ヒロアカ×Fate   作:トラッキング

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12 体育祭編

 林の中を、素早くかき分けて走る。高速で、とまでは言えないが。

 まっすぐ走ることは出来ない。整理が行き届いているのか、木々はどれもまっすぐだ。地面の平らであり、散策には向いている地形と言える。

 もっとも、その中を素早く、それも人に追われながら走るというのであれば、簡単なことではない。ましてや、範囲まで限られた中、三人に囲まれているとなれば。

 その簡単ではない行為を、現輪はいともたやすく行っていた。元々こういった地形は特異なのだ。がれきの山であったり、もっと自然に形成された、うっそうとした森の中であったり。そういう実践的な地形での運動こそをたたき込まれていた。

 ふっと定期的な息を吐いて、気配を確認する。背後に一つ、左右に一つずつ。上手く追い込んでいると言える。

 この訓練を始めてから、二週間ほど。緑谷らは、既に速度に負けて木々に激突するという事もなくなっていた。成長が早いのか否かは知らない(自分がこの訓練をした時は、こんなにぬるくなかった。トラップが山ほどあったし、矢とか槍とか平気で降り注いできた)が、とにかく成果は出ている。

 そろそろ範囲外に出そうだと持ったところで、現輪は左斜め後ろにバックステップを踏んだ。

 上手くタイミングを計って、気配の二つが木々に阻まれるように。それを察知してか、右側の気配、砂藤が追い込みをかけた。この動きで、二人が一手遅れた分を挽回した。

 砂藤の動きに、現輪は体を反転させた。飯田と緑谷は、木を迂回して囲みにかかった。

 訓練を続けて初めて、現輪に逃げ道を塞がれた形である。

 ここで逃げることはなんてことない。今までしなかった三次元行動、つまり上に飛んで木を利用する。一人を投げ飛ばすなりして抜ける。あるいはもっと単純に、今までセーブしていた速度を一段上げる。

 が、これは訓練だ。

 一人でも不甲斐ない動きをしていたならば、そいつを投げで通り抜けていたが。全員無闇に手は伸ばさず、体を低くして、足も払われぬよう上げず、連携も崩さない。完璧とは言えないが、上手く纏まった連携。

(最期だな)

 それを自覚して、現輪は人の圧も木の隙間も緩い方へ、今までの速度のまま駆けた。最期の悪あがき。これに反応するならば終わる。

 彼らは期待に違えず、飯田が上半身、緑谷が下半身、そして砂藤がリカバーに入った。

 体に向かってきた二人は、両手で押さえる。が、そのリカバーまでは手が回らない。砂藤は、現輪の上半身に触れていた。

「終了」

 言って、現輪が立ち止まると。三人はぽかんとした。言っていることがよく分からない、現実を上手く認識できない、そんな顔。

 現輪は苦笑して、もう一度言った。

「だから、訓練終了だよ。クリア。お前達は、初級訓練、速度の習得に成功したの」

「お……」

 その声は、誰が絞り出したのかは分からないが。

 地に伏せられた飯田と緑谷は立ち上がり、逆に立ったままだった砂藤が座り込む。今までとは逆の形だ。そして、三人一斉に声を上げた。

「おっしゃあああああ!」

「やった! やったよ僕たち!」

「やった……! 我々はやったぞ!」

 涙し、抱き合い、大いに騒ぐ。それだけ訓練は困難だったのだろう。

 師匠も、自分を育てるときこんな感じだったのかな。そんな風に思いながら、現輪はぼんやりと三人を見ていた。

「よかったよ、これで俺も自分の修行に集中できる」

「おう、魂魄もありがとうな! 俺もめちゃくちゃレベルアップしたのが実感できるぜ!」

「後はこれを本番で試さなきゃね」

「うむ。能力を得た確信はあるが、それを実践証明するのはこれからだ。油断は厳禁だな」

 気を引き締めようとはしているが、しかし表情は緩んでいる。

 まあ、このときくらいは気を抜いてもいいか、と現輪は思い、特に注意もしなかった。

 明日から、彼らは武術訓練に混ざることになるだろう。それぞれにどの師匠が割り振られるかまでは分からないが。

(しかし、間に合って良かった)

 多少はペースアップをした甲斐があったというものだ。

 明後日にはもう体育祭なのだから。

 

 

 

