ヒロアカ×Fate   作:トラッキング

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 オールマイトの登場は、空気を一変させた。

 その男は、良くも悪くも希望だった。ヒーローには勝利の希望を、そしてヴィランには殺意の希望を。彼がやってきたことで、ヴィラン達は蘇った、と言っていいのかも知れない。

 元々、害意を持ってやってきた者達だ。死柄木たちに、その見込みまで与えられて。彼らの話を知らない現輪には、その見通しがどの程度だったかというのまでは分からない。ただ、彼らは信じた。オールマイトを殺害し、自分が好き勝手出来る世の中が来ることを。

 オールマイトが地を蹴る。その姿は、ほとんどの者が視認できていないようだったが、現輪には分かった。瞬間移動のような速さで移動し、ヴィランに当て身ををする。活動可能な残り少ないヴィラン達は、それだけで意識を飛ばされた。

 最後に、死柄木と黒霧を昏倒させようとして、

「俺を守れ!」

 ギリギリで死柄木が発した言葉により、脳無が両者の間に割って入った。

 軽い打撃音が響く。それはオールマイトが手加減していることを考慮しても、弱々しい音だった。

 現輪は内心で舌打ちをした。

 死柄木の個性と、轟を抱えていた事。この二つのせいで、脳無の動きを封じられなかった。せめて自分に向かってきてくれれば、いくらでも止めようはあったのだが。

「ム?」

「ははは、脳無には効かないよ。そいつには“ショック吸収”の個性も持ってるんだ」

 ショック吸収と効いて、現輪は成る程と頷いた。防御力を高める個性なり特性なりがあるとは思っていた。が、その割には半端だとも思っていた。打撃には強いが、切創にはさほど強くない。切り傷にショック吸収を発動できないという事はないみたいだが、効果を完全にも出来ないという事だったのだろう。

 オールマイトに特化しすぎているというのは半ば当てずっぽうだったのだが。本当に特化させすぎて他に弱い類いだった。

「悪い、足手まといになった!」

「仕方ない。気にするな」

 十分に距離を置いて、轟を下ろす。

「俺たちであいつを封じるか?」

 轟が、声を潜めて問いかけてきた。目は脳無の方を向いているが、動きは捉えきれないらしく、焦点は合っていない。

「脳無がこっちに向かってきてくれれば、それも悪くない案なんだがな。好きに動かれたり、オールマイトと戦ってる間は、ちょっと手出しが難しい」

 現輪は虚飾をせずそう言った。

「お前、あいつをいいようにあしらってなかったか?」

「向かってきてくれれば、そりゃどうにでもできる自信はあるけどな。相対的に見たらやっぱりあいつの方が早いんだよ」

「じゃあやることは一つだな。俺たちは主犯の方を捕らえる」

「おう。相澤先生もそれを狙ってる。合わせるぞ」

 二人して、回り込むようにして、死柄木へと向かう。彼らの動きは、相澤も、そして死柄木も気づいていた。しかし、分かっているからと言って、挟撃をどうにか出来る物でもない。

「打撃が! 効かないなら! これでどうだ!」

 オールマイトが脳無の隙を突いて背後を取り、爆弾でも落としたかのようなバックドロップを決めていた。煙の柱が立ち、脳無が深く埋まる。いや、埋まるはずだった。

 脳無の体は、胴部から消えたように別の場所から生えていた。影を伝い、体が入れ替わるようになっている。地面から生えている上半身は、ちょうどのけぞったオールマイトの背後に現れて、その胴体に指を深くめり込ませ、動きを封じていた。

 オールマイトは思わず脳無の胴に回した手を離して、抵抗しようとしたが。その際に、片手をワープゲートの中に入れてしまった。どうやら取り出すのも難しいようで、片腕だけでなんとか抵抗しようとしている。

「ははは、どうだ社会のクズめ! これで詰みだよ」

「このまま体を真っ二つにしてさしあげましょう。ああ、イレイザーヘッド、個性を発動しても構いませんよ。あなたが今私のワープゲートを“消去”すれば、オールマイトの腕が千切れます。脳無が真っ二つになったところで、超再生がある……。さあ、オールマイトの命か腕か、好きな方を選びなさい」

「まずいぞ!」

 轟が走った。

 この状況のせいで、相澤も手出しが出来なくなっている。現輪も走るが、黒霧が相澤を、そして死柄木がこちらを監視している。

 やり口は分かっていた。こちらが間に合うかというギリギリで、ワープゲートを閉じるつもりだろう。無力感を与えるために。

 切り抜けるには一手必要だ。敵が想定しない、外側からの一手が。最悪、オールマイトには片手を捨てて貰うことになる……

 現輪は覚悟を決めて、槍を担いだ。槍投げの一撃、恐らくは想定していない。脳無の、むき出しの脳に照準を合わせる。

 その時、物陰から、無数の影が飛び出した。

「オールマイトを、離せぇっ!」

 いつからか潜んでいた緑谷と峰田が飛び出す。緑谷が脳無の腕に強烈な打撃を与え、腕を緩ませる。その隙に峰田がもぎもぎで体の各所を拘束して、時間を稼いだ。

 邪魔立てに苛立ったのか、脳無が二人に目をつけた。豪腕が振るわれ、彼らはそれに飲み込まれ四散するかと思ったが。それより早く横合いから何かが伸びて、二人をさらっていった。蛙吹の舌だ。どうやらここまでが作戦だったらしい。

「爆散しろクソがぁ!」

 それとほぼ同時に、黒霧の方でも声が上がった。派手な爆発音と共に、黒霧が殴りつけられる。そのまま押さえ込もうとしていたが、さすがにそこまで上手くはいかなかった。

 死柄木が手を払い、爆豪に触れようとする。爆豪が死柄木の個性を知るはずもなかったが、しかし警戒はしたのだろう。無理に抑え続けようとはせず、背後に飛んで、手から逃げた。

