ゾンビの集団に襲われた村に来た。
ここが被害の最前線のはずだ……オークゾンビ対策で僕はコッヘル様と共に最前列に居る。
「いやに静かですね……
モンスターに襲われた割には建物の被害も無いみたいですし。やはり奴らは生きている人間だけを襲うのか……」
既に時刻は早朝だろう、東の空が明るくなり始めている。薄暗いなかで見回したたけだが、普通の集落に見える。
途中で何度か小休止だけの強行軍で急いで来たが、村の中には生存者は居なさそうだ。
それに不思議と村人やゾンビの死体も無い、腐臭や血の匂いもしない。
本当にちょっと前までは住人が居たような気がする。
「おい、家屋を調べて生存者を探せ。まずは村の中だけだぞ!
篝火を焚いて明かりを確保しろ。それと周囲の見張りを忘れるな」
コッヘル様の指示が飛び兵士達が慌しく動く。
「兄ちゃんは俺と一緒に休め。敵が居たら直ぐに一緒に行ってもらうから、今は体力を回復しようぜ」
近くの家屋からテーブルと椅子を出してきて座る。見通しの悪い室内は危険だからかな?
家屋には調理途中の雑穀スープが釜戸にあったりして、ゾンビの襲撃が急だったことが分かる。
悪いとは思ったけどコッヘル様が兵士に指示をして雑穀スープを温め、固パンを出してくれた。
「食って回復するぜ。オークゾンビが未だ徘徊してるはずだし、奴らが居るってことはだ……」
一旦言葉を区切り、僕を見つめるコッヘル様。その先を考えて答えろってことだな。
「他にも強力なモンスターが居る可能性があると?」
コッヘル様が黙って頷くが目は笑っていた、つまりは正解だったんだ。
この近くには不死の王が封印された廃墟があるから、もしも封印が解けたのならアンデットモンスターが他にも現れるかもしれない。
それも、もっと強力な奴がだ。
「そうですね、不死の王の封印が解けたのならゾンビやオークゾンビ以外の奴らが現われても不思議じゃないのかな?」
木の深皿に並々の熱い雑穀スープ、拳大の固パン。空腹に耐えられずお腹が鳴ってしまった。思わず頬が熱くなるのを感じる。
「遠慮せず食えよ。しかしアレだな、兄ちゃんよ。三日間の訓練と僅かな実戦で見違えるほどの成長だな」
お言葉に甘えて固パンをちぎり雑穀スープに浸し柔らかくして食べる。
スープの味付けは薄いが麦や刻んだ野菜が入っており、疲れた体に染み込む旨さだ。
「コッヘル様の指導のお蔭です。大剣の使い方と体捌きを覚えられたのが幸いです。あと、鈍器の使い方をこの遠征で学びました」
メイスと言うか鈍器って楽しいな。武器を扱うのが楽しいって不謹慎かもしれないけど、刃物とは違う扱い方がね。
「うん、まぁなんだな。俺が兄ちゃんの師匠なわけだが、お前の成長スピードは変だぞ」
ダンディにスープを飲むコッヘル様、流石は貴族だけありマナーは様になってる。悔しいが所作が洗練されていて格好良い。
ムールさんも貴族らしいが絶賛没落中らしいし……
「変ですか?」
「ああ変だ!」
即答されましたよ、真面目な顔で!
木のスプーンで底に溜まる麦を掬って食べる。麦があるなら米の代用として麦飯が食べられるかな?
この世界は穀物は煮るがメインで炊くは見たことが無い。でも素焼きの器でも蓋をすれば蒸せるし、今度試してみよう。
麦飯ができれば塩だけでオニギリも……夢が膨らむな。
「自分ではわからないです。確かに一般の人たちよりは強いと思いますが、勝てない人もたくさんいますし」
単体ならアリスやデルフィナさんは勿論、コッヘル様にも勝てないぞ。
「慢るよりはマシだが、少しは武を誇れよ。兄ちゃんは俺が認めた男なんだからな。
あまり卑屈になっても舐められるだけだ。自信を持てよ、十分中隊長以上の力があるぜ」
邪気なくニヤリと笑われると恥ずかしくなる。
「はい、努力します」
僕は調子に乗って失敗するのが目に見えて分かるから、そんなに増長できないんですよ。それに秘密がたくさんあるし……
しばらくコッヘル様と他愛ない話をしていたが、周辺を捜索した兵士たちが帰ってきたので報告を一緒に聞いた。
曰く周辺には誰も居ない、村人もモンスターもだ。
連戦のために今日はここで一泊し、早朝から再度周辺を広範囲に捜索し、何も無ければ不死の王の封印された廃墟を調べることになった。
◇◇◇◇◇◇
「特別待遇って奴はムズムズするな……」
傭兵なのに何故か民家の一室を与えられた。案内してくれた兵士さんも曖昧な笑顔だったな、いや愛想笑い?
