「領主様、裏を取りますか?」
「ああ、山から昇った煙も気になるな。探索隊を編成しろ。人数をケチるな、最低30人は用意しろ」
足早に街を去る三人組を見送りながら矢継ぎ早に指示をだす。
あの男……
正体を偽っていた俺のことを最初から警戒していた。あの日本刀と言われる大小で対の刀は、我が家に代々伝わる宝刀。
末の息子が悪戯で脇差だけ持ち出し、そして攫われて奪われた。身代金は奪われ息子は骸となり戻ってきた。
勿論、盗賊は全て捕えて拷問し宝刀の行方を聞いた。
だが既に脇差は売られ、買った商人も行方不明。手掛かりを求めるために残りの太刀を飾り情報を求めた。
初めて餌に食い付いた連中は、どうにも胡散臭い。だが今の世に用心は必要だから、あの男の用心深さは分かる。
知らねぇ男が馴れ馴れしく話し掛けてくれば警戒もしよう。
ましてや女を二人も連れているし良からぬ思いで近付く奴も多いだろう。
だが、それだけで納得するほど俺は甘くない。アイツは俺じゃなく連れの息子の表情を見て警戒しやがった。
「おい、あの三人組の街での行動を調べろ。
何を食ったか買ったか、どこに泊まったかは当たり前だが、何を話したか聞いたかもだ!」
アイツは不自然過ぎる。
そこそこ強いし読み書き暗算ができるらしいし、行儀も良いが気品は無い。
普通なら裕福な商人の息子と思うし、本人も長男が店を継いだことを機に家を飛び出したと言った。
家を継げない兄弟は手伝うか独立するかしかない。だが、ラミア族でも名高い戦士デルフィナが、主と認めた男だぞ。
必ず何か秘密を持っているはずだ。
それが俺にとって良い事か悪いことか分からないが、何かの手掛かりになるだろう。
◇◇◇◇◇◇
ベルレの街を出て10分ほど歩き周りに通行人が居なくなってから話し掛ける。勿論立ち止まらずに歩きながらだ。
「後を警戒してくれ。だけど振り向いたりしちゃ駄目だよ。あのオッサンは怪し過ぎる。
後を付けられたら面倒なことになりそうだ。場合によっては遠回りしてでも振り切るしかない」
デルフィナさんの洞窟を知られるのは不味い。
最初に襲ってきた盗賊が知ってるくらいだから調べれば分かるだろうが、わざわざ案内する必要は無い。
「主様、あの男ですが……私、あまり人間の顔の判別はつかないのです。
興味が無かったので。ですが、多分あの男はベルレの街の領主だと思いますわ」
はい?
領主だって?あのオッサンが?何故に?思わず横を向き彼女を見る。何かを思い出すような思案顔をしている。
「僕らは悪いことはしてないよね?何故、わざわざ領主自らが僕に絡んでくるんだ?」
やはりだ、やはり脇差はフラグだったんだ。良かった売らなくて……売ったら売ったで余計な詮索をされそうだし。
「領主自らが情報収集って、あのショートソードを探してるんでしょ?
でも騎士団の掲示板には書いてなかったよ。もしかして、曰く付きかな?」
手を引いているアリスの言葉に、更に考える。太刀を餌に脇差を探している。
それは大々的に探せない訳があるんだな。奪われたか失くしたことを知られちゃ不味い訳が……
「つまり公にできないんだな。盗賊が持ってたってことは奪われたんだ。
奪われたことを秘密にしたいのかもね。
アリス、デルフィナさん。本当なら直ぐにでも返さないと駄目かもしれないけど、しばらく秘密でお願いします」
「依頼が無ければ盗賊を退治して奪った物は自分の物にできます。
ですが今回は持っていることを秘密にしてしまいました。しばらく様子を見ましょう」
「そうだね、盗られた方にも少しは責任あるんだし。分かった、お兄ちゃん!アリス誰にも言わないよ」
デルフィナさんの言う通り、盗賊から奪ったことは悪くない。
だが、あの場で脇差があることを教えるというのは不味かった。
僕らはマジックアイテムを使い不正に街に武器を持ち込んでいた。
領主自らが探すくらいだ、隠してあるから取ってきますと言ってもついてくるだろう。
監視の目を盗んで脇差を出すのは難しいし、バレたら領主を騙した罪を背負わされそうだ。
返すにしてもタイミングが悪い。
まさか帰りに同じ盗賊に襲われて返り討ちにして奪いました?無理だ、怪し過ぎる。
無理矢理に理由を付けて脇差を返して領主に恩を売る?そして元の世界へ帰るヒントか手助けを得られる?