 二日というのはあっという間に過ぎた。

 体育祭の発表からB組やら普通かやらが宣戦布告に来たり、そもそも体育祭に戦く者がいたりと色々あった。

 今は控え室で、皆がリラックスしようとしては失敗している最中だった。各々平静を装っているが、どうも落ち着きがない。

「しかし、たかだか体育祭で控え室って凄いよな。中学の時なんて、グラウンドの隅で待機だったじゃん?」

 隣に座っている峰田に言う。と、彼は愕然とした様子だった。

 そのような感じだったのは、峰田に限った話ではない。盗み聞きとも違うだろうが、話を聞いていた周囲の人間も似たような反応だった。

「お前……雄英体育祭知らないの?」

「んー、ちゃんと見たことはないな」

「マジかよ……」

 一周回って感心したように、峰田は呟いた。

 言われてもな、と現輪はぽりぽり頬を掻きながらぼやく。

「今もそう変わらんけど、俺の生活なんて修行修行また修行だぞ。のんびりテレビを見てる暇なんてなかったろ。放課後だってお前らと遊んだ事なんてなかったろ?」

「お前、付き合い悪かったもんなー。だからクラスで影薄かったんだぞ」

「ほっとけ。今は相対的に付き合いいいからいいんだよ」

 しかし、と思う。こうなるならば、一度くらい雄英体育祭をちゃんと見ておけば良かった。わりかしテレビ人間なところがあるアルテラや刑部姫に聞けば、何か分かったのだろうか。

 ほんの数ヶ月前まで雄英への進学など考えもしなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 と、

「おい、緑谷」

 控え室はお世辞にも静かだと言えなかったが。それらを押さえつけるような重圧のある声が響いた。

 見ると、どこか切羽詰まったような顔の轟が、緑谷に何か言っていた。

「お前が実力を上げてきた。それはよく分かる。今じゃめちゃくちゃなスピードで飛び回ってるしな」

「え? ええと、うん、ありがとう?」

 別個の訓練をしているとはいえ、所詮各々鍛錬に数十メートル程度しか離れていないのだ。やっていることの様子は、嫌でも見える。

「それに、オールマイトに目をかけられてる。それが悪いってわけじゃない。ただ、お前には負けない。それを言いたかっただけだ」

 轟に気圧されて、緑谷は一瞬言いよどみ、うつむいたが。深呼吸をひとつして、はっきりと轟に視線を向けた。

「僕も、その……入学してから今まで遊んでたわけじゃない。曲がりなりにも個性は制御できるようになったし、一応成果も出た、と思う。だから、うん……はっきり言う。僕が、トップを取るよ! 轟くんにだってもちろん勝つ!」

 ぐっと、轟のそれに負けないよう、緑谷が視線を鋭くする。二人の間で、火花が舞ったようにも見えた。

「くそぅ! 熱ぃなあ! 俺も混ざりてえ!」

「さすがにああいう所に混ざるのはノーマナーでしょ」

 今にも飛び出しそうな切島は、芦戸が止めた。

「お前もだぞ、魂魄」

 と、轟が振り向いていった。

「はっきり言って、お前はクラス最強だ。それは……認めなきゃなんねえ。でも、最期に笑うのは俺だ」

「……そうか!」

 現輪の言葉に、何人かがずっこけた。

 素早く立ち直ったのは切島で、手などをばたばたさせながら言った。

「そこはお前、緑谷みたいに気合い入った啖呵吐く所だろ!」

「言っても、俺そもそもヒーロー志望でもないしなあ。そりゃわざと負ける気こそないけど、モチベーションがねえよ」

「そ、そんなもんなのか?」

 切島はあんぐり口を開けて。轟も、思い切り肩すかしを食らったような様子だったが。

 ヒーロー資格さえ取れればいい人間なんて、こんなもんである。

 時間が来て、生徒全員が入場口に並ぶ。

『選手入場!』

 プレゼントマイクのものだろう、よく響く声が届く。

 A組が進み出ると同時、観客席から大きな声が上がった。

『遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 入学したてでヴィランの襲撃を見事撃退した超新星! ヒーロー科1年A組だあ!』

