カルデアに狩人様が来た場合   作:結城希亜

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プロローグ1-3

 思わず耳を塞ぎたくなるようなアラームがカルデア全域に響き渡る。施設を揺らす爆音と、それに合わせたように耳に届く悲鳴が、これは訓練ではないということを明確に示していた。

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、および中央管制室で火災発生。90秒後に隔壁を閉鎖します、職員は速やかに第二ゲートから避難をーーー』

 

 非常電源に切り替わり、部屋の中にも薄暗くはあるが光が戻る。ロマニは急いで立ち上がると、状況を把握するためにモニターを起動させる。そこには、自身の目を疑うような光景が映し出されてた。

 

「そんな、バカな」

 

 掠れた声が口から漏れる。

 中央管制室。そこに設置された、カルデアの象徴ともいえる発明、擬似地球環境モデル・カルデアス。地球儀を模したそれの光が完全に失せていた。

 

 ガツンと頭を金槌で殴られたような衝撃が走り、呆然と立ち尽くしそうになるのをどうにか堪える。

 

(まずは事態の把握だっ! 中央管制室に行かないと……)

 

 転がるように足を動かしてドアへ駆け寄る。しかし先ほどの衝撃でセンサーに不具合が出たのか、近づいても反応せずドアは開かない。

 

「くそ、開いてくれっ」

 

 なんとか強引にドアを開けようとするが、ロマニの細腕では魔術での強化を付与してもびくともしない。どうしたらいいのかと顔を歪ませていると、すぐ後ろから声が聞こえた。

 

「退いてろ」

 

 一拍おいて轟音。顔のすぐ横を黒い何かが通り抜けたと思ったら目の前の扉が吹き飛んでいた。真ん中がひしゃげて凹んだ金属板は対面の壁に激突し、ガラリと床へ落ちる。後ろを向くと、クロウが足を振り上げていた。

 

「非常事態だ、弁償しろなんて言うなよ?」

 

「フォウ! フォーウ!!」

 

 目を疑った。セキュリティ上、管制室や工房などの重要施設に比べて見劣りはするものの、マイルームの壁の強度はそれなりにある。それをクロウは魔術行使をせずに扉を蹴破ったのだ。

 

 横を通り過ぎて外に出るクロウを、少し遅れて追いかける。管制室につながる廊下からは炎と煙が立ち昇り、電灯が破損した廊下の暗闇を強調するように煌々と影を照らしていた。事態はロマニが想像していたより深刻だった。

 

「クロウくん、君だけでも避難するんだ。もうすぐ隔壁が降りる、その前に………」

 

「それは聞けない提案だ、オレも管制室に用がある」

 

 それはコイツも同じらしいが、と頭の上を指差す。フォウは応えながら、まるで急かすように帽子を引っ張る。

 

「君も!? そりゃ人手があった方が助かるけれど、ってうわぁ!?」

 

「それにアンタの足じゃ隔壁閉鎖まで間に合わないだろ、もし生存者がいたらどうするんだ」

 

 渋るロマニをクロウは脇で抱える。確かにここから管制室までロマニの足ではどう頑張っても90秒以内に往復は不可能だ。クロウの言う通り、もし奇跡的に生存者がいたとしても抱えて避難することは難しい。それでも難色を示すロマニを黙らせるように抑える。

 

「口は開けない方がいい、舌噛むぞ」

 

 

● ● ●

 

 

 ぼんやりとした意識を、不意に感じた熱が急速に覚醒させていく。

 

 モヤがかかる視界ではっきりと認識できたのは『赤色』だった。それが炎だと気づいたのは、数秒後のこと。

 

 吸い込む空気に煙が混じり、肺に刺すような痛みが走り咳き込みそうになる。しかし、口から出るのはかすれて何かを引っ掻くようにか細い息だけだ。

 

 瓦礫を飲むように勢いを増す炎をみて、逃げなければいけないと足を動かそうとする。しかし、何かに掴まれたように両足は動かない。

 

「…………ッ」

 

 そこで初めて、自分がうつ伏せになって倒れていて、瓦礫で足が潰されて縫い止められていることを理解した。

 

 よく見れば、炎が燃やしているのは瓦礫だけではなく、黒々とした人型の物もその中にあった。上へ向かって伸びているのは、鉄骨ではなく人の腕だ。

 

 息を呑む。胃液が逆流しそうになりえずくが、そも既に口から出てくるものなどなく、胃は潰されて吐瀉物は瓦礫の下だ。

 

 炎が巻き上がり肌を舐める、幸いにも痛みは少ない。だが痛みがあろうがなかろうが、もうすぐ自分は死ぬ、ということだけはハッキリと理解できた。

 

 

 怖い。すぐ背後に迫り来る『死』の冷たさが感じられて体が竦む。

 

 