「おいおい、ヒーローが奇襲かよ。卑怯だなあ。正義のためなら何をしても許されるか?」

 にやにやと、しかし苛立ちも込めて、男が言う。その演説とも取れる何かは、次第にトーンを高くしていった。

「正しい側なら暴力も許される! ヴィランの暴力は常に悪! 公的な暴力! 正義の抑圧! 俺はなあ、そんな世の中を解き放ちたいんだよ!」

「ふざけろ」

 吐き捨てたのは、相澤だった。

「人は人のためを想って生きていくんだよ。それができないから排斥されるんだ。個性の特性? 個人の思想? そんなもんの為に、ただ自分が気持ちよく生きていく為に、他人を蔑ろにしていいと本当に思ってるのか? 世の中誰もが抑圧されてるんだよ。その中で折り合いをつけて生きていくんだ。それができてないからヴィランなんだろ。自己中心的なクズめ」

「はは、ヒーローに暴言はかれちまったぜ。正論で相手の言葉を封じる、卑劣なやり方だ。でもその通り。俺たちは好きに生きる」

 ところで、と言いながら、死柄木はにたりと笑った。目は相澤を、なめ回すように見ている。

「そろそろ個性の許容限界か? 今、俺の個性を止めなかったろ」

 それが正解かどうかは分からない。指摘されたところで、相澤の表情は欠片も変わらなかった。が、それが逆に、ヴィランに確信させたのだろう。

「いいねえ。一番邪魔な個性はこれで止まった。脳無! オールマイトを全力で殺せ!」

 にたにたした、人を小馬鹿にした笑いを止めて。死柄木が叫んだ。それと同時に、脳無がオールマイトに襲いかかる。

「一人くらいは殺しておきたいが、そっちには一人で脳無を止める化け物がまだいるもんなあ。どうしようか」

「相澤先生!」

 ヴィランから回り込んだ、中途半端な位置で待機していた現輪が声を上げた。合図さえあれば、死柄木と黒霧を無力化しに動ける。

「やめろ! お前達が危険は犯すな!」

 言われて、飛び出しそうになるのを、轟ともどもぐっと堪えた。

 力を信用されていない、という訳ではないと思う。ただ、どれだけ力を持っていようとも、彼らは学生でしかなかった。能動的にヴィランと戦うことは、許されていない。特に、今のような、バランスがヒーロー側に傾いている時は。

 戦いは、オールマイト対脳無を皆で眺めるという、奇妙なものになった。同時に誰もが気づいた。この戦いで全てが決まる。どちらかが負けた時点で負けはせずとも、勝ちがなくなる。

 脳無の無軌道な、暴風のような気配。それを、オールマイトが一本の巨大な柱のような気配で迎え撃つ。

 戦いは、予想通り打撃戦だった。乱打が暴風を生み出し、両者の間で気流が生まれる。どちらもが極限の身体能力に支えられた、最大級の暴風。

 誰もが絶句していた。その中で一人、現輪だけは唖然と戦いを見ていた。

(……弱い)

 脳無とオールマイトの打撃戦は、今のところ全くの互角だ。ということはつまり、オールマイトが下という事だ。

 超人的な身体能力を持つものの、それを生かす技術も頭もない脳無。超パワーを持ち、それを生かすため、もしくは生かし切らないための技術を持つオールマイト。殴り合って互角ならば、どちらの素地が上かは問うまでもない。

 本来ならば、オールマイトが地力で負けている事などないはずなのだ。あのカルナと互角に戦えるのだから。オールマイトは()()()()()()()。それも、ここ数ヶ月で急激にだ。少し前までは、これほど弱くなかった。

 相澤の言葉を無視しても、手を出すべきかと、現輪は悩んだ。最悪の場合、殺してもいいならば、脳無を倒せる可能性がある。脳まで再生しないならば、だが。

 焦れていると、オールマイトが声を上げた。それは、自分を鼓舞しているようにも感じた。

「どうしたヴィラン!? 鈍っているぞ! ショック吸収、限度があるんじゃないかい!? ならばすべきことは簡単だ!」

 オールマイトの回転が上がる。防御を捨てて最低限の回避のみにし、端から見ても無理をしているのが分かった。

 それでもオールマイトは弱音などはかない。いつもの笑みで、高らかに言った。

「限界が()()ならば、それを超えればいいだけだ! Plus Ultra! 私はこの個性を今超える!」

 浴びせられる連打に、脳無がひるんだ。その隙を見逃さず、オールマイトが懐に潜り込み。そして、渾身のアッパーを腹にたたき込んだ。

「SMASH!!」

 踏み込んだ地面が割れる。腕を振り上げただけで竜巻が生まれる。打撃が当たった瞬間に、衝撃が周囲を薙ぎ払う。天変地異を起こすほどの攻撃。

 そして、殴られたヴィランは、USJの天蓋を破って、遙か彼方に飛んでいった。

 天蓋の骨を折られた衝撃が、会場全域に伝播する。割れた強化ガラスが、はらはらと舞い散った。

「すげぇ……これがトッププロの実力」

 轟が、ヴィランを観察するのも忘れて驚嘆している。

 現輪は一応死柄木を監視していたが。彼はこの機会に逃げるでも攻撃するでもなく、イライラと地面を蹴っている。

「くそっ、何が弱体化してるだよ、チートめ……! 脳無も負けてるじゃないか、何がオールマイトに勝てる個性を植え付けただ……!」

「いいや、昔に比べれば弱っているさ。全盛期ならそれこそ五発で終わらせていたよ」

 体にダメージを負って悠然と、オールマイトが言った。しかし、現輪は気づいていた。オールマイトの個性許容限界に達している。全く動けないという事もないだろうが、これ以上戦えないのは間違いなかった。