「やはりフラグかイベントアイテムだったか……」
僕は元の世界には帰りたくないのに、この世界は帰還への道筋を僕に用意してるとでも言うのか?
「フラグ?旗ですか?」
「イベントアイテム?何それ何なの、お兄ちゃん?」
僕の独り言に女性陣から突っ込みを頂きました。
「いや、何でもないよ。どうやら追跡はされてないみたいだね」
ベルレの街からは直線の一本道だから、アリスに話し掛けながら横目で見ても確認できる。少なくても1㎞以上は誰も居ない。
「そうですわね。
もう少し進めば道が曲がりますからベルレの街からも私たちは見えませんわ。
脇に入り荷物を収納しましょう。重たい荷物を持つことは体力を消耗しますわ」
今はデルフィナさんの洞窟へ、我が家に帰ることを優先しよう。少なくとも丸々三日は歩かないと駄目だからな……
◇◇◇◇◇◇
「領主様、捜索隊が戻りました」
「うむ、話を聞こう」
二日後、捜索隊が帰ってきた。街での彼らの行動は既に報告済みだ。
日用品の買い出しと宝石と護符の売買。買い取られた宝石のうち、上質なルビーは街道沿いで盗賊に奪われた物だった。
この街で商人が買い求めた物が、また戻ってきたのだ。目立つ連中ゆえに街の連中も覚えていた。
宝石を売り露店で日用品を買い漁り、風呂に入って宿屋に泊まった。
外部の連中が、この街に滞在する理由そのものだな……だが街の連中からの聞き取りは大変興味深い。
どうやらデルフィナが、あの男にご執心らしい。
「たくさん食べて精力を付けてほしい。私たちの裸を他の男に見せても良いの?か……」
どう見ても恋人同士の会話だが、片や異種族片や幼女だぞ。
女は二人共に精力どうこう言っていたことも考えて、そういう関係なのだろう。
だが、ラミア族はともかくも幼女は妖魔なのか?人間に酷似する妖魔は殆ど居ない。大抵は種族別な肉体的特徴がある。
肌の色の違い、耳や角それに尻尾とかがな。
だが風呂で世話した下女曰く幼女は普通の人間だったそうだ。
つまり、あの男は異種族の女性や未成年な幼女を性の対象にできるのだ。
「確か王太子が水棲妖魔の少女に懸想してるらしいが……同類の変態か」
王太子も王太子だ!
お前は同族の世継ぎを孕ませ無ければ駄目なのに、何故妖魔の幼女なんだ!あの男もあの男だ!
まだ10歳前後の幼女に性を仕込むとは見下げ果てた奴だが、辺境では早婚が当たり前らしい。
15歳で行き遅れとも言われてるので変態と断ずるのはいかんな。
どうやら俺は、あの男に対して偏見があるのかもしれん。いや、軽い嫉妬かもしれんな。
ラミア族の戦士に認められた者が、自分より貧弱なことが気に入らないのだろう。
末の息子を殺され妻は悲しむあまりに心労で後を追うように病死。残された二人の息子、カインとアベルは俺から見ても平凡だ。
あれだけ情報収集のときは警戒されないように心掛けろと言ったのに、あからさまな不審者に向ける目をしおって。
脇差が戻らねば、跡目を継ぐことはできない。跡目襲名の儀には大小対の宝剣を前に誓いを……
「領主様、捜索隊の隊長が報告にあがりました」
部屋の外から声が掛かる。もうそんな時間か……少々思考に沈み過ぎたか?
