ヒロアカ×Fate   作:トラッキング

3 / 12
03

 雄英高校――

 それは、日本最高の高校の一つの名前だ。ヒーロー科の偏差値は毎年75以上、高いときは80に届くこともある。例年、ヒーロー科に入れなかった生徒が普通科に入るため、釣られて普通科でも入学は生半な学力では入れない。授業が実学志向であるためか、卒業後そのまま就職ないしは起業する生徒が多い。当然そうでない生徒もいるが、そういった者も進学先は当たり前のように最高学府ばかりだった。進学校としても日本有数と言える高校である。

 だが、最も名高いのは、やはりヒーロー育成機関としてだった。雄英卒業生であれば必ずトップヒーローになれる、というわけではない。だが、トップヒーローに雄英卒業生の割合が多いのも、また純然たる事実であった。

 その雄英高校一般入学試験に、オールマイトは教師として招かれていた。今は実技の審査も終わり、合格者の選別を終え、一息つきがてら雑談している所だった。

「フゥー! やっと終わったぜ。今年は豊作だったな!」

「強力な個性のコも多いしね。その分私たちは大変だけど。オールマイトもこんな年に新人教師なんて、ついてるんだかないんだか」

「ああ、うん。そうだね」

 プレゼントマイクとミッドナイトの話を大半聞き流しながら、オールマイトは手元の書類に目を通していた。書類には受験生の情報が載っており、隅から隅まで真剣に目を通していく。

「何か気になることでもありましたか?」

 問いかけたのは、13号だった。宇宙服の上に声が反響している為、年齢や性別を極めて判断しにくい。話では女性らしいのだが、いつも現場でしか会わないオールマイトは、彼女の素顔を見たことがなかった。

「ちょっとね……いるはずの受験生が見当たらなくて」

 まだ書類に目を通していたため、半ば生返事になりながら返す。

 13号はそんな対応に腹を立てた様子もなく、オールマイトの後ろに周り、書類をのぞき見た。

「どんな学生なんですか」

「学力はほぼ問題なし。実技で言うなら、間違いなくトップクラスだから、いないはずはないと思うんだけど……」

「ちなみにどこの中学ですか?」

「笠木山中学で学年次席、だったと思う。いや、主席だったかな? どちらにしても上位である事は間違いない」

「名門校ですね。その二番ですか。確かに座学で落ちているというのはよっぽどの事がない限り考えられませんね」

 笠木山中学と言えば、何年かに一度はヒーロー科に入ってくるレベルの名門校だ。それこそ同中学については、雄英高校で教師をやっている13号の方が詳しいだろう。

「おいおいオールマイト、かわいい後輩を望むのは分かるが、ひいき目は良くないぜ!」

「と、言うか、入ってきてくれないと困るんだけどな……」

「うん?」

 茶化したプレゼントマイクだが、どうもオールマイトの様子が考えていた物とは違うと首をかしげた。

「なんて名前なんです?」

 今までプレゼントマイクと話していたミッドナイトまで気になったのか、席を寄せて聞いてきた。

「魂魄現輪という名前なんだが……」

「世界初の複数人数共有型個性の持ち主! 有名人じゃねーか!」

 回答に、プレゼントマイクが大仰に答えた。13号とミッドナイトも当然知っていたのだろう、呻くような声が聞こえる。

「彼ですか、確かに受かっていないというのは不自然ですね」

「相澤くんも面識が?」

「ええ。昔に彼の個性を『消去』できないかと依頼されまして。結果は芳しくなく、具現化と霊体化は阻止できるものの、根本的に無力化はできないというものでしたが」

 イレイザーヘッド、もとい相澤消太。彼はヒーロー活動のオンオフがはっきりしており、ヴィランに対応している時以外はヒーロー名で呼ばれることをあまりよく思わない。

 教師としての時間も、基本的には相澤消太として呼ばれる事の方が多い。ノリが軽いプレゼントマイクも、彼のことは相澤と呼ぶくらいだ。

 今まで黙って聞いていた根津が、ふとオールマイトに提案する。

「そんなに気になるなら、僕から調べて見るかい?」

「ええ、手間をおかけします」

「受験生を調べるなら一瞬さ!」

 はははと笑いながら、根津が請け負った。

 彼がパソコンを操作したのはほんの数十秒だった。すぐに顔を上げて、どこか言いにくそうに告げる。

「あー、そもそも受験してないねえ。魂魄現輪くんは」

「んんんん!?」

 オールマイトは、思わず変な声を上げた。

 