 ざわめきは、次第に大きくなっていく。

 ヒーローとは人気商売。悪評も話題は話題と言うが、これは正真正銘の名声だ。注目度も高くなるのは仕方のない事だった。

 A組は全員、胸を張っていた。それは、緊張から開き直ったとかいう類いのものではない。誰も彼もが自信満々なのだ。僅か二ヶ月あまり、言ってしまえば付け焼き刃程度だろう。しかし、苦しい自主練を乗り越えてきたというプライドが、そのまま度胸として宿っている。

 B組も気負ってはいるが、その他のクラスは、なんというかお気楽な者が多かった。まあ、これは仕方がない事ではある。サポート科はまだしも、普通科、経営科にとっては、本当にただのお祭りだ。どう言いつくろっても、体育祭の主役はヒーロー科である。

『開会式の前に、スタッフの紹介があるぜ! 実況はこの俺、プレゼントマイクだイェー! そしてなんと、驚け皆の衆! 解説は先日引退会見をしたオールマイトだ!』

『HAHAHAH! みんな、よろしく頼むよ!』

 わっと、会場中が湧いた。ざわめきは歓声だけに止まらず、周囲と何かを言い合っている者もある。

『気になる所だけ教えてやるぜ! マスコミども、しっかり聞いとけよ! オールマイトの手術は成功だ! 今はリハビリ中だから、こうして招いたって訳さ!』

『さすがに審判などはできそうにないからね。ここで解説する事を許して欲しい』

 今度は、会場が爆発せんばかりの声が上がった。もう怒号だか雄叫びだかも分からない。ただ、オールマイトについて、人たちが待ちに待っていた情報がある。それが全てだった。

『そしてさらにー! サプライズゲスト! 神秘のベールに隠されたその先にあるのは!? 超美人! 正に世界屈指の美女! 1年ステージ臨時救護班長! 世界初の共有型個性が一角、玉藻の前だぁー!』

 巨大スクリーンが移り変わる。と、そこにはケモミミに尻尾が生えた絶世の美女、玉藻の前がいた。

 いつもの着物の上から、白衣を羽織っている。にっこり愛想笑いをして、手では狐の形を作り、ふりふりと振っていた。

 おおー、と会場中から声が上がった。

 彼女は魅了の呪術やら何やらはつかってない。そもそも画面越しでは発動しないのだし。それでも男女区別なく感嘆の声が上がるくらいには、彼女の容貌は優れていた。

『玉藻の前氏は手足が千切れても、瞬時に繋げられる程の術の持ち主だからね。大怪我しないに超したことはないが、しても問題ないくらいの人ではある。諸君、恐れず挑んでいこう!』

 玉藻の前が臨時救護班に入ることは、現輪は先に知っていた。

 というのもあらかじめ話は聞いていて、ただでさえ枠争いが激しいキャスター内で取り決めを行っていたからだ。

 ちなみに彼女は金で雇われているため、借りは発生していない。玉藻の前曰く、ぼろい商売だったらしい。しばらく遊んで暮らせると、小躍りしていた。この仕事の後は、日帰り温泉旅行をする、などととも言っていた記憶がある。

「選手宣言!」

 と言ったのは、朝礼台(この場合そういう表現で正しいのかは分からないが)に乗ったミッドナイトと、その後ろで待機しているイレイザーヘッドだった。どうやらミッドナイトが主審で、イレイザーヘッドが副審らしい。

「選手代表、1年A組、爆豪勝己!」

 指名されて、爆豪は前に進み出た。ポケットに手を突っ込んだまま。この時点で、まあ大抵の人間は嫌な予感を感じてただろう。

「せんせー。俺が一位になる」

 当たり前に、ブーイングが起こった。観客席からもざわめきがあったくらいである。

 そんな状況も無視して、爆豪は続けた。

「せいぜい俺の引き立て役になれや」

 びっと、首をかっ切るジェスチャーまでして。もはや本当にヒーロー志望なのかすら怪しいレベルだった。ヴィランが乱入してきたと言われた方が、まだ違和感がない。

 これで顔色一つ変えないミッドナイトは、ある意味凄いのかもしれなかった。あるいは何年かに一度、この手の困ったちゃんは出てくるものなのか。

「それじゃー第一種目、もとい予選の説明をするわよ! 今年の競技内容はこれ!」

 言って、巨大スクリーンに映し出されたのは、障害物競走という文字だった。

 雄英らしいと言えばらしいのだが、巨大な、無意味に入り組んだスタートラインが、がちゃがちゃと動いてくる。

 それは生徒の前で門を組み、丈夫についた信号が点灯した。これが全て消えたら、スタートの合図だという事なのだろう。

「コースはスタジアム外周約4km! 当然危険な障害物ましましよ! コースさえ守れば何をしたって構わない、雄英体育祭に相応しいゴチャマンファイト! ただし個性による危険な攻撃だけはNG、即失格だから気をつけなさい! あんたたち! 準備はいいわね!」