彼たちも大隊長が親しげに接する僕の扱い方に苦慮してるんだろう。
民家と言っても雨風が凌げるだけで床は土だし窓にも扉が無い。そして微妙に不潔感があるのだが、人が生活するゆえでの汚れって言うか……
高床式住居と変わらないけど、雨風は凌げる。だから天気の良いときは外の方が気持ち良いかも?
一応部屋の隅に寝床用の藁は山になってるが、蚤とか居そうだからテーブルの上に寝ることにする、簡易寝台だね。
明日はここを中心に広範囲に残敵を調べることになるだろう。
今日の探索は夜営のための危険回避と住人の捜索だが、ドチラも見付からなかった。
残りのオークゾンビを見付けて倒すまでは先には進めないだろう。
擦れ違いでベルレの街を襲われたら、討伐遠征を指揮しているコッヘル様の責任問題だろうし……色々考えたら眠くなってきたな。
見張りは免除されてるから十分に休ませてもらおう。
「そうだ、ムールさんに何も言わなかったな。あの娘ってツンデレだから拗ねてるかも?」
彼女の拗ねた顔を思い浮かべながら深い眠りに落ちていった……
◇◇◇◇◇◇
不意に目が覚めた。
辺りを見回しても暗いので未だ日の出前だろう。起き上がり窓の外を見ると月明かりでホンノリと周りが見える。
村の所々に篝火が焚かれ見張りが巡回しているから敵襲ではなさそうだ。
「嫌な予感がしたんだけど考え過ぎなのかな?
でも、この感覚は……アリスやデルフィナさんが理性を失いかけたときと同じ感覚だ。
命の灯火が消えかける恐怖感と同じだぞ。近くに吸精の妖魔が居るのか?」
気になって仕方ないのでいつでも動けるように準備をする。寝間着に着替えて寝てないから、そのまま外套を羽織り背中にツヴァイヘンダーを背負う。
スモールシールドを左腕に装着し腰にメイスを吊す。椅子に座りいつでも飛び出せるように待機するが、嫌な予感が止まらない。
冷や汗が額を伝う……
「駄目だ、やはり気になって仕方がない。アリスやデルフィナさんに匹敵する吸精妖魔が近付いているんだ」
だがコッヘル様には言えない、あくまでも感覚だし根拠が薄い。待つ間、民家を見回せば隅に斧が二本立て掛けてあった。
柄の長さは60㎝ぐらい、多分だが薪割り用かな?手に取って確認するが、刃はナマクラだが造りは確かだ。ありがたく使わせてもらおう。
神経をすり減らして待つこと、一時間くらい……兵士たちの怒号が聞こえてきた。
やはり敵襲だ!
◇◇◇◇◇◇
小屋を飛び出し周辺を確認する、西側が騒がしいな。
駆け付けると目測50m先にオークゾンビが三体、それにゾンビ多数。その後ろには……いや、オークゾンビが全部で八体見えるぞ。
普段なら獲物を襲う以外はユラユラと宛てもなく歩くように移動するのに、何故か真っ直ぐ向かってくる?
「兄ちゃん早いな。って、オイ……ありゃ何だよ?オークゾンビが八体だと?」
「ええ、何故か真っ直ぐ向かってきますね……正面から当たれば犠牲がデカい。
一旦引いてオークゾンビを各個撃破に持ち込まないと押し負けるでしょう」
真っ直ぐ向かってくるが、スピードは鈍い。だが50mなど3分もしないで到着するぞ。
「冷静だな、兄ちゃん。
一旦引いて各個撃破か……だが少し時間が欲しいぞ。ただ逃げるだけなら荷物は要らないが、戦うなら物資は必要だ」
コッヘル様と話していると用意のできた兵士たちが集まってきた。流石は戦いが本職、圧倒的な敵に誰も怯えてない。
「じゃ、やりますか?