 

 

 笠木山中学は、神奈川県に位置する有名私立中学である。学問に重きを置き、無数の有名進学校へ無数の生徒を進学させており、当たり前にその成果を誇っている。実際に、神奈川の有名高校には必ずと言っていいほど笠木山中学の生徒がいる。そして――これもまた自慢だったが――数年に一度は、雄英高校にも生徒を送り出していた。そんな話を自慢げに聞かされたと、うんざりした顔で現輪がいっていたのを、俊典は覚えていた。

 季節は二月初頭、俊典は一区画の大半を占拠する超のつく豪邸、魂魄邸から、通学路を逆行するように歩いていた。

 最初は魂魄邸で腰を据えて話そうとしていたのだが、まだ帰宅していないという事でお暇した。そして通学路を逆走し、途中で捕まえてなんとか話そうと思った次第である。

 正直なところ、話すのが一時間や二時間遅れたところでそう変わることでもない。話すのは早いほうがいいと言ってもその程度の事だし、そもそも高校受験を考えたら、既にぶっちぎりで手遅れである。

 なのにあえてそうしたというのは、単純に俊典の方に時間がなかったからだ。魂魄邸にたどり着くまでにも、既に数件の事件を解決している。

 道に人影は少なかった。高級住宅街だからだろうか。そもそも人口密度が低い。

 閑散とした道には、見知らぬ学生達が小さく笑い合いながら歩き、俊典の横を通り過ぎていった。

 こんな時間に、ほっとする時がある。ヒーローが必要ない時間に。

 事実、それは得がたいものだ。個性という超常が生まれてからは特に、希少で貴重な時間となっている。誰もが暴力機構を持つこの時代、それを全く振るうなと言うのは難しいことだった。自制心と他人への思いやりがなくば、人は簡単にヴィランたりえる。

 オールマイトという平和の象徴になってから、一体何十年の時間が経っただろうか。もう正確には覚えていない。彼の人生は、常に悪と共にあった。ある悪を倒せば、また別の悪を挫く。きりがない螺旋の中、平穏に浸かる事は求められていなかった――何より自分がそれを選ばなかった。

 だが、たまに思う。

 ほんの少しばかりは、こうして穏やかな時間の端に触れていいのではないだろうか。たまに、こうして自分を慰める事位は許されるのではないだろうか。

 答えは分からない。誰も答えない。自分の意思すらも。

 問いかけに後ろ髪を引かれながら、俊典は歩き続けた。

 駅前近くになれば、さすがに人も多くなってくる。受験シーズンも始まりの頃という事で、早々に推薦合格を極めた高校生の姿が目立つ。あと一月ほどすれば、この数は数倍になるだろう。

 駅から、電車が発進したのが見える。それにいくらか遅れて、ロータリーにわらわらと人の波が生まれた。学生が多く、ほとんどは制服を着ている。種類はそれぞれだが、なんとなく私立の学生が多いように思えた。これはただの偏見かも知れないが。

 人波の半ばくらいに、周囲より頭人一つ大きい人影を見つける。

 俊典は流れをかき分けながら、そちらへ向かった。

「やっ、魂魄少年。ちょっといいかい?」

「オ――じゃなかった、八木さん。お久しぶりです」

 うっすらと、彼は再会を歓迎するように笑った。

 人々が二人を避け、そのうち幾人かは彼らに注目する。それも仕方ないか、と俊典は思った。

 俊典の身長は220センチ。これは平均的な身長の成人男性を子供扱いできるほどの長身である。魂魄の身長はそれに及ばないが、出会った当初は170センチそこそこだったのに、今では190センチ近くまで成長している。もう伸びてないという話だが、それでも十分な高身長だ。加えて今の彼は、あどけなさを完全に捨てた美形である。正直なところ、ファッションモデルでもやってると言われた方が説得力があるくらいだ。