 人数に対し、入り口が狭い。これも“障害物”のしかけの一つなのだろう。ライバル自体が障害物。

 押し合いへし合い、中には誰かに叩かれもした。中にはべったり触れられた気もするが、なんとか運良く前方に陣取れた。

 さすがに予選で負けるのは情けないため、ここくらいはクリアしておきたい。

 ふと、近くに居る轟が目に付いた。彼の目は、気合いが入っていると言うよりは、据わっている。あ、これぶっ放す気だな、と瞬時に気がついた。

「スタート!」

 言葉と同時に、ランプが消える。その瞬間、現輪は前に飛んだ。

「うわぁー!」

 案の定、背後から悲鳴が上がる。振り向くまでもなく分かる。轟の氷結によって、足を封じられたのだろう。

 スタートダッシュには成功して、運良く暫定一位になった。もっとも、すぐ背後に轟のものであろう気配があるので、油断も出来ないが。危険な攻撃は禁じられているとはいえ、逆に言えば、危険がない攻撃であれば許可されているという事でもある。

「待てや半分野郎! クソ槍!」

 さらにその後ろから迫ってきているのは、まあ声で分かる。爆豪の絶叫と共に、破裂音までもが聞こえた。

 轟の妨害で、これで大半は上位争い脱落だろう。まさか、すぐに追いつける程度の氷結でもあるまい。さすがに足が壊死しかねないようなものではないだろうが。

 スタジアムは球形に近い三角形で、つまりストレートに近い道が三つある。先頭グループは早速最初の直線に入ると、プレゼントマイクの声が上がった。

『いくぜお前ら! 第一関門、ロボ、イン……』

 現輪は最期まで聞かずに、ランスロットを具現化した。

 体を小さく丸めると、体操服の背中をがっつり掴ませる。そして、簡単な指示を出した。まっすぐぶん投げろ。

 バーサーカーは絶叫を上げると、現輪をボーリングの玉の様にぶん投げた。ボーリングと違うのは、玉が地につかず、地面と水平にすっ飛んだ所だ。

 現輪はあっさりと直線を踏破し、ついでに地面に足を伸ばす。その程度でバーサーカーの投擲威力を殺せるはずもなく、地面に受け身を取りながら転がった。土埃を上げながら、勢いをあまり殺せずごろごろと転がり、最期はコースライン兼緩衝マットに激突して、やっと止まった。マットが明後日の方向に吹き飛ぶ。

『ってオイィ! 障害物が展開し終わる前に通過するのはアリなのぉ!?』

『HAHAHA! それも実力のうちさ! ちなみに今のはアーサー王伝説のランスロット卿だ。バーサーカーなるクラスで、会話が出来ないのが惜しいね』

 実況を聞きながら、現輪はいてて、と呻いて体を払った。

 分かってはいた事だが、手加減が限りなく苦手なバーサーカーにぶん投げられて無事なはずがない。

 会場の湾曲も考慮すれば、ストレート一つにつき1キロ前後といったところか。さすがにそれだけの距離飛べば、ミンチにならない程度には受け身を取れるが。それが無事である事とイコールではない。既にUAジャージはぼろぼろだ。こうなる可能性は考慮済みで、着替えを三着持っているのが救いだ。