 怖い。何も残せず、何も為せず、無価値に命が消えていくのが恐ろしい。

 

 

 怖い。このまま誰にも認識されずに死んでいくのに怖気が走る。

 

 

 誰一人生存が確認できない空間で、少女はたった一人死の恐怖に震えながら再び意識を落とした。

 

 

● ● ●

 

 

「ひ、酷い目にあった………まるでジェットコースターだ……」

 

「大袈裟なやつだな」

 

 道が塞がっていたから壁を走ったぐらいで、そんなに息を切らすこともないだろうに。顔を青くするロマンを置いて、衝撃で吹き飛んだ扉をどかす。

 

 中央管制室は酷い有様だった。爆発によって壁や天井、周辺機器は破損しており、無事なところを探すほうが難しいほどだ。特に被害がひどいのはオレを抜いたマスター総勢47人が入っていたと思われる縦長のコフィンと、オペレーターが座り作業を行う機器周辺。クレーターのように凹んだそこは、恐らく爆発の中心だろう。せめてもの救いといえるのは、爆発の規模がそこまでではなかったのか、それともこの施設が特別頑丈なのか、未だ崩落しそうには見えないということか。被害を免れ、既に避難している職員もろともカルデアごとペチャンコという最悪の事態には避けられたらしい。

 

 燃え広がる炎も酷いものだ。赤色のなかには黒い人影が見える。恐らくはコフィンの『中身』だろう。人を燃料に勢いを増す炎は、供え付きの消化器ではとてもじゃないが消せそうにない。炎は隔壁が閉じたあと館内洗浄で消すらしいので、それまでにはここを出なければいけない。

 

「……生存者は?」

 

 回復したのか、オレのそばにきたロマンの質問へ首を横へ振る。パッと見た限りではあるが生存者はゼロ。瓦礫を片っ端からひっくり返して探せば、まだ息のあるヤツが一人二人見つかるかもしれないが、その前に隔壁が閉じて隔離される。仮に見つけたとしても、それは死んではいないだけだろう。

 

「間違いなく人為的な工作だろうな」

 

「……そうだね、一体誰が……」

 

 それは別に興味はない、と瓦礫と炎を避けながら進む。カルデアの事情にはそれほど詳しくないので、推測すらできないからな。

 

 煙で視界が悪い中、原型を留めていた横倒れるコフィンを見つけたので中を覗いてみるが当然というべきか空だ。よほど犯人はマスターを殺したかったらしい。コフィン一つ一つの下に爆弾を設置するとは周到なヤツだ。

 

 クレーターのように凸凹が激しい地面に気をつけながら生存者を探すオレたちだったが、誰も見つけられないまま時間だけが過ぎていく。

 

『動力部の停止を確認、発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常、職員は手動で切り替えてください』

 

『隔壁閉鎖まであと40秒。中央区画に残る職員は速やかに避難をーーー』

 

 どうやら時間切れのようだ。無情にも響く機械音声にロマンは顔を歪ませる。躊躇うように視線をカルデアスと出口で行き来させたあと、顔を歪ませながら踵を返した。

 

「………ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止めるわけにはいかないからね。君もすぐに避難するんだ、今ならまだ間に合う」

 

 そう言い残してロマンは管制室から出ていく、どうやら電源が完全に切れると拙いらしい。オレも探し人は見つからなかったので、後ろ髪を引かれる思いで中央区画から出ようとするが、

 

「フォウ!」

 

 しかし、ちょっと待てと言わんばかりに帽子を引っ張られて引き止められる。フォウは帽子から降り、先導するように尻尾を揺らして炎の中を駆けていくので、導かれるままにその後を追う。まるで無事な箇所を把握しているかのように瓦礫の合間を器用に進む白い尻尾の後を煙で見失わないように注意しながら付いていくと、管制室の中でも奇跡的に傷一つついていない、中央部分に設置された大きな地球儀の近くに探し人は倒れていた。

 

「フォーウ!」

 

 焦るような鳴き声を上げて、カルデアに来てから少しだけの付き合いではあるが世話になった少女、マシュへとフォウが駆け寄る。マシュは意識を失っているのか、それともすでに死んでいるのか、グッタリと瞳を閉じて動きそうになかった。

 

 こんなことになるならやはり渡しておけば良かったな、と少しばかり後悔しながら側に寄る。どうやら頭部に裂傷があるらしく、前髪に隠れた額からは大きく血が流れている。首筋に指を当てて脈をとってみると、本当に微弱だが指先を押し返すような鼓動が感じられる。まだ辛うじて生きてはいるらしい、死んでいないだけとも言えるかもしれないが。

 

『レイシフト最終段階に移行します。

 座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木。

 アンサモンプログラム セット。

 マスターは最終調整に入ってください』

 

