ヒロアカ×Fate 作:トラッキング
「魂魄さんっ!」
だん、と机が叩かれた。両手で強く、それこそ教室中の人間が注目するほどにだ。
時間は四限目の終了、ちょうど昼休みに入った頃だった。初授業に誰もが緊張し、そして一日の半分を終えた事で気を抜いている。
英雄高校は事実上の高等専門学校であるが(午前は一般授業、午後はヒーロー専攻というコマになっているのだ)、名目上は一般国立高校である。高校必修のコマ数はこなさなければいけないため、かなりタイトなスケジュールになっている。当然その分の負担が生徒にかからない訳がなく、地頭に自信がない者が悲鳴を上げながら授業を受けている。
現輪は……といえば、これはどちらとも言えなかった。特別頭脳に秀でている訳ではないが、人類史最高レベルの天才に個別教育を受けているのだ。雄英の授業でも問題なくついて行ける程度には、頭を作られている。
ともあれ昼休みだ。
入って早々、八百万百が興奮した面持ちでやってきたのだ。怒っているわけではない、というのは見て分かるが。どちらかと言えば嘉悦を抑えきれないといった様子だ。どちらにしても怖いことには変わりないが。
「あ、うん……。なに?」
現輪はあからさまに引きながら答えた。
それに気づいていないのか、彼女は鼻を鳴らしながら、机の上に置いていた現輪の右手を取った。
「ありがとうございます!」
「ええと……はい、どうも……?」
全く理解できなかったが。とりあえずそう答えるより他になく、頷いた。正直なところ、彼女には聞き出せる様子でもなかったのだ。
その頃になると、。特にいざこざがあるわけではないと思ったのだろう、教室の生徒達は散り散りになっていた。大体は教室を出ており、食堂に向かっているのだろう。一部は弁当を持ってきているようで、教室で開けたり、どこか据わりのいい場所を探して弁当を持ち出したりしている。
八百万はその場で興奮に任せてくるくる回り出したが、まあ、もう注目している者もいない。幾人か迷惑そうに眉をひそめている程度だ。
「憧れのエジソン様――まさか教えを請えるとは思いませんでしたわ! 現輪さん、貴方のおかげです! ありがとうございます」
「ああ」
やっと思い至って納得した。
彼女は、ままいるのだが、英雄の濃ゆいタイプのファンなのだろう。
あけすけに言ってしまえば、彼女のようなタイプは珍しくなかった。さすがに直接会うことは少ないが。
関東西部は、見られるかどうかも分からない英雄を一目見ようと、国内外問わず観光客が20倍以上に増えている。よくやるものだ、というのが現輪の感想だった。それら全てが身内である彼にとっては、よく分からない感情だった。
「ええ、本当に、素晴らしい授業でした。さすがは現代文明の祖と言える方ですわ」
「そうだな」
この点について、現輪は一点の迷いなく肯定した。実際、エジソンの授業はとてもわかりやすい。天才は数いるが、他者に理解させるという能力一点においては、他者の追随を許さない。
「それで、他にも教鞭を執る方はいらっしゃるのですか?」
八百万が、ちらちらと伺うように見てくる。
特に隠すことではないので、現輪は素直に答えた。
「何の授業だかは忘れたけど、ニコラ・テスラとダ・ヴィンチちゃんも臨時講師だってさ。あとこれは普通科だけだけど、選択音楽をアマデウス――モーツァルトが受けるらしい」
「まあまあ!」
声を上げ、小さく跳ねながら、彼女は喜びを表現した。まさに夢見心地といった風だ。
ふぅ、と熱い吐息を吐きながら、彼女は漏らした。
「そんな方々にも教鞭を執っていただけるのですね。来年の受験者数は凄い事になりそうですわ」
「たった一年でも教えてもらえるならって、確かに希望者はとんでもない数になるらしいな」
教師陣に、事前にされた説明を思い出す。
彼らが教鞭を執る事は他言無用と、事前に釘を刺されていた。あくまで目算だが、来年の受験者は普通科でもヒーロー科並になると予測されているとか。むしろサーヴァントの教育者が多い分だけ、普通科の方が受験者が多くなる可能性まであるらしい。そんな状況でも、まだ海外の留学希望者までは試算していないというのだから驚きだ。
「他の方は教師をなされないのですか? ウィリアム・シェイクスピア様とかハンス・クリスチャン・アンデルセン様など、おられたと記憶していますが」
八百万が小首をかしげて問う。やって欲しいというおねだりではなく、ただ純粋に疑問だったのだろう。逆に言えば、彼らにそれほど興味がないという事でもある。悲しい話だ。
現輪はぽりぽりと頬をかきながら、少しばかり言いにくそうに答えた。
「彼らはねえ……なんというか、いつも締め切りに追われてるんだよね。誰に強要された訳でもないのに、自分で自分に課しちゃってるんだ。あれはもう一種の病気なんじゃないか」
もっとも、最大の理由は彼らが偏屈者の変人だからなのだが。
とりあえずそれは黙っておく。会う機会もないだろうし。
八百万は納得したというように首肯した。ついでに付け加えてくる。
「今は完全日本語版の作品も活発に発表されてますわね。勤勉ですわ」
「まあ、俺の個性の関係でね。元々興味があったというのもあるだろうけど」
「個性の?」
彼女は首をかしげた。
あれ、と現輪は鏡写しのように首をかしげた。が、すぐに気がつく。知らないのが普通なのだ。今までは大部分を知っている人間か、さもなくば全く無知無興味の人間かしないなかった。そのため、個性を知っている人間はだいたい全部分かっていると思い込んでいたのだ。
「俺の個性どこまで知っている?」
「過去の英雄を呼び戻せる事と、七人までしか同時に呼べない、という程度ですわ」
「間違いじゃないけど……まあついでだから捕捉するか」