「今回は、本当にゲームオーバーだ。帰るぞ黒霧」

「帰すと思ってるのか?」

「勝手に帰るのさ」

 言って、黒霧と死柄木、それぞれ別の方へと走った。両者を同時に視界に収められないように。黒霧は相澤に向かい、死柄木は緑谷の方へと走っていた。

「待て、ヴィラン!」

 オールマイトの焦りに、死柄木は細やかな愉悦をにじませた。

「選べ。生徒の命か、俺たちの逃走か」

 緑谷、蛙吹、峰田の三人が、ほとんど硬直するような形で構える。その調子では、上手く備えられないのはわかりきっていた。

 相澤の舌打ちが聞こえる。

 現輪はもしもの時に備えて、先回りし、死柄木を迎撃できる位置取りをしたが。それは結果的に無意味だった。相澤は、死柄木の個性を止める事を選んだのだ。

 消去の個性が発動したのは、ほんの数秒だけだった。使いすぎたつけがここに来たのだろう。黒霧は素早く相澤の視界に入らない位置に移動し、個性を発動したのが見えた。霧が広がり、それは死柄木の体を一瞬で包んだ。それこそ消去が再発動できないほど瞬間的に。

「次は殺す」

 不穏な一言だけが残される。

 後に(ヴィラン)連合襲撃事件と呼ばれる事件は、これで終結した。

 それからどれほどもせず、飯田が教師を連れて戻ってきた。教師陣はヴィランの主犯が退散したと知ると、USJ内の各所へと散っていった。ついでに、戦って疲弊したオールマイトと相澤は回収される。ダメージが大きかった13号は、そのまま病院へ搬送された。

 さらに数分すると、各所に散らされていた生徒もぱらぱらと集まってきた。自分たちで撃退したのか、先生に助けられたのかまでは知らないが。ヴィランの掃討にはもう少し時間がかかるようで、生徒は一カ所に集めて先生の庇護下にあった。

 と、一人の影が跳ねてくる。

 生徒の中には、それに構えた者もいた。ヴィランの残党が破れかぶれになったとでも思ったのだろう。しかし現輪は、個性の感覚から、それがサーヴァントンの誰かだと分かっていた。

 現れたのは、アタランテだった。

「うおおっ、美人だ!」

 そんなことを漏らした上鳴は、白い目で見られていたが。

 現輪は表情をぱっと変えて、彼女に駆け寄った。

「姉さん!」

 駆け寄られ、アタランテのクールな面持ちが一瞬ぎょっとした。次いで、頬を赤らめて、視線が虚空を漂う。

「う、うむ。現輪、頑張ったようだな」

「あれくらいなんともないよ。そんなことより、姉さんが見守っていてくれたんだね。嬉しいよ」

「あ、ああ、そうか……。喜んでもらえて、その、なんだ、私もよかった、ぞ?」

 アタランテがたじたじし、つっかえながら答える。顔はさらに赤くなり、獣の耳も、ぴくぴくと動いている。

「おい、あれ誰だよ」

 誰かが、現輪を指して言った。他の者も感想は似たようなものらしく、ざわついている。中にはあからさまに顎を落としている者もいた。現輪にはどうでもよかったが。

 その中で一人、冷静なのは峰田だった。

「あれ、魂魄の姉ちゃんで惚れてる相手だよ。なんかもう嫌になるくらいベタ惚れで、相手もどう見たって憎からず想ってるのに、付き合ってはないらしいぞ」

「あんたよくそんなこと知ってるわね。てかあんだけ美人が近くにいるのに冷静なのもおかしい気がするし」

「おっぱいが小さい相手には興味がない」

「死ね」

 背後でどうでもいい会話が続いているが。

「それで、姉さんはどうしたの? おれに会いに来てくれた」

「ち、違うぞ! そうではない!」

 あわあわとしながら、アタランテ。

 現輪があからさまに気落ちすると、そこでもまた慌てていたが。おほん、と咳払いを一つして、話しを戻した。

「用があったのはオールマイトだ。少し話しがあってな……」

「オールマイトに? こう言っちゃなんだけど、姉さんが興味持つタイプじゃないと思ってた」

「うむ、それは間違いではない。英雄に非業の死はつきものであるし、奴のそれは自己責任だしな。用があったのは私ではなくスカサハだ。まあ、重要な用があれば、直接顔を見せに行くだろう。私にはこれ以上どうでもいい」

 今、いきなりオールマイトの死が予言された気がしたが。それはさておき。

「じゃあやっぱりおれに会いに来てくれたんだね!」

「いやっ、違っ! いや、違わないが、違くて……ううぅ……わあああぁぁっ!」

 絶叫しながら、アタランテは逃げてしまった。ご丁寧に霊体化までして、追跡できないようにしながら。

 元より追いかける気はない。姉の嫌がることは絶対にしない、それが彼だった。

 にこにこと笑いながら戻ると、皆が知らない人を見るような目で見てきた。笑みが消えるようにきょとんとする。

「何さ」

「いや、見たことない顔してると思ってさ」

 代表して、かどうかは知らないが、耳郎が言ってくる。なぜだか峰田の頬を強く捻っていた。

「失礼だな、おれだって笑うことくらいあるよ」

「そりゃそうだけど……」

 なんだか釈然としない様子で、彼女は呻いた。

 それから十数分ほどして、生徒達が全員無事に集合した。警察が到着するまで、さらに十数分ほどの時間を要した。

 これから事情徴収などが山ほどある。事件は終わっても、一日の終わりはまだ遠い。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 USJ襲撃事件から数日、出久はぼんやりと外を見ていた。

 いつもの教室の、いつもの自分の席。空にはうっすらと雲がかかっており、ちょうど太陽を隠し、暖かい陽光を遮っている。天気がいいとは言えないが、憤るほど悪くもない。

 昼休憩を半分も過ぎた教室は、中々賑わっていた。普段であるならば、午後のヒーロー基礎学に備えて、あれやこれと準備している者もいるのだが。その日に限って言えば、誰もやっていなかった。

 USJ襲撃事件の衝撃は大きく、日が経った今でも、世間を賑わせている。その中心地とも言える雄英に影響がない訳がなく、その日の午後の一コマ目は自習だった。襲撃事件の煽りを受けて、事情聴取やら何やらで授業が延びた。その分の埋め合わせか、あるいは単に他の用事を外せなかったからか。