 再びのアナウンス。だがその内容は予想していたものとは異なり、隔壁の閉鎖を知らせるものではなかった。恐らくは爆発直前までセットされていたレイシフトシステムのプログラムがまだ壊れずに残っているのだろう。しかしマスターは一人残らず重傷及び死亡。作戦を指揮すべき責任者も不在だ。とてもではないが作戦を遂行できる状況ではない。

 

「…………う、え……? せん、ぱい?」

 

「ああ、起きたかマシュ。おはよう、といっても最悪の気分だろうが」

 

 アナウンス音声で意識を取り戻したのか、マシュが少しだけ目蓋を開く。意識が薄弱なのがわかる薄い瞳がオレの姿をとらえる。一瞬何故ここにいるのか理解できないような表情をしてから、管制室が現在どうなっているのか思い出したのか、息をするのも辛いであろう身体で声を絞り出した。

 

「はや、く……にげて、くだ、さい………っ!」

 

「ああ、まあそのつもりだったんだが、見つけてしまったからにはそうはいかない。………それに、どうやら逃げるのは無理らしい」

 

 ガラリと爆発と燃焼で脆くなった壁が崩れる。そこはちょうど隙間を縫うようにオレたちが先ほど進んできた、か細い道。ここは少し開いた空間ではあるが、周りは炎と瓦礫に囲まれて袋小路となっている。他に道はなく、唯一の退路も絶たれてしまった。

 

 さてどうしたものか、と頭を悩ませる。オレ一人だけならここから脱出することも容易ではあるが、獣一匹に下半身がズタボロの重傷者一人を抱えて運ぶのは骨が折れる。後者にいたっては少しの猶予もないといったところだ、そもそも助かるのかどうかがわからない。『血』を打ち込んだところで、この傷を修復できるのかは未知数、治せたところで適合できなければ脱出する際に暴れ出してめでたく焼死体が一つ増えることになる。

 

「……とりあえず瓦礫を退かすぞ、痛いかもしれないけど我慢をーーー」

 

「せ、せんぱい……あれを、カル、デアスが……っ!」

 

 身体の上にのしかかる瓦礫を持ち上げようと手をかけると、震える腕を持ち上げてオレを指差した。いや、正確に

いうと俺の後方だ。

 

 

 

 振り向くと、そこには炎を照明のようにしてライトアップされ、カルデアスと呼ばれた巨大な地球儀が、血のように赤く染まっていた。

 

 

 

 脳裏を、行きがけにロマンから聞いた言葉がよぎる。

 

「カルデアスは近未来観測レンズ・シバによって、百年後の地球の状態を映し出す、言わば鏡のようなものだ。カルデアスが黒く染まるということは、シバによる観測データが受信できていない状態。ただの不具合ならいいんだけど、きっとーーー」

 

 それに続く言葉をロマンは口にしなかった。それが希望的観測であることがわかっていたから、変に期待させることを避けたのだろう。その予測は正しかったと証明するように、カルデアスは今黒色からその色を変化させた。

 

 青色が正常な状態だとするならば、これはまったくの逆だ。太陽が燃えるように赤く、煌々と光るカルデアスが目を眩ませる中、今日何度目になるであろうアナウンスが響く。

 

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。

 近未来百年までの地球において 人類の痕跡は 発見 できません。

 人類の生存は 確認 できません。

 人類の未来は 保証 できません』

 

 

『コフィン内のマスターのバイタル 

 基準値に達していません。

 レイシフト 定員に達していません。

 該当マスターを検索 発見。

 適応番号48 クロウ をマスターとして再設定します。

 アンサモンプログラム スタート。

 霊子変換を開始』

 

 

「おいまさかこの状態でやる気じゃ、あ……ッ!?」

 

 アナウンスが終わると同時に唐突な目眩と吐き気が俺を襲った。視界が二重三重にブレて、平衡感覚が狂い、両足で立つことすらままならなって崩れるように地面へ倒れ伏す。

 

「な、んだ、これ………ッ!」

 

 今まで体験したことのないような苦痛に襲われて思わず顔を歪ませる。呼吸が不規則になり、心臓の鼓動がハッキリと感じられるほど鼓膜が機能しなくなっていく。手が震え、懐から引き抜いた注射器を取り落とす。注射器は地面に落下して割れ、破片と共に内容物が飛散した。

 

「………せ………いっ! ……………い!」

 

 いよいよ管制室が炎に包まれ、身体を熱が侵食していく。このままじゃ全員仲良く焼け死にだと、なんとか足に力を入れるが、まるで自分の身体ではないみたいに脳からの命令を拒絶する。

 

 意識が薄れて、あたかも『夢』の中へ落ちていくような感覚が全身を包み込む。霞む視界の中央で最後に捉えた、真っ赤に燃え上がるカルデアスが妙に印象に残った。

 

 

 

 それは毎日『夢』の中で空に浮かぶ、赤い月によく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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