現輪はなんとなしに指を振りながら、
「俺の個性は、割と『呼んだタイミング』が重要なんだよ。サーヴァントに押し込められる情報は、俺が分かることと全く同じなんだ。だから、今呼ばれれば日本語含む数カ国語の書き読みができるけど、逆に最初の方に呼ばれた奴は、正直日本語のヒヤリングにも難儀してたくらいだ。シェイクスピアとアンデルセンは中頃……確か英語と日本語くらいは分かるぐらいの年齢だったかな。だから、俺が分かる事は大体分かる」
それはつまり、分かって欲しくない事も知られているという事だが。
アンデルセンで100年以上昔、シェイクスピアに至っては、400年も昔の人間である。一世紀違えば、言語も相応の違いがある。元から覚えている、昔の言葉を使うくらいならば、むしろ日本語の方が堪能なくらいだった。実際、古代英語で執筆されたシェイクスピアの原稿は、英語が分かる現輪でもほとんど読めなかった。
どのみち彼らは、取材するときくらいしか家から出てこない。取材自体も幽霊状態で行うため、街中で遭遇することはまずなかった。なので本当に、作品以外では知る必要のない相手ではある。
「便利ですわね」
彼女は素直に感嘆の声を上げた。現輪は苦笑をして、肩をすくめる。
「じゃないと会話もできないから。個性様々だよ」
後は、と付け加える。
「俺の個性にはクラスってものがあるんだけど、そのキャスタークラス……まあ席みたいなもんだ。おのおの座れる席が決まってる。キャスターはいつも予約いっぱい、順番待ち状態でね。他のクラスはそこまででもないんだけど」
「なぜキャスターだけですの?」
「キャスターは魔術師、学者、作家、音楽家……とにかく何かを作ったり研究したりする奴らは多いんだ。頭の中で色々考えても、それを実行できるのは表に出たときだけ。だから皆霊体化してる時に考えて、具現化した時に一気に実行する。そんなわけだから、時間見つけて教師するほど余裕がある奴なんて少ないんだけど」
「なるほど……やっぱり個性は外から見ているだけでは分からない苦労がありますのね」
分かったような分からないような、微妙な表情で、彼女は頬に手を当てていた。
それも仕方がない、と現輪は思う。このあたりは、かなり面倒な問題なのだ。実際に同じ立場になってみないと、完全な理解は難しいだろう。そう、誰も彼も自己主張が強く、自己中心的な数十人に板挟みになる感覚は。
「まあ、私としてはエジソン先生がいらっしゃるだけで満足ですが」
「ちょっと待ちたまえ」
「それは聞き捨てならないな」
と、唐突に声が上がる。
何もない空間に、すっと幽霊のように(実際幽霊みたいなものだが)人が現れる。二人とも妙に決め顔で、ぴしっと手を伸ばしている。
「えっと……どなたですか」
「こっちがニコラ・テスラ。で、こっちがダ・ヴィンチちゃん」
紹介すると、二人が似たように胸を張った。
八百万は、口元に手を当てて、まあ、と呟いていた。エジソンのそれと比べると、淡泊ですらある反応だった。
現輪は半眼になって、急に現れた二人を見た。
「お前ら、出待ちしてたろ」
「まあねー!」
胸を張って答えたのは、ダ・ヴィンチだったが。
ふと何かに気がついて、八百万。
「え……? ダ・ヴィンチ……レオナルド・ダ・ヴィンチ、先生ですよね? 男性では、なかったのですか?」
「いいや、男だよ」
「では、女装……とか?」
「ううん、体は女だよ」
「……?」
八百万は全く分からないといった風に、ついに頭を抱えてかぶりを振り出してしまった。
ダ・ヴィンチが彼女の様子に、小さく自嘲めいた笑いを浮かべながら呟いた。
「天才の感覚はいつも理解されないのか。悲しいなあ」
「変態のだろ」
とりあえずそこだけはきっぱりと言っておく。
「ともあれ、納得いかないなあ! まるで私たちがエジソンのおまけのような扱いじゃないか!」
「その通り! 奴が下! 私が上! これは天地開闢から決まっている絶対法則だ!」
ぎゃんぎゃんと喚く二人。言葉ごとにいちいちポーズを変えている。
教室で弁当を食べていた一団が、迷惑そうに再度こちらを見ていた。それでも注意してこないのは、関わりたくないからだろう。現輪も同じ立場だったらそうする。小さく頭を下げて謝罪すると、彼らは雑談と食事に戻った。
「そう言われましても……」
いきなり因縁をつけられ、困り切って、八百万。
「なぜだい? 言っちゃなんだが、私は彼より上の天才だぞ」
「そうだそうだ。奴は所詮直流、私は現代主流の交流。どちらが上かは自明の理だ」
「自分の才能と発想をブラッシュアップする能力ですが」
「うわあああああ!」
「ぐああああああ!」
八百万の飛ばした言葉の暴力に、ニコラ・テスラとダ・ヴィンチは悲鳴を上げた。
そういえば、と現輪は思い出した。彼女の個性は『創造』だったか。なんでも作る事ができるが、作るには第一に理解が必要だったか(そもそも理解できない不特定多数の物体をファジーに作る個性というのがあり得ない事なのだが)。となれば、まあ確かに尊敬する相手は第一に理解を与えてくれる人にもなるだろう。
「どれだけ才能があろうと、それを理解されずに埋もれていった人は多いのではありませんか? あなた方は、誰かの理解と翻訳があってこそ周知されたのだと……そうではないと、はっきり言えますか?」
「ぐおおおお……痛いいぃぃぃ……」
「私は天才、天才なんだ、そうだ、エジソンなんて……」
ついに転がってのたうち回り始める。ちょっと面白くなったのか、八百万はしゃがみ込んでつんつんとつつき始めた。
「――理解されない才能は、無能と変わりないと思いませんか?」
「やめろ、そんな目で見るなよう……私は天才なんだぞぅ……」