 教室では、壁からせり出たテレビが映っていた。事件の記者会見らしい。担任の相澤は、テレビを出して「見ておけ」とだけ言った。生徒には箝口令が敷かれており、世間に発表した事以上の話をしてはならないと言われている。つまり、これを見て情報のすりあわせをしておけと言うことなのだろう。

 まあ、真面目に見ている者などほとんどいないが。出久を含めて。彼だって、テレビから流れてくる音を半ば聞き流している。

 合理的な行動さえ取れれば、うるさく言われない。これは担任のいいところなのだろうか、それとも悪癖なのだろうか。

「なあ緑谷!」

 急に声を掛けられて、肩をふるわせる。あまりに呆けすぎて、声を掛けられること自体が意外だった。あせって振り向く。

 話しかけた上鳴は、出久が驚きすぎて逆にぎょっとしていた。

「お、おう、寝てたのか? わりぃな、いきなり声かけて」

「ううん、大丈夫だよ。ちょっとぼうっとしてただけ。それで、なに?」

 視線の先には、三人居た。上鳴電気、峰田実、魂魄現輪。初日から何かと三人でいるところを見る。

「緑谷はこいつが戦ってる所を直接見たんだろ? すごかったらしいじゃん!」

 ばんばんと、魂魄を叩きながら。上鳴が大仰とも言える仕草で言う。

「すごかったのは間違いないと思うんだけど……正直、何をやってるかほとんど分からなかったんだ。レベルが違いすぎたよ」

「やっぱなぁー! 強ぇし、顔もいいし、いいよなぁ!」

 机を叩きながら、悔しそうにしている。そういった姿が嫌みに見えないのは、上鳴の人徳だろうか。

 魂魄は、言われて感じるところがあるんだかないんだか、よく分からない。彼は感情を外に出さない、という事はないのだが。どうにも感情を隠し、欺瞞するのが癖になっているらしい。言葉と表情が一致しないことが多かった。

「そうだな。まあ強いし、顔もいい方なんだろう」

「く……はっきりそう言われると、負けた気分になるな。峰田、中学の時から友達なんだろ? そういう所気にした事ねえの?」

「オイラ、魂魄については疑問を持たないことにしてるんだ」

 まるで意味が分からず、出久は上鳴と一緒に首をかしげる。魂魄は相変わらず、なんという感情かが分からない。

「ねえ魂魄くん、魔術ってやっぱり習得が大変だったの?」

 ふと思いついたまま、出久は問いかけた。魂魄はいくらか考えた後、ふと漏れたように言った。

「お前が習得するのは得策じゃないとは言った記憶があるけど」

「うん、僕ももう魔術を覚えようとは思ってないよ。ただ、どうやって覚えたのか気になったから」

「そうか……」

 呟き、顎に手を当てて、親指で何度か肌を撫でる。言葉を選んでいるようだ。

「魔術にはトリガーみたいなもんがあって、こいつを入れることで魔力っていう力を返還するんだ。これを魔術回路って言うんだが、つまりこいつがないと魔術が使えない。前に緑谷には魔術には使えないだろうって言ったが、多分魔術回路がないから無理だろうって意味だったんだ。魔術回路は大前提で、筋肉みたいなもんだよ。こいつを動かすには、人それぞれ専用の感覚があって、まずそれを覚える」

 どこかつっかえながら、ぽつぽつと語る。まるで昔習ったことを、改めて整理し、説明させられているようだ、と出久は感じた。実際、彼の技術習得年月を予測すると、その通りかも知れない。

「おれの魔術はギリシャ式とケルト式――ルーン魔術のハイブリッドだな。相性面で言えば、魔術一つ一つが単純で、パズルみたいに組み合わせれば発動できるルーン魔術の方が良かった。だからそっちを基礎にしてる訳だが」

 そこで、彼はなぜだか左腕を持ち上げた。

 峰田が、あっと何かに気づいたかのような表情をする。その時には既に遅く、彼は右手で、左手にぴっと線を引くように、指を動かした。

「魔術使用は戦闘が前提だから、長々と呪文を唱えてられない。だから、体を骨まで裂いて、骨に直接ルーンを刻むんだ。んで、その上から液化した金属を流して、固めちまうんだ。ちゃんと成長を阻害しないように。ちなみに、これは原始的な魔術刻印とかいうもんらしいが、後世に引き継げないから関係ない、とも言ってた」

 ひぃ、と出久は思わず体をすくめた。いきなり話がスプラッタに飛んだ。

 上鳴は頬を引きつらせて、半ばすがるように言った。

「そ、それってあれだよな、麻酔とかかけてやったんだよな? 場所も皮膚を裂いたら骨に達する程度の場所で……」

「……? 皮膚裂いたら見えるような場所に刻んで、戦闘中怪我でルーンが消えたらどうするんだ? しっかり肉を裂いて、深い位置に刻むに決まってるだろ。痛みは魔術で消してたが、全身麻酔でもなし、体の中をほじくられる気持ち悪さがなくなるでもなかったなあ。あの肋骨の内側を無理矢理開かれて、がりがり削られる――」

「はいやめやめ! この話やめ!」

 上鳴がばたばたと手を振って、無理矢理中断した。

 魂魄は、聞かれたから答えたのに、と不満そうだったが。峰田がうんざりした目で彼を見てるのが、かなり印象的だった。

「顔! 顔の話しよう、な!? かなりのイケメンでうらやましいよ。うちのクラスじゃ、轟と並んでトップツーなんじゃないか?」

「まあ、さっきも言ったが、客観的に見てイケメンなんだろうなとは思ってるよ」

「できる男の余裕か? 俺もそんなこと言えるようになってみてえぜ」

「ていうかな」

「あっ」

 このときになって、出久は予兆を感じ取った。その情動が、思わず漏れる。峰田はもう顔を青くしていた。

「玉藻の前……うちのキャスターの一人なんだがな。こいつが例え好みの相手じゃなくとも、顔が悪いのは嫌だって言うもんで。勝手に数年掛けて自分の好みの顔に成長するよう改造されたんだよ。だから、正確に言えば誰から見てもイケメンなわけじゃなくて、玉藻から見たら最高のイケメンっていうのが正しい。イケメンの定義が余人にも共通するだけで」