『ワントップを追いかけるように人が群がる! おぉーっとA組轟! 進路上のメカヴィランを一瞬で凍結させたぁ! だから障害物を無力にするのやめろって!』

『それも実力のうちさ! しかし轟少年はすごいな。単純に個性の出力で言うなら、既にプロと比べても申し分ない。使い方からも、受けた教育の高さが垣間見える』

 さすがにこれだけ離れていると、気配も感じられない。そもそも選手より近くに大量の気配があるのだからやむなしだ。

 実況だけで状況を把握するしかない。

『巨大ロボ、雪崩落ちるー! こいつに潰されたらリタイア確実、保健室直行……ってナニィー!? A組、個性も使わず避ける避ける避ける! こいつらどうなってんだ!』

『A組はクラス総出で放課後の自主訓練に励んでいたからね。体術の高さは飛び抜けているさ』

『後を追うのはB組集団! お前らも頑張れよ! 今のところ思い切り遅れを取ってるぞ!』

 プレゼントマイクの実況を聞いて、なんとなく現輪は、これって競馬っぽいなと思った。

『轟、二位独走……いや違うぞ! A組緑谷、飯田、砂藤が恐ろしい速度で追い抜いていった! ヤベェ、なんだこいつら! 個性にしたっておかしな速度だぞ!』

『彼らは速度特化訓練をしていた面々だね。障害物がない状況となると、他の者は少し苦しいかもしれないな』

 やっと体の痛みも退いてきて、普通に走れるようになる。意味もなく一人で独走は思ったより寂しいし、なんだか歩きたい気持ちにもなったが。さすがに怒られると思い、ランニングくらいには走っておく。

 緩いコーナーを回ると、その先は飛び地になっていた。太いザイルだけが張り巡らされ、その上を通れという意図なのだろう。

 普通の地面じゃない訳がないはずなのだが、どれだけ深く掘ったのか、光も届かない。まさか落として殺すつもりでもないだろうから、下には緩衝材なり何なりが敷き詰められているはずだが。何にしろ落ちただけでトラウマになりそうな高さだ。

『言っている間に、先頭は第二関門に到着してるぞ! 恐怖の高所!? どう通ろうとも自由! ただし落ちたら即アウト! その名も……』

 ややうるさいプレゼントマイクの実況は無視して、もう一度バーサーカーを呼ぶ。

 灰色の巨漢は、ランスロットと同様、服の背中部分をひっつかむと、落とし穴のその先までぶん投げた。

 筋力の差が原因なのか、投擲の威力は先ほどよりも強かった。風圧で体が潰れそうになる。同じように受け身を取ろうとするが、ついに靴に限界が来た。靴底がすり切れ、ついでに縫合まで抜けて、ただの布と化す。

 裸足で地面をこすったところで、皮が破けるほど柔な鍛え方はしていない。それでも痛いのだが。

 またもや緩衝マットに激突する。先ほど以上の威力であったのと、靴が壊れてタイミングがずれたため、背中から叩き付けられる羽目になった。それでも必死に手を伸ばして鉄骨を掴み、コースアウトだけは免れる。

『激しくぶっ飛んだー! てかコース説明も終わらないまま攻略するのほんとヤメロォ!』

『ははは……。今出てきたのはヘラクレス氏だね。フィジカルでは彼が呼べる相手の中でも随一だと聞いているよ』

『てかあの個性マジでズルくねえ? このルールだとほぼ無敵じゃん』

『言わんとする事は分かるんだけどね……。正直な話、体育祭そのものよりも、彼の個性で呼び出せる英雄こそを期待している層が一定いるんだ。彼が誰も出さないと、それはそれで角が立ってしまうんだ』

 オールマイトの解説の通り、サーヴァントを見たい者は世界中にいる。そう、日本に限った話ではないのだ。祖国の大英雄が活躍する様を、世界が望んでいた。そういった意味では、雄英居体育祭1年会場は、日本だけの催しではない。

『痛し痒しだなオイ。と、おや? どうもA組魂魄、様子がおかしいな』

 プレゼントマイクの言ったとおり、現輪は腰を押さえていた。結構な勢いで受け身も取れなかったのだ。痛めてしまったらしい。

「痛てて……」

 腰を押さえ、前傾姿勢になりながら走る。無視できない事もないが、そこまでして走るような事でもない。元々やる気に薄いのだし。

 というか、腰のダメージを抜いても、全身擦り傷に打撲だらけだ。ジャージは既にぼろ雑巾である。

 さすがに魔術を使えば治療はすぐだが、それはしなかった。個性を使うのは、求められているからまだいいとしても。さすがに、個性由来でもない治癒を行って走るのはどうだかと思った。治すなら、第一競技が終わってからだろう。