「違うのだ、私はあの凡骨に拾われたから立てたのではない、自分の才能で立ったのだ……」
ついにうめき声すら小さくなり、ぶつぶつとつぶやき始める。
現輪はふと気になって、弁当を食べている一団に目を向けた。いい加減怒られると思ったのだが。彼らはとっくに食事を終えて、今は見世物か何かを見る目で彼らを見ていた。まあそんなもんか、とは思う。実際これが見世物でないと言っても、説得力はない。
二人は飛び跳ねるように起きながら距離を取ると、びっと指を八百万に突きつけた。
「くっそー! 今に見てろよ! 主に授業で! 私がどれほどの天才か見せてやるからな!」
「そうだぞ! ちなみに私は物理担当だ! 授業で会おう!」
ははははは、と高笑いをしながら、体を薄くして消えていくニコラ・テスラとダ・ヴィンチ。
八百万はしばらくぽかんとして、やがて現輪に向き返った。
「結局何だったんですの?」
「さあね。まあ、暇だったんじゃないか? 行き詰まったときの気分転換に臨時で教師やるなんて言うくらいだしな」
小さく肩すくめながら。そう言うしかなかった。
「ニコラ・テスラ先生とエジソン先生は、やはり仲が悪いんですね……」
「そんなことないんじゃない?」
え? と八百万はこちらを見た。顔には心底意外だと書いてある。
まあ、そう思うのも仕方がないだろうと現輪は思った。伝承に曰く、彼らは余人が引くほどの嫌がらせを互いにしていたのだから。
「よく罵り合ったり、殴り合ったり、電極押しつけあったりしてるけど、なんだかんだ共同研究してるしな。今は確か……核融合炉を一緒に作ろうとしてるんだったか。まあとにかく、本当に嫌い合ってたらそんなことしないだろ?」
「……そうですわね。正直最後のはどうかと思いますけど」
言って、彼女は小さく笑った。
静かになったところで、現輪は時計を見る。昼休みは、もう二十分と少し立っていた。
「とりあえずさ、食堂行かない? 一緒に」
「ええ、構いませんわ。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
連れ添って、食堂への廊下を歩いて行く。廊下では、早めに食事を終えた生徒がぱらぱらと通っていた。
雄英高校の本校舎は驚くほど広いものの、食堂まではさほど距離はない。これは生徒の便利性を重視したというのもあるだろうが、それ以上に、学校が機能的に作られているからだろう。実際、校舎は外見から考えられないほど快適であった。
食堂につくと、ここにはさすがにそれなりの生徒がいた。が、その生徒達もほとんどが食べ終わり際で、去ろうとしている者の方が多数派である。
「俺が買ってくるよ。その代わりに席確保しといてくれない?」
「分かりましたわ。私は日替わり定食でお願いします」
「了解」
別れようとして、現輪は慌てて一言付け加えた。
「できれば長テーブル一つ確保しといて」
「二人ですのに……? まあ、構いませんけど。頑張ってみます」
少々怪訝そうだったが、請け負ってくれた。
時間が時間なので、食券の前には誰も居なかった。彼は併せて七人前の食券を買って、カウンターに提出した。
全ての料理が揃い(全部日替わりにしていたので、用意が早く、並ぶカウンターも一つで済んだ)八百万が待っている場所に向かう。彼女は長テーブル一つを一人で占拠しているという事で、居心地が悪そうだった。
「お待たせ」
「魂魄さん、早かった、……!?」
振り向いて、彼女はぎょっとしてた。それはまあ、仕方ないだろう。なにせいつの間にか、制服も着ていない明らかな部外者が、五人も増えているんだから。
彼女の動揺は短かった。すぐにはっと気がつく。
「魂魄さんの個性の方、ですか?」
「そ」
「初めまして、お嬢さん。私はガウェインと申します」
「ガウェイン卿!?」
光り輝くような、それでいて新緑のように穏やかな笑みを浮かべて、ガウェインが自己紹介をする。
続いて前に出たのは、見た目は中学生くらいの少女だった。
「私はアルトリア・ペンドラゴン……あなた方にはアーサー王と言った方がわかりやすいでしょうか。今は少々霊基を変え、ランサーとして顕界しています」
「アーサー王はおとぎ話の……ではありませんでしたわね。あなた方が現れた時点で実在証明はされていますから。初めまして、お会い出来て光栄ですわ、アーサー王にガウェイン卿。私は八百万百と申します」
彼女は焦って頭を下げた。さすがに王クラスが出てくるというのは予想外だったのだろう。
「頭を上げてください、モモ。ゲンリとの今までの話は聞いていました」
アルトリアが言うと、八百万は頭を上げた。
現輪が正面に、その横に並ぶようにして、サーヴァント達、全部で五騎が座った。
食べ始める前に、と現輪は口を開いた。
「一応紹介しておこうか。アルトリアとガウェイン以外には、あっちがベディヴィエール、そんであっちがガレス。一番奥がシロウだ」
言うと、名前を挙げられた者達が深く頭を下げた。八百万も釣られるようにして、会釈し返した。
「皆がアーサー王伝説の登場人物……という訳ではないのですね」
「そうでもないらしいんだよなあ」
「らしい、とは?」
八百万と現輪は、共に食事に手をつけながら話した。彼女は口の中を飲み込みながら小首をかしげるという、少しばかり器用な仕草をする。
「シロウはアーサー王……アルトリアと知古らしい。だからアーサー王伝説が出典で間違いないと思うんだが……でも他の円卓が知らないってなると、修業時代の知り合いだったんじゃねえかな。もしくは話に出ても名もない村人Aとか。そういう奴が、
これはアーサー王伝説に限らないのだが。ネット上では、サーヴァントの『名前当て』が頻繁に行われていた。