 飛び抜けて高身長な二人が立ち止まったのだから、当然注目もされる。

「ここじゃなんだから、そうだな……そこの喫茶店にでも行こうか」

「はい」

 なるべく人の邪魔にならないよう間を抜けて、駅ビルの一階にある小さな喫茶店へと入っていく。時間が時間のため、中は学生でごった返していた。

 それでもなんとか二人席を確保できた。席に座って、コーヒーを二つ頼んだ。

 財布を取り出す少年だったが、それは俊典が手で制した。

「誘ったのはこちらだから、ここはおごられてくれないか」

「はい。ありがとうございます」

 ぴしっとした動作で頭を下げる。体育会系という風ではなく、どちらかと言えば出来るビジネスマンを思わせる慎重さだった。相変わらず真面目だな、と俊典は苦笑した。もっとも、彼のそういうところが好ましい点だとは思っている。

 魂魄は頭を上げて、真面目に作られた顔を微笑に崩した。

「正直助かります。あんま自由に出来るお金ってないんで」

「ああ、君、借金あるもんねえ……」

 桑我町炎上事件といわれる、近年で最大級の被害を起こした事件。その副因というか、とばっちりというか、一周回ってやはり根本的な要因というか。とにかくそんな事件の責任から、彼は逃れることをよしとしなかった。

 数千万の借金とは、被害規模に比べれば細やかな額だろう。が、当たり前にそれは、一人が背負う借金としてまで細やかだと言えるものでもない――借金を与えた側には、それで彼の立場を縛る役割も求めたのだろう。かなり例外的な措置だ。

 確かめてはいないが、魂魄もそれを承知で受けた、と俊典は見ている。

 難儀な性だな、と俊典は微笑んだ。この性質もまた好ましいものなのだろう。

「それもあるんですけどね」

 苦笑し、僅かに言いにくそうにしながら彼は続けた。

「うちの連中には、おれの財布をすっていく奴がいるんですよ。おかげで万年金欠です。使うことが少ないのが救いですね」

 肩をすくめ、冗談めかしているが、そこには落胆と怒りも見て取れた。まあ、業腹なことは業腹なのだろう。

「すみません、脇道にそらしてしまいましたね。それで、今日のお話は何なんですか? 何か用事があったんでしょう?」

「うん、実はだね。君の進学先をちょっと聞きたくて」

「進学先、ですか?」

 魂魄はきょとんとして言った。もう少し重要な話だと思ったのだろう。実際、俊典が魂魄の元を訪ねるときは、逼迫している事が多い。

 俊典にとっては、というかヒーローと日本にとってはかなり重要な話なのだが。とりあえず彼の話の腰を折るような真似はしなかった。

「加塩高校ですけど、それがどうかしました?」

「加塩……聞いたことがない高校だね。なんだ、ちょっと聞きにくいんだが、ヒーロー科だよね?」

「いえ、特進科ですが。というか加塩にヒーロー科なんてありませんし」

「なんで!?」

 ぐばっ、と俊典は血を吐きながら言った。

 魂魄はその様子に驚きもしない。慣れた調子でハンカチを取り出し、渡してくる。素直に受け取って口元を拭った。

 声が大きすぎたのか、周囲から注目される。俊典は周りに小さく頭を下げると、その音量を下げて言った。

「ヒーロー資格取らないと駄目だよって言ったじゃない!」

「聞きましたけど……」

 ぽりぽりと、少年は頭をかいた。事態を全く把握してない調子である。

「高校卒業した後、大学でゆっくり取ればいいかなって思ってて」

「そう捉えちゃったかー!」

 俊典は、言葉に頭を抱えた。

 彼としては、可能な限り速やかに免許を取らなければいけないと言ったつもりだった。

 ついでに言えば、一年の時から仮免許を取れる可能性があるのは、日本広しといえど雄英高校か士傑高校だけである。だからこそ彼は魂魄が雄英を受験すると思っていた。

 実のところ、ヒーロー資格を取ること自体は、さして難しい話ではないのだ。毎年数百人、多ければ千人以上の合格者が出てくると考えると、むしろ体も個性もできあがった後、大学で数年掛けてゆっくり取る方が既定路線と言えた。それこそ倍率で言えば司法試験や税理士試験の方が上である。ヒーロー試験合格はあくまでただの入り口であり、ヒーロー活動をすることが許されるという程度のものでしかない。