「あああぁぁぁ……」

 上鳴が、深い絶望と、悲しみを混ぜたような声を絞り出す。体から力が抜けて、出久の机に突っ伏した。

「なんでそんなに話すこと全部地雷だらけなのぉ!?」

 出久は思わず絶叫した。それに被せるようにして、峰田も叫んだ。

「だからオイラ言ったじゃないかよぉ! こいつの事はいちいち考えないようにしてるって!」

「聞かれたから答えただけなのに酷くないか?」

 魂魄が、釈然としない、といった様子で呟く。こんな時ばかり感情がはっきりと分かった。

「魂魄くんはさ、ぼかすとか、先に警告するとか何かあるでしょ!?」

「知られても困りゃしないから答えてるのに……」

 ぶつぶつと抵抗する魂魄に、出久は思わず叫んでいた。

「普通じゃない事くらい判断できるでしょ!?」

「顔弄るくらい、普通の人だって化粧なり整形なりするだろ。あれと似たようなもんじゃん」

「普通は勝手に容姿の根底から変えられたりしないんだよ! おバカ!」

「おバカって言われた……」

 言葉にショックは受けたようで、ぶつぶつと同じ単語を繰り返している。

 なんとか復帰した上鳴が、身を起こして峰田に問いかけていた。

「なあ、あいつっていつもああなの?」

「そうだよ、家庭に関係すること聞くと絶対に地雷踏み抜く羽目になるんだぜ。だからうちの中学では、あいつの家庭関係の話は振らない事って暗黙の了解があった。雄英でも作られそうだけどな」

 耳を塞ぎながら、峰田が答える。もっとも、その状態で普通に聞き答えしているあたり、効果はないようだが。

 微妙な空気になってしまった。誰も話すことが出来ない。いや、魂魄だけは普通の様子だが、彼も上手く話を振れないでいた。

 よどんだ空気は、足音によって破られた。

 たたたた、と小気味のいい、一定間隔の歩調。視線を向けると、芦戸三奈がにっこにこの笑みで近づいてきていた。

「ねーねー、こ・ん・ぱ・くぅ」

 今にも小躍りしそうな調子で、芦戸。彼女の元いた方向には女子の一団がいて、そちらも似たような様子だった。

「聞いたよ聞いたよ! 恋、してるんでしょ~」

 やけに甘ったるい口調で言いながら、魂魄の頬をつんつんとつついている。身長差があるため、下から突き上げてると言った方が正しいが。

「そうだな。してるな、恋」

 言うと、黄色い声(と言っていいのかは分からないが)が一斉に上がった。

 もはや張り裂けるのではないかと思えるほどの笑みを浮かべた芦戸が、魂魄をぐいぐい引っ張っている。これまた体重差があるため、彼はぴくりとも動かないのだが。

「しよーよコイバナ! してよコイバナ! ちょっとあっちで、ちょっとだけでいいから! ね!?」

 なんとなくいかがわしく聞こえるが。

 言葉に、出久は思わず視線を飛ばした。思った事は同じようで、上鳴と峰田も同じようにしている。

 真っ先に口を開いたのは、上鳴だった。

「どうでしょうか、峰田先生」

「んー……」

 何かの真似か、眉間にしわを寄せて、低く唸る。腕を組み、わざと難しい顔を作った。何秒かそのままの様子で、芦戸は疑問符を浮かべていた。

「セーフ! 恋愛関係はセーフ!」

「先生の許可が出たぞ! よかったな魂魄!」

「というわけで話聞いても大丈夫だよ、芦戸さん」

「おれの意思が一欠片も反映されてない……まあいいんだけどさぁ……」

「なんなんこれ?」

 最初から最後まで、一欠片も意味が分からないという調子で、芦戸が呟いた。不思議そうにきょろきょろと当たりを見回すが、答える者はいない。

 まあいいや、と芦戸は気を取り直して、魂魄の腕を改めてひっつかんだ。そして、無理矢理引っ張っていく。彼も抵抗する気はないようで、そのまま連れられていた。袖を引っ張られるのは、服が伸びるのを気にしているようで、多少嫌がっている様子ではあるが。

 一人いなくなろうと、話題には困らなかった。どのみち、実のある話をしているわけでもない。どうでもいい話が続くだけだ。

 出久は、気もそぞろになって、二人と話をしていた。

 集中できていないと、自然と耳に入ってくるのは、テレビの音だった。記者会見は何の盛り上がりもなく、つまりは何の問題もなく終わろうとしている。雄英側がヴィランに完全勝利したことも、無関係ではないだろう。とにかく、記者に突っ込んだ話をされても慌てることなく、つつがなく進もうとしている。

 数分して、芦戸と魂魄が一緒になって戻ってきた。意気込んで恋話すると言っていた割には、ずいぶん早い。

 彼女の肌は元々ピンク色でわかりにくいが、その上からでも分かるほど紅潮していた。というか、後ろに並んでいる女子達も同じような顔色だ。平気な面をしているのは、魂魄だけである。

 かくかくと、まるで機械のようにつっかえた動きでやってくる。

「タダイマ」

「え? ああうん、おかえり」

 抑揚のおかしな声で、よくわからない事を口走る芦戸。出久は思わず返事をしたが、特に彼女を待っていた訳でもない。

「チガウヨ。コレ、恋チガウヨ、愛ダヨ」

 かくかくと、真っ赤な顔のまま言って。いきなり人間に戻ったかと思えば、きゃーと悲鳴を上げて女子の方へ戻っていった。

 なんなんだ、と出久は思ったが。平気な面の魂魄に聞いても、まともな答えは返ってこなさそうではある。

 雑談は、そのまま実もなく進んだ。出久は相変わらず、意識を半分彼方へと旅立たせている。クラスの皆はもう全員戻ってきているな、そろそろ自習の準備しなきゃな、などとも考えながら。脳の半ばを支配する余話――テレビの、もはやどうでもいい会談は、終盤へとさしかかっているようだった。語るべき話題も少なくなり、つらつらと話が過ぎていく。

 と、

(あれ? もう終わり?)