警察との兼ね合いもあって、公開できる限りのサーヴァントは知らせているのだが、サーヴァントにも当たり前に個々の意思がある。顔を見せるのも厭う者、顔くらいは知らせてもいいが、名乗るのは嫌がる者、完全公開する者。いろいろだ。このうち、顔だけが知られている者が、ネット上で『名前当て』の標的にされていた。
そういう意味では、シロウは特殊な例だった。顔も名前も隠していないが、誰だか分からない。本人が説明したがらない(というかはぐらかす)ため、正体については現輪も知らなかった。
「そんなことあり得ますの?」
「実際あるんだから、まあ、あるとしか言い様がない」
思わず食事の手を止めた八百万に、現輪は口にライスを放り込みながら言った。
「で、アルトリア。実際の所どうなの?」
「秘密です」
「という訳だ」
言って、現輪はおどけるように肩をすくめる。
こんなことは珍しくない。本当に。サーヴァントの中には(予測がついていても)、名乗らない者は結構数いる。第二の人生を楽しむためには、名前は邪魔だと思っているのだろう。
アルトリアなど、生前の勇名が邪魔になった最たる例だ。彼女は名乗りを憚らなかったばかりに、今ではイギリスの国を挙げて喜ばれており、発覚して数年経った今でも凱旋を熱望されている。それが叶っていないため、イギリス人観光客が以前の10倍以上になり、アルトリアは時折謁見を許している。このおかげで、望むと望むまいと、アルトリアは第二の人生を、私人として生きる術を失っていた。
「しかし、シロウさんでしたか? 本当に英雄として呼ばれるような事があるんですか? 言ってはなんですが、その……」
「はっきり無名って言っていいぞ。本人も最初は無銘なんて名乗ってたくらいだし。実際、アルトリアがいなかったら今でも本名は名乗ってなかったと思う」
ちらりとシロウの方を見る。何か反応があると思ったが。
彼は真剣に料理を見ていた。大量生産なのにどうとか、さすがはプロがなんとか、一点物なら私も負けてないがうんたら。
シロウは強い。サーヴァントとして、戦闘タイプの分類に入るくらいには。が、本人がそれを振るう事はほとんどないし、そもそも料理番している時間の方が遙かに長く、それを望んでいる節もある。これもまた、第二の人生を楽しんでいる例なのだろう。
「マリー王妃とかは何を成した訳でもない、ただ時代の節目にいただけの人だってサーヴァントになってるんだ。今更どんな奴が来ても不思議に思わないよ」
「そういうものなのでしょうか……」
漏らした言葉は、どちらかと言えば独り言のようだったが。納得いったのかどうかまでは分からない。
話を切り替えるつもり、というのでもなさそうではあったが。彼女はけれど、と繋げた。
「アーサー王が女性だとは思いませんでしたわ。女性説というのも特に聞きませんでしたし」
「その感想は正しくもあり、間違いでもあります。私は生前、男として振る舞っていたので女性説がないのも当然かと」
「誤魔化しきれるものなのでしょうか?」
八百万が、ふと天井を見上げた。自分がもしそうだったらと考えているのかも知れない。難しい……というか、ほぼ不可能なことではある。一時的にならばともかく、一生、四六時中となると、考えただけで気が狂いそうな嘘だ。
が、そんなことも。死してなお理想の王たろうという彼女にとっては、当然のことなのだろう。
「私だけでは不可能だったでしょう。マーリンに性別の誤認は元より、外見なども魔術によって男性らしく変えていました。大幅に変えると矛盾が生じるため、それほど大規模ではありませんが。それにより、私はアーサー王として振る舞っていたのです。簡単とは言えませんが、少なくとも私が死ぬまではそれでなんとかなっていました」
言葉が一段落すると、アルトリアは食事に集中した。凜々しかった顔を綻ばせ、一口一口味わって小さく頷いている。こういう姿を見ると、彼女は外見よりも幼く感じる。
現輪は、たまに思うのだ。
英雄を現世に呼んでしまうのは仕方がない。これは自動的に行われる、もう現輪の意思とは切り離された、一つのシステムなのだ。だが、もう少し隠しておくことはできたのではないかと思う。
オールマイトとの邂逅と、その結果による警察の保護と監視。英雄の存在を公開することは、偏に言って魂魄現輪というたった一個人の潔白を証明するための、守るための行為でしかない。もしそこで拒絶していれば……あるいは、そこまで言わずとももう少し抵抗していれば。呼ばれて間もなかったアーサー王が、ただのアルトリア・ペンドラゴンとして、一人の少女として生きていく今があったかもしれない。作家や研究者は……まあ、彼らとて自分の名声にすがらなければいけない程度の才能ではない。その前から勝手に名乗り勝手に生きていた奴はどうでもいいが。
誰も彼もが、現輪の為に引いたのだ。それは――忘れてはならない。
「ゲンリ」
「ん?」
いつの間にか深く考え込んでいると、ふと、アルトリアに呼ばれた。顔を上げる。彼女の顔は(食事を終えたからでもあるだろうが)、王のそれに戻っていた。
「あなたの人生だ。これで良かったのです。それだけは、間違えないよう」
「……ああ、うん。すまん、ありがとう」
「え? え?」
事情をつかめない八百万が、きょとんとしながら両者の間で視線をさまよわせていた。
程なく彼女も食事を終えて、ハンカチで口元を拭く。サーヴァント達は、食事を終えてまで何人も居たら邪魔なので、片付けのためにガウェインだけが残っていた。現輪と二人して五人分の片付けは少々大変ではあった。
「ところで、今更なのですけど」
彼女はガヴェインの方に視線を向けた。女性としてはかなりの長身であり、ガウェインとは目の高さがほぼ同じだ。