 できることをするのが卑劣だとは思わないが、かといってこういった催しでいかさまじみた真似をするのも楽しくない。治療はゴールしてからでもいい。

『喜べ後続ども! 先頭は負傷してあまり早く走れなくなってるぞー! 追いつくチャンスだ! あと魂魄大丈夫か?』

 問われて、とりあえず近くにあったカメラロボに手を振る。それだけで了解はしてくれたようだ。

 まあ、これで最低限の義理は果たしただろう。そこだけは安心する。後は普通にやっても、恐らく文句は言われないだろう。

 とりあえず、と現輪は立ち上がって、靴のもう一足を脱いだ。ぼろ切れになった靴だった物も一緒に、コースの外に投げ捨てる。靴が一足ではかえって走りにくいためだ。

 傷む、というなら全身だが。とりたててダメージの大きい腰に手を当てながら走った。

 速度は早くない。ぎりぎり走っているという程度だ。それでも、リードが大きいため、上位入賞自体はできるだろう。

『二位以下の上位陣、団子になってザ・フォール突入だ! 滑る! 飛ぶ! 跳ねる! 障害物をあっという間に通過だ! 一位との差をどんどんつめてるぞ!』

『上位陣は個性の使い方が上手いだけではなく、単純に身体能力も高いね! ヒーローは体が資本! 基本をしっかり持ってるのは強いぞ!』

(思ったより早いなあ)

 実況から状況を推測し、現輪はぽつりと考えた。考えないと、競走なのに一人ぽつんと走っている状況にむなしさを感じる。

 飯田、緑谷、砂藤が早いのは分かっていた。つい先日まで面倒を見ていたのだし。あの程度の間隔の落とし穴なら、綱を利用するまでもなく跳ねられる事は知っている。

 滑るに飛ぶということは、轟と爆豪だろうか。基礎能力向上ではなく、技術面の修練で三人に追いついている。素地の高さが窺えた。

『言ってる間に一位魂魄、最終関門、地雷原に到達だ! よく見りゃ分かる地雷が山ほど埋まってるぞ! ……またぶん投げられて通過とかしないよな?』

『比較的言うことを聞いてくれるサーヴァントはあの二騎だけのはずだから、使い回すつもりがないかぎりは普通に走るだろうね』

『そいつぁ上々! 今度こそ悲鳴を上げて貰うぜベイビー!』

 地雷原の広い道に到達して。まあ確かに、よく見れば分かるようになっている。地面は平らでこそあるものの、地雷の部分は土を掘り返した後がある。

 わかりにくくするつもりならば、その後土をならすものなのだろうが。それだと本当に見て分からなくなるため、やらなかったのだろう。

 まあ、所詮は人為的な拙い量産トラップだ。その上あると分かっていれば、かかるはずもない。

『オイィ! あいつ全くペース変えずに走ってるのに、地雷を一個も踏まねえぞ!』

『まあ、彼の育ちを考えるとこういった状況には慣れてるだろうからねえ。障害にはならないんじゃないかな』

『その地雷埋めるの俺も手伝ったんだぞ! 踏めよぉ! 爆発しろよぉ!』

「子供か」

 駄々っ子のようなプレゼントマイクの言葉は無視して。

 走ると言うよりは、踊りでステップを踏むような心地だ。地雷の密度は結構高い。一人で進むならばともかく、皆でひしめいて走った場合は、意図せず踏んでしまうかも知れない。

 たらたらと走っていると、背後に気配が迫った。一つではない。無数に、高速で追い立ててくる。

『二位以下集団、ついに先頭に追いついたー! 追いつけ追い越せ! ドラマを作れ! ついでに苦労して埋めた地雷も踏みまくれ!』

『あまり私情は混ぜないようにね……』

 ひゅっと。冷気と熱気が左右から迫る。

 轟は地面を凍らせて道を作り、爆豪は空を飛んで抜けていく。

「先、行くぜ」

「真面目にやれやクソが!」

 いいながら、二人が追い抜いていった。

 それから一瞬遅れて、現輪の真後ろに居た飯田、緑谷、砂藤の三人組が脇を抜けていく。作った足跡を通ってきたのだろう。

『A組、早い早い! トップを独占だぁー! マジツエェな今年のA組は!』

『Umm……。これほどとは私も予想外だったよ』

 言うとおり、背後からわらわらとA組が迫ってきた。

 現輪を通り抜けるとき、一言二言残していく者もいれば、ぼろぼろの姿を見てぎょっとする者もいる。共通するのは、全員がほぼ地雷を踏んでいないと言うことだった。サーヴァント教室の賜だろう。

 先頭集団は最期のコーナーを曲がって、ゴールへと向かっていった。最期に見た時点で先制してたのは轟だが、おそらくは捲られるだろう。工夫の余地がないストレートで、増強系らに勝てるわけがない。