二人で連携すれば5分は稼げます。後は悪いとは思いますが集落に火を付けましょう。
火を嫌い迂回してくれれば儲け物。駄目でも留まって時間稼ぎするにも明かりは欲しい。どうです?」
放火は自分たちも危険だが、民家は適度に離れて建っているので火に囲まれて逃げ道無しにはならない。暗闇は奴らの領分だから何とか明かりが欲しい。
「採用だ!本気で兄ちゃんが部下に欲しいぜ」
無駄にダンディーな笑みを浮かべるコッヘル様。僕では逆立ちしても不可能なカリスマが滲み出ている、一瞬だけ部下でも良いかなって思ったぞ。
「部下は上司を共に危険地帯に放り込みませんよ。コッヘル様、死なないでください」
バシンと頭を叩かれた。
「それは俺の台詞だ。
ヨシ、俺と兄ちゃんで時間を稼ぐから撤収の準備と家に火を放て!
200m先に林があったな、そこに潜んでいるんだ。全く指揮に専念するつもりが突撃かよ。
だが、これで分かったぞ。増援を待って再戦だ、今は悔しいが撤退だ!」
◇◇◇◇◇◇
既に10mくらいまでオークゾンビ達が近付いている。民家に纏わり付く炎が奴らを赤く染め上げる。
「コッヘル様、我らもお供します、最後まで……」
有志で残ってくれた兵士たちは12人、残りは撤収中だ。
「縁起が悪いだろ?お前らはゾンビを頼む、俺と兄ちゃんに近付けるな。さてと、殺るか?」
「ええ、どうやら大多数のゾンビは炎が恐いらしいですね。歩みが止まった。先手は頂きます!」
突出しているオークゾンビは二体、後は適度に距離が開いている。正直助かるのだが、奴らには連携とかって考えは無いのかな?
民家から持ち出した斧を両手に一本ずつ持ち奴らに向かって走りだす!
そして目の前のオークゾンビの膝に向かって、右手に持っている斧を振り下ろすように投げつけた。
クルクルと縦回転をして狙い通りに膝にヒット!
だが柄の部分が当たったのか跳ね返された。続けてもう一本の斧も同様に投げ付ける!
コッチは狙い通り膝に刺さった。
堪らず唸り声を上げて片膝を突いたオークゾンビの頭にツヴァイヘンダーを振り下ろす。嫌な手応え、飛び散る肉片!
ミーアちゃんに貰った外套に返り血がたくさん付いてしまう。
「まず一体目、次行きます!」
最初に投げて弾かれた斧を拾う。次の獲物は最初から僕を見て近付いてくる、その距離6m。今度は顔に向かって斧を投げる!
オークゾンビは反射的に両手をクロスして顔を庇うが、斧は囮だ。ツヴァイヘンダーを水平に持ち擦れ違いざま右太股を切り裂く。
オークゾンビは堪らず膝を突いたが、位置が悪い。
真横からだと頭が狙い辛いな、角度的に肩が邪魔で振り下ろせない。
ならば首を狙い突き刺す!
一度でなく三度突き刺すと、オークゾンビは前のめりに倒れた。
「これで二体目!次は……」
残りの敵が近付いてないかを確認するために辺りを見回すが、兵士たちがゾンビを牽制してくれているのが流石だ。
コッヘル様が大剣を肩に担いでニヤニヤしている。
「なぁ、兄ちゃん?俺らだけで殲滅できるんじゃねぇか?
でも無理すんな、オークゾンビが十体以上現れるなんて稀だ。やはり封印された廃墟に何かあったな」
「不死の王が復活し、アンデッドモンスターが活性化してると?」
黙って頷くコッヘル様は先ほどのニヤニヤでなく真面目な顔をしている。不死の王の復活、さっき感じた吸精妖魔の気配。
それらは関係無いとは思えない。
燃え盛る炎に照らされて残りのオークゾンビが近付いてくるのが見える。
次は三体か……
炎の明かりが届かない奥に、まだまだアンデッドモンスターが居るのだろう。
予定通り時間を稼いで一旦引くしかないかな。
投げた斧を拾いながら面倒なことになったと深くため息をついた……