「なぜわざわざ学校でお食事を?」
「お腹がすいたので」
八百万がなんとも言えない表情で、現輪を見た。サーヴァントのやることにいちいち問われても、分かるわけがないのだが。
「ちなみにサーヴァントは食事も睡眠もいらない。これは肉体的にという話であって、精神的な趣向品としては話が別だけど」
彼女が疑わしげにガウェインを見た。彼はなんだかやたら言い笑顔で、にかっと笑っていた。どこか、騎士の威厳とかそういうものを置き忘れたようにすら思える。
「食事は質より量です。とはいえ、美味しくて悪いことなどありません。ランチラッシュ殿の食事、堪能させていただきました」
返却口に食器を戻しながら、そんなことをきっぱりと言ってのける。
そういう話ではない、と再度困ったように八百万が(助けを求めるように)視線を向けてきたが。現輪にできるのは、首を振るだけだった。
言葉が通じるからと言って、家族だからと言って、なんでもかんでも分かるわけではない。
ないのだ。
現代、もとい個性社会において、サーヴァントというのは。
正直なところ、半ば人扱いされていない。これは人権がないという話ではなく、あくまで魂魄現輪という人間とセットとして扱われるという事だ。
なので、サーヴァントが挙げた功績は、現輪にも付随してくる。人ではあるが、個性の一部でもあるという扱いなので、学割が適応されている食堂も、学生価格で食べることが可能だ。サーヴァントが食堂にいたのは、こんなからくりがあった。そもそも食べる必要がないという点から目を背ければだが。
賞罰は逆の意味でも適応される。つまり、サーヴァントがやらかした責は現輪にも降りかかる。このために、警察やヒーローとはかなりお世話になっていた。オールマイトとの縁が切っても切れないのはここが理由だったりする。
結局、サーヴァントはどれだけ自己を主張しようと、個性の一部という軛からは逃れられない訳だ。が、当然個性の一部である加護というのもある。
例えばだ。
学校の授業に乱入しても、個性だから仕方ないという処理をされるだとか。とか、というか、実際に乱入されたのだが。
現輪はため息をついて、こっそりと後ろを見た。そこには、21人のクラスにはあり得ない、22脚目以降が置いてある。
教室は異形型の大型個性持ちが生徒であっても、十分に入れるサイズがある。だから、今更一列増えようとたいした違いはない(そもそも机が一つ後列にはみ出ているので、今更席がいくつか増えても列は増えない)。圧迫されてる気分になるとしたら、それは間違いなく精神的な問題だ。
昼休憩を終えて、まだ一年生、初の午後授業――つまり、ヒーロー学科が始まる前の時間。クラスの皆が席に着きつつも浮き足立つ中、彼だけは微妙な気分だった。午前の授業でも半数はサーヴァントに乱入されていたのだ。午後の授業に入ってこないわけがない。
先生達が、サーヴァントに立って好き放題されるよりは、座らせた方がなんぼかマシだと思ったのかは定かではない。ただ、現輪には注意をした。あいつらなんとかしろ、と。できるわけがない、とは言わなかった。互いに不可能だと知っていても、あえて口にしない。それが大人という事なのだろう、と現輪は半ば諦めながら考えた。
ともあれ、今はまだ誰も出てきていない。最後列は空席ばかりだった。
授業開始のチャイムが鳴る。と同時に、廊下から大きな声が響いた。
「わーたーしーがー!」
低く野太い声と同時に、乱暴にならない程度にドアが開かれた。
「普通にドアから来た!」
オールマイトの登場に、周囲からざわざわとした声が上がる。周囲のざわめきを信じるに、あの衣装は
「諸君! これから行われる授業はヒーロー基礎学! ヒーローとして
ぐっと、なぜか力こぶを作って力説する。妙なアクションはともかく、内容には説得力があった。なにせ現役ナンバーワンの言葉だ。
「一発目の授業はずばり、戦闘訓練!」
ばっとオールマイトが言いながらポーズを取ると、思わずと言った様子で、何人かの生徒が腰を浮かせた。
「いきなりだと思う生徒もいるだろう。だが! これは諸君らの基礎能力を把握するための授業でもある! 持てる力全てを使い、存分に戦いたまえ! ただし、ルールの中でだぞ! 私との約束だ!」
言って、オールマイトはリモコンから、何かのスイッチを押した。
ガコン、と壁が音を上げる。壁がスライドして、中からナンバリングされたケースが出てきた。
(妙に壁が厚いと思ったら……)
雄英はなんでか、こういうギミックが好きらしい。さすが、ダ・ヴィンチらと気が合うだけある。
「これが皆のコスチュームだ! 出席番号と同じものを受け取るように」
ぱん、とオールマイトが手を叩いた。なんてことはない動作だが、それだけで、浮き足立っていた生徒達の気が引き締まった。誰も彼もが、一瞬前までより目つきを鋭く、緊張させている。
「Hurry Up! 着替えたらグラウンド・βに集合だ!」
わっと、皆がコスチュームに群がった。現輪は一歩遅れて、ナンバー10のケースを取り出し、更衣室にいって着替えた。
少々出遅れたため、着替え終えるのも最後の方だった。同じく着替えに手間取っていた緑谷が、なんとなく目に入った。
「緑谷はフルフェイスタイプか。珍しいな」
「あ……魂魄くん。うん、僕はサポート会社に作って貰ったんじゃなくて、お母さんが用意してくれたんだ」
「へぇ。でも大丈夫か? ヒーローは顔を覚えられてなんぼだろ? 完全に顔を隠したら覚え悪いんじゃないか?」
表情は見えないが、少々困ったように笑ったのは、気配で分かった。
「それはまあ、おいおいかな。それより魂魄くんのスーツは、なんていうか、凄いね」