 不意に疑問に思った。

 番組は、昼の終わりまで続いているはずだ。今は予鈴も鳴っていない。思わず時計を確認すると、まだ10分ほど時間を残している。

「えー、続きまして、オールマイトからの言葉があります」

 テレビの中で、相澤がマイクをオールマイトへと譲った。

 予定にはない事だったのか、記者が小さなざわめきを上げている。気持ちは出久も似たようなものだった。言ってはなんだが、わざわざ新人教師の言葉が必要だとは思えない。

「この場を借りまして、私事ではございますが、一つ発表させていただきます。私、オールマイトは、このたびヒーローを引退させていただきたいと思います」

「…………はあ!?」

 その言葉は、記者のものであり、クラス全員のものであり、そして出久自身のものでもあった。

 動揺という言葉すらも生ぬるい。あらゆる人が顎を落とし、復帰できないまま、オールマイトの次の言葉を待った。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「お前は遠からず死ぬ。限りなく安静にしたところで、持って2、3年という所だろう」

 その言葉は、何気ないものだったが、いっそ厳かにすら感じた。

 神に最も近い人間。もしくは、女神そのものか。どちらかは俊典にはうかがい知れなかったが、どのみち代わりはしないだろう。そこに嘘と虚ろがない事だけは分かった。スカサハという女――おそらくは、魂魄現輪が掲げるサーヴァントの中でも、最秘奥の一人。超常をその身のうちに込めた存在。

 そこは病院の一室だった。ベッドは二つ。院長は警察の息がかかった人物であり、オールマイトの真実を、僅かならも知っている。そのため、この部屋が手配された。今この部屋にいるのは、たった二人だけ。本当は同室に、精密検査を受けていた相澤もいたのだが、彼はスカサハに蹴り出されていた。文句は言っていたが、重要な話という事もあり、大人しく出て行った。抵抗しても無駄だという事もあっただろうが。

「お前の心肺は、お前が思っている以上に弱っている。はっきり言ってやろうか。ワン・フォー・オールだったか? それがかろうじて、お前の身体を支えているのだ。個性の”残弾”が尽きれば、心肺はお前という存在を支えきれなくなる。そうなれば、お前は動くこともままならなくなるだろう。半年もすれば寝たきりか? 最期は……そうだな、呼吸する力もなくなるか、それとも内臓がイカれて機能停止するか。ああ、その前にヴィランと戦って負けて死ぬ、という事もあるか」

 つらつらと並べる彼女の口からは、嘘は感じられなかった。

 スカサハという存在は、まず不敵な笑みを絶やさない。それが俊典の感想だった。

 顔を合わせた事はさほど多くない。彼が初めて出会ったのは、既に体に致命的な損傷を受けてからだ。力をろくに維持できなくなったオールマイトに、彼女は戦士としての魅力を感じていなかっただろうというのは、対面してすぐ分かったことだ。

 その彼女が、顔を真面目に作って忠告している。

 俊典の見るところ、彼女は生きることに執着していなかった。もしくは死を軽視していた。どちらの表現が正しいかはさておき、基本的に()()()()らしいサーヴァントの中にあっても、ひときわそれが顕著だった。

「英雄に非業の死はつきものだ。少なくとも現輪の奴に呼び出されたサーヴァントは、まともに死ねた奴の方が少ない。戦士でなくともな」

「私に、死に方を覚悟しろ、という訳かな?」

 呟くように、言う。

 分かっているつもりではあった。しかし、実際に死が迫っていると分かる状況で言われると、どこか感じ入るものがあった。あるいはそれが、死の恐怖というものなのかもしれない。理解し、飲み込んだつもりでいたが。足下から何かが這い寄ってくる感情までは、嘘に出来そうにない。

「いや、違うが」

 スカサハは、真面目くさった顔をきょとさせて言った。

「お前がいつ死ぬかとか死に方だとか、そんなもんは限りなくどうでもよいわ。好きなように生きて勝手に死ね。できれば英雄らしく」

「そこまではっきり言われるとへこむんだけど……」

 俊典はぐはっと息を吐き、ついでに吐血などもしながら。

 思えば、この吐血も死の前兆ではあったのだろう。気道だか食道だか、もしくは肺か。どこかまでは分からないが、損傷が治らない、という事だ。ヒーロー活動が忙しいため、医者には何度も勧告されたが、無理をして活動を続けた。入院する時間も惜しかった。それが、寿命の代わりにヒーローとしていられる時間を作ったのならば、後悔はない。

「だが、お前にはまだ引き返す術がある」

「残念ながら、それを選ばなかったのが今の私だよ。君の言葉は、そうだな……致命的なダメージを受けたときに、いろんな人から幾度となく貰った。私は非道な人間だったんだろうな……結局誰の言葉も受け入れる事が出来なかった」

 ふと、スカサハは首をかしげた。まるで意味が分からないといった風に。

 釣られて俊典も、同じように頭が傾く。視線が少しだけ斜めになった。

「ふむ、どうやら話が通じていないな。私はお前の死に方についてはどうでもいいと、今し方言ったばかりだが。もしかして馬鹿か?」

「それは聞いたけど……じゃあどういう事だい?」

 再度心を直接殴りつけられるように感じて、俊典。なんだか今日は無闇矢鱈に傷つけられている気がする。肉体的にも精神的にも。

「私は引き返せると言ったのだ」

「だから、それは選ばなかったと……」

「そうではない。()()()()()引き返せる、そう言っているのだ」

 俊典は、難しげに眉をしかめた。

「それは、どういう事だい?」

「お前の“個性”は、もはや衰退を止めようがない。これは避けられぬ事だ。だが、個性を呼び水にして、それを宝具化なり何なりしてしまえば話は違ってくる」

「すまない、言っていることがよく分からない」

 分からない、のだが。

 なんとなく、俊典は感じた。これは決して絶望の話ではない。粗雑に捨てられた未来の話でもない。

 もしかしたら、立ち向かえる運命の話かも知れない。

「私はな、前から惜しいと思っていたのだよ。お前が全盛期のままの力であったならば、どれだけ心躍る戦いができたであろうかと。それが失われた。ただ失われゆくだけならば惜しいと思っても忘れていただろう。だが、お前は……貴様は急速に衰えている」