 いいかい? と俊典は教師が生徒に言い聞かせるように(実際今は教師なのだが)続けた。

「君の今の状態は、いわば執行猶予のようなものなんだ。未成年だからって言ってね。それは分かってると思うんだが……」

 言葉に悩みながら、かつかつと指でテーブルを叩く。説明するに難しい状況ではある。

「問題は、それが()()()()()って事なんだ。はっきり言って、余裕はさほどないよ。君の個性は放置するには危険すぎるんだ。注視している人間は保障を欲している。君がヒーローになり、ヒーローという枠組みに入り、ヒーローに殉じるという保障をだ。私ははっきり言ってやりすぎだと思うが……反面、彼らの気持ちも分かる。魂魄少年の個性はそれだけ強大で、無軌道だ」

「う……すみません」

 魂魄はしょんぼりして項垂れた。その様子は、容姿からは見えない少年らしさが垣間見えた。

 言い過ぎか、と俊典は一瞬ひるんだ。が、言わなければならない事でもある。以前のカルナとの一件は、ただ一度のミスである。が、同時に致命的な失敗でもあった。あの事件のせいで、彼の個性をただの一個性として見ることができなくなった。

「塚内さんあたりに相談した方がいいでしょうか……」

「それは最後の手段だね」

 俊典は苦々しく唇を噛みながら言った。塚内は掛け値なしに頼りになる男だ。だが、一部サーヴァント問題の処理に、オールマイトの事件解決事後承諾にと、通常業務の他に山ほど案件を抱えていた。

 これ以上負担を掛けたら、塚内は破裂する。というか、既にキャパシティー限界だと悲鳴を上げられていた。

「私はこれも、贔屓みたいであまり好きではないんだけど、緊急時だから仕方がない」

 持っていたバッグから、来る前、根津から渡された書類を取り出した。コーヒーを避けて、それを差し出す。

「雄英高校にはヒーロー推薦というものがある。魂魄少年にはこれを受けてもらうつもりだ」

 

 

 

 ヒーロー推薦。

 あるいはもっと端的に、特別推薦とも呼ばれる制度がある。

 これは特に優秀であるが、ヒーロー(ないしは特殊治安維持組織)になる意思を持たなかった者、もしくは何かしらの理由で受験そのものができなかった者に扱われる制度だ。

 利用された事は少ないが、条件を挙げていけばわかりやすくはある。一つ、個性が特別に強力であること。一つ、個性が特別広域であること。一つ、個性が特別特異性が高くあること……まあつまりはそういう類いのものだ。この上に、当人を説得の上かつ、学力基準を満たしている場合に使われる。当然試験もあり、その内容は一般入試より厳しい。入学者の枠を無理矢理一人増やすのだから、簡単にできては困るという事情もある。

 要約して言ってしまえば、これは英雄入学の特別措置というよりは、ただ単に危険人物を野放しにしておけないからという奇特な対ヴィラン封印措置だ……口さがない者は、そう短慮に言ってしまう事もある。

 これは間違いであるが、全くの嘘というわけでもない。封印措置の意図がないと言うのは、少々卑劣だろう。もっとも、敷居の高さはそのまま最後のチャンスでもあるが。

 つまり、それだけの人数が魂魄現輪に期待しているという事であり。同時に同じだけの人数が、魂魄現輪を危険視しているという事でもあった。

 この場にいる二人も例外ではない。

「休日にすまないね相澤くん」

「これも仕事の内ですよ、オールマイト」

 今は魂魄の試験中。トゥルーフォームの俊典と相澤は、別室のモニターで試験の様子をうかがっていた。

 現在は筆記試験の最中であり、ミッドナイトが現場での試験官をしている。

 二人が試験官を外されたのには理由があった。共に面識があり、推薦者の一人でもある。

 それで手心を加えるとは誰も思っていないが、しかし万が一を考えないわけにもいかなかった。本当なら試験を見ていなくてもよかったのだが、しかし二人は監視に加わっていた。なんだかんだ、合否は気になっている。