そうかな、と現輪は自分の体を見下ろした。彼のスーツは灰色の迷彩服だった。形状こそヒーローらしくタイツ型だが、都市内の路地裏あたりに潜むと途端に発見が困難なようにしている。肘と膝にだけプロテクターがついていた。
「本当ならもっとこう、どこに潜んでいても分からないようにしたかったんだけどな。申請したら「ヒーローらしくない」とか「誰を殺しに行くつもりだ」とか言われて却下された。これは第三案だな」
「まあ、それ以上やったら確かに手練れの暗殺者か何かにしか思えないけど……むしろ魂魄くんが目立つことを考えようよ」
連れだってグラウンドに行くと、案の定最後の方だった。そこかしこで互いのコスチューム評価が始まっていた。が、それもクラス全員がそろうと静まりかえる。
「では始めようか有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!」
オールマイトの一喝で、全員の雰囲気が変わった。ただ一言で空気を引き締められるのは、実績から来るカリスマがなせる技だろうか。
「まずは説明をしておこう! 今回の授業は、屋内で、生徒同士の対人戦闘訓練だ!」
考えていたよりも思い切った内容だ、と思ったのか、一部からざわめきが起こる。実際に、先生に発言している生徒もいた。
「静粛に! たしかに諸君らが普段見るヒーロー活動は屋外でのものだろう。しかし、統計的には室内、物陰、夜……そういった場所の方が、凶悪ヴィランの出現率が高い! 君たちがプロになれば、閉所や暗がりでの戦闘は不可避だろう! これは現時点でどれだけできるかを量るのと同時に、屋内での戦闘がどれだけ厄介かを知ってもらう訓練でもある!」
そして、今回の『ゲーム』のルールが発表された。
チームはヴィランといヒーローで2対2に別れる。場所は数階建てのビル(ヴィラン側にはビル内に仕込みの時間が与えられる)。大きなダメージを与えかねない攻撃は厳禁である。必然的に相手を戦闘不能に追い込むレベルのダメージを与えるのは困難なので、代わりに捕縛テープで縛れば倒したのと同じ扱いとなる。で、ヴィランがなぜ立てこもっているかというと、なんと核兵器を持っているから、という設定になっていた。
「先生」
「何かね魂魄少年!」
現輪が手を上げると、ぴっと指で指してきた。
「核兵器なんて持って立てこもったら、それはもうヒーローの仕事ではなく自衛隊の管轄になると思います」
「そこはそれ、設定と言うことで納得してくれたまえ!」
「あと、一人余ります!」
「できればそちらを本題にしてほしかったな。魂魄くんの個性は少しばかり特殊だ! 申し訳ないが君には最後にやってもらうことにするよ!」
HAHAHA! とオールマイトが高らかに笑った。というわけで、まあ、そういうことになった。
くじの結果、最初は緑谷・麗日組対爆豪・飯田組になった。抽選が決まった後、爆豪がやたら緑谷を睨んでいるのが気になった。が、部外者が気をもんでいても無意味なことではあるため、現輪はそこで意識を切り離した。
他の生徒は、ビルの地下に入っていって、モニタールームで観戦をすることになった。画像だけで、声は聞こえてこない。
試験が始まってすぐ、爆豪が単独で奇襲を掛けた。別のモニターを見て飯田を確認すると、これはスタンドプレーらしい。オールマイトは特に何も言わなかったが、手元の紙に何かを記入していた。好きにやらせるだけで、採点はしっかりやっているらしい。これで、爆豪は間違いなくマイナス点がついた。その採点がシビアなのかどうかは分からない。
それからいくらかの時間、ほぼ爆豪と緑谷だけの格闘が続いた。その隙に、麗日は単独で核爆弾確保に向かうようだった。
ここでもオールマイトはペンを動かしていたが、これがどう評価されたかまでは分からない。現輪の評価では、これはマイナスだ。相手がわざわざ戦力を分散させてくれたのだ。いくら時間制限があると言っても、この利点を手放してまですることじゃない。というか、麗日は、緑谷が最初に爆豪を投げたとき、さっさと捕縛テープを巻くべきだった。こういった即応性の低さは、まあ、やはりまだヒーロー志願者でしかないということなのだろう。自分も含めて。
麗日が核兵器がある部屋に達したのとほぼ同じ頃、爆豪が個性でビルを半壊させるほどの爆発を見せた。
上階でも状況は動いているのだが、皆の視線は緑谷と爆豪に向かっていた。これはまあ、仕方がない。麗日対飯田は、端から見ても緊張感がなかった。危険ではあるが、本気で戦っているのが分かる緑谷対爆豪に比べると、明らかに見応えがない。
戦闘は分析力の緑谷、センスの爆豪という形で進んでいった。が、状況は徐々に爆豪に傾いていく。緑谷には、まだ、その場で情報を解析するほどの能力がないのだろう。センスで対処に対する対処を行う爆豪に、どんどんと手札が消されていく。みるみるうちに、緑谷のダメージは積み重なっていった。
時間終了寸前、あわや個性同士のぶつかり合いかという寸前で、緑谷は敗北覚悟の床抜きを行った。破壊力に比例するような爆発が、出久の腕に起きる。
衝撃を利用した麗日が核兵器を確保し、勝負はヒーローチームの勝利となった。
試合が終わってすぐ講評が始まり、勝負には負けど、評価は飯田が一番高いという事で固まっていた。
担架に乗せられて、保健室に連れられそうになる緑谷を見ながら、現輪は心の中で念じた。
(姉さん、お願い)
「やっと頼ってくれたねえ!」
いきなり、甲高い声が響いた。
唐突に現れた人影に、わさっと広げられる、異形型を思わせる大きな翼。桃色の髪を長く伸ばし、手には背丈よりも高い杖を持っている。少女のような外見に反して、服は薄布を羽織っただけのような格好だ。
「エッロ!」