『ゴオオォォール! 圧倒的リードを誇っていた魂魄を抜きさり、一位入賞を果たしたのはA組緑谷だぁー!』

 現輪の予想通り、逆転されたようだ。個性の相性から、一位は飯田あたりかと思ったが。そこだけは予想外だった。

『続いて二位飯田、三位轟、四位爆豪、五位砂藤! 続々ゴールしているぞ!』

 ほぼA組で編成されたトップランカーが超えた後は、さすがに地雷の爆発音が目立ってくる。

 現輪がゴールしたのは二十二位だった。ゆっくり走っていた割には高いのだろうか。

 全員がゴール、もしくはリタイアするにはまだ時間がかかりそうだ。

 現輪はフィールドの隅、ちょうど入場口の脇で、魔術を発動する。体の傷は、まるで逆再生するかのように治っていった。直近の軽傷であれば、治癒よりも時間逆行をした方が簡単だ。これも不思議な話ではあるのだが。さすがにジャージの着替えを持ってくる時間はなさそうだったので、こちらも直しておく。

 そして、ちょうど全ての傷が癒えた頃。現輪は暗がりから伸びた腕に、引きずり込まれた。

 

 

 

 予選通過は上位42名と発表された。ヒーロー科は当たり前のように全員通過し、残りは普通科の生徒が一人通過していた。

 朝礼台の上に立ったミッドナイトが、無意味に鞭を振りながら叫ぶ。

「あんたたち、予選通過したからって安心しちゃ駄目よ、こっからが本番なんだから! 特にヒーロー科! 世間のヒーローが活躍に注目するのはだいたいここからなんだからね!」

 予選時のように、空中投射型のスクリーンが現れる。彼女はそれを指さした。

「次の競技は、ずばり騎馬戦! 各自2名から4名のチームを組んで、仁義なきポイント強奪バトルよ! ポイントは順位と比例するわよ。42位が5ポイント、そこから5ポイントごと加算されるわ。そして、チームのポイント総計はちまきが各自に与えられる」

 他にも細かくルールはあれこれあったが、結局やることは簡単だ。とにかく多くはちまきを集めればいい。

「ちなみに一位に与えられるポイントはなんと1000万! 当然持ってるだけで勝利確定だし、他のチームもこれを求めて襲ってくるわ!」

 周囲がざわめいた。視線の殆どは、緑谷に向かっている。視線に晒されて、彼は冷や汗を大量に掻いていた。

「制限時間は十五分! 挽回なしの一発勝負!」

 説明が続いていることにはっとして、皆はいったんミッドナイトに注目し直す。

「他にも崩れた場合、悪質な攻撃などは一発アウトよ! 加減を理解して競技しなさい!」

「なんかやることが全体的にバラエティっぽいんだよな。芸人か何かになった気分だ……」

 誰がぼやいたかは知らないが、その意見には概ね同意だった。思わず頷いてしまう。それは現輪だけに限った話ではなく、他の者も、何人か首肯していた。

「それじゃあこれより15分チーム決め開始! ほら、さっさと動く! 時間は待ってくれないわよ!」

「砂藤!」

 現輪は真っ先に動いた。少し離れた位置に居る砂藤に声を掛ける。

 彼はいきなり声を掛けられてびくりとしたが、それでもなんとか答えた。

「お、おう」

「頼む、組んでくれ!」

「そりゃ構わねえけどよ。俺も上に行きてえからあんまり気力がないのはちょっと……」

 少々言いづらそうに、砂藤。

 現輪はかぶりを振って言った。

「予定が変わった。マジで勝ちに行く。だから頼む」

「それならまあ、本当に心強いが……。他に誰と組むんだ? 真っ先に声を掛けてきたって事は、予定はあるんだろ?」

「高身長でパワーがある奴。障子を考えてたが、あいつはもう交渉中だな」

「重量級の馬で揃えんのか。確かにタッパがあればそれだけ取られ辛いもんな」

 そういうのともちょっと違うのだが。15分という限られた時間で、七面倒くさい事情を話している時間はない。

 まあ、どのみち障子は次善の策だ。現輪、砂藤、障子で組んだ場合、遠距離型個性からは、ほぼ無防備になってしまう。多少扱いづらくとも、中・遠距離に対応できる個性の持ち主が必要だった。