「それに、俺も推薦を出した手前無関係とは言えませんしね」

 普段、合理性を何より重んじる彼にしては珍しく、少しばかり茶目っ気を感じさせて肩をすくめた。案外オフの時はこういった様子なのかもしれない。

「しかし、推薦にヒーロー10名以上もの署名が必要だとは思わなかったよ」

「うち5名は学外からの署名ですからね。まあ、推薦の重要性を考えたら必要な措置だったのでしょうが」

 ヒーロー推薦を利用するに当たって、その壁はかなり高いものだった。学内のヒーロー5人の署名、外部ヒーロー5名の署名、うち何人はビルボード50位以内の同意が必要。教育委員会とヒーロー公安に書類提出する必要もある。その他大から小まであれやこれや云々かんぬん。

 はっきり言って、とてつもなく面倒くさい代物だった。とりわけ書類仕事が苦手な俊典にとっては、正に地獄だったと言える。

 まあ、簡単に利用される制度であってはいけないため、それくらいでなければいけないのかも知れない。ヒーロー10名の同意、これだけでもただの贔屓であれば制度を利用できない。

「しかし、エンデヴァーが同意してくれてよかったよ。HAHAHA!」

「あれ二度とやんないでくださいよ……」

 相澤がうんざりして、両肩をさすりながら言う。

「凄い怒ってたじゃないですか。あとちょっとつつけば爆発しそうでしたよ。何をしてあんなに怒らせたんです?」

「それが私にも分からないんだよなあ……。気づいたらすっごい嫌われてた」

 顎に手を当てて悩む。相澤に、胡乱な目つきで睨まれた。

 俊典には、本当に心当たりがなかった。自分としてはかなり人当たりよく対応しているつもりだったし、過去に怒らせるような事をした覚えもない。そもそもそんなに関わりがない。会いに行っただけで人を殺せそうな視線を向けられるの言うのは、かなりダメージがある事だった。その日寝るときにちょっと泣いたし。

「だいたいなんでエンデヴァーに頼もうと思ったんです? そんなに関係ないでしょうに」

「ビルボード上位で近隣に居て確実に会える人って言うとエンデヴァーしか思い浮かばなかったんだ。ほら、下手にまだ雄英に関係があって、裏口入学だ何だって思われるよりはいいかと思って……」

「それで怒らせてれば世話ないですよ」

 弁明というつもりでもなかったのだが。相澤の返答はすげなかった。

 俊典は引きつった笑いを浮かべながら、強引に話を変えた。

「しかし、彼が合格したら片方のクラスだけ一人増えてしまうね。こう言ってはなんだが、大丈夫なのだろうか」

「その点については大丈夫……大丈夫というのも少し違う気がしますが、とにかく気にしなくてもいいみたいです。特別な形での入学者はもう一人居ますから」

「そうなのかい?」

 俊典は、思わずと言った様子で相澤に視線を向けた。彼もちらりと、視線だけを俊典に向けてくる。

「ええ。ただ、入学には間に合いそうにありませんが……」

「間に合わない?」

 オウム返しにする。

 相澤は半眼になっていた。その視線は、俊典にというより、その入学者に向けているように思えた。

「ええ。俺は正直反対なんですが……まあ、放置できないというのも分かります。何というか彼は……その……馬鹿なんです」

「WHY?」

「馬鹿、なんです」

 わざと言葉を句切って、相澤。

 俊典は、なんとなしに窓の外を見た。空は青い。が、この青さは永遠のものでもない。距離、時間……あらゆるものが蒼空を阻む。そこに可も不可も、善し悪しもない。ただただ、平等だというだけだ。不平等な平等が。

 世の中は平等ではない。人もまた同じだ。頭の良さとか。違えることも、届かないこともある。

「馬鹿なのか……」

「馬鹿なんです」

 しばし二人は沈黙した。

 馬鹿。そればかりは本当に、どうしようもない。

「と、おしゃべりが過ぎたみたいですね」

 相澤の視線が、モニターに戻っている。

 釣られてみてみると、どうやら筆記試験は終わったようだった。画面に映るミッドナイトが、答案用紙を回収している。

 一応試験官の一人であり、名目上はカンニング防止の為の席ではある。が、まあそれは本当にただただ名目上だ。真正面から監督しているミッドナイトの目をくぐれる訳でもないし、監視カメラは他にもある。目をそらしたところで誰が責めるわけでもない(というかむしろ他の試験官が気づかなかったカンニングを、彼らだけが見つけた場合の方が問題である)。