その言葉は誰が発したかは知らないが。直後に打撃音が響いた当たり、女子の誰かに殴り倒されたのだろう。
(小学生くらいの見た目の子に欲情するのもどうかと思うが。いや年上だけどさ)
考えたが、自分たちもほんの十数日前までは中学生だったと思い出す。自分の身長が人並み外れて高いため、忘れていたが。それならばまあ、そういう事もあるのだろう、多分。ぼんやりとつまらない事を考える。
彼女は言葉など気にせず、にこりと笑って声の方に手を振って見せた(当たり前だが声を出した奴はそれを見ることは叶わなかった)。そして、オールマイトの前に進む。
「こうして顔を合わせるのは初めてだねえ、オールマイト。私はキルケー、鷹の大魔女さ!」
「あ、これはどうもご丁寧に。オールマイトです」
キルケーの勢いに圧され、オールマイトが丁寧に腰を折った。
「早速だけど、現輪くんの頼みなんだ。ほいっ」
キルケーが、ロボが担ぐ担架に乗った緑谷に一声かけると、担架ごと浮いてキルケーの前まで浮遊した。
「いやいや、彼はこれから保健室に搬送されるのであまり……」
「まあまあ見てなって。さらいほい」
先ほどよりもさらに軽いかけ声だ。が、それだけで緑谷の傷は全て治癒していた。ついでに、苦痛で朧気だった彼の意識までをも覚醒させる。
「え!?」
これは緑谷の言葉だったが。
彼はがばっと起きて、全身を確かめた。コスチュームこそボロボロのままだが、体は全快している。
「治ってる……っていうか、戻ってる? 痛みもない……」
「ふふん、大魔女の私が治したんだから当然だろう? ささ、早くそんなものから降りたまえ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「お礼なら現輪くんに言うんだね。私は頼まれてやっただけなんだから」
「はい。魂魄くんも、ありがとう」
担架から降りながら、緑谷。
彼が降りた時点で、メカ担架も地面に戻っていたが。そのまま保健室に向かったあたり、さすがにそこまで融通はきかないのだろう。
「指の一本二本ならともかく、腕まるごとってなるとな。おれじゃ治せないからキルケー姉さんに頼んだ。姉さん、ありがとう」
現輪が言うと、キルケーはぱぁっと花が咲くような笑顔になった。
「そうだろうそうだろう! 大魔女の私に頼って正解だろう! 惚れたかい!?」
「惚れはしないけど」
「うわぁん!」
彼女は泣きながら、胸に飛び込んでくると地団駄を踏みつつ胸を叩いてくるという器用な真似をした。
駄々をこね出したキルケーを、現輪は上からそっと包み込む。
「ごめんよ、キルケー姉さん。でも姉さんに嘘はつきたくないんだ」
「現輪くん……」
「あれいい話風にしてるけど思い切りフってるよね」
余計な事を言った奴に、とりあえず睨みをきかせて。
現輪はそのまま、しばらくキルケーをなでていた。が、一向に離れようとはしない。
未だぷりぷりと頬を膨らませて顔を埋めては居るが。経験で、彼女がとっくに気分を直しているのは分かっている。現輪がいい加減引き剥がそうとすると、彼女はわざわざ魔術で腕力を強化してまで張り付こうとした。
しばらくその攻防は続いたが、最終的にキルケーが満足するまで抱きついて終わりとなった(大体いつも通りの結果だ)。
満足げにほくほくした顔で、彼女は腕を組みながら言った。
「というわけで、現輪くんのお願いだから、君たちが怪我しても特別に治してあげよう! 存分に怪我していいぞ!」
「いや、さすがにあんな自爆まんまな出力で個性使うのなんて、出すのも振るうのも難しいが……」
言ったのは、砂藤力道だったか。およそ皆が同じ気持ちのようで、言葉に頷いていた。
が、キルケーは気に入らないようで、ぷりぷりしている。
「なんだいなんだい、根性なしめ。若さに任せて半殺しにしたりされたりされればいいのに。現輪くんなんて日常的に私のお世話になってるぞぅ! せっかく私が治してあげるっていってるんだから無茶しようよ。なんなら体を改造でもしてみるかい?」
「あまりそういう事は生徒に勧めないでもらえるかな!?」
オールマイトが言う。キルケーはまだ納得いかないのか、ふくれっ面だった。
「とりあえず続きをしよう! 今度のメンバーは……」
「先生!」
言葉を遮って、びっと手を上げたのは、近未来的なコスチュームを来た飯田だ。オールマイトがポーズを取りかけの姿勢で固まる。
「先ほどの戦闘訓練でビルが半壊しているため、続きができません!」
「……そうだね」
オールマイト。ここ20年ほどヒーロービルボードチャート1位に存在し、平和の象徴として君臨している男だが。教師としては新米だった。
結局全員が別のビルに移動し、続きを行うことになった。キルケーも消えずに、そのまま付いてくる。
戦闘訓練が再開し、何試合かが終わった。キルケーは最初の間こそ面白そうな顔をしていたが、すぐに仏頂面になり、今では退屈そうに頬杖を突いている。
画面の中では生徒が真剣に戦っているのだが、鷹の大魔女はもう、興味も失ったといった風に呟いた。
「所詮お遊戯かぁ……。見所あったのは最初の試合だけだねぇ」
「そんな言い方ねえんじゃねえっすか?」
彼女の独り言にカチンと来たのか、噛みついたのは、たまたま近くに居た切島鋭児郎だった。
彼は戦闘訓練を終えて、フェイスマスクを外している。フェイスマスクがない彼の格好は、ヒーローコスチュームというよりは一昔前のヤンキーのように見えた。
一応年上だと分かっているためか、丁寧語、というより体育会系の下級生がするような口調だ。
キルケーは口を挟まれても、気分を害した様子もなく、ついでに失望を隠そうともせずに呟いた。