「よし、入れ」
◇◇◇◇◇◇
今回の捜索を任せた百人隊長のコッヘルが入ってくる。俺が信用する数少ない脳筋じゃない男だ。
基本的に力押しな連中が多いウチで頭を張れるのは、他に二人しかいない。
「フェルデン様、只今戻りました」
巌つい顔に無精髭、頬に古傷と歴戦の強者だが礼節正しい男だ。
「ご苦労だったな。で、どうだった?」
「はい、実は……」
盗賊のアジトと思われる洞窟を発見。
外部からは見付からないように偽装されていたが、程度は低かったそうだ。中は酷い状態だった。
家具や食糧が山積みされ燃されていた。 これが煙の原因だな。
洞窟内は焦げて判別不能な遺体が三人分、死因は分からなかったそうだ。
だが外に拘束され首を突かれて死んだ、盗賊然とした死体があった。何故、わざわざ死体を燃やしたか?
怨恨か証拠隠滅か……だが相手はモンスターではないのは明らかだ。
奴らの装備は長柄の斧にショートスピア、首を切られた傷跡は剣だったのでドチラも適合しない。
奴らでは突くか叩き切るしかできないだろう。では彼らではないのか?
「アイツらは偶然遭遇した盗賊は、何かに追われ慌てていたようだと言った。
証言とは合うな、モンスターに襲われたんじゃない。人間か妖魔のどっちかだろう……」
「それだけではありませんな、少し不審なことがありますぞ」
む、コッヘルは俺の推理に反対なのか?だが状況は少なくても嘘じゃないぞ。
「洞窟から街道沿いまでは深い森を歩いて10分以上は掛かります。襲われて逃げるのは普通でしょう。
だが襲撃者はモンスターでない人間か妖魔なのは私も同意します。
ですが私なら隠れて追跡者をかわすか不意討ちします。匂いや音で追えるモンスターと違います。
ましてや相手は盗賊ですよ。不意討ち奇襲はお手の物でしょうし、息を潜めるのも同様。
更に地の利もあります。まぁ余程の恐怖を味わえば、その限りではありませんが……
無様に街道に飛び出すほど、怯えますかね?」
なるほどな、そういう考えや行動もあるだろう。だがそれはお前基準だぞ。鍛えられた戦士と盗賊は違う。
奴等は己の欲に正直で、弱い者にしか強く出れないカスだ!
俺の息子を殺した連中もそうだった。女子供を攫い弄んで殺す。だが軍隊には敵わず恥も外聞も捨てて媚び縋るクズなんだ。
「何より盗賊団の一つが壊滅したのは幸いだ。だが逃げ延びた連中が自棄になり悪事を働くやもしれん。警戒するように呼び掛けろ」
街道沿いに根を張る盗賊団は一つだった。それが襲われたのは嬉しいが、死体が四体は少な過ぎる。
奴らは三十人は居たはずだから、少なくとも残り二十人以上は行方不明か。
「奴らが盗賊団を壊滅させてベルレの街に来た?まさかな……」
幾ら精強なラミア族の戦士と言えども少数で盗賊団を壊滅にまで追い込めまい。
やはり他の武装勢力がベルレの街の近郊に潜んでいる危険性が高いな。今は警備巡回に力を入れるしかできない。
「他に盗賊団を殲滅できる武装集団が居るかもしれません。警戒と巡回を徹底しましょう」
「そうだな、騎士団にはしばらく苦労を掛けるが警備を強化しよう。手配は頼んだぞ。バラムとゴンザにも声を掛けてくれ」
一礼して出ていくコッヘルを見て思う。ベルレの街を守るためにも有能な子供と養子縁組をするか後妻を貰い新しく子を作るか。
娘が居れば有能な若者に嫁がせるのだが、養女を嫁にやっても相続権は……
「親の考えることじゃねぇな。実の息子が二人も居るのに、早々に見切りを付けるなんてよ。
しゃあねぇな、鍛え直すか。ちったぁマシになるだろ」
勿論、後妻も貰って子供も生ませる。出来の良い息子なら儲け物、娘なら有能な若者に嫁がせれば良い。
俺やコッヘルが現役で居られるのは精々が15年だろう。
「本当に人生はままならないな……ご先祖さんよ、あの刀に認められるって何なんだよ?
俺も親父も爺さんも、あの刀には認められなかった。あの刀の真なる力を解放できる者を待てとは何なんだ?」
ただの言い伝えであり、過去に刀に認められた先祖は居なかった。
初代のみ刀の真なる力を使いこなしたそうだが、年月と共に変わってしまったのかもしれん。