 現輪が走り出すと、砂藤もついてくる。彼が向かったのは、B組でも最長の背丈を持つ相手だった。

「凡戸固次郎だな? すまんが組んでくれ」

「え? えええとー、君はA組の……」

「おい、そっちB組だぞ。いいのか?」

「いいんだよ」

 砂藤のやや不安げな言葉に、しかしきっぱりと答える。

「どのみち、B組のメンバーは必要なんだ。個性の詳細やら練度やら、そこまでは分からないだろ? だからB組の個性に対処するために、一人は入れる必要があった。最初からな」

 B組の個性はいくらか知っているが、それでも全てではない。知っている相手にしたって、想定しない使い方をする奴もいるだろう。その点については、B組にしたって同じはずだ。

 特別、大きな声で言ったつもりはなかったが。

 言葉は、周囲にも聞こえていたようだ。周りでチームを作っていたメンツは、早速チームの再編成に挑んでいる。

「というわけで頼む。チームに入ってくれ」

 古紙を折り曲げて、懇切丁寧に頼む。凡戸はいくらか逡巡し、あたりを見回し……やがて頷いた。

「うんー。こちらこそよろしくー」

「よし! 馬三騎確保!」

 現輪はぐっと拳を握った。これで、問題の大半はクリアできた。

「それで、最期の一人は誰にするんだ?」

「ああ、軽量の奴をって考えてる」

「じゃあ、女子ー?」

「いいや。それはなんというか、忍びない」

「?」

 現輪の言葉に、二人は全く意味が分からないといった様子だったが。

 既に割とチームのひな形はできあがっている。完全に組んでいるチームこそ少ないが、2、3人集まっている所は少なくなかった。今更声を掛けたところで応じないだろうし、引き抜きもその後の展開を考えると、あまりよろしい手段でもなかった。

 最有力として考えていたの峰田だったが、彼は既に障子と組んでいる。というか、障子を諦めた理由こそが、峰田と交渉中だったからだが。

 だから、あからさまに避けられてる相手に現輪は突撃した。

「緑谷組もうぜ!」

「うえっ!? う、うん」

 彼は半ば勢いに圧される形で了承した。ちょっと考えられて隙を与えてもよろしくないので、その勢いのまま引っ張っていく。

 しかし、緑谷がいて助かったと現輪は思った。彼は動くよりまず考える癖がある。そして、考える間は足が止まるとも。これは完全に悪癖だが、今回ばかりはそれに救われた。彼がいなければ、騎手が揃わない所だった。

「というわけで、事後承諾だけど緑谷呼んだ。いいか?」

「俺は構わねえぜ。どうせこれは1000万ポイント持ってれば勝ち確の争奪戦だからな。最初から持ってるならかえってやりやすい」

「おなじくー」

「そうだな。最初から頂点の方がモチベーションも高くしてくれてるだろうし」

「?」

「こっちの話……でも、もうないのか」

 言って、現輪は疲れたようにかぶりを振った。

 実際、苦労ではあった。これからの事を説明するのは。だまし討ちのような真似をしといてどう言おうかと考えていると。

 急に、高笑いが響いた。太く、重く、どこまで響くような。聞く者が聞けば、ただそれだけで萎縮してしまうような。同時に、それだけで何かが軽くなるような。どこかにそんな威がある笑い声。

「これが現輪の揃えた勇者候補生達であるか! うむ、よいぞ、実によい! 面構えからして、貪欲により高見を目指さんというのが見えてくるわ!」

 急に現れた男に、メンバーの三人のみならず、周囲の人間までもがぎょっとした。ただ一人、現輪だけは頭を抱えていたが。

 その男は巨漢だった。平均身長が190センチ近い馬の周りにあってなお、頭一つ大きい。体の太さで言えば、それこそ比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。体重も、この中では一番あるだろう砂藤の1.5倍はありそうだ。

「できれば余こそが真に騎手として参加したかったのだが。ルールに反するならば仕方ない。余はまだサーヴァントであるが故な。というわけで、安心して余に突いてくるがよいぞ!」

 言って、再びふはははは、と高笑いを始める。

 皆は呆然としたまま、彼を見上げていた。

 サーヴァント・イスカンダル。雄英体育祭で抜け駆けし、競技に乱入を確定した瞬間だった。

 

 

 

 

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