「言われてもねえ……。これが勇者候補生なんて言われても、大げさな看板抱えてるんだなとしか思えないよ。現輪くんほどとは言わずとも、それなりにできることを期待してたんだけど」
つまらなそうに言う彼女に再度噛みつく前に、現輪が捕捉した。
「キルケー姉さんにとって勇者って言ったら、オールマイトクラスを指してるんだよ」
「確かにオールマイトと比べられた……でも俺たちだって目標はナンバーワンなんだし……クソっ! 言い返せねえ!」
ぐっと、噛みしめるようにして、切島。
(まあ、姉さんの気持ちも分かるんだがな)
悔しそうに、それでいて不甲斐なさそうにしている切島の横で、現輪は独りごちる。
無闇に怪我などするべきではない。そして、相手へのいたわりを忘れるべきではない。それは分かる。が、だからといって、目の前のなあなあで進むような授業風景が正しいとは、まったくもって思わなかった。
英雄とまでは言わずとも、ヒーローならやるべき時にできなければいけないのだ。先ほどの
怪我をしない。危険を冒さない。必要なことだろう。しなくてすむならば。ただし、その程度の場に英雄ほどの存在は必要ない。もしかしたらヒーローですらも。警察だけで事済むだろう。
まあ、その緑谷だって素地がなさすぎるのは否定できなかったが。英雄の片鱗が見えたと言っても、あくまで精神面ではというだけだろう。
考えているうちに、最終試合が終わった。
「さて、これから魂魄少年の戦闘訓練なのだが……」
「私の出番だね! なあに、心配することはない! この大魔女に任せておきたまえ」
「俺にぶっ殺させろや!」
「いや、そういうんじゃなくてだね」
いきなり声を上げたキルケーと爆豪に、オールマイトは言葉に詰まった。
が、彼はまだ分かっていなかった。同じく声を上げた爆豪が、なんだかんだ話を聞くから余計に。
キルケーはギリシャ神話の神に近しい存在であり、またギリシャ神話の女である。神に連なる存在を信じてはいけない。逆らってもいけない。頼るなどもってのほか。可能であるならば、できるならば、触れないのが一番いい……。あらゆる教訓が証明する大鉄則。
はっきり言って、まともに相手をしてはいけない最たる存在だった。オールマイトに失敗があるとすれば、それはなだめようとしたことである。結果論であり、仕方なくはある。ただし、取り返しも付かない。そこまで含めて詮無いと言ってしまっていいのかは、誰にも分からない。
キルケーが何か唱えると、ふっと視界が消えた。これが、消えたのは視界の方ではなく、自分だと分かったのは、現輪だけだろう。
気がつけば、グラウンド・βの、今までいたビル群より少し離れた場所にいた。グラウンド・βの中のままではあるが、今まで居た場所からは少し離れている。集団の中には、最後に戦闘訓練をし、まだ外に居た者達もいた。
同時に二カ所、二十人以上を空間転移させる。キャスターの中でも彼女以外には絶対に不可能な、超の付く大魔術だった。
皆が呆然としている中、キルケーはビルの二階から(屋上からだと声が届かないからだろう)顔を出し、高らかに胸を張っている。
「実はねえ、この授業が始まった時から準備していたんだよ! さあ現輪くん! とその他大勢! 見事このビルを登り切り、私を捕まえてみるがいい!」
「あぁ!? 上等だクソ羽根が!」
沸点の低い爆豪が、真っ先にビルへと突っ込んでいった。そして……入り口が大爆発。圧縮した空気が炸裂し、爆豪は向かいの道まで吹き飛ばされていった。
ひゅーん、と音を立てて飛んでいく爆豪を皆で見送る。とういか呆然と眺める。はっと、真っ先に正気に戻ったのは緑谷だった。
「かっちゃん!?」
「どういう事だね魂魄少年!?」
オールマイトの声に、しかし現輪は顔を伏せ、抱え込みながら答えた。
「まあ、こういう人なんです。キルケー姉さんに限らないけど……」
ため息をつきながら答えると、オールマイトは冷や汗をたらしながらキルケーを見上げた。
彼女は一欠片も揺るがず、いったん外に出ると、浮遊しながら屋上に飛んでいった。
と、途中でいったん立ち止まり、声を掛けてくる。
「あ、ちなみに周囲には結界を張ったから、私を無視して外に出ようったってそうはいかないぞ! ちゃんとクリアするように!」
言い捨てて、今度こそ上空へ飛び立っていった。
「マジで出れねえ! てか個性まで通らねえぞ!」
腕からテープを出した男が――瀬呂だったか――驚嘆しながら呻く。出したテープは何かにぶつかったという訳ではなく、一定の位置から距離が極端に長くなっている、という風らしい。
「あー、魂魄少年。とりあえず攻略法とか、説明できるかい?」
「キルケー姉さんというか、キャスターは工房だか神殿だか、まあとにかく要塞みたいなもんを作る権能を大抵は持ってます。まさか本気ではないと思いますけど……本気だったらサーヴァントでもない限り攻略できませんし。今回は死なない程度のトラップを満載にする程度で済ませてると思います。じゃあやることは一つですね」
「それは何だい?」
そこら中を走り回って、抜け道がないか探していた飯田が問うてくる。当たり前に隙間などなく、諦めて戻ってきた所だ。
すぅ……と現輪は大きく息を吸い込んだ。そして、一気に吐き出す。
「全員突っ込め! 罠なんて全部踏み潰せ! ぶっ飛ばされても戻ってこい! それしかねえ!」
「脳筋んんんー!?」
誰の絶叫かは知らないが。本気でそうするしかないのだから仕方ない。
現輪が真っ先に突っ込むと、残りの生徒も仕方なしにと、トラップの山へと突っ込んでいった。
ちなみに。
十数分後、授業終了寸前に、現輪がなんとか屋上にたどり着くことで、この『お遊び』は終わりを告げた。
現輪の講評がどうなったかは、まあ、どうでもいい事ではあった。