 俊典は試験スケジュールをとりだした。この後は間を置かず実技試験という形になっている。いったん休憩を挟んだ一般、推薦入試よりハードなスケジュールとなっている。

 およそ10分ほどして、画面が切り替わった。その場所は、確か第六実験場と言ったか。

 実験場と言っても、何が置いてあるわけではない。というかむしろ、何も置いていない。

(ここは……危険性のある開発品を扱う場所だったかな? 確かサポート科がよく利用してるっていう)

 ならばこの光景も納得だと、俊典は頷いた。

 画面に映されている光景は、控えめに言って荒れ地だった。所々爆発やら暴走やらで抉られては、雑になめされている。グラウンドなどとは違い、ただただ荒らされ、そのまま放置されていく……それこそ草木も生えないように。寂寥感があたりを満たしている。

 そのど真ん中に少年(もっとも、外見で言えば既に一端の大人だ)が一人たたずんでいるというのは、中々絵になる光景ではあった。ハードボイルド小説を実写化したら、こんな光景もあるかもしれない、と思わせる。まあ、格好は学校が貸し出したジャージなので、その点については素直に様にならないと言うほかなかった。彼の顔立ち的にも、ロングコートでも羽織っていた方が見栄えがいい。

「相澤くん、試験内容知ってる?」

「いいえ。試験内容が漏れたかも知れない、という疑念も持たせまいと考えたら、俺たちには徹底的に情報を遮断しているのでしょう」

 道理ではある。

 画面に視線を戻すが、動きはない。少々暇なのは少年も同じのようで、今は屈んで座っていた。ハードボイルドから一気にヤンキー映画になった。

 と、急にガガッとひび割れるような音がした。

 監視カメラは、さほど高い集音性はない。先ほどの筆記試験がほぼ無音だったのもそのためだ。しかし、マイクのハウリングであったり、スピーカーの大声であったりすれば、その限りではない。

『ヘイセイヨー! 遅咲きの受験ボーイ! これからシヴィー試験の始まりだぜ! 準備はいいか!』

 実技の試験官は、プレゼントマイクのようだ。軽口でふざけているように聞こえるが、これは受験者の緊張を少しでもほぐそうという彼なりの気遣いである。普段から好き放題やっているように見えてわかりにくいが、彼はあれでかなり細やかな男だ。

 少年は立ち上がると、ふらふらと手を振った。

 ぱっと見は気の抜けた様子ではある。が、俊典は知っていた。彼が本当の意味で弛緩する事は()()という事を。

『オーケーオーケー気合い入れてけよ! ロボ・デストロイパーティーの始まりだぜ! スタート!』

 プレゼントマイクの絶叫と同時に、砲撃音が響いた。重低音に集音器がひび割れ、狭い室内を荒らして回る。

 音から一瞬送れて、画面内に鉄の塊がどんどんと落ちてくる。これの落下音もまた物々しいが、現場はそれどころではないだろう。何せ砲撃は一発や二発ではない。今でも複数が連続して、無数の鉄塊を送り込んでいる。

 塊の正体は、ロボットだった。俊典は、それが一般入試試験で使われたポイントロボだと気がついた。おそらくはただ捕縛されたものと、壊れたものを共食い整備して再利用したのだろう。

 画面には既にびっしりとロボがいるのに、まだ砲撃音は止んでいない。見えているだけでも、軽く30体はいる。それも四方囲まれ、逃げ込める遮蔽物もない。

 完全無欠に、多対一のガチンコ勝負だった。

「これは……良くないですね」

「うん、そうだね」

 二人して、神妙に頷く。相澤は少し腰を浮かしかけていた。

「いくら個性を見るためだって言っても、これはやり過ぎです。下手しなくても怪我じゃすまない」

「ん?」

 と、俊典は言葉に首をかしげた。俊典の反応を見て、相澤もまた、疑問符を浮かべる。

 彼の言うとおり、試験の内容は知らずとも、意図は最初から分かっている。つまり、これは少しでも魂魄現輪の個性――正確に言えば、個性で呼ばれた英雄を暴くための試験。それを引っ張り出すために、どうしても試験内容は厳しくなる。

