吐息をふっと吐いた。そうなのか、そういうものなのか、と思う。

 続けるように、ディルムッドが言った。

「後は、たまには我々に()()()()()()頼れ。まあ、俺の場合は人前に出る時以外になるが」

 自虐ジョークを言われて、現輪はぷっと吹き出した。こんなもので、いいのかもしれない。

「ありがと」

 杯を干して、器を返した。手を振って、その場を離れる。彼らに言われたとおり、明日も早いのだから。

 酔いが回ったまま、布団の中に入る。先ほどまでとは違って、よく眠れそうだった。

 これが概ね、平均的な現輪の一日だ。

 

 

 

 

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