 スカサハは、壁にもたれかかっていた体を起こした。そして、俊典に近づいていく。手には、陽炎が実体を持つかのように、長大な槍を持っていた。身長170センチ足らずの者が持つにはあまりにも長い、十キロはありそうな一体型の槍。その穂先が、俊典の鼻先に突きつけられる。

「我々の中には、臓器を再生するほどの魔術の使い手がいる。そして、消えつつある個性を再構築するスキルを持つ者もいる。可能性は、恐らくさほど高くないがな」

 神々しい闇が周囲を包む。その闇に包まれると、思わずにはいられなかった。ああ、彼女は本当に現代の存在ではないのだ。神代から蘇った、奇跡と不条理が跋扈する、超古代の存在が現代の地を踏んだ存在なのだと。

「選ぶのだ。お前はこのまま朽ちるに任せるか。それとも、たかだが数パーセントの、復帰する可能性に賭けるか。言っておくがこれは多めに見ての話だ。時間が経てば、どんどん勝率は低くなっていく」

 その奇跡と不条理の中に、俊典は――いや、オールマイトは飛び込もうとしている。

 彼はにっと笑って、穂先をつまんで退けた。

「決まっているさ」

 ぐっと腹に力を入れて、オールマイトという虚栄を纏った。これが本当にただの虚栄になる日は近い。もしくは、真なるものになる日が。

「私はオールマイト、平和の象徴だ。いつだって困難に立ち向かい、いつだってそれを乗り越えてきた。だから今回も立ち向かうのさ! たとえ億が一の可能性であっても!」

 スカサハは、厳かな雰囲気を崩して、にっと笑った。ほとんど同時に、神聖な空気も霧散する。

「よろしい。それでこそこの私が見込んだ男だ」

 

 

 

 事件の記者会見の合間を借りて行った、引退会見は荒れに荒れた。が、それでもなんとか上手く行ったほうだろう。売れる情報こそが命の記者であっても、反対の声しか上がらなかったのだから。

 やはり左腹部の怪我を公開した事と、治療の目処が立ったという情報が決め手だっただろう。いったんはヒーロー免許を停止するが、必ず帰って来るという言葉が決定打になった。

 雄英の同僚には迷惑をかけたと思っていた。なにしろ引退を決めてから僅か数日での発表だ。オールマイト事務所にも、雄英にも問い合わせがひっきりなしだ。校長の根津には、余計な事を考えず手術に専念しろと言われた。ありがたいことだ。唯一の救いは、高等学校教員免許状まで返上するわけではないので、教員としては問題なく働ける事だった。リハビリもあるので、すぐに教師として復帰は難しいだろうが。それを申し訳なく思う。

 記者会見から間を置いて数日――もっとも、会見自体は録画だったため、今日の昼にでも放送されるのだろうが――俊典は、病院の手術室で、仰向けで横になっていた。

 彼を囲む者で顔見知りはスカサハだけで、後は見たことのない顔だ。

 そのうち、長髪の男がやたらにこにことした顔で、挨拶をしてくる。

「初めまして、オールマイト。私はキャスターのサーヴァント、パラケルススと言います」

「ああ、どうも初めまして。ご高名はかねがね」

 もしその名が思ったとおりならば、正に驚嘆すべき歴史的邂逅なのだが。学園には既に、エジソンやらダ・ヴィンチやら、彼すらも霞むようなビッグネームが通っている。今更いちいち驚愕するのも疲れた、とも慣れてしまった、とも言える。

 そういえば、と俊典は気がついた。キャスターのクラスとは、ほとんど関わりがない。魂魄現輪曰く、キャスターのほとんどは、地下室の工房やら仕事部屋にこもって、滅多に出てこないのだとか。

「しかし、ありがたい事ですね。まさか個性を改造する機会に恵まれるとは。それもただの個性ではなく、相続型という極めて希な」

「んんん?」

 今、何か不穏な事を言われた気がした。

 俊典の様子も無視して、パラケルススは、明らかに手術用とは思えない道具を取り出している。

「先に説明をしておくと、私の担当は心臓です。“ワン・フォー・オール”の残り火を変換、循環、増幅する賢者の石(エリクシール)を設置します。いやあ、楽しみですよ。個性と私の技術が合わさったら、一体どんな力になるのか」

「それ明らかに治療の話ではないよね!? 私の人体改造の話だよね!?」

 血を吹きながら絶叫する。

 慌てて起きようとして、それが出来ないことに気がついた。いつの間にか、手足に紋様が浮かんでいる。拘束された。

「スカサハくん! スカサハくーん!」

 慌てて、唯一の知り合いを呼ぶ。返事はない。なんとか体をよじり、彼女の方を向くが。

死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)~」

 彼女は鼻歌など歌いながら、明らかに尋常ではない、石門が現れた。門が開かれると、内側の光景は手術室のものではない。というか、現実のものかすら疑わしかった。

 開かれた門にスカサハは入り込み、近くにあった城のような何か(この世の造形とは言えないので断言できない)にすっ飛んでいくと、すぐに大量の何かを抱えてきた。形状は巨獣の骨のように見えるが、その光沢は明らかに金属の類いだ。そんな生物がいたとして、明らかに現世のそれではない。

「私は外装担当だ。なに、任せろ。最強の鎧をその身に埋め込んでやろう」

「不穏ー!」

 ぎゃー、と再び、俊典は叫んだ。味方がいない。というか頭のおかしな敵しかいない。

 パラケルススは、彼の様子を見て優雅に笑った。

「そんなにはしゃいで、ずいぶん嬉しいご様子。任せてください。現代にはあり得ない超人に改造してあげます」

「私がしてほしいのは改造ではなく治療なんだが!?」

「まさか……不満、だと?」

「どこかに疑う要素があったかい!?」

 あっ、とパラケルススは気づいたように手を叩いた。

「体がそのままというのが不安なのですね。安心してください。私の術式が終わってすぐ、アヴィケブロンと交代します。彼のゴーレム作成能力はサーヴァント一ですよ。その技術を使って、貴方の体を限りなく原初の人(アダム)に近づけると言っていました。内臓から肉体から、全てが宝具で構成された、いわば宝具人間になるのです! やりましたね!」