 のだが、

「いや、こんなのプロだって人によってはクリアできない内容でしょう。さすがに止めないと」

「そうか、相澤くんは知らなかったのか」

「何を……」

 彼の言葉は、それ以上続かなかった。モニターから、強烈な炸裂音が響いたのだ。音に、相澤は画面へ視線を戻した。

 たった一人を囲んでいたロボは、インプットされた命令に従って進み、少年を圧殺しようとする。だが、それは成らなかった。ぱっと見で言えば、受験者が軽く踏み込み、正面のロボにそっと触れた、という程度だろう。しかし現実は真逆で、たったそれだけの動きで、ロボは無数のパーツにはじけ飛んでいた。

「なん……!」

「凄いだろう、魂魄少年は」

 驚愕に浮かせていた腰をさらに上げ、直後脱力してパイプ椅子を軋ませる相澤。そんな彼に、俊典は穏やかに言った。

「彼はね、個性がどうのじゃない。ただただ()()()()バカっ強いんだよ」

 画面では、もはやコマ落としにしか見えない速度で、人影が動いている。一般カメラとはいえ、身体能力を高くする個性があるわけでもないのに、姿を追い切れず何人かいるように見える。驚嘆すべき速度、そして体術の練度だ。

 あるヴィランロボは捻り切り、またあるときは陥没させ、時には粉微塵に破砕する。元々が荒れ地の上、壊されたヴィランロボで足場は相当悪いはずだ。だが、それも苦にせずスピードは落ちない。圧倒的な速度と破壊力で、鋼鉄の亡骸を山と積み上げていく。それも、全く危なげなく。

 単に強いだけではこうはいかない。あらゆる状況を想定し、戦い慣れている。そういった安定感を感じさせる動きだ。

(普段誰を相手してるかを考えれば……それこそおもちゃみたいなものだろうね)

 くぐもった炸裂音は続き、ヴィランロボはその役割を全うすることなく数を減らしていく。

 相澤はふっと息を吐いて、浅く座り直した。背もたれに体重を預け、視線は試験官のそれから、観戦者のものになる。

「結局、試験の甲斐はありませんでした……」

 言って、息をふっと吐いた。それには自嘲が少し含まれているように感じた。

「が、これはこれで成果です。正面から戦ったら、教師陣でも大半は勝てない。実質無個性状態でよくやるもんだ」

「私も無個性にヒーローは務まらないと思っていたんだがね。これだけの強さを見せられたら、訂正するしかないよ。人間は武を極めるだけで、ここまでやれるんだ」

 試験時間は、はっきりと短いものだった。

 もう動くものはない。ヴィランロボも、受験者も、何も動かない。モニターの中では、はじめと同じ位置に立っている魂魄が、足下の邪魔くさい破片を蹴って、スペースを空けている所だった。

 試験官をしていたプレゼントマイクは、何も言葉にできず、試験終了の宣言も忘れて沈黙している。

「巨大ヴィランロボでも出すべきだったんでしょうかね」

「どうだろう。あれは多数の人間に差し向けて、地形破壊による混乱と、集団パニックを起こさせることが主目的だから、ただ強い一個人に向けても望むとおりの効果はない思うよ。私は万全を期してヒーローの内誰かが相手するべきだったと思っている。後付けの結果論だが」

「それを試験前に言うべきだったのでは?」

「受験者が試験内容を知りようがないのに、こちらだけデータを集めて対抗するっていうのは、それはそれで卑怯だと思わないかい?」

 半眼の相澤に、俊典はにっと笑って答えた。彼はこれ見よがしにため息をついて、視線をそらす。

『終ゥ了ォ~! テストクリアー!』

 プレゼントマイクの絶叫は、些か先走った内容ではあったのだが。

 その内容については、誰も裏切ることが出来なかった。つまり、雄英高校ヒーロー推薦において、魂魄現輪は間違いなく合格している、という事を。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。