「何があああああ!?」

 気づけば、俊典は力の限り叫んでいた。体の内側のどこかが裂けたのだろう、血がどばっと吐き出される。が、そんなのも無視して悲鳴を上げ続けた。

「ちょっと、スカサハくん! スカサハさん! これどういう事!?」

「なんだ、藪から棒に」

「藪から棒なのは明らかに君たちだよね!」

 素材をより分けていたらしいスカサハが、明らかに面倒くさそうに言ってくる。

 一瞬、間違ってるのは自分の方なのか、と惑いかけたが。俊典は気を取り直し、改めて言った。

「私の治療をするって言ったじゃないか!」

「当然するに決まっているだろう。だが、そのままでは復帰は難しいから、体を改造するだけで。いや、貴様が決断してくれて良かった。おかげで人造英雄を好き勝手作れる……おっと」

「全部言ったよね! 今全部言ったよね!」

 パラケルススは本当に分かっていない様子だったが、彼女は明らかに分かっている。分かってやっている。そのことに、俊典は戦慄した。

 彼は、かつて言われた言葉を思い出していた。塚内と一緒に、警告のように受けた言葉。神に連なる存在を信じてはいけない。頼るなどもってのほか。今正にそれが本当だったと、強く実感した。スカサハと言う存在は、自覚して凶悪だ。

「ねえねえ、そんなことよりさあ。早く始めてくれないかい? 私はとっとと終わらせて愛豚(ピグレット)の所へ戻りたいんだけどさあ」

 パラケルススと入れ替わったのか、キルケー。これは知った顔だった。

 彼女はワゴンに肘を突いて(さほど背の高いワゴンではなかったが、身長的にちょうど良かったらしい)、めんどくさそうに言う。

「先に内臓再生させちゃ駄目なのかい? 待ってるのも面倒なんだけど」

「そうすると内臓が邪魔で心臓を弄りにくいらしいぞ。少しくらい我慢しろ」

「私としてはその再生だけで十分なんだけども!」

 何度も何度も。本当に何度も言いつのるが。

 いい加減鬱陶しくなってきたのか、スカサハの眉が曲がる。鬱陶しそうに、という点を通り過ぎて、いきなり危険な角度につり上がった。

「うるさいな」

「私が悪いのかい!?」

 言って、なんとか逃げようとしたが。体を拘束しているのは、どうやら医療器具ではなく、魔術によるものらしい。いくら体を捻っても、手術台は軋み一つあげない。

「いいからちょっと寝ていろ。起きたときには全て終わっている」

 言って、スカサハがルーンを刻むのが見えた。その軌跡が完成するのと前後して、俊典の意識が遠のいていく。

「まっ……て……」

 言葉は、殆ど意味を成さなかった。もしかしたら、声にすらなっていなかったかも知れない。

 感覚が痺れていく。視界が闇に飲まれていく。正気が現世と切り離されていく。

 やがてまぶたすらも保っていられなくなり、彼はゆっくりと目を閉じた。

 次に目を覚ました時、彼は既に、サーヴァントに思いの様改造された後だった。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「ふむ」

 深い深い闇。その中でももっとも深い位置で、男は呟いた。

「歴史上の大人物を呼び出す個性、引っ張り出せるかと思ったが、少々本人の方を侮っていたな」

 言葉は、闇に溶けた。薄暗く、深い闇。誰も知らない闇。誰も――覗き見る事ができない深淵。

「今のところ、興味を引かれる人材ではないのだがね。強いが、ただ強いだけだ。まあ、一騎だけでもその力の片鱗を確認できたのだから良しとすべきかな」

 ふっと息を吐く。予定通りにはいかない。何もかも。それでいい。予定通りにいかないという事は、それだけ予定を乗り越える楽しみがあるという事だ。闇の中へと引きずり込む昏い愉しみにが。

 ぎしりと音を立てて、男は椅子にもたれかかった。

 椅子が軋む。かつて軋み、限界を訴えていた体。椅子のそれと同じように。しかし今は、全くもって順調だった。

 魔術。過去に失われた絶技。それを盗み取る事は簡単だった。本当に簡単すぎて笑ってしまう。警察の間抜けどもは、本当にどうしようもないな、と再度嗤ってしまった。金で秘法中の秘法を明け渡してくれるのだから。

 それのおかげで、彼は体のあらゆる不虞を癒やした。あるいは、作り替えた。今では顔も、壮年の時のものに戻している。もっとも、顔が知られることはよろしくないので、仮面は相変わらずつけているが。

「しかし、オールマイトの引退……これだけは本当に予想外だ。いや、困ったなあ」

 このときだけは、本当に困った顔で、男は顔をしかめた。あの正義に殉ずる男にこそ、真の絶望と悪意を見せてあげたかったのに。もっと早く動くべきだったか。

 こればかりは仕方がない、とも言える。自分の元後継者であり、現自分とは異なる悪の王。もう一つの深淵の王朝。それの基本的な戦闘技術が完成するまで、無理はできなかったのだから。

「上手くいかないのは仕方がない。別のプランも考えなきゃね。さしあたっては……」

 男は、電話をコールした。どれほど時間も経たず、返事がある。

『なんじゃい?』

「ああ、ドクター。急にすまないね。一つ聞きたいんだが……対英雄用脳無、開発は順調かい?」

 

 

 

 




この作品でのオールマイトのサーヴァント風ステータス

全盛期オールマイト
筋力A+ 耐久C 敏捷A+ 魔力E 幸運A 宝具-

弱体化オールマイト
筋力B+ 耐久D 敏捷B 魔力E 幸運C 宝具-
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